アルコールな出会い
「なんだ、じゃあまた襲撃が?」
「あぁ、グリュックの西の方で…ひどいものだった。子供を抱えた母親が、その子供ごと矢に突き刺さっていた。」
一昨日見たものを思い出し、少々の吐き気を感じた。エールを飲み下しこらえる。
「教団もムシャクシャしやがる。平和に暮らしてただけだってのに…」
店主はコップを過剰なほど綺麗に拭き、一つため息をついた。
「あぁ、グリュックの方でも、もう怒り浸透らしい。ここまで過剰な攻撃をされちゃあ黙っちゃいられない、当然だ。」
「じゃ、また戦争か?」
「おそらく避けようがないだろう。」
空になったコップを差し出した。飲み過ぎだよ、と呆れられ、新たにエールがつがれる。
「…ぷはっ。戦争が始まれば、グリュックに帰らなければならなくなる。私とて母国の危機を放り出して旅をしているわけにもいかないからな」
「戦争なんて、誰も喜ばないのに、どうしてわざわざねぇ」
薄暗く静かな酒場の中で、半ばやけになって酒を飲む。気分は陰鬱だった。
その数瞬後だったか。入り口が静かに開かれた。目をやれば、夜だというのに灰色のフード付きマントを着込んだ人が入ってきた。
「部屋は空いているかな?あと、白ワインがあれば」
静かにそれだけ告げると、椅子一つ開けて私の右側に腰を下ろす。フードをパサリとめくりあげれば、端正な顔立ちをした金髪の男だった。
「あぁ、えーと…角部屋が空いてるね。この季節は寒いけど構わないかい?」
「おお、なら酒をいつもより多く飲まないとな」
「はは、こちらとしては助かるよ」
人当たりの良い笑顔を浮かべ店主と会話をする男に、私は少し興味を持った。
「こんばんは。あなたも旅人?」
「ん、こんばんは。あなたも、ということは?」
「そう。私も旅人なのさ」
そう言って、腰に下げた自慢の剣をカチャリと鳴らした。男は目を細めて見つめ、少ししてこちらを見据えた
「ふむ。この夜分遅くに同じ旅人に会えるとは。同じく旅人、ロイだ。気軽に呼んでくれ。」
「僕はダイア。ダイア・ハルトマン。こちらこそ気軽にどうぞ、ロイ。」
「ふむ、自分探しの旅ね」
ロイの旅の話を聞き、そのフレーズが強く耳についた。
「あぁ。私は国でそれなりの役職にいてね。だが、ある日思ったんだ。私は本当の私なのか、と。」
「ほんとうの私?」
そうだ、と一つ返し、ロイは白ワインを静かに喉に流した。
「ああ。私は、自分の正義を信じ、がむしゃらにその地位にたどり着いた。だが…時々考えるんだ。今自分がやっていることは、本当に正しいのか?と」
「…それで、自分を見つめ直すために一人旅に出た、と。この物騒な時勢に。」
「ハハ、昔から酔狂だと言われる。ダイア、あなたはなぜ?」
「僕は、気ままに旅したいからしてるだけ」
簡潔に答えた。これ以上の意味はない。
「…旅に出るのに理由はないか…羨ましいよ、心底」
「嫌味に聞こえるねロイはどこの国の出身なんだい?」
「私はシュトラーフェの出身だ」
「…反魔の?」
シュトラーフェといえば、今母国のグリュックと敵対しているガチガチの反魔物国家だ。上層部が腐敗しきっていると聞く。
「あぁ、あまりいい顔はされないことはわかっている。今やあの国は親魔の毒だ。いたずらに魔物を虐殺する、神の信徒とは名ばかりだよ。」
そう言ってロイは一息にワインを飲み干した。
「…む、なれない飲み方をすると、結構来るな…はは。では、ダイア。そろそろ私は休むとしよう。」
「あぁ、いい夜を」
其れなりにしっかりとした足取りで階段を登るロイを見届け、私は一階の自分の借り部屋に引っ込んだ。酒で火照る体を布団に沈め、泥のように眠った。
「おはよう。冷えるね、ダイア」
翌朝、寝ぼけた顔を井戸水で洗っているところに声をかけられた。
「おや、昨晩はどうも、えーと、ロイ」
「こちらこそ。よければ朝食を一緒にいかがかな?旅人たるもの、食事を楽しめる機会は逃せない」
朝日にきらめく髪をたたえたロイの裏のない誘いに、私は断る気はなかった。
「…ではお言葉に甘えて」
13/02/15 06:40更新 / トライブレイズ
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