第5章 準備 BACK

―翌日 7:34 自宅の寝室

 目が覚めて壁の時計を見ると、もう翌日の朝になっていた。・・どうやら昨日あのままずっと眠っていたらしい。

 俺は起きて顔を洗いに行こうとすると、玄関に何かが倒れていた。無視していこう・・としたが、仕方なくよく見てみると・・・

 モモンが玄関先で力尽きていた。
 すぅすぅという呼吸音と涎を垂らしていることを考えると、寝ているようだ。

(なんでここにいるんだよ?・・まあいいか)
 とりあえず放っておくことにした。
 顔を洗ってリフレッシュし、目の覚めた俺は朝食(ベーコンエッグサンド)を作り終え、食べようとしたその時、ずるずるとモモンが足元を這っているのが視界の隅に見えた。

「・・大丈夫か?」

「み・・水をくれ・・・」

 まるで今にも死にそうな声のモモンに水を入れたコップを渡すと、モモンは一気に水を飲み干した。

「ぷはぁ〜っ、生き返るのぅ」

 どうやら復活したらしい彼女から話を聞くと、昨日の会議後の宴会で酒(飲んでいいのか!?)を飲み過ぎて帰ろうとテレポートしたら、間違って俺の家の玄関に来てしまったので、仕方なくそのまま眠っていたらしい。

「どこぞのオッサンみたいだなそれ」

 と俺が言うと、モモンからは

「わ・・わしもたまには間違うこともあるのじゃ!」

 と若干ズレた答えが返ってきた。
 ・・いや、飲み過ぎたことが‘間違い’ということか?

「これから朝食なんだけど、食べる?」

「気が利くのぅ。では頂こうかの」

「でも、その前に顔洗ってきて。・・酒臭いから」

「な!?酒臭いとは、プリティーなレディーに失礼じゃぞ!!」

「レディーじゃないだろ。・・むしろガールかそれ以下でしょ」

 そう言って俺は渋るモモンを浴室に追いやった。その後、彼女が顔を洗っている間にすぐにもう一人分の朝食を作り、戻ってきたモモンと朝食を食べた。

 朝食を食べ終えると、モモンは満足そうな顔で言った。

「なかなか美味かったぞ」

「それはどうも」

 モモンにそう答えながら俺が食器を洗っていると、モモンは絨毯に寝転がりながら言った。

「さて、今日はどうする予定じゃ、ミツキ?」

「う〜ん・・せっかくだからこの街の中でも散策しようかな」

「ほほう。ならわしが案内してやろうか?」

 若干嫌な予感がしたが、この街を全く知らない俺が一人であちこちうろつくよりはるかに良いだろうと思い、俺はすぐに了承した。


 10分後、支度を整えた俺はモモンと外に出た。
 ここはギルドの裏手に位置するようで、やや細い道をモモンに連れられ北に進んでいくと、大通り(東)に出た。
 
 まだ8時を少し過ぎたばかりだというのに、大通りには昨日のようにたくさんの人が行き交っていた。

「なんでこんなに今日も混んでいるんだ?」

 俺はモモンに訊ねた。

「昨日到着した貿易船から下ろされた荷物は、だいたい今日まで売り出されたりしておるからのぅ。皆異国の品や特売品目当てで集まってくるのじゃ。わしらもこれからその市場街にいくぞ」

(昨日もロムルに貿易船のことは少し聞かされたけど、[市場街]には何が売ってるんだろうか・・・)
 どんどん先に進んでいくモモンの後に続きながら俺は期待を膨らませていた。

 しばらく進むと左手の頭上に大きな看板が付いた門があった。どうやらここが市場街らしい。

「ほれ、ここが市場街じゃ。ついてくるのじゃ」

 モモンに言われる通り門をくぐると、今までの街並みとはまったく違い、どこもかしこも露店が開いていて、ヒトも魔物もかなり多く、とても賑わっていた。
 モモンは何やら妖しげな生き物の干物(トカゲか?)や、毒々しい色をした草や食べてはイケナイようなキノコがたくさん並んでいる店をしきりに物色している。

(黒魔術でも始めるのか?でも、そういえばあんなものが昨日見た何かの薬の本にイラストで載っていたような・・・)
 そう思っていると、モモンが急に俺の方を向いて言った。

「ここには主に食料や薬の材料なら何でも揃っておるぞ。他にも武器や服、異国のモノもある。何か欲しいものがあったか、ミツキ?」

「ん・・まだ特に無いかな・・」

 そう返事をして俺はモモンの後を追いながら、道の両側に所狭しと並んだ露店を見ていると、様々なガラクタを売っている露店がふと目に留まった。
 
 何を売っていいるのかよく見てみると、さびた何かの塊やナベらしき物のフタ、水晶のかけらなど、一見使えそうもない商品がごちゃごちゃに置かれている。
 
 その中にどこかで見たことのあるような大きい腕輪(?)が置いてあった。 所々錆びたり傷がついていて、中央にはディスプレイのようなものがあったが、そこには何も映っていないようだ。

 俺はなぜか衝動的にこれが欲しくなった。なぜか自分でも理由は分からなかったが、モモンのように怪しい物を買う気はなかったので、少し前にいたモモンに声をかけた。

「ん?どうした?欲しい物が見つかったか?」

「これなんだけど・・・」

「・・これか?おぬし、これは一体何じゃ?」

 モモンは商人に訊ねたが、商人にも分からないらしく、首を横に振った。

「・・ふむ、まあ良かろう。で、いくらじゃ?」

 商人は黙って指を4本立てた。

「銀貨4枚か?・・銅貨4枚じゃと?ずいぶん安いのぅ、ほれ」

 モモンはそう言って小さな銅貨を商人に渡すと、古びた腕輪を受け取り、腰のポーチにぎゅうぎゅうと詰め込み始めた。

「・・それ入らないと思うけど」

「いや、入るのじゃ。ここに入れた物は皆、おぬしの家の居間の机の上に行くようにしておいたからの」

 モモンは俺の不安を駆り立てることをさらっと言った後、

「さて、まだまだ買うものはいっぱいあるぞ。・・わしが」

 またもや俺の不安を駆り立てる言葉を残して、どんどん奥へ進んでいった。
 街を案内してくれるはずだったんだが・・今は単に買い物に付き合わされている気がしてならない。

 それから様々な露店を見て回り、相変わらずモモンは不気味な形の骨などを買ってはポーチに入れていた。その一方で俺は数種類の調味料と米を買ってもらった。

 数時間してようやく市場街を一周し、入口の看板付きの門まで戻ってきた俺とモモンは、次にこの街の図書館に行くことになった。

 元来た道を少し戻ると、左手に図書館が見えてきた。
 図書館はギルドより遥かに大きく、それこそどこかの宮殿のようになっていた。
 
 中へ入ると、5mはあろうかという大きな本棚がずらりと並び、それぞれにはぎっしりと本が詰め込まれていた。
 入って左のカウンターには、受付係と思われる小さな魔女が、椅子に座ってすやすやと居眠りをしていた。

 モモンはそれを見てため息をつくと、傍に近づいて魔女の額に思い切りデコピンを食らわせた。

「ひゃっ!な、何!?・・・あ、モモン様」

「あ、じゃないわ!また居眠りしおって、しっかり仕事せんか!!」

「でもまだお昼前ですよ〜モモン様。それにこの仕事退屈で・・あれ、モモン様、そちらの連れはもしかして・・お兄t」

「ち、違うわ!!この者はミツキじゃ、昨日の宴会の時に話したじゃろうに!」

 一体どんなことを昨日話したんだよと思いつつ、俺はとりあえず挨拶することにした。

「初めまして、ミツキです」

「あなたがミツキさんですか。私はエリスって言います。どうぞよろしく」

 そう言ってエリスは俺にぺこっと頭を下げた。

「それにしてもこんなとこにモモン様が来るなんて珍しいですね〜」

「今日はこの者に街を案内しておるのじゃ」

 ぴしゃりとエリスにそう答えると、モモンはこちらを振り返って言った。

「ここの2階は読書室になっておる。今は用は無いじゃろう。ではほかの所へ行くぞ、ミツキ」

「了解」

「ではまたなエリス。・・しっかり仕事するんじゃぞ?」

「分かりました〜」

 そんなエリスの気の抜けた返事を後に俺たちは図書館を出た。

「で、次はどこに行くの?」

「う〜む・・そうじゃ、忘れておった!おぬしはまだ護身用の道具を持っておらんじゃろう。次はギルド御用達の店へ行くことにしよう」

 ・・・というわけで俺たちは十数分後、今度はギルドの向かいにある武器屋の前にやって来た。
 
 店のガラス張りのショーウィンドウの中には俺の身長と同じくらいの長剣やかなり重そうなハンマーや斧が並べられており、上の看板にはおそらく店の名前だろうか、[ギルガメッシュ]と大きく書かれていた。

 鈴のついたドアを開けると、中には筋骨隆々でスキンヘッドの大男がカウンターにかがみ込んで、途中が何か所も湾曲している剣を磨いていた。いかにも武器屋のオヤジという風貌だ。
 店の壁にはまた色々な武器が掛かっていて、どれもピカピカに磨きあげられていた。

「お、いらっしゃい。モモンの旦那と・・新入りだな?」
 武器屋の店主はこちらに気づいて顔を上げるとそう言った。俺がミツキです、と挨拶すると、

「ミツキか。話は聞いてるぜ。なんでも時の森から来た[マヨイビト]だそうじゃないか。ギルドの奴らが言ってたぜ。俺はバルドルだ」

 と言って手を差し出してきた。手を伸ばして握手すると、バルドルの大きな手に俺の手はすっかり飲み込まれてしまうような形になった。

「ところで鎌の調子はどうなんだ?今日は持ってねえみたいだが」

「上々じゃ。今はわしの部屋の壁に掛かっておる」

「そうか。・・で、今日はそいつの獲物を探しに来たんだろ?」

「じゃあついてきな、こっちだ」

 そう言うとバルドルはしゃがんで床の金具を引っ張った。するとゴゴゴと音を鈍い音を立ててカウンターの右側に隠し通路が現れた。

「普段はただの武器屋だが、ギルド関連の客は特別だ」

 バルドルは窮屈そうに通路をくぐり、俺とモモンはそれに続いた。
 少し先の石でできた暗いらせん階段を下りると、石の壁一面に武器が掛かった地下室に着いた。

「さて。どんなものがご希望なんだ?」

 バルドルは俺を見て言った。
 俺は少し考えたが、今まで剣などは一度も握ったことはないし、それで選んでも意味が無いだろうと思い直して言った。

「自分でもどれがいいかよく分からないんで、おまかせします」
 
「そうか。・・・・じゃあこれなんかはどうだ?」

 バルドルは包丁より少し長いくらいの両刃のナイフを持ってきた。片方の刃は普通の鋭い刃だが、もう片方はノコギリ状になっていて、サバイバルナイフのような形状だった。
 手に取ってみると、思いのほか軽く、グリップも握りやすかった。

「どうだ?手に馴染むか?」

「はい。持ちやすくて結構軽いですし、いいと思います」

「じゃあそれにしよう。そいつもお前に選ばれて喜んでるだろう」

「・・それと、代金はなしでいい。まあ、その代わりと言っちゃなんだがギルドに俺の依頼があった時はよろしく頼むぜ」

 バルドルはカウンターに戻るとそう言った。

「あと、こいつはおまけだ」

 そう付け足して彼は革製のベルトを差し出した。どうやら腰に巻くと先ほどの大きめのナイフを収納できるようになっていて、その逆側にはポーチがいくつかついていてかなり便利そうだ。

「どうもありがとう」

 俺が礼を言うと、バルドルは嬉しそうに「いいってことよ」と言い、彼に見送られて俺とモモンは[ギルガメッシュ]を後にした。

「あいつは少々変わっておってな、店の儲けをあまり気にしておらんのじゃ。それで自らギルドの依頼をこなしたりもするしのぅ」

 外に出るとモモンはバルドルのことをそう教えてくれた。

「これで今日のところは良かろう。日も暮れてきたしな」

「そうだな」

 
 少しして自宅に帰ると、市場街で予期していた通り居間の机の上は大変なことになっていた。
 机の上は、9割以上がモモンの買った紫色のキノコや真っ青の草、動物の骨や干物などで埋め尽くされていた。

「ちと買いすぎたかのぅ」

 そう呟くとモモンは俺の買ったものをまとめて魔法で浮かせ、脇に置いてくれた。
 俺は自分の買ってもらった物のうち食料は保管庫に入れ、腕輪はベッド横の棚の上に置いておくことにした。

「・・で、その妖しい材料を使ってここで何するつもり?」

 自分の荷物を片付け終えた俺は、材料を種類ごとに分けているモモンに訊ねた。

「薬を作るんじゃよ」

 そう事もなげに言うとモモンは保管庫へ行き、戻ってくるといくつかそこに置いてあった使い道のよく分からない器具を持ってきて、机の上に並べ始めた。

(薬は薬でも毒薬だよな、材料からして・・・)

 内心そう思いつつ、日も暮れてきたし昼食を摂っていなかったので、モモンは気にしないことにして俺はさっそく夕食作りに取り掛かった。

しばらくして・・・
 
 居間の机の上ではモモンが薬(自称)を作り、台所では俺がチャーハンと中華スープを作っているため両者が発する匂いが混ざり合って、次第に理科室で調理実習をしているかのような危険な匂いがあたりに漂い始めた。
 その匂いに若干の生命の危険を感じ、俺は居間の窓と台所の小窓を全開にしてなんとか危険を回避したのだった。

 そんなこんなあってようやく俺が夕食を作り終えると、すぐ後にモモンも薬を完成させたようで、器具から出ていた紫色の煙は止まっていた。
 出来上がったらしい薬を見てみると、(材料からは想像できないほど)澄んだ黄緑色の粘液が並々と結構大きなガラス瓶に入っているのが1つ、それと(材料の見た目通りの)紫のドロドロした粘液が5pほどの小さなガラス瓶に入っているのが2つあった。

「夕食はできたけど・・結局何ができたんだ?」

 そう尋ねるとモモンは小瓶を振ってにやっと笑って言った。

「わし特製の媚薬じゃ。数滴口に入れれば一晩交わっていられるほど強力じゃぞ。欠点は副生成物の方がかなり多くできてしまうことじゃが・・何なら試してみるか?」

「結構です。それでその副生成物は何?」

「こっちはちょっとした傷薬になる。これを塗れば少しの傷ならすぐに直せるじゃろう。わしには必要ないから、これはおぬしにやろう。これから必要になる時が来るじゃろうからな」

「そっちの傷薬の方がまともだし、しかも量が多いなら主生成物な気がするんだけど・・」

「さあ、腹が減ったし、夕食をいただこうかの♪」

 俺の発言をスル―してモモンはむしゃむしゃとチャーハンを食べ始めた。これ以上追及する気はとくに無かった(というか言っても無駄な気がした)ので、腹が減ってきた俺も急いで食べ始めた。

 夕食を食べ終えると、モモンは「薬を渡す相手がおるから」と言って帰っていった。彼女は言った通り副生成物らしい澄んだ黄緑の傷薬を置いていったので、俺は保管庫にしまっておくことにした。
 
 着ていた服を洗濯&乾燥[器]に入れている間に風呂に入り、すぐに出てきれいになった服を着ていると、もう外は暗くなってきていた。

(明日のために早めに寝よう・・)
 そう思って寝室に行くと、今まで忘れていた腕輪を思い出した。
 持ってみると重さは鉄でできた見た目通りといった感じで、結構ずっしりとしていた。
 ディスプレイの下についているボタンを押してみても、左ののダイヤルをいじってみても何の反応もない。

(壊れちゃってるのか?・・それにしてもどっかで見た覚えがあるんだけどなぁ・・)
 俺は改めてそう思いつつ、試しに左腕にはめてみることにした。

ガチッ

 左手に腕輪をはめてみると、自動的に手首の太さに合わせて調節され、きつくもゆるくもないちょうど良い感じで腕になじんだ。
 
 さっき持った時は結構重く感じたが、はめた後は重さをあまり感じなくなっていた。しかし相変わらず動いたりはせず、ディスプレイは真っ暗のままだった。

 仕方なく腕輪を取り外そうとしたが、なぜかぴったりと手首に密着していて外れなくなっていた。
(まさか、呪われていたりしなけりゃいいけど・・)

 一瞬そう思ったが、しばらくするとどうしたことか腕輪をはめていることに違和感を感じなくなっていた。

 腕輪をどう外そうかとベッドであれこれ考えているうちに、いつの間にか俺はそのまま眠っていた・・・
11/01/05 21:49 up

 市場って行くだけでもワクワクしますよね。

 次回ミツキはギルドからの初依頼をこなしていくことになります。
 その依頼とは?そして謎の腕輪とは一体・・・?
 
 って感じです。
masapon
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