前編
とある山の中にある廃神社に少女が何をするでもなくボーっと空を眺めていた。
少女は麓にある村の者で齢は１０ほどで簡素な着物を着ており、髪を後ろで束ねているのが特徴の少女である。少女は引っ込み思案な性格もあり村の子供達と仲良くなれず日々心苦しい思いをしていた。少女はよくこの廃神社に来ては何をするでもなく一日をボーっと過ごすのだ。この静かな時間が少女は好きだった。気がつけば、この廃神社で一日を過ごすのが当たり前になるほどである。今日も今日とて畑仕事を手伝った後にこの廃神社までやってきてボーっと過ごしていたのだ。
しかし今日は空が暗い雲に覆われており、今にも雨が降ってきそうな天気だった。少女としては別に雨が降ってもかまわないと思っているらしく変わらず廃神社の縁側に腰掛け空を眺め続けている。
しばらくすると雨が降り出しさらに雷も鳴りだす悪天候へと変わってしまった。少女は雷の音にビクリと体を震わし、少し困ったような表情を浮かべる。
「どうしよう…雷様が怒ってる」
少女は雷が苦手だった。突然光っては轟音を轟かせる雷がとても怖く、特に母や父に雷様は怒ると悪い子のヘソを取りにやってくるらしいという話を聞いてからは余計に雷は怖いものと認識し苦手となった。
とにかく雨が止むのを待つべく廃神社で過ごす少女。
「お願い雷様お怒りをお静めください。ちゃんと良い子で過ごしてます。母様の言うことも聞いてます。父様の畑仕事も手伝ってます。だからお願いですお怒りをお静めください」
雷が怖い少女は一生懸命両手を合わせお祈りの言葉を紡ぐ。すると突然今までとは比べ物にならないほど轟音が鳴り、目の前が突然真っ白に染まる。少女は思わず腕で視界を守り身をちぢこませる。しばらくすると目の前に誰かがいる気配を感じ、恐る恐る腕を視界から外し、その人物を見る。
「おや？人の気配がするゆえ降りてみたら、このように小さな幼子だったとは…」
空色の髪、紫を基調とした乱れた着物、辺りに漂う稲妻、それらは少女がもっとも印象を受けた姿だった。
「かみなり…さま…」
気がつけばぼそりと少女は言葉を漏らしていた。
「うん？ワシは雷様とやらではないぞ。ワシは雷獣と呼ばれる妖怪じゃ」
「らいじゅう…さま…？」
「様付けはよせ。背筋がむず痒くなる」
とむず痒いような顔をする雷獣。
対する少女は目の前の妖怪に怯えていた。
村にも妖怪は来るので妖怪自体は別に怖くはない。
だけれど、雷獣から発せられる小さな稲妻に少女は怯えていたのだ。
ガタガタと震え、今にも泣きだしそうな少女。
その様子に気がついた雷獣は不思議な顔をした後、少女の思いを汲み取り、帯電している稲妻を極力出さないように抑えた。
稲妻を抑えると雷獣は少女に近づく。
びくんと震え怯える少女。
近くまで来ると雷獣は少女の目線に合わせるようにしゃがみこんだ。
「すまぬ。ヌシは雷が苦手だったかぇ？」
そして先ほどより優しげな声で少女に語りかけた。
「いま雷は極力抑えとる。これなら怖くはなかろう」
そう言って微笑んだ。
少女はその笑みに見とれていた。
まだ少し怖いけど、それでもこの雷獣は怖い妖怪ではないと理解することができた。
少女はゆっくりと頷くことで雷獣の言葉に反応する。
「そうか…それはよかった」
満足げに頷く雷獣。
「どれ、こうして会えたのも何かの縁じゃ。ワシと話でもどうじゃ？」
再びこくんと頷く少女。
「よしよし。っとここでは雨が酷い。中にでも入ろうかのぉ」
そう言って廃神社の中に入る雷獣。
少女も慌てて一緒に入っていく。
廃神社というだけあって所々ボロボロになっており、雨漏りや隙間風がひどかった。
「ふむ、さすがに完全には塞ぎ切れんか。まあ仕方あるまい」
そう言って床にどかっと座り込む雷獣。
「そらヌシも座るがよい」
「あっ、はい…」
おずおずと座る少女。
「さて、話をするわけじゃが、ワシらは互いに素性を知らぬ身。まずは自己紹介とゆこうか」
それに対してこくり頷く少女。
「うむ、まずはワシじゃな。さきも言うたがワシは雷獣という妖怪じゃ。名前は無い。ジパングを旅する気ままな妖怪じゃな」
「お名前が無いのですか？」
「うむ。ワシは長き時をジパングを旅して生きた流浪者ゆえ名など持たずに過ごしておっての、こうしてゆるりと人間と会話をするのも久しいのじゃ」
「そうなんですか」
「ほれ、次はヌシの番じゃ」
「は、はい。私はきよこと申します。麓の村で暮らしております」
まだ言葉が震えぎみに紡ぎだされるがそれでも幾分か安心しているのかしっかりと返答をする少女。
「そうかそうか。ヌシはきよこと申すか。もしや清い子であれと授けられたかえ？」
うんうんと頷いた後、名前の由来を確認する雷獣に少女はやや困ったような顔をする。
「もしや…由来はわからぬか？」
こくんと頷く少女。
「そうか…まあよい。それよりもじゃ。ヌシは何故この廃神社におったのかえ？」
「その…私、ここが好きなんです」
やや恥ずかしそうに頬を赤らめる少女。
「私、話すの苦手で…だからここのような静かな場所が好きなんです」
「ということはワシはその静かな一時を邪魔してしまったわけじゃな」
意地悪そうに笑みを浮かべる雷獣。
少女は慌てて手を振り否定する。
「ご、ごめんなさい！そんなつもりじゃなくて！」
「かっかっか！気にするでない。邪魔したのは本当のことじゃろう」
快活に笑い気にすることは無いと言い含める。
少女はどうしたらいいのかわからず、頭を回転させ何かを話そうとするが中々思いつかない。
「そのように難しく顔をゆがめるでない。話というのはもっと気楽なものじゃ。何でもよい。思いついたものをかったぱしから聞くがよい」
やわらかい笑みを作り、話を促す雷獣の言葉に少女は落ち着こうと息をゆっくりと吸って、吐いてと繰り返し、ゆっくりと考えをまとめ始める。
「お、お姉さん？」
「む？…ああ呼び名がないからのぉ。それでかまわん」
その返答に少女は安堵し、たわいの無い質問をしだした。
「お姉さんは何が好きですか？」
「ワシか？そうさな…甘味に渋い茶といったところかのぉ」
「そうなんですか」
「そういうヌシは何が好きなんじゃ？」
「私ですか？えっと…」
お互いに質問しあい、時には深く問いただし、魅力を語ったりとゆるりとした時間を過ごしていた。
そうした時間を過ごした後、少女はふと、最初に思っていた疑問を思い出し、それを口にしていた。
「あのお姉さん…どうして私の所に来たのですか？」
それはなんとなく思っていた疑問だった。何故自分の所にやってきたのか。少女は聞きたくなったのだ。雷獣は今までの笑みを潜め、ゆっくりと目を瞑り考え込むように沈黙する。
沈黙が辺りを支配し妙な緊迫感が辺りを漂い始めたころに雷獣は瞳を開き、少女のまなこを見つめた。
「最初に言ったと思うがワシは人間の気配を感じこの地に降り立った。それは覚えておるかの？」
こくんと頷く少女。
「ワシは見ての通り雷を纏う獣。ゆえに移動はもっぱら雷化し雷雨に紛れて、気ままに旅をするのじゃ」
そういって少女に見えるように手の部分のみを雷化させる。
手の部分がバチバチと音を立て、稲妻が周囲に発生する。
その様子を見て、ビクリと震わせる少女を見て、すぐに雷化を解除する。
「すまぬすまぬ。それでこの雷じゃがな確かにワシから発せられておるのじゃが、少々やっかいなものでな」
と言葉を切り、改めて少女のまなこを見つめる。
その眼差しに少女は得体のしれないぞわりとした感覚を覚えていた。
「そのやっかいとは、なんでございますか？」
嫌な予感を感じつつも、少女は話をするべく続きを催促した。
「うむ。実はのこの雷、媚薬に近い効能を持っていてな。所有者であるワシの性感を容赦なく高めておるんじゃよ」
そう話した雷獣の瞳はまさに獲物を狙う獣の目をしていた。
「さらに面白いことにこの雷は他の生物の性感をも高めてくれるのじゃ。まあもちろん雷ゆえ痺れてしまうがな」
ついには舌なめずりさえし始めた雷獣。
少女は気づいた。目の前の雷獣が何故自分の前に降りてきたのか。
雷獣は自分を襲いに来たのだと…
「あ、あ、ああ……」
自覚をした途端にさっきまで落ち着いていた震えがぶりかえし、先ほど以上にガタガタと震え始める。
「先刻からヌシがとても可愛い生き物にみえてのぉ。是非ワシの雷で可愛がってやりとうて仕方ないんじゃ」
雷獣は未だに床にどかりと座り込んだまま動かない。稲妻も抑え込んだまま。しかし目は完全に少女を獲物として捕らえていた。
少女は絶望を覚えた。まだ性の知識が無いとはいえ、雷獣が何を言っているのか多少なりとも理解はできた。そういうことに敏感な年頃だから当然といえば当然だが、それでも少女はそういうことには村一番の奥手だった。理由は簡単、怖いからだ。人間はどんなことであれ、理解が及ばないものを恐怖としてとらえることがある。理解が出来ないから怖い、単純なことだが少女にとって性交を恐怖するには十分な理由だった。
歯をガチガチと鳴らし、目には涙を溜め、今にも叫びだしたいのに金縛りにあったかのように声も出せず、体も動かない。
そんな怯える少女を見て、雷獣はしばし沈黙し、拳を握りこんでいた。
そして…
バンッ！
「……えっ？」
雷獣は自分の頬を殴っていた。
突然の事態に少女は震えるのも忘れ、唖然とした。
口元から流れ出る血をぬぐい。微笑む雷獣。
「すまんな。どうやらこれ以上は一緒にいるのも危険じゃろう。ここで別れるとしよう」
少女はもう一度、雷獣と目を合わせた。先ほどとは違い後悔で染まった瞳を見た瞬間。少女は得体のしれない胸の痛みを覚えていた。
「少しとはいえ久しぶりに人間と話が出来て嬉しかったわい。では達者でな」
そう言って振り返り、雷獣は神社を後にしようと外に向かって歩き出す。
一歩…二歩…三歩…と徐々に入口へと差し掛かる。
その光景が何故かゆっくりと見えた少女。
一歩目…言いようのない胸の痛みが発する。
二歩目…何か言葉を発しようと口を動かしたい衝動に駆られる。
三歩目…先ほど見た雷獣の悲しげな瞳が脳裏をよぎる。
気が付けば少女は走っていた。
そして、雷獣の腰に手を回し抱きしめていた。
「あうっ！？」
静電気ほどのピリッとした感覚と快楽に驚きながらも必死に抱きしめる少女。
歩みを止められた雷獣は振り向こうとせず、かといって無理やり前に進もうともせず前を見続ける。ピリピリと静電気が鳴る中、沈黙が辺りをつつむ。
しばらくして、快楽に耐えられなくなったのか、徐々にしがみ付けなくなった少女はずるずると床にへたり込み始める。
それでも少女は荒い呼吸を吐きながら雷獣の足にしがみつこうとしていた。
そんな沈黙を破り雷獣は少女に背を向けながら言葉を紡ぐ。
「先刻まで震えておったのに…何故ワシを止めるのじゃ」
平坦を装った口調。しかし、その声はわずかに震えていた。
少女は快楽に呼吸を荒げながらも声を必死に紡ぐ。
「はぁはぁ…わ、わかり、ません…」
「わからないのに止めるとは可笑しなやつよ。ほれ手を離せ。いつまでも触っていては辛いだけじゃぞ」
「だ、だめ、です…」
しかし、手を離さない少女。
「はぁはぁ…だ、め…」
「手を離さねば、ヌシは必ずや後悔する。それでも良いのか？」
その声はどこまでも優しく、同時に後悔の念がこもっていた。
「かつて…人間を好いておった雷獣と雷獣を好いた幼子がおった。幼子は雷獣に懐き身も心も許しており、雷獣もまた幼子のことを可愛がっておった。とある晩に雷獣は幼子と床を共にし愛し合った。そうして幼子は人間から妖怪へと変化した。幼子は大層喜んだが、周囲の人間はそうはいかなかった。やつらは妖怪に変化した幼子もろとも攻撃しおったのだ。幼子はその時の攻撃が元で亡くなってしもうた。雷獣は心底怒り狂い人間を襲った。しかし、元々人間が好きだった雷獣は結局人間を滅ぼすという選択が出来ず、大打撃を与えるだけに留まり、以降人の目の前に現れなくなったそうじゃ」
まるで実際に見てきたかのような語り草だった。
いやこれは雷獣が過去に体験してきたことなのだろう。
「ワシは2度もそのような光景を見とう無い」
「でしたら…なぜ、わたしに、ちかづいた、のですか」
快感に絶えながら疑問を口にする少女。
「最初は人間を襲うつもりでじゃ。ああもちろん物理的ではないぞ、ワシのような妖怪達は定期的に人の精を得たくなり襲い掛かることがあるんじゃ。今回はその久しい衝動に襲われて来たというわけじゃ」
少し茶化すように笑う。
「じゃがヌシを見てその気は一瞬で失せた。かつての光景を思い出してしまったからのぉ」
再び後悔の色を浮かべる。
「さっさと離れるつもりであった。だがあまりにもヌシが可愛すぎてな。気がつけばヌシをどう可愛がろうかと考えてばかりじゃった。しかし、ヌシの涙を見た瞬間、その思いは霧散しおった」
ぎゅっと拳を握る。
「ワシは2度も大好きな人間の涙等…見とうない！特にヌシのような幼子に恐怖を与えるマネは例え本能であろうと許すことはできんのじゃ！」
まるで自身の本能を毛嫌いするかのように激しく声を荒げる。
「頼む…ワシはヌシを恐怖させとうない。傷つけとうないのじゃ。後生じゃからその手を離しておくれ…」
そう言って振り向く雷獣の瞳からは大粒の涙が流れていた。
そして少女の手を解こうとした時だった。
「駄目！！！！！」
ビクリと反射的に手を止める雷獣。
快楽と痺れに襲われながらも少女は全力で声をあげていた。
「はぁはぁ…だめ、なの」
ぶるぶると振るえ、頬は紅潮し、息遣いは荒い。
今にも手を離しそうなのにそれでも離さないと少女の瞳は語っていた。
「おねえさん、このままじゃ…ずっと、ひとり、ぼっち、なっちゃう」
震えて力の入らない体に活を入れるように少女は力を入れて叫ぶ。
「ひとりぼっちの寂しさは！私も知っている！お姉さんが辛かったのはわかった！でも！この先も避けていたら！永遠にひとりぼっちになっちゃう！そんなの駄目だよ！」
その言葉にギリッと歯軋りする雷獣。
「黙れ小娘！！！…貴様に何がわかる。わずか10年ほどしか生きたこと無い貴様にワシの何がわかるというのだ！！！」
「わからないよ！！！」
雷獣は少女の返答にあっけにとられたような表情になる。
そんな雷獣にかまわずに叫ぶ少女。
「わからないから！私と友達になってほしいの！」
雷鳴が轟く。近くで落ちたのかもしれないと雷獣は他人事のように考えていた。
「友達…」
「友達になれば…少しは、わかるかも、しれない。ともだち、なら、い、しょに、わら、え、る、から…」
そう言い終えると力尽きたように手を放してしまう少女。
快楽と痺れに翻弄され荒い息遣いを見せる少女。
ピクリとも動かない雷獣。
歩みを止めるものはいない。
大手を振って外に出れる。
けれども雷獣は歩かなかった。
「馬鹿者が…止めさえしなければ襲わずに済んだものを」
大粒の涙を流し、体からは稲妻がバチバチと巻き起こっていた。
先ほどの悲しみで流したわけではない。
嬉しさがこみ上げ、自分のために全力で止めてくれたその事実に涙を流したのだ。
「もはや、この欲望を留め置くことは出来んぞ」
「おねえ、さん、なら…されても…いいよ」
「まったく…出会ったばかりの妖怪にそのようなこと言うては取り返しがつかなくなると親から教わらんかったのかえ」
雷獣は最大限まで雷を抑え込み、少女を抱きかかえ、廃神社の奥へと歩み始める。
なるべく綺麗な床へと少女を寝かせた後、雷獣は自身の着物を脱ぎそれを床へと敷き、改めて少女をその上に寝かせる。
そして少女の着物に手をかけ、ゆるりと脱がしてゆく。
あっという間に少女は生まれたままの姿となった。
先ほどまで静電気による快楽を刷り込まれていたため、息も絶え絶えになっている。
「きよこよ。ワシはこれよりヌシに酷いことをするじゃろう」
こくんと頷く。
「泣いて懇願しても、酷いことを続けるやもしれん」
しばらく沈黙した後、覚悟をするかのように頷く。
「じゃが、代わりに普通の人間では味わうことのない人外の快楽を…全身が痺れ、内側から弾けるような、頭が解けてしまいそうなほどの甘美で刺激的な快楽をヌシに授けてやろう」
「わたし……がんばります……」
目を潤わせ、体をプルプルと震わせながらも精一杯笑って答える少女に雷獣は胸を貫かれるような衝撃を受け、そして妖艶に微笑んだ。
「ふふふ…愛いやつじゃ。心ゆくまで可愛がってやろう」
少女が二度と忘れ経ぬであろう極楽浄土の宴が豪雷雨が降りしきる山の廃神社で雷と共に始まろうとしていた。
少女は麓にある村の者で齢は１０ほどで簡素な着物を着ており、髪を後ろで束ねているのが特徴の少女である。少女は引っ込み思案な性格もあり村の子供達と仲良くなれず日々心苦しい思いをしていた。少女はよくこの廃神社に来ては何をするでもなく一日をボーっと過ごすのだ。この静かな時間が少女は好きだった。気がつけば、この廃神社で一日を過ごすのが当たり前になるほどである。今日も今日とて畑仕事を手伝った後にこの廃神社までやってきてボーっと過ごしていたのだ。
しかし今日は空が暗い雲に覆われており、今にも雨が降ってきそうな天気だった。少女としては別に雨が降ってもかまわないと思っているらしく変わらず廃神社の縁側に腰掛け空を眺め続けている。
しばらくすると雨が降り出しさらに雷も鳴りだす悪天候へと変わってしまった。少女は雷の音にビクリと体を震わし、少し困ったような表情を浮かべる。
「どうしよう…雷様が怒ってる」
少女は雷が苦手だった。突然光っては轟音を轟かせる雷がとても怖く、特に母や父に雷様は怒ると悪い子のヘソを取りにやってくるらしいという話を聞いてからは余計に雷は怖いものと認識し苦手となった。
とにかく雨が止むのを待つべく廃神社で過ごす少女。
「お願い雷様お怒りをお静めください。ちゃんと良い子で過ごしてます。母様の言うことも聞いてます。父様の畑仕事も手伝ってます。だからお願いですお怒りをお静めください」
雷が怖い少女は一生懸命両手を合わせお祈りの言葉を紡ぐ。すると突然今までとは比べ物にならないほど轟音が鳴り、目の前が突然真っ白に染まる。少女は思わず腕で視界を守り身をちぢこませる。しばらくすると目の前に誰かがいる気配を感じ、恐る恐る腕を視界から外し、その人物を見る。
「おや？人の気配がするゆえ降りてみたら、このように小さな幼子だったとは…」
空色の髪、紫を基調とした乱れた着物、辺りに漂う稲妻、それらは少女がもっとも印象を受けた姿だった。
「かみなり…さま…」
気がつけばぼそりと少女は言葉を漏らしていた。
「うん？ワシは雷様とやらではないぞ。ワシは雷獣と呼ばれる妖怪じゃ」
「らいじゅう…さま…？」
「様付けはよせ。背筋がむず痒くなる」
とむず痒いような顔をする雷獣。
対する少女は目の前の妖怪に怯えていた。
村にも妖怪は来るので妖怪自体は別に怖くはない。
だけれど、雷獣から発せられる小さな稲妻に少女は怯えていたのだ。
ガタガタと震え、今にも泣きだしそうな少女。
その様子に気がついた雷獣は不思議な顔をした後、少女の思いを汲み取り、帯電している稲妻を極力出さないように抑えた。
稲妻を抑えると雷獣は少女に近づく。
びくんと震え怯える少女。
近くまで来ると雷獣は少女の目線に合わせるようにしゃがみこんだ。
「すまぬ。ヌシは雷が苦手だったかぇ？」
そして先ほどより優しげな声で少女に語りかけた。
「いま雷は極力抑えとる。これなら怖くはなかろう」
そう言って微笑んだ。
少女はその笑みに見とれていた。
まだ少し怖いけど、それでもこの雷獣は怖い妖怪ではないと理解することができた。
少女はゆっくりと頷くことで雷獣の言葉に反応する。
「そうか…それはよかった」
満足げに頷く雷獣。
「どれ、こうして会えたのも何かの縁じゃ。ワシと話でもどうじゃ？」
再びこくんと頷く少女。
「よしよし。っとここでは雨が酷い。中にでも入ろうかのぉ」
そう言って廃神社の中に入る雷獣。
少女も慌てて一緒に入っていく。
廃神社というだけあって所々ボロボロになっており、雨漏りや隙間風がひどかった。
「ふむ、さすがに完全には塞ぎ切れんか。まあ仕方あるまい」
そう言って床にどかっと座り込む雷獣。
「そらヌシも座るがよい」
「あっ、はい…」
おずおずと座る少女。
「さて、話をするわけじゃが、ワシらは互いに素性を知らぬ身。まずは自己紹介とゆこうか」
それに対してこくり頷く少女。
「うむ、まずはワシじゃな。さきも言うたがワシは雷獣という妖怪じゃ。名前は無い。ジパングを旅する気ままな妖怪じゃな」
「お名前が無いのですか？」
「うむ。ワシは長き時をジパングを旅して生きた流浪者ゆえ名など持たずに過ごしておっての、こうしてゆるりと人間と会話をするのも久しいのじゃ」
「そうなんですか」
「ほれ、次はヌシの番じゃ」
「は、はい。私はきよこと申します。麓の村で暮らしております」
まだ言葉が震えぎみに紡ぎだされるがそれでも幾分か安心しているのかしっかりと返答をする少女。
「そうかそうか。ヌシはきよこと申すか。もしや清い子であれと授けられたかえ？」
うんうんと頷いた後、名前の由来を確認する雷獣に少女はやや困ったような顔をする。
「もしや…由来はわからぬか？」
こくんと頷く少女。
「そうか…まあよい。それよりもじゃ。ヌシは何故この廃神社におったのかえ？」
「その…私、ここが好きなんです」
やや恥ずかしそうに頬を赤らめる少女。
「私、話すの苦手で…だからここのような静かな場所が好きなんです」
「ということはワシはその静かな一時を邪魔してしまったわけじゃな」
意地悪そうに笑みを浮かべる雷獣。
少女は慌てて手を振り否定する。
「ご、ごめんなさい！そんなつもりじゃなくて！」
「かっかっか！気にするでない。邪魔したのは本当のことじゃろう」
快活に笑い気にすることは無いと言い含める。
少女はどうしたらいいのかわからず、頭を回転させ何かを話そうとするが中々思いつかない。
「そのように難しく顔をゆがめるでない。話というのはもっと気楽なものじゃ。何でもよい。思いついたものをかったぱしから聞くがよい」
やわらかい笑みを作り、話を促す雷獣の言葉に少女は落ち着こうと息をゆっくりと吸って、吐いてと繰り返し、ゆっくりと考えをまとめ始める。
「お、お姉さん？」
「む？…ああ呼び名がないからのぉ。それでかまわん」
その返答に少女は安堵し、たわいの無い質問をしだした。
「お姉さんは何が好きですか？」
「ワシか？そうさな…甘味に渋い茶といったところかのぉ」
「そうなんですか」
「そういうヌシは何が好きなんじゃ？」
「私ですか？えっと…」
お互いに質問しあい、時には深く問いただし、魅力を語ったりとゆるりとした時間を過ごしていた。
そうした時間を過ごした後、少女はふと、最初に思っていた疑問を思い出し、それを口にしていた。
「あのお姉さん…どうして私の所に来たのですか？」
それはなんとなく思っていた疑問だった。何故自分の所にやってきたのか。少女は聞きたくなったのだ。雷獣は今までの笑みを潜め、ゆっくりと目を瞑り考え込むように沈黙する。
沈黙が辺りを支配し妙な緊迫感が辺りを漂い始めたころに雷獣は瞳を開き、少女のまなこを見つめた。
「最初に言ったと思うがワシは人間の気配を感じこの地に降り立った。それは覚えておるかの？」
こくんと頷く少女。
「ワシは見ての通り雷を纏う獣。ゆえに移動はもっぱら雷化し雷雨に紛れて、気ままに旅をするのじゃ」
そういって少女に見えるように手の部分のみを雷化させる。
手の部分がバチバチと音を立て、稲妻が周囲に発生する。
その様子を見て、ビクリと震わせる少女を見て、すぐに雷化を解除する。
「すまぬすまぬ。それでこの雷じゃがな確かにワシから発せられておるのじゃが、少々やっかいなものでな」
と言葉を切り、改めて少女のまなこを見つめる。
その眼差しに少女は得体のしれないぞわりとした感覚を覚えていた。
「そのやっかいとは、なんでございますか？」
嫌な予感を感じつつも、少女は話をするべく続きを催促した。
「うむ。実はのこの雷、媚薬に近い効能を持っていてな。所有者であるワシの性感を容赦なく高めておるんじゃよ」
そう話した雷獣の瞳はまさに獲物を狙う獣の目をしていた。
「さらに面白いことにこの雷は他の生物の性感をも高めてくれるのじゃ。まあもちろん雷ゆえ痺れてしまうがな」
ついには舌なめずりさえし始めた雷獣。
少女は気づいた。目の前の雷獣が何故自分の前に降りてきたのか。
雷獣は自分を襲いに来たのだと…
「あ、あ、ああ……」
自覚をした途端にさっきまで落ち着いていた震えがぶりかえし、先ほど以上にガタガタと震え始める。
「先刻からヌシがとても可愛い生き物にみえてのぉ。是非ワシの雷で可愛がってやりとうて仕方ないんじゃ」
雷獣は未だに床にどかりと座り込んだまま動かない。稲妻も抑え込んだまま。しかし目は完全に少女を獲物として捕らえていた。
少女は絶望を覚えた。まだ性の知識が無いとはいえ、雷獣が何を言っているのか多少なりとも理解はできた。そういうことに敏感な年頃だから当然といえば当然だが、それでも少女はそういうことには村一番の奥手だった。理由は簡単、怖いからだ。人間はどんなことであれ、理解が及ばないものを恐怖としてとらえることがある。理解が出来ないから怖い、単純なことだが少女にとって性交を恐怖するには十分な理由だった。
歯をガチガチと鳴らし、目には涙を溜め、今にも叫びだしたいのに金縛りにあったかのように声も出せず、体も動かない。
そんな怯える少女を見て、雷獣はしばし沈黙し、拳を握りこんでいた。
そして…
バンッ！
「……えっ？」
雷獣は自分の頬を殴っていた。
突然の事態に少女は震えるのも忘れ、唖然とした。
口元から流れ出る血をぬぐい。微笑む雷獣。
「すまんな。どうやらこれ以上は一緒にいるのも危険じゃろう。ここで別れるとしよう」
少女はもう一度、雷獣と目を合わせた。先ほどとは違い後悔で染まった瞳を見た瞬間。少女は得体のしれない胸の痛みを覚えていた。
「少しとはいえ久しぶりに人間と話が出来て嬉しかったわい。では達者でな」
そう言って振り返り、雷獣は神社を後にしようと外に向かって歩き出す。
一歩…二歩…三歩…と徐々に入口へと差し掛かる。
その光景が何故かゆっくりと見えた少女。
一歩目…言いようのない胸の痛みが発する。
二歩目…何か言葉を発しようと口を動かしたい衝動に駆られる。
三歩目…先ほど見た雷獣の悲しげな瞳が脳裏をよぎる。
気が付けば少女は走っていた。
そして、雷獣の腰に手を回し抱きしめていた。
「あうっ！？」
静電気ほどのピリッとした感覚と快楽に驚きながらも必死に抱きしめる少女。
歩みを止められた雷獣は振り向こうとせず、かといって無理やり前に進もうともせず前を見続ける。ピリピリと静電気が鳴る中、沈黙が辺りをつつむ。
しばらくして、快楽に耐えられなくなったのか、徐々にしがみ付けなくなった少女はずるずると床にへたり込み始める。
それでも少女は荒い呼吸を吐きながら雷獣の足にしがみつこうとしていた。
そんな沈黙を破り雷獣は少女に背を向けながら言葉を紡ぐ。
「先刻まで震えておったのに…何故ワシを止めるのじゃ」
平坦を装った口調。しかし、その声はわずかに震えていた。
少女は快楽に呼吸を荒げながらも声を必死に紡ぐ。
「はぁはぁ…わ、わかり、ません…」
「わからないのに止めるとは可笑しなやつよ。ほれ手を離せ。いつまでも触っていては辛いだけじゃぞ」
「だ、だめ、です…」
しかし、手を離さない少女。
「はぁはぁ…だ、め…」
「手を離さねば、ヌシは必ずや後悔する。それでも良いのか？」
その声はどこまでも優しく、同時に後悔の念がこもっていた。
「かつて…人間を好いておった雷獣と雷獣を好いた幼子がおった。幼子は雷獣に懐き身も心も許しており、雷獣もまた幼子のことを可愛がっておった。とある晩に雷獣は幼子と床を共にし愛し合った。そうして幼子は人間から妖怪へと変化した。幼子は大層喜んだが、周囲の人間はそうはいかなかった。やつらは妖怪に変化した幼子もろとも攻撃しおったのだ。幼子はその時の攻撃が元で亡くなってしもうた。雷獣は心底怒り狂い人間を襲った。しかし、元々人間が好きだった雷獣は結局人間を滅ぼすという選択が出来ず、大打撃を与えるだけに留まり、以降人の目の前に現れなくなったそうじゃ」
まるで実際に見てきたかのような語り草だった。
いやこれは雷獣が過去に体験してきたことなのだろう。
「ワシは2度もそのような光景を見とう無い」
「でしたら…なぜ、わたしに、ちかづいた、のですか」
快感に絶えながら疑問を口にする少女。
「最初は人間を襲うつもりでじゃ。ああもちろん物理的ではないぞ、ワシのような妖怪達は定期的に人の精を得たくなり襲い掛かることがあるんじゃ。今回はその久しい衝動に襲われて来たというわけじゃ」
少し茶化すように笑う。
「じゃがヌシを見てその気は一瞬で失せた。かつての光景を思い出してしまったからのぉ」
再び後悔の色を浮かべる。
「さっさと離れるつもりであった。だがあまりにもヌシが可愛すぎてな。気がつけばヌシをどう可愛がろうかと考えてばかりじゃった。しかし、ヌシの涙を見た瞬間、その思いは霧散しおった」
ぎゅっと拳を握る。
「ワシは2度も大好きな人間の涙等…見とうない！特にヌシのような幼子に恐怖を与えるマネは例え本能であろうと許すことはできんのじゃ！」
まるで自身の本能を毛嫌いするかのように激しく声を荒げる。
「頼む…ワシはヌシを恐怖させとうない。傷つけとうないのじゃ。後生じゃからその手を離しておくれ…」
そう言って振り向く雷獣の瞳からは大粒の涙が流れていた。
そして少女の手を解こうとした時だった。
「駄目！！！！！」
ビクリと反射的に手を止める雷獣。
快楽と痺れに襲われながらも少女は全力で声をあげていた。
「はぁはぁ…だめ、なの」
ぶるぶると振るえ、頬は紅潮し、息遣いは荒い。
今にも手を離しそうなのにそれでも離さないと少女の瞳は語っていた。
「おねえさん、このままじゃ…ずっと、ひとり、ぼっち、なっちゃう」
震えて力の入らない体に活を入れるように少女は力を入れて叫ぶ。
「ひとりぼっちの寂しさは！私も知っている！お姉さんが辛かったのはわかった！でも！この先も避けていたら！永遠にひとりぼっちになっちゃう！そんなの駄目だよ！」
その言葉にギリッと歯軋りする雷獣。
「黙れ小娘！！！…貴様に何がわかる。わずか10年ほどしか生きたこと無い貴様にワシの何がわかるというのだ！！！」
「わからないよ！！！」
雷獣は少女の返答にあっけにとられたような表情になる。
そんな雷獣にかまわずに叫ぶ少女。
「わからないから！私と友達になってほしいの！」
雷鳴が轟く。近くで落ちたのかもしれないと雷獣は他人事のように考えていた。
「友達…」
「友達になれば…少しは、わかるかも、しれない。ともだち、なら、い、しょに、わら、え、る、から…」
そう言い終えると力尽きたように手を放してしまう少女。
快楽と痺れに翻弄され荒い息遣いを見せる少女。
ピクリとも動かない雷獣。
歩みを止めるものはいない。
大手を振って外に出れる。
けれども雷獣は歩かなかった。
「馬鹿者が…止めさえしなければ襲わずに済んだものを」
大粒の涙を流し、体からは稲妻がバチバチと巻き起こっていた。
先ほどの悲しみで流したわけではない。
嬉しさがこみ上げ、自分のために全力で止めてくれたその事実に涙を流したのだ。
「もはや、この欲望を留め置くことは出来んぞ」
「おねえ、さん、なら…されても…いいよ」
「まったく…出会ったばかりの妖怪にそのようなこと言うては取り返しがつかなくなると親から教わらんかったのかえ」
雷獣は最大限まで雷を抑え込み、少女を抱きかかえ、廃神社の奥へと歩み始める。
なるべく綺麗な床へと少女を寝かせた後、雷獣は自身の着物を脱ぎそれを床へと敷き、改めて少女をその上に寝かせる。
そして少女の着物に手をかけ、ゆるりと脱がしてゆく。
あっという間に少女は生まれたままの姿となった。
先ほどまで静電気による快楽を刷り込まれていたため、息も絶え絶えになっている。
「きよこよ。ワシはこれよりヌシに酷いことをするじゃろう」
こくんと頷く。
「泣いて懇願しても、酷いことを続けるやもしれん」
しばらく沈黙した後、覚悟をするかのように頷く。
「じゃが、代わりに普通の人間では味わうことのない人外の快楽を…全身が痺れ、内側から弾けるような、頭が解けてしまいそうなほどの甘美で刺激的な快楽をヌシに授けてやろう」
「わたし……がんばります……」
目を潤わせ、体をプルプルと震わせながらも精一杯笑って答える少女に雷獣は胸を貫かれるような衝撃を受け、そして妖艶に微笑んだ。
「ふふふ…愛いやつじゃ。心ゆくまで可愛がってやろう」
少女が二度と忘れ経ぬであろう極楽浄土の宴が豪雷雨が降りしきる山の廃神社で雷と共に始まろうとしていた。
16/01/10 01:56更新 / ミズチェチェ
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