ある屋敷での出来事
僕が彼女、アイリスという名のダークエルフに誘拐されてから約一ヶ月が経つ。
僕はあの夜、あの部屋で文字通り「調教」され、彼女と僕は主従関係になった。だが今ではそんな環境にも慣れ、至って気楽に過ごしている。
今の僕の仕事は前と大して変わりはしないが、唯一違うのは彼女の心の広さだろう。例え、彼女のお茶をこぼしてしまっても彼女は僕がドジだ何だと言って笑うだけ。
まぁ、最初の頃こそ何をさせられるのかとビクビクしていたが、単に執事が欲しいだけだったそうだ。彼女は、心が広いだけでなく、面倒見がよくて人のことを思ってくれる優しい人だ。僕はそんな彼女の下で働けるのを誇りに思っている。
○
◇朝◇
コンコン
「ご主人様、起きてらっしゃいますか?ご主人様?」
僕は執事として彼女に付きっきりの忙しい身だ。いつもこうして彼女を起こしにいっている。
「(全く…、今日はお客様がいらっしゃられるというのに…)」
「ご主人様、入りますよ?…って、うわ…」
僕が部屋にはいると部屋中にお酒の臭いが漂っていた。彼女は何か嫌なことがあるとお酒に逃げる癖があり、それが元で生活に支障を来すまでになっている。
「ご主人様、起きてください。今日は遠方よりお客様がいらっしゃられるんですよ。」
「うぅん…、延期にしておいてよぉ…。」
ベッドで掛け布団にくるまり体調が悪そうな声を出す。いわゆる二日酔いってところかな。
「また自棄酒ですか…、全く、いい加減にしてください。今に身体を壊しますよ?」
「うるさぁいっ、おまえになにが÷×#♭ ○▽�…。」
駄目だ、完全に酔ってる。こういう時は…
「ご主人様、ちょっとお口を開けてください。」
「んぅ?あーん…。」
彼女は無防備にも口を開けた。その隙を逃さず、僕は特製の酔い醒ましを彼女の口に放り込んだ。
「………にがーいっ!何これ!口がぁ、あぁあああ!」
「ご主人様、お水を。」
そう言うと彼女は僕の持っていた水差しに直に口をつけて飲み始めた。うむ、良い飲みっぷりだ。
「ちょっ、あなた!いくら何でもやって良いこととやっちゃいけないことくらい分かるでしょ!?」
「いえ、全く。それにしても良い飲みっぷりでしたねぇ。」
「あなたのお陰でね〜!」
「お褒めに与り光栄です。」
「褒めてないっ!」
彼女は涙目で僕を睨んできた。だけど仕方ないだろう?こうでもしなきゃ二日酔いが治らないんだから。
「まぁ、いいわ。お陰で二日酔いも治ったし。頭もすっきりしたわ。」
「では、お召し替えをしてください。朝食は軽いものでよろしいでしょうか?」
「えぇ、それでいいわ。あ、あと」
「?」
「朝のチューは?」
「分かりましたよ。」
僕は彼女の頬に軽くキスした。これがいつからか朝の習慣になっていた。
これを欠かすと彼女が一日中仏頂面になってしまうのでやらないわけにはいかない。
「ん、よしよし。良くできた我が奴隷よ。」
「僕は犬じゃないんですよ?」
「違うのか?」
…僕、犬扱いだったのね。なんか対応の仕方が最近引っかかるなぁ、って思ってたけど。まさか犬扱いだったとは。
「冗談よ。さ、着替えるからちょっと待ってて。」
「では、朝食を用意しておきますね。」
「よろしくね〜」
最近、ご主人様の僕への話しかけ方が変わってきたな…。なんか少女というか女の子というか、最初会った時に比べれば随分と明るい口調になったよなぁ。なんて思いつつ、調理場に向かった。
○
「ルミア、ご主人様はいつも通り軽めの食事がいいってさ。」
「はいはーい。すぐ作るよー。」
ルミア、というのはこの屋敷で昔から働いている僕の先輩にあたる人だ。当たり前だが料理から洗濯、ほとんどの家事はすべて出来るらしい。
「そういやさ、ルミアって種族は何なの?」
「サキュバスだよ。どうしたの、いきなり。」
「いや、ちょっと気になってね。」
そうか、彼女はサキュバスだったのか。まぁ、それを知ったところで何にもならないけどね。
「ん?あんた。まさか私とヤりたいの?」
「まさか。僕が行為に及ぶ相手はご主人様だけだよ。」
「ご執心ねぇ。まぁ、そこがあなたの魅力よね。そういう一途なとこ。わんちゃんみたい。」
ルミアは呆れたような口調でそんなことを言ってきた。
相変わらず思ったことをそのまま口にする奴だなぁ、と思う。
っていうか犬扱いだったのはそこからきていたのか…。
そんなことを話しているうちにご主人様が降りてきた。
「さぁ、これをテーブルまで運んで頂戴。落とさないようにねー。」
「はいよー。」
僕は手際よく料理をテーブルに並べ終え、丁度良く来たご主人様の為に椅子を引き、座らせる。
「ありがとね、コウ、ルミア。」
「いえ、ご主人様の為ですから。」
「そうですよ。気になさらないでください。」
「いい従者を持ったものだわ…。」
彼女は涙目になりながら喜びの声を上げた。
「あら、そういえばあなた達、もう食事は済ませたの?」
「はい、僕たちは朝から屋敷の掃除などで朝が早いですから。」
「楽じゃないのねぇ…。」
まるで独り言を呟くように言う彼女。その目はどこか遠いものを見ているような、そんな感じがした。
「それはあなたも同じでしょう。この屋敷は親魔物派の人間と、魔界の住人達の交流の場ですから。昨日も、一昨日も大して眠られていないのでしょう?」
「うっ…、バレた?」
「バレバレですよ。僕を舐めないでください。」
この屋敷では、定期的に人間と魔物の交流会のようなイベントを開催しているのだ。それによりご主人様はその時期になると目が回るほど忙しい思いをしなくてはならないのだ。
「流石ねぇ。ただ一緒に居る訳じゃないってことなのね。」
「当たり前です。」
「コウはご主人様のこと大好きだもんねー?」
「あら、そうなの?嬉しいわ…」
僕がきっぱりと格好良い台詞を言ったというのに。ルミアがそれを台無しにしてくれた。
「と、兎に角!体調には気をつけてください。」
「はぁい、分かったわ。心配性な従者君の為にも健康には気をつけるわね」
相変わらず、僕は彼女に手玉に取られている。別に嫌というわけではないのだけど、男として、少しは格好良いところを見せたいという気持ちがある。
○
さて、そろそろお客様が来る時間だな。どんなお客様なんだろう。と思っていると
「大丈夫よ、そんなに緊張しなくたって。お客といっても、魔物関係の人は私の旧知の友人達だし。人間なら、元々親魔物派のあなたなら話が合うんじゃないかしら?」
そう言って緊張を解してくれた。確かに魔物達が彼女の知り合いという時点で、厄介な展開にならずにすみそうだし、親魔物派の人間達なら気軽に話せそうだ。
「ありがとうございます。おかげで大分気が楽になりましたよ。」
「ん、じゃあ早速、お出迎えよろしくね。あ、そうそう。みんなの前ではアイリスお嬢様って呼んで頂戴。」
「…?分かりました。」
そんなこんなで方々から様々な魔物や、人間達がこの屋敷に集い、大広間に集まった。
「本日、お集まりの皆様。ようこそ我が屋敷へ。本日も人魔問わず、楽しく文化の交流や、学説の交流などを行っていきましょう。」
そうして、開会の式は終了し、ご主人様やルミア、僕の三人はそれぞれで話し合いをした。
○
閉会の式が終わり、お客様達はまたそれぞれの道を辿って帰っていった。
「あー、楽しかった。やっぱり魔界についての話は面白いなぁ。」
「同感。僕は親魔物派の人たちと今の人間と魔物の関係はどうなっていくのか、っていうのを話し合っていたんだ。」
ルミアと今日の交流会についての感想を話し合っていたが、ふと気づけばご主人様の姿が消えていた。
ルミアとの話は名残惜しいが、まずは彼女を捜すことを考えた。
「ふぅ、早く人間と魔物が共存できる世界になって欲しいものだな。」
アイリスは屋敷の最上階の屋根裏部屋のような展望室に来ていた。
「やっぱり、ここでしたか。」
彼女が不意に居なくなるとすれば大抵こういうところに来るというのは、大体予想がついていた。
「相変わらず流石ね。どんなところにいても、あなたは私を見つけられるのね。」
「そりゃ、そうですよ。あなたは僕の主であり、僕にとって、大切な存在ですから。」
言ってから、だんだん恥ずかしくなってきてしまった。特に、最後の台詞とか…。
「嬉しいわ。本当に。」
彼女はどこか寂しげな顔をしていた。声も心なしか震えているように感じる。
「もう、話しても良いかな。あの夜。何で君を誘拐したのか。」
彼女は何かを決意した時の独特の強い眼差しで僕を見つめた。
「昔ね。私には恋人が居たの。あなたと同じ人間のね。」
彼女によれば、僕と彼はすごく似ていたらしい。顔も、しゃべり方も。色々な部分が…。
だが、彼は不治の病により、彼女の腕の中で死んでいったらしい。
「それで、たまらず僕を誘拐してしまった。というわけですか。」
「えぇ、ごめんなさい。こんな私の我が儘に付き合わせてしまって。」
彼女は彼の死を心から悲しんだ。一生、生涯を共にしようと誓ったはずなのに、その矢先に死んでしまったのだ。
その悲しみは計り知れないものだろう。
「だからね、もう、愛想がついたでしょ?こんな私なんてもう嫌いだよね?身勝手で…」
最後の方の言葉はすすり泣く声でうまく聞こえなかった。
「そんなことはない。あなたは今、本当の自分と向き合った。そして僕に嫌われる覚悟で真実を話してくれた。そしてあなたは、居場所の無かった僕に居場所をくれた。」
僕は彼女を慰めるように彼女を抱き。そして目を合わせて
「僕はあなたが好きです。死んでしまった彼の代わりにはなれませんが、僕は生涯をあなたと共に過ごしたいんです。」
「私も…、私もあなたが大好き…!今度は執事なんかじゃなくて、私の夫として一緒にいてください…!」
「もちろん…、アイリス。」
「愛してる、コウ…」
…こうして、主と従者の関係であった彼らは結婚し、幸せになろうとちかいあったのであった。
完
「ぅうう…、切ないストーリーだったけど、私だけ独りぼっち〜…!」
と泣きわめいていたルミアであったが、その後、あの屋敷の新しい従業員の男性と意気投合、しかも両思いで今もそこで二人一緒に働いているとのことです。
僕はあの夜、あの部屋で文字通り「調教」され、彼女と僕は主従関係になった。だが今ではそんな環境にも慣れ、至って気楽に過ごしている。
今の僕の仕事は前と大して変わりはしないが、唯一違うのは彼女の心の広さだろう。例え、彼女のお茶をこぼしてしまっても彼女は僕がドジだ何だと言って笑うだけ。
まぁ、最初の頃こそ何をさせられるのかとビクビクしていたが、単に執事が欲しいだけだったそうだ。彼女は、心が広いだけでなく、面倒見がよくて人のことを思ってくれる優しい人だ。僕はそんな彼女の下で働けるのを誇りに思っている。
○
◇朝◇
コンコン
「ご主人様、起きてらっしゃいますか?ご主人様?」
僕は執事として彼女に付きっきりの忙しい身だ。いつもこうして彼女を起こしにいっている。
「(全く…、今日はお客様がいらっしゃられるというのに…)」
「ご主人様、入りますよ?…って、うわ…」
僕が部屋にはいると部屋中にお酒の臭いが漂っていた。彼女は何か嫌なことがあるとお酒に逃げる癖があり、それが元で生活に支障を来すまでになっている。
「ご主人様、起きてください。今日は遠方よりお客様がいらっしゃられるんですよ。」
「うぅん…、延期にしておいてよぉ…。」
ベッドで掛け布団にくるまり体調が悪そうな声を出す。いわゆる二日酔いってところかな。
「また自棄酒ですか…、全く、いい加減にしてください。今に身体を壊しますよ?」
「うるさぁいっ、おまえになにが÷×#♭ ○▽�…。」
駄目だ、完全に酔ってる。こういう時は…
「ご主人様、ちょっとお口を開けてください。」
「んぅ?あーん…。」
彼女は無防備にも口を開けた。その隙を逃さず、僕は特製の酔い醒ましを彼女の口に放り込んだ。
「………にがーいっ!何これ!口がぁ、あぁあああ!」
「ご主人様、お水を。」
そう言うと彼女は僕の持っていた水差しに直に口をつけて飲み始めた。うむ、良い飲みっぷりだ。
「ちょっ、あなた!いくら何でもやって良いこととやっちゃいけないことくらい分かるでしょ!?」
「いえ、全く。それにしても良い飲みっぷりでしたねぇ。」
「あなたのお陰でね〜!」
「お褒めに与り光栄です。」
「褒めてないっ!」
彼女は涙目で僕を睨んできた。だけど仕方ないだろう?こうでもしなきゃ二日酔いが治らないんだから。
「まぁ、いいわ。お陰で二日酔いも治ったし。頭もすっきりしたわ。」
「では、お召し替えをしてください。朝食は軽いものでよろしいでしょうか?」
「えぇ、それでいいわ。あ、あと」
「?」
「朝のチューは?」
「分かりましたよ。」
僕は彼女の頬に軽くキスした。これがいつからか朝の習慣になっていた。
これを欠かすと彼女が一日中仏頂面になってしまうのでやらないわけにはいかない。
「ん、よしよし。良くできた我が奴隷よ。」
「僕は犬じゃないんですよ?」
「違うのか?」
…僕、犬扱いだったのね。なんか対応の仕方が最近引っかかるなぁ、って思ってたけど。まさか犬扱いだったとは。
「冗談よ。さ、着替えるからちょっと待ってて。」
「では、朝食を用意しておきますね。」
「よろしくね〜」
最近、ご主人様の僕への話しかけ方が変わってきたな…。なんか少女というか女の子というか、最初会った時に比べれば随分と明るい口調になったよなぁ。なんて思いつつ、調理場に向かった。
○
「ルミア、ご主人様はいつも通り軽めの食事がいいってさ。」
「はいはーい。すぐ作るよー。」
ルミア、というのはこの屋敷で昔から働いている僕の先輩にあたる人だ。当たり前だが料理から洗濯、ほとんどの家事はすべて出来るらしい。
「そういやさ、ルミアって種族は何なの?」
「サキュバスだよ。どうしたの、いきなり。」
「いや、ちょっと気になってね。」
そうか、彼女はサキュバスだったのか。まぁ、それを知ったところで何にもならないけどね。
「ん?あんた。まさか私とヤりたいの?」
「まさか。僕が行為に及ぶ相手はご主人様だけだよ。」
「ご執心ねぇ。まぁ、そこがあなたの魅力よね。そういう一途なとこ。わんちゃんみたい。」
ルミアは呆れたような口調でそんなことを言ってきた。
相変わらず思ったことをそのまま口にする奴だなぁ、と思う。
っていうか犬扱いだったのはそこからきていたのか…。
そんなことを話しているうちにご主人様が降りてきた。
「さぁ、これをテーブルまで運んで頂戴。落とさないようにねー。」
「はいよー。」
僕は手際よく料理をテーブルに並べ終え、丁度良く来たご主人様の為に椅子を引き、座らせる。
「ありがとね、コウ、ルミア。」
「いえ、ご主人様の為ですから。」
「そうですよ。気になさらないでください。」
「いい従者を持ったものだわ…。」
彼女は涙目になりながら喜びの声を上げた。
「あら、そういえばあなた達、もう食事は済ませたの?」
「はい、僕たちは朝から屋敷の掃除などで朝が早いですから。」
「楽じゃないのねぇ…。」
まるで独り言を呟くように言う彼女。その目はどこか遠いものを見ているような、そんな感じがした。
「それはあなたも同じでしょう。この屋敷は親魔物派の人間と、魔界の住人達の交流の場ですから。昨日も、一昨日も大して眠られていないのでしょう?」
「うっ…、バレた?」
「バレバレですよ。僕を舐めないでください。」
この屋敷では、定期的に人間と魔物の交流会のようなイベントを開催しているのだ。それによりご主人様はその時期になると目が回るほど忙しい思いをしなくてはならないのだ。
「流石ねぇ。ただ一緒に居る訳じゃないってことなのね。」
「当たり前です。」
「コウはご主人様のこと大好きだもんねー?」
「あら、そうなの?嬉しいわ…」
僕がきっぱりと格好良い台詞を言ったというのに。ルミアがそれを台無しにしてくれた。
「と、兎に角!体調には気をつけてください。」
「はぁい、分かったわ。心配性な従者君の為にも健康には気をつけるわね」
相変わらず、僕は彼女に手玉に取られている。別に嫌というわけではないのだけど、男として、少しは格好良いところを見せたいという気持ちがある。
○
さて、そろそろお客様が来る時間だな。どんなお客様なんだろう。と思っていると
「大丈夫よ、そんなに緊張しなくたって。お客といっても、魔物関係の人は私の旧知の友人達だし。人間なら、元々親魔物派のあなたなら話が合うんじゃないかしら?」
そう言って緊張を解してくれた。確かに魔物達が彼女の知り合いという時点で、厄介な展開にならずにすみそうだし、親魔物派の人間達なら気軽に話せそうだ。
「ありがとうございます。おかげで大分気が楽になりましたよ。」
「ん、じゃあ早速、お出迎えよろしくね。あ、そうそう。みんなの前ではアイリスお嬢様って呼んで頂戴。」
「…?分かりました。」
そんなこんなで方々から様々な魔物や、人間達がこの屋敷に集い、大広間に集まった。
「本日、お集まりの皆様。ようこそ我が屋敷へ。本日も人魔問わず、楽しく文化の交流や、学説の交流などを行っていきましょう。」
そうして、開会の式は終了し、ご主人様やルミア、僕の三人はそれぞれで話し合いをした。
○
閉会の式が終わり、お客様達はまたそれぞれの道を辿って帰っていった。
「あー、楽しかった。やっぱり魔界についての話は面白いなぁ。」
「同感。僕は親魔物派の人たちと今の人間と魔物の関係はどうなっていくのか、っていうのを話し合っていたんだ。」
ルミアと今日の交流会についての感想を話し合っていたが、ふと気づけばご主人様の姿が消えていた。
ルミアとの話は名残惜しいが、まずは彼女を捜すことを考えた。
「ふぅ、早く人間と魔物が共存できる世界になって欲しいものだな。」
アイリスは屋敷の最上階の屋根裏部屋のような展望室に来ていた。
「やっぱり、ここでしたか。」
彼女が不意に居なくなるとすれば大抵こういうところに来るというのは、大体予想がついていた。
「相変わらず流石ね。どんなところにいても、あなたは私を見つけられるのね。」
「そりゃ、そうですよ。あなたは僕の主であり、僕にとって、大切な存在ですから。」
言ってから、だんだん恥ずかしくなってきてしまった。特に、最後の台詞とか…。
「嬉しいわ。本当に。」
彼女はどこか寂しげな顔をしていた。声も心なしか震えているように感じる。
「もう、話しても良いかな。あの夜。何で君を誘拐したのか。」
彼女は何かを決意した時の独特の強い眼差しで僕を見つめた。
「昔ね。私には恋人が居たの。あなたと同じ人間のね。」
彼女によれば、僕と彼はすごく似ていたらしい。顔も、しゃべり方も。色々な部分が…。
だが、彼は不治の病により、彼女の腕の中で死んでいったらしい。
「それで、たまらず僕を誘拐してしまった。というわけですか。」
「えぇ、ごめんなさい。こんな私の我が儘に付き合わせてしまって。」
彼女は彼の死を心から悲しんだ。一生、生涯を共にしようと誓ったはずなのに、その矢先に死んでしまったのだ。
その悲しみは計り知れないものだろう。
「だからね、もう、愛想がついたでしょ?こんな私なんてもう嫌いだよね?身勝手で…」
最後の方の言葉はすすり泣く声でうまく聞こえなかった。
「そんなことはない。あなたは今、本当の自分と向き合った。そして僕に嫌われる覚悟で真実を話してくれた。そしてあなたは、居場所の無かった僕に居場所をくれた。」
僕は彼女を慰めるように彼女を抱き。そして目を合わせて
「僕はあなたが好きです。死んでしまった彼の代わりにはなれませんが、僕は生涯をあなたと共に過ごしたいんです。」
「私も…、私もあなたが大好き…!今度は執事なんかじゃなくて、私の夫として一緒にいてください…!」
「もちろん…、アイリス。」
「愛してる、コウ…」
…こうして、主と従者の関係であった彼らは結婚し、幸せになろうとちかいあったのであった。
完
「ぅうう…、切ないストーリーだったけど、私だけ独りぼっち〜…!」
と泣きわめいていたルミアであったが、その後、あの屋敷の新しい従業員の男性と意気投合、しかも両思いで今もそこで二人一緒に働いているとのことです。
12/09/01 02:15更新 / 花林糖