洞窟で俺の恋路は始まった
反魔領のとある大地にて。
木造りの家に、2人の男が硬い椅子に座っている。
1人の男……いや少年は、これまた硬いベッドに横になっている。
「フリードさん。……どうですか?」
ひとりの男性が俺に対して頭を下げる。同時に隣で傷だらけの少年が荒い息をするのを感じられた。
「でもな、あなたの息子は自分で挑んで負けたんだ……だろ?」
少年が大きな傷を負ったのは洞窟を主な生息地とするリザードマンとの激しい戦闘の末だ。
だが、リザードマンは戦士だ。即ち、少年が負けたのは誰のせいでもなく、まぎれもなく少年自身が原因である。
「お金は弾みます。ですのでどうか!」
自分の息子のためか、声を荒げる男性。俺は多少その光景に呆れながら深い溜息をついた。
「1対1の試合だったんだ。俺が尻拭いする理由はない。……金の問題ではない」
純粋な人間である俺はもちろん、リザードマンにもプライドは存在する。俺が介入するのは間違いだ。
「そ、そうだよ父さん。僕がダメだったんだ」
まだ15歳かそこらの少年が息絶え絶えに口を開く。
「レオン、お前は黙ってなさい」
男性がレオンという名前の少年を弾圧的に黙らせる。その会話を横から折るように俺は少年に問を投げた。
「……坊主。お前は悔しいか?」
少年は首を横に二、三回振る。そうして次の言葉を呟いた。
「今度は僕が勝ちますよ」
「なかなかいい返事だ」
俺は内心大満足で頷く。だからこそ、この依頼を受けることにした。
正直怪我が治る時には、リザードマンが同じ洞窟にいる可能性は低いからだ。ならば、男らしくないが、俺が代わりにやってやるのもいいだろう。
しかし、俺は23歳。男を語れるほど、老けてはいないが。
「あと2年だ。坊主」
「はい?」
「今回は俺が倒してきてやる。だから2年以内にお前が強くなれ、いいな?」
「……はい!」
今度は疑問を含んだ「はい」ではなく、覚悟が篭った「はい」であった。
俺はお気に入りの剣を腰に添えながら立ち上がる。
男性が俺にチャリチャリと音の鳴る麻袋を俺に差し出すが、受け取る訳が無いよな?
これは男の戦いだ。故にもう一度言おう。金は関係ない。
と、思っていた。……が、現実はまったく違う方向に向かっていく。
ーー
奥が闇で覆われている洞窟。
それが目の前にあった。……気配を感じる。
「大きさの割には1人か」
そこそこ大きめにしては個体数が少ない。
俺はそんなことを考えながら、道中背負ってきたバックから1本松明を取り出し、火をつけた。
「ん、じゃあ……やりますか」
松明を左手に、剣を右手に持つ。
洞窟の入口が、淡く照らされる。……これなら視界は問題ないだろう。
1歩、2歩とゆっくりだが、着実に歩を進めていく。辺りに足音が反響し、俺の耳にも帰ってくる。
カツッ、カツッ
入口手前では薄かった気配が、徐々に濃くなっていく。自然と剣を持つ右手に力が入ってくる。
遂に――――その姿を捉えることができた。
特徴的なトカゲの尾。全てを切り裂くかのように鋭く生えた爪。どこまでも緑色をした身体。……絶対にリザードマンである。
「そろそろここを出ようかと思っていたが」
「お前は、少し前に少年に勝ったリザードマンであっているか?」
ここで実は間違っていたなんて言われたら、洒落では済まされない。
「あの少年は心は強かった。……敵討ちか?」
「そこまで大層なものじゃない。単純に男の意地ってやつだ」
リザードマンの声は少しハスキーな高圧的な声色であった。加えて戦闘に対しての純朴さも見え隠れしている。
「……貴様やるか?」
「じゃあやろうか」
俺とリザードマンはほぼ同時に剣を構える。
「私の名前は誇り高きリザードマンのヴェイス」
「俺は……フリードだ」
最初に動いたのはヴェイスだった。
僅かな油断もみせずに、俺の懐に入ろうとしてくる。
「簡単に喰らうかよ!」
横回転にて斬撃を躱す。自分の勢いを消せずに身体を少し崩すヴェイス。
そこに見える隙。
「おらよ!」
「……!?」
俺から今見えているのはヴェイスの背中だ。
一秒と間を開けずに横薙ぎに斬りかかる。
「貴様やるな!」
後ろに目があるかのように、剣で受け止めるヴェイス。
俺はこれ以上無理だと判断し、バックステップで距離を取る。
体制を整えたヴェイスはまたも突っ込んでくる。
「それはさっき見たぞ」
剣で受け止める――――つもりだった。
偶然か、剣が手からすっぽ抜けた。
「え?」
「もらった!」
剣がすっぽ抜けた時に力が分散したのか、俺の腕はあらぬ方向に動いていく。その向かう先は……。
「うむ、悪くない」
「ん?」
俺が掴んだのは……たわわな胸だった。何度か揉みしだいたが、感想は、柔らかい。それだけであった。
「きゃあああああああああ!」
「おっと……すまない!」
ヴェイスはハスキーな声にしては可愛らしい女の子に似た声を上げた。
さっきまでの張り詰めた空気感はどこに飛んでいったのか、戦闘どころではなくなった。
偶然は二度三度と連続して起こるものだ。
お互いバランスを崩して、洞窟の湿った地に倒れこむ。ヴェイスが下。俺を上にしてだ。
「これ……俺の勝ちか?」
完全にヴェイスの自由を押さえ込んでいる。つまり、俺が攻撃しようとなにしようと自由なのである。
「……勝手にしろ。認めたくはないが、私では貴様に勝てない」
「悪いな……倒す気、もう無いわ」
ははっと軽く笑う。もう殺し合いなんてやってられない。
「しかし!」
「ならさ――――」
俺は提案する。
俺が嘘の情報を流し、ヴェイスの討伐に成功したことにする。
そうして本当は、俺とほとぼりが無くなるまで静かに暮らしている。
「貴様がそれで満足するなら……私はいいぞ」
「ならば、お互い呼び方変えるか?」
冗談っぽく、俺はヴェイスに視線を飛ばしながら言う。
「リザードマンは勝った者に従順だ。……私を倒したのが貴様であることに文句をつけたいが、恨んでいない……主人よ」
「これからよろしくな……ヴェイス」
よく分からない出会いになってしまったが……これが恋路の一歩目になることを俺たちはまだこの時、知る由もない。
木造りの家に、2人の男が硬い椅子に座っている。
1人の男……いや少年は、これまた硬いベッドに横になっている。
「フリードさん。……どうですか?」
ひとりの男性が俺に対して頭を下げる。同時に隣で傷だらけの少年が荒い息をするのを感じられた。
「でもな、あなたの息子は自分で挑んで負けたんだ……だろ?」
少年が大きな傷を負ったのは洞窟を主な生息地とするリザードマンとの激しい戦闘の末だ。
だが、リザードマンは戦士だ。即ち、少年が負けたのは誰のせいでもなく、まぎれもなく少年自身が原因である。
「お金は弾みます。ですのでどうか!」
自分の息子のためか、声を荒げる男性。俺は多少その光景に呆れながら深い溜息をついた。
「1対1の試合だったんだ。俺が尻拭いする理由はない。……金の問題ではない」
純粋な人間である俺はもちろん、リザードマンにもプライドは存在する。俺が介入するのは間違いだ。
「そ、そうだよ父さん。僕がダメだったんだ」
まだ15歳かそこらの少年が息絶え絶えに口を開く。
「レオン、お前は黙ってなさい」
男性がレオンという名前の少年を弾圧的に黙らせる。その会話を横から折るように俺は少年に問を投げた。
「……坊主。お前は悔しいか?」
少年は首を横に二、三回振る。そうして次の言葉を呟いた。
「今度は僕が勝ちますよ」
「なかなかいい返事だ」
俺は内心大満足で頷く。だからこそ、この依頼を受けることにした。
正直怪我が治る時には、リザードマンが同じ洞窟にいる可能性は低いからだ。ならば、男らしくないが、俺が代わりにやってやるのもいいだろう。
しかし、俺は23歳。男を語れるほど、老けてはいないが。
「あと2年だ。坊主」
「はい?」
「今回は俺が倒してきてやる。だから2年以内にお前が強くなれ、いいな?」
「……はい!」
今度は疑問を含んだ「はい」ではなく、覚悟が篭った「はい」であった。
俺はお気に入りの剣を腰に添えながら立ち上がる。
男性が俺にチャリチャリと音の鳴る麻袋を俺に差し出すが、受け取る訳が無いよな?
これは男の戦いだ。故にもう一度言おう。金は関係ない。
と、思っていた。……が、現実はまったく違う方向に向かっていく。
ーー
奥が闇で覆われている洞窟。
それが目の前にあった。……気配を感じる。
「大きさの割には1人か」
そこそこ大きめにしては個体数が少ない。
俺はそんなことを考えながら、道中背負ってきたバックから1本松明を取り出し、火をつけた。
「ん、じゃあ……やりますか」
松明を左手に、剣を右手に持つ。
洞窟の入口が、淡く照らされる。……これなら視界は問題ないだろう。
1歩、2歩とゆっくりだが、着実に歩を進めていく。辺りに足音が反響し、俺の耳にも帰ってくる。
カツッ、カツッ
入口手前では薄かった気配が、徐々に濃くなっていく。自然と剣を持つ右手に力が入ってくる。
遂に――――その姿を捉えることができた。
特徴的なトカゲの尾。全てを切り裂くかのように鋭く生えた爪。どこまでも緑色をした身体。……絶対にリザードマンである。
「そろそろここを出ようかと思っていたが」
「お前は、少し前に少年に勝ったリザードマンであっているか?」
ここで実は間違っていたなんて言われたら、洒落では済まされない。
「あの少年は心は強かった。……敵討ちか?」
「そこまで大層なものじゃない。単純に男の意地ってやつだ」
リザードマンの声は少しハスキーな高圧的な声色であった。加えて戦闘に対しての純朴さも見え隠れしている。
「……貴様やるか?」
「じゃあやろうか」
俺とリザードマンはほぼ同時に剣を構える。
「私の名前は誇り高きリザードマンのヴェイス」
「俺は……フリードだ」
最初に動いたのはヴェイスだった。
僅かな油断もみせずに、俺の懐に入ろうとしてくる。
「簡単に喰らうかよ!」
横回転にて斬撃を躱す。自分の勢いを消せずに身体を少し崩すヴェイス。
そこに見える隙。
「おらよ!」
「……!?」
俺から今見えているのはヴェイスの背中だ。
一秒と間を開けずに横薙ぎに斬りかかる。
「貴様やるな!」
後ろに目があるかのように、剣で受け止めるヴェイス。
俺はこれ以上無理だと判断し、バックステップで距離を取る。
体制を整えたヴェイスはまたも突っ込んでくる。
「それはさっき見たぞ」
剣で受け止める――――つもりだった。
偶然か、剣が手からすっぽ抜けた。
「え?」
「もらった!」
剣がすっぽ抜けた時に力が分散したのか、俺の腕はあらぬ方向に動いていく。その向かう先は……。
「うむ、悪くない」
「ん?」
俺が掴んだのは……たわわな胸だった。何度か揉みしだいたが、感想は、柔らかい。それだけであった。
「きゃあああああああああ!」
「おっと……すまない!」
ヴェイスはハスキーな声にしては可愛らしい女の子に似た声を上げた。
さっきまでの張り詰めた空気感はどこに飛んでいったのか、戦闘どころではなくなった。
偶然は二度三度と連続して起こるものだ。
お互いバランスを崩して、洞窟の湿った地に倒れこむ。ヴェイスが下。俺を上にしてだ。
「これ……俺の勝ちか?」
完全にヴェイスの自由を押さえ込んでいる。つまり、俺が攻撃しようとなにしようと自由なのである。
「……勝手にしろ。認めたくはないが、私では貴様に勝てない」
「悪いな……倒す気、もう無いわ」
ははっと軽く笑う。もう殺し合いなんてやってられない。
「しかし!」
「ならさ――――」
俺は提案する。
俺が嘘の情報を流し、ヴェイスの討伐に成功したことにする。
そうして本当は、俺とほとぼりが無くなるまで静かに暮らしている。
「貴様がそれで満足するなら……私はいいぞ」
「ならば、お互い呼び方変えるか?」
冗談っぽく、俺はヴェイスに視線を飛ばしながら言う。
「リザードマンは勝った者に従順だ。……私を倒したのが貴様であることに文句をつけたいが、恨んでいない……主人よ」
「これからよろしくな……ヴェイス」
よく分からない出会いになってしまったが……これが恋路の一歩目になることを俺たちはまだこの時、知る由もない。
15/09/01 16:43更新 / わんくろ