連載小説
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再創造
 ある日の帰り道、佐奈がふと立ち止まり、真剣な眼差しを向けてきた。

 「……先輩、最近、友達とあんまり話してないですよね」

 その声には憂いが滲んでいた。
 だが、続けて口にされた言葉は、まるで甘美な罠のようだった。

 「でも、私がいるから大丈夫ですよね?」

 悠真は一瞬、胸の奥に引っかかるようなものを覚えた。

 ーー本当にそれでいいのだろうか。昔からの友人との関わりを失っても。

 だが、その疑念は佐奈の微笑みにすぐ溶かされる。
 彼女の整った顔立ちが、夕焼けに照らされて淡く染まっている光景を前に、言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。

「……ああ、そうだな。佐奈がいれば十分だよ」

 自分でも驚くほど素直に言葉が零れた。
 佐奈は嬉しそうに瞳を輝かせ、腕を組むようにして寄り添ってきた。

 その瞬間、悠真は理解した。
 彼女の隣にいることが心地よすぎて、他のすべてが霞んでいく。
 気づかぬうちに、自分は世界を狭め、その中心に佐奈を置いてしまっていたのだ。

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 月日が経ち、悠真は周囲との繋がりがさらになくなっていた。
 
 かつて気さくに声をかけてきた友人たちも、今では遠巻きに視線を寄せるだけ。
 その視線に込められた戸惑いや猜疑を、悠真は何度も感じ取った。
 だが、それを口にする気力は萎えていた。

 代わりに、隣にいる佐奈の笑顔が心を満たす。
 彼女の整った顔立ちがこちらを覗き込むたびに、胸の奥で鈍く疼くものがあった。
 甘美で抗えない囁きのように、『ここにいていい』と繰り返されるのだ。

 彼女は些細な仕草で悠真を絡め取る。手を伸ばせば自然に絡んでくる指。
 視線を逸らせば追ってくる瞳。一つ一つの接触が、悠真の思考を侵食していく。

 —このままでいいのか? そんな問いが、頭の奥にわずかに残っていた。
 だが声にする前に、佐奈が柔らかく笑ってしまう。
 その笑みを見た瞬間、胸を締めつけるような不安は霧散し、代わりに甘い諦めが広がっていく。

 佐奈は巧みに悠真の周囲を整理していた。
 もう放課後を共に過ごすのは彼女とだけになり、休日も当然のように予定が埋められていく。
 抗おうとした瞬間でさえ、『先輩のことを思ってるから』という言葉に遮られる。
 その響きは心地よく、反論を奪い去る。

 やがて悠真は悟り始める。この流れに逆らうことはできないのだと。
 むしろその囚われに安らぎすら覚え、孤独の影は佐奈の存在によって塗り潰されていく。
 気づけば、彼の世界は彼女だけを中心に回っていた。

25/08/31 08:50更新 /
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