連載小説
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擬態
 日常は、少しずつしかし確実に変わりつつあった。
 以前の自分なら、部活の後は友人たちと軽く談笑して帰ることが多かった。
 けれど最近は、気がつけば佐奈と一緒にいる時間のほうが長くなっていた。

 彼女は明るく、周りからもよく声をかけられる存在だ。
 それなのに、なぜか自分の隣にいることを選び続ける。そのことが、誇らしくもあり、どこか落ち着かない気持ちを呼び起こす。

「先輩、今日も一緒に帰りましょう」

 佐奈の笑顔は自然で、断る理由など思いつかない。
 言葉にすれば簡単に頷いてしまうのだが、胸の奥ではほんの少しだけざらつく感覚が残った。

 友人たちが「佐奈ちゃんと付き合ってるの?」と冗談めかしてからかってくるたびに、悠真は否定する。
 だがその否定は、以前よりもずっと弱々しいものになっている気がした。
 放課後の図書室で、教室で、廊下で。佐奈が傍にいるのは自然になりすぎていた。
 もし彼女がいなくなったら、自分はどれほどの空白を抱えることになるのだろう。
 そんな想像をした瞬間、息苦しさと安心がないまぜになり、答えが出せなくなる。


 そして、佐奈と一緒に過ごす時間が増えるにつれて、少しずつ友人と過ごす日常と佐奈と過ごす日常の均衡は崩れていった。
 最初はたまたま重なっただけのように思えた。佐奈が頼んできた課題の相談や、文化祭の準備。
 彼女と一緒に過ごすことに理由があったから、友人からの誘いを断るのも仕方ないと思っていた。

 しかし気が付けば、その『たまたま』は日常になっていた。
 断る回数が増えるたび、友人たちの声かけは少しずつ減っていった。
 最初は「また佐奈ちゃんと一緒かよ〜」と笑い混じりだった言葉も、次第に冗談の色を失い、やがて口に出されることもなくなった。
 教室でふと気付けば、自分の机の周りには以前のような活気がなく、代わりに佐奈の隣だけが安定した居場所になっていた。

 それでも、悠真は不思議と孤独を感じなかった。
 むしろ、佐奈と一緒にいる時間のほうが心地良く、安心できる。
 彼女が隣にいるだけで、教室のざわめきも、外の喧騒も遠くに霞んでいくようだった。
 ――自分は選ばれたのだ。そんな曖昧な優越感さえ芽生えていた。

 だが同時に、どこかで引っかかる感覚もあった。友人たちが遠ざかっていく背中を見送るたび、心のどこかで寂しさが灯る。
 それを見ないふりをして、佐奈との会話に耳を傾ける自分がいる。
 『きっと、これでいいんだ』と心の中で繰り返すほどに、その言葉は空しく反響し、胸に沈んでいった。


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 ある朝、自宅を出た時にふと視線を感じた。振り返ると、佐奈がじっとこちらを見ていた。朝日を浴びたその横顔は、ただの後輩以上の何かを映し出しているようで、言葉を失った。

「先輩……これからも、ずっと一緒にいてくださいね」

 彼女の言葉は、柔らかい響きの奥に、不思議な強さを含んでいた。
 頷いてしまえば楽だと分かっている。けれどその楽さこそが、自分を縛る鎖なのではないかという予感が、心をかすめて離れなかった。

 気が付かぬうちに、悠真の世界は静かに狭まっていく。
 だがその変化を、彼はまだ受け止めきれてはいなかった。
25/08/31 08:37更新 /
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