胎動
休日の昼下がり、悠真は街へと出かけていた。特別な用事があったわけではない。
ただ、家にこもっているよりも人の賑わいの中に身を置いた方が、気持ちが軽くなることを知っていたからだ。
友人と出かけることも多いが、この日は一人で歩きたい気分だった。
本屋に立ち寄り、気になっていた文庫を手に取りながら背表紙を眺めていると、ふとした視線の先に見慣れた横顔を見つけた。
――佐奈。
制服ではなく私服に身を包んだ彼女は、学校での印象以上に年相応の少女らしさを漂わせていた。
白いブラウスに淡い色のスカート。すらりとした体躯に柔らかな雰囲気をまとっていて、どこか瑞々しい。
普段から整った顔立ちだとは思っていたが、こうして人混みの中で見ると、一層その美しさが際立って見える。
彼女は棚に並んだ雑誌を手に取り、少し首を傾げながらページを捲っていた。
楽しげに小さく笑う仕草に、悠真の心臓が不意に高鳴る。
「……先輩?」
声をかけたのは佐奈の方が先だった。ぱっと顔を上げ、驚いたように目を丸くする。
「あ、佐奈ちゃんか……偶然だな」
「はい! まさか本屋で会うなんて」
彼女の声は明るく、無邪気な響きがあった。
そこから二人の会話は自然と弾んだ。佐奈がどんな本を好きなのか、休日はどんな過ごし方をしているのか。
意外にも趣味が重なる部分が多く、悠真は話していて居心地の良さを覚える。
本屋を出た後、昼食を一緒に取ろうという流れになった。街の喫茶店に入り、窓際の席に並んで座る。
「こうして先輩とゆっくりお話できるの、すごく嬉しいです」
カップを両手で包みながら微笑む佐奈。その瞳は真っ直ぐで、まるでこちらの心を覗き込むかのようだった。
悠真は照れを誤魔化すように視線を窓の外に逸らす。
だが胸の内には、これまでにない温かさがじわじわと広がっていた。
彼女の笑顔が自分に向けられていることが、どうしようもなく嬉しかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
休日の出来事をきっかけに、悠真は佐奈の存在をますます意識するようになっていた。
明るく人懐っこい彼女と過ごす時間は楽しく、屈託のない笑顔を見るたびに心が軽くなる気がした。
それなのに、時折、ふとした瞬間に胸の奥に言葉にできないざわめきを覚えるのだった。
ある放課後、教室で後輩に相談を受けていると、背後から元気な声が響いた。
「先輩、一緒に帰りませんかー?」
振り返ると、佐奈がこちらを覗き込んでいた。
彼女は楽しそうに笑いながら、悠真と話していた女子の隣にすっと立つ。
その笑顔には悪意など欠片もなく、ただ明るさがにじんでいる。
けれど、女子はどこか気圧されたように話を切り上げて去っていった。
「……ごめんなさい、邪魔しちゃいました?」
佐奈は小首を傾げる。
けれど、その声音には謝罪というより、『当然私と一緒にいるよね?』という確信が含まれているように思えた。
悠真は首を振って笑った。
「いや、別に。相談はもう終わったから」
そう答えながらも、胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚が残った。
「よかった。じゃあ、一緒に帰りましょう!」
佐奈が自然に腕を組んでくる。
その無邪気さに、悠真は断る理由を探すより先に頬が熱くなった。
柔らかな笑顔と弾む声。彼女に悪気などあるはずもない――そう思うのに、なぜか逃げ場を塞がれているような心地がしてならなかった。
帰り道、佐奈は楽しげに学校での出来事を話し続けた。
悠真は相槌を打ちながらも、次第に自分がどこか導かれているような不思議な感覚に気づいていた。
彼女といることは心地よい。けれど同時に、選択肢をすべて預けてしまっているような――そんな感覚。
気づけば、放課後の自由な時間はいつも佐奈と共にあった。
友人たちから『最近よく一緒だな』と冷やかされても、否定する気力が湧かない。
むしろそれを自然に受け入れている自分に驚いていた。
無邪気に笑う佐奈の横顔を見ながら、悠真は思う。
――どうしてこんなに惹かれてしまうのだろう。
それが彼女の純粋な明るさゆえなのか、あるいは自分でも気づかぬ力に引き寄せられているのか、悠真にはわからなかった。
ただ、家にこもっているよりも人の賑わいの中に身を置いた方が、気持ちが軽くなることを知っていたからだ。
友人と出かけることも多いが、この日は一人で歩きたい気分だった。
本屋に立ち寄り、気になっていた文庫を手に取りながら背表紙を眺めていると、ふとした視線の先に見慣れた横顔を見つけた。
――佐奈。
制服ではなく私服に身を包んだ彼女は、学校での印象以上に年相応の少女らしさを漂わせていた。
白いブラウスに淡い色のスカート。すらりとした体躯に柔らかな雰囲気をまとっていて、どこか瑞々しい。
普段から整った顔立ちだとは思っていたが、こうして人混みの中で見ると、一層その美しさが際立って見える。
彼女は棚に並んだ雑誌を手に取り、少し首を傾げながらページを捲っていた。
楽しげに小さく笑う仕草に、悠真の心臓が不意に高鳴る。
「……先輩?」
声をかけたのは佐奈の方が先だった。ぱっと顔を上げ、驚いたように目を丸くする。
「あ、佐奈ちゃんか……偶然だな」
「はい! まさか本屋で会うなんて」
彼女の声は明るく、無邪気な響きがあった。
そこから二人の会話は自然と弾んだ。佐奈がどんな本を好きなのか、休日はどんな過ごし方をしているのか。
意外にも趣味が重なる部分が多く、悠真は話していて居心地の良さを覚える。
本屋を出た後、昼食を一緒に取ろうという流れになった。街の喫茶店に入り、窓際の席に並んで座る。
「こうして先輩とゆっくりお話できるの、すごく嬉しいです」
カップを両手で包みながら微笑む佐奈。その瞳は真っ直ぐで、まるでこちらの心を覗き込むかのようだった。
悠真は照れを誤魔化すように視線を窓の外に逸らす。
だが胸の内には、これまでにない温かさがじわじわと広がっていた。
彼女の笑顔が自分に向けられていることが、どうしようもなく嬉しかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
休日の出来事をきっかけに、悠真は佐奈の存在をますます意識するようになっていた。
明るく人懐っこい彼女と過ごす時間は楽しく、屈託のない笑顔を見るたびに心が軽くなる気がした。
それなのに、時折、ふとした瞬間に胸の奥に言葉にできないざわめきを覚えるのだった。
ある放課後、教室で後輩に相談を受けていると、背後から元気な声が響いた。
「先輩、一緒に帰りませんかー?」
振り返ると、佐奈がこちらを覗き込んでいた。
彼女は楽しそうに笑いながら、悠真と話していた女子の隣にすっと立つ。
その笑顔には悪意など欠片もなく、ただ明るさがにじんでいる。
けれど、女子はどこか気圧されたように話を切り上げて去っていった。
「……ごめんなさい、邪魔しちゃいました?」
佐奈は小首を傾げる。
けれど、その声音には謝罪というより、『当然私と一緒にいるよね?』という確信が含まれているように思えた。
悠真は首を振って笑った。
「いや、別に。相談はもう終わったから」
そう答えながらも、胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚が残った。
「よかった。じゃあ、一緒に帰りましょう!」
佐奈が自然に腕を組んでくる。
その無邪気さに、悠真は断る理由を探すより先に頬が熱くなった。
柔らかな笑顔と弾む声。彼女に悪気などあるはずもない――そう思うのに、なぜか逃げ場を塞がれているような心地がしてならなかった。
帰り道、佐奈は楽しげに学校での出来事を話し続けた。
悠真は相槌を打ちながらも、次第に自分がどこか導かれているような不思議な感覚に気づいていた。
彼女といることは心地よい。けれど同時に、選択肢をすべて預けてしまっているような――そんな感覚。
気づけば、放課後の自由な時間はいつも佐奈と共にあった。
友人たちから『最近よく一緒だな』と冷やかされても、否定する気力が湧かない。
むしろそれを自然に受け入れている自分に驚いていた。
無邪気に笑う佐奈の横顔を見ながら、悠真は思う。
――どうしてこんなに惹かれてしまうのだろう。
それが彼女の純粋な明るさゆえなのか、あるいは自分でも気づかぬ力に引き寄せられているのか、悠真にはわからなかった。
25/08/31 08:02更新 / 禊
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