情愛の彼方(3) 宮乃下 倫サイド
宮乃下 倫と美亜乃は、よい友人である。
少なくとも倫はそう信じて疑わない。
二人の付き合いは美亜乃が境一と出会うより以前から始まっていて、いろんな場所へ遊びに行き、さまざまな秘密を共有し、他の者には語る事などないだろう胸のうちの暗いものは二人の間にだけ、お互いの手を取り合うかのように結びついていた。
であるから、美亜乃が境一に思いを寄せていることもあらかじめ知っていたし、その感情がすでに爆発的な、殺意にも似た衝動に成ってしまっている事も予想はしていた。
美亜乃はおそらく、衝動の制御を放棄していた。心の影に隠れた鬱屈とした熱意。自らの命の継続を諦め瞬くような刹那にその身の総てを捧げる、ただ一点、『目的』のみのための激情。
『あなたが欲しい』
魔力の流動によって、肌に触れる空気のうねりが肉眼で確認できるという、およそ一介のサキュバスにありえない超高密度の想いの火。
毒。美亜乃はこれを毒と言った。その表現もまた的を獲ている。それはきっと誰よりも先にまず美亜乃自身を汚染した。そして境一を破壊し、自らも崩壊し、やがてふたりはそこで終わる。ふたり揃って爛れて崩れて、原形を留めず混ざり合って、最早どこにも行かれない。ひとつとなった肉の塊は、二度とふたりに戻らない。
『だれにもあなたを渡さない』
宮乃下 倫はこう考える。
命がけで伴侶を愛するのは魔物娘の種族を問わない根幹的な性質であり、いっそ業とも言える存在意義である。それがあるからこそ魔物娘は人の心を打つ。男は、命を賭して想いを示してくれるその姿にこそこころ揺さぶられ惹かれるのであって、単純な性欲の充足にのみ虜となっているわけではない。快楽をもたらす魔力は、相手を思うほどに強くなる、魔物娘の想いの証。であるからこそ、夫婦は何十年何百年と睦まじく寄り添い続ける事ができるのだ、と。
美亜乃はきっと、命がけで境一を求めた―――――わけではないのだ。
あの子が境一を想う事実に偽りはない。
問題はその、想いの在り方。
命を懸けたのではなく、命を捨てたのだ。
想いの成就以外のすべてに見切りをつけた。
以前、美亜乃が語った人生観。
命とは、消費するものであり、ここぞと言うときにこそ投じられなければ価値がない。
わたしが何より求めている彼が手に入らないなら、こんな役に立たないものを持ち続ける意味はないし、望みが叶うならその時は、そこでこの命の『意義』を果たすべきだ。
幸福とは「今、この時」に在る。そこから先などいらない。
そう、その時にこそ――――――――――
『わたしよ、「終われ。」』
思えばその頃からすでに美亜乃のこころは歪み、その視野はひどく狭くなり、自分の気持ちにしか眼が行かなくなりつつあった。
愛情に狂い憎悪にも似た劣情を、倫以外には知られることなく隠し通しことで、秘めた想いは抑圧され、炉のごとく熱くなり良心の呵責や道徳や社会通念などを焼き焦がして灰にし、しだいに空回りを始め、美亜乃本人にも制御を困難とするほどの狂気となっていった。炉から漏れた狂気は美亜乃を蝕み、その毒素は人格をも汚染し、そして制御を諦めさせた。
最早彼女が人として道を踏み外し、不幸の奈落へ落ちる事は明白であった。
だからこそ。だからこそ、あの子に魔物化するよう勧めたのだ。市役所へ魔物化申請書を提出させ、長い順番待ちを繰り上げてもらうために相応の仕事をすることを対価にレイン様に架けあうという無茶をした。
魔物娘になって魔物娘特有の本能を獲得したとき、彼女の、特攻にも思える情愛の行く末に良い変化が有ると信じて、きっと間違いはないと。
美亜乃に幸せに――――独りよがりでない、祝福されるべき幸福へと至って欲しいがために。ほかならぬ倫自身が、美亜乃の未来を祝福したいがために。しかし、その結果は。
あれは、姿かたちこそサキュバスだが、中身はまるで別物。
外殻だけ似せた、なにか。それが一体何なのか、倫には判断がつかない。
だが違う、それだけは理解できる。
魔物娘は生涯の伴侶が幸せになることを望み、その幸せが自らによって成される事を喜び、伴侶の求める幸せに自らが含まれていることを願う。
断じて、共に破滅と死を迎えることを歓喜するなどありえない。自殺か心中に近いそれは、魔物娘の根源から外れるものだからである。
(私のエゴだったのかな・・・所詮・・・)
こんな事になるのなら魔物化を促すべきではなかったのか?
否、人のままであれ、美亜乃はいずれ何らかの破滅的行為を実行していただろう。
友人として倫が美亜乃にできた事と言えば、あの子の胸の奥に有る悩みや苦しみを、ただ黙って聞いてあげる事だけ。でも、親しい間柄の二人だからこそ、打ち明けられない秘密もある。それは倫にしても同じ事。しかし。
(境一君が美亜乃に、裏切り・・・?)
聞いていないことだ。少なくともお互い恋愛ごとに関しては、すでに色々な悩みを打ち解けあい、いまさら隠すことなど、倫には無い。それが美亜乃のほうには有った・・・。
これもひとつの裏切りと言うべきだろうか。
目的のみを見据えた美亜乃のこころは、すでに倫を振り切っていたと言うことである。
せめて、せめて一言、相談してくれていれば、きっとどうにかした。どうにでもしたことだろう。あの子の為に払う労力など、いまさら何の苦にもならないと言うのに・・・!!
馬鹿美亜! ゆるさないよ! 絶対正気に戻して、ジャンボキャラメルパフェおごらせてやるっ! たまねぎのみじん切りに顔突っ込ませて、泣いて謝らせてやるんだからねっ!! あとついでに、形の良いお尻をいやらしく撫で回してやる!!!
倫は飛んだ。
友達とその弟を元に戻すための鍵となる人物を求めて。
その者が本当に鍵となってくれる事を、レイン様の言葉を信じて。
あっ! そうだ、どうせだからおっぱいも揉ませて貰おう!!
ようし。まってなよ、美亜乃のおしりとおっぱい!!!
少なくとも倫はそう信じて疑わない。
二人の付き合いは美亜乃が境一と出会うより以前から始まっていて、いろんな場所へ遊びに行き、さまざまな秘密を共有し、他の者には語る事などないだろう胸のうちの暗いものは二人の間にだけ、お互いの手を取り合うかのように結びついていた。
であるから、美亜乃が境一に思いを寄せていることもあらかじめ知っていたし、その感情がすでに爆発的な、殺意にも似た衝動に成ってしまっている事も予想はしていた。
美亜乃はおそらく、衝動の制御を放棄していた。心の影に隠れた鬱屈とした熱意。自らの命の継続を諦め瞬くような刹那にその身の総てを捧げる、ただ一点、『目的』のみのための激情。
『あなたが欲しい』
魔力の流動によって、肌に触れる空気のうねりが肉眼で確認できるという、およそ一介のサキュバスにありえない超高密度の想いの火。
毒。美亜乃はこれを毒と言った。その表現もまた的を獲ている。それはきっと誰よりも先にまず美亜乃自身を汚染した。そして境一を破壊し、自らも崩壊し、やがてふたりはそこで終わる。ふたり揃って爛れて崩れて、原形を留めず混ざり合って、最早どこにも行かれない。ひとつとなった肉の塊は、二度とふたりに戻らない。
『だれにもあなたを渡さない』
宮乃下 倫はこう考える。
命がけで伴侶を愛するのは魔物娘の種族を問わない根幹的な性質であり、いっそ業とも言える存在意義である。それがあるからこそ魔物娘は人の心を打つ。男は、命を賭して想いを示してくれるその姿にこそこころ揺さぶられ惹かれるのであって、単純な性欲の充足にのみ虜となっているわけではない。快楽をもたらす魔力は、相手を思うほどに強くなる、魔物娘の想いの証。であるからこそ、夫婦は何十年何百年と睦まじく寄り添い続ける事ができるのだ、と。
美亜乃はきっと、命がけで境一を求めた―――――わけではないのだ。
あの子が境一を想う事実に偽りはない。
問題はその、想いの在り方。
命を懸けたのではなく、命を捨てたのだ。
想いの成就以外のすべてに見切りをつけた。
以前、美亜乃が語った人生観。
命とは、消費するものであり、ここぞと言うときにこそ投じられなければ価値がない。
わたしが何より求めている彼が手に入らないなら、こんな役に立たないものを持ち続ける意味はないし、望みが叶うならその時は、そこでこの命の『意義』を果たすべきだ。
幸福とは「今、この時」に在る。そこから先などいらない。
そう、その時にこそ――――――――――
『わたしよ、「終われ。」』
思えばその頃からすでに美亜乃のこころは歪み、その視野はひどく狭くなり、自分の気持ちにしか眼が行かなくなりつつあった。
愛情に狂い憎悪にも似た劣情を、倫以外には知られることなく隠し通しことで、秘めた想いは抑圧され、炉のごとく熱くなり良心の呵責や道徳や社会通念などを焼き焦がして灰にし、しだいに空回りを始め、美亜乃本人にも制御を困難とするほどの狂気となっていった。炉から漏れた狂気は美亜乃を蝕み、その毒素は人格をも汚染し、そして制御を諦めさせた。
最早彼女が人として道を踏み外し、不幸の奈落へ落ちる事は明白であった。
だからこそ。だからこそ、あの子に魔物化するよう勧めたのだ。市役所へ魔物化申請書を提出させ、長い順番待ちを繰り上げてもらうために相応の仕事をすることを対価にレイン様に架けあうという無茶をした。
魔物娘になって魔物娘特有の本能を獲得したとき、彼女の、特攻にも思える情愛の行く末に良い変化が有ると信じて、きっと間違いはないと。
美亜乃に幸せに――――独りよがりでない、祝福されるべき幸福へと至って欲しいがために。ほかならぬ倫自身が、美亜乃の未来を祝福したいがために。しかし、その結果は。
あれは、姿かたちこそサキュバスだが、中身はまるで別物。
外殻だけ似せた、なにか。それが一体何なのか、倫には判断がつかない。
だが違う、それだけは理解できる。
魔物娘は生涯の伴侶が幸せになることを望み、その幸せが自らによって成される事を喜び、伴侶の求める幸せに自らが含まれていることを願う。
断じて、共に破滅と死を迎えることを歓喜するなどありえない。自殺か心中に近いそれは、魔物娘の根源から外れるものだからである。
(私のエゴだったのかな・・・所詮・・・)
こんな事になるのなら魔物化を促すべきではなかったのか?
否、人のままであれ、美亜乃はいずれ何らかの破滅的行為を実行していただろう。
友人として倫が美亜乃にできた事と言えば、あの子の胸の奥に有る悩みや苦しみを、ただ黙って聞いてあげる事だけ。でも、親しい間柄の二人だからこそ、打ち明けられない秘密もある。それは倫にしても同じ事。しかし。
(境一君が美亜乃に、裏切り・・・?)
聞いていないことだ。少なくともお互い恋愛ごとに関しては、すでに色々な悩みを打ち解けあい、いまさら隠すことなど、倫には無い。それが美亜乃のほうには有った・・・。
これもひとつの裏切りと言うべきだろうか。
目的のみを見据えた美亜乃のこころは、すでに倫を振り切っていたと言うことである。
せめて、せめて一言、相談してくれていれば、きっとどうにかした。どうにでもしたことだろう。あの子の為に払う労力など、いまさら何の苦にもならないと言うのに・・・!!
馬鹿美亜! ゆるさないよ! 絶対正気に戻して、ジャンボキャラメルパフェおごらせてやるっ! たまねぎのみじん切りに顔突っ込ませて、泣いて謝らせてやるんだからねっ!! あとついでに、形の良いお尻をいやらしく撫で回してやる!!!
倫は飛んだ。
友達とその弟を元に戻すための鍵となる人物を求めて。
その者が本当に鍵となってくれる事を、レイン様の言葉を信じて。
あっ! そうだ、どうせだからおっぱいも揉ませて貰おう!!
ようし。まってなよ、美亜乃のおしりとおっぱい!!!
12/09/20 19:36更新 / 月乃輪 鷹兵衛(つきのわ こうべえ)
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