連載小説
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情愛の彼方(2)
 暗く、熱の籠もった部屋で、ふたりは交わり続けた。
 それがどのようにして始まったのか、里嶺 境一(けいいち)は覚えていない。ただ、サキュバスとなった姉 美亜乃との行為によってもたらされる悦楽に、思考は溶け、抵抗は無く、己のほとばしりのままに快楽を享受していた。
 呆けたその表情に、知性の影は見られない。
 焦点すら結ばぬその瞳には最早、眼前の悦びに歪んだ姉の顔すら、映ってはいまい。けれども彼の体は変わって行く。姉の情愛を受けて、彼女の望むままに、ヒトの規格から外れていく。境一の意思を問う事もなく。
 そして正気を取り戻す頃には、すっかり立派なインキュバスへと変容しているのだろう。
ただ、愛欲に忠実な、姉のための伴侶。もう一生はなれることの無い、もう二度と裏切ることの無い、「わたしだけのモノ」。
ようやく手に入った・・・!

「ね、けいちゃん、覚えてる? わたし達が始めてあった日のこと。わたしのお父さんとけいちゃんのお母さんの再婚が決まって、わたし達の顔合わせのために、駅前のホテルの中にあるレストランで一緒にご飯、食べたじゃない。」
 境一は答えない。
「9年くらい前だったね。ほんとはさ、わたし、あの日レストランに行くのがすごくいやだったんだよ。だって、わたしのお母さんが亡くなってからまだ一年と少ししか経ってなかったんだよ? それなのにもう次の新しいお母さんを見つけるってさ、幾らなんでも薄情が過ぎるよって、そう思ってたんだけど、わたしもお父さんに負けないくらい薄情だったよ。ね、これ、どういうことか分かる?」
 境一は答えない。
「ぶち壊しにしてやるつもりだったんだよ。あんたたちと一緒にご飯なんて、食べたくない―――――って。金切り声上げてテーブルの上のもの全部ひっくり返してやるつもりだった。それで食事会はご破算。再婚話までなくなるとは思わないけど、もしかしたら、亀裂の一つくらい入るかなって。でも―――――――できなかった。何でだと思う?」
 境一は答えない。ただ僅かにうめき声をあげるだけ。それすらも肉体を通して流れ込む快感に、反射的に嗚咽が漏れているだけに過ぎない。しかしそんなことには構わず、美亜乃は続ける。




「けいちゃんの―――――――――――――せいだよ。」




「ひと目けいちゃんを見たとき、体に電流が走ったみたいだったよ。その時、分かったんだ。」

「『この人だ』って。
もう、前のお母さんのことも、お父さんへの確執も、きれいさっぱり、頭からなくなっていたよ。
 ね、けいちゃん。ユングって知ってる? ん? 違うよガイナの名作に出てくる脇役のヒトじゃないよ。心理学の方。」
 弟を胸に抱えて、美亜乃は瞳を輝かせる。
「心理学で、とっても有名な人。シンクロニシティとか、色々。んまあ、難しいことはおいといてさ、重要なのはその人ね、エンマっていう女の子に出会ったとき、この子こそ自分の妻になる人だって確信したんだって。まだ当時エンマは14歳だったのにね。ふふふっ。
でね、ユングはエンマと本当に結婚したんだよ。凄いよねえ。」


「世界には、在るんだよ。目には見えない心の繋がりとか、絆とか、因果とか、そういうもの総てひっくるめた『何か』が。」


「もしかしたら、それを『運命』って言うのかもしれないね。わたし神様なんてちっとも信仰して無いけど、きっと神様ですら、この世の運命の一部に過ぎないんだね。我々は神のしもべではない。運命のしもべなのである。なあーんてね、くふふふっ」


「ユングはエンマと結ばれた。ユングは自分の運命を感じ取って、それはその通りになった。わたしも自分の運命の人を、けいちゃんを感じ取って、今こうして。
でも――――――」





「じゃあ何でけいちゃんは、わたしの事が、分からなかったんだろう、ね?
 何でわたし以外の人と、仲良くしてあんな裏切りをして」





「ねぇ――――――なんで?







ねえ何で? ねえ何で? ねえ、ねえ何で?
何で、何で、何で、何で、何で何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で何で、何で、何で、何で何で、何で、何で、何で、何で何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で何で何で何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で何で何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で何で、何で、何で、何で、何で何で何で何で何で何、何で、何で、何で何で何で、何で――――――――――――――――――――――――。



       ・・・・・・・・・まあ、いいや。」




勢いのままにかなりの力を込めて抱き締めた弟の体、僅かな傷もついていない。骨折はおろか、骨にひびすら入っていない。サキュバスの力で手加減無く害されて、人間の体が無事に済むはずがない事から考えるなら、すでに境一の体は大部分人間のものではなくなっているのだろう。
「考えてみればエンマ自身もユングを感じ取ったっていう話は聞かないし、大事なのはふたりが一緒に幸せになることだもんね。そうだね、うん、許してあげるよ。昔の裏切りも含めてそう、全部―――――――」
        



あなたのぜんぶ、わたしのもの。




「ごめんね、話し長くなっちゃった。続き、しようね。うんと気持ちよくしてあげる。」
 そしてまぐわいはとまらない。ここはふたりの時間。誰にはばれる事もなく。





そんなふたりを、物理的制限を受けることなく遠く別の空間から眺める魔物が二人。
片や魔物上級種リリム、片やインキュバス。苦い面持ちで、ふたりを見ていた。
「どういたしましょうか、レイン様。美亜乃、完全に暴走しちゃってますよ。」
レインと呼ばれたリリムは、人差し指をこめかみに当ててうなる。
「あの子の潜在的な想いの強さから言って、相当強力な淫魔になるとは踏んでたけれど。 困った事になってしまったわね・・・」
「抱えていた想いが魔力に変換されたとき、あまりの高濃度な魔力に魔物自身が暴走する事がまれに有るって、聞いた事は有りましたけど。美亜乃、どんだけ溜めこんでんのというか、境一君、ほぼ廃人化しちゃってますよ。あれってもう正気に戻らないんじゃ。」
「魔物が万能なら神はいらないってことね。堕落神は別だけど。さて、倫ちゃん。」
「はい。」
「わたくしは常々こう考えています。」
「はい?」
「総ての魔物と人に幸福を。そのために必要な手助けをするのが魔物の上級種たる者の勤めであり、そしてもし祝福されるべき恋人たちが間違えるとき、道を指し示すことを躊躇うべきではないと。」
「――――はい、でも」
「まだふたりを助ける方法は有ります。
ですが今の美亜乃ちゃんは、自覚の無いままに破滅の道を進んでいます。自身の魔力にあてられて、精神の幼退化も始まっています。このままでは、いずれ手の施しようがなくなるのも時間の問題でしょう。そうなる前に、対抗策を実行しなければなりません。我らが朋にして魔物社会の輝ける未来を担う同胞たちを、このまま見捨ててよいはずが無いのです。」
「―――――――はい!」
「これからわたくしの指定する者達を至急召集なさい。彼らこそ、里嶺美亜乃および境一両名を救う鍵となるでしょう。」
「了解しました! で、その者達と言うのは?」
 リリムの眼が、希望を見据えてキラリと光る。


「その者達の名は―――――――――――――――――――」






12/09/15 11:23更新 / 月乃輪 鷹兵衛(つきのわ こうべえ)
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■作者メッセージ
二作目です。ラストは必ずハッピーエンドにしますけど、ぶっちゃけこの後の展開真っ白です。

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