連載小説
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情愛の彼方(1)
 里嶺境一は逃げている。
 迷い無く、一心不乱。逃げる先に、当ても無く。
その背後に、常に30メートル程の距離を保って追走する影がある。女だ。
息を乱せばたちどころに足が止まるまでに追い詰められても尚、止まるわけにはいかない。だというのに体力は次第に削られて、足の運びは速度を落としていく。

 本来なら即捕獲することのできる獲物の背中を、軽やかな足取りで追い詰めていく彼女は、しかし決して焦らない。ゆっくりと、じっくりと、逃走者の体力と精神力を削ることで、抵抗力を落とし、確実に、止めを刺す。命を奪うのではない、心を奪うのだ。
 否、やはり命も奪う。その名、その声、その吐息、その人生すら。

 快楽は毒のようにあなたを汚染する。毒はあなたの理性を破壊して、体も心も染め上げるでしょう。爪の先から髪の一本に至るまで余すところ無く。
 そうしてあなたのすべてはわたしの色に染まって、もう誰の手にも渡らない。まるごとすべてわたしのもの。
 そう、毒。これはわたしの情念。わたしがあなたを思い続けた証。
 わたしの血、わたしの心、わたしの、人生そのもの・・・!
 ずっとあなたが欲しかった。
 ずっとあなたが欲しかった。
 ずっとあなただけが欲しかった。
 思えばこれまで長い間、苦しくて苦しくてたまらなかった。狂いたくて狂いたくてどうしようもなかった。
 あなたが誰かのものになることを考えるたび、そうなるくらいなら、いっそ殺めてしまおうかと思ったこともある。
 あなたをわたしのものにできないのなら、いっそこの命、無残に散らして見せようかと思ったこともある。――――――――――――――――あなたの目の前で・・・!

 もうそんな必要は無い。
 もう苦しむ必要は無い。
 ヒトでなくなったわたしは、最早ヒトの法には縛られない。
 耐えてきた甲斐があった・・・・・・!

 わたしを魔物に変えてくれた方は言った。これから夢のような毎日が送れるわね、と。
 いいえ。と、わたしは答えた。
 夢だったのは、いままでです。
 悪夢のような毎日でした。
 二度と、戻りたくない・・・!
 幼い頃、境一とよく遊んだ、公園。少子化が進んだ昨今、子供や子供連れの親の姿を見ることは、ほとんど、無い。
 薄汚れたブランコの向こう側、荒れた花壇の隅、長く伸びた草で体を覆い隠そうとして、でも体力が尽きて動けなくなった彼を―――――――――見つけた・・・・・・!

 さく、さく、と草を踏む音が快い。
 少しずつ近づいていくわたしに、程よく諦めを帯びた眼差しを向けて彼は言った。



 「一体、どうしちゃったんだよ・・・・・・姉さん・・・!」
                               
12/09/14 18:59更新 / 月乃輪 鷹兵衛(つきのわ こうべえ)
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■作者メッセージ
最初の投稿の折、勝手が分からず、こちらの不手際によりご迷惑をお掛けしました。申し訳ありませんでした。ま、今でもいろいろ分からない事だらけなんですけど。
何で非公開にしてあるのに閲覧数が増えるんだろう。編集したせい?

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