|
||||||
14歳 悲恋 |
||||||
旅に出て一年と数ヶ月。俺は背が伸びた、と思う。靴も服も少し小さくなって、前の町で買い換えてきた。 髪もだいぶ伸びて、今は後ろで束ねている。今になって、何で前の町で散髪しなかったんだ、と自分に疑問を抱く。が、もう二日前の事で、今から戻るには遠すぎる。 あ、そうそう。あのサイクロプスに貰ったカタール剣。かなり丈夫で、未だに刃こぼれ一つしない。まあ、そんなになるように使っていない、と言うのが現状だが、籠手の部分も未だに傷のみで済んでいてヒビはない。 俺は今また次の町を目指していたが、もう見えてきた。 「何だ?」 俺は別の道から2つの人影が歩いてくるのを見つけたが、前の一人は後ろの一人に話しかけながら歩いているように見える。それに前の一人は何だか人間じゃないみたいだ。 「なぁ、私の夫になってくれ」 「だから、無理だって言ってるじゃないか…」 「なんでだ?」 「俺は、魔物と結婚する気はない」 「私はぜーったいにお前が私と結婚すると言うまで離れない!」 金色の長い髪、緑色の衣服と鎧、そして尻尾、腰に携えた長剣。彼女はリザードマン。 後ろは人間の男だ。がたいが良く、金色の短髪の大きな男だった。 聞こえてきた内容から察するに、多分リザードマンに求婚されているのだろう。 「…しつこいな」 男は剣を抜くと彼女に振りかざした。俺はそれを見るなり、道を外れて二人の方に向かっていた。そしてカタールを男の剣に向かって投げた。 剣の刀身を掠め、カタールは地面に刺さった。 「っ…!…誰だ、貴様」 「旅の者だ、失礼だが話を聞かせて貰った。結婚する気はないかもしれないが、だからと言って剣を向けることはないだろう?」 「ちっ…」 男はすぐ目の前の町へ入っていった。 「あっ…」 リザードマンの彼女はすぐに追いかけようとしたが、俺はそれを止めた。 「まだ追うのか?殺され掛けたのに」 「それでも私はあの男が…」 「そうか。お前は今日はこの町に?」 「ああ」 俺と彼女は一緒に町に入り別れた。俺はその後、宿を見つけて買い物に出た。地図を見ればこの次の町までは五日ほどかかりそうで、今の食料では間に合わないのだ。それに薬や薪木も切れてきた。 市に行くと肉や魚、色とりどりの野菜が売られている。そこで俺はまた彼女に再会した。 「また会ったな」 「あ、お前はさっきの」 彼女の手には髪の買い物袋が抱えられていた。 「そう言えばまだ礼を言っていなかったな、ありがとう。私はメリル」 「俺はワイト、ワイト=クロウズ」 「ワイト、か。覚えておこう」 「さっきの男、どこで会ったんだ?」 話に寄ればあの男は、一週間ほど前、腕試しで彼女を負かしたのだという。そして惚れ込んでしまい、そしてほぼ毎日町を出る彼に求婚を求めているのだがずっと断り続け、さっきの場面に俺が遭遇したのだ。 男はこの町に住む独り身の戦士で、腕が立つと評判なのである。 そして俺たちはその男と町中で再会した。 「またお前か。ん、貴様はさっきの…」 「クロウズ、私はここで」 「ああ。それじゃ」 メリルはそう言って人混みに紛れてしまった。 「なんだ?あの女と恋仲になったのか?」 「まさか。彼女はまだお前のことが好きらしい」 「全く、傍迷惑な話だ。リザードマンの習性というのは」 俺たちは歩きだした。 「そう言ってやるな。習性かもしれないが、それでも彼女は真面目らしい」 「そうかもしれんが、俺はその気は全くない」 「だからといって、剣を向けるのはどうかと思う」 「俺はただ脅して離れて貰おうと思っただけだ。別に殺そうとした訳じゃない」 「かもしれないけど、何かあってからじゃ遅いからな」 「がはははっ…確かな。坊主、名前は?」 「ワイト=クロウズ」 「俺ぁベリウス=シトラリウス。今はこの剣だが、俺の愛剣はもっとデケェ。一回見ていくか?」 「ああ、買い物の後でな」 「そうか。俺んちは町の北側だ。黒い屋根の家だからすぐに分かるだろ」 「分かった。後で寄らせてもらうよ」 ベリウスはそう言ってまた人混みの中に…なにぶんでかいので頭が出ているが、一応消えたとしておく。ぶっとい腕に、日に焼けた四角い顔、蓄えた顎髭に厚い胸板。屈強な男の代表と言った感じの男だった。 俺は買い物を済ませて宿に戻った。そして荷物を置くとベリウスの家に向かおうとした。 その時、宿の階段の際の部屋からメリルが出てくるところだった。 「メリル、あんたもこの宿だったのか」 「おお、クロウズじゃないか。奇遇だな。今からこの料理をあの男に持っていこうと思っているのだ」 「ベリウスにか?」 「ベリウス、そうか、ベリウスというのか、あのお方は」 名前も知らないのに求婚していたのかと俺は呆気にとられた。ん、料理を届けに行く? 「でベリウスに何で料理を?」 「独り身だからな、こういうのは喜ばれると聞いてな」 俺はこの後の展開は何気に想像できた。 「待て待て、このまま持って行ったって押し返されるだけだ。何なら俺が持って行ってやろうか?」 「それもそうだが…、…頼めるか?」 「ああ。今から行くからな」 「すまんな」 俺はバスケットに入った料理を持って町の北に向かった。北は住宅街らしく沢山の家が建ち並んでいる。その道の向こうにぽつんと一つの黒い屋根の小さな家が建っていた。 「あれか…」 俺はドアをノックした。中からベリウスが戸を開けた。その大きな体が入り口をふさいでしまいそうだった。 「おう、来たな」 「ああ、土産だ」 「いい匂いがするな。メシか?気が利いてるな」 俺は家の中へ通された。中には数種類の武器が陳列されていた。長剣、短剣、斧、槍と色々。 その中でも壁に飾られた大きな剣が目を引く。 「あれか?お前の愛剣ってのは」 「そうよ、これこそが我が愛剣、この重厚感、切れ味、持ち味どれを取っても一級品よぅ」 自慢げに話す姿はとても嬉しそうだった。彼は殆どの武器を扱えるが、やはりこれが一番いいという。 「すごいな…全部綺麗に手入れされてる…」 俺は部屋の中の武器を見て回ったが、全て刃は綺麗に磨き研がれ、持ち手には傷一つ無かった。 「当たり前よぅ、武器は戦士の魂だ。刃がくすめば、自ずと使い手の腕もくすむ。ジパングでは己の刀と戦いの前夜に添いて寝るという。武器はそれほど大事なのだ」 「そうか。俺も武器の手入れはするが、丈夫でな。やっと磨くのがいいところだ」 「そう言えば坊主―おっとワイトの武器は変わった形だったな?」 カタールはどこに行っても珍しがられる。俺はカタールを取り出してベリウスに見せた。 「ほう、これが柄か。攻守一体の短剣か。傷一つ無いな。刃こぼれもしていない」 ベリウスは興味深そうに手にとって眺めている。 「サイクロプスがくれた物なんだ。切れ味は抜群だが、それほど血に染まっていない」 「ほう、それはなぜだ?」 「俺は殆ど牽制と脅しに使っているからな。もう一年と少し旅をしてるけど、今まで魔物も人も殺めちゃいない」 「一人もか?…それがほんとならお前はかなり出来るな。殺さぬ事は殺すことよりも難しい。ん、返そう」 ベリウスはカタールを俺に返した。そして持ってきたバスケットの中身を見た。 「おう、ミートパイか。俺の好物なんだ」 おいしそうなミートパイがまだ湯気を立てている。彼はそれをバクバクと食べて、「旨いっ!」と一言言った。 「食うのはえーな」 もう無くなった。結構な大きさだったんだけどな… 「お前が作ったのか?」 「いいや」 「じゃあどこかで買ったか?」 「いいや。それはな、あのリザードマンのメリルの手作りだ」 ベリウスは驚いたようだった。 「あの魔物の?…そうだとしたら、何でお前が持ってきた?なぜ、それを先に言わん?」 「メリルが直接持ってきたら絶対帰してたろ?だからだ。あと言わなかったのはあんたが俺が言う前に全部食っちまったから」 「…そうか。あいつがな…だからといって結婚というのはな。魔物は敵だ。前のように人を取って喰らいこそしなくなったが、危険でなくなったわけではない」 「…だからあいつの求婚を拒否ってるのか?」 「そうだ」 「…魔物だから、か…」 人間達は魔物を敵視する。例外がないわけではないが、そう言った思想は人間に根付いている。魔物が友好的であっても、それを人は勝手な敵意の念で跳ね返す。 誰かが家の戸を激しく叩いた。ベリウスは立ち上がり、戸を開けた。 「貴様がベリウスか?」 一人の男が立っていた。腰には剣を携えている。あごと目の細い、面長な男だった。 「なんだ?」 「今夜月が南東の空に輝く頃、町の北の森で貴様を待つ」 「決闘かぁ?いいぜ、受けてやる。その首洗って待っときな」 男は笑みを浮かべた。男は「そうするよ」というと帰っていった。 「…ベリウス…」 「心配すんな。俺が負けるとでも?それに勝負が付いても殺しゃしねぇよ。悪ぃが帰ってくれるか。準備があるんでな」 「ああ。…彼女には旨かったって伝えとくよ」 「ふっ、余計なことを…」 俺は宿に戻った。帰り道、あの男の浮かべた笑みが気になった。あのベリウスは腕が立つと評判で、その上自分を殺すかもしれない男の前で笑うものだろうか? そんなことを考えている間に宿に着いた。宿の前にメリルが立っていた。 「ベリウスは…ミートパイ食べてくれたか?」 「ああ、あっと言う間にな。好物なんだとさ」 「それで…なんて?」 「旨かったってよ。お陰で俺は全然味見も出来なかった」 「ほんとか?ほんとにっ?…よかったぁ〜…」 彼女は嬉しそうに笑った。俺は正直言いたくはなかったが、彼の意向を伝えることにした。 「ああ。だけど結婚はできないってさ」 「…魔物、だからか?」 彼女は下を向いてそういった。当然悲しそうだった。 「…ああ」 「…分かっているんだ。人間達は魔物を敵としか思わない。それは仕方のないことだと思う。だから、料理が旨いと言ってくれただけで、私は嬉しいんだ。でも、やっぱり実のところは夫婦になりたい」 メリルは少し笑った。 俺は思った。姿形や能力が違うだけで、彼女は本当に普通の女の子じゃないか。 確かに魔物の中には恐ろしい奴らもいると思う。だけど、少なくとも彼女は俺はただの女の子にしか見えない。 「今のベリウスはそうかもしれない。でもいつかお前を愛してくれる日が来るかもしれねぇぞ?」 「…そうだな。そうかもしれない。その日が来ること、信じてみよう」 俺とメリルは宿に入った。 部屋に戻った後も俺はベリウスの決闘のことが気になっていた。あの男の笑みの意味も。 俺は決闘の場所に様子を見に行くことにした。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 俺は決闘の指定場所に来た。月が南東の空から光を発し、辺りを薄暗く照らしていた。背中には俺の愛剣『エジャオス・デル・ギガント』が月の光を反射していた。 「逃げずにいるたぁ、度胸あるじゃねぇか?」 「フッフッフッフッ…お前もよく来たなぁ」 俺はずっとどっかで見た顔のような気がしてたんだが、どぉーも思い出せねぇ。 とりあえず今は決闘に集中だ。 「どっからでもかかって来いよ…」 「そうか?じゃあお言葉に甘えてっ!」 俺はこいつの余裕が気に入らなかった。普段ならそんなことはねぇが、今回に限ってはちっと違った。 俺はエジャオスを思い切り振り切った。この『エジャオス・デル・ギガント』は剣幅が約50センチ、刀身が1メートルと70センチもあるデカブツで威力は半端ねぇ。その上、切れ味がいいときたもんだ。地面には軽く傷が付く。 だがそいつをこの男は避けてばっかりで、攻撃をして来ねぇ。攻撃してくりゃあ、軽く刀身で叩き飛ばしてやんだけどな。 「てめぇ、何で攻撃して来ねぇ?」 「わざと隙の多い攻撃をしてんだろぉ?引っかかるかよっ」 「そうかよ、じゃあ潰しに行くぜ…?後悔すんなぁっ!」 俺は地面にエジャオスを突き立てて、力任せに抉り上げた。岩みてぇな固まりがあいつ目掛けて飛んでった。 俺はそいつを目隠しにして近づいて、多分他の奴には無理なほどの斬撃の嵐を見舞ってやった。 「オララララァァッ!」 固まりは細切れになって、相手は何とか俺の剣を受け止めてるってとこらしいが、その顔は苦痛に歪んでやがった。 「その大きさの剣をこの速さで…見た目通りの馬鹿力っ…受けるだけで骨が砕けそうだぜ…」 俺の斬撃を受けた時、相手の剣が飛んで地面に突き刺さる。 「そいつぁどうも…降参しろ、勝負は着いた」 その時だ。いつの間にか俺は月を背にしてた。そして俺の影の両肩辺りに別の影がかかった。俺はとっさに避けて、命拾いした。 「やっぱおめぇ相手じゃ一人じゃ無理だわ」 後ろから二人の男が斬りかかって来やがった。最初の一人は突き刺さった剣を抜いた。 「ちっ、三対一たぁ卑怯な真似しやがってよ…それでも俺にゃあ勝てねぇぜ」 「ハッハーッ、仲間が二人なんて誰が言ったんだよぉ!?」 茂みから出てくるわ出てくるわ、ざっと10人。こりゃ俺でもヤベェな んなこと言ったって敵は待っちゃくれない、戦うしかないわけだ。 前から後ろかかかって来やがるのを受けては攻撃に転じて、避けられる。完全に策にはまった感じだな…消耗戦になってきた。 「はぁ…はぁ…くそっ」 俺は一人の攻撃を受ける。 「もらったぁっ!」 (しまった…!) 俺は後ろを取られた。その時だ― 「助太刀のキィィックッ!」 後ろを取った男が吹っ飛んで転がった。この声は知ってる。 「平気かよ?ベリウス」 「ワイト…助かったぜ…」 ワイトは着地して俺にそう訊きながらカタールを構えた。 「俺だけじゃねぇ」 「はぁっ―!」 金属音が響いて、飛んだ剣が月下に照らされた。 「ま、魔物だっ!」 「メリル…か」 「あなたが偶々町の外に行くのを見て、気になって追ってきた…」 メリルは俺の背中に着くと剣を構え直した。ワイトも俺の背中に着いた。 「ほんとかよ?」 「私はこっそりとストーカーするような趣味はないっ」 「分かったよ…で、ワイトは?」 「あの狐目の野郎の笑みが気になったんだよ。で、来てみりゃこれだ」 「二人とも、来るぞ」 「ああ、殺すなよ…!」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 全く、決闘なんて嘘も甚だしい。俺はとりあえず三人を相手にした。 「ガキが…俺たちにかなうのかよ?」 「泣いて謝っても知らねぇぞ?」 「逃げるんなら今の内だぜ?」 卑怯な事やってるくせに強気なんだからなぁ、そこだけは尊敬するよ。 「うるせぇよ、卑怯もんのおっさんらには負けねぇよ…」 「な、くそガキィッ―」 俺は向かってきた男に向かって左手のカタールで突いた。もちろん、防いでくれるのを前提で。 で、ちゃんと防いでくれるから笑っちまう。俺は剣を押さえたまんま右向きに回ってそいつの左側に入ると、左足で飛び上がって右足をそいつの首に後ろから引っかけ、全体重を掛けて地面に叩き付けた。そいつは頭を打ち付けて気を失った。 「…な?負けねぇだろ?」 「このぉ―」 今度は二人いっぺんに。一人は上から、もう一人は横に斬りかかってきた。 俺は右で上からの剣を、左で横の剣を防ぎ、まず右腕を伸ばし、カタールは剣を押さえつつ男と剣の間に入り込んだ。そしてカタールの側面で男の顔を殴った。 「フゴッ―」 男は剣を落とし、顔を押さえて後ろに数歩下がって蹲っている。 次に身を返してもう一人の男を自分の右に来るようにすると、自然にカタールは剣を防いだまま剣に当たっている側を変える。 俺は右のカタールの先端で、今自分の腰辺りで地面と平行になっている剣を折った。折れた瞬間に左手のカタールを地面に落とし、左拳で男の顔を殴り飛ばした。 振り返りざまに俺は、近づいていることが分かっていたさっき顔を殴った男を回し蹴りで蹴り倒した。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 私はベリウスから離れ、三人の人間を相手にした。 「弱き人間如きが、卑怯な真似を…」 「黙れ魔物がっ」 「お前達は…一瞬で片づける」 私は男達の真ん中に飛び込み、慌てた正面の一人の剣を防ぎ押し返すと、後ろの二人の男を、剣を振って牽制した。 こいつらは、それなりに剣は使えるようだが、所詮卑怯な手段を使う様な輩だ。私の敵ではない。 「来い、私を倒せるものならばな…!」 「このぉ…!」 こんな安い挑発に乗るとはなぁ。私は今正面にいる男の剣を防いだ。すると後ろから一人が近づいていた。軽く振り返って見た姿からすると、真横に剣を振る気だろう。 「でゃあぁっ!」 やっぱりな。私は瞬時に今受けている剣を押し返し、体を勢いよく屈めた。剣は私の頭上を通過し、男の体は無防備になった。そこを私は思い切り尻尾で叩き飛ばした。 「うごっ」 男は転げ、私は立ち上がった。そして突き刺そうとしてきた正面の男を受け流し、通り過ぎ様に膝蹴りを腹部に見舞い、後ろの男の振り降ろした剣を男の懐に大きな一歩で後ろ向きに入って回避した。 肘打ちでみぞおちを叩くと男の剣を奪い、今正面に立つ男に向かって投げて注意を引き、素早く近づき逆手に持った剣の柄頭で腹部を殴り、身を屈めた男の後頭部を手刀で殴り気絶させた。 「その程度で私を倒そうなど、百年早ければいいほうだな…」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 二人ともどうやら片づいたみたいだ。俺も既に二人を気絶させて、残りはもう二人。 ん、こいつら…そうだ、どっかで見たことあると思ったら… 「てめぇら、前に俺が相手した盗賊団の輩か…」 「そうだ、お陰で頭や仲間は今豚箱の中だっ!」 俺は数週間前、依頼で盗賊団を退治しに行ったことがある。盗賊団の頭とその他数名は捕らえられたが、何人かは逃げおおせたらしい。こいつはその仕返しって訳か。 「死ねぇぇっ!」 「甘いわぁっ!」 俺は刀身で男を叩き除け、剣を自分の左側を覆うように構えて突進した。身を防ぎつつ攻撃をする。突進された男は避けることも叶わず吹き飛び、剣宙に舞いは粉々になった。 「これで全部片づいたな…」 「そのようだな…ベリウス、怪我は?」 「お陰さんでねぇよ。助かったぜ二人とも」 「さて、町に戻って保安に連絡しようぜ」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 俺たちが戻ろうとした時だ。月明かりを前に数歩進んだ、俺たちは完全に油断していた。 「死ねぇ!ベリウス=シトラリウスゥッ!」 あの狐目の男が剣を振り上げて奇襲を仕掛けてきた。避ける暇もなかった。 少し離れて歩いていてもう間に合う距離じゃなかった。 (くそっ、間に合わねぇ…!) 「危ない、ベリウスッ!」 月光の夜空に鮮血が散った。メリルがベリウスを庇い、斬られた。髪の毛もはらはらと舞い、彼女はそのまま俯せに倒れた。 ベリウスは反射的に飛び下がっていたようだ。それでも彼女がいなければ危なかっただろう。 「なっ…メリルッ!」 ベリウスは思わず叫んでいた。 「次は貴様だっ…ベリウスゥ…」 奴は剣をベリウスに向け、メリルを踏みつけた。 「うぐっ…」 メリルはまだ息があり、うめき声を上げた。 「…どけよ」 ベリウスが言った。 「あっ?」 「どこ乗ってんだ…どけよ…」 「何言ってやがる、魔物なんぞどうしたってんだ?」 ベリウスは拳を握って歩き出した。俺は後ろ姿しか見えない。けど、今のベリウスの顔は怒りに満ちているはずだ、聞こえてきた声に怒りが満ちていたから。 「な、何だよ、来るな…何で剣を抜かねぇ…?…来るなっ…刺すぞっ…!」 「刺すんなら刺せよ…それが望みだろう…それにてめぇみてぇな屑に剣は使わねぇっ!」 「こ、このおぉぉっ!」 「ウルアァァァッ!」 ベリウスは拳を思い切り振りかぶり、顔目掛けて振り切った。えげつない音が響き渡り、男は吹き飛んで数メートル先に墜落し、その顔は歪んで流血している。剣は彼の隣に落ちて折れた。 「メリルッ!」 ベリウスはメリルを抱き起こした。俺もメリルに駆け寄った。 「しっかりしろっ!」 「メリル、治癒力はあるんじゃないのか?」 魔物は人よりも治癒力が高く、この傷でももうすぐ血が止まるはずだった。 「…ああ、だが血が止まらんのだ…おそらく、あの剣に魔法でもかかっているのだろう…たとえ医者を呼んだとしても…間に合わぬだろう」 「まだだ…」 「…何をっ…?」 ベリウスはメリルをおぶると町に向かって走った。だが彼女は息がどんどん荒くなった。顔色も悪くなっている。 「メリル…なぜだ…俺はお前に剣を向けようとしたのだぞ?」 「そんなことで私がお前を諦められるものか…それにお前は私のミートパイを旨いと言ってくれた…」 「…俺が…愚かだった…本当はお前を愛したかった…だが俺は観念に縛られ、世間体を気にして、お前を拒み続けて…」 「構わない…しょうのないことだと分かっている…」 町の入り口が見えた。メリルは顔色は悪くても、どこか嬉しそうだった。だが負ぶさる手や尻尾はだらりと垂れ下がり、目も虚ろだった。 町に入り、ベリウス医者の家の戸を叩いた。 「なんだこんな時間に…」 「こいつを治してやってくれっ!」 「こいつって…魔物じゃないか!?…ダメだダメだ」 メリルはかなり危なかった。だが偏見を持った医者は治療を拒む。ベリウスは医者の胸ぐらを掴んだ。 「いいから治せっ!金ならいくらでも払うっ!」 ベリウスの気迫に押され、渋々医者は承諾した。 「手は尽くした。もう少し早ければな…」 もう少し早ければ?…ふざけやがって、お前があのとき拒まなければ望みはあったんだ。 メリルはベッドに寝かされて、ベリウスは彼女の隣に座っている。俺は目隠し一枚隔てて壁にもたれていた。 「ベリウス…ありがとう」 「そんな…礼を言うのは俺だ…お前に命を救われた…だが俺はお前を救えなかった。拒んで、傷つけて、最後にはこんな…」 「いいの…私幸せだった。それに今こうして手を握ってくれてる」 「俺は…そんなことしかできない」 「ううん…まだあるよ…」 「何だ…言ってくれ」 「…キス…して」 「…そんなことか…」 そこで声でが途絶えた。そして暫くしてまた声が聞こえてきた。 「ワイトォ…そこにいる?」 「ああ、なんだ?」 「私、姉がいるの。ワイトは旅をしているから、いつか巡り会うかもしれないから、その時は私のこと伝えて…」 「…分かった。絶対に伝える」 「ありがとう。ベリウス…愛してる」 「メリル、今なら本当のことを言える…愛している、心から」 「うれしい…」 それが彼女の最期の言葉だった。 翌日、ベリウスは彼女の墓を作った。町の南の、彼女が好きだという湖のほとりに。 「おい、知ってるか?ベリウスがよ、魔物の娘に命救われて、愛を告白したんだとよ」 「マジかよ?」 「魔物なんかになぁ」 俺は朝からこんな会話を耳にし続けている。聞くたびに何かがこみ上げてきた。 俺はベリウスに別れを言うため、彼の家へ向かった。 「おい、出て来いよベリウス」 「てめぇも落ちたモンだな?え?」 野次馬だ。彼の家の前を陣取っている。その辺で立ち話している者達も皆陰口を言っているのだろう。 「出て来いよ、ベリウス、聞いてんのか?コラ」 ベリウスは戸を開けてその大きな姿を見せた。すると、石や木の棒が彼に目掛けて飛んでいった。 俺はその瞬間、我慢できなくなった。 「てめぇらぁ!いい加減にしやがれぇ!」 自分でも驚くような大声だった。全員が俺の方を向いた。 「あいつが魔物だからどうしたって言うんだよっ?おい!」 俺はゆっくり歩き出した。 「ま、魔物は人間の敵だっ」 「それは人間の一方的な捉え方だろ…俺たち人間と一緒に生きる奴らだっているだろうが…彼女は、メリルはなぁ…!真面目にベリウスを愛して、守って死んだんだ。姿形が違うだけで、あいつは一人の女だったっ!…それにベリウスは最期の最期に答えたんだ、外面だけを見て、本質を見ようとしないてめぇらなんかにベリウスを貶す権利など無いっ!」 俺がそう言い終えた時、野次馬やこの辺りの奴らが俺の背後を…そう、驚きと…畏怖…?とりあえずその辺の表情で凝視した。 「な、なんなんだよ、あんたは?」 「てめぇらに教える名前はないっ…消えろっ…」 野次馬は逃げるように散っていった。 「ベリウス…」 「…ワイト、済まないな」 「いや、それよりあいつらは何を見たんだ…?」 「お前、自分では何も?…そうか。まぁいいじゃないか」 「…そうだな」 「もう行くのか…?」 「ああ、メリルにも挨拶していきたいしな」 「そうか…これ、メリルのブレスレットだ、彼女がお前に渡してくれと。これをしていればメリルの姉が見れば分かるはずだと」 「ありがと。彼女…安らかな顔だったな」 「ああ。俺は彼女の側に引っ越すつもりだ。この辺に来た時は立ち寄ってくれ」 「必ず。…それじゃ」 「さらばだ、友よ」 俺は町を出て、湖に向かった。木の枝を紐で固定しただけの十字架がほとりに立っていた。木漏れ日が差す暖かで、静かな綺麗な場所だった。俺は町で買った一輪の花を彼女の持っていた剣の隣に立てた。 「どうか、安らかに…」 俺はこの旅の一つの目的として、メリルの姉に会うことを決めた。 10/01/10 14:04 アバロン
|
||||||
|
||||||
少し悲しい物語になってしまいましたが、こういう事も起こるかな、と。それに彼にも目的が必要ですからね。
|
||||||
[エロ魔物娘図鑑・SS投稿所] |