連載小説
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内通者の苦悩
 砂漠で戦闘があった日から二日。本隊の後を追う一団は今木漏れ日の照らす山道を登っていた。遊撃隊が先頭を歩き、その次を第4隊、物資搬送班、第10隊、第11隊の順に続き、救護班の四人がそれぞれ先頭から別れてついていた。
 木が青々と茂り、少しひんやりとした空気が心地よい。昨日この辺りで雨が降っていたせいだろう、土も少し湿っている。

「はぁ…はぁ…」
「疲れたか?」
 メアリの息は目に見えて上がっていた。無理もない、傾斜25度の坂道なのだ。
 戦闘を主とする第4、10、11隊と遊撃部隊、物資搬送班は当然体力は付いている。そしてその半数は魔物である故に、このような坂でへばることはそうそうない。
 しかしメアリは救護班であり人間である。そのためにこの坂を長時間登る事は見た目以上に体力のある彼女といえどきついのである。
「ごめんなさい、まだ大丈夫…」
「わかった。下りに入る前に休憩を入れるから、そこまでがんばってくれ」
「うん」

 一団は山道が登りから下りに変わる辺りで一度休憩を挟んだ。足場が悪いためかいつもより余計に体力を消費したらしい。
 20分が経過して一団は下りの道を進み始めた。登りに比べて緩やかな傾斜ではあったが、台車が駆け下りないようにしながらの進行はそれはそれで大変である。しかし、ゴブリンが居るお陰でペースが乱れることはなかった。
 下りの道は山の崖がある側にあり、登り道とはまた違う光景だった。右手には崖が切り立ち、左手には崖の下に森が広がっていた。
 右手の崖が見る見るうちに高くなってゆく。一団があるところに差し掛かった時に先頭を歩く遊撃隊とのうち、メリッサが最初に異変に気が付いた。
「…?」
 上から何かが落ちてきたのだ。足下に転がっていたそれは小さな石ころだった。彼女は上を見上げ、嫌に落石が目立つことに気付いた。彼女は直感的に声を上げた。
「止まってくださいっ!」
 一団はその声に足を止めた。その声がしてすぐ後に遊撃隊とメアリの目前を右手の崖が崩れ落ちて道をふさいでいた。
「…土砂崩れか…」
「そのようだな…、雨のせいで地盤が弱くなっていたのだろう」
 全くその通りだった。一団はそこでしばしの足止めを食らうハメになってしまったのだ。

「メアリ、危ないっ!」
「えっ?」
 ベリオンはハッとしてメアリの方に振り向いて叫び、次の瞬間にはメアリを庇って石の直撃を受けた。
「兄様っ!」
「ベルッ、平気か?」
「うっ…あ、ああ…」
 ベリオンはゆっくりとメアリを放してその場に座り込んだ。
「あ…ご、ごめんなさい…」
「いや、平気だ…」
 しかし、いくら口で平気とは言っていてもその、頭から滴っている血を見ればそれが平気ではないのは目に見えていた。
「治療しますから、動かないで…」

 メアリは傷口を見つけるとそこに両手を重ねてかざした。
「ルス・ディラ・サナンド」
 彼女がそう唱えると、彼女の手から淡く光が放たれて傷が徐々に塞がってゆき、三十秒ほどで傷は完全に塞がった。
 彼女はハンカチを取り出して血を拭った。
「…ありがとう。痛みもないよ」
「ごめんなさい
 救護班の私が原因でけが人が出てちゃ意味無いわよね…」
「唐突なことだったんだ、気に病まないで」

「ベリオン大佐」
 アレンが地図を持ってやってきた。
「別のルートを発見しました。偵察をお願いできますか?」
「ああ、わかった。場所は?」
「この道を二百メートルほど戻った場所です」
「よし、行って来よう。ミリィ、メリッサ、ジャン、行くぞ」
 四人は来た道を台車を避けて戻り、一団を抜けると走って戻った。

「この道ですね」
 メリッサが道の奥を覗き込むように言った。道は下の森に通じており、木々の枝や葉がトンネルのように道を飲み込んでいた。
「みたいだな。隊列はいつも通り『菱』でいく、ジャンとミリィがサイドだ」
「了解」
「はいよ」

 四人はその道を下っていき、やがて森の中へ入っていった。
「ったく、次の拠点まで後どんだけあるんだっての…」
「あと少なくとも一週間以上は見ておかなければな」
「あ〜くそ…何でアジト見つかったんだよ…」
 このジャンの何気ない一言をメリッサは改めて考えた。
「…ホント、どうして見つかったんでしょう?」
「え?」
「だって、あそこは砂漠と高い岩山に挟まれた所にあってそう簡単には見つからないはずです」
「そういわれてみればそうだな…あそこはまだ発見されていなかった遺跡だ、だからこそ私たちがアジトにして…」
「砂漠を進んでくりゃ、仲間達が見逃すわけがねぇ。ハーピー達なんかもちろんいないから、空からも無理だよな?」
「…内通者…」
 ベリオンの一言に彼も三人も立ち止まった。

「つまり…裏切り者が居ると?」
「裏切り者かどうかは分からない。最初から教団側だったかもしれないしな」
「…だけど本当にそうかどうかは…」
「もちろんだ。だがその可能性が高いのは間違いない、だからこのことは俺たちだけの秘密にしておく。もし本当にそうだった時に、相手に余計に警戒させることは避けたいからな…」
「ああ」
 それからジャンは一団を呼びに戻り、二十分して再び一団と合流して前進を始めるのだった。


 一団は森を抜けて峡谷地帯と森の間の草原で野営を張ることにした。食事も終わり、大半の者が眠りに就いた夜更け。
 メアリは一人野営地から少し離れ、そこにあった岩に腰を下ろしていた。
「はぁ…」
 彼女は空に広がる満天の星を見て溜息を零していた。月は夜空を藍色に照らし、その藍色のキャンパスに宝石を散りばめたかのように星達が輝いていた。
「眠れないのか?」
 メアリは背後からした声に振り向いた。そこには防具を外して黒い革の服だけになったベリオンが鞘に収まった剣を持って立っていた。

「ええ。少し星が見たくなって…」
「そうか。隣、いいかな?」
「うん」
 ベリオンはメアリの隣に腰を下ろした。
「ベルは?」
「俺も同じさ、昔からたまにこうして星を見に来るんだ」
「そうなんだ…私も小さい時からお父さん達と星を眺めてた。この戦争が終わったら、また家族みんなで暮らしたいな…」
「メアリの家族は?」
「今は遠く離れてる。お父さんとお母さん、あと妹が二人」
「妹が居るのか?」
「うん。みんな綺麗な茶髪なの」
「茶髪?…でもメアリの髪は…」
 メアリの髪の毛は綺麗な青みがかった色、どう考えてもおかしかった。
「そうよ。妹たちはね、ワーキャットなの…上の子が15才、下の子が12才…
 ちゃんと血は繋がってるわよ?腹違いなの。だけど浮気とかそんなんじゃなくてね、私の住んでた地方は男の数が足らなくなるのを防ぐために、人と魔物の両方の妻を持つことが許されているの。ちゃんと全員の了承を得た上でだけど」
 ベリオンは静かに聞いていた。彼女は魔物が本当に身近にいた、こんなにも種族の垣根を越えて暮らせているのに、どうして世界はこんなにも。
 これが彼の心境だった。
「私のお母さんも妹たちのお母さんも仲が良くて、昔から友達だったんだって。
 魔物の方のお母さん…レミットって言うんだけど、レミット母さんは本当に良くしてくれてる。母さんが病気で子供が産めなくなった時も、私がそのことを知って悩んだ時も、優しく慰めてくれた…」

 メアリが悩んだ理由とは、その地方で人と魔物の二人の妻をもてる大きな理由は人が男を生み、均衡を保つため。
 しかし、その人の母が子を産めなくなってしまい、そして唯一産んだ子供が女である自分だけだったこと。
 そう、メアリは「自分が男であれば」「自分はいらない子供だったのでは」と悩んでしまったのだ。
 そんな彼女を励ましたのがレミットであった。

                     −−−−−−−−−−

「…うぅ…」
 メアリは自分のベッドの上で泣いていた。その時、部屋の扉を開けて入ってきたのがレミットだった。
「いいかな…?」
「…レミット母さん…」
「よかったら、何で泣いてるのか話してみて」
 メアリは涙ながらにその心の内をうち明けた。レミットはそれをただ静かに聞いていた。
「…それで…私…いらない子なのかもって……」
「バカね、そんなはず無いじゃない。私はちゃんとリシリア…あなたのお母さんが、生まれてきたあなたを見てとても嬉しそうだったのを憶えているわ。
 リシリアが病気で子供が産めないって分かった時も、確かに悲しそうな顔はしてたけどね、リシリアは『その分あの子に愛情を注ぎたい』って言ってたわ。だから、そんなこと思わないで。ね?」
 メアリはレミットに抱きついて泣いた。その涙はうれし涙に違いなかった。

                     −−−−−−−−−−

「そうだったのか」
「うん。だから、こんな戦争早く終わらせたいの…」
「そうだな…そう、こんな戦いは早く終わらせないと…」
 二人は静かに星を見上げていた。暫くしてベリオンは「さてと」と立ち上がった。
「じゃあ、俺そろそろ戻るから。メアリも早く寝ろよ?」
「うん。お休み」
「お休み」

 歩いてゆくベリオンの後ろ姿を見送った後、メアリはまた溜息をついた。
「フッフフフ…上手くいっているようじゃないか?」
 メアリはハッとして声のした方を向き、顔を強ばらせた。
「カザタチ…!」
 そこにいたのは黒髪の薄笑いを浮かべた男。マシロ=カザタチであった。
「そう恐い顔をしなさんな。君に次の指令だ…」
 暫くしてカザタチが去ってゆき、メアリは再び岩に力無く腰掛けた。そして無情にも夜は更けていったのである。


 翌日、一団は峡谷地帯を進んでいた。やがて峡谷地帯を二分する形で谷川が流れていた。雨で水川は増し、激流となっていた。
 一団はその谷川を渡るべく、釣り橋に差し掛かっていた。少人数ずつ慎重に渡り、物資は小分けに反対側へ渡していた。 
 何事もなく順調に事は運び、この日は昨日とは隊列が反対になっていたために最後を遊撃隊とメアリが渡ってしまえば川越えは成功である。
 しかしその時、何かが橋のロープを切断した。
「なんだっ?!」
「橋が…!」
 橋はあっと言う間に分断され、遊撃部隊のみが取り残されることとなってしまったのである。

「みなさーん、平気ですかー?」
「ああー、みんなは先に行ってくれー。後から追いつくー」
「了解しましたー」
 ベリオンの指示で、一団は遊撃隊とメアリを残して先に行ってしまった。
 そしてその五人に先鋭部隊が襲いかかったのである。

「くそっ、ロープを切ったのはあいつらか…!」
「そのようだな…私たちを切り離すのが狙いか。ここでは足場が悪い、移動するぞ」
 五人は川沿いから離れ、戦闘態勢を取った。

 敵は約20人はいた。奴らはその数の多さと、巧みな連携によって徐々に遊撃部隊の四人を一人ずつ引き離していった。
 特にベリオンはメアリを守りつつの戦闘になっていた。特にここではどうしても回復薬の顔所を傷つけるわけには行かなかったのである。


 一人、二人と敵をベリオンは倒してゆくが、その数は減る様子はなかった。やがてベリオンとメアリは崖際に追いつめられていた。下には激流が流れている。ミリアリア達とも完全に離されて姿も見えない。
「ここを動くな…」
 ベリオンはメアリはにそういうと、単身敵に向かって突っ込んでいった。
 一見、自棄に見える行動ではあったがベリオンは勝てる見込みを付けていた。
 一人目と二人目をすり抜けながら背中を切って退け、目前に集まった敵達に掌を向けた。

「ティロ・デル・アイレ」
 彼らはまるで散弾銃でも当たったかのように吹き飛ばされた。その衝撃は半端ではなく、一撃で彼らを失神させた。
 しかし、魔法の威力は強かろうともベリオンは魔法は得意な方ではないため、日常的に使おうとはしないのである。
 ベリオンは残った数名の敵に対して剣を向けた。このまま行けば切り抜けられると思った矢先だった。

「見つけたぞっ!ベリオンッ!」
 峡谷の崖の上から発せられた声、そして一つの影がベリオンに向かって飛びかかったのである。
 ベリオンは彼の攻撃を避け、対峙した。
「ハリオス…!」
 それは紛うこと無き友の顔であった。ハリオスは有無を言わさずベリオンに斬りかかった。
 ベリオンはその攻撃を必死に防ぎ、時に反撃した。

「ハリオス、やめるんだっ!」
「貴様こそ剣をおけっ!魔物の味方などっ…」
 ハリオスは剣を横に振り、ベリオンは脇を転げるようにして避けた。そして起きあがると共に剣を振った。
 ハリオスはその剣を受け止め、そしてベリオンを背後から先鋭隊の投げたナイフが襲った。
「邪魔だっ!」
 ベリオンはナイフを鞘で弾き飛ばし、ハリオスの剣を流して蹴りを放った。
「うぐっ」
「魔物を端から悪だとっ、どうしてそういう風にしか考えられない?!」
 ベリオンはハリオスに一気に近づいた。ハリオスは剣を振って迎え撃ったが、その太刀筋を交わしてベリオンはハリオスの後ろに回り込んだ。
 ハリオスは慌てて背後を向き剣を受け止めた。
「ハリオスッ!お前のいう『悪』とはなんだっ!」
「なにっ?」

 二人は互いに押しって後ろに飛び退き、手をかざした。
 その掌からは『形』を持たない魔法、いや、魔力が放たれた。まるで火花のようにベリオンの魔力は紅く、ハリオスの魔力は蒼く光り、魔力同士はぶつかった。
「人と魔物の共存を血で染めるのは悪ではないというのかっ!」
「だというなら、人をさらうのも悪ではないといえるかっ!」
 魔力はやがて拡散し、飛び散った魔力は崖を崩して二人を遮った。
「うっ…!」
「くっ…!」

 ハリオスの目の前には崩れた崖が壁となっていた。
「…総員、体勢を立て直す。退け…」
 ハリオスはそういうと率いてきた一個大隊と、先鋭部隊を引き連れて撤退した。

 ベリオンの目の前にも崩れた崖が壁となっていた。
「………」
 ベリオンは剣を納めると辺りを見回した。周りは切り立った岩壁、そして呻る激流。道はあったが他の三人と合流するには遠回りする必要があった。
「怪我はないか?」
「…うん、平気…」
 ベリオンはメアリの声が落ち込んでいるように聞こえたのは、初めて戦闘を目の当たりにしたか、自分が友と戦っているのを見たからだと思っていた。

 確かにそれもあったが、本当の理由は違った。
(…いま…ここで。…でも…)
 ベリオンはメアリに近寄った。
「メアリ、この道を進めばいずれ元の道に戻れるはずだ」
「…うん…分かった…」
 ベリオンはメアリの前を歩き、メアリは彼の後を追った。その背中を見てメアリはますます混乱した。

(…やるしかない…今しかない…ベルを…殺さなきゃ―)

 メアリの心はぐちゃぐちゃだった。ベリオンはとても優しくしてくれた、彼の身の上も知っている。
 彼が幼い魔物の死をその目で見てしまったこと。教団の非道の数々を知ってしまったこと。地位を捨て、友と敵対してまで意志を通そうとしていること。

 しかしメアリもまた、そうせざるを得なくなっているのだ。

 メアリは覚悟を決めた。そして隠し持っていたナイフを取り出した。
「……んなさい……」
「え?」
 ベリオンが振り向くとメアリがナイフを振りかざしてきた。ベリオンは慌ててその手を押さえた。
「メアリッ、どうしたっ!?」
「うぅ…ごめんなさいっ…でも、あなたを消さないと…お父さんやお母さんが―」
「なにっ!?」

 一瞬の隙だった。メアリはベリオンは突き飛ばし、彼は激流渦巻く谷川へと落ちていった。

(メアリ…)


 メアリが立ちつくしていると、カザタチが現れた。
「…よくやった…君にはまだ働いて貰うよ」
「………」
 カザタチは彼女の肩に手を置いてそういった。
「さぁ、他の三人と合流するんだ…」
 メアリはカザタチを一睨みすると、ゆっくりと歩き始めた。

 やがて三人の姿が見え、メアリは合流した。
「メアリ、無事だったか…」
「…うん」
「メアリさん、兄様は?」
「そうだ、ベルはどうしたんだよ?」
 メアリは少し後ろを振り返った。そしてすぐに目線を目の前の地面に戻し、
「…来ない…」
と一言だけ言った。

「来ないって…どういう事だよ…?」
「…落ちたの………川に…落ちたのよ…」
 メアリは泣きそうな声で言った。
「そんな…兄様が…そんな…」
「ベルが…おい、嘘だろ?」
 メアリはただ首を横に振ることしかできなかった。
「兄様……」
 メリッサはそう一言呟いてその場に膝を着いて、項垂れてしまった。
「メリッサ…」

 四人は暫くそこで止まっていたが、やがてメリッサが立ち上がった。
「…行きましょう…、ここで立ち止まっていては兄様に申し訳が立ちません…」
「そうだな…行こう…」
 メリッサとジャンはそういって歩き出した。
「………」
 メアリはゆっくりと後ろを振り返った。刹那にミリアリアが見ていることに気付き、ハッと視線を元に戻した。そしてゆっくりと歩き始めた。
 ミリアリアも暫くメアリを見ていたが、やがて歩き出した。
10/04/03 03:22更新 / アバロン
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■作者メッセージ
久しぶりの更新です。
今回はこんな感じで。

次回はハリオスを中心に書くつもりですので。

あんまりエロ要素出てこねぇなぁ〜

まぁまた読み切りでも書きます(汗)

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