妹彼女 −大晦日ノ乱舞−
今日は一年の締めくくりの日だ、町の人達は忙しそうにしている。僕は窓の外を眺めながら、瓶に入ったミルクを飲んだ。そして後ろのテーブルの上に置いて二階への階段を上り、自分の部屋にドアを開けた。
「んん…」
僕のベッドの上には、色白で四肢の細い少女が寝ていた。髪の毛は金色、被った白い布の裾からは、二本の尾が姿を覗かせていた。
僕が中に足を踏み入れると、尖った耳がピクピクと動いた。
「ん…コーロン、もう起きてたのぉ…？」
彼女は腕を額に乗せ、右目を薄く開けた。彼女は何も身に着けてはおらず、毛布のめくれ上がった裾から素足を覗かせ、内股に重ねていた。
「ああ」
僕は素っ気なく返事をした。
「うう、寒いし頭痛い…風邪かなぁ…？」
「…寒いのはお前が今素っ裸で、今日はいつもより冷えるから！頭痛いのは、単なる飲み過ぎだろっ！」
僕は『飲み過ぎ』の薬を水と一緒に彼女に渡した。彼女は錠を口に放り入れて水で飲み込んだ。
「…全く。昨日寝ようとしてたら、酔ったユウコがいきなり部屋に入ってきて『しよ〜』って言うもんだから、こっちは寝不足だ…」
昨日の晩、侑狐は酒を飲んで酔っぱらっていた。そして寝ようとしている僕の部屋にフラフラっと入ってきたかと思うと、寝間着を着ようとしていた僕に抱きつき、上着を脱がせて魔力を流し込んだ。
まあその後はやることをやってしまったわけだ。
「んっふふ…でもコーロンもその気だったじゃない」
…まあ、なんだその…魔力を流し込まれたせいって言うのは半分だけど、もう半分は、ねぇ…
「…何にしても、まず服を着ろ。ホントに風邪引きますよ？」
彼女は体に毛布を羽織ると、ベッドから立ち上がった。そして僕の首に腕を回し、僕も毛布にくるまれる形になった。
「もう少しだけ…おやすみぃ」
「―寝るなっ！！」
僕は褐色のジャケットと今年の誕生日に侑孤から貰った黒いマフラーを巻いて歩いてる。隣には白いタートルネックを着た、『変化の術』で黒髪の人間に化けた侑狐が寄り添っている。
「年の最後だけあって、賑やかね」
「そうだな」
「よーっし、今夜は飲むぞぉ」
「…お前はいつも飲んでるだろうがっ…」
侑狐は何かにつけて飲むし、つけなくても飲む。要するに飲む。
町は年明けに向けて盛り上がっていた。出店やパレードが行われて、さながら祭りみたいだ。
「ねぇ、来年の誕生日プレゼント何が良い？」
「はい？年も明けない内から誕生日の話？」
「何か欲しい物ない？」
「ん〜、考えとくよ」
と、僕が言うと侑狐は「うん」と答えた。
「ん…？」
なんだろう、あれ。僕は路地裏に入るところに『陽炎』の様な物を見た。
「どうしたの？」
「いや、あれ…」
侑狐も僕の指さした方を向いた。
「何あれ？陽炎？」
侑狐にも見えているみたいだ。だけど陽炎な訳がない、この寒い時期に、それも、あそこだけに陽炎なんて。
「行ってみましょう」
「え？おい、ユウコっ！」
侑狐は変なところで好奇心が強い。もう何回『幽霊屋敷』に付き合わされて、その度に『ゴースト退治』になったことか…
侑狐と僕はその『陽炎』の前に立った。しかしそれはすぐに…
「…消えた」
「なんだったんだ…？」
「さぁ？」
侑狐は興醒めしたように素っ気なく答えた。そして僕ら二人が後ろを向いて歩き出そうとした時だった。
「何か食べるか」
僕が歩き出しても返事がない。後ろを振り返るとそこに侑狐の姿は無く、道の上に彼女の靴が残されていた。
「ユウコ…？！」
僕はその靴の側に跪くと辺りを見回した。
（いない…くそっ）
侑狐がいなくなるまで、ほんの数秒。物音はしなかった。
（連れ去られたなら抵抗しないわけがない…変化してたって侑狐は魔物、そこらの人間相手になら勝てる…
自分でどこかに行くとも考えにくい…そうだとすれば…）
僕は陽炎のあった所を凝視した。ただの路地裏…の奥だ。路地裏の奥に穴がある。
僕はその穴まで早足で近づくと、穴の中を覗き込んだ。穴の大きさは路地裏の幅いっぱいあって、中はかなり暗かった。
僕は中に飛び込んだ。上からの微かな光で僕の右側、つまりは町の南西に向かって空間が続いているのが分かる。下には空洞の奥に向かう『何かを引きずった』様な痕が続いていた。
鎮めると魔力を感じることが出来た。やっぱりこっちか、侑狐の魔力だ。それに他にも違う魔力がある。
僕は気配を探りながら奥に向かって走った。ひんやりとした空気が辺りに渦巻き、光はとっくに届かない。耳を澄まして風の通るゴォという音が聞こえると言うことは、出口があると言うことだ。
しばらく走った頃だった。依然として光は見えていなかった。
「えもの…」
「！」
僕は慌てて立ち止まった。辺りを警戒したが、それはあっと言う間に僕の眼鏡を奪って闇に気配を消した。
「…あっても…なくても…同じ…」
か細い女性の声、この暗闇の中で眼鏡だけを正確に奪う事は『人間』には困難だ。即ち、闇の中で動くことに適した『魔物』ということになる。
「いただきます…」
このままじゃ襲われるな〜。
『獣斉眼（ジウサイガン）』…発動！！
暗闇でも視えるようになった視界に、飛びかかってくる影が映った。
「うわっ…あっぶねー…」
僕はその場に伏せて回避した。振り返ると、それは逆さに僕の身長の倍程ある高さの天井に逆さまにぶら下がっていた。
「…なんで…？」
「かわされるなんて思ってなかったかい？…ワーバットのお嬢さん」
周りを見渡しても他に影はない、彼女単体みたいだ。
「先を急いでるんだけど…眼鏡、返してくれないかな？」
「やだ」
「どうしても？」
「どうしても」
「それがないと、日常の生活で困るんだけど。頼むよ」
すると、彼女は不適に笑った。その次にはパリンッと言う音が鳴り、地面には眼鏡が…って、僕の眼鏡があぁぁぁっ！
「ごめーん、落としちゃった…」
「ごめーん、じゃねぇよ！！わざとだろっ、今の。絶対わざとだろ！高かったんだぞ、あれ！！」
「じゃ、いただきまーす」
彼女は僕目掛けて飛びかかった。
「『じゃ』の意味が分からん！！」
（戦うしかないか…）
僕はポケットから如意金箍棒を取り出して伸ばすと、彼女の目前に一振りした。彼女は緊急回避で飛び上がって天井にぶら下がった。
「やるき？」
「ああ、君ががかってくるならね」
彼女は天井を蹴って僕に襲いかかり、僕は彼女の腹部をうち払ったが振り切ることは出来なかった。中途半端な威力だったために、彼女は途中で体勢を立て直して天井にぶら下がった。
振り切れなかった原因は通路の壁に如意棒の先端が引っかかってしまったからだ。この狭い通路では如意型・零式『金箍棒』、そして如意型・壱式『金箍龍刀（キンコロンタウ）』でも思うように戦うことは難しいかもしれない。
「おとなしく…しろ…私が勝つ」
あら〜、それを見透かされたかな…。てゆうか、待てよ…確かあいつって明るさに弱いんじゃなかったっけ。
彼女は再び僕に飛びかかってきた。
（一か八か…）
「光玉（クヮウゴク）」
彼女に向けた掌、瞬く光が彼女を照らした。彼女はいきなりの光にその場に落ちて、依然として留まり続ける光のもとで大人しくなってしまった。
「あぁ…うぅ…」
僕は如意棒を縮めてポケットに入れた。
「悪いけどこの先に行かせて貰うよ。僕には助けなきゃいけない人がいるんだ。我が儘で飲んだくれで、それでも可愛い彼女がね」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
私は暗い部屋に閉じこめられていた。確か私は不思議な陽炎を見て…
（そうだ、私はあの時…）
私はあの時、後ろから沢山の白い手にいきなり連れ去られて気を失ったんだ。抵抗する間も声を上げる間もなかった…
一体ここはどこなんだろう。今は椅子に縛られてて、口も布を噛まされてる。
誰かが入ってきた。
「こいつがエサか…」
短い髪の男、こいつが私を？エサってなに？
「ふっはははは…あのコーロンとかいうガキ、今度こそ潰してやる…」
コーロンを知ってる…どんな関係があるっていうの？
そう思っていたら奴は私の喉元にいきなりナイフを突きつけた。
「っ…」
「だから、大人しくしといてくれよ…大事な大事なエサなんだからなぁ、お前は。おい、眠らせろ」
魔法の詠唱が聞こえて、私はまた意識が遠のいた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ようやく出口が見えた。そこは町の外の山林の中の洞窟に通じていた。日はもう沈みかけていて、東の空は藍色に染まっていた。しばらく歩くと誰かが倒れているのが見えた。
「ユウコッ！」
そこに倒れていたのは変化したままの侑狐だった。
「コー…ロン…来ては…ダメよ…」
侑狐には目立った外傷はなかった。薬か何かで眠らされていたんだろう。僕は侑狐がひとまず無事だったことに胸をなで下ろした。
そして僕は今大勢の武器を持った人間に囲まれている。そしてその中には何人かの『魔女』と『ミノタウロス』の姿が見られた。
「ふっはっはっはっ…掛かったな、小僧！」
この声…前にどこかで…。僕は声のしたほうを見ると、そこには見覚えのある顔があった。
「久しぶりだなぁ、あの時はよくもやってくれたじゃねぇか」
「あんたはたしか、今年の初めに潰した盗賊団だったか…」
「そうだっ！…最近ようやく出られたのさ」
この男はホーン盗賊団の首領、ゴールド・ホーン。弟にはシルバーと言う男がいたが、今はまだ服役中のはず。つまりこいつは脱獄だ。
魔女やミノタウロスは上手いこと言って乗せたんだろう。あの陽炎のような物は僕たちを近づける為の餌、そして魔女の魔法で侑狐を連れ去ったってとこだろうな。
「ユウコに何をした…？」
「魔女の魔法で眠らせてたのさ。今度は俺たちの手で…一生眠らせてやらぁ！」
「ユウコ…立てる？」
「うん、平気…」
「良かった。…お前ら…ユウコにそんなもん向けやがって…覚悟は、できてるんだろうなっ！？」
僕は獣斉眼を再び使い、如意棒を伸ばした。
「かかれぇー！」
僕は襲いかかってきた盗賊達を四人一気に払い飛ばた。そして、攻撃を受け止め体を回しながら剣を反らせ、もう一端で突き倒した。
オーク達が斧を振り下ろした。僕は宵の空へと飛び上がり、如意棒を振り回し各一撃にて仰け反らせた。
炎が僕を襲った。魔女の魔法だ、僕は慌てて避けたがその先にはミノタウロスが待ち受けていた。
「でぇぇあっ！」
「ぐっ―！」
如意棒で防いで、直撃は免れた。けれど、彼女たちの力は魔物の中でも圧倒的に強く、如意棒を持つ腕が痺れそうになった。
如意棒はある程度の衝撃を吸収してくれる。その如意棒を持ってしても、伝わる威力は申し分ない。
彼女はより一層力を掛けてきた。膝がとうとう地面に着いてしまい、両側から盗賊の男達が斬りかかった。
僕は右側に斧を流し落として、体を回して左側から来た盗賊達に掌を向けた。
「火襲（クヮシュウ）！」
間一髪で男達に魔術を当てて吹き飛ばす事が出来たが、ミノタウロスの拳が迫っていた。
「ぐあっ―！」
僕は殴り飛ばされて如意棒を手放してしまった。ここぞと言わんばかりに奴らは迫ってくるが、僕だって如意棒だけをあてにしてる訳じゃない。僕は剣を避けながら男達を殴りつけて、ひとりずつ倒していった。
剣をかわし、その手を掴んで腹に膝蹴りをかました。剣を奪い取って何人かを切り倒した後、僕は地面に剣を突き刺して柄頭に脚をかけて跳び上がると頭を下に向けた。
「散火襲（サンクヮシフ）」
火球から多数の火の玉が生み出され地上に降り注いだ。それでも敵にダメージは思うように与えられなかった。
着地の隙を狙われ、僕は突き出された剣を両手で挟んでずらせた。
「ぐうぅっ…」
「死ねぇ…」
「えいっ！」
「うぐっ…！」
侑狐がいつの間にか如意棒を手にとって、男を殴り倒した。
「助かったよ」
「うん…」
その時僕たちに向かって盗賊達が向かってきた。侑狐は如意棒を振り回して男達を殴り倒した。僕も奴らを叩きのめしていったのだけど、数が多すぎる。倒れても暫くして起きあがってくる奴もいるし、ミノタウロスと魔女が厄介だった。
「危ないっ！」
「きゃぁっ！」
「がはっ！」
ミノタウロス二人の攻撃で僕たちは殴り飛ばされた。間一髪で僕は侑狐を庇うことが出来た。お陰で背中がとても痛い。
「コーロンッ、大丈夫？平気？」
「ああ、凄く痛いけど…ね…っ！」
その時彼女越しにゴールドが剣を振り下ろそうとしているのを目の当たりにして、慌てて如意棒を拾うと飛び起きて剣を防いだ。
「ゴールド、貴様っ！」
「コーロンッ！貴様のお陰で俺様は十ヶ月もまずい飯を食わされて、弟はまだ豚箱の中だ！この恨み、晴らさんと腹の虫が治まらぬ！」
「だからって侑狐まで巻き込むなっ！」
俺は剣を突き放し、如意棒で攻撃したが剣で防がれ、斬り返される剣の攻撃をまた防いだ。
ゴールドの剣術は騎士団と互角以上だと言われる。今この僕が対等に渡り合っているのが奇跡だと、第三者は言うだろう。
僕は如意棒を縮め、『金箍龍刀』に変化させるとそこからは剣対刀の斬り合いに変わった。
斬り込んでは防がれ、斬り込まれては防ぎ、互いに傷を付けることは出来なかった。
「はあぁぁっ―！」
僕が体ごと回転して刀を振った時、奴は跳び上がって刀をかわし、剣を振り下ろして来ていた。
「でえぇぇぃっ！」
奴と僕は互いに斬撃を避けて、相手の体に掌を向けていた。そしてほぼ同時に魔術を放っていた。
「火襲！」
「鬼火！」
二つの色の違う火球は二人の間合いの中間で爆発し、噴煙の中からゴールドが斬り込んで来る。僕は反応が遅れて右胸に傷を負った。
「うっ…」
奴は追い打ちを掛けるように僕を蹴り飛ばしてあざ笑った。
「ふふふ…はっはっはっはっはっ！所詮は小僧、いくら猿神の物と噂される武器を使おうが、貴様はここで消えるのだっ！」
「うぐっ…」
「コーロン…血が…」
「そいつはもう死にかけだ、お前等に任せる」
くそ、バカにしやがって…。僕もここで終わるつもりはない…、侑狐も死なせる訳にはいかない。侑狐との、大事な約束だってまだいくつもあるんだ…
「頭がそう言うなら…貰いますぜぇ…」
盗賊達が剣を向けている。僕は立ち上がって奴らを睨んだ。
「ユウコ…」
「…なに？」
「…僕の後ろに下がってて」
「でも―」
「大丈夫っ、喧嘩が強かったの…ユウコも知ってるだろ？」
「…うん」
僕は龍刀を奴らに向けた。
「…かかってこいよ、僕はお前等には負けない。僕の後ろには、傷つけてはならない人がいる…！」
今日はとても良い三日月が出てる。『如意型・壱式 金箍龍刀』刃が月光を浴びて、一層輝く。
「うらぁぁっ！」
盗賊達は一斉に襲いかかり、僕の体は金色の魔力で覆われた。
「はぃーっ！」
彼らを龍刀で幾閃し、飛び上がりながら彼らを斬り飛ばした。盗賊達は宙を舞った。
如意棒の魔力は僕の、俺の闘争本能を呼び覚まし、この体を包み込むことで身体能力を大幅に上昇させた。
「よくもユウコを、こんな目に遭わせてくれたなっ！ゴールド・ホーン、貴様は俺がブッ倒す！
『風蹴（フシュク）』」
空を蹴ってゴールドに接近した。だが奴に届く前に俺はミノタウロスによって茂みの中に叩き飛ばされた。『魔力の鎧』が俺の体を護ったが、木々をなぎ倒してようやく俺の体は止まった。
しかしそこに魔女の魔法だろう、巨大な火の玉が突っ込んできた。茂みに入って俺の姿は見えていないらしく、多分『その辺り』を吹き飛ばす気だ。俺は火球の中心に高威力の魔術を撃ち込んだ。
「龍火襲（ロンクヮシフ）」
魔女の火球が爆発した。その爆風と爆炎の中を突っ切りながら如意棒を金箍棒に戻すと、油断していたミノタウロス達を叩き飛ばした。
また跳び上がった俺は盗賊達目掛けて如意棒を向け、猛スピードで伸縮を繰り返した。
「であああああああああああああっ―！」
「ぐあっ！」
「ぎゃあっ！」
「あがぁっ！」
雨の如く降り注ぐ猛襲は、盗賊達をあっと言う間に叩き潰し、地面に数多の窪みを作っていた。
「くそがっ！調子に乗りやがって！」
ゴールドは着地した俺に剣を振り下ろした。俺は攻撃をかわし、剣に向かって金箍棒を回し振った。奴の剣は音を立てて脆くも砕けた。
「なにっ？！」
「そこっ！」
その隙をつき、如意棒を回し右脇と腕の間に挟むように構えてそのまま顔を突き殴った。
「ふごっ…！」
奴はユラユラと下がった。俺の頭の周りを覆う魔力は、いつの間にかその色を紅へと変えて、額から後方へ向けまるで角のように形作っていた。
「これで…終演だっ」
「うﾞっ―！」
俺はゴールドの腹を如意棒で突いて奴を後退させると、如意棒に魔力を乗せた。魔力は炎へと変わり、如意棒の先端部を包んだ。
如意棒を伸ばし、再び奴の体を突いてそのまま伸ばし続けた。
「ぐおおおおおおっ―！」
如意棒を元の長さに戻しながら、俺は地を蹴って奴までの１０メートルの間合いを一瞬で詰め、あらゆる部位に連撃を叩き込んだ。そして最後の一撃で奴は宙を舞って落ちた。
「…あ…が…ぁぁ…」
「『猴殴炎杖（こうおうえんじょう）』、お前には過ぎる技だったな…」
僕の体を包んでいた魔力は如意棒に戻るように消えた。そして魔女達の方を向いた。
「ひっ…」
「怯えなくてもいいですよ、後を頼みますからもうこんな事はしないで」
「は…はい…ごめんなさい…」
僕は侑狐の方を振り返って如意棒を縮めてポケットに入れると、彼女に向かって歩いた。彼女も向こうから歩いてきた。
「うっ…」
「コーロン…」
倒れ掛けた僕を彼女が支えてくれた。そして優しく抱きしめてくれた。彼女が変化を解くと彼女の髪は徐々に金色に輝きだし、尖った耳が姿を見せ、やがて二本の尾が影を作った。
「コーロン、お疲れさま…」
「ありがと。…帰ろう…すっげぇ寝みぃ…」
「うん」
家に帰る頃にはもうヘトヘトで、そのまま倒れ込むように眠りに入った。記憶があるのはそこまで、次に僕が目を覚ましたのは翌日のまだ日の明ける前だった。
僕は彼女の尾の上に頭を乗せて寝ていた。彼女は僕の隣で座ったまま頭を俯けて寝息を立てている。胸の傷も手当てされていて、包帯が巻かれていた。けど、ちょっと（いや、かなり？）不器用だな…
「…あ、気が付いたのね…」
「ああ、ごめん。寝ちゃったんだな。…手当てしてくれたのか…、ありがとう」
「ううん、長い間『獣斉眼』使ってたんだし、如意棒の魔力の負担も掛かったのね…私こそごめんなさい、変な好奇心起こさなきゃあんな事には…」
「いいや、多分そうしなくても何かしらの手を使って結局はああなってたと思うよ」
僕はそう言って立ち上がると、ジャケットを着直した。
「どこ行くの？」
彼女は不思議そうな顔で僕を見つめた。
「…なんだ？見に行く約束だっただろ、初日の出」
「…うんっ」
侑狐はうれしそうに満面の笑みを浮かべて返事をした。
東から昇った太陽は蒼い海を紅く塗り替え、いつもの暁よりも一層美しく、そしてより神聖に見えた。
「綺麗…」
「ああ、見に来られて良かったな」
「うん、ありがと」
僕たちはそれを暫く見た後に家に帰った。すると侑狐は家のドアに鍵を掛け、僕の首に手を回した。僕も彼女の腰と頭の後ろに手を回して、キスをした。
侑狐をソファーに優しく押し倒し、お腹の真ん中を服の上からスゥっとなぞった。
「んんっ…」
僕は唇を離した。
「…くすぐったいよ…」
「じゃあこっちは？」
今度はもっと下の方をズボンの上から。彼女は明らかに違う反応を示した。
「あんっ…そっちは…」
「そっちは？」
「…言わせる気？」
「言わせてあげるよ」
侑狐はふふっと笑って服を脱いだ。僕は彼女のズボンのボタンとチャックを下ろし、手をその中に入れた。
それから少なくとも一時間は、彼女の『声』が部屋に響いていた。
「んん…」
僕のベッドの上には、色白で四肢の細い少女が寝ていた。髪の毛は金色、被った白い布の裾からは、二本の尾が姿を覗かせていた。
僕が中に足を踏み入れると、尖った耳がピクピクと動いた。
「ん…コーロン、もう起きてたのぉ…？」
彼女は腕を額に乗せ、右目を薄く開けた。彼女は何も身に着けてはおらず、毛布のめくれ上がった裾から素足を覗かせ、内股に重ねていた。
「ああ」
僕は素っ気なく返事をした。
「うう、寒いし頭痛い…風邪かなぁ…？」
「…寒いのはお前が今素っ裸で、今日はいつもより冷えるから！頭痛いのは、単なる飲み過ぎだろっ！」
僕は『飲み過ぎ』の薬を水と一緒に彼女に渡した。彼女は錠を口に放り入れて水で飲み込んだ。
「…全く。昨日寝ようとしてたら、酔ったユウコがいきなり部屋に入ってきて『しよ〜』って言うもんだから、こっちは寝不足だ…」
昨日の晩、侑狐は酒を飲んで酔っぱらっていた。そして寝ようとしている僕の部屋にフラフラっと入ってきたかと思うと、寝間着を着ようとしていた僕に抱きつき、上着を脱がせて魔力を流し込んだ。
まあその後はやることをやってしまったわけだ。
「んっふふ…でもコーロンもその気だったじゃない」
…まあ、なんだその…魔力を流し込まれたせいって言うのは半分だけど、もう半分は、ねぇ…
「…何にしても、まず服を着ろ。ホントに風邪引きますよ？」
彼女は体に毛布を羽織ると、ベッドから立ち上がった。そして僕の首に腕を回し、僕も毛布にくるまれる形になった。
「もう少しだけ…おやすみぃ」
「―寝るなっ！！」
僕は褐色のジャケットと今年の誕生日に侑孤から貰った黒いマフラーを巻いて歩いてる。隣には白いタートルネックを着た、『変化の術』で黒髪の人間に化けた侑狐が寄り添っている。
「年の最後だけあって、賑やかね」
「そうだな」
「よーっし、今夜は飲むぞぉ」
「…お前はいつも飲んでるだろうがっ…」
侑狐は何かにつけて飲むし、つけなくても飲む。要するに飲む。
町は年明けに向けて盛り上がっていた。出店やパレードが行われて、さながら祭りみたいだ。
「ねぇ、来年の誕生日プレゼント何が良い？」
「はい？年も明けない内から誕生日の話？」
「何か欲しい物ない？」
「ん〜、考えとくよ」
と、僕が言うと侑狐は「うん」と答えた。
「ん…？」
なんだろう、あれ。僕は路地裏に入るところに『陽炎』の様な物を見た。
「どうしたの？」
「いや、あれ…」
侑狐も僕の指さした方を向いた。
「何あれ？陽炎？」
侑狐にも見えているみたいだ。だけど陽炎な訳がない、この寒い時期に、それも、あそこだけに陽炎なんて。
「行ってみましょう」
「え？おい、ユウコっ！」
侑狐は変なところで好奇心が強い。もう何回『幽霊屋敷』に付き合わされて、その度に『ゴースト退治』になったことか…
侑狐と僕はその『陽炎』の前に立った。しかしそれはすぐに…
「…消えた」
「なんだったんだ…？」
「さぁ？」
侑狐は興醒めしたように素っ気なく答えた。そして僕ら二人が後ろを向いて歩き出そうとした時だった。
「何か食べるか」
僕が歩き出しても返事がない。後ろを振り返るとそこに侑狐の姿は無く、道の上に彼女の靴が残されていた。
「ユウコ…？！」
僕はその靴の側に跪くと辺りを見回した。
（いない…くそっ）
侑狐がいなくなるまで、ほんの数秒。物音はしなかった。
（連れ去られたなら抵抗しないわけがない…変化してたって侑狐は魔物、そこらの人間相手になら勝てる…
自分でどこかに行くとも考えにくい…そうだとすれば…）
僕は陽炎のあった所を凝視した。ただの路地裏…の奥だ。路地裏の奥に穴がある。
僕はその穴まで早足で近づくと、穴の中を覗き込んだ。穴の大きさは路地裏の幅いっぱいあって、中はかなり暗かった。
僕は中に飛び込んだ。上からの微かな光で僕の右側、つまりは町の南西に向かって空間が続いているのが分かる。下には空洞の奥に向かう『何かを引きずった』様な痕が続いていた。
鎮めると魔力を感じることが出来た。やっぱりこっちか、侑狐の魔力だ。それに他にも違う魔力がある。
僕は気配を探りながら奥に向かって走った。ひんやりとした空気が辺りに渦巻き、光はとっくに届かない。耳を澄まして風の通るゴォという音が聞こえると言うことは、出口があると言うことだ。
しばらく走った頃だった。依然として光は見えていなかった。
「えもの…」
「！」
僕は慌てて立ち止まった。辺りを警戒したが、それはあっと言う間に僕の眼鏡を奪って闇に気配を消した。
「…あっても…なくても…同じ…」
か細い女性の声、この暗闇の中で眼鏡だけを正確に奪う事は『人間』には困難だ。即ち、闇の中で動くことに適した『魔物』ということになる。
「いただきます…」
このままじゃ襲われるな〜。
『獣斉眼（ジウサイガン）』…発動！！
暗闇でも視えるようになった視界に、飛びかかってくる影が映った。
「うわっ…あっぶねー…」
僕はその場に伏せて回避した。振り返ると、それは逆さに僕の身長の倍程ある高さの天井に逆さまにぶら下がっていた。
「…なんで…？」
「かわされるなんて思ってなかったかい？…ワーバットのお嬢さん」
周りを見渡しても他に影はない、彼女単体みたいだ。
「先を急いでるんだけど…眼鏡、返してくれないかな？」
「やだ」
「どうしても？」
「どうしても」
「それがないと、日常の生活で困るんだけど。頼むよ」
すると、彼女は不適に笑った。その次にはパリンッと言う音が鳴り、地面には眼鏡が…って、僕の眼鏡があぁぁぁっ！
「ごめーん、落としちゃった…」
「ごめーん、じゃねぇよ！！わざとだろっ、今の。絶対わざとだろ！高かったんだぞ、あれ！！」
「じゃ、いただきまーす」
彼女は僕目掛けて飛びかかった。
「『じゃ』の意味が分からん！！」
（戦うしかないか…）
僕はポケットから如意金箍棒を取り出して伸ばすと、彼女の目前に一振りした。彼女は緊急回避で飛び上がって天井にぶら下がった。
「やるき？」
「ああ、君ががかってくるならね」
彼女は天井を蹴って僕に襲いかかり、僕は彼女の腹部をうち払ったが振り切ることは出来なかった。中途半端な威力だったために、彼女は途中で体勢を立て直して天井にぶら下がった。
振り切れなかった原因は通路の壁に如意棒の先端が引っかかってしまったからだ。この狭い通路では如意型・零式『金箍棒』、そして如意型・壱式『金箍龍刀（キンコロンタウ）』でも思うように戦うことは難しいかもしれない。
「おとなしく…しろ…私が勝つ」
あら〜、それを見透かされたかな…。てゆうか、待てよ…確かあいつって明るさに弱いんじゃなかったっけ。
彼女は再び僕に飛びかかってきた。
（一か八か…）
「光玉（クヮウゴク）」
彼女に向けた掌、瞬く光が彼女を照らした。彼女はいきなりの光にその場に落ちて、依然として留まり続ける光のもとで大人しくなってしまった。
「あぁ…うぅ…」
僕は如意棒を縮めてポケットに入れた。
「悪いけどこの先に行かせて貰うよ。僕には助けなきゃいけない人がいるんだ。我が儘で飲んだくれで、それでも可愛い彼女がね」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
私は暗い部屋に閉じこめられていた。確か私は不思議な陽炎を見て…
（そうだ、私はあの時…）
私はあの時、後ろから沢山の白い手にいきなり連れ去られて気を失ったんだ。抵抗する間も声を上げる間もなかった…
一体ここはどこなんだろう。今は椅子に縛られてて、口も布を噛まされてる。
誰かが入ってきた。
「こいつがエサか…」
短い髪の男、こいつが私を？エサってなに？
「ふっはははは…あのコーロンとかいうガキ、今度こそ潰してやる…」
コーロンを知ってる…どんな関係があるっていうの？
そう思っていたら奴は私の喉元にいきなりナイフを突きつけた。
「っ…」
「だから、大人しくしといてくれよ…大事な大事なエサなんだからなぁ、お前は。おい、眠らせろ」
魔法の詠唱が聞こえて、私はまた意識が遠のいた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ようやく出口が見えた。そこは町の外の山林の中の洞窟に通じていた。日はもう沈みかけていて、東の空は藍色に染まっていた。しばらく歩くと誰かが倒れているのが見えた。
「ユウコッ！」
そこに倒れていたのは変化したままの侑狐だった。
「コー…ロン…来ては…ダメよ…」
侑狐には目立った外傷はなかった。薬か何かで眠らされていたんだろう。僕は侑狐がひとまず無事だったことに胸をなで下ろした。
そして僕は今大勢の武器を持った人間に囲まれている。そしてその中には何人かの『魔女』と『ミノタウロス』の姿が見られた。
「ふっはっはっはっ…掛かったな、小僧！」
この声…前にどこかで…。僕は声のしたほうを見ると、そこには見覚えのある顔があった。
「久しぶりだなぁ、あの時はよくもやってくれたじゃねぇか」
「あんたはたしか、今年の初めに潰した盗賊団だったか…」
「そうだっ！…最近ようやく出られたのさ」
この男はホーン盗賊団の首領、ゴールド・ホーン。弟にはシルバーと言う男がいたが、今はまだ服役中のはず。つまりこいつは脱獄だ。
魔女やミノタウロスは上手いこと言って乗せたんだろう。あの陽炎のような物は僕たちを近づける為の餌、そして魔女の魔法で侑狐を連れ去ったってとこだろうな。
「ユウコに何をした…？」
「魔女の魔法で眠らせてたのさ。今度は俺たちの手で…一生眠らせてやらぁ！」
「ユウコ…立てる？」
「うん、平気…」
「良かった。…お前ら…ユウコにそんなもん向けやがって…覚悟は、できてるんだろうなっ！？」
僕は獣斉眼を再び使い、如意棒を伸ばした。
「かかれぇー！」
僕は襲いかかってきた盗賊達を四人一気に払い飛ばた。そして、攻撃を受け止め体を回しながら剣を反らせ、もう一端で突き倒した。
オーク達が斧を振り下ろした。僕は宵の空へと飛び上がり、如意棒を振り回し各一撃にて仰け反らせた。
炎が僕を襲った。魔女の魔法だ、僕は慌てて避けたがその先にはミノタウロスが待ち受けていた。
「でぇぇあっ！」
「ぐっ―！」
如意棒で防いで、直撃は免れた。けれど、彼女たちの力は魔物の中でも圧倒的に強く、如意棒を持つ腕が痺れそうになった。
如意棒はある程度の衝撃を吸収してくれる。その如意棒を持ってしても、伝わる威力は申し分ない。
彼女はより一層力を掛けてきた。膝がとうとう地面に着いてしまい、両側から盗賊の男達が斬りかかった。
僕は右側に斧を流し落として、体を回して左側から来た盗賊達に掌を向けた。
「火襲（クヮシュウ）！」
間一髪で男達に魔術を当てて吹き飛ばす事が出来たが、ミノタウロスの拳が迫っていた。
「ぐあっ―！」
僕は殴り飛ばされて如意棒を手放してしまった。ここぞと言わんばかりに奴らは迫ってくるが、僕だって如意棒だけをあてにしてる訳じゃない。僕は剣を避けながら男達を殴りつけて、ひとりずつ倒していった。
剣をかわし、その手を掴んで腹に膝蹴りをかました。剣を奪い取って何人かを切り倒した後、僕は地面に剣を突き刺して柄頭に脚をかけて跳び上がると頭を下に向けた。
「散火襲（サンクヮシフ）」
火球から多数の火の玉が生み出され地上に降り注いだ。それでも敵にダメージは思うように与えられなかった。
着地の隙を狙われ、僕は突き出された剣を両手で挟んでずらせた。
「ぐうぅっ…」
「死ねぇ…」
「えいっ！」
「うぐっ…！」
侑狐がいつの間にか如意棒を手にとって、男を殴り倒した。
「助かったよ」
「うん…」
その時僕たちに向かって盗賊達が向かってきた。侑狐は如意棒を振り回して男達を殴り倒した。僕も奴らを叩きのめしていったのだけど、数が多すぎる。倒れても暫くして起きあがってくる奴もいるし、ミノタウロスと魔女が厄介だった。
「危ないっ！」
「きゃぁっ！」
「がはっ！」
ミノタウロス二人の攻撃で僕たちは殴り飛ばされた。間一髪で僕は侑狐を庇うことが出来た。お陰で背中がとても痛い。
「コーロンッ、大丈夫？平気？」
「ああ、凄く痛いけど…ね…っ！」
その時彼女越しにゴールドが剣を振り下ろそうとしているのを目の当たりにして、慌てて如意棒を拾うと飛び起きて剣を防いだ。
「ゴールド、貴様っ！」
「コーロンッ！貴様のお陰で俺様は十ヶ月もまずい飯を食わされて、弟はまだ豚箱の中だ！この恨み、晴らさんと腹の虫が治まらぬ！」
「だからって侑狐まで巻き込むなっ！」
俺は剣を突き放し、如意棒で攻撃したが剣で防がれ、斬り返される剣の攻撃をまた防いだ。
ゴールドの剣術は騎士団と互角以上だと言われる。今この僕が対等に渡り合っているのが奇跡だと、第三者は言うだろう。
僕は如意棒を縮め、『金箍龍刀』に変化させるとそこからは剣対刀の斬り合いに変わった。
斬り込んでは防がれ、斬り込まれては防ぎ、互いに傷を付けることは出来なかった。
「はあぁぁっ―！」
僕が体ごと回転して刀を振った時、奴は跳び上がって刀をかわし、剣を振り下ろして来ていた。
「でえぇぇぃっ！」
奴と僕は互いに斬撃を避けて、相手の体に掌を向けていた。そしてほぼ同時に魔術を放っていた。
「火襲！」
「鬼火！」
二つの色の違う火球は二人の間合いの中間で爆発し、噴煙の中からゴールドが斬り込んで来る。僕は反応が遅れて右胸に傷を負った。
「うっ…」
奴は追い打ちを掛けるように僕を蹴り飛ばしてあざ笑った。
「ふふふ…はっはっはっはっはっ！所詮は小僧、いくら猿神の物と噂される武器を使おうが、貴様はここで消えるのだっ！」
「うぐっ…」
「コーロン…血が…」
「そいつはもう死にかけだ、お前等に任せる」
くそ、バカにしやがって…。僕もここで終わるつもりはない…、侑狐も死なせる訳にはいかない。侑狐との、大事な約束だってまだいくつもあるんだ…
「頭がそう言うなら…貰いますぜぇ…」
盗賊達が剣を向けている。僕は立ち上がって奴らを睨んだ。
「ユウコ…」
「…なに？」
「…僕の後ろに下がってて」
「でも―」
「大丈夫っ、喧嘩が強かったの…ユウコも知ってるだろ？」
「…うん」
僕は龍刀を奴らに向けた。
「…かかってこいよ、僕はお前等には負けない。僕の後ろには、傷つけてはならない人がいる…！」
今日はとても良い三日月が出てる。『如意型・壱式 金箍龍刀』刃が月光を浴びて、一層輝く。
「うらぁぁっ！」
盗賊達は一斉に襲いかかり、僕の体は金色の魔力で覆われた。
「はぃーっ！」
彼らを龍刀で幾閃し、飛び上がりながら彼らを斬り飛ばした。盗賊達は宙を舞った。
如意棒の魔力は僕の、俺の闘争本能を呼び覚まし、この体を包み込むことで身体能力を大幅に上昇させた。
「よくもユウコを、こんな目に遭わせてくれたなっ！ゴールド・ホーン、貴様は俺がブッ倒す！
『風蹴（フシュク）』」
空を蹴ってゴールドに接近した。だが奴に届く前に俺はミノタウロスによって茂みの中に叩き飛ばされた。『魔力の鎧』が俺の体を護ったが、木々をなぎ倒してようやく俺の体は止まった。
しかしそこに魔女の魔法だろう、巨大な火の玉が突っ込んできた。茂みに入って俺の姿は見えていないらしく、多分『その辺り』を吹き飛ばす気だ。俺は火球の中心に高威力の魔術を撃ち込んだ。
「龍火襲（ロンクヮシフ）」
魔女の火球が爆発した。その爆風と爆炎の中を突っ切りながら如意棒を金箍棒に戻すと、油断していたミノタウロス達を叩き飛ばした。
また跳び上がった俺は盗賊達目掛けて如意棒を向け、猛スピードで伸縮を繰り返した。
「であああああああああああああっ―！」
「ぐあっ！」
「ぎゃあっ！」
「あがぁっ！」
雨の如く降り注ぐ猛襲は、盗賊達をあっと言う間に叩き潰し、地面に数多の窪みを作っていた。
「くそがっ！調子に乗りやがって！」
ゴールドは着地した俺に剣を振り下ろした。俺は攻撃をかわし、剣に向かって金箍棒を回し振った。奴の剣は音を立てて脆くも砕けた。
「なにっ？！」
「そこっ！」
その隙をつき、如意棒を回し右脇と腕の間に挟むように構えてそのまま顔を突き殴った。
「ふごっ…！」
奴はユラユラと下がった。俺の頭の周りを覆う魔力は、いつの間にかその色を紅へと変えて、額から後方へ向けまるで角のように形作っていた。
「これで…終演だっ」
「うﾞっ―！」
俺はゴールドの腹を如意棒で突いて奴を後退させると、如意棒に魔力を乗せた。魔力は炎へと変わり、如意棒の先端部を包んだ。
如意棒を伸ばし、再び奴の体を突いてそのまま伸ばし続けた。
「ぐおおおおおおっ―！」
如意棒を元の長さに戻しながら、俺は地を蹴って奴までの１０メートルの間合いを一瞬で詰め、あらゆる部位に連撃を叩き込んだ。そして最後の一撃で奴は宙を舞って落ちた。
「…あ…が…ぁぁ…」
「『猴殴炎杖（こうおうえんじょう）』、お前には過ぎる技だったな…」
僕の体を包んでいた魔力は如意棒に戻るように消えた。そして魔女達の方を向いた。
「ひっ…」
「怯えなくてもいいですよ、後を頼みますからもうこんな事はしないで」
「は…はい…ごめんなさい…」
僕は侑狐の方を振り返って如意棒を縮めてポケットに入れると、彼女に向かって歩いた。彼女も向こうから歩いてきた。
「うっ…」
「コーロン…」
倒れ掛けた僕を彼女が支えてくれた。そして優しく抱きしめてくれた。彼女が変化を解くと彼女の髪は徐々に金色に輝きだし、尖った耳が姿を見せ、やがて二本の尾が影を作った。
「コーロン、お疲れさま…」
「ありがと。…帰ろう…すっげぇ寝みぃ…」
「うん」
家に帰る頃にはもうヘトヘトで、そのまま倒れ込むように眠りに入った。記憶があるのはそこまで、次に僕が目を覚ましたのは翌日のまだ日の明ける前だった。
僕は彼女の尾の上に頭を乗せて寝ていた。彼女は僕の隣で座ったまま頭を俯けて寝息を立てている。胸の傷も手当てされていて、包帯が巻かれていた。けど、ちょっと（いや、かなり？）不器用だな…
「…あ、気が付いたのね…」
「ああ、ごめん。寝ちゃったんだな。…手当てしてくれたのか…、ありがとう」
「ううん、長い間『獣斉眼』使ってたんだし、如意棒の魔力の負担も掛かったのね…私こそごめんなさい、変な好奇心起こさなきゃあんな事には…」
「いいや、多分そうしなくても何かしらの手を使って結局はああなってたと思うよ」
僕はそう言って立ち上がると、ジャケットを着直した。
「どこ行くの？」
彼女は不思議そうな顔で僕を見つめた。
「…なんだ？見に行く約束だっただろ、初日の出」
「…うんっ」
侑狐はうれしそうに満面の笑みを浮かべて返事をした。
東から昇った太陽は蒼い海を紅く塗り替え、いつもの暁よりも一層美しく、そしてより神聖に見えた。
「綺麗…」
「ああ、見に来られて良かったな」
「うん、ありがと」
僕たちはそれを暫く見た後に家に帰った。すると侑狐は家のドアに鍵を掛け、僕の首に手を回した。僕も彼女の腰と頭の後ろに手を回して、キスをした。
侑狐をソファーに優しく押し倒し、お腹の真ん中を服の上からスゥっとなぞった。
「んんっ…」
僕は唇を離した。
「…くすぐったいよ…」
「じゃあこっちは？」
今度はもっと下の方をズボンの上から。彼女は明らかに違う反応を示した。
「あんっ…そっちは…」
「そっちは？」
「…言わせる気？」
「言わせてあげるよ」
侑狐はふふっと笑って服を脱いだ。僕は彼女のズボンのボタンとチャックを下ろし、手をその中に入れた。
それから少なくとも一時間は、彼女の『声』が部屋に響いていた。
10/03/02 00:31更新 / アバロン