連載小説
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ヒーローになりたかった少年の失くした物(アルプ登場)
あの日はただ太陽が照りつける何時もの夏だった。ただ、一つ違ったのはいつものやつがいなかったこと…そして…そいつは俺が消してしまったこと。


(…な…つ…し…)

誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。それは大切な…誰だったか…。

「しな…志那都(しなつ)!起きろ!寝てるんじゃない!!」

バシーン!!

「いったー!?」

後頭部に強い衝撃を受けて俺は飛び起きた。

ああそうだった…今授業中だった…。

「…すんませんでした」

「やれやれ、お前が疲れているのは知っているが、ほどほどにしろよ」

そういって先生は教壇に戻って行った。

俺の名前は尾上 志那都(オガミ シナツ)、普通の高校生…なんだが、名前の『志那都』の由来である風の神様が理由なのか、風を操る能力がある。ただしこれは一切合切秘密だ…二人ほど秘密を共有しているがな。

この力を使って俺は所謂正義の味方の真似事をしている…ま、偽善だがな。

こっちは皆知ってる…知られてしまったって言った方が正しいな。

それだけ激しく動いたからな…バレて当然か。

今じゃ俺は校内でも結構有名なやつになってる。ほんとは有名になるためにやってたんじゃないんだけどな。

さぁて、授業もそろそろ終わりだし、もう一眠りするか…。

「寝るな!」







熟睡していたらいつの間にか昼休みになっていた。

「尾上〜隣のクラス行って食おうぜ」

「ああ」

この前、彼女ができたとか言う友人(爆発しろペッ)に誘われて隣に行ってみると、どうにも騒がしかった。というかなんか一人の生徒のところに人が集まってるんだが…。

「なんだあれ?」

「ああ、こっちに今日転校して来たんだ。名前は朝凪 綾奈(アサナギ アヤナ)だったかな?」

「へ〜情報サンキュ」

「困った時は助けてくれよ?」

「俺が覚えていたらな」

その時俺は気付いていなかった、朝凪が俺が教室に入った瞬間からずっと俺の方を見ていたのを。

正直いって俺もその時あいつの姿を確認していれば最初の印象は変わっていたかもしれない。ま、見れなかったんだから仕方ないか。

飯を食い終わり、最後の授業を終えて帰路に着くと、何処からともなく悲鳴が聞こえた。

この力が俺に宿って以来、こういう五感というかなんというか、まぁ超常的な力が俺に宿っているように感じていた。妄想だと言えばそうだが、実際よく聞こえるようになったり、視力が良くなったりするのは嘘じゃない。

それに頭の方も良くなったみたいだし、いや〜スッゲー便利。

おっと、そんなこと考えている場合じゃなかった。早く悲鳴を上げた人を助けに行かないと…?

だけど、近づいていくにつれてどうも悲鳴の質が変わってきたように感じた。

具体的には女から男に変わった様な感じだ。

俺が急いで悲鳴の聞こえた場所に行くと、ボロボロになった男が五人、円になって倒れていて、その中央におびえる女と両手を返り血で染めた女が立っていた。

しかも、二人ともうちの学校の制服を着ていた。

「…どういうことだおい…」

「なにって、アタシがやったんだよ、こいつらをさ。そこで見てるだけならアタシ等は帰らせてもらう」

「おい待てよ!」

おびえている女子の手をとって何事もなかったように帰ろうとする血塗れた女の肩を掴むと、俺の世界は反転した。

背中に衝撃を受けて、投げ飛ばされたと分かったときにはすでに女子生徒はいなかった。

「クソッ」

腰をさすりながら立ち上がると、俺は救急車を呼んだ。








「あ?最近そんな事件が増えてきた?」

「そうなんだよ。なんか悪ガキ達を血祭りにして救急車も呼ばずにそのまま去っていくような事件」

次の日、学校に行った俺はそんな話しを友達から聞いた。

俺は噂とかあんまり聞かないからな…。

「しかもだ、やられたやつ等は小一時間ほどで回復しちまうらしくてな、それで病院で寝ている間に直っちまってるそうだ」

「やったやつは分からないのか?」

「さぁな。三人とか二人とか…あ、でも女が一人いるのは確定だ」

女か…そういや昨日もいたな…。

じゃあ何でもう一人は返り血を浴びただけなんだ?殴ったりしたら手に血がつくはずだし…何だこの違和感は?

「ま、お前もほどほどにしろよ?正義の味方さん」

「任せとけ」

ああ、そうだ。俺は負けるわけにはいかない…あいつとの約束のためにもな。

俺が正義の味方に憧れる様になったのは5歳の時、偶々やっていたヒーロー物のアニメにはまったからだ。

丁度その時、同じような…まぁ小さかったからな…はまった男子がいてよく遊んだんだ。

でも…丁度小学生になった頃、そいつはいなくなってしまった。

そいつがいなくなる前、俺とそいつは公園で遊んでいた。いつものようにヒーローの真似事をして。

そこで俺とそいつは喧嘩をした、多分理由は『どっちが悪役をやるか』だったと思う。

結局言い負かされた俺は泣きながら公園を飛び出した。車が来ていることに気付かずに。

俺は死を覚悟した。でもその友達が俺と位置を変わるように服を引っ張って代わりに轢かれた。

その後のことは…覚えていない…母さんから聞いた話、生きているらしいが、俺は病院に行けなかった。『来ないでくれ』と、そいつが言ったらしいんだ。

俺が最後に覚えているそいつの姿は血まみれで、俺の手を握りながら言った

『お前は…ヒーローに…俺がなれなかった…ヒーローに…なって…』

だけだった。

俺はそれからというもの、総合格闘技やらなんやらやってるからだのゴツい、筋骨隆々のすぐに上着を脱ぎだす巨漢の叔父に頼んで格闘術を学んだ。

俺の秘密を知っている人その一がこの人だ。中々分かってくれる人で、俺が両親には言わないでくれって言ったら快く了承してくれた。

もう一人はさっき言った友達だ。ま、あいつは覚えてないだろうがな。

そんなこんなで俺はヒーローを目指しているわけだが…ま、結局は俺は非道になりきれてない半端物だけどな…。

今の俺を見たら…あいつは多分…俺から離れていくんだろうな…。







「ここに尾上志那都というのがいると聞いたんだが…」

そいつがやってきたのは六限目が始まる前の休み時間だった。

俺はすることがなくて机に伏していたんだが、そいつが来たことでにわかに周りが騒ぎだした上に、俺の名前を呼ぶもんだからそっちの方を見た。

そこには例の朝凪綾奈が立っていた。

「尾上っすか?ちょっと待っててくだs」

「いい、見つけた」

俺は顔を上げてやってくるそいつの顔を見ていた。何の用だろうか?というかどっかで見たことがあるような…?

「…お前に頼みがある。今日、終わったら私のところに来てくれ」

「ん?ああ。わかったよ」

そう言い残して朝凪がどっかに行くと質問攻めにあった。

あんにゃろ…自分が注目されてるってことしらねえのか?

そんで放課後、朝凪のいる隣のクラスに行くと、すでに変える用意を済ませた朝凪が俺が来るのを待っていた。

「よっ、待たせたな

「大丈夫だ」

「帰りながらでいいか?」

「いや、これから私の家に来てもらう」

「…は?」

ガタッ!ガタッ!

おい、こら俺はそんな趣味ねえから立ち上がるな男子ども。

「…ま、積もる話はまた後だ。案内してくれよ」

「ついてきて」

やれやれ、気の強いやつは嫌いじゃないんだがな…。

綾奈の後をついて行ってこいつの家に着いた。

家つってもアパートの一室だったけどな。大きさ的に一人暮らしか?

「入って」

「お邪魔するぜ」

中はまぁ平々凡々な感じだな、特にめぼしいもんはないし。

「で、俺を呼び出した理由は?まさか一緒に茶が飲みたかったとかそんな理由じゃないだろうな?」

多分結構重要なことなんだろうけど。

俺が相談を受けるのは初めてじゃない。正義の味方だと公言してるからな。おかげでカウンセリングにはそれなりに自信があったりする。

でも今回は違うようだ。

「あなたは『触手』の実物を見たことある?」

「触手だと?」

正直言って実物は見たことないな…たまにテレビで特番を組んだりする程度だし。

「いや、無いな」

「…そう」

「大体それがどうしたんだ?なんか訳ありなら手伝うぜ」

俺がそう言うと、綾奈は一瞬考えるそぶりを見せて、結局覚悟したのか、口を開いた。

「…正義の味方を自称するくらいの偽善者なら話してもいいだろう」

その通りだが真っ向から言われるとチクっと来るな…。

「私が探しているのは『ルナ・マリオネット』という名前の触手だ。この種は男性を核として取り付き、女性を襲うものなんだが、これは夫婦で行うための『マン・マリオネット』という種の亜種なんだ」

「へぇ」

面白い生き物がいるんだな…。

「…だが、『ルナ・マリオネット』は違う。これは男性に取り付くという点では同じだが、これは人間が改良を加えているから恋人を持たない魔物娘を犯すためのものだ。そのために『タケリダケ』に似た成分が触手全体に染み出している」

タケリダケ、そういうのもあるのか…ってかなんだっけ?キノコっぽいネーミングだけど…。

「その顔だと知らないみたいだな…まぁ簡単に言ってしまえばそれを食べればドラゴンでさえも従順になるキノコの一種だ」

おお、ドラゴンか…そりゃ凄い。

「それでだな…」

「みなまでいうな!大体わかった。大方それを使った事件が増えてるから俺に協力を仰ぎに来たんだろ?」

「感が良くて助かる。まだ事件自体は起きてないが、出回り始めたという噂を聞いてる。これ以上増える前になんとして阻止したい。協力してくれ」

「もちのロンだ。それが偽善をしている理由だからな」

「ありがとう。昨日投げたことは済まなかった」

ん?待てコイツイマナンテイッタ?

「…まさか昨日男子を襲っていたのは…」

「私だ」

「なんだお前だったのかって違う!」

こいつ…よく平然と俺の前に出て来れたな…俺がどういうことか知っている上に!

「…触手のことは感謝する。だけどお前とは協力できない」

「なん…だと…?どういうことだそれは!?」

「お前もどういうつもりだ!?俺が正義の見方を自称してるの知ってるんだろ!?だったら俺がそんなこと言われてどんな反応を示すのかわかったんじゃないのか!?」

「…それは…」

「じゃあな」

「待て!私の話を…」

「犯罪者の言い分を聞くつもりはない!」

「!私は…」

何か言いかけたが、俺は無視して綾奈の家から出て行った。







それから数日間、俺は綾奈の姿を見なかった。

そして休日、俺は以前懲らしめて、それ以降従順になって色々と裏の情報を持って来てくれる舎弟から連絡を受け、綾奈が前に俺を呼び止めた理由を聞いた。

「あん?あいつが返り討ちにしたのか?」

〈ええ、そうです。あの朝凪とかいうのはよく絡まれていたようなんです〉

まぁ控えめにみても美少女だからな…胸は平らだったが。

「で?」

〈それでですね、どうも何かしらの情報を仕入れたようで、昨日の夜に繁華街で見かけた仲間の話では明日にでも討ち入りに行くんじゃないかというくらい鬼気としていたらしいんです〉

なるほど、情報を仕入れるために色んなとこ行ってたのか…それで絡まれていた時に俺と遭遇したわけか…いや、だがあの時は同行者がいたぞ…?

ああ、そうか、あの日は単に絡まれていただけか。それで俺は勘違いしていたわけだ。

こりゃ悪いことしたな…今日家にいるか?

まぁ行ってみるか。

「サンキューな、勉強頑張れ」

〈へい、兄貴も頑張ってください〉

さて行くか。

だが、俺が綾奈の家に着いたものの、あいつは留守にしていた。

しかも不用心に鍵がかかってなかった。

「…お邪魔します」

連絡先くらいあるかもしれないし、入ってみるか…本来はダメなんだけど。

「どうも慣れないな…」

そういや昔、いなくなった親友と一緒に廃工場とかに潜入してたな…。

…なんで今こんなこと思い出したんだろ。

さて机の上から探すか。

ん〜何も無いな…。

その時、机から離れようとして、本棚にぶつかってしまった。

「おっと…あ」

ガタガタっと音がして本棚から幾つか本が落ちた。

その内の一つに目が止まった。

「…アルバム?」

背徳感に苛まれながらも、興味があったから開いてみた。

すると、一番最初のページに俺の小さかった頃の写真があった。

「…はぁ?」

なんでこんなところに俺の写真が?

そんな風に思ってどんどんページを進めていくと、俺が親友に助けられた日の前日の写真があって、それ以降は白紙だった。

しかも、俺は挟まっていた写真に全部見覚えがあった。

あ、ありのまま起こったことを話すぜ。俺は朝凪の連絡先を知るために家に入ったら昔の写真が出て来た。何を言っているのか俺にもわからねえ、頭がどうにかなっちまいそうだった。いや、実際頭がどうにかしちまってる。

そして、俺はもう一つ落ちていた朝凪の日記を拾って、中身をみた。

俺は頭の中で自分の考えていることを否定したかった。

だけど、それは正しかった…。

ああ、クソっ。

そんな時、携帯に舎弟からメールが届いた。

綾奈と別の舎弟の一人がこの町の廃工場にいるらしい。

俺は場所を確認すると、風を纏って飛翔した。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






ここはどこだ?私はどうしたんだっけ?

たしか『ルナ・マリオネット』の取引場所を突き止めて、そこに向かったのまでは覚えている。

だけど…そこから先があいまいだな…。

そこで私は自分が椅子に縛られて口に布で叫べないようになっていた。

「ようやくお目覚めか。お嬢様」

「…」

周りを見るとどうやら取引場所の空き倉庫みたいだ、しかも私の周りを囲むように7人の男がいる。

「たった一人でよくここに乗り込む気になったな。えぇ?おい」

「…」

リーダー格らしき男がさっきから私に何か言っているみたいだが、まだ頭が回ってない、鈍い鈍痛がする…殴られたみたいね…。

「おい」

男が指示をして、私の猿轡が外された。

「叫んだりすんじゃねぇぞ?」

そんなことをするつもりはない。そもそもここは道路から離れている、しかも周りは空き地だ。叫んだところで意味はない。

「…お前が『ルナ・マリオネット』を売ってるのか?」

「ご名答、よくその名前まで知っているな。普通は『マン・マリオネット』として売っているのに」

「あれはここには存在しない代物だからな。あるなら輸入するしかないが、それもこんな闇商売みたいなことはしないはずだ」

「やれやれ、そんなに知られていたなら仕方ないな。ちょうど一体余っているんだよ『ルナ・マリオネット』がね」

「…!」

「魔物娘すら抗えないほどの快楽を与えられるように作られているこの『ルナ・マリオネット』、君は一体どこまで耐えられるかな?おい」

男が声を開けると、どこからともなく台車に乗せられ、麻袋をかぶせられ、身動きが取れないよう縄で固定された男が運ばれてきた。

「よく見ておけ」

男がそういって小瓶を取り出した。中には何かの種のようなものが入っていた。

あれが『ルナ・マリオネット』だろう。

男はそのまま麻袋をかぶせられた男のズボンを擦り下げ、小瓶の種と水差しから水をその種に垂らした。

瞬間、種が成長し、麻袋の男の粗末なペニスの先端から中に入り込んだ。

半ばまで入り込んだ種は外に出ている部分が麻袋の男の全身を包み、3mほどの触手の化け物を作り上げた。

「あ…」

「ん〜男には興味がないのはいいことだ。というより、生殖にしか興味ないみたいだね。実物は見たことないけど、これは圧巻だね」

「いや…」

私が嫌がってもこいつは止まらないだろう。当たり前だ、触手はそういう生き物なんだから。

「じゃあせいぜい従順になってくれよ?」

ああ、やっぱり彼にちゃんと話しておくべきだったな…。

まぁ一回死んでいるから生への望みはないけど。

私の本名は朝凪 綾人(アサナギ アヤト)、綾奈という名前は母がつけてくれたもの。でも、戸籍上にそんな名前はない。

私は小さい頃、志那都とよく遊んでいた。でも私は事故にあって死んだ。

正確には生きてはいたが、機械に体をつながれ、生きているのかさえ分からないような状態だった。

そんな時に医師が言ったそうだ。

『魔物娘になれば生きながらえることができるだろう』

母と父は相談の結果、私をアルプとして生き返らせた。

最初私は単純に生きていることを喜んだ。だけどすぐに絶望した。

志那都の事を考えると体がうずく、熱くなって何も考えられなくなる。

そんなことは私の心が許さなかった、許せなかった。

あいつを『性の対象』として見てしまう自分が。

だから私はあいつから離れることにした。

引っ越して、あいつがいない町に来た。なのにあいつは来た。

だったらもう、私はあいつのことは知らない、名前も何も知らないただの『他人』になりたかった。

でも、運命は残酷だ。私の目の前にあいつが現れた。

ああ、きっと私はまた逃げ出すんだろう。

今もこうしてされるがままに触手や汚い陰茎が迫ってきている。

魔物の力を使えば打開できるかもしれない。だが、おそらくこいつには『タケリダケ』とか色々な媚薬が詰まっているんだろう。

多分私は何の抵抗もできずに犯され、陵辱されて、捨てられるんだろう。

そういえば志那都に謝ってなかったな、急にいなくなったことを。

まぁもう、あいつに会うことはないだろう。

私があきらめたその瞬間、分厚い鉄扉が外から中に弾け飛んだ。

「おいおい、人の連れに何してんだ?」

「…志那都…」

ほんと、どうしてこういうタイミングはいいんだろう…。

ほんとに…正義のヒーローみたいじゃん。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「お前ら、ただで済むと思ってるわけじゃないだろうな?俺のダチと兄弟(舎弟)に手を出した罪は重いぞ?」

「あぁん?誰だてめぇは?」

む、扉の横にいたから今のを防げたのか…。

鉄扉の両サイドにいたチンピラが何か言いながら俺をにらみつけてきた。

「俺か?俺は正義のヒーローの真似事をしている痛い学生だ」

「はぁ?ヒーローだ?んなもんは寝てから言え」

チンピラの持った金属バットが俺に迫る。ものすごい勢いだ、普通なら殴られて昏倒するだろう。

当たればの話だが。

「!?動かねぇ!?」

「ああ、風で動きを止めた。そういうわけでほい」

風で全身を覆ったチンピラ二人を朝凪の近くにいた触手の化け物にぶつける。あれが『ルナ・マリオネット』ってやつか?

チンピラ二人がぶつかった触手は、邪魔されたからなのか、俺の方を向いてそのまま襲い掛かってきた。

「邪魔」

空中でデコピンをして小さなカマイタチを出して触手を何本か切る。そのあと触手の真ん中にいる男に向けてかなり強めの衝撃波を拳から撃ち出してぶつけて触手から助け出した。すると触手は見る見る間に小さい種になって枯れた。

「志那都…」

「おう、助けに来たぜ。綾奈…いや、綾人か…見違えたぜまったく」

「!あなた…私の部屋に…」

「…」

「けっ、ヒーローが聞いて呆れるな。ただの不法侵入者じゃねぇか。この嬢ちゃんのパンツでも盗んだのか?」

男どもの下品な笑い声が倉庫に響く。

ああ、そうだ。俺は自身の正義の名のもとに罪を犯してきた偽善者だ。だから、それを今告発しよう。

「…俺はいくつも罪を犯してきた。一、そいつの部屋で無断で入ったこと。ニ、この力に酔っていたこと。三、綾人の…俺のダチのことが信じられなかったこと…。俺の罪は数えた。さぁ、お前たちの罪を…数えろ」

「寝言言ってんじゃねぇぞ、ガキが!」

リーダー格の男を除いて、男たちが一斉に俺に襲い掛かってきた。

全員の動きが手に取るようにわかる、全員大振りすぎだ。

ナイフで突いてきた左の男を風で弾き飛ばし、右前から殴りかかってきた男を回し蹴りで地面に植え付けた後、面倒くさくなって突風を放った。

地面や壁に次々とぶつかって気絶していく売人達を余所に、俺はカマイタチで
綾奈のロープを切り裂いた。

「さぁて、あとはお前だけだ」

駆け足でこっちにくる綾奈に上着を羽織らせながら俺は言った。

「最後はてめえだけだぞ?どうする?」

「くくく…私を最後に残したのは失策でしたね…『ルナ・マリオネット』をさらに品種改良した種も私たちは取り扱っているのですよ?」

「!」

綾奈の驚いた表情を見るに知らなかったみたいだな。まぁそもそも俺はもとから知らなかったがな。

「くく名前はまだ決定してませんがね。これは男性が触手を操れるようになっている代物なのです」

そういいながら男は小瓶を頭上に掲げた。

「ではせいぜい楽しませてくださいよ?」

そういうなり男は小瓶の中に入っていた種と水を口の中に含んだ。

次の瞬間、触手の成長が始まって見る見るうちに巨木のような触手が出来上がった。

うっは、でけぇ。

「…志那都」

「なんだ?」

「…私も罪を数えたい。一、お前の元から去ったこと。ニ、自分自身を偽ったこと。三…お前のことを信じられなかったこと」

「…結局俺と同じじゃねえか」

「…そうだな。ああ、そうだ。これが終わったら話があるんだが。いいか?」

「いいぜ、別に。そんじゃま…」

「「さぁ、お前の罪を数えろ!」

「お前たちに懺悔することなんぞない!」

男はそのまま触手の中に潜った。身を固める気なんだろうな。

「いくぞ!」

特大の風の塊を触手が集まっているところにぶつける。

「どうだ!?」

「その程度か!?」

げ、まったくきいてねぇ。

ちらっと綾奈を見ると、突然背中に翼を、頭には角を、尻からは尻尾を生やし、臨戦態勢を取った。

「…あんまりじろじろ見ないでほしいな」

「っと、すまん」

「…これが終わったらじっくり見ていいから…」

「…ああ!とっとと終わらせようぜ!」

翼をはためかせ、空に舞い上がった綾奈を眺めた後、俺は特大のカマイタチを放って触手の根を切り取った。

「ぐおっ!?」

バランスを崩した触手に綾奈が魔法で火を放った。

一瞬、これで燃え尽きてくれないかななんて思ったけど、そんなことあるわけがなく、すぐに鎮火してしまった。

「魔法も効かないのね」

「…いや、方法はあるぜ。綾奈、乗ってみるか?」

「いいわよ」

結構あっさり乗ってくれたな。

「じゃあ、俺の風に乗ってくれ」

「ふふん、面白そうじゃない?」

「何を話しているのかは知らないが、お前たちは私に勝つことは出来ませんよ!?」

触手がねっとりと俺たちに向かって伸びる。

それをすべて切断すると、俺は風で、綾奈は翼で宙に浮いた。

「行くぞ!」

「ええ!」

俺と綾奈を風で包んで密度を上げる。それは小さくも破壊を内包した嵐の塊。

俺はそいつを綾奈が突撃すると同時に俺ごとはなった。

さながら風の砲弾と化した俺たちの行く手を阻む触手はもれなくペースト状になり、男に向かって飛んで行った。

「「ダブル・エクストリーム!!」」

俺と綾奈の声が重なり、男を触手の群生から押し出すとともに男を気絶させた。

これで俺と綾奈の戦闘は終わった。







サイレンの鳴る音が響いて、知り合いの刑事が近寄ってきた。

「志那都!」

「あ、アレックスのおじさん」

現れたの2mを軽く超えるかと思うほどの巨漢の男性であり、俺の秘密を知っている人でもある『アレックス・アームストロング』おじさんだ。

「うむ、怪我はないようだな。今日は帰って寝なさい。疲れているのだろう?事情聴取は明日やるからくれぐれもそれまでにまた問題を起こさないようにな」

「わかってるって」

ん〜終わった後はなんだか疲れたな…。

「志那都」

「ん?なんだ綾奈」

「…これからうちにこない?」

「いいのか?」

「うん、話しておきたいこともあるし」

「あいよ」

おじさんに別れを告げて俺は綾奈の家に向かった。

綾奈の家は俺が出た時と同じように鍵がかかっていなかった。

「不用心じゃねえの?」

「あのときは急いでたのよ。それよりも早く入って」

そういってグイグイ俺の服を引っ張ってきた。

「ちょ、引っ張んなよ」

「いいから」

俺が家に入ると綾奈は鍵を全部閉めてチェーンロックまでかけた。俺を逃がさないつもりなのか?

「…今日はありがと」

「当たり前だろ?親友なんだから」

「そうだよね…ごめんなさい、あなたに正体を明かさなくて…」

「ん〜まぁその辺りは仕方ねえよ。そんな姿じゃ見せられたくないって思うのが普通だろうしな」

俺だったら綾奈と同じように姿を隠すと思うしな。 

でも、俺は魔物というものがどういうものかよくわかっていなかったようだ。

「…私があなたの前からいなくなったのはそれだけじゃないの…」

「?綾――」

次の瞬間、俺は綾奈とキスをしていた。

口内に侵入してくる綾奈の舌と唾液は一種の媚薬効果をもたらすように俺を興奮させた。

「もう耐えられないのぉ。学校であった時から頭の中ぐちゃぐちゃでぇ。とまんなぁい」

そのまま俺の服に手をかけ、一気にはぎ取った綾奈は俺の右手を自分の胸に押し当てた。

「この体が女になった時からずっとあなたとこうしたかった。だから私は逃げたの。こうするのが許せなかったから」

「…綾奈…」

「でももう逃げるのはお終い。私はあなたのことが好きだからこうしたい」

「ああ、俺もお前とこうしたい」

「うれしい♥」

ああもう可愛いなこいつ。

こうして俺達はようやく一緒になることができた











 





























14/09/01 15:27更新 / kieto
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■作者メッセージ
どうもです。長い間放っていて申し訳ない。

大学生になってから毎日が楽しくて仕方がなかったので…

これからもよろしくお願いします。

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