連載小説
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曇りのち雨、ところにより鼻血

「雨ね……」


体力をある程度回復させた私がふと耳を澄ますと、僅かながら雨音が聞こえた。
窓の外を見てみると案の定、しとしとと雨が降っているわ。
昨日まではあんなに晴れていたのに空は鈍色の雲に覆われてるの。


「ふふっ、これは吉兆かしら。」


人間と違って魔物は天気が悪い方が活動しやすくて好きなの。
特に……


「ふあぁぅ……ヴィオラちゃん起きたの?」
「おっノワちゃん、おはよ。今日は絶好の潜入日和ね♪」
「んむ〜、確かにそうだけど……私はもう眠いの。おやすみ。」
「あら。」


ヴァンパイアのノワちゃんは昼間行動する時には曇ってたり雨が降ってたりした方が
若干有利なんだけど、どの道ノワちゃんは夜行性だから意味無いなぁ。
それにユング君は……


「ただいま。」
「あ、おかえりユング君!起きてみたらいなかったからどこに行ったか心配したわよ!」
「ちょっと朝食を買いに行ってただけだよ。すぐ近くにパン屋があったから良かったけど、
雨降ってたからしんどかったよ。まったく、これだから雨は嫌いなんだ。」
「あら、雨も風情があって詩の題材にはいいんじゃないの?」
「ジパングの人みたいなこと言うねヴィオラは。それよりも、
ヴィオラの分も買ってきてあげたから食べなよ。」
「本当!ありがとユング君!ヴィオラお姉ちゃん嬉しいわ!」
「お、大げさだなヴィオラは……」


いやいやいや!これはかなりの進歩よ!
おとといの朝(『帰りません、勝つまでは』の直後の朝)はユング君は
自分の朝食だけ買って私には「自分で買いなよ。」ってかんじでそっけなかったのに。

こんな些細なことでも舞い上がってしまう私がいる。


「そういえば、ユング君は夜になるとすぐ寝ちゃうわよね。」
「…恥ずかしいけど、十刻(PM8〜10時)以降はなかなか起きていられなくってさ。」

どこまでも子供体質なのよねユング君は。

「一応中央教会への潜入は夜にしようと思ってるの。」
「まあその方が面倒がなくていいかもしれないけど、起きてられるかな?」
「そうね……でも昼間だと………」

私はちらっと三つあるベットのうちの一つに視線を向ける。
そこには



「えへへぇ〜……赤いのの次は〜白いの……飲ませてぇ〜…」


「この通り、昼間はノワちゃんが役に立たないのよね。」
「どうでもいいけどさ、魔物ってみんなこんなふうな訳分からない寝言を吐くのかな?」
「まあね。私たち魔物はみんな基本的に頭の中ピンク一色だし。」


むしろ昨日の私みたいにエッチ以外で大暴れする夢を見ることなんて稀よ。
私…どんだけ深層意識にフラストレーションたまってるんだろう?


「ま、ユング君もいずれわかるわ。」
「そうかな?」
「そうよ。これからユング君の身体を元に戻して少し成長して私と結婚して
それから毎日毎日私と昼も夜も交わり続けていずれ夢まで……」
「う、う〜ん……」

そんな生活が現実になるかは今夜の作戦にかかってると言っても過言ではないわ。
よーし!頑張らなきゃ!



にしてもこの黒パン…不味いわね……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
………





そんなこんなで日が暮れて、そろそろ家に明かりがともり始める。
雨はまだざんざん降ってるから余計暗くなって都合がいいわ。


「準備できたかしら?」
「準備って言っても服着るだけだしね。」

私とノワちゃんは、ノワちゃんがどっかから調達してきた修道服に身を包み、
ユング君には聖歌隊の衣装を着てもらった。

「しっかし修道服ってどうしてこう胸がすごいきついのかしら?」
「それはただ単に私とヴィオラちゃんの胸が大きすぎるだけじゃないかな?
それに人は魔物と違って胸が大きい人なんてあんまりいないし。」
「そんなものかしら。」

私は一瞬、エナーシアの爆乳を思い浮かべた。


「でもまあ、きつかったら繊維をちょちょいといじくれば問題ないわね……
うん!これでよし!どうノワちゃん、似合ってる?」
「うん!よく似合ってるわヴィオラちゃん!凄い色っぽい!背徳感抜群!」
「ふっふっふ…さすが私、どんな着こなしでも完璧よね!」


そこっ、シスターが色っぽくちゃダメでしょって突っ込まない!










まあそんなこんなで私たちは宿屋を日の入りからしばらくたって出発。
雨が降りしきる中、雨避けの外套を着込んで大通りを進んでいく。
サンダリヨン中央教会は宿屋の窓から出もはっきりと見えるほど大きいから、
大通りを進み近付くにつれ、その外観は人を威圧しかねないような大きさになる。

別に怖いっていう訳じゃないけど、なんかこう……
私たち魔物から見ればまさに『敵の象徴』ってかんじがするのよね。



ゴーン…ゴーン…ゴーン…

ゴーン…ゴーン…ゴーン…

ゴーン…ゴーン…ゴーン…



教会の鐘が9回鳴る。現在九の刻……

ふと、外套を頭からかぶったユング君の表情を見てみる。
やっぱり、不安な顔をしているわね。無理もないか…ユング君はここで……
私は何も言わなかった。その代り……


ギュッ


っとユング君の手を握った。
大丈夫、ユング君には私が付いてるから。心配しないで、ね?
言葉には出さなかったけど、きっとユング君も分かってくれると思う。



「みえたわヴィオラちゃん。あそこが正門みたい。」
「どうやらそのようね。」
「私もヴィオラちゃんも人化術でなるべく魔力を放出しないようにしてるから、
すぐに魔物だってばれることはないと思うけど、いざとなったら……」
「わかってるわ。いざとなったらノワちゃんを盾にしてでも逃げのびるわ。」
「うわ〜ん、ちがう〜!私を見捨てないでよ〜!
いざとなったらどんな手段を使ってもユング君の秘密を探るの。おーけー?」
「くすくす、わかってるわ。不用意に教団といざこざ起こすと
後でお母様に迷惑がかかるもんね。でも今回のチャンスを逃したら次はないのね。」


こういった大規模な教団施設では、魔物の魔力を感知するシステムがある可能性が高い。
不用意に魔力を垂れ流しにするとすぐに見つかってしまう。
テレパシーも必要最小限に抑えたほうがいい。


「ヴィオラ、ノワール。教会の正門には4人の警備兵が立ってるはずだよ。」
「4人ね…案外少ないわね。」
「それに幸い今日は雨だから、警備兵もそれほどやる気が出ないと思う。」


ユング君の言った通り、正門を四人の兵士が固めているのが見える。
兵種はハルバーディア……矛槍とカイトシールドを装備した
いかにも守衛って感じの兵士ね。


「ヴィオラ、どうやって突破する気なの?」
「考えるまでもないわ。堂々と入るにきまってるじゃない。」
「えーっ。」


まあ見てなさいって。


私たち三人は自然な足取りで警備兵に近付いていく。









「嫌な天気だなオイ。」
「まったくだぜ。こんなさみー日に見張りなんかやってらんねーよ。」
「同感同感。だいたいこんな雨の日にわざわざ侵入してくるバカがいるかっつーの。」
「腹減った。」

近付くにつれて、兵士たちのぼやきがより鮮明に聞こえてくる。


「教団のお偉方はキンピカの部屋で美味いもん食って、高級娼婦とヤリたい放題ときた。」
「それに比べて俺たちの給料なんか酒場で飲んでくって遊べば一瞬でパアだ。」
「クソッタレ。俺もたまには美人のねーちゃんとしっぽりムフフといきてぇよ…」
「わんこそば食べたい。」

しっかし本当にやる気ないわね。いくらなんでも酷すぎない?


「あー、にしてもマジで……ん?おいこら、そこのお前たち。止まれ。」
「あら♪」


っと気付いたようね。


「ここは中央教会だ。関係者以外は立ち入り禁止だぞ。」
「そう。でも私達はこの教会のシスターよ。立派な関係者なの。」
「なに?だったらその外套を脱いでみろ。」

脱げと言われたから私とノワちゃんは素直に雨避けの外套を脱いで、
修道服を纏った姿になる。


「どうですか兵士さん。これで信じてもらえませんか?」
「…………………」
「ん?どうしたのでしょうか?」


あら、兵士たちが突然石像になったように動きが止まっちゃったわ。何事!?


「おーい、もしもーし。」
「(応答なし)」
「聞こえてますー?私たち怪しくないですよねー?」
「(応答なし)」
「ちょ、ちょっと…せめて何か一言くらい……」


おかしいわね。ちょっと想定外だわ。ならば……



「あはぁん、兵士さん……お願いだから通してぇん♪」
「ちょっ!?ヴィオラちゃん!」
「なにクネクネしてんのヴィオラ!!」

ここはあえて必殺の悩殺ポーズで―――




ぶちっ


何かが切れたような音がしたと思った
 
 
 
 
 
 
 
次の瞬間!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ブバアァァァァァッッ!!!!


『ギャーーー!?』

なんと!四人ともいきなりとんでもない量の鼻血を噴出した!!
そりゃもうまるで蛇口を全開にした水道のように!

唖然とする私達の前で、四人の兵士は自分たちが作り出した
鼻血の池に倒れ込み、動かなくなってしまった。



「え……えっと、ノワちゃん。大丈夫?」
「あ、うん。なんてゆーか、ヴィオラちゃんの悩殺効果ってすごいね。」
「僕も大人になってたら…下手したらこんなになってたのかな?」

どうやらこの兵士たちは普段から禁欲的な生活を強いられてたせいで、
私の姿を見た途端に興奮しすぎちゃったようね。
なんたって私はリリムだもの。


「ま、とりあえずここは突破したってことで。」
「いいのかな?こんなんで?」
「方法はどうであれ、通れることに変わりはないよね。」


もう深く考えないことにしたわ。












こうして私達は第一の関門の正面玄関を難なく突破して、教会内部に入る。
教会内はシャンデリアが煌々としていて、夜でもかなり明るいの。
それに無い脳にもだいぶお金をかけているみたいで、所々に
装飾や絵画、彫刻なんかが置いてある。
しかも内部はかなり広々としてて、今のところどこに何があるのかさっぱりね。


「こっちだよヴィオラ。はっきり覚えてる…僕が術を施されたのは
教会の中枢にある教会図書館の隣……研究施設…!」
「助かるわユング君。一刻も早く!」
「落ち着いてヴィオラちゃん。急ぐと不審がられるわ。」


はやる気持ちを抑えて、ユング君の指示通りに通路を進んでいく。
途中で何人か神父や修道士、シスターとかとすれ違いはしたけど、
修道服特有のほっかむりを自然な形で深くかぶることで、
目立つことなく進むことが出来たわ。

それにユング君も聖歌隊の服を着てるからか、怪しまれることなく
私達に同行することが出来た。

まあ、ただ時には……


「ほっほう、そこのシスター二人。それに聖歌隊の少年。しばし待ちたまえ。」
「ちょっと君たちに用があってな……ふっふっふ。」

(うわっ!まためんどくさいことに……)


見るからに不細工で不摂生そうな教団幹部っぽい二人に呼びとめられてしまう。


<ノワちゃん…こいつら無視しちゃおうかしら?>←テレパシー
<だめかも。こういう人たちってしつこいし>

「こ、困ります。今私達は忙しいので……」
「ほっほっ、なーに心配はいるまいて。そんなのワシらが後でなんとかするわい。」
「それよりも……今宵はワシらと食事などどうじゃ。
むろん、そなたらでは普段食えぬようなご馳走ばかりじゃわい。」

<…呆れたわ。もうジジイなのに中央教会でナンパするなんてねぇ。>
<金と権力に溺れた人たちって大抵こんな感じなのかな?>


おそらくこの後権力を振りかざして逃げ場をなくし、お持ちかえりして
夜伽だの乱交だのする気なんじゃないかしら?


「ほれほれ、もっとよく顔を見せんかね。さぞ美しい顔じゃろうて。」
「それにええ胸しとる。このような豊かな胸、見たことないわい。」

ええい、いちいちムカツクわね!


「ノワちゃん。一応耳栓の用意。」
「おーけー。」

「おっさんたち。その色々と汚れた手で触らないでくれるかな。
僕はこう見えても綺麗好きだからさ、おっさんたちみたいな汚い物を見るだけでも
吐き気がするんだよね。さわったらきっとアレルギーで死んじゃうかもしれないんだ。
そんじゃ、ちょっと寝ててもらうよ。」


私とノワちゃんが素早く耳栓をすると、ユング君が例の昏睡の子守唄を演奏する。
ユング君の毒舌に一瞬怒り心頭だった二人の教団幹部は見事にその場に突っ伏してしまう。


「まったく、そこらの魔物よりたちが悪いよ。
魔物でもこんな奴ら誰ももらってくれないんじゃない?」
「ん、そうでもないよ。ダークエルフとかが調教用に欲しがるかも。」
「でも私はお断りだわ。」


とはいうものの、私はリリムだからこんなしょうもない男たちまで魅了しちゃううのよね。
魅了の対象が選べないのはある意味弱点かしらね?

それに、肝心の惚れてほしい子には今とのころ効果がないし……
うーん、もどかしいわ。












さて、私達はユング君の案内のおかげで、最小限の道順で中枢に到達できた。
この教会の中枢には教団幹部たちのお部屋がある他にも、教皇庁や枢密院といった
いかにもな感じの部署が集中してるんだって。

その中でも私たちが目指すのは教会図書館に併設されてる研究施設ね。
ユング君でも普段はあんまり来なかった場所みたいだからなんともいえないけど、
ここに何かしらの手がかりがあると信じたいわ。


「ヴィオラ、ノワール。ここから先はあんまり人に見つからないように進むよ。
なにせここら辺はお偉いさんしか入っちゃいけないことになってるんだ。」
「そうね。見つかったら片っ端から気絶させるわ。」
「いいのかな(汗」


とはいっても殆ど人がいないからあまり隠れる必要はないけど、
見回りがいるかもしれないし……



「でもヴィオラちゃん……なんかたまに部屋から扉越しに笑い声が聞こえる…」
「宴会でもやってるんじゃない?僧侶なのに。」
「前々から思ってたんだけど、どうして教会の人たちは偉い人たちがこんなのでも
何も文句言わないんだろうね?うち(魔界)だったら不満続出じゃないかな?」
「…まあ、人間の世の中は金がある者の勝ちだって言うしね。
私たち魔物は愛があればそれでいいんだし♪」
「……………………」


私たちがなんとなく軽口を言っている間にも、
ユング君は黙々と歩き続けている。

歩調も一歩一歩をしっかり踏みしめるように力強く、瞳も真剣そのもの。


と、そこに……


<二人とも気をつけて!誰かいるわ!>
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私達はとっさに柱の陰に身を隠す。
すると、三人の司祭風の身なりの人たちが
ユング君の着ている服……聖歌隊の衣装に身を包んだ女の子を一人連れて、
私達の前の通路を横切っていった。


「なにかしら?」
「怪しいよね。ちょっと付いていってみようか。」


そう、私の感が正しければこっちは……



「ヴィオラ…あそこが図書館だよ。」
「そうみたいね…。まさかあの人たち、あの女の子を……」
「行きましょう、ヴィオラちゃん。あそこにいる衛兵二人は私に任せて。」
「ダメ。ノワちゃんはドジるかもだから私がやるわ。」
「私親友なのに信用ない!?」

ノワちゃんが涙目になってしまった…
かわいそうだからノワちゃんに任せることにした。


「じゃ、ちょっと待っててね♪」

そう言うとノワちゃんは影に溶け込んで、そのまま気付かれないように
図書館の入口に立つ二人の衛兵の背後に回る。そして…


クッ  カクッ


なんと音もたてず頸動脈を圧迫してそのまま気絶させてしまった!
やるわねノワちゃん。


<ヴィオラちゃん……今のうちに。>
<うん。ありがとう。>
<お安いご用♪>


後ろから誰も来てないことを確認して、私とユング君も扉の前に素早く移動する。


「さて……いよいよ全ての元凶とご対面ね。」
「大丈夫。僕も緊張するけど、やることはしっかりやるからね。」
「ヴィオラちゃん、ユング君…準備はいい?」
「血が騒ぐわ。ざわざわって。」
「夢みたいなことはしないでね……」
「おーけー。レディ……ドライ…」
「ツヴァイ…」
「アイン…」


『突入!!』


私達は扉に飛び込み、図書館の中に入る。

そこで私たちが見たのは……


11/10/14 20:46更新 / バーソロミュ
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■作者メッセージ
途中経過がだいぶ長いですがご了承ください。
おかしいな?こんなに長くする予定じゃなかったのに。

それにしてもこのヴィオラ、ノリノリである。

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