連載小説
[TOP][目次]
プロローグ

「戦死者98名…、負傷者627名…、うち重傷者は216名…、か。」

深刻な顔で手元の報告書に目を通しているのは、
コバルトブルーの髪の毛と、やや大きめな瞳を持つ顔で
法官などが着用するような白い法衣を纏った青年だった。

彼の名はパスカル。
ここ『自由都市アネット』で内政局長を務めている官僚だ。
一応並みの魔道士より魔法の扱いが上手いが、
それよりもこうして行政に力を発揮する方が本人としては性に合っているという。
いつもであれば治安や産業投資などに関する書類をまとめているが、
手元の資料の内容は、平常時ではあり得ない物騒なものだった。
なぜなら…


「開戦から今日でそろそろ6週間…、
今までの相手ならまだまだ始まったばかりといったところだが、
今回の相手は攻撃が熾烈すぎる。この都市もいつまでもつだろうか?」




『自由都市アネット』

かつては『ローテンブルク』という帝国の最前線都市であったが、
10年前に起きた革命で魔物が市長となり、今度は親魔物国の最前線都市となった。
その際に、都市の名称も『自由都市アネット』に変更された。
自由都市といわれる所以は、
この都市に身を寄せる人はだれでも受け入れるという市長の政策に基いた愛称だ。
もともと軍事都市だったので城壁や城の構造が非常に堅固で、
さらに帝国軍が残した防衛兵器があるため、反魔物国も迂闊に手を出せず
奪還を企てた帝国軍も、過去何度も撃退している。
また、交通の要所の一角を担っており、商業や交易が非常に盛んとなっている。
その繁栄ぶりは、この辺りに暮らす魔物たちとその親しい人たちにとっては
非常に頼りになる存在であり、
同時に反魔物諸国にとってその難攻不落ぶりは目の上の瘤であった。


ところが、三カ月ほど前に反魔物国や帝国などが協定を結び、
親魔物国排除を掲げて連合軍を結成した。
それが、今アネットを攻撃している「十字軍」だ。

160000人にものぼる大兵力。
厳しく訓練され、一糸乱れぬ統率。
そして史上最強とも言われる司令官。

この大きな災厄に立ち向かうため、
アネットを含む親魔物諸国は対抗して同盟し彼らの進攻に立ち向かった。
しかし、十字軍はわずかな期間でこちらの主力を粉砕し、手薄となった都市を次々に占領。
今やこの地方で残っている拠点は首都とアネットの二都市のみ。
その上、アネット攻略のために新兵器を投入したり、
バフォメットも肝を冷やすほどの特大魔法を放つなどして容赦なく城壁を削っていく。
それに伴い、守備兵の被害や疲労も日に日に増していった。
内政官であるパスカルは戦闘に参加はしないが、
こうして被害実態の把握や修復措置の考案などやることは山積みだ。
やや端正な彼の顔にも、疲労の色が濃く表れていた。


「ふぅ…、疲れた…、頭が痛い。だが弱音を吐いている暇はない。
きついけど今夜も徹夜だな。」

備え付けの水差しを手に取り、水を一杯飲み
再び彼は執務机に戻ろうとした。そのとき。


コンコンッ


「兄さん、起きてますか?」
「お兄ちゃん、いるー?」
「イリーナとイレーネか。入っていいよ。」

扉から入ってきたのは二人の幼い外見の女の子。
二人ともコバルトブルーの髪の毛にくりっとした瞳という
パスカルに似た顔立ちで、
とんがり帽子に、軽装の魔道服を着こんでいる。
彼女たちは人間ではなく『魔女』。
元々人間だったが、ふとしたきっかけで人間としての生を捨て
魔力によって生きるれっきとした魔物だ。
二人は口調がやや異なる以外は見分けがつかないほど似ている。
そして、二人ともサバト所属の魔女であると同時に
パスカルの『妻』でもある。(重婚は認められている。)

優しい口調の方が姉のイリーナ。
元気一杯の口調の方が妹のイレーネ。

妻が魔女であるということは夫たるパスカルもサバトの一員であり、
いわゆるそっち方面の気があるということである。
(この説明文、なんか既視感が…)


「兄さん…今夜も徹夜するの?」
「今日くらいは一緒に寝ようよ!」
「そうしたいのは山々なんだ。だけど今は非常時。
僕もやらなければならないことがたくさんあるんだ。
残念だけど、今夜も一緒に寝るのは無理かもしれない。」
「でもお兄ちゃん、無理しすぎると身体によくないよ?」
「大丈夫だよ。僕の身体はもう二人のおかげでちょっとやそっとの無理なら…」
「兄さん!いけません!たまには気分転換しないと。」
「そうだよお兄ちゃん!私たちも一生懸命手伝うから、今夜くらい休もうよ!」
「うーん、そうだな…」

二人の意見を受けて思案に暮れるパスカル。
だが、その思考は外から聞こえるかすかな歌声によって中断した。

「おや…、外から聞きおぼえがある歌が聞こえるような?」

気になって執務室の窓を開け、よく耳を澄ましてみる。
すると、先ほどより鮮明に、しかも複数の人の歌声が聞こえる。




歌声が聞こえるかい?大勢の民衆の歌声が


二度と屈することはないという人々の歌声が


私たちの心臓の鼓動がこの街の意識と共鳴する時 


新たな命が生まれ、明日が始まるのだ





「これは…革命のときに歌った…」
「私、久しぶりにこの歌を聞いた気がする…」
「いままで結構平和だったからね…」
「連日の猛攻で市民は活力を失うんじゃないかと思っていたが…
どうやら、それは僕の思い違いだったみたいだね。」


もう一度耳を澄ませば、歌声は一か所だけではなく
アネットのあちらこちらから聞こえてくる。


「イリーナ、イレーネ。」
「なんでしょう兄さん?」「何、お兄ちゃん?」
「ちょっとした気分転換に、外を散歩しないか。」
『いくいくー!』
「じゃあ、外はまだ少し寒いから上着を着て行こうか。」
「あ、今私が用意してきますね♪」
「私もー!」
「そんなにあわてなくてもいいんだよ…」





三人は、気分転換に夜空の下で散歩することにした。
もうすぐ春が来るというのに、風がまだ少し冷たい。
だが、こういった寒い中を三人で寄り添って散歩するのも悪くない。
府庁を出て、すでに店じまいしている商店街を歩き、
遅くまで人が集まる酒場の前を通り、大通りを横切る。
彼は散歩と言いながらも市民生活をじっくり観察していた。
そして適当に市街地を一周した後、町の中心に来た。
あたりはすでに誰もいない。



「さてと、ちょっとここで休もうか。」
「そうですね。」
「こんなに歩いたのは久しぶりかも。」

町の中心には、立派な大理石の女性像が噴水の中心に立ち、
その周りには休憩用のベンチが並んでいる。
昼間は仲の良いカップルでにぎわうこの場所も、
夜。しかも戦時下とあっては誰も来ない。
三人はベンチに腰掛け、一息ついた。


「うにゅ〜、兄さんの身体…あったか〜い…」
「お兄ちゃんの身体…ぬくぬく〜…」
「あ、ああ…人がいないからいいけど…、こんなところで…///」
「いいの。アネット姉さんにも私と兄さんのラブラブぶりを見せつけてあげましょうね♪」
「アネットお姉ちゃ〜ん。見てる〜?
お姉ちゃんの分まで私がいっぱいお兄ちゃんを愛してるから心配しないでね〜♪」
「二人とも、そんなこと言っていると…」


ゴトゴトゴトッ!


『ひゃうっ!?』


突如、中央の像が音を立てて身を震わせた。
イリーナとイレーネは飛び上がらんばかりに驚いた。


ゴトゴトゴトゴトッ!


「あ、あ、アネットお姉ちゃんが怒ってる…」
「ごめんなさいアネット姉さん!ごめんなさい!」
「ははは、そこまで怖がるとは思ってなかったよ。
大丈夫大丈夫、アネットを動かしたのは僕の念動力だから。」
『…ぇ?』

怖がる二人にパスカルは種明かし。
彼が人差し指を少し動かすと、像は小刻みに震える。

「…もう!兄さんったら!」
「本当に怖かったんだよ!」
「ごめんごめん、二人があまりにも可愛かったからつい。」
「そ…そうでしたか///」
「えへへ、可愛いって言ってくれたから許してあげる♪」
「ははは……(なんでもこれで誤魔化せるというのもどうかと思うが。)」


どこまでも単純…、もとい純真な二人の魔女。
だが、それもまた彼の兄心をくすぐることは否めない。


「さてと、二人ともそろそろ帰る?」
「ううん…もうすこしお兄ちゃんとここにいたい。」
「私ももっと兄さんとふれていたいです。」
「まいったな…、しょがない。もう少しここにいよう。」


そうして、二人の魔女は再びパスカルの身体に密着する。
こうしているとやはりお互いの体温で温かい。
そう…眠気すら覚えるほどに…


………





「…っ、おっとうっかり寝てしまうところだった。
今夜は風があるとはいえ少し暖かいから凍死する心配はないけど、
さすがにこんなところで眠るわけには…」
「…すぅ」「…むにゃむにゃ」
「あ、あれ?」

いつの間にかイリーナとイレーネは彼に抱きついたまま寝てしまっていた。
起こそうかと思ったが、二人の寝顔を見るとどうしても起こす気になれない。
無防備に自分に全てを預ける妻二人を起こすことが出来るほど彼は冷酷ではない。


「どうしたものかな…」


動くこともままならず、途方に暮れるパスカル。

と、ふと耳に先ほど執務室の窓から聞こえた歌声が入ってくる。





歌声が聞こえるかい?大勢の民衆の歌声が


二度と屈することはないという人々の歌声が


私たちの心臓の鼓動がこの街の意識と共鳴する時 


新たな命が生まれ、明日が始まるのだ





「アネット…、君にも彼らの歌声が聞こえるかい?
君が切り開いてくれた道は、もしかしたら明日にも途切れてしまうかもしれない。
でも、僕たちはそれでもあきらめない。二度と屈しはしない。
この市民たちの歌声が、その証明さ。」


そう呟きながら、パスカルは女性の像に視線を合わせる。
女性の像は月明かりに照らされてくっきりと表情が分かる。
その表情は素朴ながらも、ただひたすら前に進もうとする意志が宿り
パスカルの視線にも、笑顔で答えているかのようだった。

そして、噴水の手前にある石碑にはこう書かれている。

『我々の常に先頭に立ち 自由を求めて戦った勇敢な女性の像』


パスカルはベンチから像を見上げて、
過去におきた一つの事件に思いをはせた…
11/03/03 10:49更新 / バーソロミュ
戻る 次へ

■作者メッセージ
ごきげんようみなさん。
私は通りすがりのエンジェルです。

突然ですが、みなさんはあらかじめ順位が分かっているマラソンに興味はありますか?
または、すでにどっちが勝ったかが分かっているサッカーの試合を観たいと思いますか?
これに関しては人それぞれなので、良い悪いはありませんが、
私としてはすでに結果が分かっている試合を見ることにも意義はあると思います。
なぜなら、勝利した人はどんな手段で勝ったのか、勝つためにどれほど苦労したのか、
とても興味があります。
また、自分の好きな人が負けたと分かっても、その人がどれだけ頑張ったのか
これも興味があります。
本当に私たちは良い意味で非合理にできているんですね。

さて、なんでこんな話をするのか。
それは、この「ミゼラブルフェイト」はまさしく「すでに結果が分かっている」話だからです。
話の内容は、すでに成功した過去の革命。
でも、どうやって革命を成功させたのか、気になりますよね?

それに、よくよく考えてみれば参謀総長(筆者)の好きな「三国志」や「坂の上の雲」などの
歴史小説も結構そんな要素がありますよね。書き手が違うと内容も違いますしね。

話はそれましたが、要するに最終結果はわかってるんだけど過程が気になる。
そんな気持ちを持った読者の方であれば、この小説も少しは楽しんでいただけるかと存じます。
え?表紙の英語は何ですかって?それはヒミツですが、話が進めばたぶんわかります。
そして最後に、この話は「英雄の羽」の外伝にあたりますが
極力本編を読んでなくても分かる内容に仕上げていくつもりです。

では、長くなりましたので私はこの辺で失礼します。
以上、通りすがりの天使からでした。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33