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自由都市アネット… この地域の親魔物諸国と教会直属領の国境における最前線であるこの都市は、 10年ほど前に起きた革命によって反魔物から親魔物に転じた歴史を持つ。 以来、幾度となく教団の軍や反魔物国から攻撃を受けたが その都度撃退し、自治を守っていた。 また、交通の要所の一角を担っており 商業や交易が非常に盛んとなっている。 その繁栄ぶりは、この辺りに暮らす魔物たちとその親しい人たちにとっては 非常に頼りになる存在であり、 同時に反魔物諸国にとってその難攻不落ぶりは目の上の瘤であった。 そんな大都市を統治しているのはミノタウルスという魔物である。 銀髪に立派な角、健康的な褐色肌をしているが 何より特徴的なのは2m前後もある巨体である。 ミノタウルスの中でもこれだけ大きい個体はそうそういない。 「あー、ねむっ。十年も市長やってるのに、未だにつらいな。 だが自分からやり始めたことだから文句言っちゃいけんな。」 ぼやきながらも書類に目を通していく。 彼女の名はフェデリカ。日常生活以外に消極的なミノタウルスにしては珍しく 市長として都市の運営にあたっている。 元が寝てばかりのミノタウルスの習性か、いつも眠そうにしているが いつの間に市長を十年も続けていた。 それだけ彼女は市民からの支持率も高く、 周りの行政官も彼女をしっかりとサポートしてくれている。 フェデリカも期待にこたえるために頑張っているのだ。 コンコンッ 「市長、失礼します。」 ノックの音の後に男性の声が聞こえる。 「おう、どうした?」 フェデリカがノックに返事をする。 「市長、来客をお連れいたしました。」 入出してきたのは青い髪に白い法衣を纏った若き男性と、 金髪のツインテールに白銀の鎧を着込んだ女騎士だった。 「久しぶりですわねフェデリカ。元気にしていらして?」 「誰かと思えばリリシアか。見ての通り今すごい眠いんだ。 長話をしに来たって言うなら明日にしてくれ、耳栓用意するから。」 「はなから話聞く気ゼロですわね!?わたくしを何だと…… いえいえ、今は緊急事態ですわ!それを伝えに わざわざここまで来たというのに、あなたときたら!」 「なんだ、それなら初めからそう言えよ。」 「おのれーーーっ!!」 「まあまあリリシアさん、落ち着いて…」 突如漫才を繰り広げる二人を青年がなだめる。 リリシアと呼ばれた女騎士は、デュラハンという魔物で アネットからさらに東に位置するこの地域の中心都市カンパネルラを首都とした その周辺を治める領主である。 この地域が有事の際には、自身が軍を率いて 侵略してきた国から親魔物国を守っている。 先ほどのやり取りのように、常に高飛車な性格でプライドが非常に高い。 しかし、そのような振る舞いが許されるほどの実力があるのも また事実である。 彼女とフェデリカはこう見えても旧知の間柄。 お互い領主として、助け合ったことも何度かあった。 「それで、緊急事態ってなんだ? もしかして、この前教団側が結成したっていう十字軍のことか。」 「知っていたのでしたら話は早いですわ。その十字軍について いよいよこちらに向かってくる動向が見られますの。」 「ほう、いよいよこちらに来るか。 ま、どんな敵が相手だろうと撃退するまでだ!」 「ところが、ですわ。今度の相手は そう簡単に撃退できるものではなさそうでしてよ。」 「なに?」 リリシアのいつにも増して深刻な表情に フェデリカは怪訝な顔をする。 「よって、急遽対策を練るためにも周辺の都市の市長に ここアネットに集合してもらうのだそうです。」 青年が補足する。 「市長たちが集まり次第会合を開こうと思いますので、 そのための予定と集会所の確保をしたいと考えています。」 「わかった。予定の立案はリリシアとパスカルに任せる。 その間に私が市長たちに連絡しておこう。」 「よろしくお願いしますわ。」 「では早速、日程調整を行ってきます。」 青年は一足先に部屋から退室した。 青年の名はパスカル。 この都市で内政官を務めているほか、 こう見えてもサバトに所属している。 その訳は… 「兄さん!呼んだ?」「お兄ちゃん!呼んだー?」 二人の魔女が同時に駆け寄ってくる。 「うん、二人にこれから手伝ってもらいたいことがあるんだ。」 「兄さんのお手伝いだったら喜んで!」 「私も―!」 そう言って二人の魔女はパスカルについていく。 二人の魔女は正真正銘の双子で、 二人とも青髪のお下げに青い瞳をしている。 口調がやや異なる以外は見分けがつかないほど似ている。 そして、二人ともサバト所属の魔女であると同時に パスカルの『妻』でもある。(重婚は認められている。) 優しい口調の方が姉のイリーナ。 元気一杯の口調の方が妹のイレーネ。 妻が魔女であるということは夫たるパスカルもサバトの一員であり、 いわゆるそっち方面の気があるということである。 それはともかく、二人の魔女と分担して各都市の市長宛の手紙を書く。 緊急要件なので転送魔法で手紙を飛ばす。 数日後、周辺都市の市長がアネットの政治機関に設けられた会議室に集結した。 面子はサキュバスやバフォメット、ヴァンパイア、メドゥーサなど そこそこ知能がある魔物がそろう。 そのなかで会議室の議長席に腰かける 2mの巨体を誇るフェデリカはやはりインパクト抜群だった。 「では皆さんおそろいのようですので、 会合を行いたいと思いますわ。」 リリシアが会合の進行を行う。 「皆さまがご存じのとおり、教団側は 西側の国々の兵士たちを集めて 十字軍なるものを結成したようですわ。 わたくしが独自に調査を行ったところ、 総兵力は150000人以上とのことですわ。」 「150000以上か…ちと数が多いのう。」 バフォメットのレナスが、 今までにない大兵力の報告に思わずうなる。 「我々の都市の全兵力はどれくらいだろうか?」 「総動員兵力では220000人ありますが、 防衛のことも考えますと、実際に 自由に展開できる兵力は多くても180000人が限界ですわ。」 メドゥーサのシャノンの質問に リリシアが素早く計算して答える。 「それに補給の問題もありますので、 実際に動かせる兵力はもう少し少なめになると思われますわ。」 「しかし、こちらも同数の兵力を確保できれば 少なくとも対等に渡り合えるし、 人間のみの構成である十字軍に対してこちらは、 人間より能力が高い娘たちもそれなりにいるわ。」 サキュバスのカペラはあくまでも楽観的に答える。 「それに所詮奴らは寄せ集めの烏合の衆だ。 しっかりと守りを固めていれば、負けることはあるまい。」 ヴァンパイアのツィーリンは自信たっぷりに話す。 カペラやツィーリンの言葉に フェデリカとレナスが頷きそうになったが 「なお、敵の総司令官はユリス諸国同盟の 将軍であります『エル』だと判明いたしました。」 リリシアの報告の続きを聞いた彼女から 一瞬にして楽観的な雰囲気が消える。 「これでもお二方は、十字軍が 烏合の衆に思えて?」 「いえ、あたしはてっきり率いているのは 教会騎士団かと思ってたわ…」 「私も、いつも攻めてくる連中が中心になって 来ると考えていたのだが… これは厄介なことになりそうだな。」 楽観的な雰囲気を作った二人でも、 半年で親魔物勢力を一掃したエルが相手となれば 一筋縄ではいかないと考えた。 しかも、彼の率いた軍勢は3倍もの兵力を相手に ほぼ損害なしで勝利したのだ。 同数の兵力程度ではむしろ不足なのではないか。 一瞬でそう考えなおさせるほど、エルの名は各地に知れ渡っていた。 「で、私たちに勝つすべはあるのかリリシア?」 フェデリカは特に怖気づいた様子はないが、 戦争の専門家であるリリシアに今後の戦略を訊ねる。 今日はそのために集まったと言っても過言ではない。 「そうですわね、やはり基本は各個撃破ですわ。 わたくしたちが総兵力をいっぺんに動員できないのと同じように、 相手も常に全軍一丸となって行軍するわけにはいきませんことよ。 よってわたくしたちは常に相手よりも 多い兵力を展開することが重要ですわ。」 この戦略は大抵能力で劣る人間の軍が、格上の魔物の軍を相手する際に 用いるのだが、今回ばかりは立場が逆である。 「その上で、各地の拠点の守りを固めまして、 勝てずとも負けない戦いをすることが望ましいですわ。」 「勝てずとも負けない?」 矛盾しているようにも思える言葉にフェデリカは首をかしげた。 「なるほどのう。無理に勝とうとはせず、防御に徹して 我らの損害をなるべく少なくしようというのじゃな。 たしかに、ワシらはこの地を守り抜ければ 勝ちなのじゃからな。理にかなってるわい。」 さすがはバフォメットのレナスは頭の回転が速く、 リリシアの思惑を即座に理解する。 対するリリシアも、剣一辺倒ではなく こうした戦略眼も備えている 希有なデュラハンだと言える。 その後、十字軍を撃退するまでの間は 各都市とも協力体制を取ることを約束し、 後日アネットに軍を集結させることを予定する。 軍の総指揮はリリシアが執ることになった。 ヴァンパイアやバフォメットがデュラハンの指揮のもとに戦うのは 魔物の格付け上異例である。 しかし、率いる軍の規模や当人の実力のこともあり レナスとツィーリンはしぶしぶ承知した。 「まあ、実力からすればわたくしが総指揮を執ることは 当然のことですわね!おーっほっほっほっほ!」 「この性格さえなければ、素直に従うんですけどね。」 自己満足に浸るリリシアを シャノンは呆れた目で見ていた。 一方こちらは中央教会。 十字軍の出陣を前に、大聖堂にてエルの 十字軍総司令官任命の儀式を執り行っていた。 「……であるからにして、貴公に課された期待と責任は大きい。 よって、父なる神の名の下に貴公を十字軍の総司令官に任命する。 これから貴公は神の剣となりて、邪悪なものを打ち払い、 苦しむ人々を解放すべし。そしてその道程に、 父なる神のご加護があらんことを…」 「………」 長い祝詞を無言で聞いたエルに司教から 総司令官任命の証である、切っ先のついていない剣を授かる。 この刃に切っ先のついていない剣は「クルタナ」と呼ばれ、 神の慈悲を象徴すると言われている。 客観的に考えれば、かなり皮肉な状況であるが これも儀式の一環なので仕方がない。 儀式が終わった後、エルはユリアと共に 足早に控室に入った。 「やはりあの空気に長時間はこたえますね…」 「ご苦労様です。」 そろそろ教会の儀式にアレルギーが発症するのではないかと 思うくらい、エルは疲れていた。 おそらく祝詞にいろいろ突っ込みたかったが、 突っ込めなくてストレスがたまるのだろう。 「十分ほど休憩したらエルテンドに戻りましょう。」 「わかりました。その間に紅茶でもどうですか?」 「ええ、いただきましょう。」 ユリアはあらかじめ用意しておいた紅茶を、 控室にあったティーカップに、エルの分と自分の分を注ぐ。 ついでにミルクと、砂糖も用意する。 「いつもわざわざすみません。お手を煩わせてしまって。」 「いえいえ♪私も進んでやっていますから。」 そう言って紅茶を注ぐユリアの顔はかなり嬉しそうだった。 用意された紅茶にエルはミルクを適当に注ぎ、 スプーンを持って容れ物から砂糖を 一杯、二杯、三杯、四杯… 「おっと、砂糖のストックが少ないな。いつもより少なめにしないと ユリアさんが入れる分がなくなってしまう…」 「いやいやエルさん…、相変わらずとんでもない量の砂糖を入れてますね。」 「ええ、昔から甘いものが大好きで、つい…」 「いつか病気になっても知りませんよ?」 エルは紅茶を飲む際に必ずと言っていいほど大量の砂糖を入れる。 時には紅茶の味がしなくなるのではと思わせるくらい入れる。 ファーリルからは「少しは自重しろよ、女じゃあるまいし…」と言われ、 (その直後「身も心も女になる日も近いか」といってエルに殴られた) ユニースからは「女性でもそこまでやらない」と言われたくらいである。 さらに、この兆候はフィーネにもうつってしまい、 クレールヘン家の砂糖消費量は半端ではない。 「そういえば、先ほどの儀式で変わった剣をいただいていたようですが。」 「これのことですか?」 エルは儀式でもらったクルタナをユリアに渡す。 刃がついていないため、手の上を滑らせても斬れることはない。 「クルタナは存在自体は知っていたのですが、 実物を見たのは初めてです。」 「ええ、俺も実物を見るのは今日が初めてですよ。 魔物を滅ぼそうとする連中がその司令官に慈悲の剣を渡すというのは、 なんとも形容しがたいことですね。」 「確かに…」 ユリアはクルタナを様々な角度から見つめる。 「むしろユリアさんにこそ、その剣は似合いそうですね。」 「そうでしょうか?」 「ええ、もしよろしければその剣はユリアさんが持っていてください。」 「私が、ですか?しかしこの剣は総司令官の証なのでは?」 「そんなのは名目にすぎませんよ。私のような無慈悲な軍人が持つよりも、 エンジェルであるユリアさんが持っていた方が、その剣も喜ぶでしょう。」 「そうですか…。そこまで言うのでしたら この剣は私が預かりましょう。」 そう言ってユリアはクルタナをベルトに装着する。 非常に軽いので、非力なユリアでも苦にはならない。 紅茶を飲んで落ち着いた二人は、 転移魔法で部屋からエルテンドの城塞にある執務室まで 一気に転移した。 執務室にはすでに軍団長の三人とマティルダが待機していた。 「おっと、もう揃っていたのか。」 いきなり出現したエルに三人は一瞬驚くが、 転移魔法で帰ってきたと分かり、落ち着く。 「いきなり飛んでくるからびっくりしたじゃないか。 ま、それはいいとして、エルが帰ってきたから ほかの将軍たちも呼んでくることにしよう。」 ファーリルはちょっとだけ抗議した後、 書記官にその他の将軍たちを呼ぶよう命じた。 「意外と時間がかかったようですね。」 「儀式で少し疲れたから休憩してきたんだ。」 「戦場を長時間駆け巡っても平気なエル様が、 疲れを覚えるような儀式って一体!?」 「むしろ長時間じっとしているとストレスがたまるんだ。」 「まるで子供みたいだな。 もっとも、俺もあの場にいたらエルと同じで ストレスで疲れそうだけどな。 総司令官だけの出席で良かった。」 カーターが容赦なく突っ込むと同時に、 エルに対して同情を示す。 そうしているうちに、通達を受けた将軍たちが 続々と執務室に入室してきた。 十数分もするころには、 執務室の大きな机を中心に全員がそろった。 その数およそ50人。 全員がそろうのを確認したエルは、 最終的な戦略の確認に移る。 「さて、諸君。まずはそこに広げてある 地図に目を通してくれ。」 机の上にはカンパネルラを中心とした 親魔物国領地図が広がっていた。 「第一の目標はカンパネルラ。 ここを落とせばこの地域一帯を手に入れたも同然だ。 しかし、カンパネルラまでの道のりには 自由都市アネットやプラム盆地などの要衝がある。 これらをどう突破するかが当面のカギだろう。」 続いてユニースが発言する。 「特にアネットは今までに何度も進行を退けているだけあって、 城塞は固く、軍備もほかの都市に比べて規模が大きいのです。 まともに攻めれば非常に時間がかかるため、 ひと工夫必要だと思われます。」 その発言を受けて、ファーリルが続ける。 「現在新しい攻城兵器を開発していますが、 前線に配備できるまで最低でも一ヶ月かかるでしょう。 それまでに陥落させるのであれば、 今持っている投石機を使うしかないでしょう。」 そのあとも現状確認が続けられる。 これをやっておかないと、後で 情報伝達に齟齬が生じるからだ。 「一つ質問してもよろしいですか?」 ショートのオレンジ色髪にまだ幼い顔立ちが残る 帝国軍所属の女性騎士が挙手する。 それに対してエルは質問を許可する。 「ああ、遠慮なく質問するといい。 今こたえられる範囲ならなんでもこたえよう。」 「ええっと、ですね。エル司令官は この地方をどれくらいの期間をかけて 攻略するおつもりでしょうか?」 「普通に考えれば、この辺り一帯を攻略するには 少なくとも半年と数カ月はかかる。」 実はこれでも一般的に見れば大分早い見積もりで、 下手をすれば一年以上かかっても 攻略できない可能性がある。 そのくらい、この辺りは難攻不落なのである。 しかし… 「だが、攻略目標は三カ月以内とする。」 『!!』 今まで静かだった執務室内が 突如騒然とする。 いくらエルが優秀な司令官だとしても 三カ月以内は無謀である。 「ここで三カ月以内に攻略できれば、 そのあとに控えるカナウス要塞の攻略に かなりの余裕が出来るだろう。」 「だったらカンパネルラ攻略にも もう少し余裕を持たたほうがいでしょうに!」 エルの凄まじい発言に、 教会騎士団の男性騎士が突っ込む。 ほかの将軍たちも口々に 無理無茶無謀などと話している。 「静かにしたまえ諸君!しばくぞ!」 ビシィーン!! 『!?』 カーターが鞭を景気良く鳴らし、 うろたえる将軍たちを強引に黙らせる。 「補足説明だ、よく聞け。 親魔物諸国は先日我々の動きに感づいて、 全都市の軍勢をアネットに集結させたらしい。 その兵力は我々とほぼ同数と判断される。 動きから見るに、おそらく我々を各固撃破すると同時に 兵力を防衛に集中させて、こつらの消耗を狙うつもりだろう。 そこで我らは、この動きを逆手にとって 防衛網の早期突破を図る。」 エル司令官は今回はどんな戦略で挑むのか、 将軍たちは次第に興味深々となった。 「相手が山のように動かないのであれば、 こちらは流水のように機動力を生かした戦いをする。 不慣れな土地だと思われるが、 相手が野戦に消極的ならば問題ない。 日ごろの訓練の成果を生かし、 相手を左右に翻弄してやろうではないか。」 そう言ってエルはない胸を張って自信満々に話す。 「では、具体的な方策だが…」 その後、細かい指針を一時間にわたって説明し、 各軍団の状態を確認した後解散となった。 いよいよ出陣は明日に迫る。 翌日、エルテンド郊外において全軍を集めて 出陣式を行った。 各軍団の各師団がきれいに隊列を維持している。 エルは正面に設けられた大きな指揮台へ 出陣演説をするために登った。 そこからは一面見渡す限り兵士の姿。 160000の軍勢が一斉にそろう姿は まさに壮観であった。 「全軍、この一ヶ月間厳しい訓練によく耐えた。 だが、本番はまさにこれからだ。 家族のために、祖国のために、そしてなにより自分のために 持てる力を存分に発揮し、子孫代々まで語り継がれるような 伝説を、私たちの手で作っていこうではないか!」 『おおおぉぉぉーーーーっ!!』 兵士たちは武器を掲げて、士気の高さをアピールする。 「よーし、みんないい笑顔だ!輝いてるぞ! その笑顔を沿道で送り出してくれる家族にも向けてやれ! 十字軍、これより出陣する!第一軍団から順番に前進せよ!」 エルの合図により、最前列のマティルダから 順番に前進していく。 「おお、これが神の剣たる我らが十字軍か… 素晴らしい!さすがはエル司令官だ!」 指揮台から兵士たちを眺める中央教会の司教が 一糸乱れぬ行軍を見せる十字軍を見て 思わず興奮している。 「これだけの兵力をわずか一ヶ月でここまで育て上げるとは… ユリス諸国同盟には惜しい人材ですね。」 「ええ、まったくをもってその通りです。」 ここまで出向いていた帝国の女王も 感嘆の声を上げ、その近くに仕える 長い銀髪を後ろでまとめた妙齢の女性騎士、ヴァリアも また女王に同意する。 「いつか、手合わせ願いたいものですね。」 一人の武人としてヴァリアも、 エルの強さに興味を覚えていた。 「おー、こりゃすごい。こんな大規模な軍勢を見たのは 生まれて初めてだ。」 「やっぱりにいさんは凄いです! 私もいつか兄さんに追いつけるように努力しなきゃ!」 「うむ、目標が高いのはいいことだ。 フィーネならきっといつか追いつけるはずだ。」 フィーネと共に先頭を進む自分の国の兵士を見送るケルゼン。 果たしてこの中から帰ってこれる兵士はどれくらいいるのだろうか。 かつて自分も一兵卒だったことを思うと、 功績をあげてくるよりも、大勢の兵士が 無事に帰ってきてほしいと願ってしまう。 そして、遠い旅路につく兄を見送るフィーネ。 すでにユリス諸国同盟領にて、何度か治安維持活動を行い 少しずつではあるが実戦経験を積んで成長している。 兄と共に戦える日も、そう遠くはないかもしれない。 一度エルテンドの大通りを経由して、前線基地のアレイオンに向かう十字軍。 沿道には大勢の人が詰めかけ、中には屋根に登っている人も多数いた。 家の二階部分の窓からは詰めかけた人が、花びらや紙吹雪を散らし 十字軍の出征を祝っている。 そんな中、全軍の先頭を燃えるような赤毛の馬に乗って進むマティルダは その容姿も相まってかなり目立っており、 表情には出さないものの、かなり緊張していた。 (うう、喜んでくれるのはうれしいけど、プレッシャーがすごい…) 彼女の後方右を軽装の白馬で進むノクロスはいつものように平然としている。 左後方を重装備を施した黒毛馬に乗って進むジョゼは、 沿道の住人に手を振る余裕を見せている。 (後ろの二人はこう言ったことはあまり気にしなさそうだけど、 中身は乙女の私にとって、この視線は相当こたえるわね…) 町を抜けるまでの辛抱だと自分に言い聞かせ、進んでいく。 「来ては見たけど、これは想像以上ね。」 「うむ、まったくじゃ。」 喚声を上げる住人に交じって、ローブを深めにかぶった不審人物が二人。 一方は普通の女性くらいの背丈で、もう一方は殆ど子供の背丈。 一見すると親子連れにしか見えない構図である。 その正体は、敵情視察に来ていた サキュバスのカペラとバフォメットのレナスだ。 一応二人は人化術を使って人間の姿になっているが、 念のためにローブで顔以外を隠していた。 人気のないところではかなり怪しい格好だが これだけ人がいれば関係ない。 「私から見ても、この軍が相当鍛えられていることが分かるわ。 どの兵士たちもとてもおいしそ…いえいえ、強そうに見える。」 「確かに、いろんな意味で行きのよさそうな連中じゃな。 この中から何人かがサバトの兄上候補となることを考えれば…おっと涎が。」 「サキュバスの私でさえ自重しているのに、あなたね…」 微妙に自重出来ていなかったカペラだったが、 兵士たちの士気や装備をメモする手を緩めることはない。 「それにしても、すごい観衆の数ね。」 「それだけこの軍にかける期待が大きいということじゃろう。」 「私たち連合軍が出陣する時も、これだけ大勢の人が 見に来てくれるかしら?」 「さてな。じゃが、少なくとも兵士たちの家族や友人たちは 心配しながらも笑顔で送り出してくれるはずじゃ。」 「もし私がこれだけ大勢の中を進んだら… 興奮してその場でイッちゃうかも♪」 「さりげなく性癖を暴露するでない。 自重しろといったのはどこのどいつじゃったか?」 「ああ、想像するだけで興奮してきたわ! この後この街でいい男を捕まえて そのあとしっぽりムフフといきたいところね!」 「後でな!後でじゃぞ!今は落ち着くのじゃ!」 「そうです、二人とも落ち着いてください。」 「おわっ!シャノン!びっくりしたではないか!」 突如背後から、ターバンを巻いた緑髪の女性… メドゥーサのシャノンが姿を現した。 「シャノンさん、今までどこに行っていたんですか?」 「ほら、私って人化術使っても髪の毛がすごいボリュームでしょ? だから、違和感がないように人間の帽子を買おうと思ったんだけど、 頭に合うのはこれしかなかったから。」 「いやいやいや!そっちのほうがよけいに目立つじゃろうて!」 真面目だけどアホだなと二人は思った。 「そんなことより、このような会話を続けていたら いつか周囲の人間に怪しまれます。」 「私、痴女の自覚はあるわよ。」 「そういう意味ではありません!私たちが 非人間的な会話をしてたら怪しまれるでしょう。」 「そうじゃな、見終わるまで我らもじっとしていよう。」 「ターバンが激しく気になるけどね。」 魔物娘三人は、静かに十字軍の動向を観察する。 第二軍団の先頭がさしかかる。 「ねえ、ソラト。見てよあそこ、すごいターバンを巻いた人がいるよ!」 「本当ですねファーリル先輩!よく見つけましたね! でもどうしてあんな格好しているのでしょう? 恥ずかしくないんですかね?」 「きっと大勢の観衆の中から自分の夫あるいは恋人の兵士に 一目でわかるようにあえてあんな格好をしているんじゃないかな。」 「なるほど!それは一理ありますね!」 「ま、その相手からしてみればいい迷惑だと思うね。」 「ええ…」 (妙だな…あのターバンから異様な魔力を感じる。 あの人はいったい何者だ?) シャノンの存在に気付いたファーリルだったが、 害はなさそうなのでスルーした。 中央の指揮台から半数以上の部隊を見送ったエル。 彼はこれから転移魔法で前線基地があるアレイオンの街に 先回りして、偵察に出ていた者たちの報告を 取りまとめる予定である。 「ではケルゼン様。私も行ってまいります。」 「おう。無理はしないで無事に帰ってくるんだぞ。」 「私も頑張って留守番するから安心してね!」 「うん、行ってくるよフィーネ。」 そう言うとエルはフィーネの額に口づけした。 突然のことに顔を真っ赤にするフィーネ。 「あ…あう?」 「しばらく会えないからな。寂しがるんじゃないぞ。」 「ふふふ、なんだかんだ言っても エルさんは妹思いなんですね。」 「否定はできませんね。」 エルが二人に別れのあいさつを済ませると、 次はユリアが前に出る。 「意外と短い滞在でしたが、毎日がとても楽しくて充実していました! もし無事に帰ってこれたら、またロンドネルに住みたいと思います。」 「そう言ってくれると、領主としても非常にうれしいな。 無事に帰ってきてくださいね。我々はいつでも歓迎しますよ。」 「またね、ユリアお姉ちゃん! 私も頑張って立派な将軍になるから楽しみにしててね!」 「ええ、フィーネさんもお元気で!」 そしてユリアもエルのまねをして フィーネの額に口づけする。 追加効果:「混乱」発動。 「は、はにゃ〜」 (あれ、これってもしかして一種の間接キスでは?) 幸せそうに目を回すフィーネに対し、 なぜかユリアまで一瞬にして顔が赤くなる。 「なんだフィーネ、すげえ幸せそうじゃねーかこんちくしょう! 最強の総司令官と美人の天使様両方のキスをもらうなんて、 世界一の幸せ者だな、おい!」 ケルゼンはやはり煽る。 「煽るのもほどほどにしてくださいね。 では行ってまいります!」 「行ってまいります!」 エルとユリアは転移魔法で転移していった。 「さて、二人を見送ったことだし帰るとするか。 あんまり長居すると、あの婆さんの苦労が増えるからな。 ほら、いつまでも目を回してないで帰るぞ。」 「は、はい〜!」 彼らも、自分たちに与えられた使命をこなすべく帰路に就いた。
11/02/19 19:57 up
お知らせ 「やあ読者諸君!!私が十字軍総司令官のエルだ。 参謀総長(筆者)の要請により、諸君に通知がある。 この先のストーリーに関わることなので心して聞くように。 いよいよ我々十字軍は、人類の比類なき繁栄を目指して かつての人類が誇った世界の中心地に進軍する。 その間、多くの戦いがおこり、多くの血が流されることだろう。 このストーリーにはこれからも数多くのキャラクターが 登場する予定であるが、同時に容赦なく死んでいくと思われる。 もちろん敵ばかりではなく味方もだ。 ファーリルやカーターも例外ではないかもしれない。 悲しいことだが、これも戦争なのだ。 しかし、読者諸君の中には 「どうか俺の嫁だけは殺さないでくれ!」とか 「あいつとは戦争が終わったら結婚すると約束したんだ! だから頼む!あいつに悲劇的な運命をたどらせないでくれ!」 といった要望もあるかもしれない。(なければ無いでいいが。) そこで、だ。 もし上記のような要望があったら感想欄に書いておいてくれ。 参謀本部はそういった意見をなるべく汲んでくれるそうだ。 なにしろ読者あっての小説だからな。 こう言った意見はとどんどん取り入れていくつもりだ。 もちろん、通常の感想だったり苦情なんかもOKだ。 ただ、注意してほしいのは、場合によっては 序章のピドーみたいに出た章でいきなり死んでしまうキャラもいるかと思うが こればかりはどうしようもないので、勘弁していただきたい。 私からの通知は以上だ。 不要な悲劇を生まないためにも、諸君の忌憚なき意見を待っているぞ。」 バーソロミュ
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