*…外伝:羽の秘め事 BACK NEXT


これは、エルがギルド長に就任してから
そろそろ一年経過しようとするくらいの時期のお話…


この頃のユリアは日々を気ままに過ごしていた。
ある時は教会で説法を行い、
ある時は兵舎に立ち寄り兵士たちと交流し
ある時は冒険者ギルドの託児所で子供の世話をしたりと
ロンドネル市民たちとの親交を深めていった。

しかし、ユリアが何よりも優先していたのは
エルのサポートだった。

エルは軍事顧問と冒険者ギルド長の両方を兼ねており、
仕事の量は計り知れなかった。


この日の前日も、エルが帰宅したのは夜も遅い時間であり、
ユリアがたしなめなければそのまま執務室で寝ていただろう。
今までにも事あるごとに、家に帰らず
仕事場でそのまま寝てしまっていたし、
睡眠時間もかなり短いことも日常茶飯事だった。
このような状態はエルの健康上良くないと考えたユリアは
秘書のような形でエルをサポートしたり、
ケルゼン領主にエルの仕事を何とか減らすことが出来ないか頼んだ結果、
昨日のように、いくら仕事が多い日であっても、
なんとかその日のうちに仕事が終わるようになった。


そして、今日はユリアがエルの家族に代わって洗濯をしていた。
住みこみというだけではあるが、この家のために何かしたいと
頼み込んだ結果、この家の家事を分担させてもらった。

「〜〜♪〜♪」

今日も天気は快晴で、この分だと洗濯ものは
すぐに乾きそうだ。
ご機嫌なユリアは、いつもにもまして頭上の環を輝かせ
口ずさむリズムに合わせて背中の羽をはためかせる。

数分してすべての洗濯物が干され、
今日の予定はどうしようかしらと考え始めたその時…

「え〜、せっかくの休日なのに勉強するの!?
たまにはにいさんとどこかに遊びに行きたいのに!」
「俺は今日から三日間隣の国と合同訓練に行く予定だ。
明後日まで家には帰ってこれそうにないな。」
「でも、だからって私に勉強しろって…
平日だって士官学校で一生懸命頑張ってるのに。」

何やらエルとフィーネが言い合っている。
そういえば、エルは昨日隣国との合同訓練に行くから
明後日まで国を空けると言っていたということを思い出す。

「よろしければ、私がフィーネさんの勉強を見てあげましょうか?」
「え!?ユリアお姉ちゃんがいっしょに勉強してくれるの!?」
「ユリアさんが勉強を…?」

嬉しそうな表情をしたフィーネと対照的に
エルは素っ頓狂な声を上げる。

「?どうしました、エルさん?」
「いや、ユリアさんがフィーネについていってくれるのはありがたいのですが、
いかんせん勉強させる内容が内容なもので…。」

そう言ってエルは考え込む。
「まあ…この際だから…。」
数瞬考えた後結論を出した様子のエル。

「では、ユリアさんにフィーネの付き添いをお願いします。
ユリアさんがついていけばフィーネも勉強がはかどるでしょう。」
「わかりました。」
「フィーネもそれで異存はないな?」
「うん!ユリアお姉ちゃんが一緒なら私頑張る!」
「ならよかった。じゃあ、その勉強の内容だが…」





しばらくした後、ユリアとフィーネは
ロンドネルが誇る中央図書館に来ていた。
領主の館より大きいのではないかといわれる
この圧倒的な規模の図書館は、
その昔、元ギルド長のアルレインの決死の努力によって
旧アルトリア王国の王立図書館から
全ての書籍を回収し蔵書していた。
それに加えて、全国各地から取り寄せた本がその都度増え、
古今東西の本はほとんどここに来れば読めると言っても過言ではない。
一年前にユリアがこの図書館に初めて来館した際、
あまりの本の量に思わず圧倒された。
これらの本を全て読破するのには、人間の一生どころか
エンジェルの一生をかけても不可能なのではという気がした。

それ以降も何度か読書のために図書館で本を借りることはあった。
今日彼女らがここに来たのはもちろん勉強のためである。
しかし、その勉強は士官学校では教えない類のものだった…


「やあ、ユリアさんにフィーネちゃん。ごきげんよう。」
図書館に入ってすぐ、ファーリルと会う。
「ごきげんよう、ファーリルさん。」
「こんにちは!」
二人は挨拶を返す。

「今日はこの図書館に何の用ですか?
この図書館には絵本から小説、古文書、ポルノ、マキモノ、一撃必殺の禁呪魔道書まで
なんでもそろってますよ。良ければ案内しましょう。」
「そうですか、では…」

ユリアは少し間をおいて…


「魔物図鑑はどこにあるかご存知ですか?」

「……ぇ?」

ユリアの要望にファーリルはきょとんとする。

「実はね、にいさんが言うには、
私が将来軍を率いる上で魔物について知っていた方がいいから、
魔物の種類やその生態を学んでおけって。」
「…ああ、なるほど、そういうことね。」
ファーリルは納得がいったとばかりにポンと手を打つ。

「何か問題でもあるんですか?」
疑問に思うフィーネ。
「あー、実はね、魔物についての勉強は
初心者にとっては、刺激が強いというか衝撃がやばいというか…、
まあ、そのうち慣れてくるでしょう。」
「そうですか…」

何やら意味深なことを言うファーリルだが
改めて案内を買って出た。

「魔物に関する本はこっちですね。
あと、総合魔物百科辞典は『辞典』の棚にもあるから
そっちも目を通しておきませんとね。」

そう言ってファーリルは二人を案内する。
ファーリルの親はこの図書館の司書で、
家も図書館に隣接している。
本人も大の読書好きとあって、
幼いころから何もない日は図書館にこもっていた。
そんなわけで、この図書館を誰よりも知り尽くしている彼は
お目当ての棚に迷うことなくたどりつき、
すぐにお勧めの本を選びぬいてくれた。

「えーっと、まずはこれと、これと、これに…
それからこれも欠かせないね。あとは…これと、これくらいか?」

あっというまに本がそろう。

「すごいですねファーリルさん。本の位置をほとんど把握していらっしゃるようで。」
「ふっ、この『グレートブックワーム』の異名を持つこの僕に隙はありません。」

それは蔑称なのでは?と思いつつも、ユリアとフィーネは
再びファーリルの後に続き、辞典の棚によって総合魔物百科事典を取った後
勉強するのにちょうどいいスペースまで案内してもらった。

「ありがとうございます!ファーリルさん!」
「いやなに、当然のことをしたまでさ。
僕はしばらくあそこの専用スペースで読書してるから
何か分からないことがあったら遠慮なく聞いてね。」

お礼を言うフィーネにファーリルはそう返すと、
木製の梯子を登って二階に設けてある自分で作った専用の場所で
読書にふけり始めた。


「では早速始めましょうか。」
「はいっ!」

喜び勇んで本の内容を確認し始める二人。
ユリアも、今まで魔物については教会から
「倒すべき敵」とだけ教えられてきた。
その後エルからは、「敵対はしているが、敵意がないなら倒す必要はない」
と教えられ、今ではその価値観が基準となっている。
実際に見た感じでも、特に邪悪な存在には感じず
むしろ人間と似たような印象を抱いたこともあった。


しかし、いざ学び始めてみるといろいろな意味で驚愕の連続だった。

まず、魔物には雌の個体しかいないという事実に驚き、
魔物が人間を襲う理由の大半は生殖のためという事実に激しい衝撃を受けた。
図解を見れば、どの魔物も男性を誘うような妖艶な容姿をしており
(ただ中には、なぜか子供体型に近い容姿の魔物もいるが…)
魔物についての簡易な説明でも、刺激的ワードのオンパレードという
すさまじい状態であった。

「……………」
「……………」

ノートに書き込む二人はただただ無言だった。
羽ペンにインクを浸す際も手がわずかに震え、
顔も徐々に茹るように紅潮していく。


数時間が経過した頃、ファーリルが二人のもとに現れた。

「やあやあ、お二方。勉強は順調ですか?」
「!!」「!!」

二人は驚いたようにガバッと顔を上げる。
それはまるで、秘匿していたものが親に見つかったかのような表情だった。

「あー、やっぱりそうなりますよね…
あ、いや、そんなに恥ずかしがらなくても、それが普通の反応ですって。」
ファーリルは適当にフォローするも効果はいま一つのようだ。
「それよりも、そろそろお昼にしませんか?
一応裏庭に食事するスペースがありますから。」

「……………はい。」
「……………はい。」


三人は場所を裏庭に移し、食事をとる。
ユリアとフィーネはあらかじめ家で用意したパンや軽い食べ物などを広げ、
ファーリルは最近凝っている『オムスビ』というジパングの食べ物を用意した。
普段なら、珍しい食べ物に興味深々だっただろうが、
先ほどまでの勉強の影響か、
脳を何度も強く揺さぶられたような感覚が続き
それどころではなかった。

そこでファーリルは少しでも緊張をほぐそうと、話を始める。

「まあ、僕たちも初めて魔物のことについて学んだときはそんなものでしたよ。
エルと僕とカーターとユニース、士官学校にいたとき四人で興味本位に
魔物の生態について本で調べてみました。
もちろん、当時まだ13歳くらいだった僕たちには
とてつもない衝撃でした。」

そう話すファーリルの顔はどこか達観したものだった。

「なにせ魔物の欲望の大半は性欲だし、図解はことごとくエロティックだし、
客観的な説明書きでも子供には十分刺激的だし…
もっと詳しい画像資料なんかもうポルノとはなんだったのかというレベルで、
詳細な生態が書かれているものは「精」や「性」の字のオンパレード。
被害報告書についてはもはや官能小説そのものだったのですよ。
そして、そのあとしばらくの間みんな混乱して
エルは『ならば女の格好をすれば魔物に襲われることはない!』とか言って
女装に凝っていた時期があったし…、まあ今でも男らしさ追求することを
あきらめちゃって、女性のような格好してるけど。
カーターはひたすらにダークエルフの生態を調べまくってたし…
うん今思えばそもそもあれがあいつの悪趣味(いたぶるの大好き)のきっかけだな。
ユニースはもし自分が魔物になってしまったらということを考えて
時折悶々としてたし…、あの悲劇が起こらなければ
今頃レッサーサキュバスあたりになってた可能性もあるね。
僕ももし襲われるとしたらどれがましかとか真剣に考えてたし…、
なお最終的な結論としてはユニコーンに落ち着きました。
まあ、今となっては思春期のいい思い出ですよ。」

そう話し終わると、あははと笑いだす。

「さて、食べ終わったところで再び読書に戻ります。
お二方も勉強頑張ってくださいね。
言ってくれれば次の段階の本も選びますよ。」

そう言ってファーリルは二人よりも先に図書館に戻っていった。

「…午後も頑張ろうね、ユリアお姉ちゃん。」
「そうですね、勉強頑張りましょう。」


こうして午後も魔物の勉強を続けた。
現在総合魔物百科に載っている魔物の種類は約100種類程度。
しかし、時代を追うごとにつれて存在が確立してくる魔物や、
新たな被害報告によって存在が発覚する個体などもあり
総合魔物百科は毎年更新がなされている。
始めは辞書にしては薄い程度だった総合魔物百科は
今ではかなりの厚みとなっている。
その中でユリアとフィーネが特に印象に残ったのは

『エンジェル』の項目である。

魔力に侵食され、自らの欲望(主に性欲)に忠実となったエンジェルは
魔物と扱われ、その外見とは裏腹に
心はすでに魔によって染め上げられているという。
一見すると魔物には見えないが、
だからこそ要注意といえる種族である。
そして、身も心も完全に堕ちたとき、
エンジェルは『ダークエンジェル』となってしまう。

「……………」

ユリアは自問自答した。
私は神の使いたりえているか?
自分の欲望に肯定的ではないか?
人に対して一方的な行為のおしつけをしていないか?

それに対して思い当たる節はある。

教会よりもエルとその周囲の人たちに重点的に味方した。
中央教会に戻らず、この街に無期限滞在を始めた。
クレールヘン一家の家事を頼み込んで分担させてもらった。

よくよく考えてみれば、結構不良天使の素質あり。

しかし、フィーネ当人にそのことを聞いてみると
「うーん、ユリアお姉ちゃんは無欲で信仰心が篤くて
みんなに幸せを与えてくれる
とってもいい天使だと思うよ!」
という返答が返ってきて思わずうれしくなった。

だが油断してはならない。
地上にいる以上いつそのような事態に陥ってもおかしくはない。
普段から自分を戒めなくては。

そして…

無垢なものまで堕落させる魔物たちを
これ以上この世にのさばらせてはならない!

そう決意したユリアだった。








夕方になり、家に帰ったユリアは
朝干した洗濯物をしまいこんだ後、
フィーネと共に夕飯の支度をすることになった。

今日の夕食の人数は自分を含めて
フィーネ・エルの母・曾祖母・高祖父アルレインの5人分。
メニューは魚のソテーを中心に数品。
そして調理を開始しようとしたその時…


およそこの家では聞き覚えのない、甲高い悲鳴があがった。

その悲鳴を聞きつけてアルレインが台所に駆けこんできた。
「どうした!?二人とも、何があった!」
「あっアルお爺ちゃん!あっあっあそこにっアレがっ!」

ユリアは速攻で部屋の隅に退避し
フィーネはいきなりしがみついてきて、普段の元気さは見る影もない。
それほどに彼女たちを怯えさせるものの正体は…

「なんだ?二人とも苦手だったのか、ゴキ――」
「その名を言わないで!聞きたくないッ!」
こっちが耳を塞ぎたくなるほどの絶叫だ。

この時ユリアは、図鑑で見た『デビルバグ』を思い浮かべた。
アレはこれの進化系だろうか?
あまりに混乱しすぎて、頭の中は逆に変に冷静になっている。


実はアルレインがいなかったときにも台所に黒い虫が出現したことがある。
おびえるフィーネとエルの母に代わって
エルが散々追いかけまわして外に出したが、そうしたら今度は
『ちゃんとしとめないとまた戻ってこないか心配よ!』ということになり。
そのあとは戸締まりと掃除の強化月間になった。
そういえばアルレインも一時期散々やかましく注意された覚えがある。
戸を開けっぱなしにするなとか、食べかすは絶対にこぼすなとか。
エル相手にも容赦なくて、ちょっと可哀想な気がしたものだ。

「よし、わかった。安心しな、あいつはわしが始末してやるから。」
そう言ってアルレインは近くにあったスリッパを手に取る。
「本当ですか?」
「ふっ、わしを誰だと思うておる。」

パラリ〜、パ〜パ〜パ〜パ〜パ〜、パラリラリ〜

そんなBGMが流れたような雰囲気のアルレイン。
おびえる二人をよそにスリッパを構え、
先ほどから身動ぎもせずこちらの様子を窺っている虫と対峙する。
殺気に反応したのか虫が走り出したが、すぐに壁に突き当たった。
そこは部屋のすみっこだ、自らを危地に追い込むとは所詮虫!
アルレインは勝利を確信した。

「そこだぁぁぁぁぁっ!!」

さすがは老いても40Lvの剣豪。
剣光一閃。もとい、スリッパ一閃。
虫はとてつもない衝撃で壁にたたきつけられ、
首と胴を分かたれ、原型をとどめないないほどズタズタに叩きのめされた。

「ふっ、所詮虫などこの程度のものだ。」

「アルお爺ちゃん…掃除のことも考えようよ。」
「すまん。」

責任を持って残骸を処理するアルレインを見ながらユリアは…
(もし魔界になれば、あれが魔物娘に…
考えるだけでも恐ろしいですわ…)
と心の中で思っていた。

改めて、魔物をこれ以上のさばらせてはならない!と
決意を固めたユリアであった。




その次の日も二人で図書館で勉強に励み、
魔物ごとの特徴と生態について調べた。
前日よりは抵抗は少ないが、
完全に慣れるまで時間がかかりそうだった。

だが、午後になってリノアンが害虫対策の本を借りに来たことがきっかけで
急遽予定を変更して家の害虫駆除について
調べ始めてしまった。


その日の夕方…
突如としてクレールヘン家の一階は謎の煙に包まれた。

「げほっ!げほっ!二人とも、何をやっている!」

煙に燻されたアルレインが発生源である台所に出現する。
口を布で覆っている二人は、
床に鍋敷きを置いて、その上に置いた鍋から
大量の煙を発生させていた。

「今日図書館で調べたところ、害虫は一匹見つかったら
ほかに推定30匹はいるとのこと!」
「だからこうして害虫退治のために、
薬草を調合して害虫を倒す煙を起こしてるの!」
「バカモン!そういうのは人がいないときにやれ!」

優等生二人はその後アルレインからみっちり説教を受けた。

本気で危ないので皆さんも気をつけましょう。



次の日からフィーネは士官学校に戻るので、
ユリアはロンドネルの郊外を散策することにした。
今日は夕方にエルが戻ってくるので、それまでには帰るつもりだ。
持ち時間はたっぷりある。
今日はまだ一度も行ったことがない北の小規模の森に行くことにした。

ロンドネルの周囲にはこの森のほかにも東側のより近い位置に
もっと大きな森があるので、普段はあまり人が訪れない。
それゆえ、一人でゆっくり涼みたいときには最高の場所である。

「静かですね…。市街地の人の賑わいも好きですが、
こうした自然も心安らぐものです。」

東側の森は人が頻繁に行き交い、樵や猟師の住処が点在する。
時には妖精が子供と遊んでいることもあるという。
なお、ここは反魔物国家であるが
妖精は魔物と認識していないのか、
特に討伐されることなく友好的に過ごしている。
ただ、稀に行方不明者が出るのは、
どうにかならないものかと領主ケルゼンも考えてはいる。

始めに森の外周を一回りした後に、
少し人が通ったとみられる部分を分け入ったところで
軽い昼食にする。

「どうせなら一人じゃなくて誰かと一緒に食べたかったですね。
エルさんと一緒に食べられたら、きっと素敵ですね。
今度お暇なときにでも誘ってみましょうか?」

そう呟きながら昼食を終え、森の中心部を目指してみる。
すると…


「あれ、エンジェルさんがこんなところに?珍しいね。」
「?」

前方から声がした。
声がする方をよく見ると、そこには
体長が大人の手のひらよりちょっと大きい程度の
女の子がいた。
背中には薄い羽が生えている。

先日魔物について調べたばかりのユリアは
彼女が「フェアリー」という妖精の一種であると
すぐに理解できた。
サキュバスの影響を受けた証の角は特に見当たらないので
現時点ではユリアに悪影響はなさそうだ。

「私はこの森に住むフェアリーのミーティア。よろしくね。」
フェアリーの名前が「隕石」というのは凄まじいなと
ユリアは一瞬思ったが、心にとどめておく。
「私はユリアです。こちらこそよろしく。」

特に敵意は感じられないので、
こちらも友好的に接する。

「この森は偶にしか人が来ないから退屈なの。
もしよかったら、森を案内してあげようか?」
「そうですね、ではお言葉に甘えて、お願いするとしましょう。」
「やったー!じゃあまずはこの森のシンボルの万年樹から!」

そうして二人は森を散策し始めた。





視点は変わって、隣国との合同訓練から戻ってきたエル。
夕方頃に戻る予定だったが、予定よりもだいぶ早く終了したため
正午を過ぎたころには戻ってきた。

「三日間の合同訓練ご苦労だった。
予定よりだいぶ早く終わったのは、お前らの手際が良かったおかげだ。
と、言うことでこれにて解散する。各自支給品を兵舎に返して
ゆっくり休むように。以上!」

そう言って兵を解散させたエルは、
直後にケルゼンへの報告を済ませる。
そのあとは…

「大分時間が余ったな。このまま兵舎に戻って自主訓練でも…
いやいや、たまにはあいた時間をのんびり過ごすのも悪くないな。
ふむ…」

エルはこの後どう過ごすか少し考える。

「今日は夏真っ盛りだから暑いな。
よし!今日は北の森の泉でひと泳ぎしてくるか!
あそこなら人がほとんどいないから
心行くまで楽しめるだろう。
マティルダとかにばれないようにしないとな。」

あれにばれたら、絶対
「ぜひ私もお供させてください!」とかいうに違いない。
自惚れとかではなく、これまでの経験則である。
家までわざわざ泳ぐための衣類を持ちに帰るのも面倒だ。
それにあの場所はなるべく自分だけの穴場にしておきたい。

そうと決めたエルの行動は早く、
自分の執務室に用意してあったタオルと
何かあった時のために備えて方天画戟を持っていく。
そしてこっそり馬を出して、
あっという間に都市の外に出て行った。
目指すは北の森の中心あたりにある泉である。





再び視点はユリアに移る。
現在ユリアはミーティアの案内で森の中央に向かっていた。

「えー、あちらに見えますのが、この森唯一の泉でーす。」
「へぇ、意外と大きいのね。」

木々が濃く生い茂り、昼までもそれほど明るくない
森の中央部には、直径30メートルほどの泉が広がっていた。
水はかなり澄んでいて、底まで透けて見える。

「きれいな水ですね。飲めるんですか?」
「うん!人間もほとんど来ないからいつも綺麗だよ!」
ユリアは水を一口飲んでみる。
夏だというのに水はひんやりしていて体にしみわたる。
「とてもおいしいです!」
「それはよかった!よかったら汲んでいってもいいよ。
お料理に使えばきっとおいしくなるはずよ。」

やたらと泉の水をPRするミーティア。
その間にユリアは靴を脱いで、
泉に少し足をつけてみる。
足で感じる冷たさは、また格別であった。

「ああ、とても心地いいです。」

ユリアは両足を水に浸けてその気持ちよさに浸っていると…

「!!ユリアさん!ちょっとこっちに来て!」
「え?」

急なミーティアの呼び出しに慌てて泉から上がる。
そしてミーティアがいる草むらに飛び込む。

「何かあったの?」
(しーっ!声を抑えて。
誰かがここの泉を目指して森に入ってきたみたい。)
(でも、なんで隠れる必要があるの?)
(この気配…たぶんあの人だ…)
(あの人…?)
(うん、夏の間稀にこの泉に泳ぎに来る人がいるんだ。
その人はとにかく色々すごくて…
でも、見つかると容赦なく追い払われるから
こうやって隠蔽の魔法をかけて、じっとしているしかないの。)

二人が小声でひそひそと話している間に、
ついにその人物は泉に姿を現した。


(あれは…エルさん!?まさかこんな所に…)
ユリアは心の中で驚きの声をあげた。



「よーし。何の気配もなし。これなら何も着てなくても問題あるまい。」

実は二人ほど見ているということもつゆ知らず、
エルは着ていた服を脱ぎ始めた。
夏だというのに黒一色の長袖を脱ぎ去り
下に着込んでいる服とシャツを一片に脱ぐ。
普段はほぼ女性の容姿のエルだが、上を全部脱げは
そこには鍛え上げられた引き締まった筋肉に厚い胸板という
女性にはたまらない身体が展開される。

次はベルトの金具を外してズボンを下ろす。
こちらからは、女性のようなすらっとした足が出現し
パンツをおろして、ほぼ全裸になる。
そして最後に靴下を脱いだ。


非公開のエル・ストリップショーを目の当たりにしたユリアは
顔を真っ赤にしながら食い入るように見つめていた。
頭はもはや目の前の視覚情報を処理するのに精いっぱいで
心拍数は異常なまでに跳ね上がった。
初めて見るエルの…というより男性の裸体。
ユリアの興奮は凄まじかった。

(うわぁ〜、エルさんって本当に脱ぐとすごいのね…マティルダさんの言った通りです…。
でも足はあんなにすらっとしてさらさらしてて…フィーネさんの言った通りです…。
そして…そして…、足の付け根にあるのが…エルさんの…、…、…ごくり。)
思わず生唾を飲むユリア。


軽い準備運動の後、早速エルは泉に飛び込んだ。

先ほども記述したように、泉の水は夏でもかなり冷たい。
炎天下の合同訓練で火照った体が急激に冷やされていく。

「いやー、やっぱ暑い日にはこれに限るな!
まずは肩慣らしに、軽く泉を往復してみるか。」

そう言って彼はまず泉を様々な泳法で往復した後、
一転して犬掻きで泳いでみたり、
水の中に長々と潜ってみたり、
意味もなく体を浮かべてみたり、
まるで子供である。


エル・ウォーターストリップショーは一刻にもおよび、
満足したエルは泉から上がると
タオルで体を念入りに拭いた後に、
あっという間に元の服装に戻る。

「忘れ物はないな。持ってきたのは武器とタオルだけだが。」
簡単な持ち物チェックを行う。

「しかし…、なんかずっと誰かに見られてるような感覚がしたんだけど…
でも、一向に何の気配も感じないし…気のせいか?」

もしこれが、もっと上級の魔物の隠ぺいだったら
逆にその空間の違和感を感じ取って即座に見抜けただろう。

だが、ミーティアが行った低級の隠ぺい魔法は
動けば一発アウトだが、身動きさえしなければ
かえって違和感を感じ取れない。


最後まで二人の存在に気付くことなく帰って行ったエル。
感知範囲から出て行ったと判断したミーティアは
隠れるのを終えた。


「いやー!ラッキーだったねユリアさん!
あの人の泳ぐところが見れて!私すごく興奮しちゃった!」
「わ…私も…」
やたらとテンションが高いミーティアと対照的に、
長時間沐浴してのぼせたようなユリア。

直後ミーティアはものすごい勢いで泉に突っ込む。

「ひゃっはー!あの人の出汁が滲み渡った水だー!」
「だ…出汁って…」
エルは昆布じゃないんだから…と、突っ込みたかったがやめた。

「あの人はね、一見すると女の人だけど実は男!凄まじい逸材でしょ!
そしてあの引き締まった筋肉に、綺麗な足!
もう見ただけで破壊力SSSってとこね!!」

そうまくし立てるミーティア。
こんな状態では、とても「私の知人です」なんて言えるわけがない。

「ユリアさんもこの水汲んで行きなよ!
今日の夕食はなんであろうときっとごちそうだよ!!」
「あのね、ミーティアさん…
私エンジェルだからそういったことはちょっと…」
「あ、そうか…、調子に乗ってごめん…」
「いえいえ…」
純粋に落ち込んでしまったため、逆に焦ってしまう。

「でも、ここの水は気に入りましたので少しだけ汲んでいくことにします。」
「そう!それはよかったわ!」

持ってきたガラスの水筒を一度すべて空にした後、
泉の水を汲んでいく。
その後は、二人でとりとめもない会話をして
ユリアは森を後にした。

「また時間がありましたら来ますね。」
「まってるよー!」

新しくできた友達と別れ、ユリアは帰路に就いた。




家に戻ると、当たり前だがすでにエルは帰っているようだった。
迎えられなかったのは少し残念だが、あれを見た後なので
許容すべきことだろう。
それよりも洗濯物を取り込まなければ。

「あら?」

物干しざおに、明らかにまだ乾いていない物があった。

そう、エルが身体を拭くのに使用したタオルだった。
エルは帰ってすぐにこのタオルをここに干したようだ。
今日の気候なら夜には乾くだろう。

「………………」

ふと、何の気もなくタオルを手に取ってみる。
良く見ると金色に輝く長い糸みたいなものが数本付着している。

「これ…エルさんの髪の毛…?」

ちなみに、エルのそのほかの部位はほぼ無毛に近い。
地味に人類とは思えない構造をしている。

ユリアはそのうちの一本を手にとって眺めてみる。
エルは髪の手入れでもしているのだろうか?
そう思いたくなるくらい綺麗な髪だった。

「…私は何をしているのでしょう。
早く洗濯物をかたずけてしまいましょう。」

そう呟いてユリアはかごを持って家の中に戻って行った。



その日の夕食は夏だというのにシチューだった。
今日の食事当番はエルなので、ユリアは水筒の水を
森の妖精からもらった(嘘は言ってない)と言って
シチューに使ってもらった。

「わー!今日のシチューなんだかすごくおいしいね!」
「そうだな…。ユリアさんがくれた水がいいものだったからかな。」
「ええ、じつはそれエ…じゃなくて森の妖精がわけてくれたんです。」
あやうくエルが出汁といいそうになったユリア。
「妖精の水かー。それはすごいね!」
具体的に何がすごいのかは言わなかったが、とても好評のようだった。


夕食を片付けて、自分の部屋に戻ったユリア。
なんとなく窓の外をのぞいてみると。

「あ、エルさん。タオルをまだ干しっぱなしだ。」

どうやら本人は忘れてるみたいなので、
代わりに入れることにした。



物干しざおに干されているタオルは、すでに乾いていた。
だが、明日また本格的に洗濯する必要があるだろう。
なぜなら、エルが吹いた後の水や汗が残っているから…

「水や…汗…」

そう呟いたユリアは、何を思ったか
手に取ったタオルを鼻先に近づけてみる。
なんとなくやさしいにおいがした。

「これ…エルさんの…香…」

次に、鼻先を完全にタオルにうずめて
おもいっきり空気を吸ってみる。

「……ぁ…」

なんだか徐々に変な気分になってくる。
そう…まるでお酒を飲んで酔っ払った時のような…

「そ…そうです!ちゃんとエルさんに持って行ってあげなければ!」

タオルを抱えたままユリアは家の中に戻って行った。





「なぜか私の部屋に持ってきてしまいました…、それも無意識に…。
これはとても由々しき事態です。」

結局ユリアはエルの部屋にタオルを届けられなかった。
なぜか気恥かしくてエルの部屋に入る覚悟がなかったのもあるが、
それよりも…

「んんぅ、だって……え、エルさんの香が、染みついて
……んぅ、はああッ」

ユリアは、鼻に掛ったような苦しげな声を出す。

「だ……ダメです……、んぅ、なのに…なの…に…」

ユリアの手にはタオルが力強く握られ、ひたすらその香りに溺れていく。
初めて知った自分の弱点。
それは、香だった。

「あう……、んぅ…すう〜、すん!だめです…香が…私をおかしく…
んううぅ…え、エルさん!エルさぁん!」

いけない、いけないっ、こんなのいけない!
私はエンジェルなんだ!
ここで堕ちたら、魔物になってしまう!
そう自分に言い聞かせる。

しかし、歯止めはかからず、徐々に脳はエル一色に染まっていく。

「んぅ…、だめ、なのに…ふぅ!エルさんを想うと…
全身が…熱くなって……エルさぁん!ふっ…ああっ……んんっ!」

その上前日まで魔物の生態を研究して強い刺激を受け、
今日は初めてエルの裸体を見てしまった。
それらが積み重なり、ユリアの体をヒートアップさせた。

「これが、もし……エルさんの、胸だったら…
んんっ!そんなこと……考えるだけで、また……
体の奥が、熱く……ああっ!」

身体の奥の方で、なにかが溢れ出すのを感じた。
同時に、下腹部から甘いにおいが発した。

「んぅ、ふぅ、ああっ!もう……声、押さえられ、ません…!
やめなきゃ……いけないのに…!
え、エルさぁん、だめです!」

自らを慰める方法を知らないユリアは、
内股をすりながら、一心不乱に
エルの香を吸い続ける。

やがて、彼女のエクスタシーが頂点に達しようとしていた。

「はあ、はああッ!エルさん!エルさんっ!
私…私、もうっ、もうだめ…ですっ!
エルさんを想い、ながら…、んっんんっ、私、ああっ!」

もはや自分が何を言っているのかすら理解できない。

「私、私、………エルさんっ!エルさぁぁぁああああんっ!!」

ひときわ鋭い痙攣が、腰から脳天に向かってユリアの体を貫く。

「はあッ!あっ…くふぅん、え、エルさん……
んんっ、はぁああ……んくっ!」

ユリアは急激に背筋をそりかえらせ、何度も何度も小刻みに震える。
その度に鋭く肺の空気を吐き出し、やがて長い溜息をもらす。
全身に汗を浮かべ、その長く美しい金色の髪は
乱れに乱れてところどころに張り付いている。



極限状態の余波が過ぎた頃、
ようやくユリアは脳を再起動した。

何ということをしてしまったのだろう!

慌てて鏡で自分の体を確認する。
幸いどこにも変化は見当たらない。

試しに高位の治癒魔法を唱えてみる。
ユリアの手から光が発せられ、
部屋全体を包む。それどころか…


「む?なぜか急に体の疲れが取れたような?」


一階にいたアルレインにまでその効果が及んだ。

それでも念には念を入れて、窓の外に
光属性の攻撃魔法を放ってみる。
掲げた手のひらから一瞬魔法陣が展開されると、

ドゴオオオオオォォォォン!!

轟音と共に光が直線となって夜空に放たれた。
現時点ではユリアは間違いなく
殺傷能力No.1の天使だろう。

どうやら今までの私と何ら変わりないようだ。
心底安心したユリアだったが、

コンコンッ

直後ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ。」

入ってきたのは何やら驚いた表情のエルだった。
「ユリアさん、今オーラ・コンクリューション(別名ユリアビーム)
を撃ってましたよね!?何かあったんですか!?」
「いえ、大きな虫がいたものですから、つい驚いて…」
「いやいや、天使がおもわず破壊光線を撃つってどんだけですか!?」

と、やりとりをしていたエルの視界に、例のタオルが。

「あれ?これ庭に干してあったタオルですよね?」
突如顔を真っ赤にするユリア。
「あ!いえ、それは!なんというか!その!」
「わざわざ入れてくれたんですね。どうもすみません。」
「はい?あ、いえ、どういたしまして。」

なんか勝手に勘違いしてくれたようなので、一安心。

「くれぐれも驚いたからといって攻撃魔法撃ってはいけませんよ。」
「はい…気をつけます。」
「では、おやすみなさい。」
「ええ、おやすみなさい。」

そしてユリアは、疲れがたまったのか
そのまま横になって寝入ってしまった。

その寝顔は、いつもにもまして安らかだった。

11/02/18 20:16 up

コラムの羽
『ユリアとエンジェル』

人間に様々な人種があるように、エンジェルもまた
仕えるもととなる神が違うと、その性質も大きく異なる。
教団が言うような思想を神自体から教わったエンジェルもいれば、
実は教団に敵対的な天使もいる。同じエンジェルでも、
思想信条が異なれば、人間のように馬が合わないことも多い。
その上で、ダークエンジェルに堕ちることが多いのは、
教団の思想に近い考えを持っていたエンジェルだと言われている。
なぜならば、彼女たちは魔物の魔力に対して
精神的な抵抗力が低いため、落ちるときはどこまでも落ちていく。
逆に、しっかりとした知識を持ったエンジェルであれば、
場合によってはエンジェルのまま欲望に忠実に生きる個体もいる。

では、ユリアの場合はどうか。
ユリアはかなり変わった性格の神のもとに生まれている。
彼女の父親は地上にエンジェルを下ろしたがらないのだが、
エルへの思いが強いユリアはどうしてもエルを助けていきたいと願い出た。
そのため、地上の魔に簡単に屈しないためにも
通常のエンジェルの何倍もの修練を積み重ねた結果、
チート能力を誇るエンジェルとなり、下界へ下る許可が下りた。
その際神からは、二度と戻ってこないように言われているため、
彼女はすでに天界には帰れない。その上、神はユリアに対して
何が本当に正しいのかは自分で決めるようにと突き放した。

こうしてユリアは、地上に下った後も一つの考えに固執せず
さまざまな視点から物事を考えるようになった。

彼女の強さと人気の秘密は、
こうした努力の賜物であると言える。

バーソロミュ
BACK NEXT