図書室の地味な奴
いつもと変わらず、彼女はそこにいた。
放課後の図書室、その隅の隅に隠れるように小説を読んでる小柄で目元を髪で隠した、いわゆる前髪枠と呼ばれる地味な奴。リボンの色を見る限り後輩ということはすぐに分かった。
利用者が少ないことで有名な当図書室は、昼休みだろうと放課後だろうと人がいないなんてざらで、だからこそ利用者の顔などは自然と覚えた。
「あ、あの」
少しばかり物事に耽りすぎて、彼女が近づいていたのに全く気付かなかった。
「こ、こ、これ、借り……たぃ、です」
「ん、貸出ね」
カウンターを挟んでいるだけなのに、それでも聞こえ難い小さな声で話しかけてくる。図書室だから静かにしないといけないのは分かるが、それでももう少し声を出してくれた方が対応しやすいのに。
パソコンを操作し貸し出しにして、一週間後までに返却をお願いして渡す。その際指先が彼女の手に触れ、びくっと彼女は跳びあがる。
そんなに触られるのが嫌だったのか。と内心落ち込んでいると慌てて言い訳を言い始めた。まったく、変な奴。
顔を真っ赤にしながら帰っていく後姿を見ながら、官能小説の続きを読み始める。
要約すると、巨乳巫女が好きな男性とヤる話。
にしても、この図書室はやけに官能小説が多いのだが、なぜなのだろうか。この前本の整理をしていたら半分はそれだったし、新刊だって三分の一は官能小説だったし、この学校大丈夫か?
◆
「んっ……んん」
意識がぼんやりしている中、唇に柔らかく、それでいてほんのり甘いものが触れている。
「ん……ちゅっ……はぁ……」
息継ぎのためか唇を離し、視界に映るのは巨乳で巫女服を着た女の子で、頬は微かに桜色に染まり、しかし瞳の奥は期待するようにこちらを見ている。
ああ、またこの夢か。
何度も何度もキスをされ、ゆっくりと服を脱がされ、掌に収まりきらないほど大きな胸を楽しみ、騎乗位で何度も何度も制を吐き出す。
「好き、貴方のこと、本当に好き」
ぐったりと倒れ込み、息を荒々しくしながらも何度も好きと呟く姿は、男性の心をぐっとさせるには十分なのだろう。事実、俺も何度かくらっとしたことがあるし。
だが、所詮夢なのだ。
体の感覚が、彼女の体温が、周りに漂う甘酸っぱくも青臭い臭いも、これは本物だと理解していても、どこか足りない夢で。
俺は目の前の女性を拒絶した。
「これ、かえ……します」
カウンターに置かれた本を一瞥し、手元にあった本を差し出す。
彼女はなぜか俺が呼んでいた本を借りることが多く、今日もそれだった。
「どんな……」
「本当の自分を見せる恋バナ」
テーブルに置かれている別の本を読みながら、彼女と会話する。俺が呼んでいたのは貴族と庶民による恋愛小説。
――あなたの本当の姿を見せてください。
ある国に住んでいた女の子が、王子様に一目惚れする。
あんな人と結ばれてみたい。
そう願うが、自分は所詮庶民であり、相手はこの国の王子さま。どうやったって届かない夢物語のはずだった。
しかしそうはならなかった。
突如女の子の前に魔女が現れ、こういった。
――夢を、見てみない?
たった一夜限りの夢物語。
話している内に、なぜか彼女の表情は青くなっていく。大丈夫か、と尋ねると一目散に逃げだしてしまった。
「……俺、何かした?」
静かな図書室に、俺の声は妙に響いた。
その夜も、また同じような夢を見た。
出てくる人こそ違うが、それでも幸せそうに見える夢。
だからこそ、進んでみた。
「いい加減にしてくれ」
腰を振るのを止め自分を見つめる彼女は、ひどく動揺していて、どうしてそんなことを言うのかと悲しそうにする。
何度も何度もよく分からんいい夢を見せられて、自分にとって理想的な女性が求めてくれて――――
その陰で泣いている少女を見て、なんとも思わないわけがない。
視線の先に見えるのは、月明かりによってできた影のみ。目が慣れてきてもそこには何にもないように見えるが、確かにそこにいる。
目の前の何かを退かして影に近づき、腕を伸ばして掴んで引っ張る。
「や、見な……ぃ」
とても地味な黒のドレスに身を包み、小柄な彼女が泣きながら必死に逃げようとする。
まったく、どうしてこうも逃げようとするのか全然わからないが、ここで手を離してはいけないと本能が叫んだので放さない。
「貴女の声を聞きたい」
その言葉に、必死に抵抗していた彼女は動きを止める。
――貴女の声を聴きたい
――貴女の事を見ていたい
――貴族でもなく、庶民でもなく
――ただ、貴女だけを
「……私は、薄汚れた庶民です」
「汚れなど、落とせばいいのです」
小さく、だがとても聞いていて心地よい声が聞こえる。
「……私は、貴方様を騙した酷い女です」
「その程度、許してやればいいです」
唇をキュッと噛み、まだ出てこない。
「……私は、先輩を、好き……ぃなって、いいで、すか?」
途切れ途切れに、涙声で問う彼女に俺は無言で唇を合わせた。
自分からしたたった一度のキス。
窓から差し込む月光に、彼女の微笑みが浮かび上がった。
あれから彼女はほんの少しだけ変わった。
俺の隣で一緒に小説を読み、たまに夢で出てきて。
だけど最後は、必ずいつもの地味な奴に戻って。
「大、好きです。先輩」
返答代わりに、俺は彼女にキスを送った。
放課後の図書室、その隅の隅に隠れるように小説を読んでる小柄で目元を髪で隠した、いわゆる前髪枠と呼ばれる地味な奴。リボンの色を見る限り後輩ということはすぐに分かった。
利用者が少ないことで有名な当図書室は、昼休みだろうと放課後だろうと人がいないなんてざらで、だからこそ利用者の顔などは自然と覚えた。
「あ、あの」
少しばかり物事に耽りすぎて、彼女が近づいていたのに全く気付かなかった。
「こ、こ、これ、借り……たぃ、です」
「ん、貸出ね」
カウンターを挟んでいるだけなのに、それでも聞こえ難い小さな声で話しかけてくる。図書室だから静かにしないといけないのは分かるが、それでももう少し声を出してくれた方が対応しやすいのに。
パソコンを操作し貸し出しにして、一週間後までに返却をお願いして渡す。その際指先が彼女の手に触れ、びくっと彼女は跳びあがる。
そんなに触られるのが嫌だったのか。と内心落ち込んでいると慌てて言い訳を言い始めた。まったく、変な奴。
顔を真っ赤にしながら帰っていく後姿を見ながら、官能小説の続きを読み始める。
要約すると、巨乳巫女が好きな男性とヤる話。
にしても、この図書室はやけに官能小説が多いのだが、なぜなのだろうか。この前本の整理をしていたら半分はそれだったし、新刊だって三分の一は官能小説だったし、この学校大丈夫か?
◆
「んっ……んん」
意識がぼんやりしている中、唇に柔らかく、それでいてほんのり甘いものが触れている。
「ん……ちゅっ……はぁ……」
息継ぎのためか唇を離し、視界に映るのは巨乳で巫女服を着た女の子で、頬は微かに桜色に染まり、しかし瞳の奥は期待するようにこちらを見ている。
ああ、またこの夢か。
何度も何度もキスをされ、ゆっくりと服を脱がされ、掌に収まりきらないほど大きな胸を楽しみ、騎乗位で何度も何度も制を吐き出す。
「好き、貴方のこと、本当に好き」
ぐったりと倒れ込み、息を荒々しくしながらも何度も好きと呟く姿は、男性の心をぐっとさせるには十分なのだろう。事実、俺も何度かくらっとしたことがあるし。
だが、所詮夢なのだ。
体の感覚が、彼女の体温が、周りに漂う甘酸っぱくも青臭い臭いも、これは本物だと理解していても、どこか足りない夢で。
俺は目の前の女性を拒絶した。
「これ、かえ……します」
カウンターに置かれた本を一瞥し、手元にあった本を差し出す。
彼女はなぜか俺が呼んでいた本を借りることが多く、今日もそれだった。
「どんな……」
「本当の自分を見せる恋バナ」
テーブルに置かれている別の本を読みながら、彼女と会話する。俺が呼んでいたのは貴族と庶民による恋愛小説。
――あなたの本当の姿を見せてください。
ある国に住んでいた女の子が、王子様に一目惚れする。
あんな人と結ばれてみたい。
そう願うが、自分は所詮庶民であり、相手はこの国の王子さま。どうやったって届かない夢物語のはずだった。
しかしそうはならなかった。
突如女の子の前に魔女が現れ、こういった。
――夢を、見てみない?
たった一夜限りの夢物語。
話している内に、なぜか彼女の表情は青くなっていく。大丈夫か、と尋ねると一目散に逃げだしてしまった。
「……俺、何かした?」
静かな図書室に、俺の声は妙に響いた。
その夜も、また同じような夢を見た。
出てくる人こそ違うが、それでも幸せそうに見える夢。
だからこそ、進んでみた。
「いい加減にしてくれ」
腰を振るのを止め自分を見つめる彼女は、ひどく動揺していて、どうしてそんなことを言うのかと悲しそうにする。
何度も何度もよく分からんいい夢を見せられて、自分にとって理想的な女性が求めてくれて――――
その陰で泣いている少女を見て、なんとも思わないわけがない。
視線の先に見えるのは、月明かりによってできた影のみ。目が慣れてきてもそこには何にもないように見えるが、確かにそこにいる。
目の前の何かを退かして影に近づき、腕を伸ばして掴んで引っ張る。
「や、見な……ぃ」
とても地味な黒のドレスに身を包み、小柄な彼女が泣きながら必死に逃げようとする。
まったく、どうしてこうも逃げようとするのか全然わからないが、ここで手を離してはいけないと本能が叫んだので放さない。
「貴女の声を聞きたい」
その言葉に、必死に抵抗していた彼女は動きを止める。
――貴女の声を聴きたい
――貴女の事を見ていたい
――貴族でもなく、庶民でもなく
――ただ、貴女だけを
「……私は、薄汚れた庶民です」
「汚れなど、落とせばいいのです」
小さく、だがとても聞いていて心地よい声が聞こえる。
「……私は、貴方様を騙した酷い女です」
「その程度、許してやればいいです」
唇をキュッと噛み、まだ出てこない。
「……私は、先輩を、好き……ぃなって、いいで、すか?」
途切れ途切れに、涙声で問う彼女に俺は無言で唇を合わせた。
自分からしたたった一度のキス。
窓から差し込む月光に、彼女の微笑みが浮かび上がった。
あれから彼女はほんの少しだけ変わった。
俺の隣で一緒に小説を読み、たまに夢で出てきて。
だけど最後は、必ずいつもの地味な奴に戻って。
「大、好きです。先輩」
返答代わりに、俺は彼女にキスを送った。
16/06/28 23:17更新 / 土鍋大根