天使と悪魔とジパングの侍!
「う〜ん、潮風が気持ちいい〜!」
「だよね〜。でもあまり身を乗り出すと危ないよ?」
「わかってるって!前の時も落ちまではしなかったでしょ?」
氷山から無事帰宅した私達は、軽い凍傷やその他の傷を癒す為に数ヶ月は家で大人しくしていた。
まあどちらにせよ私とモーリンが出会った時に調べていた4か所は全て見て回ったわけなので、どこかに行くためには色々と調べ物をしないといけなかった。
傷を癒し、ちょっとずつ魔界に馴染んでいる自分の立場なんかも考えつつ、昔の記事や図書館の本などを調べ……私達はとある場所にある宝を見つけに行く事にした。
「私ジパングなんて初めて行くよ!どんなところかすっごく楽しみ!」
「ボクも話を聞いた事あるだけだからね。実際には行った事無いから凄く楽しみだよ!!」
それは、大陸から離れた場所にある島国、ジパングにある秘境だった。
ジパングの南にある山の中に人々に知られざる秘境があるらしく、そこには昔の物語内に出てきた神秘の道具が実在している可能性があるらしい。
ハッキリとあるという確証は得られなかったが、ジパング自体行った事無かったので、これを機に向かう事にしたのだった。
最初の遺跡や海の洞窟で手に入れた資金のおかげで旅費は沢山あるし、観光も兼ねて船でジパングに向かっていたのだった。
「ご近所やバフォさん、狸さんにもお土産買ってあげないとね。秘境もだけどジパング自体が凄く楽しみでワクワクして昨日はあまり眠れなかったよ」
「はは……寝不足で倒れたりするなよセレナ。思う存分楽しむなら元気でいないとね」
「そうだね。まあ元気はあるし大丈夫だよ!」
換金所の刑部狸さんに聞いた話では、ジパングでは生魚やてんぷらやおにぎりなど、私達の住む地域とは異なった食文化があるらしい。
それに今の時期は桜というピンクの花が満開で綺麗なのだそうだ……どれだけ綺麗なのか今から楽しみで仕方が無い。
こんな感じでまだ見ぬジパングに想いを馳せながら、船の上から海を眺めていた時の事だった。
「あっ!エンジェルがいるかと思えば主様の命に背いた愚か者のセレナじゃないですか!」
「ん?」
突然後ろから失礼な事を言う声が聞こえてきた。
どうやら私の事を知っているらしい……というか、どこかで聞いた事ある声だなと思って振り向いてみたら……
「あ、ベリルじゃんか!久しぶり!」
「久しぶり……じゃないです!こんなところで魔物と一緒に何してるのですかあなたは!!」
そこには純白の衣装を着たエンジェル、しかも私と親しかった者の一人、ベリルが私を睨みながら立っていた。
久々に会った友人の姿に懐かしいなと思いつつ、たしか勇者個人のもとに送り出されたベリルがここにいる事に疑問に思って話を進めた。
「何してるというか……むしろなんでベリルがここに?別に魔物化もしてなさそうだけど、なんでこんな魔物が普通に居る船、しかも魔物との共存が進んでいるジパング行きの船に乗ってるの?」
「私達は今とある作戦を決行しようとしているのです。その作戦の重要人物がジパングに居ると言うので勇者ペリドと共にお迎えに向かっているところなのです。そうでなければこんな魔物臭い船なんかに乗るわけがないです」
「ふーん。勇者も乗ってるんだ。この船で暴れたりしないよね?」
「しないですよ。流石にこの船で魔物退治なんかしたらどうなるかはわかります。感情を抑えて部屋で待機してるです」
なんとなくそっけない態度を取ってくる友人。
まあベリルは主神の事大好きだし、今私は堂々とサキュバスの隣にいるし、そもそも魔力探知が得意だったから私がほぼ魔物化している事もお見通しだしとまあこんな態度になるのも当たり前といえば当たり前だ。
ちょっと寂しい気もするが……まあその時が来るかはわからないが棘が無くなるまでの辛抱だろう。
「あー、誰かと思えば前言ってた友達か。それなのにセレナにたいして冷たくないかい?」
「ふん。淫魔には関係ない事です。あなたなんか神の捌きでも受けてしまえばいいのです」
「え?ここ海だからポセイドンの支配下だし、受けるとしたら君だと思うよ?」
「そういう事を言っているのではないのです!!」
ずっと私達の会話を静観していたモーリンも混じってきた。
多分今ベリルの中では「穢れた魔物と会話なんてする気ないです!!」みたいな事を思ってるだろう……かつての私もそうだったからし、なんだかんだ似た者同士だったからなんとなくわかる。
それでも適当に流さないのがベリルっぽい……こいつは変わらないな。
「ま、まあセレナはまだエンジェルではあるからいいです。昔馴染みですし、ついでにセレナと仲よさげなそこのサキュバスも見逃してあげます」
「あ、そりゃどうも」
「はぁ……なんで皆こうも魔物に流されてしまうのですか。主様への敬意が足りなさすぎですよ」
「だって教会で雑用するよりお宝探しの方が楽しいし充実してるし新たな発見もあるうえに世界を知れていいもの。知ってる?魔物だって愛しあったり恋したり、人を幸せにしようとするんだよ?」
「知らないです!!二人が何と言おうが私は騙されません!!」
「あっそう……ん?」
なんと頭がカチカチなエンジェルだろうか……かつては特になんとも思わなかったが、主神に入れ込んでるエンジェルはこちらが何を言っても聞こうとしないから面倒である。
そんな感じに呆れていたのだが……ベリルの言葉にちょっと引っかかるものがあった。
「二人?」
「そう、二人です!久々にこの船であったと思ったら完全に堕ちているんですよ!?汚らわしくてつい殴り飛ばしちゃいましたよ!!」
「ホント酷いんだよセレナ。ベリルったらあたしが折角エッチの素晴らしさを教えてあげようとしたらいきなり殴るんだよ?」
「うわっ!?何時の間に!?」
「あれ?もう一人……今度は黒いのが増えた」
二人とはいったい……と思ったら、いきなり上からベリルの頭の上に腕を組むように降りてきた黒い翼を持ったエンジェル……ダークエンジェルがが現れた。
このダークエンジェル、どこかで見覚えが……
「もしかして……フローラ?」
「そうだよ!おっひさ〜セレナ!セックスしてる?」
「相手いないししてないけど……あんた見事に堕落神に染まってるわね……」
「あー、この子がもう一人の友達ね」
「ども。あたしはフローラ!セレナと頭カチカチベリルの友達でーす!」
やはりこのダークエンジェルは私のもう一人の友人、フローラだった。
たしかフローラは私と同じくどこかの町の教会に派遣されていたと思うが……見事なまでに堕落しきっていた。
フローラから性臭が少しするし、ちょっと前までシていたのだろう。
「ちょっと!降りるのです性欲の権化!!」
「酷い言い草だなぁ……それが友達に向けての言葉なの?」
「悪に走った友に向けての精一杯の言葉です!!」
「悪だなんて酷いな〜。あたしは夫のムトーと四六時中セックスしてるだけ。つまり二人で気持ち良く愛を確かめ合ってるだけじゃんか!」
「そんな欲に塗れた愛なんか認めないのです!!」
たしかフローラのほうが主神に従っていた気がするし、もっと物腰が柔らかくて大人しい性格だった気もする。少なくともこんな軽々しい挨拶をするようなエンジェルでは無かったと思う。
それがダークエンジェルになっただけでこんなにも明るく活発になるとは……堕落神恐るべし。
「セレナはあたしの言ってる事わかるよね?おちんぽ苛めたりしたいよね?」
「まあ……ちょっとはね。流石に四六時中セックスとか引くけど……てか幸せにする為気持ち良くしようとか思わないの?」
「そ、そんな卑猥な言葉を簡単に口にするほうも引くです!!あとそんなので幸せとか認めないです!!」
「二人ともまだまだだなぁ。愛する人の上で腰を振って、身体中ザーメンだらけにして、おまんこでおちんぽをぐちょぐちょにして精液を搾り出すのが堕落の使徒としては正しい姿だと思うよ?」
「別に私は堕落神の僕じゃないからね。そこのサキュバスのモーリンもよくシてるけど気持ち良くなってもらうってのが良いんだよ。自分から腰を振るなんてありえないよ。腰は振ってもらうものだって私は思うよ?」
「あ、あなた達二人とも考えがおかし過ぎです!!共に主様のもとで教えられた事を忘れたのですか!?」
「「うん、忘れた。だって間違ってる部分もあると思うもん」」
「なっ!?」
会話の中身はともかく、久々の友人達との会話は楽しかった。
モーリンも見ていて面白かったらしく、船の手摺りにつかまってずっと笑い続けていた。
途中でフローラが私に堕落神を勧めてきたり、ベリルを堕とそうとしたり、そんなベリルの叫び声を聞いた勇者のペリドが乱入してきたり、騒いでいた私達全員が船員のスキュラに怒られたりしながらも楽しい船旅を続けたのだった。
……………………
「それじゃあ二人とも、私達あっちだからここで。また機会があったら会おうね!」
「あたしも二人と違う方向に旅行しに来ただけだからこれで。セレナには早く相手が見つかる事を、ベリルには早く勇者君と一緒に性欲に溺れる事を願っておくね」
「余計なお世話です!!今回は別目的があるし二人とも友達だから見逃しますけど、今度大陸内で出会ったら罰を与えてあげるです!!」
懐かしい顔ぶれとの数日間の船旅も終わりを告げ、私達は念願のジパングに下り立った。
「モーリン……ベリルが不快な思いさせてたんなら謝るわ……」
「はは……ホント面白い友人だったね。別に不快に思ってなんかないよ。勇者やエンジェルにしてはきちんとボクとも話してくれたし、いきなり襲いかかったりしなかったし、船旅も楽しかったからね。あとはベリルちゃん達が早く恋仲になる事を願うだけさ」
「やっぱあの二人って絶対好き同士だよね。普通に恋ぐらいしてもいいのに、二人とも主神の言葉をガチガチに捉え過ぎだよね。欲に溺れなければセックスしても問題無いし、そうじゃないと子供も生まれないんだから……」
「フローラちゃんは早く旦那さんとの子供が出来たらいいね……そしてボク達は旦那さんを見つけないとね」
「ホントそうだよね……いい人居ないかな?」
ジパングについて早々二人と別れた後、あの二人の話で盛り上がる私達。
ベリルはちっとも変って無かったし、フローラは変わり過ぎてたけど、なんだかんだで楽しかった。
フローラは勿論、ベリルも魔物になった私やフローラの事をちゃんと友達だと思ってくれているみたいだし、そこは嬉しかった。
「さて、早速だけどお昼ご飯にしよう!ボク目の前の店のお蕎麦ってのを食べてみたいんだけど、セレナはそう?」
「私も食べる!早速入ろう!」
船での話もそこそこにして、折角のジパングを楽しもうと私達は木造のお店に入った。
そこで話に聞いていたお蕎麦を注文して早速食べてみた……今までにないいい香りのする麺に、私はおもわず2杯も食べてしまった。
ただ、その時に一緒に出された山葵とやらはツーンとして涙が出て来て大変だった……モーリンはそれがまた風味が出ていいじゃないかと言っていたが、私にはわからなかった。
そして、街の外れのお菓子屋で饅頭と最中と3色団子を購入して、食べながら目的地に近い町に向かって山道を歩き始めた。
「むぐ……どうやらこの舞ってるピンクの花びらが桜らしいよ」
「ぱく……いっぱい並んで綺麗だよね。ただ私は花よりこの甘味の美味しさに感動してるけどね」
「はは、セレナは花より団子か」
「ん?何それ?」
「ジパングの諺さ。まさに今のセレナみたいなものを指すんだよ」
「へぇ……それもジパング人に教えてもらったもの?」
「そうだよ。ホント、あの人には色々と聞いたなぁ……」
小豆と餅を使った美味しいお菓子に舌鼓を打ちながら、桜の花びらの舞う道を歩き続ける私達。
時々すれ違う人達が物珍しげに私達を見てくるが、私達からしたら黒目黒髪が多くて着物という綺麗な衣服を着ている人のほうが珍しく見えた。
川沿いを遡って次の街に向かっている事もあり、途中でジパングのサハギンとも言える河童と出会って、気前よく手にしていたきゅうりを1本ずつくれた。綺麗な川の水で洗ってあって新鮮だからそのまま食べられると言うので齧りついてみたが……たしかに新鮮で水分をたっぷり含んでおり美味しかった。
「さーて、お昼はそばを食べたけど、夜はどうしようか?」
「ん〜……気になるものが多すぎて悩むな〜……サバ煮にうどんに天ぷら定食、刺身に野菜の漬物に焼き魚……どれにしようかなぁ……」
そしてすっかり日が暮れた頃、ようやく隣の街についた私達は宿を探しだし、夕飯をどうしようか悩んでいた。
宿の女将である稲荷さんが親切に教えてくれた大衆食堂に来てみたのだが、どれも見た事のない料理ばかりで、どれに手をつけようかずっと考えていた。
お金の心配は一切しなくていいと言えども、お腹に限界はあるから全部頼むわけにもいかないので、慎重に考えていた。
「お茶です。急須はここ置いときますな。お客さん、ご注文はお決まりで?」
「えっとごめんなさい。どれにしようかまだ迷ってます……」
「そうかい。じゃあもっと悩んでても良いから、決まったら呼んでな。よくわからんのなら他のお客さんに聞いてみるのも良いで」
「ありがとうございます」
無料で配られたあったかい緑茶を啜りながら悩む……
モーリンもある程度絞れはしたようだが悩んでいるようで、他のお客さんに聞いて回っている。
そのお客さんも人間に混じって稲荷やジョロウグモ、アカオニにシロヘビとジパング特有の種族がいた。みんな親切で、食事中にもかかわらず私達がこのメニューがどんなものかを聞いても邪険にせず丁寧に教えてくれた。
「すみませーん!注文決まりましたー!!」
「はいはい。どうしますか?」
「ボクは天ぷら定食でお願いします!」
「私は季節のお刺身盛り合わせ丼をお願いします!あ、わさび抜きで!」
「かしこまりました。ちょっと待っててな」
そうして決めた物を注文して待つこと十数分、美味しそうな匂いがする天ぷら定食とお刺身盛り合わせ丼が運ばれてきた。
昼もそうだが慣れない箸をなんとか使って食べてみようとして全然掴めなくて断念し、マイスプーンを使って醤油を掛けた生の魚の切り身をご飯と共に口に運んだ。
その瞬間……生魚……いや、刺身の香りが刺激し、口の中に幸せが広がった。噛んだ時のぷりっとした食感と、舌に乗せた時のとろける味わい……臭いはずの生の魚からどうしてこんなに感動するような味わいがするのだろうか……
また醤油や刺身が噛めば噛むほど甘味がする白米と相性が良くて、気付いたら私は次々と口の中にご飯を運んでいた。
付け合わせでついてきた味噌汁も一口……味噌の香りと出汁が効いてて、体が温まる。
「お刺身凄く美味しい……毎日食べてもきっと飽きないよ……」
「ホントに?カボチャか茄子か大葉かエビの天ぷら一つ上げるから一口頂戴」
「いいよ。じゃあエビ貰うね」
モーリンの天ぷらと交換して、勢い良く齧り付く。瞬間はじけ飛ぶ天ぷら。
サクサクとした衣の触感にぷりっぷりのエビの身が合わさって口の中がとんでも無い事になっていた。
これは美味しすぎる……次のご飯は天ぷらを中心に食べてみようと思った。
それと何気なく飲んでいたが、緑茶の渋さがまた料理によく合うのだ。
緑茶はたしか旅館にも置いてあった気がするから一つ買っておこうと思った。
「ジパング料理美味しすぎる……ジパング料理屋近所に出来ないかな……」
「今度換金所の刑部狸さんに作ってもらおうよ……あとお湯入れて溶くだけスープに味噌汁も追加してもらおう」
「それいいね!ぜひ作ってもらおうよ!」
ジパング料理に大満足している私達。
周りの人達はそんな私達を見て微笑んでいる……どうやらここまで大袈裟にジパング料理を褒める私達に気を良くしているようだ。
まあジパング人からしてみればこの料理は日常的に食べているのかもしれないけれど、私達にとっては未知との出会いだったのだから大げさになるのも仕方ないと思う。
「はあ〜ごちそうさま!いやあジパングってこんなに美味しいものばかりでズルイ!」
「ホントにズルイ!毎日がごちそうみたい!」
美味しい美味しいと食べ続けていたらあっという間に食べ終わり、大満足の私達。
「すみませーん。席空いてますか?」
「いらっしゃいませ。空いてますよ。今異人さんがいらっしゃっててお店が盛り上がってるんやよ」
丁度そのタイミングで誰かが入店したようだ。
見たところ黒短髪で優しい顔のジパングの侍さんみたいだ。腰に刀を携えているのがここからでも見てわかる。
「あ……あーっ!!」
「ん?どうしたのモーリン?」
そんな侍さんを見ていたら、突然その侍さんを指差して叫んだモーリン。
「ん?お、お前さんはあの時の娘!ジパングに来てたんか!」
「て事はやっぱりあの時の!」
そしたらその侍さんもモーリンを指差して叫んだ。
どうやら知り合いらしいが……
「ねえモーリン、もしかして何度かモーリンの口から出てきたジパング人?」
「うん!ボクらと同じトレジャーハンターをしてるジパング人で、名前は隻影さんって言うんだ。ボクがトレジャーハンターを目指すきっかけになった人でもあるんだ!」
「へぇ〜……」
隻影さんは今までにも何度かモーリンの口から出ていたジパング人その人であり、トレジャーハンターであるらしい。
「本当に久しぶりだな」と言いながら私達が座っている座布団の隣に来た隻影さんは、ここで初めて私に気付いたのでとりあえず自己紹介しておいた。
近くで見てみると身長はモーリンと比べて少し低いぐらいで、顔はそこそこ整っており、いかにも優しそうな人だった。
「いやあ、魔界ではお世話になった。あらためて礼を言うよ」
「気にしないでよ。ボクだって人間だった時とサキュバスになってからの2回も助けられてるんだからさ」
「え?助けられたって……何かあったの?」
「ボクが小さい時に迷子になっていた所をたまたま通りかかった隻影さんが助けてくれたんだよ。その時一緒にお宝も探しに行ってさ、それが楽しかったからボクはトレジャーハンターやってるんだ。サキュバスになってからは本当に命を救ってもらったんだよ」
「いやあ、あの時は頭の固い連中が妖怪だからって理由だけでお前さんを殺めようとしていたからな。それはおかしいだろうと俺は斬り掛かっただけさ。むしろその後よくわからなかった目的地まで案内してくれた事で俺は無事宝も手に入れ帰る事が出来た。本当にありがとう!」
どうやら互いに過去にお世話になったらしかった。
特にモーリンにとってはトレジャーハンターを目指すきっかけを与えてくれた人物らしい……それなら何度もジパング人というか隻影さんの話が出ても不思議では無い。
「ところでお前さん達、どうしてジパングに来たんだ?」
「ああ。今回はこの先にある街を越えたところにある山にあると言われる秘境に眠る神秘の道具とやらを探しにね」
「なるほど……お前さん達も山神の宝玉狙いか」
「も?という事は隻影さんも……」
「ああ。俺もそれ狙いでここに来た」
そんな隻影さんだが、なんと私達と同じ目的があってここまで来ていたらしい。
どうやら神秘の道具は山神の宝玉と言うらしい……名前からして神にまつわる宝玉なのだろう。
「そうだ!ならさ隻影さん、ボク達と一緒に行かない?」
「え?俺はいいが、お前さん達はそれでいいのか?」
「別にいいよ。隻影さんが一緒のほうが心強いし、別に分け前とか建前とか気にしないし。ねえセレナ?」
「うん。一緒の物が目的なら一緒に行こうよ!」
「そうか。女子の願いを無碍には出来んしな……ならば一緒に行こう!」
「きっまりー!」
だから、私達は明日から隻影さんと一緒に行動する事になった。
「えっ!?あの氷山の宝を持って行ったのは隻影さんなの!?」
「おう。どうやらモーリンとセレナには悪い事してしまったようだな」
「ううん。ああいった財宝系は早い者勝ちだから全然悪い事だなんて思ってないよ。でもやっぱ隻影さんだったか……切り口が芸術みたいに綺麗だったからもしやと思ってたんだよ」
隻影さんが食事している間、私達はわらび餅というきな粉の付いたおもちを食べながらトレジャーハンターとして今までどういった場所に行っていたか話をしていた。
その途中で、私達が前回行った氷山の話が出てきたので問い詰めてみたところ、どうやらあの氷の柱の財宝を持って行ったのは隻影さんだったらしい。やかんを忘れたと言ったので確定だ。
腰に携えてある刀でスパッと斬ったらしい……溶けないだけで斬れると思ったから斬ったと本人は言うが、そもそも普通の氷ですらそう簡単に斬れるものではないので、剣術の腕前は相当凄いだろう。
なお中の財宝そのものは陰陽師という魔術師みたいな力を持つ狐憑きに解除してもらったらしい。その際報酬の3割を持ってかれたとか……
まあそんな事はともかく、そんな凄腕のトレジャーハンターと一緒に行動できるというのは実に心強く、私もモーリンも大喜びだった。
「隻影さんってどこの宿使ってるの?」
「俺はお前達の向かいにある宿に泊まってる。明日9時に出て合流してから出発しよう」
「それがいいかな。じゃあ隻影さん、また明日!」
「おう!」
食事も終わり、店から出て泊まっている宿に向かう私達3人。
明日の集合時間を決めてから、私達は別れた。
隻影さん……凄く優しくて、強そうな人だったな……
……………………
「さて、ここが宝玉があると言われている秘境がある山か……」
「道中険しそうだね……細い木がいっぱい生えてるし草も生い茂ってるから飛べそうにないな……」
「しかも枯葉が沢山落ちてる。足下が滑りやすくなってるから二人とも気をつけるんだぞ」
あれから数日経った。
急ぐ旅でもないので、私達は隻影さんと一緒にジパングの文化や料理を存分に堪能しながら目的の山を目指していた。
そして今日ようやく目的の山の入口に辿り着いたのだった。
この山には色々と魔物が住んでいるようで、中にはウシオニなんて危険なのも居るらしい……とは言っても、そう私達がやられるとは思えないのでそこは気にする事は無いだろう。
むしろ大変なのは地形のほうだ……秘境があるのは山の奥の方らしいので、何度も登ったり下ったりを繰り返さないといけないうえに、斜面も急で石や落ち葉があちこちに散らばっている為疲労が凄い事になりそうだ。
「モーリンは背があるから頭上に注意しろよ。妖怪だから妖怪の罠は問題無いだろうが、普通の蜘蛛の巣とか顔に掛かったら気持ち悪いだろうからな。セレナは背が無いから急な斜面や岩肌なんかの高低差があるところは登り辛いだろうから、どうしても無理そうであれば言ってくれたら引き上げてやるからな」
「細いけもの道みたいな所を進むわけだしそれぐらい注意するつもりだよ。そもそも隻影だってボクより身長が低いと言ってもほぼ同じぐらいなんだから気をつけてよ?」
「私だって登るほうは問題無いと思う。最悪少しなら翼を使って浮けるしね」
「ああそうか。二人とも飛べる妖怪だったな。それなら道から足を滑らせてもなんとかなりそうだな」
隻影さんも一緒になってここまで来たのだが……やはり頼りになる。
ジパング人だからジパングの勝手もわかるという事で何かとお世話になった。特に箸の使い方は教えるのが上手くて、私もモーリンも白米を食べる程度なら使えるようになっていた。
それに何かと私達に優しくしてくれた……下駄と言う変わった靴を履いた時にモーリンが転んでしまった時も手を差し伸べて起き上がりやすくしてくれたし、私が手が届かないような場所にあるものを取ろうとしたらわざわざ取ってくれたりと、上げればキリがない程こちらから申し出なくても色々と気を使ってくれていた。
「それじゃあ登るぞ。辛かったら休憩するから言ってくれよ」
「大丈夫!ボク達魔物だからそこらの人間よりはよっぽど体力あるからね!」
「ははっ!それもそうか!!」
今もそう……私達の気を遣ってくれたり、色々と注意を促してくれている。
「よしじゃあ登るか。足下に気をつけろよ!」
「わっと!石にも気を付けないとね。危うく足捻るところだったよ」
「よいしょっと。これどれだけ進まないといけないかな……」
そんな気を遣ってくれる隻影さんを中心に、モーリンが先陣を切って、私は一番後ろで先を注意しながら、私達は山を登り始めた。
しかしながら……道中の足場は氷山以上に酷いものだった。
石や枯葉を踏んで滑ったり転んだりしそうになったり、木の根や突出した岩に躓いたり、またモーリンや隻影さんは低い位置にある木の枝でおでこをぶつけたりしながらもなんとか進む。
「やっぱちょっとキツイな……うわっ!?」
「ちょっと足場が不安定で歩き辛い……きゃっ!?」
「おっと!二人とも大丈夫か?」
「「あ……うん。ありがとう……」」
その途中、モーリンはは岩に足を引っ掛けて登ろうとして踏み外して後ろ向きに、私は枯葉で隠れていた木の根に足を引っ掛けて前のめりに二人同時に転んでしまった。
しかし、身体が地面に叩きつけられる前に私達は停止した。なぜなら、私達の間にいた隻影さんが片手で二人を支えてくれたからだ。
おかげで倒れて怪我をする事無く済んだ……起き上がった時、私は感謝の気持ちでいっぱいだった。
「セレナ、隻影さん、ここ木が出っ張ってるから足下引っ掛けないように注意してね」
「モーリンもね。頭にギリギリ掠める位置に蜘蛛の巣があるから気をつけて。隻影さんもその木には触れないほうがいいと思う」
「おおっと、棘が付いていたか。ありがとなセレナ」
ただ、私達も助けられてばかりでは無く、互いや隻影さんを助けながら登っている。
「ふぅ……大分緩やかな場所に出たな」
「そうだね。3人が横に並んで歩ける程度にはなった」
「斜面も急じゃなくなったおかげで転ぶ心配も無くなったね」
そんな感じに互いに支え合いながら、私達は山の頂上付近の斜面が緩やかな場所に出た。
ここは木もカラットフォレストと同じように一本一本の間が広いので見通しも良く、丁度開けている場所でもあって遠くの街の景色なんかがよく見えた。
残念ながらここらの桜はもう散ってしまっているので木々は緑色ばかりだが、それでも美しいのには変わらなかった。
「さて……秘境とやらはどこにあるのかね?」
「ここらに棲む妖怪が何か知ってるかもしれんが……アレは教えてくれないだろうしな」
「アレ?」
「ああアレ……」
景色は美しかったが、私達の目的はただの登山ではなく秘境探しだ。
だからまた山の奥深くに行こうとしたところで……私達の前にある魔物が姿を現した。
「おいテメエら、そこの男をオレに寄越しな!」
「厄介なのが来たなぁ……」
「あん?ゴチャゴチャ言ってないでそこの男をオレに寄越せ。お前達の臭いがしないからその男と関係なんてねえんだろ?ムラムラしてっからさっさと寄越せ!」
太く大きな角、毛深く鋭い爪が付いた手、そして黒い毛に覆われた蜘蛛の下半身……相手を蹂躙してやろうと言わんばかりの表情を浮かべながら私達の前に現れたのは、大人しい印象が強いジパング系の中では珍しく凶暴な怪物と呼ばれる魔物……ウシオニだった。
「ウシオニか……退けるのはちょっと面倒だね」
「ああん?テメエオレを退けられると思ってるのか?大人しくオレに犯されてろ!」
「あのねえ……全くもって面倒だけど、邪魔されたくないから抵抗させてもらうよ」
「やる気か?ただじゃ済まさねえぞ?」
ウシオニの血は魔物の魔力の塊だ。こちらがその血を浴びてしまえば隻影さんはあっという間にインキュバス化、私もモーリンも一瞬で発情確定だ……私に至ってはダークエンジェルになりかねない。
とすると私達はウシオニを怪我させる事無く追い払わなければならない……隻影さんの武器は刀だから難しいところだ。
「おら!さっさと気絶しな!!」
「モーリンは上空へ!セレナは後ろに回ってこいつの動きを止めるんだ!」
「了解!狙いは隻影さんだから気をつけて!」
しかし、ウシオニの方から殴り掛かってきたので、黙って突っ立っているわけにはいかない。
どうやら隻影さんに何か考えがあるらしく、私達に指示してきたのでその通りに動く……モーリンはウシオニの頭上に跳び上がり、私は潜り込むようにしながら後ろに回った。
ウシオニの目的はあくまでも隻影さんとセックスする事だ……私達は眼中にない。
その為ある程度の大袈裟な動きならばバレずに動けるのでやりやすかった。
「おいこら!抵抗せずにとっとと捕まりな!!」
「断る。見ず知らずの妖怪と身体を重ね合わせる気は無い」
「という事だ!これでも喰らえ!!『シャドウバインド』!」
「ふん!さっきから上空でちょろちょろしてると思ってたが……んなもん当たるかよ!」
「だろうね。だから避けたところで私が束縛魔術を使うんだよ。『ホーリーバインド』」
「なっ!?クソ……小さくて詳しい場所まで掴めて無かったぜ……こんなところにもう一人のチビが居たなんて……」
上から奇襲を掛けたモーリン……影の触手がウシオニに襲いかかったが、易々と避けられてしまった。
だが、それは囮だ。ある方向にだけ避けやすいようにわざわざモーリンが放ったものだ。
そう……後ろに回ってずっと気配を消していた私の真上に跳び上がるようにだ。
狙い通り私の真上に飛んできたウシオニに、私は気付かれる前に光の鎖をウシオニに放ち束縛した。
「だがこんな鎖……オレの手に掛かれば引きちぎる事など……」
「なに、一瞬でも動きが止まれば問題無い……変な所を怪我させても困るからな!!」
「なっ!?うわっ!?」
そんな状況でも余裕のウシオニ……実際相当力があるのか、光の鎖は普通の鎖の何十倍もの強度がある筈なのに引き千切られそうになっていた。
だが……それでも今この瞬間は動きが制限されている事には変わりない。
その一瞬で……隻影さんは刀を引きぬき……目にも止まらぬ速さでウシオニを切り裂いた。
「な……あ……あ……」
「さて……これ以上薄着にされたくなかったら大人しくしてくれないか?下手すると身の方も削がれてしまうかもしれないから暴れるのもよしてくれないか?」
「うわ……相変わらず凄い刀捌きだね……」
いや……正確には、ウシオニの体毛を大事な部分以外ほとんど剥ぎ落したのだ。
自分が気付かないうちにツルツルになってる手を見つめながらアワアワと震えているウシオニ……戦意は無くなったようだ。
「まあ精を注いでもらったらウシオニの回復力もあってあっという間に生えると思うよ。隻影さんは譲ってあげないけど、向こうの方から男の精を感じるからね」
「おお、そうか。じゃあそっち行くよ」
「いやちょっとモーリン……たしかに隻影さんは譲れないけど、だからって他の人を犠牲にするのは……」
「犠牲じゃないって。ウシオニが居ると言われてる山に一人で来るなんて襲って下さいって言ってるようなものだし、多分ウシオニかまた別の魔物に襲われに来た人だと思うよ」
「まあたしかにこの山は商人や旅人がどうしても通らなければいけない場合、数人で固まってかつ退魔師や他の妖怪に付き添ってもらう事になっているからな。そうでないならモーリンの言う通りなのかもしれない」
戦意を無くしたウシオニにモーリンが遠くに男がいると言った事で、完全に隻影さんの事は諦めたようだ。
もう既に隻影さんを狙っている雰囲気は無い……鎖を外しても大丈夫だと思い魔力を絶ったが、やはり大人しくしていた。
まあ暴れたら次こそスパッと斬られてしまうだろうからね……たとえ回復力が凄いウシオニでも怖いのだろう。
「んじゃオレはあっちに行く……」
「あ、ちょっといいかな?この山に秘境があるって聞いたんだけど何か知ってる?」
「秘境?さあな。変な感じがする場所ならあるが、それが秘境かはわからんな」
「一応教えてくれません?もしかするかもしれないので」
「しゃーねえな。この先の山の中腹に苔むした社がある。そこらへんが変な感じするんだよ」
「なるほど……ありがとう。もういいよ」
秘境かどうかはわからないが、不思議な場所の話を聞き出した後、ウシオニは一目散にモーリンが指した方角へ消えて行った。
私達はそんなウシオニを見送った後、教えられた場所まで足を進めたのであった。
道中大百足やアカオニなんかにも遭遇したが、ウシオニと違い隻影さんが襲われる事は無かった……どうやらウシオニがいとも簡単に屈した事をこっそり見ていたカラステング伝いで知っていたようで、手を出そうとしなかったようだ。
本当にホッとした……
「苔むした社……これかな?奥に続いてるようだけど……」
「……たしかになんか変な感じがするね……」
「う〜ん……なんというか……本当に変な感じね……」
「そうか?俺は何も感じないけど……」
道なき道を助けあいながら進む事数時間……ついに目的の社を見つける事が出来た私達。
たしかにウシオニが言っていたように変な感じがする……妙に胸騒ぎがするというか……
「もしかしたら妖怪だけが感じる何かが作用しているのか?」
「あーそうかも……これもしかして私達が進むのはマズイかも……」
「でも先に行かないとわからないからね……とりあえず進むよ」
それでも、秘境に行く為にも宝玉を手に入れる為にもこの洞窟を進まなければならない。
だから、私達は覚悟を決めて社の奥に進んで行った。
「うぅ……やっぱなんか気持ち悪い……」
「大丈夫かモーリン?やっぱ引き返すか?」
「ううん、大丈夫。セレナは平気?」
「一応ね……変な気分はするけど、気持ち悪くは無いよ」
もやもやする中、なんとか進んで行く私達……結界のようなものでも張り巡らされているのか、歩くたびに妙な気分になってくる……
なんというか……体内の魔力が渦巻いてるというか……魔力が暴れているというか……魔力が変換されているような感じが……
「……もしかして……」
「ん?何かわかったのかセレナ?」
「うん……ただ、わかったところでどうすればいいかわからないんだよね……でも一応言うね。多分だけど、現魔王の魔力を遮断する結界か何かが張り巡らされてると思う。私よりもモーリンのほうが体調が悪そうなのもそれが原因じゃないかな」
「そっか……セレナは魔物化してると言っても、元からエンジェルだし、身体の作り自体はそう変わってない……けど、私は元人間でも既に魔物そのものだから苦しいんだ……」
「なるほど……妖怪が近付いたら変な感じと言っていたのはその為か……」
当たっている確証はないが、おそらく魔力そのものに影響を与えてる事は間違ってないだろう。
身体の中で渦を巻いているこの感じ……既に魔物のそれと同じ私の魔力もさっきから暴れ回っているのだから。
この山の道なき場所に人間が入りこむ事はまずないし、隠すのなら魔物避けだけ仕掛けておけばいい……隻影さんが何ともないのはそういう事だと思う。
「二人はここから引き返すか?」
「やだね……ここまできたら絶対に宝を見つけてやるんだ。今のところは体調が悪いだけだからね……」
「でも、もし私が言っていた事が正解だったら……モーリンは旧時代のサキュバスみたいになっちゃうかもしれないんだよ?私はただのエンジェルになるだけだからまだいいけど……自我を失って隻影さんを襲うとかしないよね?」
「そうなったら……ボクを縛りつけておいてね」
「……わかった……」
そんな中私達が……特にモーリンが先に進むのは危険以外の何物でもない。
それでも、私達はこの先にあるだろう宝玉を手に入れたい……その気持ちで私達は前に進んだ。
段々と重くなってくる足取りと気分……まだまだ続く洞窟……このままだと本気でマズイ事になってくるかもしれない……
しかし……この状況を変える事が出来る方法がわからない……どうすればいいのか……せめてこの魔力変調だけでも防ぐ事が出来れば……
……ん?防ぐ?
「……ねえモーリン……」
「な、何セレナ……どうかしたの……?」
「あの結界装置……使えるかもしれない……」
「結界……なるほど……たしかに出来るかもね……隻影さん、セレナ、近付いて……」
防ぐと言ったらあの結界だ。
もしかしたらと思って、一応毎回持ってきていた結界装置を起動させた。
「……どうだ二人とも?」
「……気分が良くなってきた!どうやら良かったみたいだよ!」
「便利ねこの結界……まさかここまで役に立つとは思わなかったわ……」
身体の中で暴れていた魔力が瞬く間に落ち着いた。どうやら結界の力がきちんと働いたようだ。
製作者が製作者なので製作者本人に感謝をする気は全く無いが……幾度となく私達を助けてくれた結界装置には感謝しなければな。
「じゃあこのまま進むぞ」
「うん!さあ先に行くよ!今まで遅れた分早足でね!」
「ええ!行こうよ隻影さん!」
「ああ。でも慌てて転ばないようにな」
気分が晴れて元気になった私達は、駆け足気味に洞窟を駆け抜けていく。
張り切って進んで行くと……とうとう先から光が見え始めてきた……おそらく出口だ。
出口に向かって走り出した私達……そして、その出口を抜けた先に見えた物は……
「うわあ〜!!」
「こんな場所が山の中にあるなんてな……」
「凄い……今まで見てきた絶景の中でもトップクラスだ……」
山の内部だというのに……壮大な滝、輝く川、豊かな自然、自由に上空を飛行する鳥、割れ目から漏れ出てる日光……壮大な景色が、私達の目の前に広がっていた。
流石秘境……人が踏み込んだ跡も無く、まるで自然そのものの中に混ざり込んでいるようだ……
「さて……宝玉はどこに……」
「あ……ねえ二人とも、あの滝の上にある岩山の上……何か光って無い?」
「たしかに……とりあえず向かってみよう!」
しばらくその絶景に心奪われていたが、私達の目的は秘境探しでは無く、その秘境にある山神の宝玉探しだ。
それらしき物が無いかその場から見渡してみたところ……勢い良く水が降り注ぐ滝の上にある岩山の頂上で何かが輝いているのを隻影さんが見つけた。
もしかして山神の宝玉かも……そう思った私達は二人で隻影さんの腕を落とさないように掴み、その岩山までひとっ飛びした。
人の力で登るのが大変そうであろうが、飛んでしまえば関係ない。
「さて……これかな……?」
「多分ね……」
「綺麗……」
岩山まで辿り着いた私達が見つけた物は……鮮やかなエメラルドグリーンと茶色が混じって輝いている、瞳大の宝玉だった。
指で掴み取り、太陽の光に翳すとより一層輝き……私達を翠色の世界に包み込んだ。
これこそが山神の宝玉……違うだなんて思えなかった。
今まで見たどんな宝石よりも輝く宝玉……山神の名の通り、なんと神々しい……
しばらくの間、私達3人は宝玉をただ見つめているだけだった……
「さて……この宝玉だが、二人が持っていてくれないか?」
「え……そんな……いいの?」
「ああ。3人で取った思い出の品だし、お前達二人は一緒に暮らしてるから丁度良いと思ってな」
宝玉を手に入れ、来た道を引き返した私達。
ただ……洞窟を抜けだした後、もう既に外は夕暮れになっていたので、私達はウシオニに会った場所辺りでキャンプをする事になった。
そして3人でご飯を食べている最中、隻影さんが突然こんな事を言い始めたのだった。
「う〜ん……でもそれだと隻影さんが……」
「俺はいい。たまにお前達の家に行って見れる程度でもな。大事なのは一緒にこれを探しに冒険したって事なんだからさ」
「そう……なんとなくそんな事言うと思ってたよ」
たしかに、宝玉は一つしかないので3人で分け合う事は出来ない。
特に今回は換金なんかしようと思っていなかったので、手に入れた宝の山分けは出来なかった。
だからこその提案だろうけど……それだと私達はいつでも見る事が出来るが、隻影さんは私達と暮らすわけではないのでそう目にする機会が無くなってしまう。
「まあ、こればっかりはね。隻影さんって根無し草なんだよね?」
「まあな。家があってもそう帰ってくる事は無いからな。以前地震の影響で崩れた時からそのままにしてある」
「そうなんだ……じゃあ……」
隻影さんは家が無い……それを聞いた瞬間、私は私達と一緒に住まないかと言おうとしていた。
何故そんな事を言おうとしてるのか……言う直前にハッとした私はここで言葉を止めてしまった。
「ん?どうかしたのかセレナ?」
「あ、いや……なんでも……」
なんで私は隻影さんと一緒に暮らそうだなんて言おうとしたのか……それは、宝玉を3人の物にしたいからとか、家が無い事への同情なんかでは無いだろう……
「あ、セレナ、頭に枯葉が付いてるぞ。払ってやるよ」
「へ?あ、あわあわ……!?」
「よしとれた……ん?どうした?顔真っ赤だぞ?」
「え、いや、その、か、枯葉が付いていた事が恥ずかしかったの!」
「そ、そうか……」
彼の手が私の頭に触れた時……私の心臓は跳ねあがった。
そして、彼の手が離れていく時、寂しさを覚えた……
「ま、二人はぐっすり寝な。俺が見張りをしておいてやるからさ」
「見張りは大丈夫だよ。セレナの探知魔術で誰かが近付いてきたら目が覚めるようになってるからさ。だから一緒に寝よ!」
「そうか。じゃあ安心だが……契りを交わしてない男女が近くで一緒に寝ると言うのはどうかと……宿だって同じ部屋こそ取ってはいるが離れて寝ているし……」
「そ、それは気にしなくていいよ!私もモーリンも変な事しないからさ!」
「そうそう。隻影さんが私達に変な事しそうになるって言うなら大歓迎だよ」
「それはそれでどうかと……まあ二人がそういうのならいいが……」
そう……私はきっと……隻影さんの事が好きになっていた。
あんなに優しく、強く、頼もしい男の人だ……愛情が生まれない理由が無い。
「やりい!じゃあ早速寝袋を……」
「モーリン気が早過ぎ……まずは夕飯を食べようよ」
「そうだぞ。それに寝袋ぐらい自分のがある」
でも、きっとそれは私だけでは無い……
「まあそうだよね……」
「なんだ残念そうな顔して……俺を寝てる時に襲うつもりだったか?」
「ははは……まっさかー」
「……怪しすぎるわね……」
モーリンも、きっと隻影さんの事を好きに思い始めてると思う……
「ま、気にしないでご飯を食べよう!」
「そうだね!握り飯凄く美味しいな。私本当にジパング大好き!!」
このままでは、親友と恋人の取り合いをしなければならない……
そんな不安を押しやりつつ、私は今を楽しんでいたのだった……
「だよね〜。でもあまり身を乗り出すと危ないよ?」
「わかってるって!前の時も落ちまではしなかったでしょ?」
氷山から無事帰宅した私達は、軽い凍傷やその他の傷を癒す為に数ヶ月は家で大人しくしていた。
まあどちらにせよ私とモーリンが出会った時に調べていた4か所は全て見て回ったわけなので、どこかに行くためには色々と調べ物をしないといけなかった。
傷を癒し、ちょっとずつ魔界に馴染んでいる自分の立場なんかも考えつつ、昔の記事や図書館の本などを調べ……私達はとある場所にある宝を見つけに行く事にした。
「私ジパングなんて初めて行くよ!どんなところかすっごく楽しみ!」
「ボクも話を聞いた事あるだけだからね。実際には行った事無いから凄く楽しみだよ!!」
それは、大陸から離れた場所にある島国、ジパングにある秘境だった。
ジパングの南にある山の中に人々に知られざる秘境があるらしく、そこには昔の物語内に出てきた神秘の道具が実在している可能性があるらしい。
ハッキリとあるという確証は得られなかったが、ジパング自体行った事無かったので、これを機に向かう事にしたのだった。
最初の遺跡や海の洞窟で手に入れた資金のおかげで旅費は沢山あるし、観光も兼ねて船でジパングに向かっていたのだった。
「ご近所やバフォさん、狸さんにもお土産買ってあげないとね。秘境もだけどジパング自体が凄く楽しみでワクワクして昨日はあまり眠れなかったよ」
「はは……寝不足で倒れたりするなよセレナ。思う存分楽しむなら元気でいないとね」
「そうだね。まあ元気はあるし大丈夫だよ!」
換金所の刑部狸さんに聞いた話では、ジパングでは生魚やてんぷらやおにぎりなど、私達の住む地域とは異なった食文化があるらしい。
それに今の時期は桜というピンクの花が満開で綺麗なのだそうだ……どれだけ綺麗なのか今から楽しみで仕方が無い。
こんな感じでまだ見ぬジパングに想いを馳せながら、船の上から海を眺めていた時の事だった。
「あっ!エンジェルがいるかと思えば主様の命に背いた愚か者のセレナじゃないですか!」
「ん?」
突然後ろから失礼な事を言う声が聞こえてきた。
どうやら私の事を知っているらしい……というか、どこかで聞いた事ある声だなと思って振り向いてみたら……
「あ、ベリルじゃんか!久しぶり!」
「久しぶり……じゃないです!こんなところで魔物と一緒に何してるのですかあなたは!!」
そこには純白の衣装を着たエンジェル、しかも私と親しかった者の一人、ベリルが私を睨みながら立っていた。
久々に会った友人の姿に懐かしいなと思いつつ、たしか勇者個人のもとに送り出されたベリルがここにいる事に疑問に思って話を進めた。
「何してるというか……むしろなんでベリルがここに?別に魔物化もしてなさそうだけど、なんでこんな魔物が普通に居る船、しかも魔物との共存が進んでいるジパング行きの船に乗ってるの?」
「私達は今とある作戦を決行しようとしているのです。その作戦の重要人物がジパングに居ると言うので勇者ペリドと共にお迎えに向かっているところなのです。そうでなければこんな魔物臭い船なんかに乗るわけがないです」
「ふーん。勇者も乗ってるんだ。この船で暴れたりしないよね?」
「しないですよ。流石にこの船で魔物退治なんかしたらどうなるかはわかります。感情を抑えて部屋で待機してるです」
なんとなくそっけない態度を取ってくる友人。
まあベリルは主神の事大好きだし、今私は堂々とサキュバスの隣にいるし、そもそも魔力探知が得意だったから私がほぼ魔物化している事もお見通しだしとまあこんな態度になるのも当たり前といえば当たり前だ。
ちょっと寂しい気もするが……まあその時が来るかはわからないが棘が無くなるまでの辛抱だろう。
「あー、誰かと思えば前言ってた友達か。それなのにセレナにたいして冷たくないかい?」
「ふん。淫魔には関係ない事です。あなたなんか神の捌きでも受けてしまえばいいのです」
「え?ここ海だからポセイドンの支配下だし、受けるとしたら君だと思うよ?」
「そういう事を言っているのではないのです!!」
ずっと私達の会話を静観していたモーリンも混じってきた。
多分今ベリルの中では「穢れた魔物と会話なんてする気ないです!!」みたいな事を思ってるだろう……かつての私もそうだったからし、なんだかんだ似た者同士だったからなんとなくわかる。
それでも適当に流さないのがベリルっぽい……こいつは変わらないな。
「ま、まあセレナはまだエンジェルではあるからいいです。昔馴染みですし、ついでにセレナと仲よさげなそこのサキュバスも見逃してあげます」
「あ、そりゃどうも」
「はぁ……なんで皆こうも魔物に流されてしまうのですか。主様への敬意が足りなさすぎですよ」
「だって教会で雑用するよりお宝探しの方が楽しいし充実してるし新たな発見もあるうえに世界を知れていいもの。知ってる?魔物だって愛しあったり恋したり、人を幸せにしようとするんだよ?」
「知らないです!!二人が何と言おうが私は騙されません!!」
「あっそう……ん?」
なんと頭がカチカチなエンジェルだろうか……かつては特になんとも思わなかったが、主神に入れ込んでるエンジェルはこちらが何を言っても聞こうとしないから面倒である。
そんな感じに呆れていたのだが……ベリルの言葉にちょっと引っかかるものがあった。
「二人?」
「そう、二人です!久々にこの船であったと思ったら完全に堕ちているんですよ!?汚らわしくてつい殴り飛ばしちゃいましたよ!!」
「ホント酷いんだよセレナ。ベリルったらあたしが折角エッチの素晴らしさを教えてあげようとしたらいきなり殴るんだよ?」
「うわっ!?何時の間に!?」
「あれ?もう一人……今度は黒いのが増えた」
二人とはいったい……と思ったら、いきなり上からベリルの頭の上に腕を組むように降りてきた黒い翼を持ったエンジェル……ダークエンジェルがが現れた。
このダークエンジェル、どこかで見覚えが……
「もしかして……フローラ?」
「そうだよ!おっひさ〜セレナ!セックスしてる?」
「相手いないししてないけど……あんた見事に堕落神に染まってるわね……」
「あー、この子がもう一人の友達ね」
「ども。あたしはフローラ!セレナと頭カチカチベリルの友達でーす!」
やはりこのダークエンジェルは私のもう一人の友人、フローラだった。
たしかフローラは私と同じくどこかの町の教会に派遣されていたと思うが……見事なまでに堕落しきっていた。
フローラから性臭が少しするし、ちょっと前までシていたのだろう。
「ちょっと!降りるのです性欲の権化!!」
「酷い言い草だなぁ……それが友達に向けての言葉なの?」
「悪に走った友に向けての精一杯の言葉です!!」
「悪だなんて酷いな〜。あたしは夫のムトーと四六時中セックスしてるだけ。つまり二人で気持ち良く愛を確かめ合ってるだけじゃんか!」
「そんな欲に塗れた愛なんか認めないのです!!」
たしかフローラのほうが主神に従っていた気がするし、もっと物腰が柔らかくて大人しい性格だった気もする。少なくともこんな軽々しい挨拶をするようなエンジェルでは無かったと思う。
それがダークエンジェルになっただけでこんなにも明るく活発になるとは……堕落神恐るべし。
「セレナはあたしの言ってる事わかるよね?おちんぽ苛めたりしたいよね?」
「まあ……ちょっとはね。流石に四六時中セックスとか引くけど……てか幸せにする為気持ち良くしようとか思わないの?」
「そ、そんな卑猥な言葉を簡単に口にするほうも引くです!!あとそんなので幸せとか認めないです!!」
「二人ともまだまだだなぁ。愛する人の上で腰を振って、身体中ザーメンだらけにして、おまんこでおちんぽをぐちょぐちょにして精液を搾り出すのが堕落の使徒としては正しい姿だと思うよ?」
「別に私は堕落神の僕じゃないからね。そこのサキュバスのモーリンもよくシてるけど気持ち良くなってもらうってのが良いんだよ。自分から腰を振るなんてありえないよ。腰は振ってもらうものだって私は思うよ?」
「あ、あなた達二人とも考えがおかし過ぎです!!共に主様のもとで教えられた事を忘れたのですか!?」
「「うん、忘れた。だって間違ってる部分もあると思うもん」」
「なっ!?」
会話の中身はともかく、久々の友人達との会話は楽しかった。
モーリンも見ていて面白かったらしく、船の手摺りにつかまってずっと笑い続けていた。
途中でフローラが私に堕落神を勧めてきたり、ベリルを堕とそうとしたり、そんなベリルの叫び声を聞いた勇者のペリドが乱入してきたり、騒いでいた私達全員が船員のスキュラに怒られたりしながらも楽しい船旅を続けたのだった。
……………………
「それじゃあ二人とも、私達あっちだからここで。また機会があったら会おうね!」
「あたしも二人と違う方向に旅行しに来ただけだからこれで。セレナには早く相手が見つかる事を、ベリルには早く勇者君と一緒に性欲に溺れる事を願っておくね」
「余計なお世話です!!今回は別目的があるし二人とも友達だから見逃しますけど、今度大陸内で出会ったら罰を与えてあげるです!!」
懐かしい顔ぶれとの数日間の船旅も終わりを告げ、私達は念願のジパングに下り立った。
「モーリン……ベリルが不快な思いさせてたんなら謝るわ……」
「はは……ホント面白い友人だったね。別に不快に思ってなんかないよ。勇者やエンジェルにしてはきちんとボクとも話してくれたし、いきなり襲いかかったりしなかったし、船旅も楽しかったからね。あとはベリルちゃん達が早く恋仲になる事を願うだけさ」
「やっぱあの二人って絶対好き同士だよね。普通に恋ぐらいしてもいいのに、二人とも主神の言葉をガチガチに捉え過ぎだよね。欲に溺れなければセックスしても問題無いし、そうじゃないと子供も生まれないんだから……」
「フローラちゃんは早く旦那さんとの子供が出来たらいいね……そしてボク達は旦那さんを見つけないとね」
「ホントそうだよね……いい人居ないかな?」
ジパングについて早々二人と別れた後、あの二人の話で盛り上がる私達。
ベリルはちっとも変って無かったし、フローラは変わり過ぎてたけど、なんだかんだで楽しかった。
フローラは勿論、ベリルも魔物になった私やフローラの事をちゃんと友達だと思ってくれているみたいだし、そこは嬉しかった。
「さて、早速だけどお昼ご飯にしよう!ボク目の前の店のお蕎麦ってのを食べてみたいんだけど、セレナはそう?」
「私も食べる!早速入ろう!」
船での話もそこそこにして、折角のジパングを楽しもうと私達は木造のお店に入った。
そこで話に聞いていたお蕎麦を注文して早速食べてみた……今までにないいい香りのする麺に、私はおもわず2杯も食べてしまった。
ただ、その時に一緒に出された山葵とやらはツーンとして涙が出て来て大変だった……モーリンはそれがまた風味が出ていいじゃないかと言っていたが、私にはわからなかった。
そして、街の外れのお菓子屋で饅頭と最中と3色団子を購入して、食べながら目的地に近い町に向かって山道を歩き始めた。
「むぐ……どうやらこの舞ってるピンクの花びらが桜らしいよ」
「ぱく……いっぱい並んで綺麗だよね。ただ私は花よりこの甘味の美味しさに感動してるけどね」
「はは、セレナは花より団子か」
「ん?何それ?」
「ジパングの諺さ。まさに今のセレナみたいなものを指すんだよ」
「へぇ……それもジパング人に教えてもらったもの?」
「そうだよ。ホント、あの人には色々と聞いたなぁ……」
小豆と餅を使った美味しいお菓子に舌鼓を打ちながら、桜の花びらの舞う道を歩き続ける私達。
時々すれ違う人達が物珍しげに私達を見てくるが、私達からしたら黒目黒髪が多くて着物という綺麗な衣服を着ている人のほうが珍しく見えた。
川沿いを遡って次の街に向かっている事もあり、途中でジパングのサハギンとも言える河童と出会って、気前よく手にしていたきゅうりを1本ずつくれた。綺麗な川の水で洗ってあって新鮮だからそのまま食べられると言うので齧りついてみたが……たしかに新鮮で水分をたっぷり含んでおり美味しかった。
「さーて、お昼はそばを食べたけど、夜はどうしようか?」
「ん〜……気になるものが多すぎて悩むな〜……サバ煮にうどんに天ぷら定食、刺身に野菜の漬物に焼き魚……どれにしようかなぁ……」
そしてすっかり日が暮れた頃、ようやく隣の街についた私達は宿を探しだし、夕飯をどうしようか悩んでいた。
宿の女将である稲荷さんが親切に教えてくれた大衆食堂に来てみたのだが、どれも見た事のない料理ばかりで、どれに手をつけようかずっと考えていた。
お金の心配は一切しなくていいと言えども、お腹に限界はあるから全部頼むわけにもいかないので、慎重に考えていた。
「お茶です。急須はここ置いときますな。お客さん、ご注文はお決まりで?」
「えっとごめんなさい。どれにしようかまだ迷ってます……」
「そうかい。じゃあもっと悩んでても良いから、決まったら呼んでな。よくわからんのなら他のお客さんに聞いてみるのも良いで」
「ありがとうございます」
無料で配られたあったかい緑茶を啜りながら悩む……
モーリンもある程度絞れはしたようだが悩んでいるようで、他のお客さんに聞いて回っている。
そのお客さんも人間に混じって稲荷やジョロウグモ、アカオニにシロヘビとジパング特有の種族がいた。みんな親切で、食事中にもかかわらず私達がこのメニューがどんなものかを聞いても邪険にせず丁寧に教えてくれた。
「すみませーん!注文決まりましたー!!」
「はいはい。どうしますか?」
「ボクは天ぷら定食でお願いします!」
「私は季節のお刺身盛り合わせ丼をお願いします!あ、わさび抜きで!」
「かしこまりました。ちょっと待っててな」
そうして決めた物を注文して待つこと十数分、美味しそうな匂いがする天ぷら定食とお刺身盛り合わせ丼が運ばれてきた。
昼もそうだが慣れない箸をなんとか使って食べてみようとして全然掴めなくて断念し、マイスプーンを使って醤油を掛けた生の魚の切り身をご飯と共に口に運んだ。
その瞬間……生魚……いや、刺身の香りが刺激し、口の中に幸せが広がった。噛んだ時のぷりっとした食感と、舌に乗せた時のとろける味わい……臭いはずの生の魚からどうしてこんなに感動するような味わいがするのだろうか……
また醤油や刺身が噛めば噛むほど甘味がする白米と相性が良くて、気付いたら私は次々と口の中にご飯を運んでいた。
付け合わせでついてきた味噌汁も一口……味噌の香りと出汁が効いてて、体が温まる。
「お刺身凄く美味しい……毎日食べてもきっと飽きないよ……」
「ホントに?カボチャか茄子か大葉かエビの天ぷら一つ上げるから一口頂戴」
「いいよ。じゃあエビ貰うね」
モーリンの天ぷらと交換して、勢い良く齧り付く。瞬間はじけ飛ぶ天ぷら。
サクサクとした衣の触感にぷりっぷりのエビの身が合わさって口の中がとんでも無い事になっていた。
これは美味しすぎる……次のご飯は天ぷらを中心に食べてみようと思った。
それと何気なく飲んでいたが、緑茶の渋さがまた料理によく合うのだ。
緑茶はたしか旅館にも置いてあった気がするから一つ買っておこうと思った。
「ジパング料理美味しすぎる……ジパング料理屋近所に出来ないかな……」
「今度換金所の刑部狸さんに作ってもらおうよ……あとお湯入れて溶くだけスープに味噌汁も追加してもらおう」
「それいいね!ぜひ作ってもらおうよ!」
ジパング料理に大満足している私達。
周りの人達はそんな私達を見て微笑んでいる……どうやらここまで大袈裟にジパング料理を褒める私達に気を良くしているようだ。
まあジパング人からしてみればこの料理は日常的に食べているのかもしれないけれど、私達にとっては未知との出会いだったのだから大げさになるのも仕方ないと思う。
「はあ〜ごちそうさま!いやあジパングってこんなに美味しいものばかりでズルイ!」
「ホントにズルイ!毎日がごちそうみたい!」
美味しい美味しいと食べ続けていたらあっという間に食べ終わり、大満足の私達。
「すみませーん。席空いてますか?」
「いらっしゃいませ。空いてますよ。今異人さんがいらっしゃっててお店が盛り上がってるんやよ」
丁度そのタイミングで誰かが入店したようだ。
見たところ黒短髪で優しい顔のジパングの侍さんみたいだ。腰に刀を携えているのがここからでも見てわかる。
「あ……あーっ!!」
「ん?どうしたのモーリン?」
そんな侍さんを見ていたら、突然その侍さんを指差して叫んだモーリン。
「ん?お、お前さんはあの時の娘!ジパングに来てたんか!」
「て事はやっぱりあの時の!」
そしたらその侍さんもモーリンを指差して叫んだ。
どうやら知り合いらしいが……
「ねえモーリン、もしかして何度かモーリンの口から出てきたジパング人?」
「うん!ボクらと同じトレジャーハンターをしてるジパング人で、名前は隻影さんって言うんだ。ボクがトレジャーハンターを目指すきっかけになった人でもあるんだ!」
「へぇ〜……」
隻影さんは今までにも何度かモーリンの口から出ていたジパング人その人であり、トレジャーハンターであるらしい。
「本当に久しぶりだな」と言いながら私達が座っている座布団の隣に来た隻影さんは、ここで初めて私に気付いたのでとりあえず自己紹介しておいた。
近くで見てみると身長はモーリンと比べて少し低いぐらいで、顔はそこそこ整っており、いかにも優しそうな人だった。
「いやあ、魔界ではお世話になった。あらためて礼を言うよ」
「気にしないでよ。ボクだって人間だった時とサキュバスになってからの2回も助けられてるんだからさ」
「え?助けられたって……何かあったの?」
「ボクが小さい時に迷子になっていた所をたまたま通りかかった隻影さんが助けてくれたんだよ。その時一緒にお宝も探しに行ってさ、それが楽しかったからボクはトレジャーハンターやってるんだ。サキュバスになってからは本当に命を救ってもらったんだよ」
「いやあ、あの時は頭の固い連中が妖怪だからって理由だけでお前さんを殺めようとしていたからな。それはおかしいだろうと俺は斬り掛かっただけさ。むしろその後よくわからなかった目的地まで案内してくれた事で俺は無事宝も手に入れ帰る事が出来た。本当にありがとう!」
どうやら互いに過去にお世話になったらしかった。
特にモーリンにとってはトレジャーハンターを目指すきっかけを与えてくれた人物らしい……それなら何度もジパング人というか隻影さんの話が出ても不思議では無い。
「ところでお前さん達、どうしてジパングに来たんだ?」
「ああ。今回はこの先にある街を越えたところにある山にあると言われる秘境に眠る神秘の道具とやらを探しにね」
「なるほど……お前さん達も山神の宝玉狙いか」
「も?という事は隻影さんも……」
「ああ。俺もそれ狙いでここに来た」
そんな隻影さんだが、なんと私達と同じ目的があってここまで来ていたらしい。
どうやら神秘の道具は山神の宝玉と言うらしい……名前からして神にまつわる宝玉なのだろう。
「そうだ!ならさ隻影さん、ボク達と一緒に行かない?」
「え?俺はいいが、お前さん達はそれでいいのか?」
「別にいいよ。隻影さんが一緒のほうが心強いし、別に分け前とか建前とか気にしないし。ねえセレナ?」
「うん。一緒の物が目的なら一緒に行こうよ!」
「そうか。女子の願いを無碍には出来んしな……ならば一緒に行こう!」
「きっまりー!」
だから、私達は明日から隻影さんと一緒に行動する事になった。
「えっ!?あの氷山の宝を持って行ったのは隻影さんなの!?」
「おう。どうやらモーリンとセレナには悪い事してしまったようだな」
「ううん。ああいった財宝系は早い者勝ちだから全然悪い事だなんて思ってないよ。でもやっぱ隻影さんだったか……切り口が芸術みたいに綺麗だったからもしやと思ってたんだよ」
隻影さんが食事している間、私達はわらび餅というきな粉の付いたおもちを食べながらトレジャーハンターとして今までどういった場所に行っていたか話をしていた。
その途中で、私達が前回行った氷山の話が出てきたので問い詰めてみたところ、どうやらあの氷の柱の財宝を持って行ったのは隻影さんだったらしい。やかんを忘れたと言ったので確定だ。
腰に携えてある刀でスパッと斬ったらしい……溶けないだけで斬れると思ったから斬ったと本人は言うが、そもそも普通の氷ですらそう簡単に斬れるものではないので、剣術の腕前は相当凄いだろう。
なお中の財宝そのものは陰陽師という魔術師みたいな力を持つ狐憑きに解除してもらったらしい。その際報酬の3割を持ってかれたとか……
まあそんな事はともかく、そんな凄腕のトレジャーハンターと一緒に行動できるというのは実に心強く、私もモーリンも大喜びだった。
「隻影さんってどこの宿使ってるの?」
「俺はお前達の向かいにある宿に泊まってる。明日9時に出て合流してから出発しよう」
「それがいいかな。じゃあ隻影さん、また明日!」
「おう!」
食事も終わり、店から出て泊まっている宿に向かう私達3人。
明日の集合時間を決めてから、私達は別れた。
隻影さん……凄く優しくて、強そうな人だったな……
……………………
「さて、ここが宝玉があると言われている秘境がある山か……」
「道中険しそうだね……細い木がいっぱい生えてるし草も生い茂ってるから飛べそうにないな……」
「しかも枯葉が沢山落ちてる。足下が滑りやすくなってるから二人とも気をつけるんだぞ」
あれから数日経った。
急ぐ旅でもないので、私達は隻影さんと一緒にジパングの文化や料理を存分に堪能しながら目的の山を目指していた。
そして今日ようやく目的の山の入口に辿り着いたのだった。
この山には色々と魔物が住んでいるようで、中にはウシオニなんて危険なのも居るらしい……とは言っても、そう私達がやられるとは思えないのでそこは気にする事は無いだろう。
むしろ大変なのは地形のほうだ……秘境があるのは山の奥の方らしいので、何度も登ったり下ったりを繰り返さないといけないうえに、斜面も急で石や落ち葉があちこちに散らばっている為疲労が凄い事になりそうだ。
「モーリンは背があるから頭上に注意しろよ。妖怪だから妖怪の罠は問題無いだろうが、普通の蜘蛛の巣とか顔に掛かったら気持ち悪いだろうからな。セレナは背が無いから急な斜面や岩肌なんかの高低差があるところは登り辛いだろうから、どうしても無理そうであれば言ってくれたら引き上げてやるからな」
「細いけもの道みたいな所を進むわけだしそれぐらい注意するつもりだよ。そもそも隻影だってボクより身長が低いと言ってもほぼ同じぐらいなんだから気をつけてよ?」
「私だって登るほうは問題無いと思う。最悪少しなら翼を使って浮けるしね」
「ああそうか。二人とも飛べる妖怪だったな。それなら道から足を滑らせてもなんとかなりそうだな」
隻影さんも一緒になってここまで来たのだが……やはり頼りになる。
ジパング人だからジパングの勝手もわかるという事で何かとお世話になった。特に箸の使い方は教えるのが上手くて、私もモーリンも白米を食べる程度なら使えるようになっていた。
それに何かと私達に優しくしてくれた……下駄と言う変わった靴を履いた時にモーリンが転んでしまった時も手を差し伸べて起き上がりやすくしてくれたし、私が手が届かないような場所にあるものを取ろうとしたらわざわざ取ってくれたりと、上げればキリがない程こちらから申し出なくても色々と気を使ってくれていた。
「それじゃあ登るぞ。辛かったら休憩するから言ってくれよ」
「大丈夫!ボク達魔物だからそこらの人間よりはよっぽど体力あるからね!」
「ははっ!それもそうか!!」
今もそう……私達の気を遣ってくれたり、色々と注意を促してくれている。
「よしじゃあ登るか。足下に気をつけろよ!」
「わっと!石にも気を付けないとね。危うく足捻るところだったよ」
「よいしょっと。これどれだけ進まないといけないかな……」
そんな気を遣ってくれる隻影さんを中心に、モーリンが先陣を切って、私は一番後ろで先を注意しながら、私達は山を登り始めた。
しかしながら……道中の足場は氷山以上に酷いものだった。
石や枯葉を踏んで滑ったり転んだりしそうになったり、木の根や突出した岩に躓いたり、またモーリンや隻影さんは低い位置にある木の枝でおでこをぶつけたりしながらもなんとか進む。
「やっぱちょっとキツイな……うわっ!?」
「ちょっと足場が不安定で歩き辛い……きゃっ!?」
「おっと!二人とも大丈夫か?」
「「あ……うん。ありがとう……」」
その途中、モーリンはは岩に足を引っ掛けて登ろうとして踏み外して後ろ向きに、私は枯葉で隠れていた木の根に足を引っ掛けて前のめりに二人同時に転んでしまった。
しかし、身体が地面に叩きつけられる前に私達は停止した。なぜなら、私達の間にいた隻影さんが片手で二人を支えてくれたからだ。
おかげで倒れて怪我をする事無く済んだ……起き上がった時、私は感謝の気持ちでいっぱいだった。
「セレナ、隻影さん、ここ木が出っ張ってるから足下引っ掛けないように注意してね」
「モーリンもね。頭にギリギリ掠める位置に蜘蛛の巣があるから気をつけて。隻影さんもその木には触れないほうがいいと思う」
「おおっと、棘が付いていたか。ありがとなセレナ」
ただ、私達も助けられてばかりでは無く、互いや隻影さんを助けながら登っている。
「ふぅ……大分緩やかな場所に出たな」
「そうだね。3人が横に並んで歩ける程度にはなった」
「斜面も急じゃなくなったおかげで転ぶ心配も無くなったね」
そんな感じに互いに支え合いながら、私達は山の頂上付近の斜面が緩やかな場所に出た。
ここは木もカラットフォレストと同じように一本一本の間が広いので見通しも良く、丁度開けている場所でもあって遠くの街の景色なんかがよく見えた。
残念ながらここらの桜はもう散ってしまっているので木々は緑色ばかりだが、それでも美しいのには変わらなかった。
「さて……秘境とやらはどこにあるのかね?」
「ここらに棲む妖怪が何か知ってるかもしれんが……アレは教えてくれないだろうしな」
「アレ?」
「ああアレ……」
景色は美しかったが、私達の目的はただの登山ではなく秘境探しだ。
だからまた山の奥深くに行こうとしたところで……私達の前にある魔物が姿を現した。
「おいテメエら、そこの男をオレに寄越しな!」
「厄介なのが来たなぁ……」
「あん?ゴチャゴチャ言ってないでそこの男をオレに寄越せ。お前達の臭いがしないからその男と関係なんてねえんだろ?ムラムラしてっからさっさと寄越せ!」
太く大きな角、毛深く鋭い爪が付いた手、そして黒い毛に覆われた蜘蛛の下半身……相手を蹂躙してやろうと言わんばかりの表情を浮かべながら私達の前に現れたのは、大人しい印象が強いジパング系の中では珍しく凶暴な怪物と呼ばれる魔物……ウシオニだった。
「ウシオニか……退けるのはちょっと面倒だね」
「ああん?テメエオレを退けられると思ってるのか?大人しくオレに犯されてろ!」
「あのねえ……全くもって面倒だけど、邪魔されたくないから抵抗させてもらうよ」
「やる気か?ただじゃ済まさねえぞ?」
ウシオニの血は魔物の魔力の塊だ。こちらがその血を浴びてしまえば隻影さんはあっという間にインキュバス化、私もモーリンも一瞬で発情確定だ……私に至ってはダークエンジェルになりかねない。
とすると私達はウシオニを怪我させる事無く追い払わなければならない……隻影さんの武器は刀だから難しいところだ。
「おら!さっさと気絶しな!!」
「モーリンは上空へ!セレナは後ろに回ってこいつの動きを止めるんだ!」
「了解!狙いは隻影さんだから気をつけて!」
しかし、ウシオニの方から殴り掛かってきたので、黙って突っ立っているわけにはいかない。
どうやら隻影さんに何か考えがあるらしく、私達に指示してきたのでその通りに動く……モーリンはウシオニの頭上に跳び上がり、私は潜り込むようにしながら後ろに回った。
ウシオニの目的はあくまでも隻影さんとセックスする事だ……私達は眼中にない。
その為ある程度の大袈裟な動きならばバレずに動けるのでやりやすかった。
「おいこら!抵抗せずにとっとと捕まりな!!」
「断る。見ず知らずの妖怪と身体を重ね合わせる気は無い」
「という事だ!これでも喰らえ!!『シャドウバインド』!」
「ふん!さっきから上空でちょろちょろしてると思ってたが……んなもん当たるかよ!」
「だろうね。だから避けたところで私が束縛魔術を使うんだよ。『ホーリーバインド』」
「なっ!?クソ……小さくて詳しい場所まで掴めて無かったぜ……こんなところにもう一人のチビが居たなんて……」
上から奇襲を掛けたモーリン……影の触手がウシオニに襲いかかったが、易々と避けられてしまった。
だが、それは囮だ。ある方向にだけ避けやすいようにわざわざモーリンが放ったものだ。
そう……後ろに回ってずっと気配を消していた私の真上に跳び上がるようにだ。
狙い通り私の真上に飛んできたウシオニに、私は気付かれる前に光の鎖をウシオニに放ち束縛した。
「だがこんな鎖……オレの手に掛かれば引きちぎる事など……」
「なに、一瞬でも動きが止まれば問題無い……変な所を怪我させても困るからな!!」
「なっ!?うわっ!?」
そんな状況でも余裕のウシオニ……実際相当力があるのか、光の鎖は普通の鎖の何十倍もの強度がある筈なのに引き千切られそうになっていた。
だが……それでも今この瞬間は動きが制限されている事には変わりない。
その一瞬で……隻影さんは刀を引きぬき……目にも止まらぬ速さでウシオニを切り裂いた。
「な……あ……あ……」
「さて……これ以上薄着にされたくなかったら大人しくしてくれないか?下手すると身の方も削がれてしまうかもしれないから暴れるのもよしてくれないか?」
「うわ……相変わらず凄い刀捌きだね……」
いや……正確には、ウシオニの体毛を大事な部分以外ほとんど剥ぎ落したのだ。
自分が気付かないうちにツルツルになってる手を見つめながらアワアワと震えているウシオニ……戦意は無くなったようだ。
「まあ精を注いでもらったらウシオニの回復力もあってあっという間に生えると思うよ。隻影さんは譲ってあげないけど、向こうの方から男の精を感じるからね」
「おお、そうか。じゃあそっち行くよ」
「いやちょっとモーリン……たしかに隻影さんは譲れないけど、だからって他の人を犠牲にするのは……」
「犠牲じゃないって。ウシオニが居ると言われてる山に一人で来るなんて襲って下さいって言ってるようなものだし、多分ウシオニかまた別の魔物に襲われに来た人だと思うよ」
「まあたしかにこの山は商人や旅人がどうしても通らなければいけない場合、数人で固まってかつ退魔師や他の妖怪に付き添ってもらう事になっているからな。そうでないならモーリンの言う通りなのかもしれない」
戦意を無くしたウシオニにモーリンが遠くに男がいると言った事で、完全に隻影さんの事は諦めたようだ。
もう既に隻影さんを狙っている雰囲気は無い……鎖を外しても大丈夫だと思い魔力を絶ったが、やはり大人しくしていた。
まあ暴れたら次こそスパッと斬られてしまうだろうからね……たとえ回復力が凄いウシオニでも怖いのだろう。
「んじゃオレはあっちに行く……」
「あ、ちょっといいかな?この山に秘境があるって聞いたんだけど何か知ってる?」
「秘境?さあな。変な感じがする場所ならあるが、それが秘境かはわからんな」
「一応教えてくれません?もしかするかもしれないので」
「しゃーねえな。この先の山の中腹に苔むした社がある。そこらへんが変な感じするんだよ」
「なるほど……ありがとう。もういいよ」
秘境かどうかはわからないが、不思議な場所の話を聞き出した後、ウシオニは一目散にモーリンが指した方角へ消えて行った。
私達はそんなウシオニを見送った後、教えられた場所まで足を進めたのであった。
道中大百足やアカオニなんかにも遭遇したが、ウシオニと違い隻影さんが襲われる事は無かった……どうやらウシオニがいとも簡単に屈した事をこっそり見ていたカラステング伝いで知っていたようで、手を出そうとしなかったようだ。
本当にホッとした……
「苔むした社……これかな?奥に続いてるようだけど……」
「……たしかになんか変な感じがするね……」
「う〜ん……なんというか……本当に変な感じね……」
「そうか?俺は何も感じないけど……」
道なき道を助けあいながら進む事数時間……ついに目的の社を見つける事が出来た私達。
たしかにウシオニが言っていたように変な感じがする……妙に胸騒ぎがするというか……
「もしかしたら妖怪だけが感じる何かが作用しているのか?」
「あーそうかも……これもしかして私達が進むのはマズイかも……」
「でも先に行かないとわからないからね……とりあえず進むよ」
それでも、秘境に行く為にも宝玉を手に入れる為にもこの洞窟を進まなければならない。
だから、私達は覚悟を決めて社の奥に進んで行った。
「うぅ……やっぱなんか気持ち悪い……」
「大丈夫かモーリン?やっぱ引き返すか?」
「ううん、大丈夫。セレナは平気?」
「一応ね……変な気分はするけど、気持ち悪くは無いよ」
もやもやする中、なんとか進んで行く私達……結界のようなものでも張り巡らされているのか、歩くたびに妙な気分になってくる……
なんというか……体内の魔力が渦巻いてるというか……魔力が暴れているというか……魔力が変換されているような感じが……
「……もしかして……」
「ん?何かわかったのかセレナ?」
「うん……ただ、わかったところでどうすればいいかわからないんだよね……でも一応言うね。多分だけど、現魔王の魔力を遮断する結界か何かが張り巡らされてると思う。私よりもモーリンのほうが体調が悪そうなのもそれが原因じゃないかな」
「そっか……セレナは魔物化してると言っても、元からエンジェルだし、身体の作り自体はそう変わってない……けど、私は元人間でも既に魔物そのものだから苦しいんだ……」
「なるほど……妖怪が近付いたら変な感じと言っていたのはその為か……」
当たっている確証はないが、おそらく魔力そのものに影響を与えてる事は間違ってないだろう。
身体の中で渦を巻いているこの感じ……既に魔物のそれと同じ私の魔力もさっきから暴れ回っているのだから。
この山の道なき場所に人間が入りこむ事はまずないし、隠すのなら魔物避けだけ仕掛けておけばいい……隻影さんが何ともないのはそういう事だと思う。
「二人はここから引き返すか?」
「やだね……ここまできたら絶対に宝を見つけてやるんだ。今のところは体調が悪いだけだからね……」
「でも、もし私が言っていた事が正解だったら……モーリンは旧時代のサキュバスみたいになっちゃうかもしれないんだよ?私はただのエンジェルになるだけだからまだいいけど……自我を失って隻影さんを襲うとかしないよね?」
「そうなったら……ボクを縛りつけておいてね」
「……わかった……」
そんな中私達が……特にモーリンが先に進むのは危険以外の何物でもない。
それでも、私達はこの先にあるだろう宝玉を手に入れたい……その気持ちで私達は前に進んだ。
段々と重くなってくる足取りと気分……まだまだ続く洞窟……このままだと本気でマズイ事になってくるかもしれない……
しかし……この状況を変える事が出来る方法がわからない……どうすればいいのか……せめてこの魔力変調だけでも防ぐ事が出来れば……
……ん?防ぐ?
「……ねえモーリン……」
「な、何セレナ……どうかしたの……?」
「あの結界装置……使えるかもしれない……」
「結界……なるほど……たしかに出来るかもね……隻影さん、セレナ、近付いて……」
防ぐと言ったらあの結界だ。
もしかしたらと思って、一応毎回持ってきていた結界装置を起動させた。
「……どうだ二人とも?」
「……気分が良くなってきた!どうやら良かったみたいだよ!」
「便利ねこの結界……まさかここまで役に立つとは思わなかったわ……」
身体の中で暴れていた魔力が瞬く間に落ち着いた。どうやら結界の力がきちんと働いたようだ。
製作者が製作者なので製作者本人に感謝をする気は全く無いが……幾度となく私達を助けてくれた結界装置には感謝しなければな。
「じゃあこのまま進むぞ」
「うん!さあ先に行くよ!今まで遅れた分早足でね!」
「ええ!行こうよ隻影さん!」
「ああ。でも慌てて転ばないようにな」
気分が晴れて元気になった私達は、駆け足気味に洞窟を駆け抜けていく。
張り切って進んで行くと……とうとう先から光が見え始めてきた……おそらく出口だ。
出口に向かって走り出した私達……そして、その出口を抜けた先に見えた物は……
「うわあ〜!!」
「こんな場所が山の中にあるなんてな……」
「凄い……今まで見てきた絶景の中でもトップクラスだ……」
山の内部だというのに……壮大な滝、輝く川、豊かな自然、自由に上空を飛行する鳥、割れ目から漏れ出てる日光……壮大な景色が、私達の目の前に広がっていた。
流石秘境……人が踏み込んだ跡も無く、まるで自然そのものの中に混ざり込んでいるようだ……
「さて……宝玉はどこに……」
「あ……ねえ二人とも、あの滝の上にある岩山の上……何か光って無い?」
「たしかに……とりあえず向かってみよう!」
しばらくその絶景に心奪われていたが、私達の目的は秘境探しでは無く、その秘境にある山神の宝玉探しだ。
それらしき物が無いかその場から見渡してみたところ……勢い良く水が降り注ぐ滝の上にある岩山の頂上で何かが輝いているのを隻影さんが見つけた。
もしかして山神の宝玉かも……そう思った私達は二人で隻影さんの腕を落とさないように掴み、その岩山までひとっ飛びした。
人の力で登るのが大変そうであろうが、飛んでしまえば関係ない。
「さて……これかな……?」
「多分ね……」
「綺麗……」
岩山まで辿り着いた私達が見つけた物は……鮮やかなエメラルドグリーンと茶色が混じって輝いている、瞳大の宝玉だった。
指で掴み取り、太陽の光に翳すとより一層輝き……私達を翠色の世界に包み込んだ。
これこそが山神の宝玉……違うだなんて思えなかった。
今まで見たどんな宝石よりも輝く宝玉……山神の名の通り、なんと神々しい……
しばらくの間、私達3人は宝玉をただ見つめているだけだった……
「さて……この宝玉だが、二人が持っていてくれないか?」
「え……そんな……いいの?」
「ああ。3人で取った思い出の品だし、お前達二人は一緒に暮らしてるから丁度良いと思ってな」
宝玉を手に入れ、来た道を引き返した私達。
ただ……洞窟を抜けだした後、もう既に外は夕暮れになっていたので、私達はウシオニに会った場所辺りでキャンプをする事になった。
そして3人でご飯を食べている最中、隻影さんが突然こんな事を言い始めたのだった。
「う〜ん……でもそれだと隻影さんが……」
「俺はいい。たまにお前達の家に行って見れる程度でもな。大事なのは一緒にこれを探しに冒険したって事なんだからさ」
「そう……なんとなくそんな事言うと思ってたよ」
たしかに、宝玉は一つしかないので3人で分け合う事は出来ない。
特に今回は換金なんかしようと思っていなかったので、手に入れた宝の山分けは出来なかった。
だからこその提案だろうけど……それだと私達はいつでも見る事が出来るが、隻影さんは私達と暮らすわけではないのでそう目にする機会が無くなってしまう。
「まあ、こればっかりはね。隻影さんって根無し草なんだよね?」
「まあな。家があってもそう帰ってくる事は無いからな。以前地震の影響で崩れた時からそのままにしてある」
「そうなんだ……じゃあ……」
隻影さんは家が無い……それを聞いた瞬間、私は私達と一緒に住まないかと言おうとしていた。
何故そんな事を言おうとしてるのか……言う直前にハッとした私はここで言葉を止めてしまった。
「ん?どうかしたのかセレナ?」
「あ、いや……なんでも……」
なんで私は隻影さんと一緒に暮らそうだなんて言おうとしたのか……それは、宝玉を3人の物にしたいからとか、家が無い事への同情なんかでは無いだろう……
「あ、セレナ、頭に枯葉が付いてるぞ。払ってやるよ」
「へ?あ、あわあわ……!?」
「よしとれた……ん?どうした?顔真っ赤だぞ?」
「え、いや、その、か、枯葉が付いていた事が恥ずかしかったの!」
「そ、そうか……」
彼の手が私の頭に触れた時……私の心臓は跳ねあがった。
そして、彼の手が離れていく時、寂しさを覚えた……
「ま、二人はぐっすり寝な。俺が見張りをしておいてやるからさ」
「見張りは大丈夫だよ。セレナの探知魔術で誰かが近付いてきたら目が覚めるようになってるからさ。だから一緒に寝よ!」
「そうか。じゃあ安心だが……契りを交わしてない男女が近くで一緒に寝ると言うのはどうかと……宿だって同じ部屋こそ取ってはいるが離れて寝ているし……」
「そ、それは気にしなくていいよ!私もモーリンも変な事しないからさ!」
「そうそう。隻影さんが私達に変な事しそうになるって言うなら大歓迎だよ」
「それはそれでどうかと……まあ二人がそういうのならいいが……」
そう……私はきっと……隻影さんの事が好きになっていた。
あんなに優しく、強く、頼もしい男の人だ……愛情が生まれない理由が無い。
「やりい!じゃあ早速寝袋を……」
「モーリン気が早過ぎ……まずは夕飯を食べようよ」
「そうだぞ。それに寝袋ぐらい自分のがある」
でも、きっとそれは私だけでは無い……
「まあそうだよね……」
「なんだ残念そうな顔して……俺を寝てる時に襲うつもりだったか?」
「ははは……まっさかー」
「……怪しすぎるわね……」
モーリンも、きっと隻影さんの事を好きに思い始めてると思う……
「ま、気にしないでご飯を食べよう!」
「そうだね!握り飯凄く美味しいな。私本当にジパング大好き!!」
このままでは、親友と恋人の取り合いをしなければならない……
そんな不安を押しやりつつ、私は今を楽しんでいたのだった……
13/06/23 17:40更新 / マイクロミー
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