旅35 エレメントヒーロー!
「ふぁ〜ふぅ……おはようございます……」
「あらおはようサマリさん、昨日はぐっすり寝られた?」
「それ言わないで下さいよ……」
現在7時。
私は昨日の昼過ぎにアヌビスのプラナさんが掛けた呪いの力で日付が変わるまでぐっすりと寝ていた。
そして起きた瞬間疲れを感じてさっきまでまた寝ていたのだ。つまり合計17時間程寝ていたというわけだ。
いくら私がワーシープだからって寝過ぎな気がする……まあどうしようもなかったうえに目覚めは最高だけど……
「ふにぃ〜〜〜〜〜♪」
「…ところでアメリちゃんはどうしたのですか?なんか8歳の子供が見せちゃいけない表情をしているんですけど……」
「ああ、昨日行った王墓で結構魔力使っちゃってたようだから私の魔力を分けてあげましたの」
「なるほど…昨日だけじゃなくておそらく少し前にも勇者とエンジェルのコンビと闘ってたのでそれもあるかも…」
「そうですか…」
起きてアイラさんに会いに行ったら、アイラさんの膝の上でまるで事情の最中とでも言えば良いのだろうか…とにかく艶っぽく目尻を下げ恍惚とした表情を浮かべているアメリちゃんが居た。
何事かと思ったらどうやらアイラさんに減っていた魔力を分けてもらっていたところだったらしい。
そういえば以前も魔力を分けてもらっていた時こんな表情をしていた気がする……それだけ気持ち良いのだろうか?
「そういえば昨日アメリちゃんってアイラさんと寝ました?」
「ええ。いつもはサマリさんと寝ていると言ってましたが、昨日はサマリさんずっと寝ていらしたので私が一緒に寝ました」
「そうですか。昨日一回0時に起きたときにアメリちゃんが近くに居なかったのでどうしたのかと思ってましたので…ありがとうございます」
「いえいえ…妹の抱き心地がこんなに良いとは思いませんでした…毎日アメリを抱っこして寝てるサマリさんが羨ましいですわ……」
今日…というか、一回目に目を覚ました時にアメリちゃんが近くにいなかった。
どうしたんだろうと思いつつもその時はもう一回寝たが、起きた時にアイラさんと一緒に寝たのかと思って聞きに行こうとして蕩けた顔したアメリちゃんを膝の上に乗せながら椅子に座っているアイラさんを発見したのだ。
やはりアメリちゃんはアイラさんと一緒に寝たらしい…抱き心地の良さは完全に同意。
「ふぁぁ〜……おはようございます……」
「あ、フランちゃんおはよう。スズは?」
「たぶんもう少ししたら……ふぁぁ……やってくるかと思います…」
アイラさんとお話していたら、いつもの可愛いパジャマを着たフランちゃんが大きな欠伸をしながら起きてきた……
「ん?なんか一昨日も似たような事があったような…」
「一昨日と言いますか…ふぁふ……アイラさんのおうちにお世話になってから毎日同じようなやりとりしてます……」
「そうだっけ?」
「ふにゃぁ……♪」
若干のデジャブを感じたのでなんとなく呟いたら、実際毎日同じやり取りをしていたらしい…まあ今日は呆けているアメリちゃんもいるけど。
「そういえば今日出発なされるのですよね?」
「はい、その予定です……と言ってもまだ次の目的地は決めてませんが…」
フランちゃんとのやり取りを終えたタイミングでアイラさんが確認をしてきた。
一昨日にラスティは案内してもらったし、昨日は近くにある王墓も探検した…なので今日辺りで再び旅路に出ようと思っていたのだ。
ただ本当は昨日の夜に次なる目的地を決めるつもりだったのだが…私がぐっすりと寝ていたので決めていなかったのだ。
「でしたら、私が言う場所に行ってみるというのはどうですか?」
「へ?」
だからどうしようか悩んでいたら、アイラさんがそう言ってきた。
「誰か他の姉妹の心当たりでもあるのですか?」
「ええ…この砂漠から北西にずーっと進んで行って砂漠を越えさらに進むとちょっとした魔界があり、そこを通り過ぎて更に魔物が多く棲む森を越えもっと進みますと、姉か妹かはわかりませんがたしかリリムが領主をしてる『シャインローズ』という街があったはずです」
「へぇ……」
アイラさん曰く、ここからずっと遠く北西の方角にリリム…つまりアメリちゃんのお姉さんが領主を務めている街があるらしい。
そうとわかれば向かうしかない。次の行き先はそのシャインローズにしよう。
ただそこに行くためには砂漠越えに魔界入り、更には魔物が棲む森を越えなければならないという……ユウロにとってはかなりの鬼門である。
「まあ他のルートもあるにはあるけど、一番簡単かつ安全なのは今言ったルートですよ。他のルートですと反魔物領を通ったり危険な山岳を歩かなければならなかったりしますからね」
「そうですか……うーん……ユウロと相談かな……」
「そうね……まあ魔界と言ってもセックスと長期滞在さえしなければおそらくインキュバスになる前に抜けられると思うわよ。そのルートであれば森の手前にある小さな街辺りはたしか魔界から抜けていたはずです。あとはサマリさん達が理性を無くしてユウロさんに襲いかからなかったらですが」
「そうですね……」
しかし安全に越した事は無い…なのでユウロと相談する事にした……けど、いつ起きてくるのだろうか?
…………
………
……
…
「それではお世話になりました!」
「バイバイアイラお姉ちゃん!セリアお姉ちゃん!マルクおじさん!」
「はい、また遊びにいらして下さいね」
「さらばだ。お前達ならいつでも歓迎する!」
『また会おうな!!』
現在10時。
ラスティを出発してシャインローズ領を目指す事にした私達は、アイラさん達に見送りされながら北西方向に足を動かし始めた。
「それでユウロ…本当にいいの?」
「まあすぐにインキュバスになるんじゃねえし、お前らが入った瞬間発情して俺を襲う可能性もそんなに高くは無いって言ってたし、長期滞在しないのなら大丈夫だって話だからな」
「でも魔界に居る他の魔物に狙われる可能性だってあるんだろ?大丈夫なのか?」
「まあ…その時は昨日みたいな大暴れぶりを期待してるよ」
「おい……まあいいけど……」
ユウロと相談した結果、アイラさんに言われたルートで進む事にした。
簡単にインキュバスになるわけではないのに避けてわざわざ命の危険がある道を通るのもどうかと思ったのでそのルートで行く事にしたのだ。
「とりあえずは砂漠越えだな…俺達はまあ大丈夫だとして……」
「あ〜……う〜……」
「フラン……ゾンビさんみたい……」
しかしまあどのルートで行こうにも砂漠越えは必須である……ので、ヴァンパイアのフランちゃんはまた強すぎる日差しに悩まされながらの旅になるわけだ。
一応この街で売っていた太陽熱や太陽光、及び乾燥から身を護る為のマントなどは買ったが…それでも大変なものは大変なのだろう。
「で、でも……ラスティでそうびをきちんとしたから……ま、まだ大丈夫……」
「……どこが?とりあえずひどくならないように日がさはきちんともっていてよ……」
「それも大丈夫……これないとたぶん歩くことも出来ない気がするからぜったいはなさない……」
もうすでに幾らか力が抜けているようで、少し覚束無い足取りで歩いていた。
アメリちゃんが心配するが、本人が言うには「ラスティとうちゃく前よりいい」との事で…まあたしかにスズに背負われず自力で歩いているだけ良いのかもしれない。
「まあ辛くなったらまたアタイが背負ってやるよ」
「ありがとうございます……」
「もう……」
少し呆れ顔したアメリちゃんと手を繋ぎながら歩くフランちゃん。
状況は良いとは言い切れ無いが……なんだか微笑ましい。
「ふふ……」
「ん?何サマリお姉ちゃん、急にわらったりして……」
「いや…二人で手を繋いで歩いてる姿が仲良く見えて微笑ましくてね」
「「えっ……えへへ……」」
その事を二人に伝えたら同時に、嬉しそうに微笑みながら、より手をぎゅっと握って歩いていた……
====================
「ふう……ようやく涼しくなってきたね……」
「草木も増えてきたし……砂漠を抜けたって事だろ」
「やっとか……」
現在12時。
数日間砂漠を歩き続け、ようやく砂漠地帯を抜けたようだ。
ジリジリと肌を焼くような感覚も無くなったし、少しだけ吹いている風も涼しいし、何より砂漠には無かった雑草や木があちこちに生えていた。
まだ暑いと言えば暑いし砂も多いが、砂漠よりは歩きやすくなっていた。
「フランちゃん大丈夫だった?」
「はい……少しは楽になった気がします……」
「でもお昼じゃ力が入らないってことにはかわらないもんね…」
「うんそうだね……でもかささしながらならふつうに歩くことは出来るよ」
「ならいいけど…むちゃしてたおれないでね?」
「うん、わかってるよアメリ」
砂漠地帯を抜けた為かフランちゃんの足取りも安定してきていた。
これなら途中で倒れる事も無く、スズに背負られる事も無いだろう。
「そういえばもうここって魔界なのか?アタイさっぱりわからないんだけど……」
「ううん、まだだと思うよ。魔界のお昼ってこんなに明るくないもん」
「そっか……」
アイラさんの話では砂漠を抜けて少し進んだら魔界になるらしいのだが、まだここは魔界ではないようだ。
アメリちゃんやフランちゃんが言うには、魔物なら魔界だと元気になるし魔界にしか無い植物が生えているうえにお昼でも暗いから簡単にわかるらしい……たしかにまだ別段変ったとこは無いし太陽が明るく輝いているので魔界では無いのだろう。
しかし魔界かぁ…小さい頃に聞いた時は身体が勝手に震えるような恐ろしげなイメージしか湧かなかったけど、魔物になったからか今は心躍るような凄く良い場所ってイメージが湧くなぁ……
「それじゃあここらで休憩して昼飯にするか?」
「そうだね。まだ砂漠だと困るから今日はお弁当作って無かったし今から急いで作らないと…アメリちゃん『テント』の用意よろしく」
「うん!アメリおなか空いてきたから早く作ろっ!!」
とりあえず砂漠も抜ける事が出来たし、魔界に入る前にお昼ご飯を食べる事にする。
時間的にも丁度お昼ご飯に良いし、簡単な物を急いで作ろうと思う。
それにこれ以上後になるときっとアメリちゃんのお腹が空腹を訴えてくるだろうしね。
…………
………
……
…
「今日もおいしかった!」
「ありがとねアメリちゃん。そう言ってもらえると作ってる側としては嬉しいよ」
現在13時。
お昼ご飯も食べ終わり、今からまた出発しようと『テント』から出ているところだ。
「サマリさんのごはんはとてもおいしいです!どうしてここまでおいしいごはんが作れるのですか?」
「うーん…前にアメリちゃんにも言ったけど、昔から料理が好きで料理をしていたから……かな?」
「そうなのですか……それで……」
「まあ回数を重ねていけば上手になるってとこかな…って、プロでもない私が言える事じゃないけどね」
「いえいえ、プロにも負けないおいしさだと思いますよ」
アメリちゃんが『テント』を片付けている間、私はフランちゃんとお話をしていた。
フランちゃんも私の料理を笑顔でおいしいと言ってくれる……本当に作っている私としては嬉しい限りだ。
「あ、そうだ。フランちゃんも料理してみる?」
「そうですね…アメリも手伝ってますし、あたしもやってみたいです!」
「じゃあ決まりだね。今日の夜ご飯から早速手伝ってもらうね」
「はい!」
アメリちゃんが料理を手伝ってるのを見てずっとそわそわしていたからもしかしてやってみたいのかなと思ったら、まさにそうだったらしい。
なのでフランちゃんにも今日の夜ご飯から手伝ってもらう事にした。
もちろんアメリちゃんの時と同じく、最初は怪我をしないようなものからだけどね。
ちなみにアメリちゃんはすでに包丁を使って食材を切ってもらったりしている。
包丁と言っても普通のではなくて、どこの街で買ったかは覚えてないが、子供用で小さいし少し切れ味は落ちるが指を切ったりしないよう魔力が込められている物を使っているから安心だ。
「テントの片付けおわったよー!!」
「よし、じゃあ出発するか」
「そうだね。魔界までどれくらいかかるかな……」
アメリちゃんが片付けを終えたので、早速途中にあるという魔界に向けて出発しようとした、その時であった……
「……おい、そこの魔物の集団……」
「……ん?私達ですか?」
突然横から男の人に声を掛けられた……いや、声を掛けられたというよりも……
「そう、お前達だ……悪いがここでお前達を消させてもらう……」
「…………は?」
襲いかかってきたってところかな……
ご丁寧に十字架模様が入った服を着てるし、勇者か教団兵か、とにかく魔物の事を良く思ってない人物である事に間違っては無さそうだ。
「あなた誰ですか?」
「今から死に逝く者に言う名など無い」
「うわ…かなり礼儀がなって無い……とても主神を信仰している礼儀正しい人間とは思えないな……」
「……俺はシーボ、教団兵の一人だ」
「そうですか。私はサマリ、元人間で今ワーシープの旅人です」
教団兵の一人であるこの男……名前はシーボというらしい。
そのシーボが私達を殺そうと話しかけてきたが……武器らしきものは見当たらない……魔術主体の人なのかな?
「というかなんでこんな魔界近くに勇者ならともかく教団兵が一人でいるんだよ」
「うるさいぞ堕ちた者、何だっていいだろ」
「俺はユウロ、ついでに誰とも肉体関係を持ってない人間だ。誤魔化し方が適当過ぎるが…もしかして迷子か?」
「う、うるさい!俺は決して迷子で2日間彷徨っていたわけではない!!」
「そうかい……」
だがまあそこまで心配する事は無いかもしれない……
迷子になるような相手なら脅威ではない気がする……けどまあ私一人じゃきっと簡単にやっつけられちゃうんだろうな……
「それで何故アタイ達に襲いかかってくるんだよ。別に悪い事してないだろ?」
「ふん…今してなくともいずれ悪い行いをする……それが魔物だ」
「うわ…典型的に魔物を悪だって信じ切ってる人だ……面倒なのに会っちゃったな……」
「……くそ……調子狂うな……」
どちらにせよ私達を見逃してくれそうにはない。
「ま、そっちがそのつもりなら俺達だって黙ってやられるなんて事はしないぜ?」
「こっちは命までは取らないけど……数発殴らせてもらうからね」
「そんな暇なく葬ってやるさ……覚悟!!」
なので、シーボを退ける為にユウロとスズが臨戦態勢に入った。
私はフランちゃんとアメリちゃんと一緒に、邪魔にならないように後ろに下がろうと……
「おっと、一体も逃すつもりはないぞ?ノーム!!」
「きゃっ!」
「うわあっ!?な、何これ?」
後ろに下がろうとしたのだが、シーボが腕を上げたと同時に退路の地面が壁のように隆起して逃げ道が無くなってしまった。
シーボは何をしたのか…魔術っぽいけど…今呪文らしきものは何も唱えて無かった気がするが……
「……精霊使い?」
「ほう……そこのチビサキュバス、よく気が付いたな……」
「む……アメリはリリム!!」
「リリムねぇ……マジで!?」
「うん!ホントにリリムだもん!!」
アメリちゃんが言うにはシーボは精霊使い……つまりこれは精霊の力らしい。
でも……肝心の精霊っぽいものが居ないような……
「うわ……たしかによく見たら何か居やがる……イグニスとノームか……」
「それだけじゃなさそうです……シルフも若干ですが見えますし、ウンディーネもおそらく……」
「ちっ…全部バレたか……その通り、俺は四精霊と契約している精霊使いだ」
「え?どこにいるの?」
ユウロやフランちゃんには精霊全員の姿が見えているようだけど……私にはさっぱりわからなかった。
水の精霊『ウンディーネ』と風の精霊『シルフ』、そして土の精霊『ノーム』の姿は知らないので何とも言えないが、少なくともラスティで出会ったので火の精霊である『イグニス』は見たらわかるのだけど……シーボの近くどころかどこを見てもそれらしき人影は見あたらないのだが……
「精霊?そんなものどこに居るんだ?」
どうやらスズもわかっていなかったらしい……私と同じように辺りをキョロキョロと見渡している。
「サマリお姉ちゃんとスズお姉ちゃん、精霊って言っても魔物じゃなくて……ほらシーボお兄ちゃんの近くをよく見て……」
「ん〜……ん?あ、何かある!」
アメリちゃんに言われてシーボの近くをよく見てみると……小さく揺れる炎、小さく浮かぶ水滴、緑色の淡い光、茶色の淡い光が浮いていた。
もしかして…これが精霊?
「人型じゃないんだ……」
「ふん、あんな魔物に堕ちた精霊共と俺の純精霊達を一緒にするんじゃねえ」
「へぇ…精霊って元々魔物じゃないんだ……」
どうやら魔物化していない精霊らしい。
というか、ラスティであったイグニスさんは魔物化したイグニスだったのか……初めて知った……
「という事で説明の時間は終わりだ。シルフ!イグニス!」
根は優しいのか私達が色々している間一切攻撃してこなかったシーボが、私とスズが納得したのを感じて攻撃してきた。
私達の周りを囲うように風を発生させ、その風に炎を纏わせた……言ってしまえば、私達は炎で出来た渦に閉じ込められてしまった。
「うわっ!?」
「あついっ!」
「くそっ、どうにかして脱出しないと……」
渦の中はまるで砂漠…いや、それ以上に暑い。
しかも時折火の粉が身体に降りかかってくるのでさらに熱い。
このままでは焼け死んでしまうが……脱出しようにも炎の壁を通り抜けられるとは思えない……
ツバキみたいな事は誰も出来ないし……一体どうすれば……
「アメリにまかせて!『プレイフォーレイン』!!」
「あわわっ!」
と、私が慌てているうちにいつの間にか渦の中心に移動していたアメリちゃんが両手を上に挙げて何かの呪文を唱えた。
それを聞いたフランちゃんが慌てて日傘で自身の身体を隠すようにしたけど…何をしたんだ?
そう疑問に思って数秒後……
ポツ……ポツポツ……
サアアアァァ………
「なっ……雨だと!?」
さっきまで晴れていたのにも関わらず、いきなり雨が降り始めたのだ。
「この雨アメリちゃんが?」
「うん。けっこうつかれるけど、アメリたちのまわりにちょっとだけ雨をふらせる魔術だよ」
どうやらアメリちゃんがやったらしい……まさか天候すら変えることが出来るとは……
だがおかげで炎の壁は無くなり、風も弱まってくれた……ついでにフランちゃんが傘の下から一切動けなくなってしまった。
「ちっ……ここなら砂漠に近いけど風もあって大地も潤ってるからイグニス、シルフ、ノームの3体の力が発揮できたのだが……これではノームやシルフはともかくイグニスが……まさかリリムとはいえ子供がこんな高度の魔術を扱えるとは……」
「へへーん!アメリすごいでしょ!」
どうやら精霊の力は環境に左右されるらしい。
たしかに雨が降る中では火の力は衰えてしまうだろう……
でも……
「だが……これでウンディーネの力が最大限に引き出せる!!ウンディーネ!ノーム!」
「うわ!?なんだこれ…!!」
やはり火のかわりに水の力が強まってしまったようだ。
今度はウンディーネとノームの力を掛け合わせて、私達の足元に沼地を作り出した。
足元を取られて上手く動けない……転ばないようにするのが精一杯で、今攻撃なんかされたらとてもじゃないがかわせない。
「喰らえ!シルfぐあっ!!」
「そうやられてばっかりいられるかあああっ!!」
だがスズだけは糸を近くに生えていた木に巻きつけ沼地を抜け出していた。
その勢いのまま、完全に捕まえてたと思って油断していたシーボに殴りかかり……見事腹部に命中した。
シーボが殴られ力を維持出来なくなったからか、足元の沼地も徐々に消えて歩けるようになった。
「あ、雨が止んだ……」
「アメリじゃそんなに長くふらせられないからね…」
それと同時にアメリちゃんの雨を降らせる魔術の効果も切れたようだ。再び太陽が私達の頭上に輝きだした。
「ごほっ……くっそ…よくもやりやがったな……」
「言ったはずだよ!アタイも黙ってやられないってね!」
スズの強烈な一撃を腹部に受けたシーボは、苦しそうにお腹を押さえ咳込みながらも立ち上がって私達の方を睨みつけてきた。
「覚悟しな……霧を出すぞイグニス!ウンディーネ!」
「くっ……姿をくらましたか……」
そしてシーボは、周辺に霧を発生させて自身の姿を消し去ってしまった。
それどころか濃い霧のせいで自分以外の誰がどこに居るかわからない……
これはマズイかもしれない……とりあえず皆が無事か呼び掛けないと……
「皆大丈夫ー?」
「サマリなるべく喋るな!相手に居場所を伝えちまう!!」
「え、あ、ごめ……」
皆の無事を確かめる為に呼び掛けたらユウロに大きな声で注意された。
たしかに視界が利かない今声を出したら相手に自分の居場所を気付かれて、尚且つ相手の接近にこちらは気付けない…それはマズイと思い直して私は慌てて口を閉じたが……
「もう遅い!!喰らえ!!」
「きゃっ!」
「サマリお姉ちゃん!!」
もう遅かったようで霧の中から現れたシーボに殴られ、身体が宙に浮かんだ。
殴られた時に爆風みたいなものを感じたし、爆発音も聞こえてきたのでおそらくシルフの力を拳に纏わせて殴ったのだろう……おかげで私はまだぬかるんでる地面に叩きつけられたせいで身体は散々だ。
「大丈夫かサマリ!?」
「イタタ……な、なんとか……」
「…あまり効いてなさそうだな……」
ただやはり魔物になって身体が頑丈になったからか、殴られた場所が赤くなっているのと若干の擦り傷以外に目立った外傷も無く、さらに毛皮のおかげか叩きつけられたときの衝撃はさほど強くなく、少し痛い程度で済んでいる。
「くそ…テメェ…よくもサマリを!!」
「ふ…そうやって叫ぶから場所が突き止められるんだよ…お前も喰らいな!!」
だが、そんな私の事を心配してなのかユウロが大きな声で叫んでしまった。
心配してくれたのは嬉しいけど、それではユウロがやられてしまう……どうにか出来ないかと考えるがいい案が思い浮かばない……
せめて霧だけでも晴れてくれればいいのだが……
「吹き飛べ!!」
そうこうしているうちにシーボはユウロに接近してしまったらしい……
私の時以上に激しい風の音を出しながらおそらく殴りかかって……
「掛かったなボケェ!!」
「なっ!?うわっ!!」
……どうやらユウロが上手くカウンターしたらしい……ユウロの叫び声の後にシーボの驚く声が聞こえてきた。
おそらくユウロが叫んだのはシーボを自分の下におびき寄せる為だったのだろう……さすがユウロ、良い作戦である。
「おらっもう一丁!」
「くっ…ノーム、ドームだ!!」
「うおっ!?ちっ…籠りやがったか……」
そのままユウロが追撃しようとして何かされたらしい。
霧のせいで何も見えないから確実ではないけど、おそらくノームの力で土でドーム状の壁を作り、自身に攻撃が通らないようその中に籠ったのだろう。
「おい、今のうちに全員固まるぞ!こうも視界が悪いんじゃ固まっていたほうがまだ安全だ!」
「うん!」「はい!」「ああ!」「わかった!」
たしかにこうも視界が悪いのであればバラバラにならず集まった方がいい…なのでほんの少しだけ見える棒状の物を振り回している影に…ユウロの下に集まる私達。
ユウロがいた場所の近くには土のドームがあったが…おそらく中にシーボはもうおらず、どこか別の場所から出てくるだろう。
「いいか、あいつが出てきたら何かされる前にこっちから仕掛けるぞ…」
「それはむずかしいかもしれないよユウロお兄ちゃん……たぶんシーボお兄ちゃんがアメリたちを見つけるほうが早いもん…」
「あたしもそう思います…おそらくですが精霊たちにあたしたちの場所をとくていさせていると思いますし……」
「なるほど…声はあくまで補助的なものか……だったらあいつの攻撃を掻い潜って攻撃だ…サマリも悪いが今回ばかりは自分で自分の身を守ってくれ……」
「うん、わかってる……それでどうするの?」
「アタイの糸で動きを封じれたら良いけど…イグニスの力で燃やされちまいそうだしな……」
「一応アメリにいい考えがあるけど…」
私達はシーボに聞き取られないように小さな声で作戦会議をする……
「アメリちゃん、それってどんな案だい?」
「ん〜とね……」ゴニョゴニョ
「……ねえアメリちゃん……それってアメリちゃんにかなりの負担が掛かるんじゃあ……」
「うん…でもこれならだれもきずつかなくてすむもん!」
「でも……」
「それにこれから行くのは魔界でしょ?だったらなんとかなるよきっと」
「うーん…まあアメリちゃんが言うなら……でもあまり無理しないでね?」
「うん…フランおねがいね」
「わかった……じゃあとぶよアメリ……」
そして作戦が決まり、アメリちゃんはフランちゃんに抱きかかえられながら空高く飛び、私達は互いの視界をカバーする形で背をくっつけながら周囲を注意深く見渡した。
「……何をする気かは知らないが無駄だ……」
「くっ……どこだ!!出てこい!!」
「ああ、出てやるよ……!!」
フランちゃんが飛び立った後、シーボの声が霧の中で響き渡った。
響き渡っているせいで場所が掴めない……それどころか影も見当たらないからどの方向に居るか全く見当がつかない。
一体どこから出てくるのだろうかと3人とも集中していたら……
「そして死ねえっ!!」
「うわあっ!?」
なんと私達3人の間の足下、つまり私達が背を向けあっている間の地面の中から姿を現した。
おそらくノームの力で地面をモグラのように進んでいたのだろう……
「シルフ!イグニス!ウンディーネ!最大パワーだ!!」
「あちっ!」
「ぎゃっ!」
「きゃあああっ!!」
完全に不意打ちを喰らった私達は、シーボが発生させた蒸気の塊を浴びせられ、熱に纏わりつかれながらバラバラに吹き飛ばされた。
熱いし痛い…だが、おかげで私達が自力で遠くに移動する手間が省けた。
「くそがあっ!!」
「くっ…その状態で糸を飛ばすとは……だがこんな物イグニスの炎で燃やしてしまえば……」
スズが飛ばされながらも、一瞬でも動きを止める為にシーボの身体や足下に糸を巻きつけた。
やはりイグニスの炎で焼き切るつもりらしいが……もう遅い。
「今だアメリちゃん!!」
「いっけーーーー!!」
「な………なんだよこれ……!?」
上空で待機していたアメリちゃんがシーボに向けて、少しドロッとした黒い大きな球体を……アメリちゃんの持つ魔力の塊を発射した。
足下を糸で絡め取られていたシーボは、それを避ける事が出来ず……
「うわっわあああああっ!!」
魔力の塊に、全身どころか自分の周囲すら飲みこまれてしまった。
「はぁ……はぁ……な、何だったんだ今の……!?」
魔物の魔力、しかもリリムという最上位の魔物の魔力を浴びたシーボ『達』。
黒い塊が四散し、魔力が維持できなくなったからか霧が無くなり視界が晴れ、伏せているシーボが目に入った。
「お、おい……ま、まさか……」
そしてそのシーボの周りには……
「う、うぅ……イテテ……ん?痛い……?」
赤い炎を身体に纏った、凛とした女性が倒れていた。
「な、何が起きて……あら?」
透き通る青い身体……水で出来た身体を持った若い女性が尻餅をついていた。
「もぉ〜〜、いきなりなんなのよ〜……およ?」
鮮やかな緑色のスカートを穿いているような緑色の少女が転がっていた。
「うーん……んー?」
そして頭に何かの芽を生やした茶色い女性が、シーボに寄り添う形で寝転がっていた。
「そんな……魔物化したのか……?」
先程話しあった作戦通りに、アメリちゃんの魔力を精霊達にぶつけて魔精霊化させる事に成功した。
「これがあたい……ふふっ…マスターに触れるじゃないか……」
「ああマスター…なんてがっしりとした身体なんでしょうか……」
「あははっ!この姿になっちゃったから…力を使うには…ねぇマスタぁ……」
「……マスター……シましょう……」
「や、やめろお前達、しょ、正気を保つんだ!」
空を飛ぶ為の魔力すら込めて作られた塊によって魔物化した精霊達は、皆性的な興奮により顔を赤らめ一斉にシーボの身体に抱きつき始めた。
シーボは表面上は必死に逃げようとしているが…言葉とは裏腹に抵抗はほとんどしておらず、男性器も硬く勃起しているのが見てわかる。
「このままじゃ完全に魔物になっちまうぞ!」
「何言ってるんだマスター!もうあたい達はほとんど魔物さ!」
「そうですよマスター…だから精を貰う事は何もおかしくは無いのですよ?」
「皆で気持ち良くしてあげるから抵抗しないでよ!それにマスターだってビンビンにしてヤるき満々じゃん!」
「愛してます…………愛して下さいマスター……」
なぜなら……一緒に濃い魔力を浴びたシーボ自身もまたインキュバス化しているのだから。
もう自分に好意を持っていて行為を望んでいる女性を拒絶など出来ないだろう。
「や、やめ…ふあっ!?」
「へへ……マスターの勃起チンコはあたいが扱いて気持ち良くしてやるよ!」
「では私はマスターの唇を……んちゅ、じゅるるる……」
「あー二人ともズルイ〜!!じゃあわたしはマスターの乳首ペロペロするー!!」
「マスター……弄って……」
私達の事は一切気にする事無く盛り上がり始めた精霊達。
イグニスはシーボのズボンとパンツを下ろしてペニスを上下に扱いているし、ウンディーネは唇を貪っているし、シルフは服を取り外して言葉通り乳首を舐めているし、ノームは右手に自身の秘所を押し付けている……
もはや彼女らには戦う気力など微塵も無いだろう。
「はぁ……はぁ……」
「アメリ大丈夫?」
「はぁ……うん……早くにげよ……はぁ……」
「そうだね……今のうちに逃げよう……」
という事で私達は、愛の宴とでも言える様子を尻目に急いで逃げ出した……
…………
………
……
…
「ふぅ……ここまでくればもう安心かな?」
「つーか慌てて逃げなくても良かった気はするけどな…あれたぶん動く体力すら無くなるまで続けるだろうしな」
「たしかにそうかもね……」
現在15時。
たまに後ろを振り返りながらも走りながら逃げた私達。
やはりというか、シーボ達が追ってくる様子など微塵も無いので走るのを止めて一息つく事にした。
「はぁ……はぁ……」
「アメリ……本当に大丈夫なの?」
「う、うん……平気だよ……」
アメリちゃん本人は大丈夫だって言い張るが、やはり魔力が少なくて大変なのだろう。
黒い魔力の塊を作り出してから今までずっと息が荒いままだ……走る足取りも覚束無くて、砂漠とは逆にフランちゃんに支えられていた程だ。
「無理はしないでねアメリちゃん。辛かったら言うんだよ?」
「うん……でも大丈夫……」
とても大丈夫そうには見えないのだが……本人がそう言うし大丈夫だという事にしておこう。
「しかしあんなのまで居るんだな…アタイ予想外だったよ……」
「ん?あんなのってシーボの奴の事か?」
「ああ……魔界近くにもいるものなんだなって…」
「まああれは特殊なパターンだけど、教団が魔界に攻めに行くって事はある」
「へぇ〜……」
一通り落ち着いたからか、スズが木にもたれながら話を始めた。
たしかに迷子になったからとは言っていたが、魔界近くに教団の兵士がいるとは思っていなかった……
だが元勇者であるユウロが言うには、魔界への侵攻もある事にはあるらしい…頑張るなぁ……
「でもまあ魔王城にせめてきた勇者はだいたい魔王軍のみなさまにおもち帰りされてしまいますけどね」
「あーやっぱりか……大体魔王がいる魔界に攻めて行った奴らは全滅して帰ってこないって言われてたから絶対そうだろうなって思ったよ…」
「まさにそのとおりです。あたしの母さまと父さまはちがいますが、そうやって出会ったと言っている人たちはおおぜいいましたから」
「へぇ……」
ただやっぱり一向に成果は出てないらしい。
まあ鍛えていると言っても魔物と人間では基礎体力とかが違うし、魔王軍となるときっと鍛えてる魔物も多いだろうから簡単には人間じゃ勝てないだろうしね。
あと今関係無いからかさらっと言ったけど、フランちゃんの両親の出会い方はまた違うらしい……
「それじゃあフラン、フランのとーちゃんとかーちゃんってどうやって出会ったんだ?」
「あ、それ私も気になる」
「そうですか……」
なので、話しに出たついでにヴァンパイアとの恋ってどんななのか気になるのでフランちゃんに聞いてみた。
「まずさいしょに言っておきますがあたしの母さまと父さまはヴァンパイアの中ではかなりめずらしいと思いますよ」
「へぇ……どんなの?」
「えっとですね……母さまが旅行でしん魔物りょうに行った時にですね…たまたま立ちよったお店に当時その町に住んでいた父
さまと出会いまして…」
「わかった、とーちゃんに一目惚れしたんだろ!」
「いいえ…その当時はきぞくのようにふるまっていた母さまに父さまが失礼なことを言ったらしくじゅうしょうを負わされたらしいです」
「ええっ!?よくそれで両親くっついたな……」
どうやらフランちゃんの両親は最悪の出会い方をしたらしい…
ここから結婚までに至るとは…いったいどんな経歴があったんだろうか……
「はい……さすがにやりすぎたとはんせいした母さまは父さまが入院していた病院までおみまいに行ったのですが…」
「それでどうしたの?」
「えー…実はあたしの母さまはドジでして……その病院で母さまはたまたまかんじゃとして来ていたアルラウネさんの花弁の中にころんでかおからつっこんでしまって……」
「あー……もしかしてアルラウネの蜜の効果で発情しちゃってお父さんを襲っちゃったって事?」
「はい…みつだけではなくアルラウネ花ふんしょうと、だれかからうつされた魔界ねつも同時にはっしょうし……それでがまん出来なくなって父さまをおそい……お姉ちゃんをはらんでしまったらしいのです……」
「そ、そうなんだ……」
「はい……でもまあ母さまも父さまもなかよしなのでいいですがね!」
どうやらかなり特殊な結ばれ方をしたらしい…まあ仲が良いなら問題無い……かな?
「あれ?フランってねーちゃんいるの?」
「はいいます。あたしより10さい年上で、今はおうちにはいませんが元気にはたらいているようです」
「へぇ……」
そしてフランちゃんはお姉さんがいるらしい。
どんなヴァンパイアなんだろうか…会う事があったら会ってみたいな……
と、こんな感じに他愛のないお話をしている時だった……
「はぁ……はあっ………………」
ドサッ…………
「……ん?アメリちゃん……?」
「アメリ……アメリ!?」
「おいアメリちゃん!しっかりしろ!!」
「おいアメリどうしたんだ!!」
疲れているようで全く話しに加わって無かったアメリちゃんが、突然倒れてしまった……
顔は真っ赤で息は先程よりも荒く……苦しそうに身体が小さく痙攣している……
「やっぱり大丈夫じゃなかったのか……」
「フランちゃん『テント』って組み立てられる?」
「はい!いそいで用意します!!」
「アメリちゃんしっかりするんだ!」
私達は突然倒れたアメリちゃんを落ち着かせる為に、急いで『テント』を組み立ててアメリちゃんを安静に寝かせる事にした……
「あらおはようサマリさん、昨日はぐっすり寝られた?」
「それ言わないで下さいよ……」
現在7時。
私は昨日の昼過ぎにアヌビスのプラナさんが掛けた呪いの力で日付が変わるまでぐっすりと寝ていた。
そして起きた瞬間疲れを感じてさっきまでまた寝ていたのだ。つまり合計17時間程寝ていたというわけだ。
いくら私がワーシープだからって寝過ぎな気がする……まあどうしようもなかったうえに目覚めは最高だけど……
「ふにぃ〜〜〜〜〜♪」
「…ところでアメリちゃんはどうしたのですか?なんか8歳の子供が見せちゃいけない表情をしているんですけど……」
「ああ、昨日行った王墓で結構魔力使っちゃってたようだから私の魔力を分けてあげましたの」
「なるほど…昨日だけじゃなくておそらく少し前にも勇者とエンジェルのコンビと闘ってたのでそれもあるかも…」
「そうですか…」
起きてアイラさんに会いに行ったら、アイラさんの膝の上でまるで事情の最中とでも言えば良いのだろうか…とにかく艶っぽく目尻を下げ恍惚とした表情を浮かべているアメリちゃんが居た。
何事かと思ったらどうやらアイラさんに減っていた魔力を分けてもらっていたところだったらしい。
そういえば以前も魔力を分けてもらっていた時こんな表情をしていた気がする……それだけ気持ち良いのだろうか?
「そういえば昨日アメリちゃんってアイラさんと寝ました?」
「ええ。いつもはサマリさんと寝ていると言ってましたが、昨日はサマリさんずっと寝ていらしたので私が一緒に寝ました」
「そうですか。昨日一回0時に起きたときにアメリちゃんが近くに居なかったのでどうしたのかと思ってましたので…ありがとうございます」
「いえいえ…妹の抱き心地がこんなに良いとは思いませんでした…毎日アメリを抱っこして寝てるサマリさんが羨ましいですわ……」
今日…というか、一回目に目を覚ました時にアメリちゃんが近くにいなかった。
どうしたんだろうと思いつつもその時はもう一回寝たが、起きた時にアイラさんと一緒に寝たのかと思って聞きに行こうとして蕩けた顔したアメリちゃんを膝の上に乗せながら椅子に座っているアイラさんを発見したのだ。
やはりアメリちゃんはアイラさんと一緒に寝たらしい…抱き心地の良さは完全に同意。
「ふぁぁ〜……おはようございます……」
「あ、フランちゃんおはよう。スズは?」
「たぶんもう少ししたら……ふぁぁ……やってくるかと思います…」
アイラさんとお話していたら、いつもの可愛いパジャマを着たフランちゃんが大きな欠伸をしながら起きてきた……
「ん?なんか一昨日も似たような事があったような…」
「一昨日と言いますか…ふぁふ……アイラさんのおうちにお世話になってから毎日同じようなやりとりしてます……」
「そうだっけ?」
「ふにゃぁ……♪」
若干のデジャブを感じたのでなんとなく呟いたら、実際毎日同じやり取りをしていたらしい…まあ今日は呆けているアメリちゃんもいるけど。
「そういえば今日出発なされるのですよね?」
「はい、その予定です……と言ってもまだ次の目的地は決めてませんが…」
フランちゃんとのやり取りを終えたタイミングでアイラさんが確認をしてきた。
一昨日にラスティは案内してもらったし、昨日は近くにある王墓も探検した…なので今日辺りで再び旅路に出ようと思っていたのだ。
ただ本当は昨日の夜に次なる目的地を決めるつもりだったのだが…私がぐっすりと寝ていたので決めていなかったのだ。
「でしたら、私が言う場所に行ってみるというのはどうですか?」
「へ?」
だからどうしようか悩んでいたら、アイラさんがそう言ってきた。
「誰か他の姉妹の心当たりでもあるのですか?」
「ええ…この砂漠から北西にずーっと進んで行って砂漠を越えさらに進むとちょっとした魔界があり、そこを通り過ぎて更に魔物が多く棲む森を越えもっと進みますと、姉か妹かはわかりませんがたしかリリムが領主をしてる『シャインローズ』という街があったはずです」
「へぇ……」
アイラさん曰く、ここからずっと遠く北西の方角にリリム…つまりアメリちゃんのお姉さんが領主を務めている街があるらしい。
そうとわかれば向かうしかない。次の行き先はそのシャインローズにしよう。
ただそこに行くためには砂漠越えに魔界入り、更には魔物が棲む森を越えなければならないという……ユウロにとってはかなりの鬼門である。
「まあ他のルートもあるにはあるけど、一番簡単かつ安全なのは今言ったルートですよ。他のルートですと反魔物領を通ったり危険な山岳を歩かなければならなかったりしますからね」
「そうですか……うーん……ユウロと相談かな……」
「そうね……まあ魔界と言ってもセックスと長期滞在さえしなければおそらくインキュバスになる前に抜けられると思うわよ。そのルートであれば森の手前にある小さな街辺りはたしか魔界から抜けていたはずです。あとはサマリさん達が理性を無くしてユウロさんに襲いかからなかったらですが」
「そうですね……」
しかし安全に越した事は無い…なのでユウロと相談する事にした……けど、いつ起きてくるのだろうか?
…………
………
……
…
「それではお世話になりました!」
「バイバイアイラお姉ちゃん!セリアお姉ちゃん!マルクおじさん!」
「はい、また遊びにいらして下さいね」
「さらばだ。お前達ならいつでも歓迎する!」
『また会おうな!!』
現在10時。
ラスティを出発してシャインローズ領を目指す事にした私達は、アイラさん達に見送りされながら北西方向に足を動かし始めた。
「それでユウロ…本当にいいの?」
「まあすぐにインキュバスになるんじゃねえし、お前らが入った瞬間発情して俺を襲う可能性もそんなに高くは無いって言ってたし、長期滞在しないのなら大丈夫だって話だからな」
「でも魔界に居る他の魔物に狙われる可能性だってあるんだろ?大丈夫なのか?」
「まあ…その時は昨日みたいな大暴れぶりを期待してるよ」
「おい……まあいいけど……」
ユウロと相談した結果、アイラさんに言われたルートで進む事にした。
簡単にインキュバスになるわけではないのに避けてわざわざ命の危険がある道を通るのもどうかと思ったのでそのルートで行く事にしたのだ。
「とりあえずは砂漠越えだな…俺達はまあ大丈夫だとして……」
「あ〜……う〜……」
「フラン……ゾンビさんみたい……」
しかしまあどのルートで行こうにも砂漠越えは必須である……ので、ヴァンパイアのフランちゃんはまた強すぎる日差しに悩まされながらの旅になるわけだ。
一応この街で売っていた太陽熱や太陽光、及び乾燥から身を護る為のマントなどは買ったが…それでも大変なものは大変なのだろう。
「で、でも……ラスティでそうびをきちんとしたから……ま、まだ大丈夫……」
「……どこが?とりあえずひどくならないように日がさはきちんともっていてよ……」
「それも大丈夫……これないとたぶん歩くことも出来ない気がするからぜったいはなさない……」
もうすでに幾らか力が抜けているようで、少し覚束無い足取りで歩いていた。
アメリちゃんが心配するが、本人が言うには「ラスティとうちゃく前よりいい」との事で…まあたしかにスズに背負われず自力で歩いているだけ良いのかもしれない。
「まあ辛くなったらまたアタイが背負ってやるよ」
「ありがとうございます……」
「もう……」
少し呆れ顔したアメリちゃんと手を繋ぎながら歩くフランちゃん。
状況は良いとは言い切れ無いが……なんだか微笑ましい。
「ふふ……」
「ん?何サマリお姉ちゃん、急にわらったりして……」
「いや…二人で手を繋いで歩いてる姿が仲良く見えて微笑ましくてね」
「「えっ……えへへ……」」
その事を二人に伝えたら同時に、嬉しそうに微笑みながら、より手をぎゅっと握って歩いていた……
====================
「ふう……ようやく涼しくなってきたね……」
「草木も増えてきたし……砂漠を抜けたって事だろ」
「やっとか……」
現在12時。
数日間砂漠を歩き続け、ようやく砂漠地帯を抜けたようだ。
ジリジリと肌を焼くような感覚も無くなったし、少しだけ吹いている風も涼しいし、何より砂漠には無かった雑草や木があちこちに生えていた。
まだ暑いと言えば暑いし砂も多いが、砂漠よりは歩きやすくなっていた。
「フランちゃん大丈夫だった?」
「はい……少しは楽になった気がします……」
「でもお昼じゃ力が入らないってことにはかわらないもんね…」
「うんそうだね……でもかささしながらならふつうに歩くことは出来るよ」
「ならいいけど…むちゃしてたおれないでね?」
「うん、わかってるよアメリ」
砂漠地帯を抜けた為かフランちゃんの足取りも安定してきていた。
これなら途中で倒れる事も無く、スズに背負られる事も無いだろう。
「そういえばもうここって魔界なのか?アタイさっぱりわからないんだけど……」
「ううん、まだだと思うよ。魔界のお昼ってこんなに明るくないもん」
「そっか……」
アイラさんの話では砂漠を抜けて少し進んだら魔界になるらしいのだが、まだここは魔界ではないようだ。
アメリちゃんやフランちゃんが言うには、魔物なら魔界だと元気になるし魔界にしか無い植物が生えているうえにお昼でも暗いから簡単にわかるらしい……たしかにまだ別段変ったとこは無いし太陽が明るく輝いているので魔界では無いのだろう。
しかし魔界かぁ…小さい頃に聞いた時は身体が勝手に震えるような恐ろしげなイメージしか湧かなかったけど、魔物になったからか今は心躍るような凄く良い場所ってイメージが湧くなぁ……
「それじゃあここらで休憩して昼飯にするか?」
「そうだね。まだ砂漠だと困るから今日はお弁当作って無かったし今から急いで作らないと…アメリちゃん『テント』の用意よろしく」
「うん!アメリおなか空いてきたから早く作ろっ!!」
とりあえず砂漠も抜ける事が出来たし、魔界に入る前にお昼ご飯を食べる事にする。
時間的にも丁度お昼ご飯に良いし、簡単な物を急いで作ろうと思う。
それにこれ以上後になるときっとアメリちゃんのお腹が空腹を訴えてくるだろうしね。
…………
………
……
…
「今日もおいしかった!」
「ありがとねアメリちゃん。そう言ってもらえると作ってる側としては嬉しいよ」
現在13時。
お昼ご飯も食べ終わり、今からまた出発しようと『テント』から出ているところだ。
「サマリさんのごはんはとてもおいしいです!どうしてここまでおいしいごはんが作れるのですか?」
「うーん…前にアメリちゃんにも言ったけど、昔から料理が好きで料理をしていたから……かな?」
「そうなのですか……それで……」
「まあ回数を重ねていけば上手になるってとこかな…って、プロでもない私が言える事じゃないけどね」
「いえいえ、プロにも負けないおいしさだと思いますよ」
アメリちゃんが『テント』を片付けている間、私はフランちゃんとお話をしていた。
フランちゃんも私の料理を笑顔でおいしいと言ってくれる……本当に作っている私としては嬉しい限りだ。
「あ、そうだ。フランちゃんも料理してみる?」
「そうですね…アメリも手伝ってますし、あたしもやってみたいです!」
「じゃあ決まりだね。今日の夜ご飯から早速手伝ってもらうね」
「はい!」
アメリちゃんが料理を手伝ってるのを見てずっとそわそわしていたからもしかしてやってみたいのかなと思ったら、まさにそうだったらしい。
なのでフランちゃんにも今日の夜ご飯から手伝ってもらう事にした。
もちろんアメリちゃんの時と同じく、最初は怪我をしないようなものからだけどね。
ちなみにアメリちゃんはすでに包丁を使って食材を切ってもらったりしている。
包丁と言っても普通のではなくて、どこの街で買ったかは覚えてないが、子供用で小さいし少し切れ味は落ちるが指を切ったりしないよう魔力が込められている物を使っているから安心だ。
「テントの片付けおわったよー!!」
「よし、じゃあ出発するか」
「そうだね。魔界までどれくらいかかるかな……」
アメリちゃんが片付けを終えたので、早速途中にあるという魔界に向けて出発しようとした、その時であった……
「……おい、そこの魔物の集団……」
「……ん?私達ですか?」
突然横から男の人に声を掛けられた……いや、声を掛けられたというよりも……
「そう、お前達だ……悪いがここでお前達を消させてもらう……」
「…………は?」
襲いかかってきたってところかな……
ご丁寧に十字架模様が入った服を着てるし、勇者か教団兵か、とにかく魔物の事を良く思ってない人物である事に間違っては無さそうだ。
「あなた誰ですか?」
「今から死に逝く者に言う名など無い」
「うわ…かなり礼儀がなって無い……とても主神を信仰している礼儀正しい人間とは思えないな……」
「……俺はシーボ、教団兵の一人だ」
「そうですか。私はサマリ、元人間で今ワーシープの旅人です」
教団兵の一人であるこの男……名前はシーボというらしい。
そのシーボが私達を殺そうと話しかけてきたが……武器らしきものは見当たらない……魔術主体の人なのかな?
「というかなんでこんな魔界近くに勇者ならともかく教団兵が一人でいるんだよ」
「うるさいぞ堕ちた者、何だっていいだろ」
「俺はユウロ、ついでに誰とも肉体関係を持ってない人間だ。誤魔化し方が適当過ぎるが…もしかして迷子か?」
「う、うるさい!俺は決して迷子で2日間彷徨っていたわけではない!!」
「そうかい……」
だがまあそこまで心配する事は無いかもしれない……
迷子になるような相手なら脅威ではない気がする……けどまあ私一人じゃきっと簡単にやっつけられちゃうんだろうな……
「それで何故アタイ達に襲いかかってくるんだよ。別に悪い事してないだろ?」
「ふん…今してなくともいずれ悪い行いをする……それが魔物だ」
「うわ…典型的に魔物を悪だって信じ切ってる人だ……面倒なのに会っちゃったな……」
「……くそ……調子狂うな……」
どちらにせよ私達を見逃してくれそうにはない。
「ま、そっちがそのつもりなら俺達だって黙ってやられるなんて事はしないぜ?」
「こっちは命までは取らないけど……数発殴らせてもらうからね」
「そんな暇なく葬ってやるさ……覚悟!!」
なので、シーボを退ける為にユウロとスズが臨戦態勢に入った。
私はフランちゃんとアメリちゃんと一緒に、邪魔にならないように後ろに下がろうと……
「おっと、一体も逃すつもりはないぞ?ノーム!!」
「きゃっ!」
「うわあっ!?な、何これ?」
後ろに下がろうとしたのだが、シーボが腕を上げたと同時に退路の地面が壁のように隆起して逃げ道が無くなってしまった。
シーボは何をしたのか…魔術っぽいけど…今呪文らしきものは何も唱えて無かった気がするが……
「……精霊使い?」
「ほう……そこのチビサキュバス、よく気が付いたな……」
「む……アメリはリリム!!」
「リリムねぇ……マジで!?」
「うん!ホントにリリムだもん!!」
アメリちゃんが言うにはシーボは精霊使い……つまりこれは精霊の力らしい。
でも……肝心の精霊っぽいものが居ないような……
「うわ……たしかによく見たら何か居やがる……イグニスとノームか……」
「それだけじゃなさそうです……シルフも若干ですが見えますし、ウンディーネもおそらく……」
「ちっ…全部バレたか……その通り、俺は四精霊と契約している精霊使いだ」
「え?どこにいるの?」
ユウロやフランちゃんには精霊全員の姿が見えているようだけど……私にはさっぱりわからなかった。
水の精霊『ウンディーネ』と風の精霊『シルフ』、そして土の精霊『ノーム』の姿は知らないので何とも言えないが、少なくともラスティで出会ったので火の精霊である『イグニス』は見たらわかるのだけど……シーボの近くどころかどこを見てもそれらしき人影は見あたらないのだが……
「精霊?そんなものどこに居るんだ?」
どうやらスズもわかっていなかったらしい……私と同じように辺りをキョロキョロと見渡している。
「サマリお姉ちゃんとスズお姉ちゃん、精霊って言っても魔物じゃなくて……ほらシーボお兄ちゃんの近くをよく見て……」
「ん〜……ん?あ、何かある!」
アメリちゃんに言われてシーボの近くをよく見てみると……小さく揺れる炎、小さく浮かぶ水滴、緑色の淡い光、茶色の淡い光が浮いていた。
もしかして…これが精霊?
「人型じゃないんだ……」
「ふん、あんな魔物に堕ちた精霊共と俺の純精霊達を一緒にするんじゃねえ」
「へぇ…精霊って元々魔物じゃないんだ……」
どうやら魔物化していない精霊らしい。
というか、ラスティであったイグニスさんは魔物化したイグニスだったのか……初めて知った……
「という事で説明の時間は終わりだ。シルフ!イグニス!」
根は優しいのか私達が色々している間一切攻撃してこなかったシーボが、私とスズが納得したのを感じて攻撃してきた。
私達の周りを囲うように風を発生させ、その風に炎を纏わせた……言ってしまえば、私達は炎で出来た渦に閉じ込められてしまった。
「うわっ!?」
「あついっ!」
「くそっ、どうにかして脱出しないと……」
渦の中はまるで砂漠…いや、それ以上に暑い。
しかも時折火の粉が身体に降りかかってくるのでさらに熱い。
このままでは焼け死んでしまうが……脱出しようにも炎の壁を通り抜けられるとは思えない……
ツバキみたいな事は誰も出来ないし……一体どうすれば……
「アメリにまかせて!『プレイフォーレイン』!!」
「あわわっ!」
と、私が慌てているうちにいつの間にか渦の中心に移動していたアメリちゃんが両手を上に挙げて何かの呪文を唱えた。
それを聞いたフランちゃんが慌てて日傘で自身の身体を隠すようにしたけど…何をしたんだ?
そう疑問に思って数秒後……
ポツ……ポツポツ……
サアアアァァ………
「なっ……雨だと!?」
さっきまで晴れていたのにも関わらず、いきなり雨が降り始めたのだ。
「この雨アメリちゃんが?」
「うん。けっこうつかれるけど、アメリたちのまわりにちょっとだけ雨をふらせる魔術だよ」
どうやらアメリちゃんがやったらしい……まさか天候すら変えることが出来るとは……
だがおかげで炎の壁は無くなり、風も弱まってくれた……ついでにフランちゃんが傘の下から一切動けなくなってしまった。
「ちっ……ここなら砂漠に近いけど風もあって大地も潤ってるからイグニス、シルフ、ノームの3体の力が発揮できたのだが……これではノームやシルフはともかくイグニスが……まさかリリムとはいえ子供がこんな高度の魔術を扱えるとは……」
「へへーん!アメリすごいでしょ!」
どうやら精霊の力は環境に左右されるらしい。
たしかに雨が降る中では火の力は衰えてしまうだろう……
でも……
「だが……これでウンディーネの力が最大限に引き出せる!!ウンディーネ!ノーム!」
「うわ!?なんだこれ…!!」
やはり火のかわりに水の力が強まってしまったようだ。
今度はウンディーネとノームの力を掛け合わせて、私達の足元に沼地を作り出した。
足元を取られて上手く動けない……転ばないようにするのが精一杯で、今攻撃なんかされたらとてもじゃないがかわせない。
「喰らえ!シルfぐあっ!!」
「そうやられてばっかりいられるかあああっ!!」
だがスズだけは糸を近くに生えていた木に巻きつけ沼地を抜け出していた。
その勢いのまま、完全に捕まえてたと思って油断していたシーボに殴りかかり……見事腹部に命中した。
シーボが殴られ力を維持出来なくなったからか、足元の沼地も徐々に消えて歩けるようになった。
「あ、雨が止んだ……」
「アメリじゃそんなに長くふらせられないからね…」
それと同時にアメリちゃんの雨を降らせる魔術の効果も切れたようだ。再び太陽が私達の頭上に輝きだした。
「ごほっ……くっそ…よくもやりやがったな……」
「言ったはずだよ!アタイも黙ってやられないってね!」
スズの強烈な一撃を腹部に受けたシーボは、苦しそうにお腹を押さえ咳込みながらも立ち上がって私達の方を睨みつけてきた。
「覚悟しな……霧を出すぞイグニス!ウンディーネ!」
「くっ……姿をくらましたか……」
そしてシーボは、周辺に霧を発生させて自身の姿を消し去ってしまった。
それどころか濃い霧のせいで自分以外の誰がどこに居るかわからない……
これはマズイかもしれない……とりあえず皆が無事か呼び掛けないと……
「皆大丈夫ー?」
「サマリなるべく喋るな!相手に居場所を伝えちまう!!」
「え、あ、ごめ……」
皆の無事を確かめる為に呼び掛けたらユウロに大きな声で注意された。
たしかに視界が利かない今声を出したら相手に自分の居場所を気付かれて、尚且つ相手の接近にこちらは気付けない…それはマズイと思い直して私は慌てて口を閉じたが……
「もう遅い!!喰らえ!!」
「きゃっ!」
「サマリお姉ちゃん!!」
もう遅かったようで霧の中から現れたシーボに殴られ、身体が宙に浮かんだ。
殴られた時に爆風みたいなものを感じたし、爆発音も聞こえてきたのでおそらくシルフの力を拳に纏わせて殴ったのだろう……おかげで私はまだぬかるんでる地面に叩きつけられたせいで身体は散々だ。
「大丈夫かサマリ!?」
「イタタ……な、なんとか……」
「…あまり効いてなさそうだな……」
ただやはり魔物になって身体が頑丈になったからか、殴られた場所が赤くなっているのと若干の擦り傷以外に目立った外傷も無く、さらに毛皮のおかげか叩きつけられたときの衝撃はさほど強くなく、少し痛い程度で済んでいる。
「くそ…テメェ…よくもサマリを!!」
「ふ…そうやって叫ぶから場所が突き止められるんだよ…お前も喰らいな!!」
だが、そんな私の事を心配してなのかユウロが大きな声で叫んでしまった。
心配してくれたのは嬉しいけど、それではユウロがやられてしまう……どうにか出来ないかと考えるがいい案が思い浮かばない……
せめて霧だけでも晴れてくれればいいのだが……
「吹き飛べ!!」
そうこうしているうちにシーボはユウロに接近してしまったらしい……
私の時以上に激しい風の音を出しながらおそらく殴りかかって……
「掛かったなボケェ!!」
「なっ!?うわっ!!」
……どうやらユウロが上手くカウンターしたらしい……ユウロの叫び声の後にシーボの驚く声が聞こえてきた。
おそらくユウロが叫んだのはシーボを自分の下におびき寄せる為だったのだろう……さすがユウロ、良い作戦である。
「おらっもう一丁!」
「くっ…ノーム、ドームだ!!」
「うおっ!?ちっ…籠りやがったか……」
そのままユウロが追撃しようとして何かされたらしい。
霧のせいで何も見えないから確実ではないけど、おそらくノームの力で土でドーム状の壁を作り、自身に攻撃が通らないようその中に籠ったのだろう。
「おい、今のうちに全員固まるぞ!こうも視界が悪いんじゃ固まっていたほうがまだ安全だ!」
「うん!」「はい!」「ああ!」「わかった!」
たしかにこうも視界が悪いのであればバラバラにならず集まった方がいい…なのでほんの少しだけ見える棒状の物を振り回している影に…ユウロの下に集まる私達。
ユウロがいた場所の近くには土のドームがあったが…おそらく中にシーボはもうおらず、どこか別の場所から出てくるだろう。
「いいか、あいつが出てきたら何かされる前にこっちから仕掛けるぞ…」
「それはむずかしいかもしれないよユウロお兄ちゃん……たぶんシーボお兄ちゃんがアメリたちを見つけるほうが早いもん…」
「あたしもそう思います…おそらくですが精霊たちにあたしたちの場所をとくていさせていると思いますし……」
「なるほど…声はあくまで補助的なものか……だったらあいつの攻撃を掻い潜って攻撃だ…サマリも悪いが今回ばかりは自分で自分の身を守ってくれ……」
「うん、わかってる……それでどうするの?」
「アタイの糸で動きを封じれたら良いけど…イグニスの力で燃やされちまいそうだしな……」
「一応アメリにいい考えがあるけど…」
私達はシーボに聞き取られないように小さな声で作戦会議をする……
「アメリちゃん、それってどんな案だい?」
「ん〜とね……」ゴニョゴニョ
「……ねえアメリちゃん……それってアメリちゃんにかなりの負担が掛かるんじゃあ……」
「うん…でもこれならだれもきずつかなくてすむもん!」
「でも……」
「それにこれから行くのは魔界でしょ?だったらなんとかなるよきっと」
「うーん…まあアメリちゃんが言うなら……でもあまり無理しないでね?」
「うん…フランおねがいね」
「わかった……じゃあとぶよアメリ……」
そして作戦が決まり、アメリちゃんはフランちゃんに抱きかかえられながら空高く飛び、私達は互いの視界をカバーする形で背をくっつけながら周囲を注意深く見渡した。
「……何をする気かは知らないが無駄だ……」
「くっ……どこだ!!出てこい!!」
「ああ、出てやるよ……!!」
フランちゃんが飛び立った後、シーボの声が霧の中で響き渡った。
響き渡っているせいで場所が掴めない……それどころか影も見当たらないからどの方向に居るか全く見当がつかない。
一体どこから出てくるのだろうかと3人とも集中していたら……
「そして死ねえっ!!」
「うわあっ!?」
なんと私達3人の間の足下、つまり私達が背を向けあっている間の地面の中から姿を現した。
おそらくノームの力で地面をモグラのように進んでいたのだろう……
「シルフ!イグニス!ウンディーネ!最大パワーだ!!」
「あちっ!」
「ぎゃっ!」
「きゃあああっ!!」
完全に不意打ちを喰らった私達は、シーボが発生させた蒸気の塊を浴びせられ、熱に纏わりつかれながらバラバラに吹き飛ばされた。
熱いし痛い…だが、おかげで私達が自力で遠くに移動する手間が省けた。
「くそがあっ!!」
「くっ…その状態で糸を飛ばすとは……だがこんな物イグニスの炎で燃やしてしまえば……」
スズが飛ばされながらも、一瞬でも動きを止める為にシーボの身体や足下に糸を巻きつけた。
やはりイグニスの炎で焼き切るつもりらしいが……もう遅い。
「今だアメリちゃん!!」
「いっけーーーー!!」
「な………なんだよこれ……!?」
上空で待機していたアメリちゃんがシーボに向けて、少しドロッとした黒い大きな球体を……アメリちゃんの持つ魔力の塊を発射した。
足下を糸で絡め取られていたシーボは、それを避ける事が出来ず……
「うわっわあああああっ!!」
魔力の塊に、全身どころか自分の周囲すら飲みこまれてしまった。
「はぁ……はぁ……な、何だったんだ今の……!?」
魔物の魔力、しかもリリムという最上位の魔物の魔力を浴びたシーボ『達』。
黒い塊が四散し、魔力が維持できなくなったからか霧が無くなり視界が晴れ、伏せているシーボが目に入った。
「お、おい……ま、まさか……」
そしてそのシーボの周りには……
「う、うぅ……イテテ……ん?痛い……?」
赤い炎を身体に纏った、凛とした女性が倒れていた。
「な、何が起きて……あら?」
透き通る青い身体……水で出来た身体を持った若い女性が尻餅をついていた。
「もぉ〜〜、いきなりなんなのよ〜……およ?」
鮮やかな緑色のスカートを穿いているような緑色の少女が転がっていた。
「うーん……んー?」
そして頭に何かの芽を生やした茶色い女性が、シーボに寄り添う形で寝転がっていた。
「そんな……魔物化したのか……?」
先程話しあった作戦通りに、アメリちゃんの魔力を精霊達にぶつけて魔精霊化させる事に成功した。
「これがあたい……ふふっ…マスターに触れるじゃないか……」
「ああマスター…なんてがっしりとした身体なんでしょうか……」
「あははっ!この姿になっちゃったから…力を使うには…ねぇマスタぁ……」
「……マスター……シましょう……」
「や、やめろお前達、しょ、正気を保つんだ!」
空を飛ぶ為の魔力すら込めて作られた塊によって魔物化した精霊達は、皆性的な興奮により顔を赤らめ一斉にシーボの身体に抱きつき始めた。
シーボは表面上は必死に逃げようとしているが…言葉とは裏腹に抵抗はほとんどしておらず、男性器も硬く勃起しているのが見てわかる。
「このままじゃ完全に魔物になっちまうぞ!」
「何言ってるんだマスター!もうあたい達はほとんど魔物さ!」
「そうですよマスター…だから精を貰う事は何もおかしくは無いのですよ?」
「皆で気持ち良くしてあげるから抵抗しないでよ!それにマスターだってビンビンにしてヤるき満々じゃん!」
「愛してます…………愛して下さいマスター……」
なぜなら……一緒に濃い魔力を浴びたシーボ自身もまたインキュバス化しているのだから。
もう自分に好意を持っていて行為を望んでいる女性を拒絶など出来ないだろう。
「や、やめ…ふあっ!?」
「へへ……マスターの勃起チンコはあたいが扱いて気持ち良くしてやるよ!」
「では私はマスターの唇を……んちゅ、じゅるるる……」
「あー二人ともズルイ〜!!じゃあわたしはマスターの乳首ペロペロするー!!」
「マスター……弄って……」
私達の事は一切気にする事無く盛り上がり始めた精霊達。
イグニスはシーボのズボンとパンツを下ろしてペニスを上下に扱いているし、ウンディーネは唇を貪っているし、シルフは服を取り外して言葉通り乳首を舐めているし、ノームは右手に自身の秘所を押し付けている……
もはや彼女らには戦う気力など微塵も無いだろう。
「はぁ……はぁ……」
「アメリ大丈夫?」
「はぁ……うん……早くにげよ……はぁ……」
「そうだね……今のうちに逃げよう……」
という事で私達は、愛の宴とでも言える様子を尻目に急いで逃げ出した……
…………
………
……
…
「ふぅ……ここまでくればもう安心かな?」
「つーか慌てて逃げなくても良かった気はするけどな…あれたぶん動く体力すら無くなるまで続けるだろうしな」
「たしかにそうかもね……」
現在15時。
たまに後ろを振り返りながらも走りながら逃げた私達。
やはりというか、シーボ達が追ってくる様子など微塵も無いので走るのを止めて一息つく事にした。
「はぁ……はぁ……」
「アメリ……本当に大丈夫なの?」
「う、うん……平気だよ……」
アメリちゃん本人は大丈夫だって言い張るが、やはり魔力が少なくて大変なのだろう。
黒い魔力の塊を作り出してから今までずっと息が荒いままだ……走る足取りも覚束無くて、砂漠とは逆にフランちゃんに支えられていた程だ。
「無理はしないでねアメリちゃん。辛かったら言うんだよ?」
「うん……でも大丈夫……」
とても大丈夫そうには見えないのだが……本人がそう言うし大丈夫だという事にしておこう。
「しかしあんなのまで居るんだな…アタイ予想外だったよ……」
「ん?あんなのってシーボの奴の事か?」
「ああ……魔界近くにもいるものなんだなって…」
「まああれは特殊なパターンだけど、教団が魔界に攻めに行くって事はある」
「へぇ〜……」
一通り落ち着いたからか、スズが木にもたれながら話を始めた。
たしかに迷子になったからとは言っていたが、魔界近くに教団の兵士がいるとは思っていなかった……
だが元勇者であるユウロが言うには、魔界への侵攻もある事にはあるらしい…頑張るなぁ……
「でもまあ魔王城にせめてきた勇者はだいたい魔王軍のみなさまにおもち帰りされてしまいますけどね」
「あーやっぱりか……大体魔王がいる魔界に攻めて行った奴らは全滅して帰ってこないって言われてたから絶対そうだろうなって思ったよ…」
「まさにそのとおりです。あたしの母さまと父さまはちがいますが、そうやって出会ったと言っている人たちはおおぜいいましたから」
「へぇ……」
ただやっぱり一向に成果は出てないらしい。
まあ鍛えていると言っても魔物と人間では基礎体力とかが違うし、魔王軍となるときっと鍛えてる魔物も多いだろうから簡単には人間じゃ勝てないだろうしね。
あと今関係無いからかさらっと言ったけど、フランちゃんの両親の出会い方はまた違うらしい……
「それじゃあフラン、フランのとーちゃんとかーちゃんってどうやって出会ったんだ?」
「あ、それ私も気になる」
「そうですか……」
なので、話しに出たついでにヴァンパイアとの恋ってどんななのか気になるのでフランちゃんに聞いてみた。
「まずさいしょに言っておきますがあたしの母さまと父さまはヴァンパイアの中ではかなりめずらしいと思いますよ」
「へぇ……どんなの?」
「えっとですね……母さまが旅行でしん魔物りょうに行った時にですね…たまたま立ちよったお店に当時その町に住んでいた父
さまと出会いまして…」
「わかった、とーちゃんに一目惚れしたんだろ!」
「いいえ…その当時はきぞくのようにふるまっていた母さまに父さまが失礼なことを言ったらしくじゅうしょうを負わされたらしいです」
「ええっ!?よくそれで両親くっついたな……」
どうやらフランちゃんの両親は最悪の出会い方をしたらしい…
ここから結婚までに至るとは…いったいどんな経歴があったんだろうか……
「はい……さすがにやりすぎたとはんせいした母さまは父さまが入院していた病院までおみまいに行ったのですが…」
「それでどうしたの?」
「えー…実はあたしの母さまはドジでして……その病院で母さまはたまたまかんじゃとして来ていたアルラウネさんの花弁の中にころんでかおからつっこんでしまって……」
「あー……もしかしてアルラウネの蜜の効果で発情しちゃってお父さんを襲っちゃったって事?」
「はい…みつだけではなくアルラウネ花ふんしょうと、だれかからうつされた魔界ねつも同時にはっしょうし……それでがまん出来なくなって父さまをおそい……お姉ちゃんをはらんでしまったらしいのです……」
「そ、そうなんだ……」
「はい……でもまあ母さまも父さまもなかよしなのでいいですがね!」
どうやらかなり特殊な結ばれ方をしたらしい…まあ仲が良いなら問題無い……かな?
「あれ?フランってねーちゃんいるの?」
「はいいます。あたしより10さい年上で、今はおうちにはいませんが元気にはたらいているようです」
「へぇ……」
そしてフランちゃんはお姉さんがいるらしい。
どんなヴァンパイアなんだろうか…会う事があったら会ってみたいな……
と、こんな感じに他愛のないお話をしている時だった……
「はぁ……はあっ………………」
ドサッ…………
「……ん?アメリちゃん……?」
「アメリ……アメリ!?」
「おいアメリちゃん!しっかりしろ!!」
「おいアメリどうしたんだ!!」
疲れているようで全く話しに加わって無かったアメリちゃんが、突然倒れてしまった……
顔は真っ赤で息は先程よりも荒く……苦しそうに身体が小さく痙攣している……
「やっぱり大丈夫じゃなかったのか……」
「フランちゃん『テント』って組み立てられる?」
「はい!いそいで用意します!!」
「アメリちゃんしっかりするんだ!」
私達は突然倒れたアメリちゃんを落ち着かせる為に、急いで『テント』を組み立ててアメリちゃんを安静に寝かせる事にした……
12/09/27 23:11更新 / マイクロミー
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