旅31 悪魔のような天使の笑顔再び!!
「そんで、結局どこに行くんだ?」
「そうだね…やっぱり親魔物領を目指すべきだとは思うけどね」
「ふぁ〜……勇者さんがアメリをたおしに来たりしちゃうもんね〜……」
「…なんか今アメリちゃんに攻められた気がする…」
「ふぅ〜……え?何のこと?」
「いや…なんでもないよ」
現在20時。
私達は『リオクタ』の街にある、魔物も泊まれる宿でどこに行くかを考えていた。
魔物も泊まれる宿というのは…この街は親魔物領かと思いきや、親魔物派に近い中立都市のようで…一応教団側の目もある為魔物が使用できない施設も多いのだ。
別に歩いているだけで蔑まれたり恐れられたりこそしないし、人々の目線が気になるなんて事も無いけど…何かあってからでは遅いので明日には出発しようと思い先程購入したここら辺の地図を見ながら行き先を考えていた。
「うーん…大きな親魔物領がいいかな」
「あ〜そのほうがアメリちゃんのお姉さんも居そうだしな」
とりあえずは今まで通りに親魔物領を目指す。
大きな街なのは、今までの傾向から街が大きいとアメリちゃんのお姉さん…リリムが居る可能性が高いからだ。
実際今までで大きな街に居なかったのはメーデさんぐらいだったからこの考え方はあながち大外れではないと思う。
「そうすると…ここから一番近くて大きな親魔物領といえば……ここか?」
とりあえずこの条件で一番近くにある街を地図で調べたところ、ユウロが発見した街は……
「えっと、なになに……ライン?」
「おう…どうやら貿易が盛んな街らしいぜ?」
「また花梨が好きそうな街だね…ホントタイミングが悪かったんだな…」
「だね〜。でもカリンお姉ちゃんなら自分で行ってそうだよね」
「たしかに!」
どうやら様々な貿易が盛んであるらしい親魔物派の街『ライン』だった。
商人のカリンがこの場に居たら絶対向かうって言ってたんだろうなあと想像しつつ、他に良さそうな街も見当たらないのでそのラインに向かう事に決まった。
「いや〜しかし大陸って不思議だよ!!家が全部石で出来てるだなんて信じられないよ!!」
「まあ地域によってはコンクリートやレンガだけじゃなくて木材を使った家なんかもあると思うけどね」
「本当はもっとこの街を見て周りたかったよ…いや実に残念だったよ」
「だよね。反魔物領と比べたらまだいいけど、あまり良い目で見ていない人も居るのも事実だからね」
初めての大陸で興奮醒めないスズ。
今日一日中ずっと珍しい物を見ているかのように目を輝かせていた。
「ふぁ〜……アメリねむたい……」
「おや?アメリちゃん眠くなるのいつもより早いな」
「うん…アメリ今日なんだかつかれた……」
そんなスズとは対照に半分閉じている瞼を擦りながらどうにか起きていると言った状態のアメリちゃん。
まあスズと同じくはしゃいでいたのと、今日の朝まで安定しない船の上だった事もあって疲れが出ているのだろう。
「まあ久々の地面だったし、日中もはしゃぎまくってたからな…じゃあ皆も疲れてるだろうしもう寝るか」
「そうだね…それで明日の朝起きてご飯食べたら出発しようか…じゃあ一緒に寝ようかアメリちゃん」
「うん……」
という事で私達はもう寝る事にした。
実際私もいつも以上に眠かったし、ユウロも同じなのだろう…大きな欠伸をしている。
興奮醒めぬスズはまだ眠れなさそうではあるが、明日もいろいろ見るんだと言ってベッドの上に寝転んだ。
「それじゃあおやすみー」
「おやすみなさぃ…………すぅ………すぅ………」
私とアメリちゃんは同じベッドで抱き合うように寝始めた。
眠そうにしていたアメリちゃんは、私の毛皮の効果もあるだろう…布団に入ってすぐに寝息が聞こえてきた。
そんなアメリちゃんの抱き心地は、やはり大陸でも変わらず最高であった……
====================
「それじゃあ出発するか!」
「そうだね!」
現在10時。
私達は起きて朝ご飯を食べた後、この街を出発する事にした。目指すは昨日決めた通り親魔物領のラインだ。
ちゃんと食材などは昨日のうちに買っておいたし、到着する頃までに無くなるなんて事は無いだろう。
「大陸ってすごいな〜!見た事も無い食べ物や道具がいっぱいあるんだもん!!」
「いやでも私達からしたらジパングのほうが凄かったよ。ね、アメリちゃん」
「うん!おさしみとかてんぷらとかおまんじゅうとかかもなべとかおいしかった!!」
「お刺身に天ぷらに饅頭に鴨鍋……ってアメリちゃん食べ物ばかりじゃねえか」
「まあたしかに食べ物の違いは大きかったね。それ以外だと家や草花も結構違ったし、魔物もこっちじゃあまり見ないのばかりだったしね」
「へぇ〜……記憶がある範囲でしか言えないけど、たしかに昨日見た魔物はジパングで見なかったのばっかだったな……」
ゆっくりと急ぐ事無く目的地に向かって、ジパングと大陸の違いについて話しながら歩いていた。
スズは昨日と同じく興奮気味で楽しそうである……
だがやはり昨日はワクワクして眠れなかったのか、興奮のほうが勝っている為言う程ではないが眠そうである。
「ところでさ、こっちでは教団ってのがいるんだよね?」
「そうだよ。主神を信仰する人達で魔物は悪だと言って私達魔物を滅ぼそうとしているよ」
「ま、その中で主神から力を与えられた人間が勇者ってわけだ」
「ふーん…そういえばユウロも勇者だったんだっけ?」
「おう。まあ俺の場合は主神をそこまで信仰してなかったけどな…故郷は元々無宗教なとこだしな」
「へぇ…まあ私も元々信仰心は薄かったかな。目の前に現れず一部の人にしか話し掛けないような人を信仰しろって言われてもね…しかも今となっては魔物は人間を殺し喰らう悪だなんて嘘付いてたような神だってわかったから余計にね」
「サマリお姉ちゃん…それはそれでどうかと……」
「いやだって私魔物になったからわかるけど、人間殺そうとか食べようだなんて絶対考え付かないもん。まあたしかに欲に溺れてる部分はあるけど、ある程度ならそれがいけない事とは思えないしね」
「まあおえらいさんの中には私欲が絡んでいる奴も居たしな…金とか金とか言ってたのも居たな……」
「それにアメリちゃんのお母さん…魔王様を悪の親玉だって言っているんだよ?実際に会った事は無いからわからないけどアメリちゃんみたいな素直で可愛い娘がいる魔王様が悪の親玉だなんて思えないよ」
「えへへ……」
そしてそのまま何故か教団の話…というか主神や教団への悪口になっていった。
いやまあ実際は勇者とかは『悪である魔物』から人々を救おうと頑張っている言うなれば『良い人』が多いわけだから一括りで悪く言うのは良くないかもしれないけどね。
「でさ、教団や勇者って気を付ける相手なのか?」
「まあある程度の奴なら俺とスズでなんとか返り討ちに出来るかもしれないけど…エルビみたいなやつに会うとマズイかもな…」
「エルビ?」
「あ、スズお姉ちゃんはいなかったっけ……魔物のだんなさんをきず付けてヒドイ事する人だよ!アメリエルビさんの事だいっきらい!!」
「まあ勇者の一人…それも俺より格上のな…歳はおそらく下だろうけど。スズと会うちょっと前に戦ってな…俺とアメリちゃん、それにツバキ…リンゴの夫と三人で相手したけど終始圧され気味だった。相手も一人では無かったとはいえ今出会っても返り討ちはおろか無事逃げれるかも怪しいな」
「そんな奴もいるのか…じゃあやっぱり親魔物領を中心に旅した方が良いのか……ん?でもさ、親魔物領の中なら安心できるのか?」
「まあある程度はな。いざとなったら他の魔物も助けてくれる可能性もあるしな」
大陸に戻ったわけだし、教団の人達が襲ってくる可能性もある。
それこそエルビみたいに強く、魔物を憎んでいる勇者に出会ったらと思うと不安にもなる。
一人とかならユウロやスズ、それにアメリちゃんが頑張れば追い払えるかもしれないけど、団体に遇ったらもうどうしようもない。
まあ『親魔物領』を渡り歩いていればある程度は大丈夫だろうけど…それでも侵攻してくる教団に出会う可能性も否定できない。
だからこそ、この『中立都市』の近くでは注意深く歩くべきだったのに……完全に油断していた。
「まあそんなに気にせずに次の街目指そうぜ」
「そうだね!貿易都市っていう程だしどんな変わったものがあるんだろうね」
「いや…意外と普通な物しかなかったりして」
「アメリ楽しみー!どんな人がいるのかな?お姉ちゃんいるかな?」
「まあなんだっていいんじゃね?お前らどうせここで死ぬんだから」
「ということでさようなら。『スピリットレセヴァー』!『ホーリーフレイム』!!」
「……え?」
どこかで聞いた事がある声がしたと思って振り向いていたら…前にも見たような気がするけどそれと比べ2倍近くは大きい虹色に輝く炎の塊が私達に迫っていた。
前の時とは違ってツバキもいないし、アメリちゃんも他の皆も反応しきれていないこの状況…
もちろん、その炎をかわす余裕なんて……誰一人としてなかった。
「な、なんだ……」
「ど、どういう……」
「え……これって……」
そのまま私達は……その炎に飲み込まれて……
グォーーーーーーーン!!
「よし!当たったぜ!!」
「まあ前に居た魔術を斬るふざけたジパング人はいませんでしたからね。スピリットレセヴァーで威力を底上げしてますし、かわしようがありません」
どこかで聞いた事がある声を、私は炎に包まれながら聞いていた……
……ん?おかしいぞ?
何故か全く熱くない……というか、包まれているはずの炎が……無い?
「お、おいセレン……何だあれ?」
「わ、わかりません…不意を突いたのですから魔術を行使する余裕は無かったはずですし、完全に油断していたから前もって準備していたとは思えなかったのですが…」
「というか街ではそんな準備をしているようなそぶりは無かったはずだぜ?オレ達が見落としてんなら別だけど…」
「セニック、それはないですよ。ワタシ達の事も気付いて無かったみたいですし……ただこの魔力はこの4人のものとは到底思えない……」
私達に向けて攻撃してきたのは、ジパングに行く前に遭遇した勇者とエンジェルの二人…セニックとセレンちゃんだった。
すっかり頭から抜けていたが、リオクタは中立国…つまり、勇者が居てもおかしくは無かったのだ。
どうやら二人もあの街に居て私達を見つけたらしく、私達を倒そうとして隙を窺っていたのだろう。
実際私達は誰一人として気付かなかったし、セレンちゃんが放った魔法によって燃え尽きてしまう……はずだった。
だが、私達は全員無事だった。
なぜなら……
「お、おい…これなんだ?」
「アメリちゃんが何かしたの?」
「ううん…アメリじゃないよ」
「でもアメリ以外アタイらは誰も魔術なんか使えないんだぜ?」
「じゃあこれはいったい……」
私達を護るようにして、私達の前に『光の剣士』がいたからだ。
大きな剣を持ち、リリムの様な翼を生やした鎧を着たドラゴンみたいな光の剣士が私達に向かって飛んできた炎を消し去ってくれたからだ。
そして私達を護り終えたからか、その光の剣士はスーッと消えていった。
しかし…いったいこれは何だ?
アメリちゃんでも無いとしたら…いったい誰が……?
「……ん?これって……」
「ん?何かわかったのかアメリちゃん」
「うん…多分だけど…これ、リリスお姉ちゃんのだんなさんの…ホープお兄ちゃんのだよ!」
アメリちゃんが言うには…前に会ったアメリちゃんのお姉さんの一人、リリスさんの旦那さんであるホープ君の魔法らしい。
たしか光を集めて創造する魔法だったっけ……たしかに光で出来ているからアメリちゃんの言うとおりなのだろう。
しかし…いつの間にこんなものを…別れる時まで特に何もしていなかった気がするんだけどな……
「まあとにかく助かった……また会う機会があったらお礼言わないとな」
「そうだね……でもまだだよ……」
とにかく一瞬のうちに死んでしまうという最悪な事は免れたが、まだ完全に助かったわけではない。
なぜなら……
「ちっ…絶対上手くいくと思ったのにそんな切り札があったとは思わなかったぜ…まあここからは堂々と潰すだけだがな!!」
「そうですね…あの時と違い魔力を斬るジパング人の男性ではなくただの魔物のウシオニですから…これほどやりやすい事はないですよ!!」
臨戦態勢をとっているセニックとセレンは、未だに私達の前に居るからだ。
「ふん…不意打ちとかしてくる卑怯なやつに負けるかよ!!」
「はんっ!よく言うぜユウロ。スポーツじゃあるまいし卑怯もクソもないんじゃ無かったのか?」
「ぐっ!!それは前に俺がお前に言った言葉か……たしかにその通りだよ……まあ善良な勇者様がやるような事でもないけどな」
「っ!?テメエ…!!」
ユウロとセニックが互いを挑発し合い……
「さて…主神様の名の下に……あなた達を討伐させてもらいます」ニコッ
「……なあ、あのエンジェルの笑顔ちょっと怖くない?」
「しーっ!スズ、それセレンちゃんが気にしてる事だから言っちゃ駄目!」
「……聞こえてますが?」
「あ、あはは……お手柔らかに……」
「出来ると思います?特にワーシープのあなたには一度してやられてますからね……徹底的にやらせてもらいますね」ニッコリ
「させないもん!アメリがサマリお姉ちゃんをまもる!」
「アタイだって自分の記憶が戻るまではそう簡単にはやられないさ!!返り討ちにしてやる!!」
残った人でない私達が互いを倒そうと臨戦態勢になり……
そして……
「行くぞセレン!!今度こそ奴等を討ち取るぞ!!」
「ええ!!今度は二人で力を合わせて行きましょう!!」
「皆行くぞ!こいつらなら頑張ればなんとかなる!!」
「私も頑張る!!どうせ隠れてたって無駄だろうしね!」
「アメリ負けない!!」
「アタイはまだ大陸に来たばっかなんだ!!こんなとこで死ぬ気は無い!!」
闘いが……始まった!!
=======[ユウロ視点]=======
「なんとかなるねぇ……言ってくれるじゃねえか!!セレン!!」
「ええ!」
こちらから攻めてカウンターを貰うと大変なので相手の出方を窺ってたら、セニックの呼び掛けでセレンがセニックの後ろに回った。
もしかしてセレンがセニックを抱えて飛ぶのか?と思ってたら……
「行きますよ!『フライザスカイ』!!」
「なああ!?」
まさにその通りで、呪文を唱えた瞬間セレンの白い翼が大きく広がり、セニックを抱え空高く舞い上がった。
「いっくぜえええええええ!!」
そのままセニックは剣を構え、俺達に向かって急降下してきた。
速いと言っても俺なら何とか避けられそうだが、サマリはそうもいかないから……
「いかせるかあああああ!!」
俺は力を込めて木刀を振り上げた。
「ぐあっ!!」
「ユウロ!!」
が、やはり勢いがある分相手のほうが力が上で、慌てて両手で受けたが吹き飛ばされてしまった。
ただ一応効果はあったようで、少しだけ軌道がずれてサマリ達が攻撃を喰らう事は無さそうだった。
「よくもユウロを!喰らえ!!」
「おっと!んなパンチ当たるかよ!!」
「くそっ!飛ぶんじゃないよ!!アタイのパンチが届かないじゃないか!!」
「はん!それも狙いだよ!セレンがオレを持ち上げる事で機動力も出来る事も増えるからな!!」
俺が飛ばされたのとほぼ同時に殴りかかったスズだが、上空に急上昇され簡単にかわされてしまった。
たしかに2人揃ったことでセニックの行動範囲及び速度は極端に増えるが…
「なーに…セレンがセニックを抱えてる事によって実質戦える奴がセニック一人になっているようなもんだと思えばいいだけだ!二人がピッタリくっついてるおかげで一人を相手すればいい分まだ楽だぜ!」
二人はピッタリとくっついてるし、空中で分離するわけにもいかないはず。
こっちだって空を飛べるアメリちゃんがいるし、これなら何とかなるはずだ。
そう思ったのだが……
「ほう…本当にそう思うか?」
「愚かですね…機動力の犠牲で二人で戦えていない…本当にそう思いますか?」
「何だと!?」
どうやら策はあるらしい……セレンもセニックも気味の悪い笑顔で俺達に言ってきた。
「まあ単純な話だよ…死ねえ!!」
「おいっ!…ってスズ危ない!!」
そしてまた俺達に……違う……スズに向かって斬りかかってきた。
「ふんっ!そんな単調な動き、ウシオニのアタイなら簡単に避けられるさ!」
が、スズはサッと横に跳び軽々と避けた……ように思えた。
「バーカ!んなわけねーだろ!!まずは一体!」
「え!?があっ!!」
「スズお姉ちゃん!!」
だが、セレンがスズの動きに合わせて飛ぶ軌道を細かく調整し、セニックの剣が当たる範囲まで位置をずらした。
それに気付いたスズはどうにか避けようと身体を捻らせたが間に合わず、横腹に攻撃を受けてしまった。
切れ味の良いセニックの剣を深く受け、スズの横腹は斬られ血が噴き出している…とても痛そうだ。
「更に追撃です!!『ホーリーブレード』!!」
「なっ!?があああああっ!!」
更にはすれ違いざまにセレンが片手で青白く光る剣を魔力で作りだし、返り血を浴びながらもスズに斬りかかった。
斬られたスズは痛さに顔が歪み、踏ん張れずに後ろに倒れ込んでしまった。
慌てて近くに居たアメリちゃんが駆け寄る……
俺も無事を確かめる為に駆け寄りたいが…やつらの攻撃方法からして全員が固まるのは良くないからここから様子を見るしかない……
「ぐっそ……痛い……」
「大丈夫スズお姉ちゃん!?」
「痛い……けど大丈夫だ……傷も少しずつだけど塞がってきてる……」
そういえばスズはウシオニだ…ウシオニと言えば強靭な身体をしている魔物だ。
その持ち前の頑丈さや再生力で大事には至らなかったようだ……少し安心した。
「ちっ…やっぱウシオニじゃあ倒し切れなかったか…」
「そうですね…咄嗟に急所を外されたのもあるでしょう…」
「テメエら……絶対殴ってやる!!」
どうやらセレンは片手でも掴んで飛べるらしい…たしかにこれは厄介だ……
セレンが魔法を使ってセニックを抱え飛んでいるのだからてっきりセレンは戦えないと思っていたがそんな事は無かったようだ。
セニック一人を相手にしているようなものには変わりないと言っても、そのセニックが魔法も使えるようになったものだ…非常に厄介である。
「ほぉ…殴ってやるか……殴れるもんならやってみな!!」
「ウシオニ!覚悟しなさい!」
二人は最初に体力が一番あって厄介な回復力があるスズを標的に定めているようだ。
再びスズに向かって、剣を構えながら急降下してきた。
今度は油断していないと言ってもスズが避けきれるかは些か自信が無い。
「マズい!!」
だから俺はスズを護る為に跳び出そうとしたのだけど……
「ストップユウロ!」
「うわっと!?」
跳び出そうとした瞬間、何故かサマリに肩を掴まれて止められてしまった。
「何するんだサマリ!?このままじゃスズが!!」
「大丈夫、アメリちゃんと打ち合わせ済みだから!巻き込まれると危ないからここでじっとしてて!」
「へっ?」
このままじゃスズが危ないから手を離せとサマリに言おうとしたら、大丈夫だと力強く言われた。
いったいアメリちゃんが何をする気なのか……そう思いながらスズ達のほうを見ると…
「させないよ!『マッドボム』!!」
スズの横にいたアメリちゃんが、飛んでくるセニック目掛けて一直線に魔力で出来た泥の塊を発射した。
「ふん!そんなもの効かないね!!」
が、その泥の塊はセニックの持つ聖剣によって簡単に弾かれてしまった。
完全には弾かれておらずセニックの服や聖剣に泥がこびり付いてはいるがたいした事ではないだろう。
「『ロックスライド』!!」
「同じ事です…『デストラクションレーザー』!!」
アメリちゃんはまるでそうなる事はわかっていたかのようにすぐさま別の魔法を…今度は二人の上空に魔法陣を発生させ、そこから無数の岩を落とした。
だが今度はセレンが自身とセニックを護るように、無数の岩に向かって手を突き出し極太の高エネルギー光線を発射した。
その結果瞬く間に無数の岩は塵と化してしまったが……
「わっ!?セレン!!前を見ろ!!」
「えっ?今度はなに…ってきゃあっ!!」
「よっし命中!!上手くいったな!!」
「やったねスズお姉ちゃん!!」
なるほどね……これなら確かに上手くいくな……
セレンがアメリちゃんの魔法の対処で上を見ている間に、スズがセニック達を包むように大量の糸の塊を発射した。
セニックにはもちろんスズの糸が見えているが、空中でセニック一人で出来る動きは少ない。
その少ない出来る動きの一つ、聖剣でスズの糸を振り払うをやろうとしたセニックだが…たしかに聖剣の切れ味は良くそこに触れた部分は切れて散ったが、直前に出したアメリちゃんの泥が付いた部分では斬る事が出来ずそのまま身体に絡まった。
二人仲良くスズの糸に絡められた結果、そのまま飛ぶ事も出来ずふらふらと落下していった。
「くっ!?なんだこれ!はずれねぇ…!何とか出来ないかセレン!」
「燃やそうにも…くぅ…セニックや自分も巻き込んでしまうから無理です……!!」
そのまま地面に着き、糸をどうにかして外そうともがく二人。
だがもがけばもがく程余計に糸が絡まってしまい、もうどうしようもない状態になっている。
「さて……殴れるもんなら殴ってみなって言ってたよなあ……」
「ちょっ……ま……」
「やめ……来ないで……」
そんな二人に、握り拳を作りながら黒い笑顔で近付くスズ。
言っている事からも何をされるのか予想が出来るらしく、セレンとセニックはお互いに抱き合いながら恐怖で青ざめている。
「だから…思う存分殴らせてもらうよ!!」
「「ひいっ!?」」
そして…とうとうスズが二人の目の前まで来て……
「まずはテメエのほうだ!!」
「ちょっとタンmぐぼぉっ!!」
セニックの顔面を思いっきりストレートで殴って……
「女の子だから顔は避けてあげるよ!!」
「いやそれあまり関係nぷきゅっ!!」
セレンの頭を、上から腕を振り下ろして思いっきり殴った。
「ふんっどうだ!!これに懲りたら二度とアタイらに襲いかかってこない事だね!!」
「ぅ……ぅぅ…………」
「きゅ〜…………」
スズの全力の一撃を受けた二人は、二人揃って気絶してしまった。
なんだか二人に同情してしまうぐらいもの凄く痛そうである。
「それじゃあ行こうか!」
「う、うん…ねえスズ…糸ぐらい外してあげたら?」
「そうだよスズお姉ちゃん…ちょっとかわいそうだし……」
アメリちゃんとサマリも俺と同じように思っているのか、なんとも複雑な表情で糸ぐらい外そうと言い始めた。
「……なあユウロ…アタイ微妙に悪者になってる気が…」
「気のせい気のせい。でも糸ぐらいは外してもいいと思うぜ?どうせしばらくは目を覚ましそうにもないしな」
「わかった。そんじゃあ糸を外したらさっさと行こう…はぁ……」
その為さっきまでやたらノリノリだったスズも気を少し落としてしまい、溜息を吐きながらも言われた通り糸を外し始めた……
======[セニック視点]=======
「……ぅ……いてぇ……はっ!?」
痛みを感じながら目を覚ましたら、もうあいつらの姿は無かった…どころか、まだ午前中だったはずなのに既に太陽は頂点を過ぎていた。
「くそ…また逃げられたか……悔しいなぁ……いつつっ…」
またあいつらを倒せなかった悔しさが込み上げてきたが、それ以上に顔に走る痛みが強い。
確かめてみたところ…あのウシオニに思いっきり殴られたせいで頬が腫れてやがるようだ…
「近くにあった川で冷やすか……ってそういえばセレンは?」
腫れを治めるために川に行こうとしたところでセレンの事を思い出し、横を見てみると…
「……うわぁ…またこれは派手にやられたな……」
全身血まみれで…と言ってもこの血は俺にも付いてるおそらくあのウシオニを斬った時の返り血だろう…そして頭に大きなこぶを作って倒れていた。
「おいセレン、起きろ」
「う、う〜ん……セニック?」
とりあえずその小さな身体を持ち上げオレの太腿に乗せてから揺すってセレンの意識を覚醒させる事にした。
案外すぐに気付いて、半分程目を開いてオレの顔を認識したようだ。
「セニック…あの魔物達は?」
「オレ達が気絶している間に逃げられた」
「そうですか……それは残念です……」
その状態のままあいつらの事を聞いてきたので、オレは素直に状況を伝えた。
それを聞いたセレンは少し悔しそうな顔をしたが、相変わらずボーっとしているようだ。
「ところでセニック…先程から背中に何か硬いものが当たるのですが……」
「は?何の事だ?」
そして意識もちゃんとしていないのか、わけのわからない事を言い始めたセレン。
今セレンは胡坐をかいてるオレの足の上で寝ている状態なのだから硬い物なんかあるはず無いのだが…
「ほら…これですよ……これがさっきから背中に当たってるんですよ……」
「……なっ!?」
しかしセレンには何か感じてるらしく、ボーっとしたまま起き上がってオレの股間を指差した。
そこには…自分の意志とは反して硬く勃起している男性器があった。
何故オレは今勃起している?という疑問が生じるよりも先に…
「あれ?こんな所が腫れて…苦しそうですねセニック…ワタシが腫れを引かせましょう……」
「わっ!?や、やめろセレン!!」
セレンがオレの股間を凝視しながら…上から紅く染まった小さな手で擦り始めた。
その表情はずっと変わらないまま……いや、どこか蕩けた笑みを浮かべている…まるで事情前の魔物のように……
どこかセレンの様子がおかしい…いったいどうしたのだろうか……
「おいやめろセレン!やめるんだ!!」
「やめません…セニックが苦しむのは見ていたくないのです…ワタシが直接見ますからズボンを……」
「おいバカやめろ!正気に……まさか!!」
相変わらず動きを止めないどころかやや激しくなる紅く染まった手を見た時、ふとある事が脳裏に浮かんだ。
エンジェル…それは神の使いの種族。
白い翼や頭上にある光の輪が存在している通り、エンジェルは人間では無い。
だが、人外の存在と言っても神の使いである事から魔物でも無い……普通ならば。
そう…たとえエンジェルでも、魔物の魔力に侵されてエンジェルの姿のまま魔物になってしまう者もいるのだ。
それは本人の自覚なしに起こり…やがてそのエンジェルはエンジェル型のサキュバスとなってしまうのだ。
今のセレンはまさにその魔物になりかけているのではないのか?
可能性は十分にある。
さっきから何度も認識しているように、セレンはあのウシオニの返り血を浴びている。
それはセレンの白い服や肌、羽に斑模様を付けるように…結構付着している。
大陸には滅多にいないからと詳しくは調べて無かったが…たしかウシオニの血液には濃い魔物の魔力が溶け込んでいたはずだ。
つまりその血を浴びたセレンは徐々に魔物の魔力に侵されている状態にあるのではないか?
ついでに俺が勃起しているのもその血の効果ではないか?
「セニック……抵抗はしないdいたっ!!痛い痛い痛い!!いきなり何するのですかセニック!!」
「よう…目は覚めたかセレン…急いで川に行くぞ!!」
「へ?急にどうしtきゃっ!?ちょっとセニック!?いったい何を!?」
「いいからジッとしてろ!魔物になりたいのか!?」
「へ?どういう事です?」
そう考えたオレは、今にもズボンを摺り下ろそうとしているセレンを止める為に、咄嗟に大きく膨らんでいるこぶを強く刺激した。
その結果セレンは正気に戻ったようで、涙目になりながらも普段の顔に戻ってオレに文句を言ってきた。
今のうちだと思ったオレはセレンを抱きかかえて急いで川まで走った。
「そーれ!!」
「きゃっ!?」
ドボーーーンッ!!
そして川に着いた俺はそのままの勢いでセレンを抱えたまま川に飛び込んだ。
「もう…いきなりなんですか?」
「危ねぇ…おいセレン、身体でおかしなとこは無いか?」
「へ?え、ええ…ないですけど……説明して下さい。いったい何で川に飛び込んだのです?」
未だに状況が掴めてないセレンはオレに少し怒りながら説明を求めてきた。
その姿に若干の安堵と呆れを感じつつ、オレはセレンに説明する事にした。
「身体を綺麗に洗っておけ…そうしないとセレン、お前は魔物になるかもしれん」
「え?それはどういう……」
「ウシオニの血。それは高濃度の魔物の魔力を含んでやがるんだ…そんなものを全身で浴びたら簡単に魔物の魔力に侵されちまう」
「な!?そ、それはいけません!!早く洗い落とさないと…」
「実際お前さっきそれっぽくなってたからな…念の為『ペンタティア』に帰った後で検査するぞ」
「はい……」
一通り説明した後にオレ達は互いが見えないようにしながらウシオニの血を洗い流した。
川の水の量も多いし、俺達が浴びた量もそこまでは多くないのでおそらく川が魔物の魔力で汚染される事は無いだろう。
「…セニック……」
「……何だセレン?」
もうそろそろ全部洗い落とすというところで、セレンが呟くようにオレに話しかけてきた。
「もし…もしですよ……もしワタシが帰って検査した結果、魔物になっていたとしたら……」
「悪いが……確実にセレンは死刑になる……」
「そうですか……」
残酷かもしれないが、魔物化した者はオレ達の国『ペンタティア』では即死刑だ。
魔物化は新たな魔物化を呼ぶ…それを未然に防ぐためにも仕方のない事だ。
それは人間だけでなく、エンジェルだって例外ではない。
「もしお前が魔物になってたら…せめてパートナーであるオレが……お前を……」
「……それ以上言わないで下さい……可能性はゼロでなくても、もしもの話でもそんな事言ってほしくないです……」
「……わかった……でも覚悟はしておくんだな……お前も、オレも……」
「……」
もしセレンが魔物になってしまったと判断された場合、その場で死刑が確定する。
そうなってしまった場合は…パートナーとしてオレが……セレンの息の根を止めなければならない。
「……」
「……」
どこか重苦しい空気の中、オレ達は無言で、不安な未来を考えないように血を落とし続けた。
「そうだね…やっぱり親魔物領を目指すべきだとは思うけどね」
「ふぁ〜……勇者さんがアメリをたおしに来たりしちゃうもんね〜……」
「…なんか今アメリちゃんに攻められた気がする…」
「ふぅ〜……え?何のこと?」
「いや…なんでもないよ」
現在20時。
私達は『リオクタ』の街にある、魔物も泊まれる宿でどこに行くかを考えていた。
魔物も泊まれる宿というのは…この街は親魔物領かと思いきや、親魔物派に近い中立都市のようで…一応教団側の目もある為魔物が使用できない施設も多いのだ。
別に歩いているだけで蔑まれたり恐れられたりこそしないし、人々の目線が気になるなんて事も無いけど…何かあってからでは遅いので明日には出発しようと思い先程購入したここら辺の地図を見ながら行き先を考えていた。
「うーん…大きな親魔物領がいいかな」
「あ〜そのほうがアメリちゃんのお姉さんも居そうだしな」
とりあえずは今まで通りに親魔物領を目指す。
大きな街なのは、今までの傾向から街が大きいとアメリちゃんのお姉さん…リリムが居る可能性が高いからだ。
実際今までで大きな街に居なかったのはメーデさんぐらいだったからこの考え方はあながち大外れではないと思う。
「そうすると…ここから一番近くて大きな親魔物領といえば……ここか?」
とりあえずこの条件で一番近くにある街を地図で調べたところ、ユウロが発見した街は……
「えっと、なになに……ライン?」
「おう…どうやら貿易が盛んな街らしいぜ?」
「また花梨が好きそうな街だね…ホントタイミングが悪かったんだな…」
「だね〜。でもカリンお姉ちゃんなら自分で行ってそうだよね」
「たしかに!」
どうやら様々な貿易が盛んであるらしい親魔物派の街『ライン』だった。
商人のカリンがこの場に居たら絶対向かうって言ってたんだろうなあと想像しつつ、他に良さそうな街も見当たらないのでそのラインに向かう事に決まった。
「いや〜しかし大陸って不思議だよ!!家が全部石で出来てるだなんて信じられないよ!!」
「まあ地域によってはコンクリートやレンガだけじゃなくて木材を使った家なんかもあると思うけどね」
「本当はもっとこの街を見て周りたかったよ…いや実に残念だったよ」
「だよね。反魔物領と比べたらまだいいけど、あまり良い目で見ていない人も居るのも事実だからね」
初めての大陸で興奮醒めないスズ。
今日一日中ずっと珍しい物を見ているかのように目を輝かせていた。
「ふぁ〜……アメリねむたい……」
「おや?アメリちゃん眠くなるのいつもより早いな」
「うん…アメリ今日なんだかつかれた……」
そんなスズとは対照に半分閉じている瞼を擦りながらどうにか起きていると言った状態のアメリちゃん。
まあスズと同じくはしゃいでいたのと、今日の朝まで安定しない船の上だった事もあって疲れが出ているのだろう。
「まあ久々の地面だったし、日中もはしゃぎまくってたからな…じゃあ皆も疲れてるだろうしもう寝るか」
「そうだね…それで明日の朝起きてご飯食べたら出発しようか…じゃあ一緒に寝ようかアメリちゃん」
「うん……」
という事で私達はもう寝る事にした。
実際私もいつも以上に眠かったし、ユウロも同じなのだろう…大きな欠伸をしている。
興奮醒めぬスズはまだ眠れなさそうではあるが、明日もいろいろ見るんだと言ってベッドの上に寝転んだ。
「それじゃあおやすみー」
「おやすみなさぃ…………すぅ………すぅ………」
私とアメリちゃんは同じベッドで抱き合うように寝始めた。
眠そうにしていたアメリちゃんは、私の毛皮の効果もあるだろう…布団に入ってすぐに寝息が聞こえてきた。
そんなアメリちゃんの抱き心地は、やはり大陸でも変わらず最高であった……
====================
「それじゃあ出発するか!」
「そうだね!」
現在10時。
私達は起きて朝ご飯を食べた後、この街を出発する事にした。目指すは昨日決めた通り親魔物領のラインだ。
ちゃんと食材などは昨日のうちに買っておいたし、到着する頃までに無くなるなんて事は無いだろう。
「大陸ってすごいな〜!見た事も無い食べ物や道具がいっぱいあるんだもん!!」
「いやでも私達からしたらジパングのほうが凄かったよ。ね、アメリちゃん」
「うん!おさしみとかてんぷらとかおまんじゅうとかかもなべとかおいしかった!!」
「お刺身に天ぷらに饅頭に鴨鍋……ってアメリちゃん食べ物ばかりじゃねえか」
「まあたしかに食べ物の違いは大きかったね。それ以外だと家や草花も結構違ったし、魔物もこっちじゃあまり見ないのばかりだったしね」
「へぇ〜……記憶がある範囲でしか言えないけど、たしかに昨日見た魔物はジパングで見なかったのばっかだったな……」
ゆっくりと急ぐ事無く目的地に向かって、ジパングと大陸の違いについて話しながら歩いていた。
スズは昨日と同じく興奮気味で楽しそうである……
だがやはり昨日はワクワクして眠れなかったのか、興奮のほうが勝っている為言う程ではないが眠そうである。
「ところでさ、こっちでは教団ってのがいるんだよね?」
「そうだよ。主神を信仰する人達で魔物は悪だと言って私達魔物を滅ぼそうとしているよ」
「ま、その中で主神から力を与えられた人間が勇者ってわけだ」
「ふーん…そういえばユウロも勇者だったんだっけ?」
「おう。まあ俺の場合は主神をそこまで信仰してなかったけどな…故郷は元々無宗教なとこだしな」
「へぇ…まあ私も元々信仰心は薄かったかな。目の前に現れず一部の人にしか話し掛けないような人を信仰しろって言われてもね…しかも今となっては魔物は人間を殺し喰らう悪だなんて嘘付いてたような神だってわかったから余計にね」
「サマリお姉ちゃん…それはそれでどうかと……」
「いやだって私魔物になったからわかるけど、人間殺そうとか食べようだなんて絶対考え付かないもん。まあたしかに欲に溺れてる部分はあるけど、ある程度ならそれがいけない事とは思えないしね」
「まあおえらいさんの中には私欲が絡んでいる奴も居たしな…金とか金とか言ってたのも居たな……」
「それにアメリちゃんのお母さん…魔王様を悪の親玉だって言っているんだよ?実際に会った事は無いからわからないけどアメリちゃんみたいな素直で可愛い娘がいる魔王様が悪の親玉だなんて思えないよ」
「えへへ……」
そしてそのまま何故か教団の話…というか主神や教団への悪口になっていった。
いやまあ実際は勇者とかは『悪である魔物』から人々を救おうと頑張っている言うなれば『良い人』が多いわけだから一括りで悪く言うのは良くないかもしれないけどね。
「でさ、教団や勇者って気を付ける相手なのか?」
「まあある程度の奴なら俺とスズでなんとか返り討ちに出来るかもしれないけど…エルビみたいなやつに会うとマズイかもな…」
「エルビ?」
「あ、スズお姉ちゃんはいなかったっけ……魔物のだんなさんをきず付けてヒドイ事する人だよ!アメリエルビさんの事だいっきらい!!」
「まあ勇者の一人…それも俺より格上のな…歳はおそらく下だろうけど。スズと会うちょっと前に戦ってな…俺とアメリちゃん、それにツバキ…リンゴの夫と三人で相手したけど終始圧され気味だった。相手も一人では無かったとはいえ今出会っても返り討ちはおろか無事逃げれるかも怪しいな」
「そんな奴もいるのか…じゃあやっぱり親魔物領を中心に旅した方が良いのか……ん?でもさ、親魔物領の中なら安心できるのか?」
「まあある程度はな。いざとなったら他の魔物も助けてくれる可能性もあるしな」
大陸に戻ったわけだし、教団の人達が襲ってくる可能性もある。
それこそエルビみたいに強く、魔物を憎んでいる勇者に出会ったらと思うと不安にもなる。
一人とかならユウロやスズ、それにアメリちゃんが頑張れば追い払えるかもしれないけど、団体に遇ったらもうどうしようもない。
まあ『親魔物領』を渡り歩いていればある程度は大丈夫だろうけど…それでも侵攻してくる教団に出会う可能性も否定できない。
だからこそ、この『中立都市』の近くでは注意深く歩くべきだったのに……完全に油断していた。
「まあそんなに気にせずに次の街目指そうぜ」
「そうだね!貿易都市っていう程だしどんな変わったものがあるんだろうね」
「いや…意外と普通な物しかなかったりして」
「アメリ楽しみー!どんな人がいるのかな?お姉ちゃんいるかな?」
「まあなんだっていいんじゃね?お前らどうせここで死ぬんだから」
「ということでさようなら。『スピリットレセヴァー』!『ホーリーフレイム』!!」
「……え?」
どこかで聞いた事がある声がしたと思って振り向いていたら…前にも見たような気がするけどそれと比べ2倍近くは大きい虹色に輝く炎の塊が私達に迫っていた。
前の時とは違ってツバキもいないし、アメリちゃんも他の皆も反応しきれていないこの状況…
もちろん、その炎をかわす余裕なんて……誰一人としてなかった。
「な、なんだ……」
「ど、どういう……」
「え……これって……」
そのまま私達は……その炎に飲み込まれて……
グォーーーーーーーン!!
「よし!当たったぜ!!」
「まあ前に居た魔術を斬るふざけたジパング人はいませんでしたからね。スピリットレセヴァーで威力を底上げしてますし、かわしようがありません」
どこかで聞いた事がある声を、私は炎に包まれながら聞いていた……
……ん?おかしいぞ?
何故か全く熱くない……というか、包まれているはずの炎が……無い?
「お、おいセレン……何だあれ?」
「わ、わかりません…不意を突いたのですから魔術を行使する余裕は無かったはずですし、完全に油断していたから前もって準備していたとは思えなかったのですが…」
「というか街ではそんな準備をしているようなそぶりは無かったはずだぜ?オレ達が見落としてんなら別だけど…」
「セニック、それはないですよ。ワタシ達の事も気付いて無かったみたいですし……ただこの魔力はこの4人のものとは到底思えない……」
私達に向けて攻撃してきたのは、ジパングに行く前に遭遇した勇者とエンジェルの二人…セニックとセレンちゃんだった。
すっかり頭から抜けていたが、リオクタは中立国…つまり、勇者が居てもおかしくは無かったのだ。
どうやら二人もあの街に居て私達を見つけたらしく、私達を倒そうとして隙を窺っていたのだろう。
実際私達は誰一人として気付かなかったし、セレンちゃんが放った魔法によって燃え尽きてしまう……はずだった。
だが、私達は全員無事だった。
なぜなら……
「お、おい…これなんだ?」
「アメリちゃんが何かしたの?」
「ううん…アメリじゃないよ」
「でもアメリ以外アタイらは誰も魔術なんか使えないんだぜ?」
「じゃあこれはいったい……」
私達を護るようにして、私達の前に『光の剣士』がいたからだ。
大きな剣を持ち、リリムの様な翼を生やした鎧を着たドラゴンみたいな光の剣士が私達に向かって飛んできた炎を消し去ってくれたからだ。
そして私達を護り終えたからか、その光の剣士はスーッと消えていった。
しかし…いったいこれは何だ?
アメリちゃんでも無いとしたら…いったい誰が……?
「……ん?これって……」
「ん?何かわかったのかアメリちゃん」
「うん…多分だけど…これ、リリスお姉ちゃんのだんなさんの…ホープお兄ちゃんのだよ!」
アメリちゃんが言うには…前に会ったアメリちゃんのお姉さんの一人、リリスさんの旦那さんであるホープ君の魔法らしい。
たしか光を集めて創造する魔法だったっけ……たしかに光で出来ているからアメリちゃんの言うとおりなのだろう。
しかし…いつの間にこんなものを…別れる時まで特に何もしていなかった気がするんだけどな……
「まあとにかく助かった……また会う機会があったらお礼言わないとな」
「そうだね……でもまだだよ……」
とにかく一瞬のうちに死んでしまうという最悪な事は免れたが、まだ完全に助かったわけではない。
なぜなら……
「ちっ…絶対上手くいくと思ったのにそんな切り札があったとは思わなかったぜ…まあここからは堂々と潰すだけだがな!!」
「そうですね…あの時と違い魔力を斬るジパング人の男性ではなくただの魔物のウシオニですから…これほどやりやすい事はないですよ!!」
臨戦態勢をとっているセニックとセレンは、未だに私達の前に居るからだ。
「ふん…不意打ちとかしてくる卑怯なやつに負けるかよ!!」
「はんっ!よく言うぜユウロ。スポーツじゃあるまいし卑怯もクソもないんじゃ無かったのか?」
「ぐっ!!それは前に俺がお前に言った言葉か……たしかにその通りだよ……まあ善良な勇者様がやるような事でもないけどな」
「っ!?テメエ…!!」
ユウロとセニックが互いを挑発し合い……
「さて…主神様の名の下に……あなた達を討伐させてもらいます」ニコッ
「……なあ、あのエンジェルの笑顔ちょっと怖くない?」
「しーっ!スズ、それセレンちゃんが気にしてる事だから言っちゃ駄目!」
「……聞こえてますが?」
「あ、あはは……お手柔らかに……」
「出来ると思います?特にワーシープのあなたには一度してやられてますからね……徹底的にやらせてもらいますね」ニッコリ
「させないもん!アメリがサマリお姉ちゃんをまもる!」
「アタイだって自分の記憶が戻るまではそう簡単にはやられないさ!!返り討ちにしてやる!!」
残った人でない私達が互いを倒そうと臨戦態勢になり……
そして……
「行くぞセレン!!今度こそ奴等を討ち取るぞ!!」
「ええ!!今度は二人で力を合わせて行きましょう!!」
「皆行くぞ!こいつらなら頑張ればなんとかなる!!」
「私も頑張る!!どうせ隠れてたって無駄だろうしね!」
「アメリ負けない!!」
「アタイはまだ大陸に来たばっかなんだ!!こんなとこで死ぬ気は無い!!」
闘いが……始まった!!
=======[ユウロ視点]=======
「なんとかなるねぇ……言ってくれるじゃねえか!!セレン!!」
「ええ!」
こちらから攻めてカウンターを貰うと大変なので相手の出方を窺ってたら、セニックの呼び掛けでセレンがセニックの後ろに回った。
もしかしてセレンがセニックを抱えて飛ぶのか?と思ってたら……
「行きますよ!『フライザスカイ』!!」
「なああ!?」
まさにその通りで、呪文を唱えた瞬間セレンの白い翼が大きく広がり、セニックを抱え空高く舞い上がった。
「いっくぜえええええええ!!」
そのままセニックは剣を構え、俺達に向かって急降下してきた。
速いと言っても俺なら何とか避けられそうだが、サマリはそうもいかないから……
「いかせるかあああああ!!」
俺は力を込めて木刀を振り上げた。
「ぐあっ!!」
「ユウロ!!」
が、やはり勢いがある分相手のほうが力が上で、慌てて両手で受けたが吹き飛ばされてしまった。
ただ一応効果はあったようで、少しだけ軌道がずれてサマリ達が攻撃を喰らう事は無さそうだった。
「よくもユウロを!喰らえ!!」
「おっと!んなパンチ当たるかよ!!」
「くそっ!飛ぶんじゃないよ!!アタイのパンチが届かないじゃないか!!」
「はん!それも狙いだよ!セレンがオレを持ち上げる事で機動力も出来る事も増えるからな!!」
俺が飛ばされたのとほぼ同時に殴りかかったスズだが、上空に急上昇され簡単にかわされてしまった。
たしかに2人揃ったことでセニックの行動範囲及び速度は極端に増えるが…
「なーに…セレンがセニックを抱えてる事によって実質戦える奴がセニック一人になっているようなもんだと思えばいいだけだ!二人がピッタリくっついてるおかげで一人を相手すればいい分まだ楽だぜ!」
二人はピッタリとくっついてるし、空中で分離するわけにもいかないはず。
こっちだって空を飛べるアメリちゃんがいるし、これなら何とかなるはずだ。
そう思ったのだが……
「ほう…本当にそう思うか?」
「愚かですね…機動力の犠牲で二人で戦えていない…本当にそう思いますか?」
「何だと!?」
どうやら策はあるらしい……セレンもセニックも気味の悪い笑顔で俺達に言ってきた。
「まあ単純な話だよ…死ねえ!!」
「おいっ!…ってスズ危ない!!」
そしてまた俺達に……違う……スズに向かって斬りかかってきた。
「ふんっ!そんな単調な動き、ウシオニのアタイなら簡単に避けられるさ!」
が、スズはサッと横に跳び軽々と避けた……ように思えた。
「バーカ!んなわけねーだろ!!まずは一体!」
「え!?があっ!!」
「スズお姉ちゃん!!」
だが、セレンがスズの動きに合わせて飛ぶ軌道を細かく調整し、セニックの剣が当たる範囲まで位置をずらした。
それに気付いたスズはどうにか避けようと身体を捻らせたが間に合わず、横腹に攻撃を受けてしまった。
切れ味の良いセニックの剣を深く受け、スズの横腹は斬られ血が噴き出している…とても痛そうだ。
「更に追撃です!!『ホーリーブレード』!!」
「なっ!?があああああっ!!」
更にはすれ違いざまにセレンが片手で青白く光る剣を魔力で作りだし、返り血を浴びながらもスズに斬りかかった。
斬られたスズは痛さに顔が歪み、踏ん張れずに後ろに倒れ込んでしまった。
慌てて近くに居たアメリちゃんが駆け寄る……
俺も無事を確かめる為に駆け寄りたいが…やつらの攻撃方法からして全員が固まるのは良くないからここから様子を見るしかない……
「ぐっそ……痛い……」
「大丈夫スズお姉ちゃん!?」
「痛い……けど大丈夫だ……傷も少しずつだけど塞がってきてる……」
そういえばスズはウシオニだ…ウシオニと言えば強靭な身体をしている魔物だ。
その持ち前の頑丈さや再生力で大事には至らなかったようだ……少し安心した。
「ちっ…やっぱウシオニじゃあ倒し切れなかったか…」
「そうですね…咄嗟に急所を外されたのもあるでしょう…」
「テメエら……絶対殴ってやる!!」
どうやらセレンは片手でも掴んで飛べるらしい…たしかにこれは厄介だ……
セレンが魔法を使ってセニックを抱え飛んでいるのだからてっきりセレンは戦えないと思っていたがそんな事は無かったようだ。
セニック一人を相手にしているようなものには変わりないと言っても、そのセニックが魔法も使えるようになったものだ…非常に厄介である。
「ほぉ…殴ってやるか……殴れるもんならやってみな!!」
「ウシオニ!覚悟しなさい!」
二人は最初に体力が一番あって厄介な回復力があるスズを標的に定めているようだ。
再びスズに向かって、剣を構えながら急降下してきた。
今度は油断していないと言ってもスズが避けきれるかは些か自信が無い。
「マズい!!」
だから俺はスズを護る為に跳び出そうとしたのだけど……
「ストップユウロ!」
「うわっと!?」
跳び出そうとした瞬間、何故かサマリに肩を掴まれて止められてしまった。
「何するんだサマリ!?このままじゃスズが!!」
「大丈夫、アメリちゃんと打ち合わせ済みだから!巻き込まれると危ないからここでじっとしてて!」
「へっ?」
このままじゃスズが危ないから手を離せとサマリに言おうとしたら、大丈夫だと力強く言われた。
いったいアメリちゃんが何をする気なのか……そう思いながらスズ達のほうを見ると…
「させないよ!『マッドボム』!!」
スズの横にいたアメリちゃんが、飛んでくるセニック目掛けて一直線に魔力で出来た泥の塊を発射した。
「ふん!そんなもの効かないね!!」
が、その泥の塊はセニックの持つ聖剣によって簡単に弾かれてしまった。
完全には弾かれておらずセニックの服や聖剣に泥がこびり付いてはいるがたいした事ではないだろう。
「『ロックスライド』!!」
「同じ事です…『デストラクションレーザー』!!」
アメリちゃんはまるでそうなる事はわかっていたかのようにすぐさま別の魔法を…今度は二人の上空に魔法陣を発生させ、そこから無数の岩を落とした。
だが今度はセレンが自身とセニックを護るように、無数の岩に向かって手を突き出し極太の高エネルギー光線を発射した。
その結果瞬く間に無数の岩は塵と化してしまったが……
「わっ!?セレン!!前を見ろ!!」
「えっ?今度はなに…ってきゃあっ!!」
「よっし命中!!上手くいったな!!」
「やったねスズお姉ちゃん!!」
なるほどね……これなら確かに上手くいくな……
セレンがアメリちゃんの魔法の対処で上を見ている間に、スズがセニック達を包むように大量の糸の塊を発射した。
セニックにはもちろんスズの糸が見えているが、空中でセニック一人で出来る動きは少ない。
その少ない出来る動きの一つ、聖剣でスズの糸を振り払うをやろうとしたセニックだが…たしかに聖剣の切れ味は良くそこに触れた部分は切れて散ったが、直前に出したアメリちゃんの泥が付いた部分では斬る事が出来ずそのまま身体に絡まった。
二人仲良くスズの糸に絡められた結果、そのまま飛ぶ事も出来ずふらふらと落下していった。
「くっ!?なんだこれ!はずれねぇ…!何とか出来ないかセレン!」
「燃やそうにも…くぅ…セニックや自分も巻き込んでしまうから無理です……!!」
そのまま地面に着き、糸をどうにかして外そうともがく二人。
だがもがけばもがく程余計に糸が絡まってしまい、もうどうしようもない状態になっている。
「さて……殴れるもんなら殴ってみなって言ってたよなあ……」
「ちょっ……ま……」
「やめ……来ないで……」
そんな二人に、握り拳を作りながら黒い笑顔で近付くスズ。
言っている事からも何をされるのか予想が出来るらしく、セレンとセニックはお互いに抱き合いながら恐怖で青ざめている。
「だから…思う存分殴らせてもらうよ!!」
「「ひいっ!?」」
そして…とうとうスズが二人の目の前まで来て……
「まずはテメエのほうだ!!」
「ちょっとタンmぐぼぉっ!!」
セニックの顔面を思いっきりストレートで殴って……
「女の子だから顔は避けてあげるよ!!」
「いやそれあまり関係nぷきゅっ!!」
セレンの頭を、上から腕を振り下ろして思いっきり殴った。
「ふんっどうだ!!これに懲りたら二度とアタイらに襲いかかってこない事だね!!」
「ぅ……ぅぅ…………」
「きゅ〜…………」
スズの全力の一撃を受けた二人は、二人揃って気絶してしまった。
なんだか二人に同情してしまうぐらいもの凄く痛そうである。
「それじゃあ行こうか!」
「う、うん…ねえスズ…糸ぐらい外してあげたら?」
「そうだよスズお姉ちゃん…ちょっとかわいそうだし……」
アメリちゃんとサマリも俺と同じように思っているのか、なんとも複雑な表情で糸ぐらい外そうと言い始めた。
「……なあユウロ…アタイ微妙に悪者になってる気が…」
「気のせい気のせい。でも糸ぐらいは外してもいいと思うぜ?どうせしばらくは目を覚ましそうにもないしな」
「わかった。そんじゃあ糸を外したらさっさと行こう…はぁ……」
その為さっきまでやたらノリノリだったスズも気を少し落としてしまい、溜息を吐きながらも言われた通り糸を外し始めた……
======[セニック視点]=======
「……ぅ……いてぇ……はっ!?」
痛みを感じながら目を覚ましたら、もうあいつらの姿は無かった…どころか、まだ午前中だったはずなのに既に太陽は頂点を過ぎていた。
「くそ…また逃げられたか……悔しいなぁ……いつつっ…」
またあいつらを倒せなかった悔しさが込み上げてきたが、それ以上に顔に走る痛みが強い。
確かめてみたところ…あのウシオニに思いっきり殴られたせいで頬が腫れてやがるようだ…
「近くにあった川で冷やすか……ってそういえばセレンは?」
腫れを治めるために川に行こうとしたところでセレンの事を思い出し、横を見てみると…
「……うわぁ…またこれは派手にやられたな……」
全身血まみれで…と言ってもこの血は俺にも付いてるおそらくあのウシオニを斬った時の返り血だろう…そして頭に大きなこぶを作って倒れていた。
「おいセレン、起きろ」
「う、う〜ん……セニック?」
とりあえずその小さな身体を持ち上げオレの太腿に乗せてから揺すってセレンの意識を覚醒させる事にした。
案外すぐに気付いて、半分程目を開いてオレの顔を認識したようだ。
「セニック…あの魔物達は?」
「オレ達が気絶している間に逃げられた」
「そうですか……それは残念です……」
その状態のままあいつらの事を聞いてきたので、オレは素直に状況を伝えた。
それを聞いたセレンは少し悔しそうな顔をしたが、相変わらずボーっとしているようだ。
「ところでセニック…先程から背中に何か硬いものが当たるのですが……」
「は?何の事だ?」
そして意識もちゃんとしていないのか、わけのわからない事を言い始めたセレン。
今セレンは胡坐をかいてるオレの足の上で寝ている状態なのだから硬い物なんかあるはず無いのだが…
「ほら…これですよ……これがさっきから背中に当たってるんですよ……」
「……なっ!?」
しかしセレンには何か感じてるらしく、ボーっとしたまま起き上がってオレの股間を指差した。
そこには…自分の意志とは反して硬く勃起している男性器があった。
何故オレは今勃起している?という疑問が生じるよりも先に…
「あれ?こんな所が腫れて…苦しそうですねセニック…ワタシが腫れを引かせましょう……」
「わっ!?や、やめろセレン!!」
セレンがオレの股間を凝視しながら…上から紅く染まった小さな手で擦り始めた。
その表情はずっと変わらないまま……いや、どこか蕩けた笑みを浮かべている…まるで事情前の魔物のように……
どこかセレンの様子がおかしい…いったいどうしたのだろうか……
「おいやめろセレン!やめるんだ!!」
「やめません…セニックが苦しむのは見ていたくないのです…ワタシが直接見ますからズボンを……」
「おいバカやめろ!正気に……まさか!!」
相変わらず動きを止めないどころかやや激しくなる紅く染まった手を見た時、ふとある事が脳裏に浮かんだ。
エンジェル…それは神の使いの種族。
白い翼や頭上にある光の輪が存在している通り、エンジェルは人間では無い。
だが、人外の存在と言っても神の使いである事から魔物でも無い……普通ならば。
そう…たとえエンジェルでも、魔物の魔力に侵されてエンジェルの姿のまま魔物になってしまう者もいるのだ。
それは本人の自覚なしに起こり…やがてそのエンジェルはエンジェル型のサキュバスとなってしまうのだ。
今のセレンはまさにその魔物になりかけているのではないのか?
可能性は十分にある。
さっきから何度も認識しているように、セレンはあのウシオニの返り血を浴びている。
それはセレンの白い服や肌、羽に斑模様を付けるように…結構付着している。
大陸には滅多にいないからと詳しくは調べて無かったが…たしかウシオニの血液には濃い魔物の魔力が溶け込んでいたはずだ。
つまりその血を浴びたセレンは徐々に魔物の魔力に侵されている状態にあるのではないか?
ついでに俺が勃起しているのもその血の効果ではないか?
「セニック……抵抗はしないdいたっ!!痛い痛い痛い!!いきなり何するのですかセニック!!」
「よう…目は覚めたかセレン…急いで川に行くぞ!!」
「へ?急にどうしtきゃっ!?ちょっとセニック!?いったい何を!?」
「いいからジッとしてろ!魔物になりたいのか!?」
「へ?どういう事です?」
そう考えたオレは、今にもズボンを摺り下ろそうとしているセレンを止める為に、咄嗟に大きく膨らんでいるこぶを強く刺激した。
その結果セレンは正気に戻ったようで、涙目になりながらも普段の顔に戻ってオレに文句を言ってきた。
今のうちだと思ったオレはセレンを抱きかかえて急いで川まで走った。
「そーれ!!」
「きゃっ!?」
ドボーーーンッ!!
そして川に着いた俺はそのままの勢いでセレンを抱えたまま川に飛び込んだ。
「もう…いきなりなんですか?」
「危ねぇ…おいセレン、身体でおかしなとこは無いか?」
「へ?え、ええ…ないですけど……説明して下さい。いったい何で川に飛び込んだのです?」
未だに状況が掴めてないセレンはオレに少し怒りながら説明を求めてきた。
その姿に若干の安堵と呆れを感じつつ、オレはセレンに説明する事にした。
「身体を綺麗に洗っておけ…そうしないとセレン、お前は魔物になるかもしれん」
「え?それはどういう……」
「ウシオニの血。それは高濃度の魔物の魔力を含んでやがるんだ…そんなものを全身で浴びたら簡単に魔物の魔力に侵されちまう」
「な!?そ、それはいけません!!早く洗い落とさないと…」
「実際お前さっきそれっぽくなってたからな…念の為『ペンタティア』に帰った後で検査するぞ」
「はい……」
一通り説明した後にオレ達は互いが見えないようにしながらウシオニの血を洗い流した。
川の水の量も多いし、俺達が浴びた量もそこまでは多くないのでおそらく川が魔物の魔力で汚染される事は無いだろう。
「…セニック……」
「……何だセレン?」
もうそろそろ全部洗い落とすというところで、セレンが呟くようにオレに話しかけてきた。
「もし…もしですよ……もしワタシが帰って検査した結果、魔物になっていたとしたら……」
「悪いが……確実にセレンは死刑になる……」
「そうですか……」
残酷かもしれないが、魔物化した者はオレ達の国『ペンタティア』では即死刑だ。
魔物化は新たな魔物化を呼ぶ…それを未然に防ぐためにも仕方のない事だ。
それは人間だけでなく、エンジェルだって例外ではない。
「もしお前が魔物になってたら…せめてパートナーであるオレが……お前を……」
「……それ以上言わないで下さい……可能性はゼロでなくても、もしもの話でもそんな事言ってほしくないです……」
「……わかった……でも覚悟はしておくんだな……お前も、オレも……」
「……」
もしセレンが魔物になってしまったと判断された場合、その場で死刑が確定する。
そうなってしまった場合は…パートナーとしてオレが……セレンの息の根を止めなければならない。
「……」
「……」
どこか重苦しい空気の中、オレ達は無言で、不安な未来を考えないように血を落とし続けた。
12/08/23 20:59更新 / マイクロミー
戻る
次へ