ウタウタイ達が歌うウタ Encore
「あー、あー……んんっ」
晴れ渡る青空の下、私は翼を広げて空を舞いながら、歌おうとして喉の調子を確認した。
私は歌が好きだ。聞くのも、自分で歌うのも好きだ。それは私が『セイレーン』という歌うのを愛するハーピーだから……というわけではない。
きっと私自身が他の魔物であったとしても、それどころかただの人間であったとしても歌が好きだっただろう。
聞くだけで幸せな気分になるし、歌うだけで高揚し元気になれる。そんな歌が大好きなのだ。
しかし、私は歌に対して、とてつもなく大きな問題を抱えていた。
「すぅ……あ゛ーあ゛あ゛あ゜ーぼえ゛ぇぇ……」
そう、私はセイレーンなのに歌が下手なのだ。美しい歌声を持ち人間の男性を魅了するセイレーンなのに、歌う事が下手くそなのだ。
音程もテンポもどこかおかしく、自分の歌では聞いても幸せになれないし、元気にもなれない。勿論男性を魅了するなんて以ての外だ。
歌っている自分自身は歌ってスッキリする部分はあるのだが、如何せん耳は正常なようで、自分の歌声に疑問を抱いてしまう始末だ。
「はぁ……」
歌うのを止め、思わず溜息を吐いてしまった。
小さい頃から他のセイレーンと比べて下手だという自覚はあった。周りの歌は綺麗なのに、自分の歌は汚いというか、若干の騒音混じりに思っていたところはある。というか実際、それが原因で周りから馬鹿にされた事だってある。
ただそれはセイレーンの中で下手なだけ、そう思って特別に気にしていたわけではなかった。
しかし、最近は特に酷く感じるようになってしまった。理由は明白、自分が下手なのは「セイレーンの中では」というわけでは無かった事に気付いてしまったからだ。
今までは100点満点のうち50点くらいだと思っていた自分の歌が20点だと思い知らされてしまったのだ。
「私もあんな風に歌えたらなぁ……」
それもこれも、少し前にとある街で人間の男性の歌声を聞いてしまったからだった。その男の歌声は聴くだけで幸福を感じ、元気を貰えた素晴らしい歌だ。
勿論私だけではなく、その男の歌を聞いていた他の人も魔物も皆笑顔を浮かべていた。大袈裟でも何でもなく、その男の歌はセイレーン仲間と比べてもなお綺麗な歌だった。
そんな歌を聞いた私の歌は、以前にも増して汚い歌だと感じるようになってしまった。自分の歌への自信が一切無くなってしまったのだ。
私の歌では誰も元気になれない。それこそ自分自身ですらも幸福にはなれない。セイレーンという歌に愛された種族のくせに、自分はなんと惨めな存在なんだろう……自信の無さは自虐へと変わり、負の感情で満たされてしまう。
そんな状態で歌っても綺麗な歌になるはずもなく、先程のように聞くに堪えない酷く醜い歌となる。以前はもう少しましだった気もするし、やはり気持ちの問題も大きいだろう。
「……よしっ!」
このままではいけない。このままでは私は歌が嫌いになってしまうかもしれない。それは死んでも嫌だった。
ならばどうすればいいか。その答えは明白だ。歌を上手くなればよい。
歌を上手くなるにはどうしたらよいか。その答えも明々白々だ。自分より上手く歌える人、それこそ自分が知る中で一番上手い人に教わればよい。
そう考えた私は、自然とある人物の下へと翼をはためかせたのだった。
……………………
「おはようございますミングさん!」
「はぁ……また来たのか」
元気良く朝の挨拶をした私に対し、わざとらしく大きな溜息を吐いて明らかに歓迎してませんムードを出している、目の前の人間の男性。
彼の名前はミング。私が会いに向かっていたのは彼であり、彼こそが最も綺麗な歌を歌う人間の男性だった。
「私はミングさんが歌のレッスンをしてくれるまで何度でも来ます!」
「迷惑だ」
「そんな事言わずにお願いします!」
「俺は別に先生ではない。俺はただの旅するウタウタイ、有名な歌手なんかじゃない。だから、誰かに教えるつもりもない。大体お前はセイレーン、歌のスペシャリストだ。人間の俺に教わる必要はないだろ?」
「そんな事はありません! ミングさんの歌は私が知るどのセイレーンよりも綺麗な歌でした。私もあのような、皆を笑顔にする素敵な歌を歌えるようになりたいのです!」
「そうは言ってもなぁ……何度も言うが、俺は弟子や生徒といった類は取らないし、ましてやセイレーンに教えるなんてお断りだ」
ミングさんが「また」と言ったとおり、こうして頼み込んでいるのは今日が初めてではない。彼の歌を初めて聞いてから1週間ちょっと、その間ほぼ毎日こうして頼みに来ていた。
ミングさんの言うウタウタイとは、曰くアマチュアな自分は歌手とは名乗らないからそう自称しているらしい。
しかし、私の知る限りでは、歌手を含めてもミングさんの歌声が最も心地良く、そして感情が高ぶり、幸せになる。
だからこそ、こうして何度も教えてくださいと頼み込んでいるわけだが……結局は毎度こうして断られてしまっているのだ。
でも私は諦められなかった。歌を教わるならミングさん以外はあり得ない。その想いで迷惑を承知で毎日頼み込んでいる。
「だいたいお前の歌が下手だって言うのも信じられん。からかっているだけとしか思えん」
「そんな事はありません。私は残念な程音痴な下手くそなんです! 自分で言ってちょっと空しいですが……」
だがしかし、頑なに断り続けられてしまう。それは、ミングさん自身が私の歌の下手くそ加減を信じていないからだ。
それは仕方のない事だ。セイレーンは歌が上手な種族だというのが一般的な知識だ。ましてやミングさんは反魔物国家出身らしいし、魔物の言う事を素直に信用できないのもわからないでもない。
だからこそ彼は、こう言ったのだろう。
「そこまで言うのであれば何でも良いから今ここで歌ってみなよ。勿論下手の演技をせず本気でだ」
「うぇっ!?」
彼が私の歌が下手だという事を信じていない理由はもう一つあり、単純に私が一度も彼の前では歌っていなかったからだ。下手だとわかっているから、歌の上手な彼の前で歌うのが恥ずかしかったのだ。
だが、とうとう目の前で歌ってみろと言われてしまった。下手だというのならば実際に歌って見せろというのも当たり前の事だ。
「あの……それはちょっと……」
「ほれみろ、歌わないって事はやはり嘘なのだろう?」
「そんな事はありません! 私は……」
「ならば歌ってごらんよ。今ここで、大きな声で!」
「うぅ……」
恥ずかしいから嫌だが、歌わなければ嘘吐き扱いされて一生教わる事もできないだろう。
「わかりました、わかりましたよ! じゃあ今から歌います!」
だから私は、半ばやけっぱちになって彼の前で歌う事に決めた。
「すぅ……」
息を大きく吸って……
「ぼえ゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ……」
腹の底から想いを乗せた歌を彼に歌い始めた。
「ストーップ!」
そして、10秒もしないうちに止められた。
「その、なんだ……ごめん」
「ううぅ……謝らないでください……」
ミングさんは憐みの感情を籠めた視線をスッと地面に落とし、ぼそりと謝ってきた。
「悪かったな青ハーピー。嘘吐き呼ばわりしちゃってさ」
「わかってくれましたか……って、何ですか青ハーピーって!?」
「いや、歌に魅了されないし……というか音痴だし。セイレーンではないんじゃないかなーっと……」
「うぅぅ……私はセイレーンです!」
何も間違ってはいないが、そこまで言われてしまうと正直泣きそうである。というか泣いた。
「う……あーもう悪かったって。泣くなよ、な?」
「うぅ……」
涙を流す私を見て流石に申し訳なく思ったのか、肩をぽんぽんと優しく叩きながら泣き止むように説得してくるミングさん。
「はぁ……わかった。仕方ないから歌い方を教えてやる」
「ぐす……本当ですかぁ?」
「ああ。だから泣き止め。頼むから」
そういうつもりで泣いていたわけでは決してないものの、それでも泣き止まない私に折れた形で、ミングさんはとうとう私に歌を教えると言ってくれた。
「ひっく……やったぁ……!」
嬉しさが込み上げてきて、自然と涙は止まり笑顔が浮かんだ。
「ただーし!」
私が泣き止んだのを確認したミングさんは、喜ぶ私を制止するかのように右手を掲げながら言葉を繋げた。
「お前が俺に対して魅了魔法を使用したり、発情期だからと言って襲ったりするならその時点で即教えるのを止める。場合によってはチキンソテーにしてやるから覚悟しろよ青ハーピー!」
「わかりました! ってまた青ハーピーって呼びましたね?」
反魔物国家出身らしくやはり襲われるのは困るのだろう。そもそも歌が下手なので魅了もクソもないのだが、それをしたら教えるのを止めるからなと念を押して言われてしまった。
勿論チキンソテーにはなりたくないのでそれを反故する気はない。特に発情期は正直襲う自信があるので気を付けなければ。
それと……曲がりなりにもセイレーンなので青ハーピー呼びは止めてほしい。
「ああ言ったとも。お前がまともに歌えるようになるまでお前をセイレーンとは思わん。青ハーピーだ」
「うぅ……言い返せないですしそれでいいです」
止めてほしいが……そういう事なら止める事はできない。悔しさと共に受け入れるしかなかった。
「でもミングさん、せめてお前じゃなくて名前で呼んで下さい」
「まあそれくらいなら……と言いたいところだが、そもそもお前の名前を知らん」
「あれ? 名乗った事ありませんでしたっけ?」
「あったかもしれないが忘れた」
「うぅー……」
青ハーピーなのは受け入れるとしてもせめて名前で呼んでほしい、そう頼んだらこの始末だ。
恨めしくミングさんを睨みながらも、私は改めて自己紹介をする事にした。
「私はセイレーンのシーンです。以後よろしくお願いします」
「ああ。よろしくな青ハーピーのシーン」
「……」
もう受け入れるしかない。頭でわかってても実際口にされたらやはりむくれてしまうものだ。
「そんな顔をするな。シーンの歌唱力が一定レベルまで上がればセイレーンだと認めてやるよ」
「わかりました! すぐミングさんにセイレーンだと認めてもらえるよう頑張ります!」
何時か認めさせてやる。私は心にそう決めながら、ミングさんとの歌の訓練に励んだのだった。
……………………
それからはとても大変な日々が続いた。
「あぁーあぁーヴォァあ゛ー……」
「待て。今音程が外れていたぞ。半音程高くだ」
「はい! あぁーはぁーヒィィィン……」
「ストップ。半音どころか全音3つくらい高くなったぞ。わざとじゃないよな?」
「わざとじゃありません……」
「ふっ、ならやっぱシーンは青ハーピーだな!」
「むっ……ヴォえぇぇぇ……!」
「こら、ムッとして怒りを声に乗せるな。それだとただ不機嫌をまき散らしているだけで歌ですらないぞ?」
「むぅ……わかりました」
「まあ馬鹿にしたのは謝る。だが、歌声に魔力を込める事すらままならないお前はまだまだ青ハーピーだ。言われたくなければもっと精進しな」
「うぅ……頑張ります……」
ミングさん……いや、先生の訓練は厳しく、何度か心折れそうになる事もあった。
「いいか、歌うにあたって最も重要なのは『自分の歌を聴いている誰かに何を伝えたいか』と『自分自身がその歌を好きでいられるか』だ」
「成る程……では、先生の歌は何を伝えてますか?」
「そうだな。歌によって細かい部分は少し変わるが、共通して言えるのは、例え一時であっても幸せを感じてほしいと思いながら歌っている」
「幸せ……わかります! 私の目指す歌もそれです!」
「そうか。ならまず、癖になってる他人との比較を止めな。私なんか……なんて思いながら歌っても誰も幸せにならないぞ。勿論、歌ってる本人を含めてな」
だが、同時に充実した日々でもあった。
「先生はどうしていろんな街を巡りながら歌っているのですか?」
「それはな、俺には夢があるからだ」
「夢……ですか?」
「俺は、俺の歌で世界中の人を幸せにしたいのさ。俺の歌で、今を苦しんでいる人、悲しんでいる人も皆笑顔にしたいんだ」
「それは凄く壮大な夢ですね……あれ? じゃあそんな先生の足止めをしている私ってもしかして邪魔ですか?」
「初めは少しそう思わなくもなかったが、今は違う。音痴で苦しむ青ハーピーを笑顔に変えてやらないとな!」
「先生……」
歌の訓練を通じて、私と先生の距離も少しずつ縮まっていった。
「それにな、俺の夢はシーンのおかげで少し変わったんだ」
「えっ?」
「さっきは世界中の人って言ったけど、今は世界中の全ての者……人だけじゃなく、魔物も俺の歌で幸せにしたい、そう思ってる」
「先生……」
私だけでなく、先生も少しずつ変わっていった。
「私も……私も、私の歌で世界中の全ての者を幸せにします!」
「そうか! じゃあ、尚更上手くならないとな」
「はい!」
「言ったな。俺だってまだまだだ。その夢を現実にするには、もっと頑張らなきゃな」
「はい! でも、先生の歌は今でも他人を幸せにしてますよ。少なくとも、ここに一人先生の歌で幸せになった者がいます」
「そ、そうか……」
大きな夢を掲げ、共に笑いあう私達に、種族がどうとかの考えは最早存在しなかった。
「はぁ……はぁ……せんせぇ……♡」
「おい……発情期になったら大人しくしてろって言ったよな?」
「いやぁ……発情期の方がよく歌えるとお仲間が……♡」
「いやまあ種族的に間違ってないだろうけど……覚えてるよな? チキンソテーにするぞ?」
「大丈夫れすよぉ……んっ、襲ったりしませんからぁ……♡」
「な、ならどうして俺の服をがっしり掴んで脱がそうとしてくるんだ?」
「それはれすねぇ……せんせぇをオカズにシたいだけれすよぉ……♡」
「や、止めろ! そのオカズがどの意味だとしても本当にチキンソテーにするぞ!」
「あんっ♡ そんな事言ってぇせんせぇも大きくしてるじゃないれすかぁ♡」
「これは生理現象! お前がフェロモン撒き散らしながら胸をさらけ出しているからだ! それ以上痴態を曝すならもう教えるのを止めるぞ!」
「ふぇっ!? ご、ごめんなさい! それだけはご勘弁下さい! お願いします許してください!」
「お、おう……」
時にはこんな事故未遂も起きたりはしたけれど……
「なんか一気に冷静になったな」
「そりゃ教えるのを止めるなんて言われたら劣情なんて消えますよ……」
「そうか。チキンソテーは良いんだな」
「まさか。でも、先生がそんな事するなんて思ってないので」
「えっいや……まあ、やる気があるのはわかったからこれからも教えてやる。ただし、発情期中は来るな、という約束を次破ったら本当に教えるのを止めるからな」
「はい先生! あ、でももし先生の方から襲ってきた場合は……」
「ほう……シーンの中の俺は教え子に手を掛ける奴なんだな」
「いえすみませんごめんなさい軽い冗談のつもりでした!」
「はぁ……」
それでも、先生との訓練の日々は楽しかった。
「まあ、万が一俺が襲うとしたらそれはお前が俺にテンプテーションを使ったって事だからどちらにせよ、だな」
「ああ、それなら大丈夫です。私はまだ歌で魅了する事ができないので……」
「それこそ大丈夫だ。少しずつだが、シーンの歌は上達している。そのうちお前の歌で大勢の人を魅了できるさ。勿論、淫魔法なんかじゃなくて、純粋なお前自身の歌声でな」
「……はいっ!」
楽しく、そして幸せな日々の中で、私の歌は少しずつ上達していった。
「ああぁぁー……ふぅっ」
「おおっ、良いぞ!」
「お兄さん上手だねー♪」
「流石先生!」
「どうも、ご清聴ありがとうございます」
私に指導している間も先生の歌は衰える事無く、人魔問わずその歌声で魅了し、聴いた者全てを笑顔にしていた。私の知るセイレーンの誰よりも魅力的な歌で、その場にいる者達を皆幸せな気持ちにしていた。
私も何時か先生のように歌うんだ……
先生の歌を隣で聴く度に、私はそう強く決心した。
その想いを持って、私は先生の厳しい訓練をこなしていった。
「あぁー……はあぁぁぁぁ……♪」
「……よし。良いぞシーン。始めと比べたら随分と上達したじゃないか」
「やった! 先生のおかげです!」
訓練を始めてから一年以上。その甲斐もあり、私の歌はセイレーンの中でも平均程度までには上達したのだった。
「まあ、喜ぶにはまだ早いけどな。俺から言わせればお前はまだ青ハーピーだ」
「むぅ……まだ言いますか……でも良いです。あっという間にセイレーンだって認めさせますから!」
「そうか。じゃあ頑張れ!」
それでも、まだまだ先生には認められてなかった。
けれど、それでも良かった。
このままずっと、それこそ先生と並べる程になるまで、いや、なってからもずっとこうして先生と一緒に歌って、世界中の全ての者を笑顔にしていきたいから。
その夢が叶うまで、ずっと先生と歌っていきたかったから。
「はい、頑張ります!」
だから私は、元気に頑張ると返事をした。
この時はまだ、その夢が永遠に叶わないものになるなんて、これっぽっちも思っていなかったから。
……………………
それは、ある肌寒い日の事だった。
「ふんふんふーん♪」
私は上機嫌で鼻歌を奏でながら、何時ものように先生の泊まる宿へ向かって灰色の空の中を飛んでいた。
「ふんふふんふーん……おりょ?」
その道中、何時もはただ通り抜ける街の広場にある掲示板の前で、珍しく多くの人が集まってざわついているのを見掛けた。
「どうかしましたかー?」
「んっ、おっとシーンちゃんか」
何時もは掲示板など気にせずまずは先生の下へ向かうのだが、流石に気になったので私は人集りの近くに降り立った。
「いやな、どうもこの付近に勇者を名乗る不届き者が現れたらしくてな」
「勇者……ですか?」
掲示板には一枚の紙が貼り出されており、そこには『勇者出没注意!』と赤い文字でデカデカと書かれていた。
文字の下には、目撃者の証言から得られた情報を基にリャナンシーさんが描いた人相も描かれている。
その勇者は、ボサボサな銀色の短髪、目つきの悪い翠色の瞳で、頭には銀の兜、首から十字架の首飾りをぶら下げている男のようだ。
「勇者って、神に力を与えられた強い人の事ですよね?」
「ああ。どうやらその強い人が昨晩この街の門番を襲ったらしい。ラタトクスの情報だから間違いないよ」
「ええっ!? この街の門番さんって男性の方ですよね。勇者って同じ人間も襲うのですか?」
「だから不届き者さ。本物であればそんな強盗紛いの事なんてしないさ」
どうやら昨晩この街の門番数名が勇者と名乗る人に襲われたようだ。襲われた人達は幸いにも命に別状はないらしいが、それでも大怪我を負ったらしい。
襲われた門番達が全員インキュバスなら魔物と見做された可能性もあったが、中には魔物と結婚していない人間も居たみたいだ。この街は新魔物国家に所属する街だし、区別せず皆敵と認識された可能性もあるらしい。だから魔物は勿論、人間も要注意との事。
「嫌だわねぇ。早いとこ捕まってくれないかしら」
「これじゃおちおち広場で猥談もできないわねぇ……」
「娘にも気を付けるように言っておかなくちゃねぇ……」
注意書きを見た人達がざわざわと不安を口にする。
その勇者はパーティーを組まず単独で門番複数人を倒したらしいので、かなり強いのだろう。もし遭遇してしまえば、私では抵抗すらできずやられてしまうかもしれない。
「うーん、なるべく家に居ろと言われてもなぁ。帰りにバッタリなんてこともありそうだしなぁ……」
そんなのがこの街に潜伏しているかもしれないという事で、解決するまで外出は控えるようにとも書かれていた。
しかし、私の家は街の外にあり、この中央広場から戻るとしたら結構な距離だ。勇者と言えど空は飛べないだろうし、なるべく上空を飛んでいれば大丈夫だと思うが、それでも万が一という事もある。
「そうだね。なら、ここからならミングの兄ちゃんが泊っている宿の方が近いし、宿の主人に事情を話してそっちでジッとしてなよ」
「そうですね。それにもし先生がこの事を知らないとしたら伝えた方がよさそうですしね」
「だな。シーンちゃんも気をつけなよ」
「はい!」
その点ここから先生の居る宿までは5分も掛からない。絶対に遭遇しないとは言わないが、少なくともこちらに向かう方が安全だ。
だから私はこのまま先生の所へ向かう事にした。
「大丈夫かなぁ……」
なるべく空高く舞い上がり、鼻歌を奏でるのはやめて先生の下へと飛んでいく。
「おっこんにちはシーンちゃん……おや、なんだか今日はいつもより恐い顔をしているねぇ」
「こんにちは」
私は先生が泊っている宿の入り口に降り立ち、宿屋の主人と挨拶を交わした。
「どうやら勇者を名乗る不届き者が現れて、この街の門番さんが襲われたそうです」
「おや、それは大変だねぇ」
「家から出ない方が良いとの事ですが、私はここまで来てしまったので暫く先生のところに匿ってもらおうと思いまして。勿論、宿の代金はお支払いします」
「勿論構わないよ。緊急事態だし、ミングさんの部屋に居るなら宿代も要らないよ」
「ありがとうございます!」
宿屋の主人の厚意で、暫くの間先生の部屋に滞在する許可を貰ったので、私はルンルン気分で先生の部屋へと向かった。
だが……
「失礼します。先生、どうやら不届き者が街に出たようなので暫く匿って……あれ?」
部屋の中に先生は居なかった。
「どこ行ったんだろう?」
部屋や私物は整理されているので、慌てて出て行ったという訳ではなさそうだ。
しかし、特に書置きなども無く、特に外出するような事も言われてはいなかったので、何処に行ったのかは全くわからなかった。
「あー、ごめんシーンちゃん。ミングさんから言伝を預かってた!」
「え?」
部屋の中で途方に暮れていたら、宿屋の主人が慌てて部屋まで来て、先生から預かっていた言伝を教えてくれた。
「学び舎の子供達に歌ってくれと依頼された。長引いて戻るのが遅くなったら部屋で待つようにって」
「そうでしたか……」
先生は私に歌を教える為に長くこの街に滞在している。
勿論この街住まいではなく、このように宿を借り続けているわけで、その分滞在費は必要となる。
私も講習料は出しているが、先生はそんなに多くを求めていないので、生活するには足りていないだろう。
だから、費用を稼ぐため、先生は路上でパフォーマンスを行ったり、今の様に誰かの依頼を受けて歌を披露して稼いでいるのだ。
「でも、不届き者の件もありますし、私がパーッと迎えに行ってきます」
「ええっ、それだとシーンちゃんが危ない気が……」
「相手は勇者であれ人間です。空高く飛べば問題ありませんよ!」
素直に待っていても良いが、不届き者の事もあるし、もし遭遇でもしてしまえば先生が襲われてしまうかもしれない。
本来は一人で渡り歩いているだけあって先生の腕っぷしは意外にも立つが、それでも不届き者が本当に勇者であれば一方的にやられてしまうと思う。
だから私は宿屋の主人の制止を聞かず、先生を迎えに再び空へと舞い上がった。
……………………
「んー……」
宿から学び舎までの間を重点的に上空から先生を探す。
念の為に高度を維持しているので、人も魔物もその姿は豆粒程度にしか確認できないが、それでも先生だけは見つける自信があるので問題無い。
「先生はまだ学び舎かなぁ……」
しかし、道中でそれらしき人を全く見掛けないまま学び舎付近まで来てしまった。
この街の学び舎と言えばここしかないので、先生が余程大きく道から逸れていない限りは見つけられたはずだ。
という事は、まだ先生は学び舎で子供達の為に歌っているのかもしれない。それなら邪魔するわけにはいかないし、遠くから窓越しに覗こうかと、学び舎に並び立っている木の上に降りようと少しずつ降下し始めた。
「ん?」
そうして降下している途中で、大きな屋根があって見えていなかった学び舎の入り口に、何人かの人影が集まっているのが目に入った。
「あ、先生みっけ」
その人影の先頭に、先生が手を広げながら立っていた。
どうやら丁度学び舎から出てきたところのようだが……
「ん……?」
どうも様子が変だ。
先生の後ろに居る影は小さいので、おそらく学び舎の子供達だろう。人間だけでなく、勿論魔物も混じっているが、どことなく小さな身体を更に縮こまらせているようにも見える。
そして、両手を横に広げている先生の姿は、まるでその子供達を庇っているようにも見えて……まだ表情こそ見えないものの、なんとなく緊張を感じとれた。
どことなく嫌な予感がしたので、降下を緩めてもう少し周囲の様子を旋回しながら確認してみた。
「何か……」
少し角度を変えて地上を見ると、先生達の視線の先に、1人の人間が立っているのを見つけた。
まだ少し遠いのでハッキリとは見えていないし、声も聞こえてこないが……その者は、腰から下げている何かに手を掛けながら、何かを先生達に訴えているように見えた。
「あっ!」
そして、その者は……腰に下げていた大剣を引き抜き、先生達目掛けて駆け寄り始めた。
もしかしてこの人間こそが、例の不届き者なのではないか。
そう考えた私は、瞬間、先生達に襲い掛かる人間目掛け、急降下を仕掛けた。
「成敗!」
「ぐっ、皆、急いで建物の中に……!」
グングンと地上へ近付くにつれ、状況がハッキリとわかるようになってきた。
ボサボサな銀色の短髪、目つきの悪い翠色の瞳で、頭には銀の兜、首から十字架の首飾りをぶら下げている人間の男は、明確な殺意を持ちながら、小さな子供達を庇うように立ち塞がる先生に向けて剣を振り上げていた。
このままでは先生が斬られてしまう。それを阻止する為、私は爪を伸ばし、斬り掛かろうとする不届き者の背中目掛けて蹴りを繰り出した。
「たああっ!」
「ぐあっ!?」
上空からの急降下キックは見事不届き者の背に当たり、地面に叩きつけると同時にその衝撃で手から離れた大剣を突き飛ばした。
「えっ……シーン?」
「はい。無事ですか先生?」
「あ、ああ……」
突然現れた私に、先生は状況が飲み込み切れずにポカンとしていた。
私は先生を護れた事に安堵し、不届き者を踏みつけているのを気にせず先生に微笑んだ。
「なんでここに?」
「不届き者が出たと注意喚起されていたので心配して迎えに来ました。多分足下のこの人の事ですね」
「そうだったのか……」
宿で待っているようにと伝えてあったのにここに居る私を不思議に思ったのだろう。
私はその理由を簡潔に説明したら、やはり知らなかったようで、どこか納得したように頷いた。
「不届き者だと……?」
と、私の言葉に、足下の不届き者本人が反応を示し……
「ふざけるな!」
「きゃっ!」
上に乗る私を弾き飛ばし、ガバッと勢い良く起き上がった。
「シーン!」
「私は主神直々に力を与えられた勇者だ。それを不届き者だと……ふざけた事を抜かすな、汚らわしい魔物風情が!」
弾き飛ばされて地面に転がる私に対し、そんなつもりはなかったが、侮辱されたと認識した自称勇者が怒りを露わにし……
「成敗!」
「ひっ」
転がった痛みでその場で尻込みしているだけの私に向け、その手に持っていた大剣を振り下ろした。
咄嗟に避ける事ができる状態にない私は、次の瞬間に襲い掛かるであろう痛みを想像し、思わず目を閉じ身体を強張らせた。
「ぐああっ!」
「え……?」
しかし、私が斬られる事は無かった。
「先……生……?」
耳に届いた悲鳴に目を開けると、すぐ目の前には顔を歪ませた先生が、私に覆い被さるように自称勇者との間に割り入っていた。
「先生!」
「くっ、魔物を庇う罪深き者が。邪魔をするな!」
倒れ込む先生を受け止め、背中に翼を回したら……私の青い羽毛の先端に、真っ赤な液体が付着した。
そう、先生は、私を庇う為に咄嗟に駆けつけ、私の代わりに背中に凶刃を受けてしまっていた。
「い……いや……わっ!?」
「シーン、逃げろ……!」
「せ、先生も一緒に……」
「早く! そして憲兵を!」
「は、はいっ!」
先生は痛みに耐えながら、先生の血を見てパニックに成りかけた私の身体を更に突き飛ばして遠ざけ、憲兵を呼ぶよう指示を出す。
先生を助ける為、自称勇者を取り押さえる為に、一刻も早く憲兵を呼ぶ必要があった。
先生の指示を聞いた私は、間髪入れずに強く空を斬り上空へと舞い上がった。
「急がなきゃ……!」
正直、怪我を負った先生をここに置いていくなんて嫌だった。今この瞬間も、より怒り狂った自称勇者は先生を斬り殺そうと大剣を振り回している。
先生は懐に隠していた護身用のナイフを取り出し、何とか受け流しているが、初手で大怪我を負わされて先生の動きが鈍いうえ、相手が本当に加護を受けた勇者ならば万全であったとしても時間の問題だ。
先生が死ぬなんて事は、絶対にあってはならない。
そんな最悪な未来予想を風に流すように、私は目を開くのも難しい程の速度で、憲兵を呼びに飛んだのだった。
……………………
「あ……あぁ……」
結論を先に言うならば、先生は死なずに済んだ。
「そ、そんな……」
だが、無事ではなかった。
「なんで……こんな……」
命があるから良かった。
そんな事、口が裂けても言えない。
「せんせぇ……」
私が憲兵を呼びに大急ぎで飛んでいる間、先生は独りで必至に抵抗していた。
学び舎の先生達の中に戦いが得意な者はおらず、何時自分達の方へ襲ってきても子供達を護れるように盾になるのが精一杯だった。
だから、同じく戦いが得意ではない先生独りで勇者の相手を続ける破目になってしまっていたのだ。
戦闘能力に大きな差があるのだ。無事で済むわけがない。
私が憲兵と共に駆けつけた時、先生はボロボロにされていた。
全身余す事無く切り刻まれ、炎の魔法でも喰らったのか所々焦げていた。頭や喉から流れ出る血液と共にそんな先生を見た私の頭は真っ白になり、それでも冷静に病院まで大急ぎで運んだ。
あと数分病院に駆け込むのが遅かったらどうなっていたか……そのくらいギリギリだったようだ。
その結果、先生は一命を取り留めた。
だが……先生の命とも言えた、皆を笑顔に変えるあの歌声は、失われてしまった。
喉からも流血していたので嫌な予感はしていたが、喉を斬られ、挙句焼かれた事で、懸命な治療空しく、先生は声を出せなくなってしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさい先生……」
意識を取り戻した先生の胸元で、ボロボロと涙を流しながら謝り続ける私。
その頭に、ぽんっと優しく手を乗せ、ゆっくり撫でる先生。それは、お前が気にする事じゃないとでも言わんばかりだった。
「だって、私が……」
私が勇者を踏みつけた後、呑気にそのまま突っ立っていたから突き飛ばされ、結果的に先生が斬られてしまう事になったのだ。
私のせいで、先生が声を、歌を失ってしまったのだ。
私が、先生の夢を……
奪ったのだ。
「……」
自己嫌悪に陥る私の頭を優しく撫でてくれる先生。
本心から私を慰めてくれているのは、その掌からも伝わる。
それでも、私の心は晴れない。晴れるはずがない。
私はこの人から貰ってばかりだったというのに、私はこの人から大事な物を奪ってしまったのだから。
「……」
何時までも泣きじゃくりながら謝り続ける私の頭から手を離し、近くに置いてあった紙とペンを取り、不意に何かを書き始めた。
そして、暫くして書き終えたと思うと、グイと私の顔を身体から離し、何かを書いた紙を見せてきた。
そこに書かれていたのは、私への言葉。
『確かに、俺の夢を俺が叶える事はできなくなった』
『だが、潰えたわけじゃない』
『シーン、お前さえ良ければ』
そこに書かれていたのは……
『歌で世界中の者を幸せに、皆笑顔にする夢を、受け取ってくれないか』
先生から私への、夢を託すという言葉。
「……」
「先生、私は……」
その言葉を見て私は、流れ落ちる涙を羽で拭き取り……
「私が、先生の歌になります! 私が先生の……ミングさんの声となり、夢となり、歌となります!」
その夢を受け継ぐ事を、力強く宣言した。
「ですが、私はまだまだ青ハーピー。だから、これからも私に、ミングさんの歌を教えてください! 先生の歌に対する想いを、夢を、希望を、全てを私に教えてください!」
そして、そのためにも、私にミングさんの歌の全てを教えて下さいと、真っ直ぐその茶色の瞳を見ながら、私は頼み申した。
私の言葉を聞き、ミングさんは別の紙にペンを走らせ、会話を続けた。
『厳しくても、辛くても、決して逃げ出さないか?』
「勿論です!」
『生半可な覚悟では決して叶わない夢だ。それでも、決して諦めないか?』
「はいっ!」
紙に書かれた問いに、私は力強く頷いた。
『わかった』
それだけ書いた後、髪とペンを放り投げて……
なら教えてやる。俺の歌の全てをシーンに!
私の肩をガシッと掴み、熱い眼差しを真っ直ぐ私の目に向けるミングさん。
言葉を発していないが、彼の手に込められた熱と、今までで一番真剣な眼差しに、私は先生にそう言われたような気がした。
私も無言で、その夢を果たす事を胸に誓い、真剣な眼差しで先生に返したのだった。
……………………
こうして、私達の訓練は再開した。
「あーああー……いたっ!」
「……」
「な、なんですか先生、そんな怖い顔をして……」
『今の歌、確かに上手くは歌えていた。だが、気持ちが全然籠っていない』
「そ、それは……そのとおりです。歌うのに慣れて、ただ歌っているだけでした」
『わかれば良い。そんな歌では誰も幸せにできないぞ』
「はい!」
『よし。ではもう一度』
「すぅ……あーぁあ、ああぁああ……ふにゃっ! こ、今度は何ですか?」
『心は確かに籠っていた。が、今度は声量やリズムが崩れていた。油断すると音痴だった頃の癖が出てくる点に注意しろ』
「は、はい先生!」
それは、全てを教えて下さいと言った手前、以前とは比較にならない程厳しい訓練だった。
「あの先生……この紙は何です?」
『隣町で開催される歌唱大会の応募用紙だが?』
「大会って……もしかして、私が参加するのですか?」
『それ以外に誰が居る? まさか筆談している俺が参加するとでも?』
「い、いえ……しかしそのパネル便利ですね。思った事を直接文字として浮かび上がるマジックアイテム。お陰で意思疎通がし易いですし」
『お前のファンになったグレムリンには感謝だな。それはそれとして、参加する気はあるか?』
「はい! 先生に教えてもらった全てを活かし、優勝を目指します!」
『良い返事だ。もし、この大会で見事優勝を果たしたら、青ハーピーは卒業、シーンをセイレーンだと認めてやるよ』
「本当ですか!? よーし、頑張るぞ!」
だが、そのお陰で、私の歌唱力も、以前とは比較にならない程メキメキと上達していった。
「やりました先生! 優勝しました!」
『ああ、見ていたさ。おめでとう!』
「ありがとうございます! もう嬉し過ぎて顔がにやけっぱなしです!」
『それは構わん。だが、慢心だけはするなよ。そして、小さな大会での優勝で満足せず、もっと上を目指すんだ』
「はい先生! もっと上を目指しこれからも精進します!」
だからこそ、こうして私は、小さなものとはいえ、とうとう大会で優勝できる程の歌唱力を身に着ける事ができた。
『ああ。ま、そうは言っても、今日くらい素直に喜びはしゃいでも良いぞ』
「はーい! ぃやったー! 私、歌の大会で優勝できたんだー!」
『そうだ。だからシーン、お前はもう立派なセイレーンだ』
「あ……そ、そっか。えへ、えへへへ……ぐすっ……」
『お、おい、突然泣き出してどうした?』
「ら、らって、ずっと歌が下手で皆から馬鹿にされて……ひっく、先生にも青ハーピーって言われ続けて……ぐすっ、ずっと悔しくて……れも、れも、やっと認めてもらえて嬉しくて……うぅ、うわああああぁぁぁん!」
「……」
「わあああぁぁぁぁ……」
そして、ようやく先生に認められて、私は嬉しさのあまり大粒の涙を流した。
「あぁー、ああ、ああぁぁああ〜……どうでしたか、先生」
『うん。完璧だ。見事俺の全てを継ぎ、そして超えてくれた。人間は勿論、セイレーンにだってシーンより歌の上手い者は居ない。そう自信持って言える程だ』
「ありがとうございます! 先生にそう言ってもらえて、私は嬉しいです!」
その嬉しさと涙を糧に、私はより精進していき……私はようやく当時の先生を超える歌唱力を身に着けたのだった。
とはいえ、もしも、先生が今でも歌えていたならば、きっと今の私よりも上手かったと思う。
失われて7年経過した今でも、先生の歌は耳に残り、私の心を幸せにできるのだから。
いや、もしもの話をしてまで先生と比較し、自分を下卑る必要はないか。
私は私の最高の歌で、世界を相手に戦うだけだ。
『そうか。よし、後はコンディションをキチンと調整し、今度の世界大会でシーンの歌を文字通り世界中の者に披露するだけだ』
「はい。目指すは優勝です!」
『そのとおり。まずは大会での優勝だ』
そう、私は今度、世界規模の歌唱大会に参加する予定だ。
ここまで幾度となく大会を優勝し、多くの者の心を掴んだ事を認められ、大会の運営側から招待されたのだ。
今までとは比べ物にならない程の大きな大会を前に、私は流石に緊張していた。
『そして……』
「優勝は通過点。私達の夢は、この歌で世界中の人々を笑顔にする事。世界中の人々に幸せを歌に乗せて運ぶ事です!」
『そうだ。ようやく、夢への第一歩を踏み出す時が来たんだ!』
「はい!」
だが、もしもこの大会で優勝を果たしたなら、会場に居る全員を幸せにできれば、私達の夢に大きく近付く事ができる。
夢の為に、私はここまで頑張ってこれた。度重なる厳しい訓練にも耐え抜き、只管に歌唱力を身に着けてきた。
だからこそ私は、優勝に向け出来得る限りの事を全力で行った。
先生との……ミングさんとの誓いを果たす為に。
それと、今まで先生と呼び続け、胸の内に隠してきたミングさんへの想いを伝える為に。
……………………
そして、大会当日。
私は、今までの糧を全て出し切り、決勝戦の結果発表の場に、緊張で破裂しそうな程鼓動を高めながらも立っていた。
「世界一の歌姫、その称号と栄光を手にしたのは……」
司会者のアナウンスが告げた優勝者は……
「エントリーナンバー320番! セイレーンのシーンさんです!」
私。
「えっ……ええっ! やったーっ!」
初めは実感が湧かず、名前を呼ばれてもポカンとしていたが、徐々に優勝した事に気付き始め……アナウンスされてから数秒後に、私は翼を広げ喜び舞った。
「では優勝者のシーンさん、今の気持ちなどコメントを!」
「はい! では……」
壇上に登り、優勝インタビューを受ける私。
「えー、この大きな舞台で優勝を飾れ、とても嬉しいです。これで、夢の第一歩を踏み出せました!」
「大会の優勝が夢の第一歩、ですか?」
「はい。私には、いえ私達には、大きな夢があります」
大勢の人に見られ、かなり緊張しながらも、私は今の気持ちと、私達が掲げる夢を、舞台裏で聞いているミングさんも含めた全員に語り始めた。
「実は私、昔は酷い音痴でした。セイレーンであるにも関わらず歌が下手で、仲間からも馬鹿にされていました」
「なんと、それは意外ですね」
「それが嫌で、悔しくて、でも歌を嫌いになりたくなくて、素敵な歌声を持った人間に歌を教わろうと押しかけました。それが、今の私の先生です。先生は、私の歌を世界一にまで押し上げてくれました」
長いようで、短いようで、やっぱりここまで長かった道程を思い出しながら、私は語る。
「その先生は、自身の歌で、世界中の全ての者を笑顔に、そして幸せにしたいという夢を持っていました。しかし、先生の歌は、突如奪われてしまいました」
あの事を思い出すと、今でも胸が苦しくなる。
「そんな先生の歌を、夢を、私は継いで、今ここに立つ事ができました」
それでも、あの事件があったから、今の私が居る。
「私は先生の、そして自分自身の夢……世界中の者を笑顔に、幸せにする為に、これからも世界中を廻り、歌っていきたいと思います!」
そして、これからも、夢を叶える為に、私達は歌い続ける。
「世界一の歌姫、いえ、2人のウタウタイとして!」
幸せを運ぶ、ウタウタイ達として……
「それは素晴らしい夢ですね、ぜひ頑張って下さい!」
「ありがとうございます!」
「では会場の皆さん、世界一の歌姫、いえ、幸せを運ぶウタウタイ、シーンさんに盛大な拍手を!!」
会場の外にも響き渡る程の大きな歓声と、鳴り止まない拍手に包まれながら、私は大きくお辞儀したのだった。
……………………
『おつかれ、シーン。優勝おめでとう』
「えへへー♪」
喝采に包まれながら私は舞台から降り、用意された控室に戻った。
「私がここまでこれたのは、先生のお陰です。今までありがとうございました! そして、これからもよろしくお願いします!」
そこには、優しい笑顔を浮かべ、私をねぎらうミングさんと2人しか居ない。
大勢の人達の喝采も嬉しかったが、一番身近な先生に褒めてもらえたのが、なによりも嬉しかった。
『その事なんだが……2人のって事は、俺も一緒にって事だよな?』
「はい。嫌とは言わせませんよ?」
『いや、俺の夢でもあるわけだし、勿論嫌ではないが……』
そして、いよいよもう1つの本題に入る。
下手すれば大会の決勝よりも緊張しているが……思い切って行動に出た。
『だが、俺がシーンに教えられる事はもうないぞ?』
「何言ってるんですか。もう一つ、あるじゃないですか」
そう言いながら、私はミングさんの正面に立ち……
「んっ……」
「!?」
不意をつくように、声を発する事の無いその唇を奪った。
「先生……いや、ミングさん」
唇を離し、驚きの表情を浮かべ固まっているミングさんに……
「私は貴方が大好きです。私に愛を、女としての幸せを教えて下さい!」
私は、自分の気持ちを伝えた。
「これからは、先生と生徒としてだけでなく、夫婦として私と共に居て下さい」
頭を下げ、翼の先をミングさんに伸ばした。
「……」
少しの間、沈黙が流れる。
その間も私は、飛び出しそうな程暴れる鼓動に身体を震わせながら、目を瞑ってただジッとミングさんの返事を待ち続けた。
「……」
そして……
「あっ……」
伸ばした翼の先端が、暖かなミングさんの掌に握られた。
パッと顔を上げると、もう片方の手で例のパネルを持ち上げていた。
『俺も、1人の女性として、シーンが好きだ。俺で良いのならば、よろしく頼む』
そう書かれたパネルを持つミングさんの顔は真っ赤に染まり、照れくさそうに笑っていた。
「ミングさん!」
想いが伝わった嬉しさに、私は握られた手を引き寄せ、そのままミングさんに抱き着いた。
「すぅ……」
そのまま、ミングさんの耳元で呼吸を整え……
「ぁあああー♪」
ミングさんにだけ聞こえるように小さく、それでいてお腹の底から歌い始めた。
そう、ミングさんにだけ捧げる、かつては歌う事のできなかった、私の「特別な歌」を。
「!!」
私を通し、セイレーンという種族に詳しくなったミングさんは、私が今何をしているのかわかっているだろう。
少し慌てた様子を見せるが、しかし私を引き離そうとする事はせず、むしろ何かを覚悟したかのように、私をギュッと強く抱きしめた。
特別な歌とはいえ、まだ歌い出しで、しかも初めて聞かせたのだ。まだまだその効果は全然発揮しておらず、嫌ならば問題無く拒絶する事だって可能だ。
だが、ミングさんは拒絶するどころか、受け入れる姿勢を見せた。
私はそれに気を良くし、より想いと魔力を込めた歌をミングさんに聞かせ続けた。
「あぁあー……あっ♪」
暫く歌い続けていると、ミングさんが動き始めた。
私を強く抱きしめていた手が緩んだと思えば、翼を通す為に広くなっている袖口から手を入れ、優しく背中を撫で始めた。
初めて好きな人に直接肌を触られて、性感帯でもないのに撫でられた場所が甘く痺れ、私は歌う声に小さく嬌声を混ぜる。
「ああぁ……んっ」
私も溜らなくなり、もっと触りやすくなるよう、着ていた服の前面を開けさせた。
ハーピー属は揃いも揃って腕が翼になっており、爪先は器用とは言い難い。それ故に着脱が容易な服を着ているのだが……こういう時にすぐ脱げるのも、大きな利点と言えるだろう。
「あっ、ああっ♪」
空気に晒された、緩い膨らみ。その先端に付いた、小さな突起。
それを目にしたミングさんは背を撫でるのを止め、優しく繊細にその膨らみに触れ始めた。
ミングさんの指先がピンと突起を弾く度に、私は淫らに喘いでしまう。
「あっあぁっ、あぁん、んん……♪」
喘ぎすらも歌の一部と化し、より深く染め上げる。
何時しか触れるではなく、撫でるでもなく、私の胸を揉み始めたミングさん。
指がなだらかな乳房を押し、乳首を指先で転がされ、より歌は淫らになっていく。
そして、息を荒げ、夢中で胸を揉むミングさんの股下は、大きな膨らみが生じていた。
それを目にした私は、ビクンと跳ねる身体をなんとか抑えつつ、爪先をズボンに引っ掛け、一気にずり下した。
「ああぁ……あはぁ……ん♪」
勢い良く飛び出したのは、発情期の中で想像していた物以上に硬くて立派な、ミングさんのおちんちん。
ピクピクと痙攣するおちんちんの先端からは透明な液が滲み出ており、薄いながらもミングさんの精の匂いが私の鼻腔を擽り、気分を高揚させる。
「!?」
ミングさんのおちんちんを、私の羽先で擦る。手とは違い強弱を付けて扱いたりはできないが、その代わりに私ができる翼扱き。
亀頭やカリ首を柔らかな羽で撫でる時に得られる快感は手扱きよりも優しく、それでいてジワリと込み上がってきて、得も言えぬ物があるらしい。
「あぁ……ふぁぁ……っ♪」
これは私の父から聞いた話だったが、ミングさんも同じように感じているらしく、熱い吐息を吐きながら、腰を震わせていた。
羽を濡らす粘液も多くなり、匂いも濃くなっていく。
おちんちんも更に熱くなり、大きく膨らみ、はち切れんばかりになっていた。
「ぁ……ふふ……♪」
「……」
このまま羽の中でイかせるのも悪くはない。
でも、折角の初めてなのだから、やっぱり一緒にイキたい。
そう考えた私は、ミングさんのおちんちんから羽を離し、少し物足りない表情を浮かべるミングさんの身体を優しく包みこみ、床にゆっくりと寝かせた。
「あっ……♪」
「!!」
私はミングさんを跨いで上に立ち、履いていたスカートと下着を外した。
瞬間、むわっと立ち込める蒸気と共に、粘液に蒸れた一本の筋が露わになる。
気持ちの高鳴りに特別な歌、そしてこれまでのお互いの愛撫で、私は既に受け入れる態勢が整っていた。
つぅ……と滴り落ちる愛液に釘付けになるミングさん。
お預けを喰らったおちんちんは、濡れそぼったおまんこに入りたいと、力強く真上を指していた。
「あぁぁ……挿れ、ますね……♪」
待ちきれないのは私も同じ。これ以上の愛撫は不必要だ。
私は特に焦らす事も無くゆっくりと腰を下ろし、ミングさんのおちんちんを羽先で調節し、自身のおまんこに宛がった。
互いの粘液が触れ、くちゅりと音を鳴らした。
「んんっ、あぁぁぁあっ……♪」
そして、ミングさんのおちんちんを、私の膣内へと沈めた。
今までずっと心の奥底に秘めていた、欲しかったモノが挿入ってきて……根元まで沈めると同時に、私は絶頂した。
「……!」
「あぁぁあああっ♡」
そして、限界が近かったミングさんも、根元まで挿入ると同時に射精した。
ドクッドクッと勢い良く私の子宮目掛けて射出されるミングさんの熱い精。
それはどんなものよりも甘美で、私の脳をとろけさせる。全身で喜びを感じ、ミングさんの上で弓形に仰け反り、ミングさんの腰と同調するように、身体を大きく震わせた。
熱い子種汁に満たされ、結合部から漏れつつありながらも、もっと絞り出そうとおまんこは意思とは無関係に締まり、歌はより過激に盛り上がっていく。
「あぁん、ふぁぁぁあっ♪」
暫くしておちんちんの震えは止まり、射精も落ち着く。
だが、私の膣内に挿入ったままのおちんちんはまだまだ硬さを保ち、萎える様子が無い。
勿論、私もまったく満足していない。硬いままのおちんちんを挿入したまま、私はミングさんのお腹の上に翼を付き、腰を振り始めた。
「あっ、あっ、あぁっ♪」
腰を激しく動かし、ミングさんのおちんちんを膣内で揉みくちゃに搾る。
ミングさんも快感を貪ろうと、私の下で腰を突き上げていた。自分の意思とは関係なく動くおちんちんは、的確により気持ち良いところを擦ってくる。おちんちんが齎す気持ち良さは、自分の爪先や玩具なんかとは比べ物にならなかった。
「ふぁっ、あぁ、あぁああっ♪」
亀頭が膣襞を掻き分け、私の愛液とミングさんの精液が混じった物が漏れ出て、私のお尻やミングさんのお腹を濡らす。
腰を打ちつける度に、水音の混じった淫猥な伴奏が響き、妖艶なコンサートは盛り上がる。
「っ……!」
「あぁ、ふぁあああっ♪」
ミングさんの動きがより激しくなり、先端が子宮口を突き上げる。
強く一突きする毎に、歌に大きな喘ぎ声が混じる。再びイキそうになり、頭に白い靄が掛かり、目の前がチカチカとし始めた。
そして……
「!!」
「あぁっ、あっ、ああっ、ふぁあぁ……ぁんっ♡」
ズンッと一際大きく打ち付けられると同時に、おちんちんは再び脈動し、子宮内に直接熱い粘液が注ぎ込まれた。
私もまた翼を大きく広げ、身体をピンと強張らせ……イッた。
「ふぁぁ、ぁぁ、ふぁぁああっ♡」
天にも昇ってしまいそうな絶頂に、私は歌とも嬌声ともわからない声を漏らしていた。
同時に口から涎も垂れ落ち、既に互いの汗と体液でベタベタになっているミングさんの胸部へ掛かる。
ミングさんはそれに嫌な顔もせず、それどころか惚けた表情で射精の快感に浸っていた。
きっと、私も同じ顔をしているだろう。
「ふぅー、ふぅー……♡」
やがて射精も止まり、私の絶頂も少しずつ引いてきた。
肩で呼吸しながら、心と身体を落ち着かせる。
「んっ……♪」
まだまだヤりたい気分だが、初めてで激しくしたのもあり、ミングさんに疲れの色が見えたので少し休憩を入れる事にした。
少しだけ柔らかくなったおちんちんを抜き、そのままミングさんの上に倒れ込む。胸が密着しているので、ミングさんの呼吸や鼓動を感じる。
栓が抜けたおまんこからは、白くドロドロとしたものがつぅーっと零れ出ていた。
「はぁ……はぁ……んんっ♡」
蕩けたまま荒い呼吸を繰り返す私達は、お互いの顔を見て微笑みあった後、静かに唇を重ねたのであった。
……………………
「ミングさーん、こっちこっちー!」
それから、私達は宣言どおり、世界中を歌いながら旅していた。
時には大都市を、時には大海原を、時には小さな辺境の村を渡り歩きながら、多くの者達に私の歌を披露して回っている。
私達の歌を聴いた者達は、皆笑顔になってくれていた。
中には絶望している人も居たが、私達の歌で少しでも元気が出て、また明日を生きようとしてくれた。
「ほらほら、次の目的地が見えてきましたよ!」
私達の歌を聞いて、老若男女に人魔問わずファンになってくれた者達も大勢居た。
その中には、かつてミングさんの声を奪った男とその娘も居た。
勿論彼から謝罪を受けた。私は少し複雑な気持ちだったが、当のミングさんが笑顔で許していたので、私もその謝罪を受け入れた。
ちなみに彼の娘さん、名前はメロちゃんと言うらしいが……その下半身は、海と同じ色の鱗に覆われた尾鰭になっていた。つまりはそういう事だろう。
メロちゃんも歌う事が大好きで、皆を自分の歌で笑顔にしたいと言っていた。
メロちゃんは海のウタウタイだね。そう言った時のはち切れんばかりの笑顔に、私達もまた嬉しくなったりもした。
「はぁ……はぁ……」
「もう、大した事無い山道を歩くだけで息切れするなんて、体力落ちたんじゃないですか?」
私達は魔物夫婦なので、回るのは新魔物国家中心だ。中立国家にもそれなりに訪れている。
しかし、それだけでは世界中とは言えない。
だから、私達は時々反魔物国家にも訪れていた。
『それはシーンがさっき俺から激しく搾り取ったからだろ!』
「あ、あはは。それもそうでしたね」
勿論、反魔物国家では拒絶される事が多い。時には教団の人達に拘束されそうにもなった。
幸せを届けに来たのに、私達のせいで怯えてしまう人達だっていた。
それでも、私は歌った。
魔力を込めず、正真正銘私の歌声だけで、敵対する人達にも歌った。
幾ら歌おうが、聞く耳を持ってもらえない事だって少なからずあった。幸せの押し売りだと、拒絶する人だって中には居た。
それでも、私達の歌を好きになってくれる人も居た。
魔物でも奇麗な歌を歌えたんだって、私のファンになってくれた教団の人やエンジェルも居た。彼女らの許可を得て、聖歌を披露した事だってある。
まだまだ前途多難だが、私達の夢は、1歩ずつ進んでいるのだった。
「でも、仕方ないじゃないですか」
そして、私にとってのもう1つの夢も、もうじき現実になる。
「もうじき孵るこの子の為にも、いっぱい栄養を蓄えておかないとですから♡」
私の手の中には、大きな卵が抱えられていた。
そう、この卵は、私が産んだ、私とミングさんとの愛の結晶だった。
『何時頃孵るのかわかるのか?』
「何となくですけどね。時々卵の中で動いていますし、もうじき殻を破って出てきますよ」
私達は世界中の者達を幸せにしようと旅する傍ら、自分達の幸せも掴んでいた。
少し前まではポッコリ膨らんでいたお腹。今は娘が入った卵を産み落とし、殻を破るのは今か今かと温めながら待っていた。
「だから、早く出てきてね、オカル♪」
『オカル。お父さんとお母さんに顔を見せてくれよ!』
オカル。それは、私達が2人で決めた娘の名前。
いったいオカルはどんな娘になるのかな?
ミングさんと似て美形な女の子かな?
それとも、私に似て歌が大好きな女の子かな?
もしかして、かつての私の様に音痴だったりして。
そんな風にこれから産まれてくる娘に思いを馳せながら、私達は日々旅を続けていた。
「さて、それじゃあ村に……」
卵を大事に抱えながら、次の目的の村に向け足を動かそうとして……
「シーン」
ミングさんに呼び止められた。
「はい、何でしょう?」
私との度重なる交わりでインキュバスとなったミングさんは、完全に潰れていた喉の機能が一部復活した。
完全に元通りではなく、歌う事はできないし、その声も以前と違い枯れているが、それでも単語程度なら発する事ができるようになっていた。
まあ、長文は喉を傷めるので、今でも基本会話はパネルを使っており、言葉を発する時は、大体私の名前を呼ぶ時で、そしてミングさんにとって大事な事を伝える時だけだった。
だから、何か大事な用事があるのかと、私は足を止めてミングさんの方に振り返った。
「俺は、幸せだ」
真っ直ぐこちらを向き、笑顔で私にそう言葉を紡いだ。
「はい、私もです!」
私も、素直な気持ちを伝えた。
『それじゃあ、行こうか』
「はい!」
私達2人のウタウタイ……
いや、オカルを含めた3人のウタウタイ達は、世界中の者を笑顔に、幸せにするために、何時までも世界中で歌い続けていく……
ウタウタイ達が歌うウタを……
晴れ渡る青空の下、私は翼を広げて空を舞いながら、歌おうとして喉の調子を確認した。
私は歌が好きだ。聞くのも、自分で歌うのも好きだ。それは私が『セイレーン』という歌うのを愛するハーピーだから……というわけではない。
きっと私自身が他の魔物であったとしても、それどころかただの人間であったとしても歌が好きだっただろう。
聞くだけで幸せな気分になるし、歌うだけで高揚し元気になれる。そんな歌が大好きなのだ。
しかし、私は歌に対して、とてつもなく大きな問題を抱えていた。
「すぅ……あ゛ーあ゛あ゛あ゜ーぼえ゛ぇぇ……」
そう、私はセイレーンなのに歌が下手なのだ。美しい歌声を持ち人間の男性を魅了するセイレーンなのに、歌う事が下手くそなのだ。
音程もテンポもどこかおかしく、自分の歌では聞いても幸せになれないし、元気にもなれない。勿論男性を魅了するなんて以ての外だ。
歌っている自分自身は歌ってスッキリする部分はあるのだが、如何せん耳は正常なようで、自分の歌声に疑問を抱いてしまう始末だ。
「はぁ……」
歌うのを止め、思わず溜息を吐いてしまった。
小さい頃から他のセイレーンと比べて下手だという自覚はあった。周りの歌は綺麗なのに、自分の歌は汚いというか、若干の騒音混じりに思っていたところはある。というか実際、それが原因で周りから馬鹿にされた事だってある。
ただそれはセイレーンの中で下手なだけ、そう思って特別に気にしていたわけではなかった。
しかし、最近は特に酷く感じるようになってしまった。理由は明白、自分が下手なのは「セイレーンの中では」というわけでは無かった事に気付いてしまったからだ。
今までは100点満点のうち50点くらいだと思っていた自分の歌が20点だと思い知らされてしまったのだ。
「私もあんな風に歌えたらなぁ……」
それもこれも、少し前にとある街で人間の男性の歌声を聞いてしまったからだった。その男の歌声は聴くだけで幸福を感じ、元気を貰えた素晴らしい歌だ。
勿論私だけではなく、その男の歌を聞いていた他の人も魔物も皆笑顔を浮かべていた。大袈裟でも何でもなく、その男の歌はセイレーン仲間と比べてもなお綺麗な歌だった。
そんな歌を聞いた私の歌は、以前にも増して汚い歌だと感じるようになってしまった。自分の歌への自信が一切無くなってしまったのだ。
私の歌では誰も元気になれない。それこそ自分自身ですらも幸福にはなれない。セイレーンという歌に愛された種族のくせに、自分はなんと惨めな存在なんだろう……自信の無さは自虐へと変わり、負の感情で満たされてしまう。
そんな状態で歌っても綺麗な歌になるはずもなく、先程のように聞くに堪えない酷く醜い歌となる。以前はもう少しましだった気もするし、やはり気持ちの問題も大きいだろう。
「……よしっ!」
このままではいけない。このままでは私は歌が嫌いになってしまうかもしれない。それは死んでも嫌だった。
ならばどうすればいいか。その答えは明白だ。歌を上手くなればよい。
歌を上手くなるにはどうしたらよいか。その答えも明々白々だ。自分より上手く歌える人、それこそ自分が知る中で一番上手い人に教わればよい。
そう考えた私は、自然とある人物の下へと翼をはためかせたのだった。
……………………
「おはようございますミングさん!」
「はぁ……また来たのか」
元気良く朝の挨拶をした私に対し、わざとらしく大きな溜息を吐いて明らかに歓迎してませんムードを出している、目の前の人間の男性。
彼の名前はミング。私が会いに向かっていたのは彼であり、彼こそが最も綺麗な歌を歌う人間の男性だった。
「私はミングさんが歌のレッスンをしてくれるまで何度でも来ます!」
「迷惑だ」
「そんな事言わずにお願いします!」
「俺は別に先生ではない。俺はただの旅するウタウタイ、有名な歌手なんかじゃない。だから、誰かに教えるつもりもない。大体お前はセイレーン、歌のスペシャリストだ。人間の俺に教わる必要はないだろ?」
「そんな事はありません! ミングさんの歌は私が知るどのセイレーンよりも綺麗な歌でした。私もあのような、皆を笑顔にする素敵な歌を歌えるようになりたいのです!」
「そうは言ってもなぁ……何度も言うが、俺は弟子や生徒といった類は取らないし、ましてやセイレーンに教えるなんてお断りだ」
ミングさんが「また」と言ったとおり、こうして頼み込んでいるのは今日が初めてではない。彼の歌を初めて聞いてから1週間ちょっと、その間ほぼ毎日こうして頼みに来ていた。
ミングさんの言うウタウタイとは、曰くアマチュアな自分は歌手とは名乗らないからそう自称しているらしい。
しかし、私の知る限りでは、歌手を含めてもミングさんの歌声が最も心地良く、そして感情が高ぶり、幸せになる。
だからこそ、こうして何度も教えてくださいと頼み込んでいるわけだが……結局は毎度こうして断られてしまっているのだ。
でも私は諦められなかった。歌を教わるならミングさん以外はあり得ない。その想いで迷惑を承知で毎日頼み込んでいる。
「だいたいお前の歌が下手だって言うのも信じられん。からかっているだけとしか思えん」
「そんな事はありません。私は残念な程音痴な下手くそなんです! 自分で言ってちょっと空しいですが……」
だがしかし、頑なに断り続けられてしまう。それは、ミングさん自身が私の歌の下手くそ加減を信じていないからだ。
それは仕方のない事だ。セイレーンは歌が上手な種族だというのが一般的な知識だ。ましてやミングさんは反魔物国家出身らしいし、魔物の言う事を素直に信用できないのもわからないでもない。
だからこそ彼は、こう言ったのだろう。
「そこまで言うのであれば何でも良いから今ここで歌ってみなよ。勿論下手の演技をせず本気でだ」
「うぇっ!?」
彼が私の歌が下手だという事を信じていない理由はもう一つあり、単純に私が一度も彼の前では歌っていなかったからだ。下手だとわかっているから、歌の上手な彼の前で歌うのが恥ずかしかったのだ。
だが、とうとう目の前で歌ってみろと言われてしまった。下手だというのならば実際に歌って見せろというのも当たり前の事だ。
「あの……それはちょっと……」
「ほれみろ、歌わないって事はやはり嘘なのだろう?」
「そんな事はありません! 私は……」
「ならば歌ってごらんよ。今ここで、大きな声で!」
「うぅ……」
恥ずかしいから嫌だが、歌わなければ嘘吐き扱いされて一生教わる事もできないだろう。
「わかりました、わかりましたよ! じゃあ今から歌います!」
だから私は、半ばやけっぱちになって彼の前で歌う事に決めた。
「すぅ……」
息を大きく吸って……
「ぼえ゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ……」
腹の底から想いを乗せた歌を彼に歌い始めた。
「ストーップ!」
そして、10秒もしないうちに止められた。
「その、なんだ……ごめん」
「ううぅ……謝らないでください……」
ミングさんは憐みの感情を籠めた視線をスッと地面に落とし、ぼそりと謝ってきた。
「悪かったな青ハーピー。嘘吐き呼ばわりしちゃってさ」
「わかってくれましたか……って、何ですか青ハーピーって!?」
「いや、歌に魅了されないし……というか音痴だし。セイレーンではないんじゃないかなーっと……」
「うぅぅ……私はセイレーンです!」
何も間違ってはいないが、そこまで言われてしまうと正直泣きそうである。というか泣いた。
「う……あーもう悪かったって。泣くなよ、な?」
「うぅ……」
涙を流す私を見て流石に申し訳なく思ったのか、肩をぽんぽんと優しく叩きながら泣き止むように説得してくるミングさん。
「はぁ……わかった。仕方ないから歌い方を教えてやる」
「ぐす……本当ですかぁ?」
「ああ。だから泣き止め。頼むから」
そういうつもりで泣いていたわけでは決してないものの、それでも泣き止まない私に折れた形で、ミングさんはとうとう私に歌を教えると言ってくれた。
「ひっく……やったぁ……!」
嬉しさが込み上げてきて、自然と涙は止まり笑顔が浮かんだ。
「ただーし!」
私が泣き止んだのを確認したミングさんは、喜ぶ私を制止するかのように右手を掲げながら言葉を繋げた。
「お前が俺に対して魅了魔法を使用したり、発情期だからと言って襲ったりするならその時点で即教えるのを止める。場合によってはチキンソテーにしてやるから覚悟しろよ青ハーピー!」
「わかりました! ってまた青ハーピーって呼びましたね?」
反魔物国家出身らしくやはり襲われるのは困るのだろう。そもそも歌が下手なので魅了もクソもないのだが、それをしたら教えるのを止めるからなと念を押して言われてしまった。
勿論チキンソテーにはなりたくないのでそれを反故する気はない。特に発情期は正直襲う自信があるので気を付けなければ。
それと……曲がりなりにもセイレーンなので青ハーピー呼びは止めてほしい。
「ああ言ったとも。お前がまともに歌えるようになるまでお前をセイレーンとは思わん。青ハーピーだ」
「うぅ……言い返せないですしそれでいいです」
止めてほしいが……そういう事なら止める事はできない。悔しさと共に受け入れるしかなかった。
「でもミングさん、せめてお前じゃなくて名前で呼んで下さい」
「まあそれくらいなら……と言いたいところだが、そもそもお前の名前を知らん」
「あれ? 名乗った事ありませんでしたっけ?」
「あったかもしれないが忘れた」
「うぅー……」
青ハーピーなのは受け入れるとしてもせめて名前で呼んでほしい、そう頼んだらこの始末だ。
恨めしくミングさんを睨みながらも、私は改めて自己紹介をする事にした。
「私はセイレーンのシーンです。以後よろしくお願いします」
「ああ。よろしくな青ハーピーのシーン」
「……」
もう受け入れるしかない。頭でわかってても実際口にされたらやはりむくれてしまうものだ。
「そんな顔をするな。シーンの歌唱力が一定レベルまで上がればセイレーンだと認めてやるよ」
「わかりました! すぐミングさんにセイレーンだと認めてもらえるよう頑張ります!」
何時か認めさせてやる。私は心にそう決めながら、ミングさんとの歌の訓練に励んだのだった。
……………………
それからはとても大変な日々が続いた。
「あぁーあぁーヴォァあ゛ー……」
「待て。今音程が外れていたぞ。半音程高くだ」
「はい! あぁーはぁーヒィィィン……」
「ストップ。半音どころか全音3つくらい高くなったぞ。わざとじゃないよな?」
「わざとじゃありません……」
「ふっ、ならやっぱシーンは青ハーピーだな!」
「むっ……ヴォえぇぇぇ……!」
「こら、ムッとして怒りを声に乗せるな。それだとただ不機嫌をまき散らしているだけで歌ですらないぞ?」
「むぅ……わかりました」
「まあ馬鹿にしたのは謝る。だが、歌声に魔力を込める事すらままならないお前はまだまだ青ハーピーだ。言われたくなければもっと精進しな」
「うぅ……頑張ります……」
ミングさん……いや、先生の訓練は厳しく、何度か心折れそうになる事もあった。
「いいか、歌うにあたって最も重要なのは『自分の歌を聴いている誰かに何を伝えたいか』と『自分自身がその歌を好きでいられるか』だ」
「成る程……では、先生の歌は何を伝えてますか?」
「そうだな。歌によって細かい部分は少し変わるが、共通して言えるのは、例え一時であっても幸せを感じてほしいと思いながら歌っている」
「幸せ……わかります! 私の目指す歌もそれです!」
「そうか。ならまず、癖になってる他人との比較を止めな。私なんか……なんて思いながら歌っても誰も幸せにならないぞ。勿論、歌ってる本人を含めてな」
だが、同時に充実した日々でもあった。
「先生はどうしていろんな街を巡りながら歌っているのですか?」
「それはな、俺には夢があるからだ」
「夢……ですか?」
「俺は、俺の歌で世界中の人を幸せにしたいのさ。俺の歌で、今を苦しんでいる人、悲しんでいる人も皆笑顔にしたいんだ」
「それは凄く壮大な夢ですね……あれ? じゃあそんな先生の足止めをしている私ってもしかして邪魔ですか?」
「初めは少しそう思わなくもなかったが、今は違う。音痴で苦しむ青ハーピーを笑顔に変えてやらないとな!」
「先生……」
歌の訓練を通じて、私と先生の距離も少しずつ縮まっていった。
「それにな、俺の夢はシーンのおかげで少し変わったんだ」
「えっ?」
「さっきは世界中の人って言ったけど、今は世界中の全ての者……人だけじゃなく、魔物も俺の歌で幸せにしたい、そう思ってる」
「先生……」
私だけでなく、先生も少しずつ変わっていった。
「私も……私も、私の歌で世界中の全ての者を幸せにします!」
「そうか! じゃあ、尚更上手くならないとな」
「はい!」
「言ったな。俺だってまだまだだ。その夢を現実にするには、もっと頑張らなきゃな」
「はい! でも、先生の歌は今でも他人を幸せにしてますよ。少なくとも、ここに一人先生の歌で幸せになった者がいます」
「そ、そうか……」
大きな夢を掲げ、共に笑いあう私達に、種族がどうとかの考えは最早存在しなかった。
「はぁ……はぁ……せんせぇ……♡」
「おい……発情期になったら大人しくしてろって言ったよな?」
「いやぁ……発情期の方がよく歌えるとお仲間が……♡」
「いやまあ種族的に間違ってないだろうけど……覚えてるよな? チキンソテーにするぞ?」
「大丈夫れすよぉ……んっ、襲ったりしませんからぁ……♡」
「な、ならどうして俺の服をがっしり掴んで脱がそうとしてくるんだ?」
「それはれすねぇ……せんせぇをオカズにシたいだけれすよぉ……♡」
「や、止めろ! そのオカズがどの意味だとしても本当にチキンソテーにするぞ!」
「あんっ♡ そんな事言ってぇせんせぇも大きくしてるじゃないれすかぁ♡」
「これは生理現象! お前がフェロモン撒き散らしながら胸をさらけ出しているからだ! それ以上痴態を曝すならもう教えるのを止めるぞ!」
「ふぇっ!? ご、ごめんなさい! それだけはご勘弁下さい! お願いします許してください!」
「お、おう……」
時にはこんな事故未遂も起きたりはしたけれど……
「なんか一気に冷静になったな」
「そりゃ教えるのを止めるなんて言われたら劣情なんて消えますよ……」
「そうか。チキンソテーは良いんだな」
「まさか。でも、先生がそんな事するなんて思ってないので」
「えっいや……まあ、やる気があるのはわかったからこれからも教えてやる。ただし、発情期中は来るな、という約束を次破ったら本当に教えるのを止めるからな」
「はい先生! あ、でももし先生の方から襲ってきた場合は……」
「ほう……シーンの中の俺は教え子に手を掛ける奴なんだな」
「いえすみませんごめんなさい軽い冗談のつもりでした!」
「はぁ……」
それでも、先生との訓練の日々は楽しかった。
「まあ、万が一俺が襲うとしたらそれはお前が俺にテンプテーションを使ったって事だからどちらにせよ、だな」
「ああ、それなら大丈夫です。私はまだ歌で魅了する事ができないので……」
「それこそ大丈夫だ。少しずつだが、シーンの歌は上達している。そのうちお前の歌で大勢の人を魅了できるさ。勿論、淫魔法なんかじゃなくて、純粋なお前自身の歌声でな」
「……はいっ!」
楽しく、そして幸せな日々の中で、私の歌は少しずつ上達していった。
「ああぁぁー……ふぅっ」
「おおっ、良いぞ!」
「お兄さん上手だねー♪」
「流石先生!」
「どうも、ご清聴ありがとうございます」
私に指導している間も先生の歌は衰える事無く、人魔問わずその歌声で魅了し、聴いた者全てを笑顔にしていた。私の知るセイレーンの誰よりも魅力的な歌で、その場にいる者達を皆幸せな気持ちにしていた。
私も何時か先生のように歌うんだ……
先生の歌を隣で聴く度に、私はそう強く決心した。
その想いを持って、私は先生の厳しい訓練をこなしていった。
「あぁー……はあぁぁぁぁ……♪」
「……よし。良いぞシーン。始めと比べたら随分と上達したじゃないか」
「やった! 先生のおかげです!」
訓練を始めてから一年以上。その甲斐もあり、私の歌はセイレーンの中でも平均程度までには上達したのだった。
「まあ、喜ぶにはまだ早いけどな。俺から言わせればお前はまだ青ハーピーだ」
「むぅ……まだ言いますか……でも良いです。あっという間にセイレーンだって認めさせますから!」
「そうか。じゃあ頑張れ!」
それでも、まだまだ先生には認められてなかった。
けれど、それでも良かった。
このままずっと、それこそ先生と並べる程になるまで、いや、なってからもずっとこうして先生と一緒に歌って、世界中の全ての者を笑顔にしていきたいから。
その夢が叶うまで、ずっと先生と歌っていきたかったから。
「はい、頑張ります!」
だから私は、元気に頑張ると返事をした。
この時はまだ、その夢が永遠に叶わないものになるなんて、これっぽっちも思っていなかったから。
……………………
それは、ある肌寒い日の事だった。
「ふんふんふーん♪」
私は上機嫌で鼻歌を奏でながら、何時ものように先生の泊まる宿へ向かって灰色の空の中を飛んでいた。
「ふんふふんふーん……おりょ?」
その道中、何時もはただ通り抜ける街の広場にある掲示板の前で、珍しく多くの人が集まってざわついているのを見掛けた。
「どうかしましたかー?」
「んっ、おっとシーンちゃんか」
何時もは掲示板など気にせずまずは先生の下へ向かうのだが、流石に気になったので私は人集りの近くに降り立った。
「いやな、どうもこの付近に勇者を名乗る不届き者が現れたらしくてな」
「勇者……ですか?」
掲示板には一枚の紙が貼り出されており、そこには『勇者出没注意!』と赤い文字でデカデカと書かれていた。
文字の下には、目撃者の証言から得られた情報を基にリャナンシーさんが描いた人相も描かれている。
その勇者は、ボサボサな銀色の短髪、目つきの悪い翠色の瞳で、頭には銀の兜、首から十字架の首飾りをぶら下げている男のようだ。
「勇者って、神に力を与えられた強い人の事ですよね?」
「ああ。どうやらその強い人が昨晩この街の門番を襲ったらしい。ラタトクスの情報だから間違いないよ」
「ええっ!? この街の門番さんって男性の方ですよね。勇者って同じ人間も襲うのですか?」
「だから不届き者さ。本物であればそんな強盗紛いの事なんてしないさ」
どうやら昨晩この街の門番数名が勇者と名乗る人に襲われたようだ。襲われた人達は幸いにも命に別状はないらしいが、それでも大怪我を負ったらしい。
襲われた門番達が全員インキュバスなら魔物と見做された可能性もあったが、中には魔物と結婚していない人間も居たみたいだ。この街は新魔物国家に所属する街だし、区別せず皆敵と認識された可能性もあるらしい。だから魔物は勿論、人間も要注意との事。
「嫌だわねぇ。早いとこ捕まってくれないかしら」
「これじゃおちおち広場で猥談もできないわねぇ……」
「娘にも気を付けるように言っておかなくちゃねぇ……」
注意書きを見た人達がざわざわと不安を口にする。
その勇者はパーティーを組まず単独で門番複数人を倒したらしいので、かなり強いのだろう。もし遭遇してしまえば、私では抵抗すらできずやられてしまうかもしれない。
「うーん、なるべく家に居ろと言われてもなぁ。帰りにバッタリなんてこともありそうだしなぁ……」
そんなのがこの街に潜伏しているかもしれないという事で、解決するまで外出は控えるようにとも書かれていた。
しかし、私の家は街の外にあり、この中央広場から戻るとしたら結構な距離だ。勇者と言えど空は飛べないだろうし、なるべく上空を飛んでいれば大丈夫だと思うが、それでも万が一という事もある。
「そうだね。なら、ここからならミングの兄ちゃんが泊っている宿の方が近いし、宿の主人に事情を話してそっちでジッとしてなよ」
「そうですね。それにもし先生がこの事を知らないとしたら伝えた方がよさそうですしね」
「だな。シーンちゃんも気をつけなよ」
「はい!」
その点ここから先生の居る宿までは5分も掛からない。絶対に遭遇しないとは言わないが、少なくともこちらに向かう方が安全だ。
だから私はこのまま先生の所へ向かう事にした。
「大丈夫かなぁ……」
なるべく空高く舞い上がり、鼻歌を奏でるのはやめて先生の下へと飛んでいく。
「おっこんにちはシーンちゃん……おや、なんだか今日はいつもより恐い顔をしているねぇ」
「こんにちは」
私は先生が泊っている宿の入り口に降り立ち、宿屋の主人と挨拶を交わした。
「どうやら勇者を名乗る不届き者が現れて、この街の門番さんが襲われたそうです」
「おや、それは大変だねぇ」
「家から出ない方が良いとの事ですが、私はここまで来てしまったので暫く先生のところに匿ってもらおうと思いまして。勿論、宿の代金はお支払いします」
「勿論構わないよ。緊急事態だし、ミングさんの部屋に居るなら宿代も要らないよ」
「ありがとうございます!」
宿屋の主人の厚意で、暫くの間先生の部屋に滞在する許可を貰ったので、私はルンルン気分で先生の部屋へと向かった。
だが……
「失礼します。先生、どうやら不届き者が街に出たようなので暫く匿って……あれ?」
部屋の中に先生は居なかった。
「どこ行ったんだろう?」
部屋や私物は整理されているので、慌てて出て行ったという訳ではなさそうだ。
しかし、特に書置きなども無く、特に外出するような事も言われてはいなかったので、何処に行ったのかは全くわからなかった。
「あー、ごめんシーンちゃん。ミングさんから言伝を預かってた!」
「え?」
部屋の中で途方に暮れていたら、宿屋の主人が慌てて部屋まで来て、先生から預かっていた言伝を教えてくれた。
「学び舎の子供達に歌ってくれと依頼された。長引いて戻るのが遅くなったら部屋で待つようにって」
「そうでしたか……」
先生は私に歌を教える為に長くこの街に滞在している。
勿論この街住まいではなく、このように宿を借り続けているわけで、その分滞在費は必要となる。
私も講習料は出しているが、先生はそんなに多くを求めていないので、生活するには足りていないだろう。
だから、費用を稼ぐため、先生は路上でパフォーマンスを行ったり、今の様に誰かの依頼を受けて歌を披露して稼いでいるのだ。
「でも、不届き者の件もありますし、私がパーッと迎えに行ってきます」
「ええっ、それだとシーンちゃんが危ない気が……」
「相手は勇者であれ人間です。空高く飛べば問題ありませんよ!」
素直に待っていても良いが、不届き者の事もあるし、もし遭遇でもしてしまえば先生が襲われてしまうかもしれない。
本来は一人で渡り歩いているだけあって先生の腕っぷしは意外にも立つが、それでも不届き者が本当に勇者であれば一方的にやられてしまうと思う。
だから私は宿屋の主人の制止を聞かず、先生を迎えに再び空へと舞い上がった。
……………………
「んー……」
宿から学び舎までの間を重点的に上空から先生を探す。
念の為に高度を維持しているので、人も魔物もその姿は豆粒程度にしか確認できないが、それでも先生だけは見つける自信があるので問題無い。
「先生はまだ学び舎かなぁ……」
しかし、道中でそれらしき人を全く見掛けないまま学び舎付近まで来てしまった。
この街の学び舎と言えばここしかないので、先生が余程大きく道から逸れていない限りは見つけられたはずだ。
という事は、まだ先生は学び舎で子供達の為に歌っているのかもしれない。それなら邪魔するわけにはいかないし、遠くから窓越しに覗こうかと、学び舎に並び立っている木の上に降りようと少しずつ降下し始めた。
「ん?」
そうして降下している途中で、大きな屋根があって見えていなかった学び舎の入り口に、何人かの人影が集まっているのが目に入った。
「あ、先生みっけ」
その人影の先頭に、先生が手を広げながら立っていた。
どうやら丁度学び舎から出てきたところのようだが……
「ん……?」
どうも様子が変だ。
先生の後ろに居る影は小さいので、おそらく学び舎の子供達だろう。人間だけでなく、勿論魔物も混じっているが、どことなく小さな身体を更に縮こまらせているようにも見える。
そして、両手を横に広げている先生の姿は、まるでその子供達を庇っているようにも見えて……まだ表情こそ見えないものの、なんとなく緊張を感じとれた。
どことなく嫌な予感がしたので、降下を緩めてもう少し周囲の様子を旋回しながら確認してみた。
「何か……」
少し角度を変えて地上を見ると、先生達の視線の先に、1人の人間が立っているのを見つけた。
まだ少し遠いのでハッキリとは見えていないし、声も聞こえてこないが……その者は、腰から下げている何かに手を掛けながら、何かを先生達に訴えているように見えた。
「あっ!」
そして、その者は……腰に下げていた大剣を引き抜き、先生達目掛けて駆け寄り始めた。
もしかしてこの人間こそが、例の不届き者なのではないか。
そう考えた私は、瞬間、先生達に襲い掛かる人間目掛け、急降下を仕掛けた。
「成敗!」
「ぐっ、皆、急いで建物の中に……!」
グングンと地上へ近付くにつれ、状況がハッキリとわかるようになってきた。
ボサボサな銀色の短髪、目つきの悪い翠色の瞳で、頭には銀の兜、首から十字架の首飾りをぶら下げている人間の男は、明確な殺意を持ちながら、小さな子供達を庇うように立ち塞がる先生に向けて剣を振り上げていた。
このままでは先生が斬られてしまう。それを阻止する為、私は爪を伸ばし、斬り掛かろうとする不届き者の背中目掛けて蹴りを繰り出した。
「たああっ!」
「ぐあっ!?」
上空からの急降下キックは見事不届き者の背に当たり、地面に叩きつけると同時にその衝撃で手から離れた大剣を突き飛ばした。
「えっ……シーン?」
「はい。無事ですか先生?」
「あ、ああ……」
突然現れた私に、先生は状況が飲み込み切れずにポカンとしていた。
私は先生を護れた事に安堵し、不届き者を踏みつけているのを気にせず先生に微笑んだ。
「なんでここに?」
「不届き者が出たと注意喚起されていたので心配して迎えに来ました。多分足下のこの人の事ですね」
「そうだったのか……」
宿で待っているようにと伝えてあったのにここに居る私を不思議に思ったのだろう。
私はその理由を簡潔に説明したら、やはり知らなかったようで、どこか納得したように頷いた。
「不届き者だと……?」
と、私の言葉に、足下の不届き者本人が反応を示し……
「ふざけるな!」
「きゃっ!」
上に乗る私を弾き飛ばし、ガバッと勢い良く起き上がった。
「シーン!」
「私は主神直々に力を与えられた勇者だ。それを不届き者だと……ふざけた事を抜かすな、汚らわしい魔物風情が!」
弾き飛ばされて地面に転がる私に対し、そんなつもりはなかったが、侮辱されたと認識した自称勇者が怒りを露わにし……
「成敗!」
「ひっ」
転がった痛みでその場で尻込みしているだけの私に向け、その手に持っていた大剣を振り下ろした。
咄嗟に避ける事ができる状態にない私は、次の瞬間に襲い掛かるであろう痛みを想像し、思わず目を閉じ身体を強張らせた。
「ぐああっ!」
「え……?」
しかし、私が斬られる事は無かった。
「先……生……?」
耳に届いた悲鳴に目を開けると、すぐ目の前には顔を歪ませた先生が、私に覆い被さるように自称勇者との間に割り入っていた。
「先生!」
「くっ、魔物を庇う罪深き者が。邪魔をするな!」
倒れ込む先生を受け止め、背中に翼を回したら……私の青い羽毛の先端に、真っ赤な液体が付着した。
そう、先生は、私を庇う為に咄嗟に駆けつけ、私の代わりに背中に凶刃を受けてしまっていた。
「い……いや……わっ!?」
「シーン、逃げろ……!」
「せ、先生も一緒に……」
「早く! そして憲兵を!」
「は、はいっ!」
先生は痛みに耐えながら、先生の血を見てパニックに成りかけた私の身体を更に突き飛ばして遠ざけ、憲兵を呼ぶよう指示を出す。
先生を助ける為、自称勇者を取り押さえる為に、一刻も早く憲兵を呼ぶ必要があった。
先生の指示を聞いた私は、間髪入れずに強く空を斬り上空へと舞い上がった。
「急がなきゃ……!」
正直、怪我を負った先生をここに置いていくなんて嫌だった。今この瞬間も、より怒り狂った自称勇者は先生を斬り殺そうと大剣を振り回している。
先生は懐に隠していた護身用のナイフを取り出し、何とか受け流しているが、初手で大怪我を負わされて先生の動きが鈍いうえ、相手が本当に加護を受けた勇者ならば万全であったとしても時間の問題だ。
先生が死ぬなんて事は、絶対にあってはならない。
そんな最悪な未来予想を風に流すように、私は目を開くのも難しい程の速度で、憲兵を呼びに飛んだのだった。
……………………
「あ……あぁ……」
結論を先に言うならば、先生は死なずに済んだ。
「そ、そんな……」
だが、無事ではなかった。
「なんで……こんな……」
命があるから良かった。
そんな事、口が裂けても言えない。
「せんせぇ……」
私が憲兵を呼びに大急ぎで飛んでいる間、先生は独りで必至に抵抗していた。
学び舎の先生達の中に戦いが得意な者はおらず、何時自分達の方へ襲ってきても子供達を護れるように盾になるのが精一杯だった。
だから、同じく戦いが得意ではない先生独りで勇者の相手を続ける破目になってしまっていたのだ。
戦闘能力に大きな差があるのだ。無事で済むわけがない。
私が憲兵と共に駆けつけた時、先生はボロボロにされていた。
全身余す事無く切り刻まれ、炎の魔法でも喰らったのか所々焦げていた。頭や喉から流れ出る血液と共にそんな先生を見た私の頭は真っ白になり、それでも冷静に病院まで大急ぎで運んだ。
あと数分病院に駆け込むのが遅かったらどうなっていたか……そのくらいギリギリだったようだ。
その結果、先生は一命を取り留めた。
だが……先生の命とも言えた、皆を笑顔に変えるあの歌声は、失われてしまった。
喉からも流血していたので嫌な予感はしていたが、喉を斬られ、挙句焼かれた事で、懸命な治療空しく、先生は声を出せなくなってしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさい先生……」
意識を取り戻した先生の胸元で、ボロボロと涙を流しながら謝り続ける私。
その頭に、ぽんっと優しく手を乗せ、ゆっくり撫でる先生。それは、お前が気にする事じゃないとでも言わんばかりだった。
「だって、私が……」
私が勇者を踏みつけた後、呑気にそのまま突っ立っていたから突き飛ばされ、結果的に先生が斬られてしまう事になったのだ。
私のせいで、先生が声を、歌を失ってしまったのだ。
私が、先生の夢を……
奪ったのだ。
「……」
自己嫌悪に陥る私の頭を優しく撫でてくれる先生。
本心から私を慰めてくれているのは、その掌からも伝わる。
それでも、私の心は晴れない。晴れるはずがない。
私はこの人から貰ってばかりだったというのに、私はこの人から大事な物を奪ってしまったのだから。
「……」
何時までも泣きじゃくりながら謝り続ける私の頭から手を離し、近くに置いてあった紙とペンを取り、不意に何かを書き始めた。
そして、暫くして書き終えたと思うと、グイと私の顔を身体から離し、何かを書いた紙を見せてきた。
そこに書かれていたのは、私への言葉。
『確かに、俺の夢を俺が叶える事はできなくなった』
『だが、潰えたわけじゃない』
『シーン、お前さえ良ければ』
そこに書かれていたのは……
『歌で世界中の者を幸せに、皆笑顔にする夢を、受け取ってくれないか』
先生から私への、夢を託すという言葉。
「……」
「先生、私は……」
その言葉を見て私は、流れ落ちる涙を羽で拭き取り……
「私が、先生の歌になります! 私が先生の……ミングさんの声となり、夢となり、歌となります!」
その夢を受け継ぐ事を、力強く宣言した。
「ですが、私はまだまだ青ハーピー。だから、これからも私に、ミングさんの歌を教えてください! 先生の歌に対する想いを、夢を、希望を、全てを私に教えてください!」
そして、そのためにも、私にミングさんの歌の全てを教えて下さいと、真っ直ぐその茶色の瞳を見ながら、私は頼み申した。
私の言葉を聞き、ミングさんは別の紙にペンを走らせ、会話を続けた。
『厳しくても、辛くても、決して逃げ出さないか?』
「勿論です!」
『生半可な覚悟では決して叶わない夢だ。それでも、決して諦めないか?』
「はいっ!」
紙に書かれた問いに、私は力強く頷いた。
『わかった』
それだけ書いた後、髪とペンを放り投げて……
なら教えてやる。俺の歌の全てをシーンに!
私の肩をガシッと掴み、熱い眼差しを真っ直ぐ私の目に向けるミングさん。
言葉を発していないが、彼の手に込められた熱と、今までで一番真剣な眼差しに、私は先生にそう言われたような気がした。
私も無言で、その夢を果たす事を胸に誓い、真剣な眼差しで先生に返したのだった。
……………………
こうして、私達の訓練は再開した。
「あーああー……いたっ!」
「……」
「な、なんですか先生、そんな怖い顔をして……」
『今の歌、確かに上手くは歌えていた。だが、気持ちが全然籠っていない』
「そ、それは……そのとおりです。歌うのに慣れて、ただ歌っているだけでした」
『わかれば良い。そんな歌では誰も幸せにできないぞ』
「はい!」
『よし。ではもう一度』
「すぅ……あーぁあ、ああぁああ……ふにゃっ! こ、今度は何ですか?」
『心は確かに籠っていた。が、今度は声量やリズムが崩れていた。油断すると音痴だった頃の癖が出てくる点に注意しろ』
「は、はい先生!」
それは、全てを教えて下さいと言った手前、以前とは比較にならない程厳しい訓練だった。
「あの先生……この紙は何です?」
『隣町で開催される歌唱大会の応募用紙だが?』
「大会って……もしかして、私が参加するのですか?」
『それ以外に誰が居る? まさか筆談している俺が参加するとでも?』
「い、いえ……しかしそのパネル便利ですね。思った事を直接文字として浮かび上がるマジックアイテム。お陰で意思疎通がし易いですし」
『お前のファンになったグレムリンには感謝だな。それはそれとして、参加する気はあるか?』
「はい! 先生に教えてもらった全てを活かし、優勝を目指します!」
『良い返事だ。もし、この大会で見事優勝を果たしたら、青ハーピーは卒業、シーンをセイレーンだと認めてやるよ』
「本当ですか!? よーし、頑張るぞ!」
だが、そのお陰で、私の歌唱力も、以前とは比較にならない程メキメキと上達していった。
「やりました先生! 優勝しました!」
『ああ、見ていたさ。おめでとう!』
「ありがとうございます! もう嬉し過ぎて顔がにやけっぱなしです!」
『それは構わん。だが、慢心だけはするなよ。そして、小さな大会での優勝で満足せず、もっと上を目指すんだ』
「はい先生! もっと上を目指しこれからも精進します!」
だからこそ、こうして私は、小さなものとはいえ、とうとう大会で優勝できる程の歌唱力を身に着ける事ができた。
『ああ。ま、そうは言っても、今日くらい素直に喜びはしゃいでも良いぞ』
「はーい! ぃやったー! 私、歌の大会で優勝できたんだー!」
『そうだ。だからシーン、お前はもう立派なセイレーンだ』
「あ……そ、そっか。えへ、えへへへ……ぐすっ……」
『お、おい、突然泣き出してどうした?』
「ら、らって、ずっと歌が下手で皆から馬鹿にされて……ひっく、先生にも青ハーピーって言われ続けて……ぐすっ、ずっと悔しくて……れも、れも、やっと認めてもらえて嬉しくて……うぅ、うわああああぁぁぁん!」
「……」
「わあああぁぁぁぁ……」
そして、ようやく先生に認められて、私は嬉しさのあまり大粒の涙を流した。
「あぁー、ああ、ああぁぁああ〜……どうでしたか、先生」
『うん。完璧だ。見事俺の全てを継ぎ、そして超えてくれた。人間は勿論、セイレーンにだってシーンより歌の上手い者は居ない。そう自信持って言える程だ』
「ありがとうございます! 先生にそう言ってもらえて、私は嬉しいです!」
その嬉しさと涙を糧に、私はより精進していき……私はようやく当時の先生を超える歌唱力を身に着けたのだった。
とはいえ、もしも、先生が今でも歌えていたならば、きっと今の私よりも上手かったと思う。
失われて7年経過した今でも、先生の歌は耳に残り、私の心を幸せにできるのだから。
いや、もしもの話をしてまで先生と比較し、自分を下卑る必要はないか。
私は私の最高の歌で、世界を相手に戦うだけだ。
『そうか。よし、後はコンディションをキチンと調整し、今度の世界大会でシーンの歌を文字通り世界中の者に披露するだけだ』
「はい。目指すは優勝です!」
『そのとおり。まずは大会での優勝だ』
そう、私は今度、世界規模の歌唱大会に参加する予定だ。
ここまで幾度となく大会を優勝し、多くの者の心を掴んだ事を認められ、大会の運営側から招待されたのだ。
今までとは比べ物にならない程の大きな大会を前に、私は流石に緊張していた。
『そして……』
「優勝は通過点。私達の夢は、この歌で世界中の人々を笑顔にする事。世界中の人々に幸せを歌に乗せて運ぶ事です!」
『そうだ。ようやく、夢への第一歩を踏み出す時が来たんだ!』
「はい!」
だが、もしもこの大会で優勝を果たしたなら、会場に居る全員を幸せにできれば、私達の夢に大きく近付く事ができる。
夢の為に、私はここまで頑張ってこれた。度重なる厳しい訓練にも耐え抜き、只管に歌唱力を身に着けてきた。
だからこそ私は、優勝に向け出来得る限りの事を全力で行った。
先生との……ミングさんとの誓いを果たす為に。
それと、今まで先生と呼び続け、胸の内に隠してきたミングさんへの想いを伝える為に。
……………………
そして、大会当日。
私は、今までの糧を全て出し切り、決勝戦の結果発表の場に、緊張で破裂しそうな程鼓動を高めながらも立っていた。
「世界一の歌姫、その称号と栄光を手にしたのは……」
司会者のアナウンスが告げた優勝者は……
「エントリーナンバー320番! セイレーンのシーンさんです!」
私。
「えっ……ええっ! やったーっ!」
初めは実感が湧かず、名前を呼ばれてもポカンとしていたが、徐々に優勝した事に気付き始め……アナウンスされてから数秒後に、私は翼を広げ喜び舞った。
「では優勝者のシーンさん、今の気持ちなどコメントを!」
「はい! では……」
壇上に登り、優勝インタビューを受ける私。
「えー、この大きな舞台で優勝を飾れ、とても嬉しいです。これで、夢の第一歩を踏み出せました!」
「大会の優勝が夢の第一歩、ですか?」
「はい。私には、いえ私達には、大きな夢があります」
大勢の人に見られ、かなり緊張しながらも、私は今の気持ちと、私達が掲げる夢を、舞台裏で聞いているミングさんも含めた全員に語り始めた。
「実は私、昔は酷い音痴でした。セイレーンであるにも関わらず歌が下手で、仲間からも馬鹿にされていました」
「なんと、それは意外ですね」
「それが嫌で、悔しくて、でも歌を嫌いになりたくなくて、素敵な歌声を持った人間に歌を教わろうと押しかけました。それが、今の私の先生です。先生は、私の歌を世界一にまで押し上げてくれました」
長いようで、短いようで、やっぱりここまで長かった道程を思い出しながら、私は語る。
「その先生は、自身の歌で、世界中の全ての者を笑顔に、そして幸せにしたいという夢を持っていました。しかし、先生の歌は、突如奪われてしまいました」
あの事を思い出すと、今でも胸が苦しくなる。
「そんな先生の歌を、夢を、私は継いで、今ここに立つ事ができました」
それでも、あの事件があったから、今の私が居る。
「私は先生の、そして自分自身の夢……世界中の者を笑顔に、幸せにする為に、これからも世界中を廻り、歌っていきたいと思います!」
そして、これからも、夢を叶える為に、私達は歌い続ける。
「世界一の歌姫、いえ、2人のウタウタイとして!」
幸せを運ぶ、ウタウタイ達として……
「それは素晴らしい夢ですね、ぜひ頑張って下さい!」
「ありがとうございます!」
「では会場の皆さん、世界一の歌姫、いえ、幸せを運ぶウタウタイ、シーンさんに盛大な拍手を!!」
会場の外にも響き渡る程の大きな歓声と、鳴り止まない拍手に包まれながら、私は大きくお辞儀したのだった。
……………………
『おつかれ、シーン。優勝おめでとう』
「えへへー♪」
喝采に包まれながら私は舞台から降り、用意された控室に戻った。
「私がここまでこれたのは、先生のお陰です。今までありがとうございました! そして、これからもよろしくお願いします!」
そこには、優しい笑顔を浮かべ、私をねぎらうミングさんと2人しか居ない。
大勢の人達の喝采も嬉しかったが、一番身近な先生に褒めてもらえたのが、なによりも嬉しかった。
『その事なんだが……2人のって事は、俺も一緒にって事だよな?』
「はい。嫌とは言わせませんよ?」
『いや、俺の夢でもあるわけだし、勿論嫌ではないが……』
そして、いよいよもう1つの本題に入る。
下手すれば大会の決勝よりも緊張しているが……思い切って行動に出た。
『だが、俺がシーンに教えられる事はもうないぞ?』
「何言ってるんですか。もう一つ、あるじゃないですか」
そう言いながら、私はミングさんの正面に立ち……
「んっ……」
「!?」
不意をつくように、声を発する事の無いその唇を奪った。
「先生……いや、ミングさん」
唇を離し、驚きの表情を浮かべ固まっているミングさんに……
「私は貴方が大好きです。私に愛を、女としての幸せを教えて下さい!」
私は、自分の気持ちを伝えた。
「これからは、先生と生徒としてだけでなく、夫婦として私と共に居て下さい」
頭を下げ、翼の先をミングさんに伸ばした。
「……」
少しの間、沈黙が流れる。
その間も私は、飛び出しそうな程暴れる鼓動に身体を震わせながら、目を瞑ってただジッとミングさんの返事を待ち続けた。
「……」
そして……
「あっ……」
伸ばした翼の先端が、暖かなミングさんの掌に握られた。
パッと顔を上げると、もう片方の手で例のパネルを持ち上げていた。
『俺も、1人の女性として、シーンが好きだ。俺で良いのならば、よろしく頼む』
そう書かれたパネルを持つミングさんの顔は真っ赤に染まり、照れくさそうに笑っていた。
「ミングさん!」
想いが伝わった嬉しさに、私は握られた手を引き寄せ、そのままミングさんに抱き着いた。
「すぅ……」
そのまま、ミングさんの耳元で呼吸を整え……
「ぁあああー♪」
ミングさんにだけ聞こえるように小さく、それでいてお腹の底から歌い始めた。
そう、ミングさんにだけ捧げる、かつては歌う事のできなかった、私の「特別な歌」を。
「!!」
私を通し、セイレーンという種族に詳しくなったミングさんは、私が今何をしているのかわかっているだろう。
少し慌てた様子を見せるが、しかし私を引き離そうとする事はせず、むしろ何かを覚悟したかのように、私をギュッと強く抱きしめた。
特別な歌とはいえ、まだ歌い出しで、しかも初めて聞かせたのだ。まだまだその効果は全然発揮しておらず、嫌ならば問題無く拒絶する事だって可能だ。
だが、ミングさんは拒絶するどころか、受け入れる姿勢を見せた。
私はそれに気を良くし、より想いと魔力を込めた歌をミングさんに聞かせ続けた。
「あぁあー……あっ♪」
暫く歌い続けていると、ミングさんが動き始めた。
私を強く抱きしめていた手が緩んだと思えば、翼を通す為に広くなっている袖口から手を入れ、優しく背中を撫で始めた。
初めて好きな人に直接肌を触られて、性感帯でもないのに撫でられた場所が甘く痺れ、私は歌う声に小さく嬌声を混ぜる。
「ああぁ……んっ」
私も溜らなくなり、もっと触りやすくなるよう、着ていた服の前面を開けさせた。
ハーピー属は揃いも揃って腕が翼になっており、爪先は器用とは言い難い。それ故に着脱が容易な服を着ているのだが……こういう時にすぐ脱げるのも、大きな利点と言えるだろう。
「あっ、ああっ♪」
空気に晒された、緩い膨らみ。その先端に付いた、小さな突起。
それを目にしたミングさんは背を撫でるのを止め、優しく繊細にその膨らみに触れ始めた。
ミングさんの指先がピンと突起を弾く度に、私は淫らに喘いでしまう。
「あっあぁっ、あぁん、んん……♪」
喘ぎすらも歌の一部と化し、より深く染め上げる。
何時しか触れるではなく、撫でるでもなく、私の胸を揉み始めたミングさん。
指がなだらかな乳房を押し、乳首を指先で転がされ、より歌は淫らになっていく。
そして、息を荒げ、夢中で胸を揉むミングさんの股下は、大きな膨らみが生じていた。
それを目にした私は、ビクンと跳ねる身体をなんとか抑えつつ、爪先をズボンに引っ掛け、一気にずり下した。
「ああぁ……あはぁ……ん♪」
勢い良く飛び出したのは、発情期の中で想像していた物以上に硬くて立派な、ミングさんのおちんちん。
ピクピクと痙攣するおちんちんの先端からは透明な液が滲み出ており、薄いながらもミングさんの精の匂いが私の鼻腔を擽り、気分を高揚させる。
「!?」
ミングさんのおちんちんを、私の羽先で擦る。手とは違い強弱を付けて扱いたりはできないが、その代わりに私ができる翼扱き。
亀頭やカリ首を柔らかな羽で撫でる時に得られる快感は手扱きよりも優しく、それでいてジワリと込み上がってきて、得も言えぬ物があるらしい。
「あぁ……ふぁぁ……っ♪」
これは私の父から聞いた話だったが、ミングさんも同じように感じているらしく、熱い吐息を吐きながら、腰を震わせていた。
羽を濡らす粘液も多くなり、匂いも濃くなっていく。
おちんちんも更に熱くなり、大きく膨らみ、はち切れんばかりになっていた。
「ぁ……ふふ……♪」
「……」
このまま羽の中でイかせるのも悪くはない。
でも、折角の初めてなのだから、やっぱり一緒にイキたい。
そう考えた私は、ミングさんのおちんちんから羽を離し、少し物足りない表情を浮かべるミングさんの身体を優しく包みこみ、床にゆっくりと寝かせた。
「あっ……♪」
「!!」
私はミングさんを跨いで上に立ち、履いていたスカートと下着を外した。
瞬間、むわっと立ち込める蒸気と共に、粘液に蒸れた一本の筋が露わになる。
気持ちの高鳴りに特別な歌、そしてこれまでのお互いの愛撫で、私は既に受け入れる態勢が整っていた。
つぅ……と滴り落ちる愛液に釘付けになるミングさん。
お預けを喰らったおちんちんは、濡れそぼったおまんこに入りたいと、力強く真上を指していた。
「あぁぁ……挿れ、ますね……♪」
待ちきれないのは私も同じ。これ以上の愛撫は不必要だ。
私は特に焦らす事も無くゆっくりと腰を下ろし、ミングさんのおちんちんを羽先で調節し、自身のおまんこに宛がった。
互いの粘液が触れ、くちゅりと音を鳴らした。
「んんっ、あぁぁぁあっ……♪」
そして、ミングさんのおちんちんを、私の膣内へと沈めた。
今までずっと心の奥底に秘めていた、欲しかったモノが挿入ってきて……根元まで沈めると同時に、私は絶頂した。
「……!」
「あぁぁあああっ♡」
そして、限界が近かったミングさんも、根元まで挿入ると同時に射精した。
ドクッドクッと勢い良く私の子宮目掛けて射出されるミングさんの熱い精。
それはどんなものよりも甘美で、私の脳をとろけさせる。全身で喜びを感じ、ミングさんの上で弓形に仰け反り、ミングさんの腰と同調するように、身体を大きく震わせた。
熱い子種汁に満たされ、結合部から漏れつつありながらも、もっと絞り出そうとおまんこは意思とは無関係に締まり、歌はより過激に盛り上がっていく。
「あぁん、ふぁぁぁあっ♪」
暫くしておちんちんの震えは止まり、射精も落ち着く。
だが、私の膣内に挿入ったままのおちんちんはまだまだ硬さを保ち、萎える様子が無い。
勿論、私もまったく満足していない。硬いままのおちんちんを挿入したまま、私はミングさんのお腹の上に翼を付き、腰を振り始めた。
「あっ、あっ、あぁっ♪」
腰を激しく動かし、ミングさんのおちんちんを膣内で揉みくちゃに搾る。
ミングさんも快感を貪ろうと、私の下で腰を突き上げていた。自分の意思とは関係なく動くおちんちんは、的確により気持ち良いところを擦ってくる。おちんちんが齎す気持ち良さは、自分の爪先や玩具なんかとは比べ物にならなかった。
「ふぁっ、あぁ、あぁああっ♪」
亀頭が膣襞を掻き分け、私の愛液とミングさんの精液が混じった物が漏れ出て、私のお尻やミングさんのお腹を濡らす。
腰を打ちつける度に、水音の混じった淫猥な伴奏が響き、妖艶なコンサートは盛り上がる。
「っ……!」
「あぁ、ふぁあああっ♪」
ミングさんの動きがより激しくなり、先端が子宮口を突き上げる。
強く一突きする毎に、歌に大きな喘ぎ声が混じる。再びイキそうになり、頭に白い靄が掛かり、目の前がチカチカとし始めた。
そして……
「!!」
「あぁっ、あっ、ああっ、ふぁあぁ……ぁんっ♡」
ズンッと一際大きく打ち付けられると同時に、おちんちんは再び脈動し、子宮内に直接熱い粘液が注ぎ込まれた。
私もまた翼を大きく広げ、身体をピンと強張らせ……イッた。
「ふぁぁ、ぁぁ、ふぁぁああっ♡」
天にも昇ってしまいそうな絶頂に、私は歌とも嬌声ともわからない声を漏らしていた。
同時に口から涎も垂れ落ち、既に互いの汗と体液でベタベタになっているミングさんの胸部へ掛かる。
ミングさんはそれに嫌な顔もせず、それどころか惚けた表情で射精の快感に浸っていた。
きっと、私も同じ顔をしているだろう。
「ふぅー、ふぅー……♡」
やがて射精も止まり、私の絶頂も少しずつ引いてきた。
肩で呼吸しながら、心と身体を落ち着かせる。
「んっ……♪」
まだまだヤりたい気分だが、初めてで激しくしたのもあり、ミングさんに疲れの色が見えたので少し休憩を入れる事にした。
少しだけ柔らかくなったおちんちんを抜き、そのままミングさんの上に倒れ込む。胸が密着しているので、ミングさんの呼吸や鼓動を感じる。
栓が抜けたおまんこからは、白くドロドロとしたものがつぅーっと零れ出ていた。
「はぁ……はぁ……んんっ♡」
蕩けたまま荒い呼吸を繰り返す私達は、お互いの顔を見て微笑みあった後、静かに唇を重ねたのであった。
……………………
「ミングさーん、こっちこっちー!」
それから、私達は宣言どおり、世界中を歌いながら旅していた。
時には大都市を、時には大海原を、時には小さな辺境の村を渡り歩きながら、多くの者達に私の歌を披露して回っている。
私達の歌を聴いた者達は、皆笑顔になってくれていた。
中には絶望している人も居たが、私達の歌で少しでも元気が出て、また明日を生きようとしてくれた。
「ほらほら、次の目的地が見えてきましたよ!」
私達の歌を聞いて、老若男女に人魔問わずファンになってくれた者達も大勢居た。
その中には、かつてミングさんの声を奪った男とその娘も居た。
勿論彼から謝罪を受けた。私は少し複雑な気持ちだったが、当のミングさんが笑顔で許していたので、私もその謝罪を受け入れた。
ちなみに彼の娘さん、名前はメロちゃんと言うらしいが……その下半身は、海と同じ色の鱗に覆われた尾鰭になっていた。つまりはそういう事だろう。
メロちゃんも歌う事が大好きで、皆を自分の歌で笑顔にしたいと言っていた。
メロちゃんは海のウタウタイだね。そう言った時のはち切れんばかりの笑顔に、私達もまた嬉しくなったりもした。
「はぁ……はぁ……」
「もう、大した事無い山道を歩くだけで息切れするなんて、体力落ちたんじゃないですか?」
私達は魔物夫婦なので、回るのは新魔物国家中心だ。中立国家にもそれなりに訪れている。
しかし、それだけでは世界中とは言えない。
だから、私達は時々反魔物国家にも訪れていた。
『それはシーンがさっき俺から激しく搾り取ったからだろ!』
「あ、あはは。それもそうでしたね」
勿論、反魔物国家では拒絶される事が多い。時には教団の人達に拘束されそうにもなった。
幸せを届けに来たのに、私達のせいで怯えてしまう人達だっていた。
それでも、私は歌った。
魔力を込めず、正真正銘私の歌声だけで、敵対する人達にも歌った。
幾ら歌おうが、聞く耳を持ってもらえない事だって少なからずあった。幸せの押し売りだと、拒絶する人だって中には居た。
それでも、私達の歌を好きになってくれる人も居た。
魔物でも奇麗な歌を歌えたんだって、私のファンになってくれた教団の人やエンジェルも居た。彼女らの許可を得て、聖歌を披露した事だってある。
まだまだ前途多難だが、私達の夢は、1歩ずつ進んでいるのだった。
「でも、仕方ないじゃないですか」
そして、私にとってのもう1つの夢も、もうじき現実になる。
「もうじき孵るこの子の為にも、いっぱい栄養を蓄えておかないとですから♡」
私の手の中には、大きな卵が抱えられていた。
そう、この卵は、私が産んだ、私とミングさんとの愛の結晶だった。
『何時頃孵るのかわかるのか?』
「何となくですけどね。時々卵の中で動いていますし、もうじき殻を破って出てきますよ」
私達は世界中の者達を幸せにしようと旅する傍ら、自分達の幸せも掴んでいた。
少し前まではポッコリ膨らんでいたお腹。今は娘が入った卵を産み落とし、殻を破るのは今か今かと温めながら待っていた。
「だから、早く出てきてね、オカル♪」
『オカル。お父さんとお母さんに顔を見せてくれよ!』
オカル。それは、私達が2人で決めた娘の名前。
いったいオカルはどんな娘になるのかな?
ミングさんと似て美形な女の子かな?
それとも、私に似て歌が大好きな女の子かな?
もしかして、かつての私の様に音痴だったりして。
そんな風にこれから産まれてくる娘に思いを馳せながら、私達は日々旅を続けていた。
「さて、それじゃあ村に……」
卵を大事に抱えながら、次の目的の村に向け足を動かそうとして……
「シーン」
ミングさんに呼び止められた。
「はい、何でしょう?」
私との度重なる交わりでインキュバスとなったミングさんは、完全に潰れていた喉の機能が一部復活した。
完全に元通りではなく、歌う事はできないし、その声も以前と違い枯れているが、それでも単語程度なら発する事ができるようになっていた。
まあ、長文は喉を傷めるので、今でも基本会話はパネルを使っており、言葉を発する時は、大体私の名前を呼ぶ時で、そしてミングさんにとって大事な事を伝える時だけだった。
だから、何か大事な用事があるのかと、私は足を止めてミングさんの方に振り返った。
「俺は、幸せだ」
真っ直ぐこちらを向き、笑顔で私にそう言葉を紡いだ。
「はい、私もです!」
私も、素直な気持ちを伝えた。
『それじゃあ、行こうか』
「はい!」
私達2人のウタウタイ……
いや、オカルを含めた3人のウタウタイ達は、世界中の者を笑顔に、幸せにするために、何時までも世界中で歌い続けていく……
ウタウタイ達が歌うウタを……
21/12/26 02:35更新 / マイクロミー