サボテン組の日常!
「ふぁ……今日も良い天気じゃの……」
「おはよーございますセルクス先生!!」
「おはようサマラちゃん。今日も早起きじゃのう」
「えへへー♪」
大欠伸をしながらベッドから起き上がると、目の前には褐色の幼女がいて笑顔で朝の挨拶をしてくれた。
「毎朝寝坊助なわしを起こしてくれてありがとう」
「ありがとーございますセルクス先生♪」
この元気いっぱいな幼女はサマラちゃん。ひび割れのような赤い刻印が入った褐色肌を持つ彼女は、わしと同じファラオの女の子だ。遠い地に住むわしの友人の娘で、今は留学という名目で我が遺跡にて預かっている。
3歳ながらも立派に王の器を持っており、幼稚園では同じクラスの友人だけでなく誰とでも仲良くなっている。
「さて、わしは朝食を取り先に園へ行くが……サマラちゃんはもう食事を済ませたかの?」
「今からです。先生と一緒に食べようと思ってました」
「そうか。ならわしと一緒に食べようか」
「はいっ!」
そんなわしは、サマラちゃんが所属しているクラス、サボテン組の担任をしている。準備やお迎えなどがあるため、先生の朝は園児達よりも少し早いのだ。
サマラちゃんは遺跡内に住む他の子達と一緒に後から園に来るが、こうして朝食は一緒に取る事が多い。
「おはようございますセルクス先生! サマラちゃん!」
「おはようアルちゃん。アルちゃんも早起きして立派じゃの」
「いえ、ファラオに仕える身としては当然です!」
「おはよーアルちゃん!」
食堂に向かうと、同じく褐色の肌を持ち、また黒い手足の体毛と同じ色の尻尾と狼の耳、そしてぷにぷに肉球を備えている女の子が元気にシャキッと挨拶してくれた。
彼女はアヌビスのアルちゃん。スケジュール管理を行っているわしの部下の娘で、サマラちゃんと同じくサボテン組に所属する園児でもある。時間に厳しく、皆を引っ張る委員長のような存在だ。
「ウルムちゃんとチャグちゃんもおはよー!」
「おはよ……ござます……」
「ぐぅー……すぴぃー……」
「こらお前達、たるんでるぞ!」
「よいよい。朝も早いしまだおねむの時間じゃよ」
そのアルちゃんを挟むような形で全身に包帯を巻いた少女達がこっくりと船をこぎながら立っていた。
なんとか眠たい目を擦りながらたどたどしく挨拶をしたのは、5歳のウルムちゃん。包帯を巻くのが上手なのでうちのクラスの保健係だ。アルちゃんより年上だが、種族的な問題かアルちゃんに頭が上がらない。
そして完全に立ちながら寝てしまっているのが3歳のチャグちゃん。彼女はウルムちゃんと違い包帯を巻くのが苦手で、敏感な乾燥肌がチラチラ見えている。それなのに寝ているのは、よっぽど眠たいのだろう。
どちらもわしの部下の子供であり、同じくわしのクラスに所属している。ここに来る前にわしの着替えを補助したのがウルムちゃんの母親で、今しがた朝食を用意している者の中にチャグちゃんの両親がいる。
「おねむと言えば、あのバカ猫はまだ寝てます。朝は先生達と食べるとあれほど言ったのに……」
「これ、友達の事を馬鹿だなんて言ってはならぬぞ。それにラッテちゃんは母親と一緒で朝に弱いし、また幼稚園に向かう前に起こしてあげるのじゃよ」
「はい先生!」
アルちゃんの言うバカ猫もといラッテちゃんというのは、またまたわしのクラスに所属しているスフィンクスの女の子だ。例に漏れず、わしの門番をしている部下の娘だ。
親子揃って朝は弱いため、今頃耳や尻尾をぴくぴくと刻みながらぐっすり寝ているだろう。幼稚園の開始時間にさえ遅刻しなければいいので、もう少し寝かせてあげよう。
「では朝ご飯にしようかのう」
「はいっ!」
朝食の準備も終わったので、皆と一緒に食事を済ませる。
サマラちゃん以外は居たり居なかったりするが、毎日子供達と朝食を取るこの時間は、先生としての仕事を頑張るための最強のエネルギー剤てあった。
……………………
『おはようございます!!』
「うむ、おはよう。今日も皆元気じゃのう」
そして迎えた朝の9時過ぎ。幼稚園の開始時間。
このサボテン組はわし自身がそうであるように、砂漠や乾燥地帯に生息する魔物が中心に成り立っている。それに合わせ、教室も乾燥した砂地に小さなオアシス、そして教卓周りはピラミッドの物と同じ材質の石が敷いてあるという光景だ。
「おはようございますセルクス先生!」
「おおラッテちゃん、きちんと遅刻せずに来れたようじゃな」
「はい! 後であたしの考えた謎解き聞いてくださいね!」
朝はぐっすり寝ていたラッテちゃんも、今は元気に教室内で座っている。
茶色い尻尾を揺らしながら、自慢の謎解きを考えていたようだ。アルちゃんはバカ猫だなんて言っていたが、頭の回転はスフィンクスらしく早いので、結構謎解きも難しいものが多い。
「それではいつものように出欠を取ろうかの。名前を呼ばれたら元気に挨拶するんじゃよ。では……アルちゃん!」
「はいっ!」
「ウルムちゃん!」
「はい」
皆が居る事を確認したところで、恒例の出欠確認を始める。
「オラーナちゃん!」
「……はい!」
「カロアちゃん!」
「はーい!」
オラーナちゃんは口数が少ないものの凛とした目を持つギルタブリルの女の子。大きな毒針を持つ尻尾を手の代わりに上げ、元気に挨拶してくれている。
そしてカロアちゃんはオラーナちゃんと同じ昆虫型の魔物、ケプリの女の子だ。黄金に輝く翼の後ろには、お気に入りの黒丸……もとい、幼稚園やこの国中に漂っている魔力を集めた塊が置いてある。彼女は休憩中よくこの球を転がして遊ぶのが好きなのだ。
「サマラちゃん!」
「はいっ!」
「スピリちゃん!」
「はいー!」
元気に挨拶をするサマラちゃんの隣に座っている、真っ赤に燃えるスピリちゃん。炎を身体に纏うスピリちゃんは、イグニスの女の子だ。彼女はイグニスとしての力の訓練を兼ねてクラス内の気温や乾燥具合の調整をするだけでなく、その身体の通り熱い性格をしており、運動会などでは盛り上げ役として大活躍だ。
「チャグちゃん!」
「はい……」
「フィンちゃん!」
「……ふんっ!」
まだ眠たそうにしているチャグちゃん。そして、皆からちょっと離れた位置に腰を据えているフィンちゃん。艶やかな紫色の肌と黒白目で黄色い瞳を持ち、しなやかな蛇体を巻いている彼女は……ファラオの天敵、アポピスだ。
「おや、フィンちゃんは元気な挨拶ができんのかの?」
「っ……はいっ!」
「うぬ、よろしい」
彼女の母親はよくわしを腑抜けにしようと仕掛けてくる所謂宿敵だからか、フィンちゃん自身もわしの事を敵と見做しているようだ。とはいえ、やはり先生と園児という関係であり、わし自身に言う事すら聞けない子だと嘗められたくないという気持ちもあるみたいなので、お勉強はきちんと受けているし、言う事もちゃんと聞く良い子だ。
「では続けるぞ。ヤコマちゃん!」
「ハイ」
「最後にラッテちゃん!」
「はーいっ!」
最後はヤコマちゃんとラッテちゃんの二人。ヤコマちゃんも八つの硬い足と毒針付きの尻尾を持つギルタブリルで、オラーナちゃんの妹だ。恥ずかしがり屋で、よく誤魔化すためにフィンちゃんを始め皆をその尻尾でちくっと刺す困った子だ。いくら彼女の父親特製の解毒剤を持っているとはいえ、恥ずかしがって刺すのは良くないと言っているが……前途多難だ。
「さて、出欠確認も終えたし早速朝のお勉強に移るとするかのう」
以上10名が今年のサボテン組に所属している園児達だ。
半分以上が部下や宿敵の子供という身内ばかりの状態だが、皆平等に大切な園児だ。
「今日は何のお勉強をするのですか?」
「午前中は昨日言った通り絵のお勉強じゃの。皆、持参した色鉛筆を出すのじゃ」
「絵なら得意だよ!」
「……苦手」
「私も苦手だけど楽しいから好きだよ」
出欠確認も終わったので早速朝のお勉強の時間。今日は絵のお勉強だ。
持ってきてもらった色鉛筆セットを取り出してもらい、早速お題に沿った絵を描いてもらう。
「今日は二人一組になってお互いの似顔絵を描くのじゃよ。なるべく笑顔で可愛い顔を描いてあげるのじゃ」
『はーい!』
今日は二人一組になって互いの似顔絵を描いてもらう。
このクラスは10人で丁度偶数なので余る子もいない。という事で、こちらで指示する事もなく皆パッと組を作った。
「……」
「んー……オラーナちゃん、素顔で描きたいから顔のマスク取ってくれない?」
「いいけど……ならウルムちゃんも包帯……」
「えっんー……まあ、教室の中ならいいかな」
一組目はオラーナちゃんとウルムちゃん。普段は種族柄お互いに顔を半分隠しているが、今は似顔絵を描く為に二人とも素顔を曝け出している。
「うむうむ、笑顔なウルムちゃんを描けているのぉ」
「えへへ……」
「あっオラーナちゃんが笑った! よし今のを描こう!」
二人とも絵は上手いほうで、笑顔を浮かべながら茶色い色鉛筆で互いの笑顔を一生懸命描いている。
二人とも、特にオラーナちゃんのほうは笑う事も珍しいが、やはり仲の良い友達に自分を描いてもらうのは嬉しいのだろう。
「にゃぁ……アルの笑顔は難しいなぁ……」
「おいバカ猫、それはどういう意味だ?」
「だってアルいっつも怒ってるもん。笑うのも知ってるけど、パッと出てくるのは怒ってる顔だし……」
「それはお前が私を怒らせるからだ」
二組目はアルちゃんとラッテちゃん。真面目でお硬いアルちゃんは確かに毎日気紛れで緩いラッテちゃんに怒ってばかりなので、ラッテちゃんの言う事もわからなくはないが……
「これ、喧嘩は止さんか」
「す、すみません先生」
「ごめんなさいセルクス先生」
それでも、お勉強中に言い合いするのは良くないので、まずはそれを止める。
アルちゃんはしっかりしていて真面目だが、小言が口に出やすいのですぐ口論になりやすいのが玉に瑕だ。
「うーむ、そうじゃの……二人とも、皆で一緒に美味しいご飯を食べている時のお互いの顔を思い浮かべてみるのじゃよ」
「あ、成る程。確かに美味しい物を食べてる時のアルはすっごく可愛くにこっとしてるもんね」
「えっ、そ、そんなに!? ま、まあそれで良いなら良いけど……わ、私もラッテのニヤニヤ顔描いちゃうからな!」
そして、二人にアドバイスを出す。
ピンと来たようで、早速ラッテちゃんは既に紙に塗ってあったのっぺらぼうにアルちゃんの笑顔を足し始めた。アルちゃんのほうも、少し照れながらラッテちゃんの黄土色の耳を描き始めた。
「ぐりぐりころころ〜♪」
「ころころ……?」
「うん! 包帯描いてるの!」
「包帯がころころ……?」
三組目はチャグちゃんとカロアちゃん。困惑するチャグちゃんを余所に、独創的なセンスを持つカロアちゃんは、紙に白の色鉛筆でぐりぐりと塗りたくっている。
一方のチャグちゃんももう寝ぼけてはなさそうだが、一枚の紙にデカデカと描かれているのはチャグちゃんの顔というより抱えている●だ。まあ、まだ途中なので突っ込むのは無しにしよう。
「チャグちゃんもぐりぐり塗ってるじゃん」
「うんまあ……チャグちゃんにその黒い球は必要かなって」
「うん! これは私の宝物!」
楽しそうに互いの顔……ではないものをぐりぐりと塗り続ける二人。まだ時間はあるし、完成したらどんな絵になっているか楽しみだ。
「うおっ!? ヤコマちゃん、笑顔が可愛いと言っただけで刺そうとするのは止すんだ!」
「ご、ゴメンスピリちゃん。つい……」
四組目はスピリちゃんとヤコマちゃんなのだが……ふと見た時、スピリちゃんはパッと飛びのいていた。
いったいどうしたのかと思えば、どうやら褒められて照れたヤコマちゃんが照れ隠しに毒針を伸ばしたようだ。力強く描かれていたヤコマちゃんの似顔絵に大きな穴が開いてしまっていた。
「これ、恥ずかしいからと言って刺すのは止すのじゃと何度も言っておろう!」
「はぅ……ごめんなさい」
「まったく……痛いのは駄目じゃよ?」
「アタイは大丈夫だよ先生! それより新しい紙ちょうだい!」
「やれやれ……まあ、スピリちゃんもああ言っておるし、それで許すかの。でも、愛情表現で刺そうとするのはほどほどにの」
「ハイ……」
刺されそうになった本人は気にしていないし、刺そうとする行為もヤコマちゃんなりの愛情表現というのはわかっているが、それでも痛いし少しは毒も効くのであまりやらないようにと叱る。
叱られてちょっと涙目になってしまったヤコマちゃんの頭を撫でつつ、スピリちゃんに新しい紙をあげる。スピリちゃんは他の皆を元気にするのも得意だし、きっとヤコマちゃんもすぐ笑顔になってお絵描きを再開するだろう。
「ふっふふーん♪」
「……にへへ♪」
「んー? どうしたのフィンちゃん?」
「べ、別になんでもないわよ!」
最後の組はサマラちゃんとフィンちゃん。ファラオとアポピスという一見すると危険な組み合わせにも見えるが……
「フィンちゃんは楽しそうなサマラちゃんを見て可愛いと思ったのじゃよ」
「なっ、い、いきなり何言ってるのよ!」
「おや、違ったかの?」
「うー……そ、そうだけどぉ……」
「えへへっ♪ ありがとうフィンちゃん!」
「ど、どういたしまして……♪」
実は、フィンちゃんはサマラちゃんがあまりにも可愛すぎて手が出せないのだ。サマラちゃん自身も母親の部下の中にアポピスが居る事もあって慣れているのだろう。臆する事なくフィンちゃんとも仲良く遊ぶので二人は実に仲良しなのだ。というか、このクラスは誰であれ皆仲良しだ。
「もうちょっとわしにも優しくしてくれたら嬉しいのじゃが……」
「ふんっ。先生はお母様の敵。優しくしてあげる義理なんてないわ」
「おいコラアホ蛇! セルクス先生に向かってその態度は何だ!!」
「うっさいわね堅物わんこ! アンタは大人しく下手くそな絵でも描いてなさい!」
「これ二人とも。口喧嘩は駄目じゃよ。仲良くするのじゃ」
「「はいっ!」」
まあ、アルちゃんとフィンちゃんはこのようによく口論をするけど、一緒に遊ぶので仲が悪いわけではないのだろう。ファラオでもアポピスでも、子供には種族の関係なんてお構いなしなのだ。
「うん、できたー!」
「うーん、お顔描くの難しいなぁ……」
「ぬりぬりー」
「むむ……」
早々に描き終えた子。悩んで中々進まない子。出来とか時間とか気にせず楽しむ子。子供によって全く違う様子を見せながらも、皆が皆真剣に絵を描き続け……
「ふー、なんとかできたかな?」
「チャグちゃん終わったかの? それでは皆、描いた絵を元気に発表するのじゃ」
最後まで色鉛筆を動かしていたチャグちゃんが描き終えたので、ここからは発表会だ。
「では、年齢の高い順に行くかのぉ。まずはオラーナちゃん」
「はい」
今日は名簿順ではなく年齢順に発表してもらおうという事で、年長組の中でも一番産まれたのが早いオラーナちゃんを指名した。
「私はウルムちゃんを描きました」
「おお、上手!」
「すごーい!!」
オラーナちゃんが見せてくれたのは、包帯や乾燥肌などの特徴を上手く掴んで描かれた笑顔のウルムちゃん。サボテン組の中では1,2を争う程絵が上手なのもあり、一目見ただけでウルムちゃんだとわかる。
「良く描けているのぉ。ウルムちゃんはどう思う?」
「すっごく上手だと思います。ありがとうオラーナちゃん!」
「うん……」
ウルムちゃん本人からも好評で、オラーナちゃんも思わず目尻が下がる。きっと笑っているのだろう。
「ありがとうオラーナちゃん。では次はスピリちゃん」
「はーい! アタイはヤコマちゃんを描いたよ!」
「なんか力強いわね」
「スピリちゃんらしいね」
次はスピリちゃん。スピリちゃんは力強く真顔でマスクのヤコマちゃんを描いていた。紙の裏にまで写っているその絵は、目のバランスこそちょっと悪いけど上手くギルタブリルの特徴を掴んでいた。
「スピリちゃんらしい力強く熱い絵じゃの。ヤコマちゃんはどうかの?」
「ありがとうスピリちゃん。嬉しい」
「えっへへー!」
姉とは違い表情には出さないが、言葉通り嬉しそうなヤコマちゃん。途中トラブルもあり涙目になったことなどすっかり忘れているようだ。スピリちゃんも高評価で機嫌が良くなり、身体中の炎がメラメラと舞い上がっている。
「さてお次はウルムちゃんじゃな」
「はい。私はオラーナちゃんの笑顔を描きました!」
「お姉ちゃんのにっこり顔だ。珍しい」
「ウルムちゃんも上手だねー」
そして5歳組最後の一人、ウルムちゃんはオラーナちゃんの似顔絵を描いた。先程マスクを取ってもらっていたので、スピリちゃんが描いたヤコマちゃんの絵とは違いにっこり顔で描かれている。
「うむ。ウルムちゃんのほうもオラーナちゃんの特徴をよく掴めておるの。じゃろう?」
「はい。ありがとうウルムちゃん」
「どういたしまして♪」
ウルムちゃんの絵の出来に、オラーナちゃんも満足そうだ。マスクにできた皺からして、口元は絵と同じようににっこりしているだろう。
「それでは次はアルちゃんじゃな」
「はい! 私はラッテを描きました!」
5歳の子は全員発表を終えたので、次は4歳組が同じく誕生日順で発表だ。という事で、まずはアルちゃんに発表してもらった。
「んー、アルにしては一応私に見えるね」
「一応とは何だ一応とは。正真正銘ラッテだろ!」
「まあ……肌も茶色いし猫耳っぽいのも付いてるから見えなくもないわよね」
「うーん……なんか微妙に違う感じも……」
「む、不評か……」
自信満々に出した絵は、確かにクイズを思いつきニヤリとしているラッテちゃんに見えない事もないって感じだ。表情はきちんとしているが、それ以外に若干違和感がある。アルちゃんは生真面目な割に絵は大雑把なので、これでもいつもよりは上手ではある。
「そうじゃの……ちいとばかし耳が長いのと、顔が小さ過ぎるのが違和感の原因じゃな。それじゃと猫耳というより狐耳に見えるぞ。あと、ラッテちゃんの顔はもうちっと丸っこいかの」
「あー……言われてみればそうかもしれません。先生、アドバイスありがとうございます」
とりあえず違和感の正体を伝え、こうすればもっと良くなると伝える。飲み込みが良いアルちゃんの事だから、次はもっとしっくりくるラッテちゃんの笑顔を描けるだろう。
「ではお次は……フィンちゃんじゃな」
「ふん。私はサマラちゃんを描いたわ!」
「おっ上手じゃん!」
「中々いいね。サマラちゃんに見えるよ」
次はフィンちゃん。蛇体を揺らしながら自信満々に出した絵は、サマラちゃんのにっこり笑顔だった。滅茶苦茶上手いというわけではないが、観察力がしっかりついてるフィンちゃんらしく、サマラちゃんのしている装飾品や髪飾りなんかも細かく描かれている。
「ちょっと目が離れ過ぎている感じじゃが……サマラちゃん的にはどうかの?」
「すっごく上手! ありがとうフィンちゃん」
「えへへ……ありがとう♪」
モデルになったサマラちゃんも描かれているのと同じ笑顔でお礼を言った。とても満足そうだ。
「それではお次はラッテちゃんじゃな」
「にゃあ! あたしはアルのにっこり顔を描いたよ!」
「なんかにこっとしてるアルって新鮮ね」
「アルちゃんあまり笑わないもんねー」
「失礼な! 私だって笑う時は笑うぞ!」
次は4歳ラストのラッテちゃん。ラッテちゃんは途中でアドバイスした通りご飯を食べている時に良く見せる笑顔を描いていた。
彼女もアルちゃんと同じくそこまで絵が上手いというわけではないが、毎日顔を合わせている事もあってアヌビスの特徴を上手く掴めている。しいて言うなら、肌の色はこげ茶ではなくもう少し薄いかなと思う。
「ま、まあ周りの意見はともかく、私よりは上手いと思うぞ。ありがとうラッテ」
「にゃはー、こちらこそありがとうねアル!」
「アルちゃん的にも良かったようじゃな。ではどんどん行こうかの。サマラちゃん」
「はーい!」
アルちゃんも納得の出来だったようで、ラッテちゃん相手に珍しく素直に褒めていた。
これで4歳組も全員終わったので、次はいよいよ3歳組だ。ここからは上手い下手よりもただ単に微笑ましい感じになるだろう。
という事で、3歳トップバッターのサマラちゃんは、元気よくフィンちゃんの似顔絵を発表した。
「私はフィンちゃんを描きました!」
「おー上手上手!」
「流石ですサマラちゃん!」
それは、紫で塗られた顔に黒で描かれた目に銀色で波打ってる頭の飾り、そして半月状に赤鉛筆で表された口と、全体的にぐちゃっとしていてもなんとなくアポピスと、フィンちゃんと分かる絵であった。頭の後ろでにょろっとしているのはおそらく蛇体の先端だろう。
「フィンちゃんどうかなー?」
「すっごく可愛く描けてるわ。ありがとうサマラちゃん!」
「にっへへー♪」
3歳でここまで特徴を掴めている絵を描けているならば上出来だ。モデルのフィンちゃんも満足そうだ。
「良く描けておる。この調子じゃよ。さて、次はヤコマちゃんじゃな」
「はい。私はスピリちゃんを描きました」
「おお、上手だねヤコマ」
「まっかっかー」
そして今度はヤコマちゃん。そこに描かれているのは、大きな炎に力強い目つき、そしてニヤッとした口だった。髪どころか顔まで炎になっているものの、イグニスであるスピリちゃんを表現しているものだとハッキリわかる。
「凄いねヤコマちゃん。アタイそっくりだよ!」
「ありがとう……」
スピリちゃんは絵に合わせて顔に炎を浮かべながら、上手だとヤコマちゃんを褒める。ヤコマちゃんも顔を赤らめ照れており、嬉しそうだ。
「うむ、そっくりに描けておるのぉ。それではチャグちゃん、発表するのじゃ」
「はい。私はカロアちゃんを描きました!」
「え……ああ、うん。確かにカロアちゃんだ」
「うんうん、隣の黒い球なんてまさにそうね」
ヤコマちゃんの発表も終わり、次はチャグちゃん。彼女が見せた絵は……赤紫色の髪が生えたこげ茶色の顔に、ピンク色の線だけで描かれたにっこり顔。そしてその顔の隣に顔の1.5倍ほどの大きさで描かれた●だった。
顔はまさに3歳児とも言える微笑ましさだが、その横にある●はまさに一番の特徴ともいえるだろう。実際カロアちゃんは今もそれぐらいの大きさの●を抱えてにっこりしているのだから。
「確かに、魔力球を持って喜んでおるカロアちゃんそっくりじゃのう。そう思わぬか?」
「うん! コロコロするの大好きだよ! ありがとうチャグちゃん!」
「うん!」
本人も大満足だったみたいで、絵と同じように顔の横に●を掲げながらお礼を言った。
「それでは最後、カロアちゃんじゃよ」
「はーい! 私はチャグちゃんを描きましたー!」
「あーそれっぽいね!」
「チャグはこうなってる時もあるしな」
そしてラストバッターは、一番誕生日の遅いカロアちゃん。描いていた途中で見た通り、その紙には白でぐるぐる包帯らしきものが描かれており、その上にはちょろっとはみ出ている黄土色の髪の毛と蒼い瞳が描かれている。口元の包帯が歪んでいるのは笑顔という事だろう。
「まあ、もうちっと耳とか肌が出ておるともっと良かったかもしれぬが……まあ、包帯巻くの失敗してこうなっておる時もあるしのぉ……チャグちゃんはどうかの?」
「包帯ぐりぐりだねー。ありがとうカロアちゃん!」
「うん! えへへ♪」
ちょっと包帯が多すぎる気もするが、まだ包帯が上手く巻けないチャグちゃんがこれぐらいになっている時も確かにある。そう思えば似ているのだろう。
チャグちゃんもそれがわかっているからか、とっても満足そうだ。
「さて、これで発表会は終わりじゃ。絵が上手いと相手も喜ぶ。これも殿方を振り向かせる手段の一種じゃし、もっと腕を磨くのじゃよ。それでは、描いた絵を互いのパートナーとプレゼントし合いっこじゃ」
『はーい!』
全員の発表も終わったし、時間もそろそろお昼なので最後に互いの似顔絵を交換して午前中の授業は終わり。
皆嬉しそうに互いの絵を交換し合う。その顔は、描かれた絵と違わない笑顔であった。
===========[ちょっと一息]===========
【もしもサボテン組の子が海に遊びに行ったら】
・サマラちゃん&アルちゃんの場合
「わー砂浜あつーい海しょっぱーい! でも泳げない……」
「見て下さいサマラちゃんこんなところにヤドカリが!」
「ほんとだー! こんにちはヤドカリさん!」
「こっちにはキラキラした貝殻がいっぱいですよ!」
泳げないので波打ち際や砂浜で時間も忘れて思いっきりはしゃぎます。
・フィンちゃん&カロアちゃんの場合
「ふん。砂漠系でも私はあんた達と違って泳げるわよ! 一人で優雅に泳ぐとするわ」
「そんな事言ってないでフィンちゃんもこっちで遊ぼうよ。一緒にコロコロしよ!」
「わ、私は遠慮しておくわ! ……熱いし……」
「ころころー♪」
海水で固めた砂をころころしているカロアちゃん達を遠目に、砂浜で蛇体が焼けぬよう海で泳いでいます。
・ウルムちゃん&チャグちゃんの場合
「ひあぁぁ……潮風がお肌にしみるぅぅ……♪」
「お水は良いけどびくんってなっちゃうぅぅ……」
潮風で包帯が剥がれ、敏感肌が刺激されて感じてしまいます。
・スピリちゃんの場合
「……」
「あ、あれ? スピリちゃん? アンタ波打ち際で何してるの?」
「……海水……浴びた……」
「あ、あはは……仕方ないから砂浜の安全なところまで連れていってあげるわ」
「あり、がと……フィンちゃ……がくっ」
海水を浴びて力が抜け倒れてしまいます。
おしまい。
===========[一息終わり]===========
「さて皆の者、お弁当は受け取ったかの?」
『はーい!』
「うむ。全員に配り終えたみたいじゃの。それでは、いただきます」
『いたーだきます!』
午前のお勉強も終わり、待ちに待ったお昼ご飯の時間がやってきた。
園長先生お気に入りのジパング式食前の祈りを済ませ、早速頂く事にする。
「今日のお弁当は何かな?」
「今日は……野菜サラダと玄米に……えっと、この卵の入ったハンバーグは……」
「スコッチエッグ。あとはミニトマト2つとオレンジ」
「わーおいしそー!」
今日のお弁当を見て喜ぶ園児達。ツクヨ先生達が作ったお弁当は美味しいのでわしも毎日楽しみにしている。
まあ、今日のメニューで言えばトマトは苦手だが……園児達の手前、苦手なものでも嫌な顔をせずに食べている。それに、うちの料理人達より腕が立つのか、弁当で出れば美味しいと感じるものも多い。
「はむっんーおいしー♪」
「そういえばフィンちゃんって蛇だけに卵好きなの?」
「好きだけど蛇だからじゃないわよ。というか蛇と一緒にしないで」
お昼はオアシスの周りに集まって皆でわいわいと食べる。勿論、朝と違ってフィンちゃんも皆の近くで食べている。たとえ離れていても基本的にお昼はスピリちゃんが引っ張ってくるし、暑いのもあるからだ。
ここなら涼しいし、それでも暑いのならオアシスに足だって入れられる。この国には大昔の異常気象によって既に砂漠は無くなっているが、このように擬似的にでも砂漠での涼しみ方を知るのも、将来本当に砂漠へ行く場合良い経験になるからだ。
特にサマラちゃんの実家は普通の砂漠にある。卒園したら戻る予定なので、今のうちにそういった事も学ぶ必要がある。
「お姉ちゃん、私トマト苦手」
「もう、ヤコマは好き嫌い多い。仕方ないから一つは食べてあげる。もう一個は食べなさい」
「うん、ありがとうお姉ちゃん」
「ヤコマちゃんはトマト苦手なんだね。私はコロコロしてて好きだよ!」
「ヤコマはトマトとかレモンとかちょっとすっぱいのが苦手なんだよ」
「あーわかるにゃ。あたしもちょっとすっぱいの苦手。トマトはいけるけどね」
皆で涼しみながら、自由におしゃべりしてご飯を食べる。好き嫌いのない子は、毎日美味しいと嬉しそうに食べている。
勿論、ヤコマちゃんみたいに好き嫌いがある子もいる。わしも好き嫌いがあるので強くは言えないが、折角作ってもらっているのだから、嫌いなものも他の子に分け与えつつ少しは食べる様に指導している。
「好き嫌いと言えば、アルは好き嫌いないよね」
「そんな事ないぞ? ただ、セルクス先生の仰る通り折角作っていただいたものを残すのは悪いからな」
「嫌いな物もきちんと食べるなんてアルちゃんは偉いな!」
「ふふん。ファラオを護る者として当然だ!」
「それとこれは関係ないんじゃ……まあいいか」
他のクラスでは遊びたいが故に早く食べる子も多いが、このクラスはほぼ全員が毎日ゆっくり食べている。ちょっとだけスピリちゃんが早いのと、たまにヤコマちゃんがばら組に遊びに行くために早めに食べているぐらいだ。
何故そうなのかはわからないが……もしかしたらゆっくりお喋りしながら食べるわしの食事ペースがうつったのかと考えると、妙に微笑ましくもある。
「ねえ先生、お昼からは何のお勉強するの?」
「そうじゃのぅ。お昼からは身体の勉強じゃな。男と女の違いについて教えるから、皆しっかりお勉強するのじゃよ」
「うー、難しそうだな……」
「まあまあカロアちゃん。大事だから頑張ろうよ!」
そんなのんびりとしたお昼ご飯も終われば、午後のお勉強の時間だ。
今日の午後は性の、特に男女の違いについてだ。昨今の魔物としては必修科目ともいえるだろう。
特に自分は昔は男だったが今は女と両方の性別を経験している。だからこそ難色を示しているカロアちゃんにもわかりやすく教えられるよう頑張ろうと思う。
「ごっちそーさまー! よーしお昼は遊ぶぞー!」
「私もー!」
「私はゆっくりと本でも読むかな」
「本読もうかな……」
「私はばら組に行ってハルちゃんと遊んでくる」
「あたしは寝るにゃぁ……」
「同じく」
「私も……ふぁ〜」
「私はコロコロしてる!」
「私は……如何にして先生を僕にできるか考え……って冗談よ。考えるにしても口に出すわけないじゃない」
「ほっほ。それは楽しみじゃの。フィンちゃんが母親を越えられるのなら、先生としては嬉しいからの」
「そ、そう? じゃあ考えちゃおっと!」
だが、その前にはお昼休憩だ。
一人一人が思い思いにしたい事を語りつつ、時間は朗らかに流れていくのであった。
……………………
「んっぐ……今日も疲れたのぉ……」
そして時間は経ち、先生達の帰宅時間。
いつものように会議や片づけを済ませた頃には、半分より少し膨らんだ月が空を明るく照らしていた。
「お疲れ様ですセルクス先生。ではまた明日」
「ばいばいセルクス先生! また明日ー!」
「うむ、ゴート先生もお疲れ様。マイアちゃんもまた明日元気に来るのじゃよ」
親である先生達を待っていた園児達にも笑顔で手を振り別れの挨拶をし、自分自身も園を出て帰路につく。
「さて、わしも帰ると……おや、あれは……」
1日中働いた後となると流石に疲れも溜まっている。この時間はフィンちゃんの家は夕飯中のはずなので余程の事が無い限り宿敵が襲って来る事は無いとはいえ、疲れを癒すためにもゆっくりしたいものだ。
なんて思っていたら、目の前にチューリップ組のマオリ先生が歩いていたので、気付かれないようにこっそりと近づき……
「ふんふふー……きゃっ!?」
「うむ、相変わらず引き締まったお尻じゃのぉ。これで男が寄り付かんのが不思議じゃわい」
「ちょっセルクス先生! いきなりお尻を撫でないで下さいよ!」
後ろから形が良いお尻を触り、軽い挨拶をする。
独身限定だがこうした先生達とのセクハ……スキンシップも楽しいし良いストレス解消になっている。相手だって文句こそ言いつつもまんざらでもなさそうなので別に良いだろう。
「もう……一族総出で仕返ししますよ?」
「おお、それは怖いの。まあ、軽いスキンシップじゃから許せ。それとも、いつも通りもっと深いところまでやったほうが良かったかの?」
「遠慮しておきます。今はそんなにムラムラしてませんので……」
特にマオリ先生やツクヨ先生は発情期前後になるとたまーに百合プレイする時もあるし、こんな事を言いつつも特に嫌がるそぶりは見せない。とはいえ、無理やりヤるのは好みではないので手を引く。
「まあ、ムラムラしたらいつでも言いなさい。わしが色んなテクニックを教えてあげるからのぉ」
「はぁ……まったく、そんなに他の女に手を出してますとあんな風に拗ねちゃいますよ」
「あんな風にって……あ……」
手を引きつつ、冗談めいてからかっていたら、マオリ先生が困った顔を浮かべながら爪先を道の先に指しながらそう言った。
あんな風にとはいったいと思いながらそっちを見てみると……そこには、ジト目でふくれっ面をしたマミーが一人立っていた。
「お、おおサンよ。迎えに来てくれたのか!」
「むぅ……セルクス様は若い女の子のほうが好きなのですね……」
「あ、あれはなんというかその同僚とのスキンシップでだな……ほ、本気で愛しておるのはお主だけじゃからそ、その……すまぬ……」
「むぅ……」
このマミーの名はサン。わしの遺跡で共に暮らす部下……ではなく、わしとほぼ対等な立場にいる、今現在世界で一番わしが愛している女性だ。
「セルクス様にも色々と事情があるのはわかりますが、やっぱり目の前で他人との痴情を見るのは気分がよくありません」
「面目ない……その代わりではないが、今夜はお主が満足するまで付き合うから許してほしいのじゃ……」
「それはそれです。そうですね……帰りに美味しいケーキを買ってくれたら許してあげます」
「おおそうか! では何でも好きなケーキを買ってあげよう!」
魔物なのに同じ魔物の女性を愛している、しかも本来なら部下であるはずのマミー相手に……何も知らぬ者が聞けば首をかしげるだろう。
サンはただのマミーではない。彼女は生前、男だったわしの妻だった者だ。
王として人々を導く使命を背負ったわしを心身共に支えてくれたのが彼女だ。死してなおわしと共に居てくれる彼女を、世界一愛していないわけがない。
「それでは私はこの辺で。失礼します」
「うむ、お疲れ様。魔界の夜は明るいとはいえ鳥目だと見にくいじゃろうし気を付けるのじゃよ……それにしてもお主、家で待っておらずに園の近くまで来るとは珍しいの」
「今日はお昼に起きたら少し心寂しかったので、一刻も早くお会いしたかったのです」
「なるほどのぅ……」
空気を読んだのが一人先に帰宅するマオリ先生に挨拶をし、改めてサンと対話する。
ちなみに彼女はラッテちゃんの母親以上に寝坊助なので、朝ご飯には顔を出さないどころか普段は昼過ぎに起きている。むしろ朝起きていたら奇跡に近く、幼稚園がある日はいつも帰宅してから初めてお目に掛かれるほどだ。
「お主の為にも、早く伴侶となる者を探し出さんと駄目じゃなぁ……」
「私にはセルクス様が居て下さればそれで充分です。他の者を愛すなど……」
「そう言ってくれるのは嬉しいのじゃが、それではお主はいつまで経っても身体が渇いたままじゃ。それは、わしが悲しい」
「セルクス様……」
サンがそんなに寝坊助なのは、単に体内の魔力が少ないからだ。
彼女にとって最愛の伴侶であったわしは、ファラオという魔物になった事で精を作る機能を失った。直接的だったり、園長先生の伝手で入手したかつてわしに付いていた性器を再現できる薬品を使って交わったりしてわしの魔力を受け渡しているが、それで満足はできないだろう。
「それに、わし自身が女として男を求めておるからの。精もそうじゃが、何よりも子供が欲しい。昔産まれ、わしらと違い魔物としての生を受けなかった息子の分もな……」
「それは……存じておりますが……」
「じゃが、お主も愛しておる。だからこそ、わしら二人を受け入れてくれる者を探しておるのじゃ。お主も納得できるような、王の器を持つような殿方をな」
「はい……」
勿論サンだけではなく、男を欲しているのはわし自身もだ。
元は男とはいえ、今や立派な魔物の女。しかもゾンビの一種だ。飢えと渇きを満たすため、常々伴侶が欲しいと思っている。
そして、それ以上に娘も欲しい。愛する者との子供が欲しいという事もあるが、それ以外にも理由はある。
生前には一人息子も居たが、かつての異常気象でその命を奪われた後、わしらと違いその魂は成仏してしまったらしく現世には居ない。折角2度目の生を歩んでいるのだから、彼が欲しがっていた妹を作ってあげたいというのもあるのだ。
そして、それは願わくばサンと共にだ。だからこそ、わしら夫婦が共に気に召す男を探してはいるのだが……サン自身現状ではわし一筋な事もあり前途多難だ。
「さて、今居らぬ者の事を考えていても仕方がない。お主が望むケーキを買いに甘味処へ向かうとするかの。昔は食べられなかった美味なものじゃから、わしの分も買うとしよう」
「そうですね。では参りましょう。食後には私を抱いて下さい……今日は生やす方でお願いします」
「うむ。そうと決まれば急いで買って帰るとしよう。明日も幼稚園はある。寝坊したらアルちゃんに怒られてしまうからの」
今は居ない伴侶の話をして嘆いていても仕方がない。疲れが余計に増すだけだ。今は今で、二人で仲睦まじく行こう。
という事で、甘いケーキを買うため、二人で手を繋ぎながら夜の街へと掛けたのであった。
「おはよーございますセルクス先生!!」
「おはようサマラちゃん。今日も早起きじゃのう」
「えへへー♪」
大欠伸をしながらベッドから起き上がると、目の前には褐色の幼女がいて笑顔で朝の挨拶をしてくれた。
「毎朝寝坊助なわしを起こしてくれてありがとう」
「ありがとーございますセルクス先生♪」
この元気いっぱいな幼女はサマラちゃん。ひび割れのような赤い刻印が入った褐色肌を持つ彼女は、わしと同じファラオの女の子だ。遠い地に住むわしの友人の娘で、今は留学という名目で我が遺跡にて預かっている。
3歳ながらも立派に王の器を持っており、幼稚園では同じクラスの友人だけでなく誰とでも仲良くなっている。
「さて、わしは朝食を取り先に園へ行くが……サマラちゃんはもう食事を済ませたかの?」
「今からです。先生と一緒に食べようと思ってました」
「そうか。ならわしと一緒に食べようか」
「はいっ!」
そんなわしは、サマラちゃんが所属しているクラス、サボテン組の担任をしている。準備やお迎えなどがあるため、先生の朝は園児達よりも少し早いのだ。
サマラちゃんは遺跡内に住む他の子達と一緒に後から園に来るが、こうして朝食は一緒に取る事が多い。
「おはようございますセルクス先生! サマラちゃん!」
「おはようアルちゃん。アルちゃんも早起きして立派じゃの」
「いえ、ファラオに仕える身としては当然です!」
「おはよーアルちゃん!」
食堂に向かうと、同じく褐色の肌を持ち、また黒い手足の体毛と同じ色の尻尾と狼の耳、そしてぷにぷに肉球を備えている女の子が元気にシャキッと挨拶してくれた。
彼女はアヌビスのアルちゃん。スケジュール管理を行っているわしの部下の娘で、サマラちゃんと同じくサボテン組に所属する園児でもある。時間に厳しく、皆を引っ張る委員長のような存在だ。
「ウルムちゃんとチャグちゃんもおはよー!」
「おはよ……ござます……」
「ぐぅー……すぴぃー……」
「こらお前達、たるんでるぞ!」
「よいよい。朝も早いしまだおねむの時間じゃよ」
そのアルちゃんを挟むような形で全身に包帯を巻いた少女達がこっくりと船をこぎながら立っていた。
なんとか眠たい目を擦りながらたどたどしく挨拶をしたのは、5歳のウルムちゃん。包帯を巻くのが上手なのでうちのクラスの保健係だ。アルちゃんより年上だが、種族的な問題かアルちゃんに頭が上がらない。
そして完全に立ちながら寝てしまっているのが3歳のチャグちゃん。彼女はウルムちゃんと違い包帯を巻くのが苦手で、敏感な乾燥肌がチラチラ見えている。それなのに寝ているのは、よっぽど眠たいのだろう。
どちらもわしの部下の子供であり、同じくわしのクラスに所属している。ここに来る前にわしの着替えを補助したのがウルムちゃんの母親で、今しがた朝食を用意している者の中にチャグちゃんの両親がいる。
「おねむと言えば、あのバカ猫はまだ寝てます。朝は先生達と食べるとあれほど言ったのに……」
「これ、友達の事を馬鹿だなんて言ってはならぬぞ。それにラッテちゃんは母親と一緒で朝に弱いし、また幼稚園に向かう前に起こしてあげるのじゃよ」
「はい先生!」
アルちゃんの言うバカ猫もといラッテちゃんというのは、またまたわしのクラスに所属しているスフィンクスの女の子だ。例に漏れず、わしの門番をしている部下の娘だ。
親子揃って朝は弱いため、今頃耳や尻尾をぴくぴくと刻みながらぐっすり寝ているだろう。幼稚園の開始時間にさえ遅刻しなければいいので、もう少し寝かせてあげよう。
「では朝ご飯にしようかのう」
「はいっ!」
朝食の準備も終わったので、皆と一緒に食事を済ませる。
サマラちゃん以外は居たり居なかったりするが、毎日子供達と朝食を取るこの時間は、先生としての仕事を頑張るための最強のエネルギー剤てあった。
……………………
『おはようございます!!』
「うむ、おはよう。今日も皆元気じゃのう」
そして迎えた朝の9時過ぎ。幼稚園の開始時間。
このサボテン組はわし自身がそうであるように、砂漠や乾燥地帯に生息する魔物が中心に成り立っている。それに合わせ、教室も乾燥した砂地に小さなオアシス、そして教卓周りはピラミッドの物と同じ材質の石が敷いてあるという光景だ。
「おはようございますセルクス先生!」
「おおラッテちゃん、きちんと遅刻せずに来れたようじゃな」
「はい! 後であたしの考えた謎解き聞いてくださいね!」
朝はぐっすり寝ていたラッテちゃんも、今は元気に教室内で座っている。
茶色い尻尾を揺らしながら、自慢の謎解きを考えていたようだ。アルちゃんはバカ猫だなんて言っていたが、頭の回転はスフィンクスらしく早いので、結構謎解きも難しいものが多い。
「それではいつものように出欠を取ろうかの。名前を呼ばれたら元気に挨拶するんじゃよ。では……アルちゃん!」
「はいっ!」
「ウルムちゃん!」
「はい」
皆が居る事を確認したところで、恒例の出欠確認を始める。
「オラーナちゃん!」
「……はい!」
「カロアちゃん!」
「はーい!」
オラーナちゃんは口数が少ないものの凛とした目を持つギルタブリルの女の子。大きな毒針を持つ尻尾を手の代わりに上げ、元気に挨拶してくれている。
そしてカロアちゃんはオラーナちゃんと同じ昆虫型の魔物、ケプリの女の子だ。黄金に輝く翼の後ろには、お気に入りの黒丸……もとい、幼稚園やこの国中に漂っている魔力を集めた塊が置いてある。彼女は休憩中よくこの球を転がして遊ぶのが好きなのだ。
「サマラちゃん!」
「はいっ!」
「スピリちゃん!」
「はいー!」
元気に挨拶をするサマラちゃんの隣に座っている、真っ赤に燃えるスピリちゃん。炎を身体に纏うスピリちゃんは、イグニスの女の子だ。彼女はイグニスとしての力の訓練を兼ねてクラス内の気温や乾燥具合の調整をするだけでなく、その身体の通り熱い性格をしており、運動会などでは盛り上げ役として大活躍だ。
「チャグちゃん!」
「はい……」
「フィンちゃん!」
「……ふんっ!」
まだ眠たそうにしているチャグちゃん。そして、皆からちょっと離れた位置に腰を据えているフィンちゃん。艶やかな紫色の肌と黒白目で黄色い瞳を持ち、しなやかな蛇体を巻いている彼女は……ファラオの天敵、アポピスだ。
「おや、フィンちゃんは元気な挨拶ができんのかの?」
「っ……はいっ!」
「うぬ、よろしい」
彼女の母親はよくわしを腑抜けにしようと仕掛けてくる所謂宿敵だからか、フィンちゃん自身もわしの事を敵と見做しているようだ。とはいえ、やはり先生と園児という関係であり、わし自身に言う事すら聞けない子だと嘗められたくないという気持ちもあるみたいなので、お勉強はきちんと受けているし、言う事もちゃんと聞く良い子だ。
「では続けるぞ。ヤコマちゃん!」
「ハイ」
「最後にラッテちゃん!」
「はーいっ!」
最後はヤコマちゃんとラッテちゃんの二人。ヤコマちゃんも八つの硬い足と毒針付きの尻尾を持つギルタブリルで、オラーナちゃんの妹だ。恥ずかしがり屋で、よく誤魔化すためにフィンちゃんを始め皆をその尻尾でちくっと刺す困った子だ。いくら彼女の父親特製の解毒剤を持っているとはいえ、恥ずかしがって刺すのは良くないと言っているが……前途多難だ。
「さて、出欠確認も終えたし早速朝のお勉強に移るとするかのう」
以上10名が今年のサボテン組に所属している園児達だ。
半分以上が部下や宿敵の子供という身内ばかりの状態だが、皆平等に大切な園児だ。
「今日は何のお勉強をするのですか?」
「午前中は昨日言った通り絵のお勉強じゃの。皆、持参した色鉛筆を出すのじゃ」
「絵なら得意だよ!」
「……苦手」
「私も苦手だけど楽しいから好きだよ」
出欠確認も終わったので早速朝のお勉強の時間。今日は絵のお勉強だ。
持ってきてもらった色鉛筆セットを取り出してもらい、早速お題に沿った絵を描いてもらう。
「今日は二人一組になってお互いの似顔絵を描くのじゃよ。なるべく笑顔で可愛い顔を描いてあげるのじゃ」
『はーい!』
今日は二人一組になって互いの似顔絵を描いてもらう。
このクラスは10人で丁度偶数なので余る子もいない。という事で、こちらで指示する事もなく皆パッと組を作った。
「……」
「んー……オラーナちゃん、素顔で描きたいから顔のマスク取ってくれない?」
「いいけど……ならウルムちゃんも包帯……」
「えっんー……まあ、教室の中ならいいかな」
一組目はオラーナちゃんとウルムちゃん。普段は種族柄お互いに顔を半分隠しているが、今は似顔絵を描く為に二人とも素顔を曝け出している。
「うむうむ、笑顔なウルムちゃんを描けているのぉ」
「えへへ……」
「あっオラーナちゃんが笑った! よし今のを描こう!」
二人とも絵は上手いほうで、笑顔を浮かべながら茶色い色鉛筆で互いの笑顔を一生懸命描いている。
二人とも、特にオラーナちゃんのほうは笑う事も珍しいが、やはり仲の良い友達に自分を描いてもらうのは嬉しいのだろう。
「にゃぁ……アルの笑顔は難しいなぁ……」
「おいバカ猫、それはどういう意味だ?」
「だってアルいっつも怒ってるもん。笑うのも知ってるけど、パッと出てくるのは怒ってる顔だし……」
「それはお前が私を怒らせるからだ」
二組目はアルちゃんとラッテちゃん。真面目でお硬いアルちゃんは確かに毎日気紛れで緩いラッテちゃんに怒ってばかりなので、ラッテちゃんの言う事もわからなくはないが……
「これ、喧嘩は止さんか」
「す、すみません先生」
「ごめんなさいセルクス先生」
それでも、お勉強中に言い合いするのは良くないので、まずはそれを止める。
アルちゃんはしっかりしていて真面目だが、小言が口に出やすいのですぐ口論になりやすいのが玉に瑕だ。
「うーむ、そうじゃの……二人とも、皆で一緒に美味しいご飯を食べている時のお互いの顔を思い浮かべてみるのじゃよ」
「あ、成る程。確かに美味しい物を食べてる時のアルはすっごく可愛くにこっとしてるもんね」
「えっ、そ、そんなに!? ま、まあそれで良いなら良いけど……わ、私もラッテのニヤニヤ顔描いちゃうからな!」
そして、二人にアドバイスを出す。
ピンと来たようで、早速ラッテちゃんは既に紙に塗ってあったのっぺらぼうにアルちゃんの笑顔を足し始めた。アルちゃんのほうも、少し照れながらラッテちゃんの黄土色の耳を描き始めた。
「ぐりぐりころころ〜♪」
「ころころ……?」
「うん! 包帯描いてるの!」
「包帯がころころ……?」
三組目はチャグちゃんとカロアちゃん。困惑するチャグちゃんを余所に、独創的なセンスを持つカロアちゃんは、紙に白の色鉛筆でぐりぐりと塗りたくっている。
一方のチャグちゃんももう寝ぼけてはなさそうだが、一枚の紙にデカデカと描かれているのはチャグちゃんの顔というより抱えている●だ。まあ、まだ途中なので突っ込むのは無しにしよう。
「チャグちゃんもぐりぐり塗ってるじゃん」
「うんまあ……チャグちゃんにその黒い球は必要かなって」
「うん! これは私の宝物!」
楽しそうに互いの顔……ではないものをぐりぐりと塗り続ける二人。まだ時間はあるし、完成したらどんな絵になっているか楽しみだ。
「うおっ!? ヤコマちゃん、笑顔が可愛いと言っただけで刺そうとするのは止すんだ!」
「ご、ゴメンスピリちゃん。つい……」
四組目はスピリちゃんとヤコマちゃんなのだが……ふと見た時、スピリちゃんはパッと飛びのいていた。
いったいどうしたのかと思えば、どうやら褒められて照れたヤコマちゃんが照れ隠しに毒針を伸ばしたようだ。力強く描かれていたヤコマちゃんの似顔絵に大きな穴が開いてしまっていた。
「これ、恥ずかしいからと言って刺すのは止すのじゃと何度も言っておろう!」
「はぅ……ごめんなさい」
「まったく……痛いのは駄目じゃよ?」
「アタイは大丈夫だよ先生! それより新しい紙ちょうだい!」
「やれやれ……まあ、スピリちゃんもああ言っておるし、それで許すかの。でも、愛情表現で刺そうとするのはほどほどにの」
「ハイ……」
刺されそうになった本人は気にしていないし、刺そうとする行為もヤコマちゃんなりの愛情表現というのはわかっているが、それでも痛いし少しは毒も効くのであまりやらないようにと叱る。
叱られてちょっと涙目になってしまったヤコマちゃんの頭を撫でつつ、スピリちゃんに新しい紙をあげる。スピリちゃんは他の皆を元気にするのも得意だし、きっとヤコマちゃんもすぐ笑顔になってお絵描きを再開するだろう。
「ふっふふーん♪」
「……にへへ♪」
「んー? どうしたのフィンちゃん?」
「べ、別になんでもないわよ!」
最後の組はサマラちゃんとフィンちゃん。ファラオとアポピスという一見すると危険な組み合わせにも見えるが……
「フィンちゃんは楽しそうなサマラちゃんを見て可愛いと思ったのじゃよ」
「なっ、い、いきなり何言ってるのよ!」
「おや、違ったかの?」
「うー……そ、そうだけどぉ……」
「えへへっ♪ ありがとうフィンちゃん!」
「ど、どういたしまして……♪」
実は、フィンちゃんはサマラちゃんがあまりにも可愛すぎて手が出せないのだ。サマラちゃん自身も母親の部下の中にアポピスが居る事もあって慣れているのだろう。臆する事なくフィンちゃんとも仲良く遊ぶので二人は実に仲良しなのだ。というか、このクラスは誰であれ皆仲良しだ。
「もうちょっとわしにも優しくしてくれたら嬉しいのじゃが……」
「ふんっ。先生はお母様の敵。優しくしてあげる義理なんてないわ」
「おいコラアホ蛇! セルクス先生に向かってその態度は何だ!!」
「うっさいわね堅物わんこ! アンタは大人しく下手くそな絵でも描いてなさい!」
「これ二人とも。口喧嘩は駄目じゃよ。仲良くするのじゃ」
「「はいっ!」」
まあ、アルちゃんとフィンちゃんはこのようによく口論をするけど、一緒に遊ぶので仲が悪いわけではないのだろう。ファラオでもアポピスでも、子供には種族の関係なんてお構いなしなのだ。
「うん、できたー!」
「うーん、お顔描くの難しいなぁ……」
「ぬりぬりー」
「むむ……」
早々に描き終えた子。悩んで中々進まない子。出来とか時間とか気にせず楽しむ子。子供によって全く違う様子を見せながらも、皆が皆真剣に絵を描き続け……
「ふー、なんとかできたかな?」
「チャグちゃん終わったかの? それでは皆、描いた絵を元気に発表するのじゃ」
最後まで色鉛筆を動かしていたチャグちゃんが描き終えたので、ここからは発表会だ。
「では、年齢の高い順に行くかのぉ。まずはオラーナちゃん」
「はい」
今日は名簿順ではなく年齢順に発表してもらおうという事で、年長組の中でも一番産まれたのが早いオラーナちゃんを指名した。
「私はウルムちゃんを描きました」
「おお、上手!」
「すごーい!!」
オラーナちゃんが見せてくれたのは、包帯や乾燥肌などの特徴を上手く掴んで描かれた笑顔のウルムちゃん。サボテン組の中では1,2を争う程絵が上手なのもあり、一目見ただけでウルムちゃんだとわかる。
「良く描けているのぉ。ウルムちゃんはどう思う?」
「すっごく上手だと思います。ありがとうオラーナちゃん!」
「うん……」
ウルムちゃん本人からも好評で、オラーナちゃんも思わず目尻が下がる。きっと笑っているのだろう。
「ありがとうオラーナちゃん。では次はスピリちゃん」
「はーい! アタイはヤコマちゃんを描いたよ!」
「なんか力強いわね」
「スピリちゃんらしいね」
次はスピリちゃん。スピリちゃんは力強く真顔でマスクのヤコマちゃんを描いていた。紙の裏にまで写っているその絵は、目のバランスこそちょっと悪いけど上手くギルタブリルの特徴を掴んでいた。
「スピリちゃんらしい力強く熱い絵じゃの。ヤコマちゃんはどうかの?」
「ありがとうスピリちゃん。嬉しい」
「えっへへー!」
姉とは違い表情には出さないが、言葉通り嬉しそうなヤコマちゃん。途中トラブルもあり涙目になったことなどすっかり忘れているようだ。スピリちゃんも高評価で機嫌が良くなり、身体中の炎がメラメラと舞い上がっている。
「さてお次はウルムちゃんじゃな」
「はい。私はオラーナちゃんの笑顔を描きました!」
「お姉ちゃんのにっこり顔だ。珍しい」
「ウルムちゃんも上手だねー」
そして5歳組最後の一人、ウルムちゃんはオラーナちゃんの似顔絵を描いた。先程マスクを取ってもらっていたので、スピリちゃんが描いたヤコマちゃんの絵とは違いにっこり顔で描かれている。
「うむ。ウルムちゃんのほうもオラーナちゃんの特徴をよく掴めておるの。じゃろう?」
「はい。ありがとうウルムちゃん」
「どういたしまして♪」
ウルムちゃんの絵の出来に、オラーナちゃんも満足そうだ。マスクにできた皺からして、口元は絵と同じようににっこりしているだろう。
「それでは次はアルちゃんじゃな」
「はい! 私はラッテを描きました!」
5歳の子は全員発表を終えたので、次は4歳組が同じく誕生日順で発表だ。という事で、まずはアルちゃんに発表してもらった。
「んー、アルにしては一応私に見えるね」
「一応とは何だ一応とは。正真正銘ラッテだろ!」
「まあ……肌も茶色いし猫耳っぽいのも付いてるから見えなくもないわよね」
「うーん……なんか微妙に違う感じも……」
「む、不評か……」
自信満々に出した絵は、確かにクイズを思いつきニヤリとしているラッテちゃんに見えない事もないって感じだ。表情はきちんとしているが、それ以外に若干違和感がある。アルちゃんは生真面目な割に絵は大雑把なので、これでもいつもよりは上手ではある。
「そうじゃの……ちいとばかし耳が長いのと、顔が小さ過ぎるのが違和感の原因じゃな。それじゃと猫耳というより狐耳に見えるぞ。あと、ラッテちゃんの顔はもうちっと丸っこいかの」
「あー……言われてみればそうかもしれません。先生、アドバイスありがとうございます」
とりあえず違和感の正体を伝え、こうすればもっと良くなると伝える。飲み込みが良いアルちゃんの事だから、次はもっとしっくりくるラッテちゃんの笑顔を描けるだろう。
「ではお次は……フィンちゃんじゃな」
「ふん。私はサマラちゃんを描いたわ!」
「おっ上手じゃん!」
「中々いいね。サマラちゃんに見えるよ」
次はフィンちゃん。蛇体を揺らしながら自信満々に出した絵は、サマラちゃんのにっこり笑顔だった。滅茶苦茶上手いというわけではないが、観察力がしっかりついてるフィンちゃんらしく、サマラちゃんのしている装飾品や髪飾りなんかも細かく描かれている。
「ちょっと目が離れ過ぎている感じじゃが……サマラちゃん的にはどうかの?」
「すっごく上手! ありがとうフィンちゃん」
「えへへ……ありがとう♪」
モデルになったサマラちゃんも描かれているのと同じ笑顔でお礼を言った。とても満足そうだ。
「それではお次はラッテちゃんじゃな」
「にゃあ! あたしはアルのにっこり顔を描いたよ!」
「なんかにこっとしてるアルって新鮮ね」
「アルちゃんあまり笑わないもんねー」
「失礼な! 私だって笑う時は笑うぞ!」
次は4歳ラストのラッテちゃん。ラッテちゃんは途中でアドバイスした通りご飯を食べている時に良く見せる笑顔を描いていた。
彼女もアルちゃんと同じくそこまで絵が上手いというわけではないが、毎日顔を合わせている事もあってアヌビスの特徴を上手く掴めている。しいて言うなら、肌の色はこげ茶ではなくもう少し薄いかなと思う。
「ま、まあ周りの意見はともかく、私よりは上手いと思うぞ。ありがとうラッテ」
「にゃはー、こちらこそありがとうねアル!」
「アルちゃん的にも良かったようじゃな。ではどんどん行こうかの。サマラちゃん」
「はーい!」
アルちゃんも納得の出来だったようで、ラッテちゃん相手に珍しく素直に褒めていた。
これで4歳組も全員終わったので、次はいよいよ3歳組だ。ここからは上手い下手よりもただ単に微笑ましい感じになるだろう。
という事で、3歳トップバッターのサマラちゃんは、元気よくフィンちゃんの似顔絵を発表した。
「私はフィンちゃんを描きました!」
「おー上手上手!」
「流石ですサマラちゃん!」
それは、紫で塗られた顔に黒で描かれた目に銀色で波打ってる頭の飾り、そして半月状に赤鉛筆で表された口と、全体的にぐちゃっとしていてもなんとなくアポピスと、フィンちゃんと分かる絵であった。頭の後ろでにょろっとしているのはおそらく蛇体の先端だろう。
「フィンちゃんどうかなー?」
「すっごく可愛く描けてるわ。ありがとうサマラちゃん!」
「にっへへー♪」
3歳でここまで特徴を掴めている絵を描けているならば上出来だ。モデルのフィンちゃんも満足そうだ。
「良く描けておる。この調子じゃよ。さて、次はヤコマちゃんじゃな」
「はい。私はスピリちゃんを描きました」
「おお、上手だねヤコマ」
「まっかっかー」
そして今度はヤコマちゃん。そこに描かれているのは、大きな炎に力強い目つき、そしてニヤッとした口だった。髪どころか顔まで炎になっているものの、イグニスであるスピリちゃんを表現しているものだとハッキリわかる。
「凄いねヤコマちゃん。アタイそっくりだよ!」
「ありがとう……」
スピリちゃんは絵に合わせて顔に炎を浮かべながら、上手だとヤコマちゃんを褒める。ヤコマちゃんも顔を赤らめ照れており、嬉しそうだ。
「うむ、そっくりに描けておるのぉ。それではチャグちゃん、発表するのじゃ」
「はい。私はカロアちゃんを描きました!」
「え……ああ、うん。確かにカロアちゃんだ」
「うんうん、隣の黒い球なんてまさにそうね」
ヤコマちゃんの発表も終わり、次はチャグちゃん。彼女が見せた絵は……赤紫色の髪が生えたこげ茶色の顔に、ピンク色の線だけで描かれたにっこり顔。そしてその顔の隣に顔の1.5倍ほどの大きさで描かれた●だった。
顔はまさに3歳児とも言える微笑ましさだが、その横にある●はまさに一番の特徴ともいえるだろう。実際カロアちゃんは今もそれぐらいの大きさの●を抱えてにっこりしているのだから。
「確かに、魔力球を持って喜んでおるカロアちゃんそっくりじゃのう。そう思わぬか?」
「うん! コロコロするの大好きだよ! ありがとうチャグちゃん!」
「うん!」
本人も大満足だったみたいで、絵と同じように顔の横に●を掲げながらお礼を言った。
「それでは最後、カロアちゃんじゃよ」
「はーい! 私はチャグちゃんを描きましたー!」
「あーそれっぽいね!」
「チャグはこうなってる時もあるしな」
そしてラストバッターは、一番誕生日の遅いカロアちゃん。描いていた途中で見た通り、その紙には白でぐるぐる包帯らしきものが描かれており、その上にはちょろっとはみ出ている黄土色の髪の毛と蒼い瞳が描かれている。口元の包帯が歪んでいるのは笑顔という事だろう。
「まあ、もうちっと耳とか肌が出ておるともっと良かったかもしれぬが……まあ、包帯巻くの失敗してこうなっておる時もあるしのぉ……チャグちゃんはどうかの?」
「包帯ぐりぐりだねー。ありがとうカロアちゃん!」
「うん! えへへ♪」
ちょっと包帯が多すぎる気もするが、まだ包帯が上手く巻けないチャグちゃんがこれぐらいになっている時も確かにある。そう思えば似ているのだろう。
チャグちゃんもそれがわかっているからか、とっても満足そうだ。
「さて、これで発表会は終わりじゃ。絵が上手いと相手も喜ぶ。これも殿方を振り向かせる手段の一種じゃし、もっと腕を磨くのじゃよ。それでは、描いた絵を互いのパートナーとプレゼントし合いっこじゃ」
『はーい!』
全員の発表も終わったし、時間もそろそろお昼なので最後に互いの似顔絵を交換して午前中の授業は終わり。
皆嬉しそうに互いの絵を交換し合う。その顔は、描かれた絵と違わない笑顔であった。
===========[ちょっと一息]===========
【もしもサボテン組の子が海に遊びに行ったら】
・サマラちゃん&アルちゃんの場合
「わー砂浜あつーい海しょっぱーい! でも泳げない……」
「見て下さいサマラちゃんこんなところにヤドカリが!」
「ほんとだー! こんにちはヤドカリさん!」
「こっちにはキラキラした貝殻がいっぱいですよ!」
泳げないので波打ち際や砂浜で時間も忘れて思いっきりはしゃぎます。
・フィンちゃん&カロアちゃんの場合
「ふん。砂漠系でも私はあんた達と違って泳げるわよ! 一人で優雅に泳ぐとするわ」
「そんな事言ってないでフィンちゃんもこっちで遊ぼうよ。一緒にコロコロしよ!」
「わ、私は遠慮しておくわ! ……熱いし……」
「ころころー♪」
海水で固めた砂をころころしているカロアちゃん達を遠目に、砂浜で蛇体が焼けぬよう海で泳いでいます。
・ウルムちゃん&チャグちゃんの場合
「ひあぁぁ……潮風がお肌にしみるぅぅ……♪」
「お水は良いけどびくんってなっちゃうぅぅ……」
潮風で包帯が剥がれ、敏感肌が刺激されて感じてしまいます。
・スピリちゃんの場合
「……」
「あ、あれ? スピリちゃん? アンタ波打ち際で何してるの?」
「……海水……浴びた……」
「あ、あはは……仕方ないから砂浜の安全なところまで連れていってあげるわ」
「あり、がと……フィンちゃ……がくっ」
海水を浴びて力が抜け倒れてしまいます。
おしまい。
===========[一息終わり]===========
「さて皆の者、お弁当は受け取ったかの?」
『はーい!』
「うむ。全員に配り終えたみたいじゃの。それでは、いただきます」
『いたーだきます!』
午前のお勉強も終わり、待ちに待ったお昼ご飯の時間がやってきた。
園長先生お気に入りのジパング式食前の祈りを済ませ、早速頂く事にする。
「今日のお弁当は何かな?」
「今日は……野菜サラダと玄米に……えっと、この卵の入ったハンバーグは……」
「スコッチエッグ。あとはミニトマト2つとオレンジ」
「わーおいしそー!」
今日のお弁当を見て喜ぶ園児達。ツクヨ先生達が作ったお弁当は美味しいのでわしも毎日楽しみにしている。
まあ、今日のメニューで言えばトマトは苦手だが……園児達の手前、苦手なものでも嫌な顔をせずに食べている。それに、うちの料理人達より腕が立つのか、弁当で出れば美味しいと感じるものも多い。
「はむっんーおいしー♪」
「そういえばフィンちゃんって蛇だけに卵好きなの?」
「好きだけど蛇だからじゃないわよ。というか蛇と一緒にしないで」
お昼はオアシスの周りに集まって皆でわいわいと食べる。勿論、朝と違ってフィンちゃんも皆の近くで食べている。たとえ離れていても基本的にお昼はスピリちゃんが引っ張ってくるし、暑いのもあるからだ。
ここなら涼しいし、それでも暑いのならオアシスに足だって入れられる。この国には大昔の異常気象によって既に砂漠は無くなっているが、このように擬似的にでも砂漠での涼しみ方を知るのも、将来本当に砂漠へ行く場合良い経験になるからだ。
特にサマラちゃんの実家は普通の砂漠にある。卒園したら戻る予定なので、今のうちにそういった事も学ぶ必要がある。
「お姉ちゃん、私トマト苦手」
「もう、ヤコマは好き嫌い多い。仕方ないから一つは食べてあげる。もう一個は食べなさい」
「うん、ありがとうお姉ちゃん」
「ヤコマちゃんはトマト苦手なんだね。私はコロコロしてて好きだよ!」
「ヤコマはトマトとかレモンとかちょっとすっぱいのが苦手なんだよ」
「あーわかるにゃ。あたしもちょっとすっぱいの苦手。トマトはいけるけどね」
皆で涼しみながら、自由におしゃべりしてご飯を食べる。好き嫌いのない子は、毎日美味しいと嬉しそうに食べている。
勿論、ヤコマちゃんみたいに好き嫌いがある子もいる。わしも好き嫌いがあるので強くは言えないが、折角作ってもらっているのだから、嫌いなものも他の子に分け与えつつ少しは食べる様に指導している。
「好き嫌いと言えば、アルは好き嫌いないよね」
「そんな事ないぞ? ただ、セルクス先生の仰る通り折角作っていただいたものを残すのは悪いからな」
「嫌いな物もきちんと食べるなんてアルちゃんは偉いな!」
「ふふん。ファラオを護る者として当然だ!」
「それとこれは関係ないんじゃ……まあいいか」
他のクラスでは遊びたいが故に早く食べる子も多いが、このクラスはほぼ全員が毎日ゆっくり食べている。ちょっとだけスピリちゃんが早いのと、たまにヤコマちゃんがばら組に遊びに行くために早めに食べているぐらいだ。
何故そうなのかはわからないが……もしかしたらゆっくりお喋りしながら食べるわしの食事ペースがうつったのかと考えると、妙に微笑ましくもある。
「ねえ先生、お昼からは何のお勉強するの?」
「そうじゃのぅ。お昼からは身体の勉強じゃな。男と女の違いについて教えるから、皆しっかりお勉強するのじゃよ」
「うー、難しそうだな……」
「まあまあカロアちゃん。大事だから頑張ろうよ!」
そんなのんびりとしたお昼ご飯も終われば、午後のお勉強の時間だ。
今日の午後は性の、特に男女の違いについてだ。昨今の魔物としては必修科目ともいえるだろう。
特に自分は昔は男だったが今は女と両方の性別を経験している。だからこそ難色を示しているカロアちゃんにもわかりやすく教えられるよう頑張ろうと思う。
「ごっちそーさまー! よーしお昼は遊ぶぞー!」
「私もー!」
「私はゆっくりと本でも読むかな」
「本読もうかな……」
「私はばら組に行ってハルちゃんと遊んでくる」
「あたしは寝るにゃぁ……」
「同じく」
「私も……ふぁ〜」
「私はコロコロしてる!」
「私は……如何にして先生を僕にできるか考え……って冗談よ。考えるにしても口に出すわけないじゃない」
「ほっほ。それは楽しみじゃの。フィンちゃんが母親を越えられるのなら、先生としては嬉しいからの」
「そ、そう? じゃあ考えちゃおっと!」
だが、その前にはお昼休憩だ。
一人一人が思い思いにしたい事を語りつつ、時間は朗らかに流れていくのであった。
……………………
「んっぐ……今日も疲れたのぉ……」
そして時間は経ち、先生達の帰宅時間。
いつものように会議や片づけを済ませた頃には、半分より少し膨らんだ月が空を明るく照らしていた。
「お疲れ様ですセルクス先生。ではまた明日」
「ばいばいセルクス先生! また明日ー!」
「うむ、ゴート先生もお疲れ様。マイアちゃんもまた明日元気に来るのじゃよ」
親である先生達を待っていた園児達にも笑顔で手を振り別れの挨拶をし、自分自身も園を出て帰路につく。
「さて、わしも帰ると……おや、あれは……」
1日中働いた後となると流石に疲れも溜まっている。この時間はフィンちゃんの家は夕飯中のはずなので余程の事が無い限り宿敵が襲って来る事は無いとはいえ、疲れを癒すためにもゆっくりしたいものだ。
なんて思っていたら、目の前にチューリップ組のマオリ先生が歩いていたので、気付かれないようにこっそりと近づき……
「ふんふふー……きゃっ!?」
「うむ、相変わらず引き締まったお尻じゃのぉ。これで男が寄り付かんのが不思議じゃわい」
「ちょっセルクス先生! いきなりお尻を撫でないで下さいよ!」
後ろから形が良いお尻を触り、軽い挨拶をする。
独身限定だがこうした先生達とのセクハ……スキンシップも楽しいし良いストレス解消になっている。相手だって文句こそ言いつつもまんざらでもなさそうなので別に良いだろう。
「もう……一族総出で仕返ししますよ?」
「おお、それは怖いの。まあ、軽いスキンシップじゃから許せ。それとも、いつも通りもっと深いところまでやったほうが良かったかの?」
「遠慮しておきます。今はそんなにムラムラしてませんので……」
特にマオリ先生やツクヨ先生は発情期前後になるとたまーに百合プレイする時もあるし、こんな事を言いつつも特に嫌がるそぶりは見せない。とはいえ、無理やりヤるのは好みではないので手を引く。
「まあ、ムラムラしたらいつでも言いなさい。わしが色んなテクニックを教えてあげるからのぉ」
「はぁ……まったく、そんなに他の女に手を出してますとあんな風に拗ねちゃいますよ」
「あんな風にって……あ……」
手を引きつつ、冗談めいてからかっていたら、マオリ先生が困った顔を浮かべながら爪先を道の先に指しながらそう言った。
あんな風にとはいったいと思いながらそっちを見てみると……そこには、ジト目でふくれっ面をしたマミーが一人立っていた。
「お、おおサンよ。迎えに来てくれたのか!」
「むぅ……セルクス様は若い女の子のほうが好きなのですね……」
「あ、あれはなんというかその同僚とのスキンシップでだな……ほ、本気で愛しておるのはお主だけじゃからそ、その……すまぬ……」
「むぅ……」
このマミーの名はサン。わしの遺跡で共に暮らす部下……ではなく、わしとほぼ対等な立場にいる、今現在世界で一番わしが愛している女性だ。
「セルクス様にも色々と事情があるのはわかりますが、やっぱり目の前で他人との痴情を見るのは気分がよくありません」
「面目ない……その代わりではないが、今夜はお主が満足するまで付き合うから許してほしいのじゃ……」
「それはそれです。そうですね……帰りに美味しいケーキを買ってくれたら許してあげます」
「おおそうか! では何でも好きなケーキを買ってあげよう!」
魔物なのに同じ魔物の女性を愛している、しかも本来なら部下であるはずのマミー相手に……何も知らぬ者が聞けば首をかしげるだろう。
サンはただのマミーではない。彼女は生前、男だったわしの妻だった者だ。
王として人々を導く使命を背負ったわしを心身共に支えてくれたのが彼女だ。死してなおわしと共に居てくれる彼女を、世界一愛していないわけがない。
「それでは私はこの辺で。失礼します」
「うむ、お疲れ様。魔界の夜は明るいとはいえ鳥目だと見にくいじゃろうし気を付けるのじゃよ……それにしてもお主、家で待っておらずに園の近くまで来るとは珍しいの」
「今日はお昼に起きたら少し心寂しかったので、一刻も早くお会いしたかったのです」
「なるほどのぅ……」
空気を読んだのが一人先に帰宅するマオリ先生に挨拶をし、改めてサンと対話する。
ちなみに彼女はラッテちゃんの母親以上に寝坊助なので、朝ご飯には顔を出さないどころか普段は昼過ぎに起きている。むしろ朝起きていたら奇跡に近く、幼稚園がある日はいつも帰宅してから初めてお目に掛かれるほどだ。
「お主の為にも、早く伴侶となる者を探し出さんと駄目じゃなぁ……」
「私にはセルクス様が居て下さればそれで充分です。他の者を愛すなど……」
「そう言ってくれるのは嬉しいのじゃが、それではお主はいつまで経っても身体が渇いたままじゃ。それは、わしが悲しい」
「セルクス様……」
サンがそんなに寝坊助なのは、単に体内の魔力が少ないからだ。
彼女にとって最愛の伴侶であったわしは、ファラオという魔物になった事で精を作る機能を失った。直接的だったり、園長先生の伝手で入手したかつてわしに付いていた性器を再現できる薬品を使って交わったりしてわしの魔力を受け渡しているが、それで満足はできないだろう。
「それに、わし自身が女として男を求めておるからの。精もそうじゃが、何よりも子供が欲しい。昔産まれ、わしらと違い魔物としての生を受けなかった息子の分もな……」
「それは……存じておりますが……」
「じゃが、お主も愛しておる。だからこそ、わしら二人を受け入れてくれる者を探しておるのじゃ。お主も納得できるような、王の器を持つような殿方をな」
「はい……」
勿論サンだけではなく、男を欲しているのはわし自身もだ。
元は男とはいえ、今や立派な魔物の女。しかもゾンビの一種だ。飢えと渇きを満たすため、常々伴侶が欲しいと思っている。
そして、それ以上に娘も欲しい。愛する者との子供が欲しいという事もあるが、それ以外にも理由はある。
生前には一人息子も居たが、かつての異常気象でその命を奪われた後、わしらと違いその魂は成仏してしまったらしく現世には居ない。折角2度目の生を歩んでいるのだから、彼が欲しがっていた妹を作ってあげたいというのもあるのだ。
そして、それは願わくばサンと共にだ。だからこそ、わしら夫婦が共に気に召す男を探してはいるのだが……サン自身現状ではわし一筋な事もあり前途多難だ。
「さて、今居らぬ者の事を考えていても仕方がない。お主が望むケーキを買いに甘味処へ向かうとするかの。昔は食べられなかった美味なものじゃから、わしの分も買うとしよう」
「そうですね。では参りましょう。食後には私を抱いて下さい……今日は生やす方でお願いします」
「うむ。そうと決まれば急いで買って帰るとしよう。明日も幼稚園はある。寝坊したらアルちゃんに怒られてしまうからの」
今は居ない伴侶の話をして嘆いていても仕方がない。疲れが余計に増すだけだ。今は今で、二人で仲睦まじく行こう。
という事で、甘いケーキを買うため、二人で手を繋ぎながら夜の街へと掛けたのであった。
16/12/16 22:32更新 / マイクロミー
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