7話 出会いの記憶と気付かぬ心
「きゃあああっ!!」
「はははっ! 逃げられると思ったか小娘!」
父様が汚らわしい人間に殺されて、およそ5年が経過した。
だがその5年間で、オレの中にある人間への憎しみは消えるどころか、何十倍にも膨れ上がっていた。
だからこそ、まだまだ父様には程遠いもののバフォメットとして順調に育ったオレは、今日も憎き人間共の村を襲い、人間を爪で引き裂いたり魔術で呪い殺したり、また美味そうな奴は食い殺したりしていた。
「イヤ、助けて……!」
「残念だったな。人間の命乞いを聞ける耳なんてオレは持ち合わせてないんだよ」
「い、いやあああぁぁぁ……あがぁっ」
「もぐもぐ……んー、やっぱ肉が付いたメスは美味いな」
オレに向かってくる者は、魔術で殺したり、握り潰したりと、一人一人確実に殺していく。
一気に殺す事もできるが、それはちょっと物足りない。父様を殺した人間共を、一人一人恨みを込めて殺さないと気が済まないのだ。
その中でも柔らかそうな身体をした人間は、オレの食料になってもらう。こんなゴミ同然な生物でも、個体によってはとても美味いものだ。
「くそ! 娘を返……ぐぺっ!!」
「ん? なんか言ったか人間?」
一人メスを食べた瞬間、目の前に槍を持った初老の男性が突っ込んできた。だがその矛先が当たる前に、オレが殴った事で頭が吹き飛んだ。
何か言おうとしていたようだが、顔がなければ何も喋る事などできまい。
「くそ……なんでバフォメットなんて凶悪な魔物がこんな場所にいるんだよ!」
「助けて下さい神様! 勇者様!」
「ははっ! 喚け叫べ! 貴様ら人間など一人残らず殺してやる!!」
命乞いする者、オレの力に絶望する者、神頼みする者……その全てを平等に、恨みを込めて息の根を止める。
こんな事をしても父様は帰って来ない。だが、こんな事をし続けてもオレの怒りは治まる事を知らない。
だからやめられない。人間を一人残らず殺しきるまで、止まる気は無い。
「ははははっ、死ね! 死ねえ!!」
束になって掛かってこようが、ひ弱な人間ではオレの足下にも及ばない。
一人一人がただの肉塊に変わっていく事に、目標が近付いていると実感でき悦びに身体が震える。
「人間は皆殺しだあああああ!!」
「……そこまでだバフォメット!!」
「ぐッ!? な、なんだ?」
逃げまどう村人を殺すべく、爆発呪文を唱えようとしたところで……何者かがオレの後ろから鈍器のような物で殴りかかってきた。
まさか人間如きに後ろを取られるとは思っていなかった。いったい何者なのかと、急いで後ろを振り返った。
「キサマ、何者だ!? まさか勇者か?」
「いや、違う。ただの兵士だ。魔物狩り専門のな」
そこには、兵士と言う割には、鎧や兜の一つすら身に着けていない、一人の若い(とはいえ10歳のオレよりは年上であろう)人間のオスが立っていた。
鈍器で殴られたような気がしたのだが、その手には何も持っていないし、そこら辺にそれらしき物も転がっていなかった。
「勇者ではない……ならば恐れる必要はない。死ね人間!」
このオスの武器がサッパリわからないが、勇者ではないという事はどのみちたいした事は無いだろう。
さっきの後ろからの不意打ちは喰らってしまったが、正面を向いていればそんなヘマはしない。
そう思い、オレはこのオスを裂き殺すため飛びかかった。もちろんこいつなんかがかわせるわけがない、そう思ってだ。
「ふ……はあっ!」
「何っ!?」
だが、あろう事かこいつはオレの動きに合わせて動き、オレが切り裂かんと振り下ろした右腕を、奴の右腕が身体に当たらないように流した。
この五年間、勇者でもない人間がオレの動きについて来れる事など一度もなかった。多少の魔力は感じるものの、奴に加護の力は感じない為、ただの人間である事に間違いは無いはずだ。
「クソ……人間の分際で……!!」
ただの人間に攻撃をかわされた事でオレの頭に血が上った。
だからかオレは冷静さを失い、怒り任せに人間へと殴りかかった。
「やぁ、はっ!!」
「グオッ!?」
嘗めていたとはいえ、きちんと相手を殺す為に繰り出した右腕がかわされたのだ。怒り任せの単調な攻撃が当たる筈もなく、軽くステップを踏まれただけでかわされて、お返しとばかりに奴の拳が腹に食い込んだ。
重い一撃に一瞬息が止まる。一瞬ぐらっとしたがどうにか踏みとどまる。
「まだまだ!」
「ぐあっ、がっ、グボッ、ぐっ、ば、バリアー!」
「ちっ……」
しかし、奴もその隙を逃がさずに連続で攻撃をしてくる。
反射で腹を押さえたところに、足に強力な蹴りを入れられる。そのせいでバランスを崩しそうになったところで、今度は逆サイドの脇腹に蹴りを入れられた。
あまりもの痛みに思わず怯む。その隙に懐に入り込み、顎を打ち砕いてくる。
痛みで頭がくらくらしてくる。このままでは危ない。
オレは咄嗟に父様直伝の防御結界を身体に張り奴の猛攻から逃れる。これで物理攻撃は緩和されるし、効果を知っているのか奴も攻撃を止め距離を取った。
まさか人間相手に防御結界を張る事になるとは思っておらず、悔しい想いと同時に、少しばかり感心してしまった。
また同時に、奴が武器を持っていなかった理由がハッキリとわかった。
奴の武器は……奴の拳や足など、身体そのものだ。魔力で強化されたその拳や蹴りが、鈍器で殴る以上の威力を携えているのだ。
「ぐ……貴様、人間の分際でなかなかやるな」
「バフォメットとはいえ、まだ子供の個体に体術で後れはとらん」
「ふん……人間のくせにクソ生意気な奴め」
久しぶりの痛み……腹の痛みを感じたと同時に、多少は冷静さを取り戻せたようだ。思考が働くようになった。
どうやら勇者ではない人間だからといって、目の前にいる人間を嘗めて相手するのはよくないみたいだ。下手すればこちらが殺されるかもしれない。
今までも兵士と名乗るやつらは一人残らず殺してきたが……こいつは魔物狩り専用の兵士と言うだけあって、そこかしこに転がっている有象無象とは違うようだ。
考え無しに突っ込んだところで返り討ちに遭うという事は嫌という程わかった。
「体術が得意ならば、魔術で殺すだけだ!」
とりあえずそれ以外にわかった事は、奴自身はどうやら接近戦が得意な『だけ』みたいだ。拳や足に魔力を感じるが、それを自在に操る様子は無いし、何よりも奴そのものから感じる魔力と掛けられている魔力は別のものだ。
おそらく奴の拳を強化しているのは奴自身ではなく別の人間だ。という事は、奴自身は一切魔術を使えない可能性が高い。今のところ遠距離の攻撃を行っていないので、おそらく当たっているだろう。
ならば話は早い。こちらは遠距離攻撃……魔術で奴を殺せばいいだけだ。
オレは最も得意な火を操る魔術を使い、奴の頭上目掛けて奴の身体程の大きさの火の塊を降らせた。
「よっと。こんなもの簡単だ!」
「ちっ避けたか」
だが奴は降ってくる火のわずかな隙間を軽々と潜り、多少皮膚が火傷する程度のダメージに抑えてやり過ごした。
やはり反射神経も高精度で、また洞察力も優れているらしい。
手練の兵士とか言っていた奴を7つの時に同じ手で殺した事があったので、まさかここまでやる人間が勇者クラス以外でいるだなんて思いもしなかった。
「ならばこれでどうだ!」
なので、今まではお遊び程度にしか使ってこなかった呪殺系の魔術を奴に放ってみた。
当てた者の命を燃やしつくすそこそこ速く飛ぶ黒い炎を杖の先から飛ばし、更に操作術を併用して自在に操り軌道を読みにくくさせてみた。
「くっ……うおっ!?」
どうやら触れれば危ないと感じたらしく、先程とは違い必死の形相でかわす。
だが、前や後に右や左と完全ランダムに隙を見て当てに行くが、隙をついても当たるギリギリでパッと避けるせいで、こちらもなかなか当てられないでいた。
「ちっ……ちょこまかと動きやがって……」
当たればただの人間如き一発で葬り去る事ができるのだが、当たらなければ魔力の無駄でしかない。
一つが駄目なら二つ三つと出せばいいのだが、残念ながら今のオレではこの魔術を複数操作する事はおろか、二つ以上出すこともままならない。
基礎的な物以外、大半の魔術は父様が残してくれた魔術書からの独学だが、その事もあり呪殺など高等な魔術の精度はあまり高くないのだ。
「くそっ、いい加減当たれ!」
「当たるかよ!」
当たらないなら切り替えれば良いものの、ムキになってずっと当てようとするオレ。
頭ではわかっているが、ここまでやる人間は初めてだったので勝手がわからず、ついまたムキになって攻め続けてしまった。
「クソッ、く……えっ!? な、なんだこれは!?」
「お兄ちゃん大丈夫!?」
そのせいでオレは、自分の身体にまとわりつく煙と、一人の人間のメスの存在に気付くのが遅れてしまった。
「う、動けねぇ……」
「遅かったなホーラ。村人の誘導は終わったか?」
「一応ね。でも、私達がこの魔物にやられたら何もかも無駄になるよ」
「それはそうだな。気を抜くなよ!」
どうやら奴の仲間……いや、奴自身がお兄ちゃんと呼ばれたり、顔が似ているところから兄妹だろう。奴の妹がどこかから現れ、オレに変な拘束魔術を掛けたようだ。
力づくで抜けだそうとしたが、煙だからか全く千切れる様子がない。魔術で解除しようにも、単純な拘束術じゃないので対処が難しい。
何をしたのかはよくわからないが、どうにかしないとまずい状況になった事は確実だ。
この煙のせいで身体が全く動かないのだ。魔術だけでは厳しいものがあり、またいつの間にかバリアーも剥がれているので、接近されて何度も殴られたら一溜まりもない。
それに、煙から感じる魔力の性質からして、奴の拳や足に強化術を掛けたのは間違いなくこのメスだ。つまり、奴自身を更に強化する事もできるうえ、魔術にも対応できる事になってしまったというわけだ。
「クソが。不意打ちとは卑怯な……」
「卑怯も何もないわよ! 影から狙わなきゃあんたみたいな化け物に勝てないもん!」
「そういう事だ。お前は人を殺し過ぎだ。お前自身の死をもって償え」
そうこうしているうちに、予想通り拳の強化を図る兄妹。
凄まじいエネルギーを人間の拳に集中させる。あれで頭を打ち抜かれたら、オレでも無事では済まないだろうし、最悪死に至るだろう。
「人を殺し過ぎた、だから死をもって償えだと……!?」
「ああ、そうだ」
だが……奴の一言が、そんな危機的状況なんかどうでも良くなるぐらいの怒りの感情をオレに植え付けた。
「ふざけるな!! 貴様ら人間が……人間が先に父様を殺したんじゃないか!!」
「……何?」
「これは復讐だ!! 貴様ら人間が全滅するまで、オレは人間を許さない!!」
死をもって償え……それは、こちらの台詞だ。
人間が父様を殺さなければ、全滅させる気など起こらなかった。
悪いのは人間だ。そう、全ての人間は死をもって償うべきなのだ。
「はぁ……なるほどね。お前が人を無差別に殺すのは魔物としてだけでなく、父親の復讐でもあるのか」
「ああそうだ!! だから貴様等も死ねええええええええ!!」
目の前で溜息を吐く兄妹にも償ってもらうために、オレは全ての命を吸い取る黒い玉を目の前に発生させた。
これは触れたら死ぬなんてちゃちなものではなく、近くにいる全ての生命体の命を枯らす禁術だ。
もちろん、使用者であるオレ自身も対象となる。だが、人間と比べれば魔物は総じて頑丈で生命力も高い。オレが死ぬ前に奴らのほうが先に死ぬので、奴らが死んだら解除すればいいだけだ。
魔力の大半を持ってかれるうえ、人間を一気に殺してしまうのであまり使いたくはなかったが……もう関係無かった。
「皆死んでしまえええええええええええええええええええええ!!」
「これは不味そうだな……ホーラ!」
「わかってるよお兄ちゃん。ちょっと待って!」
術が発動してから、身体の魔力も体力も何もかもがその球体に吸い込まれているのがわかる。力が抜け、その場で横になる程だ。
地面に生えていた雑草は枯れ、家に使われていた木材は崩壊し、虫や小動物も土に還る……そのうち、目の前で必死に何かをしている人間共も死ぬだろう。
ここにいた人間共をどこに誘導したかは知らないが、どうせそう遠くまでは行っていないはずだ。この術に巻き込まれてそいつらも全員命を落とす。
全員死んでもまだ償いきれていないし許す気もないが、少しは気が楽にもなるだろう。
なんて思ったが……
「できた! いっけえっ!」
「な……なん……だと!?」
メスのほうが筒に何かを入れていたと思ったら、その中身を黒い玉に向け発射した。
そして命中し……こちらが解除していないのにもかかわらず、黒い玉は弾けて消えてしまった。
「ふぅ……そういった死を呼ぶ呪文って、発動までが複雑なものでなければ対策は普通の魔術よりもずっと楽なのよね。それにしてもこの魔薬品、剣の表面に纏わせたりこんな感じに砲撃にするのも簡単で扱いやすいなぁ……今度会ったらモックさんにお礼言っておこうっと」
「御託はいい。まずはこいつの息の根を止めるぞホーラ」
「はーいお兄ちゃん」
魔力の大半を使って発動した術が掻き消されてしまった。
まだ動けないし、魔術ももう小さな火の粉を起こす程度の物しか使えない。万事休すだ。
まさかこんなところでこんな勇者でもない奴等に殺されるとは思いもしなかった……父様の仇も討てず、こんな場所で……
「さて……悪いがお前には死んでもらう。逆恨みで人間を殺されたら堪らないからな」
オスのほうが倒れるオレの前に来て、拳を振り上げながら語りかけてきた。
「逆恨み……だと?」
「そうだろ? お前の父親を殺した人間はこの村の人達じゃないはずだ。恨むならそいつだけ恨めばいいものの、全く関係ない人まで殺すんじゃない」
たしかにこいつの言う通り、父様を殺した人間は一人のオスだ。忘れたくても忘れられない、あの憎きオスだ。
「それがどうした。人間が殺した事には変わりは無い。人間殺す……人間は皆殺す!!」
だが、オレの怒りはそいつ一人殺したどころで治まらない。
人間は全員殺す……そこまでしないと、父様を殺された怒りや恨みもろもろは解消されない。
「はぁ……面倒だなぁ……そんな事言ったら俺は全魔物殺さないといけないじゃないか。何の罪もない奴まで含めて……疲れるだけだぞ?」
「あん? 貴様何を言って……」
「まあいい。多くの村人を殺したお前はここで殺す。あの世でその父親と再会するんだな!」
だがここで、このオスは妙な事を言った。
全魔物を殺さないといけない……いったい何を言っているのだろうか。
ただ、考えている暇はなさそうだ。奴はオレの頭を目掛け拳を振りおろし……
「……させません!」
「ぐあっ!!」
……突然声が聞こえたかと思えば、突然奴が遠くに吹き飛ばされた。
「な、何が……」
「ここは引きますよバフォメット様」
「あ? 誰だ貴様は?」
「話は後です。それより今は飛んだ後で噛まないように口をしっかり閉じていてください」
そして、長い杖を持ち、漆黒のローブで身体を隠した、人間のメスらしき者がオレの横に立ち、魔法陣を足下に展開させた。
この陣は転移魔術……オレを自分と一緒にどこかに移動させる気だ。
「クソ……仲間がいたのか……」
「大丈夫お兄ちゃん!?」
「ホーラ、奴らを逃がすな!」
「ゴメンお兄ちゃん。結界が張られてて無理みたい……」
どこに移動させるつもりかはわからないが……どうやらオレを護っているみたいだ。
人間に護られる事はこの上ない侮辱で癪に障るが……拘束され魔力も尽きた現状では贅沢言える立場じゃない。
「人間……今度こそその命を……奪ってやる……!!」
「おいバフォメット! 俺の名はタイトだ。こっちこそ次は必ずお前の息の根を止める。だから待っているんだな!」
「タイト……タイトオオオオオオオオオッ!!」
オレは人間のオス……タイトの名を叫びながら、怪しい人間のメスと共に光の中へと消えた。
今回の侮辱は忘れない、いつか必ず殺してやる……そう、想いを込めて叫びながら……
……………………
「それで、だ。貴様は何者だ?」
「お初にお目にかかります、バフォメット様。私はウェーラ、今は汚らわしいしがない人間のメスでございます。今宵、貴方様の眷属になりたく参上しました」
怪しい人間のメスに連れて行かれた先は、なんとオレの住処だった。
そこでオレは自身を縛る煙を解除してもらい、中に入り奴の正体と行動の動機を聞きだした。
何故この女がオレを助けるような真似をしたのかが気になり聞いてみたのだが……曰く、眷属になりたいがための行動らしい。
「眷属だあ?」
「はい。貴方様の眷属になりたいのです」
それはつまり、人間を止めてオレの配下の魔女になりたいと言っているのに等しい。
たしかにオレのようなバフォメットは人間を魔女へと堕とす術を持っている。その気になれば魔物へと転生させ、自分の手足として使う事はできるだろう。
父様もかつては魔女を従えていた事もあったという。その時の魔女は全員魔女狩り如きに捕まり殺されたので、それ以降は失望して従える気も失せたらしいが。
「本気か?」
「はい。私は幼い頃から魔術などの魔道に憧れておりました。魔道を究めたくて魔法使いになったのですが……人間では魔道の真髄に辿り着く事は不可能だと気付いてしまいました。もちろんそれだけではございませんが、魔の力を手に入れ、魔の道に堕ちてでもその真髄を知りたいという考えが一番の理由です」
「ほう……」
今までも命乞いで魔女にしてくれと言ってきたメスは何人か居たような気がする。
気がするというのは、半分は聞く耳を持たず殺したし、もう半分はオレに取り入って生き延びようとしているのがバレバレだったので殺したので、あまり記憶に残っていないからだ。
だが、今目の前にいるメス……ウェーラと名乗ったこの魔法使いは、純粋に魔の道に堕ち、魔道を究めたくて眷属になりたいと言ってきた。
自分の夢の為にオレを利用する……そう聞こえなくもない事を、ハッキリと言ったのだ。
人間のくせに生意気な……そう思うと同時に、初めて人間という生物に恨みや怒りといった負の感情以外の感情……興味が湧いた。
「それはいいが、オレは全ての人間を殺したいと思っている。貴様は魔女になったとして、その人間を殺せるか?」
「ええ。私は考えが凝り固まり自分達に少しでも危険のあるものを排除しようとする人間が嫌いです。あんな生物、死んで同然です。私は人間として生まれた事が何よりも嫌なのです」
「そうか……」
だからオレは聞いた。魔女になったとして、元同族を躊躇せず殺せるのか、と。
「まあ、口で言うのは簡単なので、疑いの無いように実践してみせましょう」
「い、い、いやぁ……」
そういって、展開した魔法陣から出てきたのは……一人の生きた人間のメス。
どうやら先程の村から一人誘拐してあったらしい。用意周到である。
「た、助けて! 誰か助け……」
「弾けろ!」
「ぐぶっ!? あ……あが……」
魔法陣の光が消えた瞬間、身体の自由が戻ったのか一目散で出口へと走り出したメス。
そのメスの背後から、体内を爆散させる術を躊躇なく放ったウェーラ。
ただの村娘に避けられるはずもなく、その場で身体が膨らんだと思えば内部から爆発し、内臓や血を散らせ、そのまま息絶えた。
「家を汚してしまい申し訳ありません。後で綺麗にしておきます。ですが、これでわかってもらえましたか?」
「ああ。充分わかった」
人間を自分と同じ生物と思っていない視線、人間を殺す事を雑草を踏む程度としか思っていない表情……たしかに、こいつなら迷わず人間を殺すだろう。
しかも今放った魔術は人間が扱うのは相当難しい代物だ。既にウェーラは魔女になる資格を有しているし、魔女として生きるほうが適任だという事だ。
「いいだろう。貴様を魔女にしてやる」
「ありがとうございますバフォメット様」
「ティマだ。主君の名前ぐらい覚えておけ」
「……はっ! ティマ様、生涯忠誠を誓います」
面白い。人間を配下にするのは嫌だが、人間を止めオレと共に人間を滅ぼすというならば配下にしてやろう。
そう考えたオレは、ウェーラを配下に置く事に決めた。先程邪魔をしたタイトとかいう苛立つ人間の妹のほうを殺す為の戦力としては申し分ない。
奴自身はオレの手で殺さないと気が済まないが、その邪魔をする妹の方の相手は少々骨が折れるので丁度良いと考えたのだ。
途中でいらないと感じればこいつも殺せばいい。たったそれだけの事だし、召使として置いといても問題は無い。
「では、今から転生の儀式を行う。ウェーラ、これを飲め」
「仰せのままに」
人間を魔女へ転生させる方法はいくつかある。その中でもオレは、自身の魔力がたっぷりと籠った血を飲ませ、魔力を身体に巡らせ浸透させる方法を選んだ。
先程の戦闘で魔力は殆ど空だし、性交など死んでも人間とはしたくない。他の方法は性交率が極端に少なく準備と後始末も面倒なので、この方法が一番良いと判断したからだ。
「んぐ……んぐ……がああっ!?」
まあ、この方法も安全であるわけではない。人間としての身体を壊し魔物に変えるのだから、それに激痛が伴うのが普通だ。
器に垂らしたオレの血を飲みほしたウェーラは、激痛の走る身体を両腕で押さえ、床の上をのた打ち回る。痛みで身体中をぶつけ、ボロボロになり、家中に響く悲鳴を上げる。
「がっぐぅぅあっ、がああっ! はぁ……はぁ……」
「ほお。成功したようだな」
しばらくして悲鳴が終わる。それと同時にウェーラの中から感じる、強い魔物の魔力。
どうやら無事に魔女になったようだ。まあ、魔女になる過程で痛みに耐えられず死ぬ貧弱な者など飯にもならないのでいらないが。
「こ、この力は……!」
「それが魔物の力だ。素晴らしいだろう?」
「……はい。なんと素晴らしいのでしょうか! 溢れるばかりの力です!」
そう言いながら、先程付いた傷を綺麗にするウェーラ。どうやらこいつは治癒系の魔術も扱えるようだ。
「さて、貴様にはこれからオレの手足として働いてもらう」
「はい。何なりとお申し付け下さいティマ様」
「では、まずは先程言った通り、そこのバラバラになった人間を片付けろ。肉は食ってもいいぞ」
「承知しました。ただ、人肉を食べろというのは勘弁して下さい。あれは私にとって食べられたものではないですから。まだ泥水を飲めと言われた方がマシです」
「そうか? オレは好きだが……まあいいだろう。では片付けろ」
「はっ! えっと、水場はどこかな……」
まずは、先程爆散した人間を片付けるように言った。先程自分で言っていたし、そのままあっても邪魔なだけだ。
命令を受けたウェーラは早速片付けようとして、掃除道具でも探そうとしたのかふらふらと動き始め……
「……キサマアアア!! その部屋の戸には指一本触れるな! 殺すぞ!!」
「は、はいいぃっ!!」
あろう事か父様の亡骸の眠る部屋に入ろうとしたため、オレは怒鳴りつけた。
いくら魔女になったとはいえ、その部屋に他人が踏み入るのは許されない。
「すすすすみません!! どうかお許しを!!」
「今回は先に言ってなかったこちらにも落ち度はあるから特別に許すが、次にその戸の前に立てば貴様の命は無い物と思え」
「ははっ! ありがとうございます!」」
そう、父様に近付いていいのはオレだけだ。たとえ眷属であろうと、元人間であろうが無かろうが近付けさせない。
「貴様も魔女ならば魔術で片付けて見せろ。今の貴様ならそれぐらい朝飯前のはずだ」
「り、了解しました! すぐに魔術で片付けます!」
今回ばかりはこちらにも落ち度があるので、なんとか怒りを押さえながら命令する。
一回脅せば二度としないとは思うが、もし次も気にくわない事をしたらどうしてやろうか……
「……さ……マ……」
「……ん?」
と、突然耳元に、幼い誰かの声が聞こえてきた。
「ティ……ま……さま……!」
「わ、わ、な、なんだ!?」
身体がぐわんぐわんと揺れ、上も下もわからなくなる。
慌てているうちに自分が立っているかどうかもわからなくなり……
目の前が光に包まれて……
……………………
…………
……
…
====================
「ティマ様! 起きて下さいティマ様!!」
「うぅ〜ん……ハッ!」
「おはようございますティマ様。かなりうなされていたと思えば突然大声で叫び始めましたが……いかがなさいましたか?」
眼を覚ましたオレの目の前には、夢で見たのとは違って可愛らしい女の子の顔をした、長年のパートナーでもあるオレの眷属の魔女、ウェーラだった。
心配した様子から、身体をゆさゆさと揺すって起こしてくれていたようだ。なんだかかなり気持ちが悪いが、それはウェーラが身体を揺すっていたからではないだろう。
「いや……なんというかまた過去の事を夢で見ていたみたいだ。くっそ気持ちわりぃ……おえぇ……」
「という事はまた人間を食べてた夢ですか……あ、吐くのならこの洗面器へ出して下さい。そのほうが処理は楽ですので。それと今すぐお水を持ってきます」
「おう……うえっげろろろ……」
どうやらまたしても昔の記憶を夢として見ていたらしい。
人間を噛み砕く時の感触も、生の人間の肉や血に内臓の味までもが口の中で再現されて……酸っぱいものが込み上げてきて、今回は我慢できずに吐き出してしまった。
「ぺっぺっ……ふぅ……結構落ち着いた。でもまだ気持ち悪い……」
「ティマ様、お水を用意しました。まずは口の中を濯いで綺麗にし、それからゆっくりとお飲み下さい」
「おう……ありがとうな……」
昨日食べた分と胃酸は全部出したんじゃないかという程吐いたオレは、ウェーラに持ってきてもらった水を口に含も。
口の中に残る、もう何百年も食べていない物の味を消すように、冷たい水でこれでもかというぐらい濯ぐ。
「ふぅ……しかしまた旧時代の頃の夢か……」
「たしかヨルムが現れる数日前にもありましたよね?」
「ああ、たしかに見たな。あの時は父様を殺したエインの夢だった。ここ数百年旧時代の頃の記憶を夢として見る事なんてなかったんだがな……タイト達のせいか?」
「関係性はわかりませんが……時期的にはそう外れてませんね」
ある程度サッパリしたところで、思った事を呟く。
たしかにヨルムがこの村を襲いに来た数日前にも旧時代の頃の夢を見た。
あれから約1ヶ月経ったが、そういえばその夢を見た1ヶ月程前にタイトやホーラ、ついでにヨルムの奴はこの時代に来たのだった。
正確には40日ぐらいは経っているし、単なる偶然とは思うが、無関係とも言い切れない。とはいえ、それが何か関係しているかどうかなんて流石に調べようがない。
「ん〜、また約1ヶ月後に何か見たりして……それどころか来週とか?」
「洗面器は常備しておいたほうがよさそうですね。ところでティマ様、本当に大丈夫ですか?」
「え? あ、ああ……大丈夫だ。震えもじきに治まる」
「ならいいですが……」
夢で見た時代以降、オレはいつの間にかタイト達と戦う事に重点を置くようになり、無駄に人間を殺す事が無くなったのでまだいいかもしれないが、それでもまだ腹が減れば人間を引き裂いて食べていたし、時期によってはキツイものがある。
今だってそうだが、人間を無暗に殺していた事を思い出すと、手に握り潰した人間の感触が蘇り……震えと気持ち悪さが止まらない。
自分の肉球が、鋭い爪が、全身が人間の真っ赤な血で塗られているような……そんな幻覚すら見えてくるほどだ。
魔王が代替わりして数年の間は本当に苦しんだものだ。こんなに苦しい思いをさせた現在の魔王をいったい何度恨んだ事か。
「ところでティマ様、聞いていいものかわかりませんが……具体的にはいつ頃の夢を見ていたのですか?」
「お前……よくその質問できたな。こんなに腕の震えが止まらない主君に向かって普通聞くか?」
「すみません。ですが気になりましたし、心配だったもので。なんせティマ様に書類を持ってきたらうなされていて、起こした方が良いかなと思っていたらなんだか聞き覚えのある怒鳴り声が響いたもので……」
「うげ、叫んでたか……まあウェーラの想像通り、お前やホーラ、それにタイトと出会った日の夢だよ」
「ああやっぱりですか。あれからずっとこの村に移り住むようになる時までティマ様のお父様の墓に近付けば殺されると思って何も言えませんでしたからね」
「わるいわるい。でもたしかにあんな半端な供養じゃ父様も浮かばれねえしな。この村に墓を移したのは良い判断だったと思うぞ」
「ありがとうございます」
そんなオレに向かって止めでも刺すかの如く夢の内容を聞いてきたウェーラ。
まあ、どうやらウェーラに向けて怒鳴っていた部分は寝言として叫んでいたみたいなので、気になるのはわからんでもない。
昔はオレの一言一句にビビり、少し怒鳴っただけで謝る従順な奴だったが、今はなんだかオレの姉のような感じになりつつあるなと思いながらも、聞かれたので夢の話をする事にした。
「あの日からすべては始まったんだよな……思えばあの時だけオレはホーラの不意打ちを食らって完全に負けてるんだよな」
「まあ直接の戦闘力はタイトの実力ですが、そのタイトが100%の動きができるのはホーラの魔術や魔道具の力のおかげですからね。タイト一人なら魔術の分ティマ様が勝つと思いますが、ホーラが加われば中々難しいかと」
「そこにお前が入ってちょうど引き分けになる戦力か……」
「いえ、おそらく私達のほうが上だったかと思います。ただ、ティマ様の命令で私はほぼタイトのほうを狙いませんでしたからね」
「あーまあそうだな。あの時は変なプライドあったからなぁ……あいつだけはオレが殺してやるって感じでさ」
あの出会いがあったからこそ、あいつらがこの時代に飛ばされるまでずっと戦い続ける事になった。
あの出会いがあり戦い続けたからこそ、いつしか父様を殺された怒りは、殺したエイン本人にしか向かなくなり、無関係の人間を無意味に殺す事も無くなったのだ。
そう考えると、オレはあの時たまたまあの村に来ていたタイト達と出会えて幸せ者だったのかもしれない。
「あれ? そういえばなんでウェーラはあそこにいたんだ?」
「あれ? 言った事ありませんでしたか?」
「んー、聞いた事あった気がするけど……忘れちまった」
「仕方ないですね。私は魔女にしてもらうためにバフォメットがいる場所を調べてたのですよ。それでようやく見つけたのがティマ様で、向かってみたら丁度あの村に転移する時でした。なのでそのままこっそりとついていったのですよ」
「あー思い出した。そういえばそんな事言ってたな」
「そしてあの場で……いや、止めておきましょう。とにかくカッコ良く様々な魔術を扱っていたティマ様の姿を見て、私はこの人の眷属になりたい、この人と一緒に魔道の深みへと堕ちたいと思い、あの場で助けたのです」
「そうだそうだ。そんな事言ってたわ。まあそのおかげでオレは今日まで生きていられるから、お前は部下である以上に命の恩人だな」
「そんな滅相もない。主君に仕える者として当然の事を行ったまでですよ」
そしてそれは、このウェーラと出会えた事も含めてだ。
ウェーラがいなければ今のオレは絶対に居ない。まず出会ったばかりの頃に大きな恨みを残したまま死んでいただろうし、その後もエインをはじめとした人間と仲良くなれたのもウェーラのおかげだからだ。
村長としての仕事もかなり助けられているし、本当に様々な面でウェーラには助けられた。感謝してもしきれない。
まあ、素直に感謝する事はなんだか照れくさいのであまりしないけど。
「……」
「な、なんですかジッと見て……」
「いや、ホーラじゃねえけど、お前も随分と変わったなぁと。昔は人を殺してもゴミを処理したかのような顔してたのになぁ……しかも内部から爆殺とか結構エグイ方法で」
「ちょっと! いきなりそんな大昔の事を掘り返さないで下さいよ!! あの頃の事を思い出すと胸が痛んで大変なんですから!」
「夢の話を聞いてきたのはそっちだろ?」
「うぅ……あの時はホーラを始め人間が嫌いだったからです。当時の私に会えるのならばじわじわねっとりと調教してその考えを改めさせたい程ですよ」
「ちょうきょ……お、おう……」
そんなウェーラは、本当に変わったと思う。
魔王の代替わり前は本当に当時の魔女らしく冷たくて恐ろしい雰囲気を醸し出していた女だった。夢で見た通り、人間を殺す事に何の躊躇もしていない程には、だ。
それが今ではエインにメロメロで時には身体中白濁塗れで喜んでいる4児の母であり孫までいる幼女だ……なんというか変わり過ぎである。
とはいえ、サディスティックだったところなど根本的な所は変わっていないみたいだが……しいて言うならば『性的な意味で』と付くぐらいだろう。
「あと、そうやってオレに文句というか、意見を言ってくるようになったとことかも変わったな。昔は絶対服従だったのにさ」
「時代ですよ。今の魔王の時代になってからはどの種族でも明確な上下関係は薄れたみたいですしね。サバトによっては涙目のバフォメットを魔女があやすという光景も見られるそうですよ」
「そんなカリスマのカの字もないバフォメットだっているらしいな。まあ、妹キャラとしては真っ当だと思うが、オレは御免だ」
「それに、私とティマ様とでは私の方が年上ですからね。年下の面倒をみるのが年上ってものですよ」
「むぐっ。そういえばウェーラのほうが年上だな。なんというかもう500年も生きてるから細かい事は気にしないからなぁ……」
「まあ確かにそうですね」
もちろんそれは魔王の代替わりが影響している部分だってあるだろう。
オレ達が人を死に至らす術を全て忘れたのは確実にそれが影響している。今夢で見た術もあったなぁと思うだけで、夢で見たのに出し方がサッパリわからなくなっている。
とはいえ、500年生きたからというところもあるだろう。オレは魔王の影響以外の部分はあまり変わってないが、ウェーラは家族ができた事など大きく変わっているところがあるのだから。
「おや、震えが止まったみたいですね」
「ん? ああ、そうだな。ウェーラと喋ってて気分も良くなったみたいだ。今日も山ほど仕事があるみたいだしそろそろ飯にするか」
「私もご一緒します。その前にティマ様の嘔吐物を片してからですけどね」
「あー……いいや、任せた。その代わりウェーラとエインとレニューの分も作っておいてやるよ」
「ありがとうございます。それではまた食堂で」
そんな感じに思い出話をしていたら、いつのかにか腕の震えも止まり、お腹が空いてきた。
丁度いい機会なので、リバースしたものを処理してもらうお礼も兼ねてウェーラ一家の朝食も作ろうと思い、オレはキッチンへと向かったのだった……
…………
………
……
…
「あーめんどくさ……」
「面倒がってはダメですよティマ様。きちんと全部の書類に目を通して下さいね」
「わかってるよ。何々、村外れの丘に立てるスタジアムの建設費用と日数……まあ、ジェニアが言っていた金額的にこれぐらいなら大丈夫だな」
朝食の後、オレは早速仕事に取り掛かる。
ここ最近は村を発展させたり、あとはどこぞの馬鹿ドラゴンが壊した村の修復などで必要な書類などが多く、一日中こうして机の上で紙とにらめっこしている事が多い。
村長は暇では無い。確かに仕事が無い時はわりと余裕もあるが、ある時はすごく忙しい。
特にデスクワークが多い日だとげんなりする。ずっと座りっぱなしなのでお尻は痛いし目も疲れるしで嫌になる。
目の負担を軽減する眼鏡を掛けているとはいえ、細かいものをずっと見ていては流石に疲労を感じる。ふかふかの椅子に座ってたって動かなければ腰は痛くなるものだ。
「あ、こちらにも目を通しておいて下さいね」
そんなオレに追い打ちを掛けるように事務仕事担当の魔女の一人が置いたのは、50通以上もある村人の声だった。
村人の声というのは、この村に住む者達の様々な意見や感想、相談などを紙に書いて集める企画だ。口では言えない事も書けるという人は多いので100年ぐらい前から始めたのだが、現在もなかなか好評で続いている。
実際この声から意見を拾い変わったものはいくつもある。フーリィの教会の外装をふさわしいものに変えたりとか、自警団の見回り中の飲食を可能にしたりとか、数えたらキリがない。
だが……こんな忙しい時にそんなに沢山意見を貰っても困るものだ。正直手に負えない。
「うげ……なんでよりにもよって今月は村人の声がこんなにあるんだよ」
「良くも悪くも大体ヨルムさんのせいです」
「月始めのほうは自分達の村を襲った人が住む事への不満、後半からはヨルムさんが始めた運輸業がすごく便利で助かるといった感謝の気持ちを綴ったものが多いですね」
「そういうのは本人に直接……は難しいか。そういう企画だしな」
「先月はタイトさんやホーラさんの事が多かったですし、目立った新たな住民が来るとその人の事で多くなるのはもはや恒例ですね」
「だなぁ……」
それでも、見ないわけにはいかない。
まだ確認しなければいけない書類が多いのできちんと見るのは後回しにして、とりあえずパラパラとめくってみる。
「あー……『あの黒いドラゴンが家を燃やしたのに悪びれもしてないからムカつきます』とか『ヨルムさんのおかげで足をくじいた時も簡単に病院にいけて楽になりました』とか『ヨルムさん村長さんに負けない位露出高い恰好してますね下半身が元気になります』とかたしかにあいつの事が多いな……てか最後のはマズイから伝えるのはよそう」
「あとは『新しく来た医者のおかげで診断待ちの時間が短くなってよかった』ってのもありましたね。これはアルサさんの事ですね」
「だな。そうか今月分はあいつらの事があるか。まあ仕方ねえな」
たしかに見た感じアルサと、特にヨルムの事に関しての声が多い。
あの二人ももう立派にティムフィトの住民だ。やった事がやった事なので人間を中心に一部の住民はまだ警戒しているが、大半の人は受け入れている。
「さて書類に戻るか……ん?」
住民の声についてはまた後で目を通すとして、とりあえず目の前に積まれている書類の山を片付けようとしたところで、書斎の戸を誰かがノックした。
「入っていいぞー」
「失礼します。ちょっとトラブルがあって遅れました。何の用ですかティマさん?」
「おおホーラ。遅かったがトラブルなら構わねえよ。問題無かったか?」
「大丈夫。ちょっと魔女の一人が操作を間違えて悪臭が漂ってたけど、きちんと処理したし換気もしたからね」
部屋に入ってきたのはホーラだった。
そういえば1時間程前に用事があるからと呼んでいたのだ。山のような書類のせいで忘れかけていた。
「で、用事ってなに?」
「そうそう。ホーラ、明後日からちょっと出張に行ってもらえないか?」
「出張……?」
「ああそうだ。この村から西へ行ったところにある都の領主宅までこの手紙を届けてもらいたい」
「手紙? 何か重要な物なの?」
「ああ。じつはあそこの領主とうちのサバトは内密に取引してるからな。うちで作っている商品やそれらについての契約書みたいなものだ」
「なるほど……私である必要性は?」
「あそこは中立国家だから魔物は行き辛くてな。いつもは魔女の兄達に行ってもらったのだが、より専門的な知識を持つお前に行ってもらいたいんだ。魔術研究室の室長だし肩書は充分だ」
こうみえてうちのサバトはいろんな街や国と連携している。その中には中立国家といった主神の力がまだまだ強い地域もある。
そういった場所に魔女を向かわせるのは難しいし、インキュバスでもキツイものがある。
一度誰かを呼んで見てほしいものがあるという内容で手紙が来ており、さて誰を送るかとウェーラと相談したところ、ホーラが適任だとなったのだ。
「なるほどね。了解。それにしても明後日とはまた急だね」
「仕方ない。ちょっと距離あるしここから直接馬車も出てないから行くまでに数日かかっちまうんだよ。中立国家に行くからヨルムの出張サービス頼むわけにもいかねえしな。だから明後日までにはこの村を出ないと期日までに間に合わねえんだ。明日は仕事を休んで長旅の準備に掛かってくれ」
「そういう事か……お兄ちゃんのご飯どうしようかな?」
「そこら辺の飲食店で食ってもらうように言っとけ。最悪オレが作ってやらん事もないが、忙し過ぎて3食は面倒見切れん」
「え、あ、うん。そうだよね」
ちょっと無理のあるスケジュールで申し訳ないが、折角の中立国家との繋がりを切るのは避けたい。
むしろオレ達と繋がっているからこそあの国は中立だと言っても過言ではないので、何か問題が起こり縁が切れるとあの国に住む魔物に申し訳が立たなくなる。
「それでこれがその国への大体の行き方を記した紙とその国の大まかな地図と旅費だ。贅沢はできないが、これだけあれば交通費と食費は賄えるはずだ」
「わあ、凄いお金……落とさないようにしないと」
「落としたら流石に自腹で行ってもらうぞ」
「わ、わかってるよ……」
という事で、オレはできるだけのサポートをしてホーラにお願いしたのだ。
魔術研究室のほうはウェーラもいるので大丈夫だろう。
タイトの世話は……飯以外は流石にどうにかなるだろうし、飯はもう我慢してもらうしかない。暇なら作ってやっても良かったが、流石に最近は忙しくて作れても夜食ぐらいだろう。
「それにしてもティマさん……眼鏡姿に凄い違和感が……」
「あん? 仕方ねえだろこれが無いと目がしょぼしょぼして書類整理どころじゃなくなっちまうし。自分でも似合わないとは思ってるさ」
「あ、いや別に似合わないとは言わないよ。なんというか賢そうだからどちらかと言えば似合ってるし……そう思いません?」
「はい、思います。眼鏡を掛けたティマ様はすっごくお似合いです!」
「お、そうかそうか♪」
一通り仕事内容を伝えた後、眼鏡を掛けている事を突っ込まれた。
書類仕事をする時に眼鏡を掛け初めてもう何十年にもなるが、それよりも大昔からやってきたホーラやタイトにとっては新鮮なのだろう。
この前も眼鏡を掛けたまま外に出てたまたまタイトに会ったら、珍しいものを見る目をされたあと笑われてしまったものだ。
そのせいで似合ってないと思ったのだが、どうやら似合ってると思っている方が大半のようだ。タイトのセンスがおかしいのだろう。
「それになんだか可愛いしね」
「そうですそうです。眼鏡ティマ様はすっごく可愛いのです」
「ん? 何か言ったか?」
「いやいや、単なる世間話だよ」
その後何やら魔女とホーラで喋っていたが、残念ながら内容までは聞こえなかった。
悪口ではないと思いたいが……まあいいだろう。
「という事で頼んだぞホーラ。なんならもう帰って準備してもいいからな」
「え、うーん……じゃあそうさせてもらうね。でもちょっとヴェンに伝えたい事伝えてからね」
「ん? 愛の告白か?」
「ちちち違うから! 二人で新開発した魔道具のテストするって話をしてたから、それは私が帰ってからにするって伝えるだけだよ! もー変な事言わないでよティマさん!」
「いやあ二人でなんかこそこそやってるって今朝レニューから聞いたもんでついそんな仲になったかと思ったんだよ」
「もー! 別にコソコソしてないし!」
とりあえず恋する乙女に茶々を入れつつ、書類を読む仕事に戻る。
ヴェンとホーラ、お互い相手に良い感情を抱いているのは確かなのだが、中々進展しないからやきもきするとよくいろんな魔女や魔物達が言っているのを耳にする。
だからどちらにもこうしてからかってはみるのだが、やはりくっつく様子を見せない。まあ二人とも人間なのだから押し倒せばいいとは言えないし、部外者が手を出し過ぎて関係が悪化するのはマズイ。
さりげなく聞いてみたところタイトも公認みたいだし、障害は無いのだからそのままゴールインしてもらいたいものだ。
「ま、まあこれをここの国に持って行けばいいのね。わかった」
「おう、頼むわ」
顔を少し赤くして、逃げるように部屋を出て行ったホーラ。
ちょっとからかい過ぎたかと思いながら、オレは再び書類の山との格闘を始めたのだった……
……………………
「んっくぅ〜! 疲れた〜!!」
温かい午後の日差しを浴びながら、オレは疲れを飛ばすように身体を伸ばした。
「さーて、どこ行こうかなっと」
書類の山はまだまだ残っているが、机に突っ伏し続けても効率が悪くなる一方だ。
そういうわけで魔女達から昼飯がてら気分転換してこいと言われたので、こうして俺は1時間村を散歩する事になったのだ。
「どこかの飲食店か、それとも売店か……」
休憩時間は1時間だけなので、村を回るついでに久々に外食でもしようと思ったのだが、如何せんオレが飲食店に行くと店長が怯えてしまうので悩むところだ。
どうも料理が上手なオレの舌を唸らせないと店を畳まれるとでも思っているらしい。
たしかに過去に潰した店は1件あるが、それは店長が教団のスパイだったからであって別に味が悪かったからではない。
まあ、スパイだったという事は本人の為(現在はオレのサバトの一員)にも表に出していないし、たしかに不味い飯屋ではあったので、そう思っている者も多いのだろう。
「まあカフェのランチセットか、レストランのランチか、ラクーンで総菜を購入するかだな」
とりあえず村の中心地に向かって、そこで気になったものを食べる事にした。
店長が怯えるからと行かないでいると何も食べられないので、とりあえず行ってみる事にした。
「……ん?」
という事で家の門を潜ろうとしたのだが、ふと視界の縁に一組の男女の姿が目に入った。
「あれ、あいつら……」
「何か用なのヴェン? 私準備があるからそんなに時間取れないんだけど」
「あ、えっと、ゴメンホーラ。すぐ終わるからちょっと待って」
それは、先程仕事を頼んだホーラと、そんなホーラといい感じの仲であるヴェンだった。
「これ、持っていってよ」
「これは……何?」
なんだか様子が気になるので、こっそりと陰から見る事にした。
どうやら今から帰るホーラを後ろからヴェンが呼び止めたところみたいだ。
「お守りだよ。あの国までの道中はいろんな意味で危ない場所もあるから、無事に帰って来れるようにって」
「え……あ、ありがとう!」
「一応ただのお守りじゃなくて自動で結界張る仕掛けは施してあるけど、サイズがサイズだから強い衝撃なんかには耐えられないから、誰かが襲ってきたりしたら逃げてね」
「大丈夫! 私これでも過去にはティマさんやウェーラと戦ってたんだから、賊とか楽勝だよ!」
「はは、それもそうだね」
何やら渡していると思ったら、無事に帰れるようにお守りを渡したらしい。
たしかに、あの国へ続く道の途中は盗賊が出たりするらしいし、別の場所ではよく動物が崖上から降ってくるらしい。一度もそういう報告を受けた事ないし、ホーラなら大丈夫だろうと思って気にしてなかった。
「うんでも嬉しいよ。ありがとうねヴェン」
「いやいや」
なんだか良い雰囲気を醸し出しているが、抱きついたりキスしたりはしない二人。
本当にさっさとくっつかないものか……と、やきもきしながら二人を見続ける。
「あ、そうだホーラ」
「ん? 後は何か?」
「えーっと、出張から帰ってきたらさ、一回家に来てよ。ちょっと話したい事があるんだ」
「話したい事……今じゃダメ?」
「あっと……うん。長くなるかもしれないから後のほうが良いかなって」
「そっか。わかった。じゃあ村に帰ってきたらまずヴェンの家に行くよ」
「うんよろしく……ってまずは家に帰ったり村長さんに重要書類とか渡さないと」
「あ、それもそうか。まあティマさんのところからならヴェンの家のほうが近いし、その後に絶対行くよ」
「うん、わかった。じゃあその時はよろしくね」
仕事が終わったら家に来てよとホーラに言うヴェン……これはもしや自分の想いを伝えたいという事だろうか。
この場で告白しろよと思わなくもないが、その後にベッドインするならばそのほうがいいのかもしれない……ってそれは魔物の発想か。
「あいつらにもとうとう春が来たか……ウェーラもうるさいし、オレも早く誰かとくっつくべきかなぁ……」
まあいずれにせよ何か二人の関係が進展しそうな気がしたので、ちょっと安心しながらも見つからないように改めて村の中心地に向かい始めた。
「さーて時間が減っちまったぞっと……ん、あれは……」
短いやりとりを見ていただけとはいえ、それでも5分ぐらいは経っていた。
このままボーっとしていると飯を食わずに休憩時間が終わってしまうので、急いで中心地に行こうとしたところで、遠くからやってくる大きなものが目に入った。
「お、ようバフォメット……じゃなくてティマだっけか。これからお出掛けか?」
「ヨルムか。運輸業順調そうだな」
「おうよ! 力仕事ぐらいしかできねえからこんな事しかできねえが、結構評判いいぜ」
それは、改造して数人が乗れる台車を引いたヨルムだった。
仕事を斡旋しようにも色々と問題があり、ならばと自ら走りながら乗客や荷物を指定された場所へ運ぶ仕事を始めると言っていたが、わりと評判で生活費を稼ぐ事はできているようだ。
「あん? 急に止まってどうし……ああ、村長か」
「おうロロアか。これ使ってるんだな」
「凄く便利だからな。歩くよりよっぽど早いからアタイみたいに足が短い奴には大助かりだよ」
「へぇ……」
そんなヨルムの馬車ならぬドラゴン車を利用していたのはロロアだった。
オレもそうだが、たしかに足が短い奴は長距離の移動が大変だ。疲れるというわけではないが、歩幅が狭い分どうしても移動速度が遅くなってしまう。
そう考えるとたしかにヨルムの輸送は便利なのかもしれない。
「なんならお前も利用するか? もちろん料金は移動距離に合わせて取るがな」
「あーじゃあ使う。とりあえず村の中心まで運んでくれ」
「あいよ! どうせロロアを鍛冶屋に運ぶ時に通る予定だったからな。しっかしロロア、お前さんどうして家と職場を真逆の位置に構えたんだ?」
「鍛冶屋は先祖代々あそこにあるんだよ。実際両親や妹はあそこの近くの家で暮らしてる。アタイはモルダやミラと一緒に暮らす為に病院の方で暮らしてんだ」
「なるほどねぇ。ま、それなら仕方ねえな。そのおかげでかなり利用してもらってるからがっぽり稼がせてもらってるよ」
「別にいいさ。お前の旦那のおかげでモルダも大助かりだからな」
評判は良いものの、オレ自身は一度も利用した事が無かったので乗せてもらう事にした。
台車の中は5人ぐらいなら座れる椅子が2つ対面にあり、椅子の上にはふかふかのクッションが敷いてあった。屋根もあるから雨でも心配はないし、環境は悪くなかった。
「おお、結構速いな」
「そりゃあ歩く速度と同じじゃ意味無いからな。速過ぎて気持ち悪くなったらオレ様に言えよ」
「いや問題無い。むしろなんか楽しくていいや」
ロロアの対面に座ったところでヨルムは出発した。
オレが走るよりも少しだけ速く流れる景色。視線も高いし、なんだか新鮮で楽しい。
「そうそう、なあティマ、お前んとこの魔女どうにかしてくれねえか?」
「ん、どうかしたのか?」
身を少し乗り出して外を見ていたら、ヨルムが突然そんな事を言いだした。
「いやほら、お前んとこの召使いるじゃんか。オレが過去に母親食っちまった奴」
「ああ、エインか」
「そうそう。そいつの嫁の魔女が会う度に睨みつけてくるんだよ。話し掛けても無視してずーっと睨んできてさ。ムカつくのを通り越して怖いからやめるように言ってほしいんだけど」
「はは……一応言っておくけどたぶん無理だ。あいつエインに関係する事だとオレに刃向かうからな」
「おいおい、そうは言ってもお前が主君だろ?」
「主君でも年下だからな」
たしかにウェーラはヨルムを嫌っている。自分の愛しの兄の母親を殺した相手だからだろう。
直接口には出さないが、以前ボソッと「ヨルムの頭に隕石降らないかなぁ……」だなんて言ってたぐらいだし、相当嫌いなのだろう。
ちなみにエイン自身はそんなに気にしておらず、ヨルムとも普通に会話していた。形見を大事に取っていたうえ、謝罪しながら返してくれたからとは言っていた。
まあ、内心はどう思っているかわからないが、時代が時代だったからときっと納得しているんだとは思う。
「そういえばヨルムも村長も旧時代を知ってる魔物なんだよな」
「そうだがなんだ? 話でも聞きたいのか?」
「まあ、ちょっとは興味があるな。一番聞きたい技術面の話は聞けねえと思うが、今度いろいろ教えてくれよ」
「別にいいが、そんなに面白くもねえぞ。なんせ人間と殺し合いしていた時代だからな」
「オレ様にとっては数ヶ月前の話だが、その生活に戻りたいかと聞かれたら絶対に戻りたくねえって言えるからな……」
そんな感じに会話を続けること数分。
「おっと、煉瓦の所はちょっと振動が大きくなるから気をつけろよ」
「おう。って事はもうついたのか」
普段なら急いでも10分以上かかる距離を半分ぐらいの時間で辿り着いてしまった。
なかなか乗り心地は良かったし、これは人気にもなる。
「よっと。サンキューなヨルム。これ代金」
「たしかに受け取った。また利用してくれよな!」
台車から降りて金を払い、走り去っていくヨルムを見送る。
「さーて結局どこで飯を食おうかな……っと、あれはタイトか」
良い匂いがする中をふらふら歩いていたら、目の前から同じくふらふら歩くタイトを発見した。
「おっすタイト」
「ん? ああティマか。どうした最近忙しいんじゃなかったのか?」
「忙しいさ。今はたった1時間の休憩を満喫中だ。お前こそどうした?」
「今日は朝番だったから今仕事が終わったところだ。今日はメイが昼番だから訓練も無しだから、とりあえず飯食ってから自主訓練しようかと」
「なるほど」
一人で歩いているなんて珍しいと思ったら、どうやら見回りでは無く仕事終わりらしい。
「今帰ってもホーラ居ないから飯もないしな」
「自分で作……るわけないか。ちょっとは作れるようになった方が良いぞ。明後日から数日間ホーラ居ねえんだしさ」
「……は?」
「今朝出張に出したからな。適任がホーラだったんだから文句言うなよ」
「そうか……外食で凌ぐしかないのか……」
「お前なぁ……」
予想通りホーラがいない間は外食に頼る事になりそうなタイト。
忙しくなかったら作ってやったのだが、今回ばかりは我慢してもらうしかない。
「ん? という事は今から飯か。お前と行くと緩和されるかもしれんし、丁度良いし一緒に食おうぜ」
「は? まあよくわからんが、別にいいぞ。どの店行くんだ?」
「決めてねえからお前の好きにして良いぞ」
「それじゃあ……まあそこのジパングキッチンって店にするか。ジパング料理ってあまり食べた事無いしな」
「おう。ここは前にも何度か入った事あるが美味いぞ。オレのお勧めは天ぷら定食ってやつだな」
飯前で飯屋が沢山あるここら辺をうろついているという事は、タイトも今からどこかに入って昼飯を食べるつもりだったのだろう。
丁度いいやと思い、オレはタイトと一緒にジパング料理店に入った。
「いや本当に飲食店は500年前には無かった店ばかりだな。というかそもそもこの村に飲食店なんぞなかったような……」
「オレの料理の腕が知れ渡ったからなのか、200年前ぐらいからよくこの村で飲食店を開きたいって言う奴が増えたんだよ。まあ魔物も住むようになって当時と比べたら人口も3倍から4倍にはなってると思うし、あっても困る事はねえだろ」
「そういえば村も活気が付いて町並みにはなってるような……中心から外れると比較的昔のままの所が多いがな」
「そっちはまだ開発してないからな。まあいずれはもっと村を大きくして、いつかは街にできたらいいなと思っている」
「野望はデカイんだな。まあ、人間全滅させるよりはよっぽど立派だけどな」
「お前なぁ……そんなピンポイントで人のトラウマ抉ってくるなよ。飯が不味くなるじゃねえか」
「おっと。すまんな」
タイトはオレが勧めた通り旬の山菜天ぷら定食を、オレはまだ食べた事のない親子丼セットを注文し、料理が来るまでタイトと話をする。
案の定店の従業員達はオレの来店に慌てふためいていたが、タイトと一緒だからかいつもよりは緊張感が薄れているような気がした。
問題は、従業員どころか客からもジッと見られている気がする事だ。まあ、男と飯に来る事が少ないので皆珍しがっているのだろう。
「というかトラウマなんだな」
「そりゃあお前、今の時代からしたら昔の時代なんて悪夢以外何物でもねえよ。お前との闘いは楽しかったけど、人を殺していた事なんて思い出したら寝込む程度にはショックだ」
「そんなもんなのかねぇ……」
「そんなもんだ。今朝だってその頃の夢を見て洗面器に思いっきり吐いたからな」
「お前なぁ……飯前にそんな話するなよな」
「さっきのお返しだざまあみろ」
旧魔王時代の事を言われたせいで、今朝の悪夢を思い出してしまい、微妙に気持ち悪さが復活した。
急いでお茶を飲み押し流し、誤魔化す為にタイトに反撃した。
「お待たせしました。親子丼セットです」
「お、来た来た! 美味そうだ!」
「ありがとうございます! それでこちらが天ぷら定食になります」
「おお、こっちも美味そうだぞ」
しばらくして注文していた料理が来たので、オレ達は早速食べる事にした。
「ん〜美味い。ふわとろ卵がつゆの染みた鶏肉に絡んで口の中で蕩ける〜♪」
「お前そんなキャラだったっけ……まあたしかに美味いけどな。この山菜もサクサクしてて、ご飯が進むな」
「一口くれ!」
「ああいいが、その代わりそっちも一口寄越せ」
互いの料理を交換しながら、パクパクと昼飯を食べているオレ達。
そういえば、こうしてタイトと二人で同じテーブルで飯を食べる日が来るなんて全く思っていなかった。
それはそうだろう。タイト達はまだ魔物が人間を殺すのが当たり前の時代からこの時代まで飛ばされているから、今まで一緒に食べる機会などなかったのだから。
「親子丼も美味いな……ホーラがいない間はここに入り浸る事にするかな……」
「おいおい、他にも良い店はあるんだぞ? どうせなら全部まわれって。まあ金があればだがな」
「ぐ……帰宅後ホーラと相談してみるか……」
「そうそう、ホーラと言えばさっきなんかヴェンの奴と良さげな雰囲気になってたぞ」
「おっそうか。それはめでたい。幼い頃から両親を亡くして苦労してるからな。ヴェンなら安心だし、幸せになってもらいたいものだ」
「それはいいが、それならお前飯ぐらい自分で作れねえとな。結婚後もホーラの世話になるつもりか?」
「……そうだな……」
時間も忘れ、美味い飯をつつきながらかつての宿敵と楽しく飯を食べる……
「それとも誰か料理が得意な奴を嫁にするとか?」
「あー……それもいいかもな。まあどうであれ多少は作れるようになった方が良いとは思うが」
「なんならオレが教えてやろうか? オレの手に掛かればスライムだって料理できるようになるぜ? それともオレを嫁にでもするか?」
「冗談言うなよ。お前はオスだろ? でも料理のほうはそこまで言うなら教わってもいいかもしれないな……」
「身体はもうメスなんだけどな……ま、時間があれば手取り足取り教えてやるよ」
「そりゃありがたい……時間と言えば、お前時間大丈夫か?」
「ん……げ、後15分か。そろそろ行かねえと」
「まあがんばれ村長」
「おう!」
休憩時間の終わりが迫ってきたので、盛り上がる話を打ち切り店を出る。
手を振りタイトと別れ、オレは山積みの書類を片付けるために書斎へと戻ったのであった。
「はははっ! 逃げられると思ったか小娘!」
父様が汚らわしい人間に殺されて、およそ5年が経過した。
だがその5年間で、オレの中にある人間への憎しみは消えるどころか、何十倍にも膨れ上がっていた。
だからこそ、まだまだ父様には程遠いもののバフォメットとして順調に育ったオレは、今日も憎き人間共の村を襲い、人間を爪で引き裂いたり魔術で呪い殺したり、また美味そうな奴は食い殺したりしていた。
「イヤ、助けて……!」
「残念だったな。人間の命乞いを聞ける耳なんてオレは持ち合わせてないんだよ」
「い、いやあああぁぁぁ……あがぁっ」
「もぐもぐ……んー、やっぱ肉が付いたメスは美味いな」
オレに向かってくる者は、魔術で殺したり、握り潰したりと、一人一人確実に殺していく。
一気に殺す事もできるが、それはちょっと物足りない。父様を殺した人間共を、一人一人恨みを込めて殺さないと気が済まないのだ。
その中でも柔らかそうな身体をした人間は、オレの食料になってもらう。こんなゴミ同然な生物でも、個体によってはとても美味いものだ。
「くそ! 娘を返……ぐぺっ!!」
「ん? なんか言ったか人間?」
一人メスを食べた瞬間、目の前に槍を持った初老の男性が突っ込んできた。だがその矛先が当たる前に、オレが殴った事で頭が吹き飛んだ。
何か言おうとしていたようだが、顔がなければ何も喋る事などできまい。
「くそ……なんでバフォメットなんて凶悪な魔物がこんな場所にいるんだよ!」
「助けて下さい神様! 勇者様!」
「ははっ! 喚け叫べ! 貴様ら人間など一人残らず殺してやる!!」
命乞いする者、オレの力に絶望する者、神頼みする者……その全てを平等に、恨みを込めて息の根を止める。
こんな事をしても父様は帰って来ない。だが、こんな事をし続けてもオレの怒りは治まる事を知らない。
だからやめられない。人間を一人残らず殺しきるまで、止まる気は無い。
「ははははっ、死ね! 死ねえ!!」
束になって掛かってこようが、ひ弱な人間ではオレの足下にも及ばない。
一人一人がただの肉塊に変わっていく事に、目標が近付いていると実感でき悦びに身体が震える。
「人間は皆殺しだあああああ!!」
「……そこまでだバフォメット!!」
「ぐッ!? な、なんだ?」
逃げまどう村人を殺すべく、爆発呪文を唱えようとしたところで……何者かがオレの後ろから鈍器のような物で殴りかかってきた。
まさか人間如きに後ろを取られるとは思っていなかった。いったい何者なのかと、急いで後ろを振り返った。
「キサマ、何者だ!? まさか勇者か?」
「いや、違う。ただの兵士だ。魔物狩り専門のな」
そこには、兵士と言う割には、鎧や兜の一つすら身に着けていない、一人の若い(とはいえ10歳のオレよりは年上であろう)人間のオスが立っていた。
鈍器で殴られたような気がしたのだが、その手には何も持っていないし、そこら辺にそれらしき物も転がっていなかった。
「勇者ではない……ならば恐れる必要はない。死ね人間!」
このオスの武器がサッパリわからないが、勇者ではないという事はどのみちたいした事は無いだろう。
さっきの後ろからの不意打ちは喰らってしまったが、正面を向いていればそんなヘマはしない。
そう思い、オレはこのオスを裂き殺すため飛びかかった。もちろんこいつなんかがかわせるわけがない、そう思ってだ。
「ふ……はあっ!」
「何っ!?」
だが、あろう事かこいつはオレの動きに合わせて動き、オレが切り裂かんと振り下ろした右腕を、奴の右腕が身体に当たらないように流した。
この五年間、勇者でもない人間がオレの動きについて来れる事など一度もなかった。多少の魔力は感じるものの、奴に加護の力は感じない為、ただの人間である事に間違いは無いはずだ。
「クソ……人間の分際で……!!」
ただの人間に攻撃をかわされた事でオレの頭に血が上った。
だからかオレは冷静さを失い、怒り任せに人間へと殴りかかった。
「やぁ、はっ!!」
「グオッ!?」
嘗めていたとはいえ、きちんと相手を殺す為に繰り出した右腕がかわされたのだ。怒り任せの単調な攻撃が当たる筈もなく、軽くステップを踏まれただけでかわされて、お返しとばかりに奴の拳が腹に食い込んだ。
重い一撃に一瞬息が止まる。一瞬ぐらっとしたがどうにか踏みとどまる。
「まだまだ!」
「ぐあっ、がっ、グボッ、ぐっ、ば、バリアー!」
「ちっ……」
しかし、奴もその隙を逃がさずに連続で攻撃をしてくる。
反射で腹を押さえたところに、足に強力な蹴りを入れられる。そのせいでバランスを崩しそうになったところで、今度は逆サイドの脇腹に蹴りを入れられた。
あまりもの痛みに思わず怯む。その隙に懐に入り込み、顎を打ち砕いてくる。
痛みで頭がくらくらしてくる。このままでは危ない。
オレは咄嗟に父様直伝の防御結界を身体に張り奴の猛攻から逃れる。これで物理攻撃は緩和されるし、効果を知っているのか奴も攻撃を止め距離を取った。
まさか人間相手に防御結界を張る事になるとは思っておらず、悔しい想いと同時に、少しばかり感心してしまった。
また同時に、奴が武器を持っていなかった理由がハッキリとわかった。
奴の武器は……奴の拳や足など、身体そのものだ。魔力で強化されたその拳や蹴りが、鈍器で殴る以上の威力を携えているのだ。
「ぐ……貴様、人間の分際でなかなかやるな」
「バフォメットとはいえ、まだ子供の個体に体術で後れはとらん」
「ふん……人間のくせにクソ生意気な奴め」
久しぶりの痛み……腹の痛みを感じたと同時に、多少は冷静さを取り戻せたようだ。思考が働くようになった。
どうやら勇者ではない人間だからといって、目の前にいる人間を嘗めて相手するのはよくないみたいだ。下手すればこちらが殺されるかもしれない。
今までも兵士と名乗るやつらは一人残らず殺してきたが……こいつは魔物狩り専用の兵士と言うだけあって、そこかしこに転がっている有象無象とは違うようだ。
考え無しに突っ込んだところで返り討ちに遭うという事は嫌という程わかった。
「体術が得意ならば、魔術で殺すだけだ!」
とりあえずそれ以外にわかった事は、奴自身はどうやら接近戦が得意な『だけ』みたいだ。拳や足に魔力を感じるが、それを自在に操る様子は無いし、何よりも奴そのものから感じる魔力と掛けられている魔力は別のものだ。
おそらく奴の拳を強化しているのは奴自身ではなく別の人間だ。という事は、奴自身は一切魔術を使えない可能性が高い。今のところ遠距離の攻撃を行っていないので、おそらく当たっているだろう。
ならば話は早い。こちらは遠距離攻撃……魔術で奴を殺せばいいだけだ。
オレは最も得意な火を操る魔術を使い、奴の頭上目掛けて奴の身体程の大きさの火の塊を降らせた。
「よっと。こんなもの簡単だ!」
「ちっ避けたか」
だが奴は降ってくる火のわずかな隙間を軽々と潜り、多少皮膚が火傷する程度のダメージに抑えてやり過ごした。
やはり反射神経も高精度で、また洞察力も優れているらしい。
手練の兵士とか言っていた奴を7つの時に同じ手で殺した事があったので、まさかここまでやる人間が勇者クラス以外でいるだなんて思いもしなかった。
「ならばこれでどうだ!」
なので、今まではお遊び程度にしか使ってこなかった呪殺系の魔術を奴に放ってみた。
当てた者の命を燃やしつくすそこそこ速く飛ぶ黒い炎を杖の先から飛ばし、更に操作術を併用して自在に操り軌道を読みにくくさせてみた。
「くっ……うおっ!?」
どうやら触れれば危ないと感じたらしく、先程とは違い必死の形相でかわす。
だが、前や後に右や左と完全ランダムに隙を見て当てに行くが、隙をついても当たるギリギリでパッと避けるせいで、こちらもなかなか当てられないでいた。
「ちっ……ちょこまかと動きやがって……」
当たればただの人間如き一発で葬り去る事ができるのだが、当たらなければ魔力の無駄でしかない。
一つが駄目なら二つ三つと出せばいいのだが、残念ながら今のオレではこの魔術を複数操作する事はおろか、二つ以上出すこともままならない。
基礎的な物以外、大半の魔術は父様が残してくれた魔術書からの独学だが、その事もあり呪殺など高等な魔術の精度はあまり高くないのだ。
「くそっ、いい加減当たれ!」
「当たるかよ!」
当たらないなら切り替えれば良いものの、ムキになってずっと当てようとするオレ。
頭ではわかっているが、ここまでやる人間は初めてだったので勝手がわからず、ついまたムキになって攻め続けてしまった。
「クソッ、く……えっ!? な、なんだこれは!?」
「お兄ちゃん大丈夫!?」
そのせいでオレは、自分の身体にまとわりつく煙と、一人の人間のメスの存在に気付くのが遅れてしまった。
「う、動けねぇ……」
「遅かったなホーラ。村人の誘導は終わったか?」
「一応ね。でも、私達がこの魔物にやられたら何もかも無駄になるよ」
「それはそうだな。気を抜くなよ!」
どうやら奴の仲間……いや、奴自身がお兄ちゃんと呼ばれたり、顔が似ているところから兄妹だろう。奴の妹がどこかから現れ、オレに変な拘束魔術を掛けたようだ。
力づくで抜けだそうとしたが、煙だからか全く千切れる様子がない。魔術で解除しようにも、単純な拘束術じゃないので対処が難しい。
何をしたのかはよくわからないが、どうにかしないとまずい状況になった事は確実だ。
この煙のせいで身体が全く動かないのだ。魔術だけでは厳しいものがあり、またいつの間にかバリアーも剥がれているので、接近されて何度も殴られたら一溜まりもない。
それに、煙から感じる魔力の性質からして、奴の拳や足に強化術を掛けたのは間違いなくこのメスだ。つまり、奴自身を更に強化する事もできるうえ、魔術にも対応できる事になってしまったというわけだ。
「クソが。不意打ちとは卑怯な……」
「卑怯も何もないわよ! 影から狙わなきゃあんたみたいな化け物に勝てないもん!」
「そういう事だ。お前は人を殺し過ぎだ。お前自身の死をもって償え」
そうこうしているうちに、予想通り拳の強化を図る兄妹。
凄まじいエネルギーを人間の拳に集中させる。あれで頭を打ち抜かれたら、オレでも無事では済まないだろうし、最悪死に至るだろう。
「人を殺し過ぎた、だから死をもって償えだと……!?」
「ああ、そうだ」
だが……奴の一言が、そんな危機的状況なんかどうでも良くなるぐらいの怒りの感情をオレに植え付けた。
「ふざけるな!! 貴様ら人間が……人間が先に父様を殺したんじゃないか!!」
「……何?」
「これは復讐だ!! 貴様ら人間が全滅するまで、オレは人間を許さない!!」
死をもって償え……それは、こちらの台詞だ。
人間が父様を殺さなければ、全滅させる気など起こらなかった。
悪いのは人間だ。そう、全ての人間は死をもって償うべきなのだ。
「はぁ……なるほどね。お前が人を無差別に殺すのは魔物としてだけでなく、父親の復讐でもあるのか」
「ああそうだ!! だから貴様等も死ねええええええええ!!」
目の前で溜息を吐く兄妹にも償ってもらうために、オレは全ての命を吸い取る黒い玉を目の前に発生させた。
これは触れたら死ぬなんてちゃちなものではなく、近くにいる全ての生命体の命を枯らす禁術だ。
もちろん、使用者であるオレ自身も対象となる。だが、人間と比べれば魔物は総じて頑丈で生命力も高い。オレが死ぬ前に奴らのほうが先に死ぬので、奴らが死んだら解除すればいいだけだ。
魔力の大半を持ってかれるうえ、人間を一気に殺してしまうのであまり使いたくはなかったが……もう関係無かった。
「皆死んでしまえええええええええええええええええええええ!!」
「これは不味そうだな……ホーラ!」
「わかってるよお兄ちゃん。ちょっと待って!」
術が発動してから、身体の魔力も体力も何もかもがその球体に吸い込まれているのがわかる。力が抜け、その場で横になる程だ。
地面に生えていた雑草は枯れ、家に使われていた木材は崩壊し、虫や小動物も土に還る……そのうち、目の前で必死に何かをしている人間共も死ぬだろう。
ここにいた人間共をどこに誘導したかは知らないが、どうせそう遠くまでは行っていないはずだ。この術に巻き込まれてそいつらも全員命を落とす。
全員死んでもまだ償いきれていないし許す気もないが、少しは気が楽にもなるだろう。
なんて思ったが……
「できた! いっけえっ!」
「な……なん……だと!?」
メスのほうが筒に何かを入れていたと思ったら、その中身を黒い玉に向け発射した。
そして命中し……こちらが解除していないのにもかかわらず、黒い玉は弾けて消えてしまった。
「ふぅ……そういった死を呼ぶ呪文って、発動までが複雑なものでなければ対策は普通の魔術よりもずっと楽なのよね。それにしてもこの魔薬品、剣の表面に纏わせたりこんな感じに砲撃にするのも簡単で扱いやすいなぁ……今度会ったらモックさんにお礼言っておこうっと」
「御託はいい。まずはこいつの息の根を止めるぞホーラ」
「はーいお兄ちゃん」
魔力の大半を使って発動した術が掻き消されてしまった。
まだ動けないし、魔術ももう小さな火の粉を起こす程度の物しか使えない。万事休すだ。
まさかこんなところでこんな勇者でもない奴等に殺されるとは思いもしなかった……父様の仇も討てず、こんな場所で……
「さて……悪いがお前には死んでもらう。逆恨みで人間を殺されたら堪らないからな」
オスのほうが倒れるオレの前に来て、拳を振り上げながら語りかけてきた。
「逆恨み……だと?」
「そうだろ? お前の父親を殺した人間はこの村の人達じゃないはずだ。恨むならそいつだけ恨めばいいものの、全く関係ない人まで殺すんじゃない」
たしかにこいつの言う通り、父様を殺した人間は一人のオスだ。忘れたくても忘れられない、あの憎きオスだ。
「それがどうした。人間が殺した事には変わりは無い。人間殺す……人間は皆殺す!!」
だが、オレの怒りはそいつ一人殺したどころで治まらない。
人間は全員殺す……そこまでしないと、父様を殺された怒りや恨みもろもろは解消されない。
「はぁ……面倒だなぁ……そんな事言ったら俺は全魔物殺さないといけないじゃないか。何の罪もない奴まで含めて……疲れるだけだぞ?」
「あん? 貴様何を言って……」
「まあいい。多くの村人を殺したお前はここで殺す。あの世でその父親と再会するんだな!」
だがここで、このオスは妙な事を言った。
全魔物を殺さないといけない……いったい何を言っているのだろうか。
ただ、考えている暇はなさそうだ。奴はオレの頭を目掛け拳を振りおろし……
「……させません!」
「ぐあっ!!」
……突然声が聞こえたかと思えば、突然奴が遠くに吹き飛ばされた。
「な、何が……」
「ここは引きますよバフォメット様」
「あ? 誰だ貴様は?」
「話は後です。それより今は飛んだ後で噛まないように口をしっかり閉じていてください」
そして、長い杖を持ち、漆黒のローブで身体を隠した、人間のメスらしき者がオレの横に立ち、魔法陣を足下に展開させた。
この陣は転移魔術……オレを自分と一緒にどこかに移動させる気だ。
「クソ……仲間がいたのか……」
「大丈夫お兄ちゃん!?」
「ホーラ、奴らを逃がすな!」
「ゴメンお兄ちゃん。結界が張られてて無理みたい……」
どこに移動させるつもりかはわからないが……どうやらオレを護っているみたいだ。
人間に護られる事はこの上ない侮辱で癪に障るが……拘束され魔力も尽きた現状では贅沢言える立場じゃない。
「人間……今度こそその命を……奪ってやる……!!」
「おいバフォメット! 俺の名はタイトだ。こっちこそ次は必ずお前の息の根を止める。だから待っているんだな!」
「タイト……タイトオオオオオオオオオッ!!」
オレは人間のオス……タイトの名を叫びながら、怪しい人間のメスと共に光の中へと消えた。
今回の侮辱は忘れない、いつか必ず殺してやる……そう、想いを込めて叫びながら……
……………………
「それで、だ。貴様は何者だ?」
「お初にお目にかかります、バフォメット様。私はウェーラ、今は汚らわしいしがない人間のメスでございます。今宵、貴方様の眷属になりたく参上しました」
怪しい人間のメスに連れて行かれた先は、なんとオレの住処だった。
そこでオレは自身を縛る煙を解除してもらい、中に入り奴の正体と行動の動機を聞きだした。
何故この女がオレを助けるような真似をしたのかが気になり聞いてみたのだが……曰く、眷属になりたいがための行動らしい。
「眷属だあ?」
「はい。貴方様の眷属になりたいのです」
それはつまり、人間を止めてオレの配下の魔女になりたいと言っているのに等しい。
たしかにオレのようなバフォメットは人間を魔女へと堕とす術を持っている。その気になれば魔物へと転生させ、自分の手足として使う事はできるだろう。
父様もかつては魔女を従えていた事もあったという。その時の魔女は全員魔女狩り如きに捕まり殺されたので、それ以降は失望して従える気も失せたらしいが。
「本気か?」
「はい。私は幼い頃から魔術などの魔道に憧れておりました。魔道を究めたくて魔法使いになったのですが……人間では魔道の真髄に辿り着く事は不可能だと気付いてしまいました。もちろんそれだけではございませんが、魔の力を手に入れ、魔の道に堕ちてでもその真髄を知りたいという考えが一番の理由です」
「ほう……」
今までも命乞いで魔女にしてくれと言ってきたメスは何人か居たような気がする。
気がするというのは、半分は聞く耳を持たず殺したし、もう半分はオレに取り入って生き延びようとしているのがバレバレだったので殺したので、あまり記憶に残っていないからだ。
だが、今目の前にいるメス……ウェーラと名乗ったこの魔法使いは、純粋に魔の道に堕ち、魔道を究めたくて眷属になりたいと言ってきた。
自分の夢の為にオレを利用する……そう聞こえなくもない事を、ハッキリと言ったのだ。
人間のくせに生意気な……そう思うと同時に、初めて人間という生物に恨みや怒りといった負の感情以外の感情……興味が湧いた。
「それはいいが、オレは全ての人間を殺したいと思っている。貴様は魔女になったとして、その人間を殺せるか?」
「ええ。私は考えが凝り固まり自分達に少しでも危険のあるものを排除しようとする人間が嫌いです。あんな生物、死んで同然です。私は人間として生まれた事が何よりも嫌なのです」
「そうか……」
だからオレは聞いた。魔女になったとして、元同族を躊躇せず殺せるのか、と。
「まあ、口で言うのは簡単なので、疑いの無いように実践してみせましょう」
「い、い、いやぁ……」
そういって、展開した魔法陣から出てきたのは……一人の生きた人間のメス。
どうやら先程の村から一人誘拐してあったらしい。用意周到である。
「た、助けて! 誰か助け……」
「弾けろ!」
「ぐぶっ!? あ……あが……」
魔法陣の光が消えた瞬間、身体の自由が戻ったのか一目散で出口へと走り出したメス。
そのメスの背後から、体内を爆散させる術を躊躇なく放ったウェーラ。
ただの村娘に避けられるはずもなく、その場で身体が膨らんだと思えば内部から爆発し、内臓や血を散らせ、そのまま息絶えた。
「家を汚してしまい申し訳ありません。後で綺麗にしておきます。ですが、これでわかってもらえましたか?」
「ああ。充分わかった」
人間を自分と同じ生物と思っていない視線、人間を殺す事を雑草を踏む程度としか思っていない表情……たしかに、こいつなら迷わず人間を殺すだろう。
しかも今放った魔術は人間が扱うのは相当難しい代物だ。既にウェーラは魔女になる資格を有しているし、魔女として生きるほうが適任だという事だ。
「いいだろう。貴様を魔女にしてやる」
「ありがとうございますバフォメット様」
「ティマだ。主君の名前ぐらい覚えておけ」
「……はっ! ティマ様、生涯忠誠を誓います」
面白い。人間を配下にするのは嫌だが、人間を止めオレと共に人間を滅ぼすというならば配下にしてやろう。
そう考えたオレは、ウェーラを配下に置く事に決めた。先程邪魔をしたタイトとかいう苛立つ人間の妹のほうを殺す為の戦力としては申し分ない。
奴自身はオレの手で殺さないと気が済まないが、その邪魔をする妹の方の相手は少々骨が折れるので丁度良いと考えたのだ。
途中でいらないと感じればこいつも殺せばいい。たったそれだけの事だし、召使として置いといても問題は無い。
「では、今から転生の儀式を行う。ウェーラ、これを飲め」
「仰せのままに」
人間を魔女へ転生させる方法はいくつかある。その中でもオレは、自身の魔力がたっぷりと籠った血を飲ませ、魔力を身体に巡らせ浸透させる方法を選んだ。
先程の戦闘で魔力は殆ど空だし、性交など死んでも人間とはしたくない。他の方法は性交率が極端に少なく準備と後始末も面倒なので、この方法が一番良いと判断したからだ。
「んぐ……んぐ……がああっ!?」
まあ、この方法も安全であるわけではない。人間としての身体を壊し魔物に変えるのだから、それに激痛が伴うのが普通だ。
器に垂らしたオレの血を飲みほしたウェーラは、激痛の走る身体を両腕で押さえ、床の上をのた打ち回る。痛みで身体中をぶつけ、ボロボロになり、家中に響く悲鳴を上げる。
「がっぐぅぅあっ、がああっ! はぁ……はぁ……」
「ほお。成功したようだな」
しばらくして悲鳴が終わる。それと同時にウェーラの中から感じる、強い魔物の魔力。
どうやら無事に魔女になったようだ。まあ、魔女になる過程で痛みに耐えられず死ぬ貧弱な者など飯にもならないのでいらないが。
「こ、この力は……!」
「それが魔物の力だ。素晴らしいだろう?」
「……はい。なんと素晴らしいのでしょうか! 溢れるばかりの力です!」
そう言いながら、先程付いた傷を綺麗にするウェーラ。どうやらこいつは治癒系の魔術も扱えるようだ。
「さて、貴様にはこれからオレの手足として働いてもらう」
「はい。何なりとお申し付け下さいティマ様」
「では、まずは先程言った通り、そこのバラバラになった人間を片付けろ。肉は食ってもいいぞ」
「承知しました。ただ、人肉を食べろというのは勘弁して下さい。あれは私にとって食べられたものではないですから。まだ泥水を飲めと言われた方がマシです」
「そうか? オレは好きだが……まあいいだろう。では片付けろ」
「はっ! えっと、水場はどこかな……」
まずは、先程爆散した人間を片付けるように言った。先程自分で言っていたし、そのままあっても邪魔なだけだ。
命令を受けたウェーラは早速片付けようとして、掃除道具でも探そうとしたのかふらふらと動き始め……
「……キサマアアア!! その部屋の戸には指一本触れるな! 殺すぞ!!」
「は、はいいぃっ!!」
あろう事か父様の亡骸の眠る部屋に入ろうとしたため、オレは怒鳴りつけた。
いくら魔女になったとはいえ、その部屋に他人が踏み入るのは許されない。
「すすすすみません!! どうかお許しを!!」
「今回は先に言ってなかったこちらにも落ち度はあるから特別に許すが、次にその戸の前に立てば貴様の命は無い物と思え」
「ははっ! ありがとうございます!」」
そう、父様に近付いていいのはオレだけだ。たとえ眷属であろうと、元人間であろうが無かろうが近付けさせない。
「貴様も魔女ならば魔術で片付けて見せろ。今の貴様ならそれぐらい朝飯前のはずだ」
「り、了解しました! すぐに魔術で片付けます!」
今回ばかりはこちらにも落ち度があるので、なんとか怒りを押さえながら命令する。
一回脅せば二度としないとは思うが、もし次も気にくわない事をしたらどうしてやろうか……
「……さ……マ……」
「……ん?」
と、突然耳元に、幼い誰かの声が聞こえてきた。
「ティ……ま……さま……!」
「わ、わ、な、なんだ!?」
身体がぐわんぐわんと揺れ、上も下もわからなくなる。
慌てているうちに自分が立っているかどうかもわからなくなり……
目の前が光に包まれて……
……………………
…………
……
…
====================
「ティマ様! 起きて下さいティマ様!!」
「うぅ〜ん……ハッ!」
「おはようございますティマ様。かなりうなされていたと思えば突然大声で叫び始めましたが……いかがなさいましたか?」
眼を覚ましたオレの目の前には、夢で見たのとは違って可愛らしい女の子の顔をした、長年のパートナーでもあるオレの眷属の魔女、ウェーラだった。
心配した様子から、身体をゆさゆさと揺すって起こしてくれていたようだ。なんだかかなり気持ちが悪いが、それはウェーラが身体を揺すっていたからではないだろう。
「いや……なんというかまた過去の事を夢で見ていたみたいだ。くっそ気持ちわりぃ……おえぇ……」
「という事はまた人間を食べてた夢ですか……あ、吐くのならこの洗面器へ出して下さい。そのほうが処理は楽ですので。それと今すぐお水を持ってきます」
「おう……うえっげろろろ……」
どうやらまたしても昔の記憶を夢として見ていたらしい。
人間を噛み砕く時の感触も、生の人間の肉や血に内臓の味までもが口の中で再現されて……酸っぱいものが込み上げてきて、今回は我慢できずに吐き出してしまった。
「ぺっぺっ……ふぅ……結構落ち着いた。でもまだ気持ち悪い……」
「ティマ様、お水を用意しました。まずは口の中を濯いで綺麗にし、それからゆっくりとお飲み下さい」
「おう……ありがとうな……」
昨日食べた分と胃酸は全部出したんじゃないかという程吐いたオレは、ウェーラに持ってきてもらった水を口に含も。
口の中に残る、もう何百年も食べていない物の味を消すように、冷たい水でこれでもかというぐらい濯ぐ。
「ふぅ……しかしまた旧時代の頃の夢か……」
「たしかヨルムが現れる数日前にもありましたよね?」
「ああ、たしかに見たな。あの時は父様を殺したエインの夢だった。ここ数百年旧時代の頃の記憶を夢として見る事なんてなかったんだがな……タイト達のせいか?」
「関係性はわかりませんが……時期的にはそう外れてませんね」
ある程度サッパリしたところで、思った事を呟く。
たしかにヨルムがこの村を襲いに来た数日前にも旧時代の頃の夢を見た。
あれから約1ヶ月経ったが、そういえばその夢を見た1ヶ月程前にタイトやホーラ、ついでにヨルムの奴はこの時代に来たのだった。
正確には40日ぐらいは経っているし、単なる偶然とは思うが、無関係とも言い切れない。とはいえ、それが何か関係しているかどうかなんて流石に調べようがない。
「ん〜、また約1ヶ月後に何か見たりして……それどころか来週とか?」
「洗面器は常備しておいたほうがよさそうですね。ところでティマ様、本当に大丈夫ですか?」
「え? あ、ああ……大丈夫だ。震えもじきに治まる」
「ならいいですが……」
夢で見た時代以降、オレはいつの間にかタイト達と戦う事に重点を置くようになり、無駄に人間を殺す事が無くなったのでまだいいかもしれないが、それでもまだ腹が減れば人間を引き裂いて食べていたし、時期によってはキツイものがある。
今だってそうだが、人間を無暗に殺していた事を思い出すと、手に握り潰した人間の感触が蘇り……震えと気持ち悪さが止まらない。
自分の肉球が、鋭い爪が、全身が人間の真っ赤な血で塗られているような……そんな幻覚すら見えてくるほどだ。
魔王が代替わりして数年の間は本当に苦しんだものだ。こんなに苦しい思いをさせた現在の魔王をいったい何度恨んだ事か。
「ところでティマ様、聞いていいものかわかりませんが……具体的にはいつ頃の夢を見ていたのですか?」
「お前……よくその質問できたな。こんなに腕の震えが止まらない主君に向かって普通聞くか?」
「すみません。ですが気になりましたし、心配だったもので。なんせティマ様に書類を持ってきたらうなされていて、起こした方が良いかなと思っていたらなんだか聞き覚えのある怒鳴り声が響いたもので……」
「うげ、叫んでたか……まあウェーラの想像通り、お前やホーラ、それにタイトと出会った日の夢だよ」
「ああやっぱりですか。あれからずっとこの村に移り住むようになる時までティマ様のお父様の墓に近付けば殺されると思って何も言えませんでしたからね」
「わるいわるい。でもたしかにあんな半端な供養じゃ父様も浮かばれねえしな。この村に墓を移したのは良い判断だったと思うぞ」
「ありがとうございます」
そんなオレに向かって止めでも刺すかの如く夢の内容を聞いてきたウェーラ。
まあ、どうやらウェーラに向けて怒鳴っていた部分は寝言として叫んでいたみたいなので、気になるのはわからんでもない。
昔はオレの一言一句にビビり、少し怒鳴っただけで謝る従順な奴だったが、今はなんだかオレの姉のような感じになりつつあるなと思いながらも、聞かれたので夢の話をする事にした。
「あの日からすべては始まったんだよな……思えばあの時だけオレはホーラの不意打ちを食らって完全に負けてるんだよな」
「まあ直接の戦闘力はタイトの実力ですが、そのタイトが100%の動きができるのはホーラの魔術や魔道具の力のおかげですからね。タイト一人なら魔術の分ティマ様が勝つと思いますが、ホーラが加われば中々難しいかと」
「そこにお前が入ってちょうど引き分けになる戦力か……」
「いえ、おそらく私達のほうが上だったかと思います。ただ、ティマ様の命令で私はほぼタイトのほうを狙いませんでしたからね」
「あーまあそうだな。あの時は変なプライドあったからなぁ……あいつだけはオレが殺してやるって感じでさ」
あの出会いがあったからこそ、あいつらがこの時代に飛ばされるまでずっと戦い続ける事になった。
あの出会いがあり戦い続けたからこそ、いつしか父様を殺された怒りは、殺したエイン本人にしか向かなくなり、無関係の人間を無意味に殺す事も無くなったのだ。
そう考えると、オレはあの時たまたまあの村に来ていたタイト達と出会えて幸せ者だったのかもしれない。
「あれ? そういえばなんでウェーラはあそこにいたんだ?」
「あれ? 言った事ありませんでしたか?」
「んー、聞いた事あった気がするけど……忘れちまった」
「仕方ないですね。私は魔女にしてもらうためにバフォメットがいる場所を調べてたのですよ。それでようやく見つけたのがティマ様で、向かってみたら丁度あの村に転移する時でした。なのでそのままこっそりとついていったのですよ」
「あー思い出した。そういえばそんな事言ってたな」
「そしてあの場で……いや、止めておきましょう。とにかくカッコ良く様々な魔術を扱っていたティマ様の姿を見て、私はこの人の眷属になりたい、この人と一緒に魔道の深みへと堕ちたいと思い、あの場で助けたのです」
「そうだそうだ。そんな事言ってたわ。まあそのおかげでオレは今日まで生きていられるから、お前は部下である以上に命の恩人だな」
「そんな滅相もない。主君に仕える者として当然の事を行ったまでですよ」
そしてそれは、このウェーラと出会えた事も含めてだ。
ウェーラがいなければ今のオレは絶対に居ない。まず出会ったばかりの頃に大きな恨みを残したまま死んでいただろうし、その後もエインをはじめとした人間と仲良くなれたのもウェーラのおかげだからだ。
村長としての仕事もかなり助けられているし、本当に様々な面でウェーラには助けられた。感謝してもしきれない。
まあ、素直に感謝する事はなんだか照れくさいのであまりしないけど。
「……」
「な、なんですかジッと見て……」
「いや、ホーラじゃねえけど、お前も随分と変わったなぁと。昔は人を殺してもゴミを処理したかのような顔してたのになぁ……しかも内部から爆殺とか結構エグイ方法で」
「ちょっと! いきなりそんな大昔の事を掘り返さないで下さいよ!! あの頃の事を思い出すと胸が痛んで大変なんですから!」
「夢の話を聞いてきたのはそっちだろ?」
「うぅ……あの時はホーラを始め人間が嫌いだったからです。当時の私に会えるのならばじわじわねっとりと調教してその考えを改めさせたい程ですよ」
「ちょうきょ……お、おう……」
そんなウェーラは、本当に変わったと思う。
魔王の代替わり前は本当に当時の魔女らしく冷たくて恐ろしい雰囲気を醸し出していた女だった。夢で見た通り、人間を殺す事に何の躊躇もしていない程には、だ。
それが今ではエインにメロメロで時には身体中白濁塗れで喜んでいる4児の母であり孫までいる幼女だ……なんというか変わり過ぎである。
とはいえ、サディスティックだったところなど根本的な所は変わっていないみたいだが……しいて言うならば『性的な意味で』と付くぐらいだろう。
「あと、そうやってオレに文句というか、意見を言ってくるようになったとことかも変わったな。昔は絶対服従だったのにさ」
「時代ですよ。今の魔王の時代になってからはどの種族でも明確な上下関係は薄れたみたいですしね。サバトによっては涙目のバフォメットを魔女があやすという光景も見られるそうですよ」
「そんなカリスマのカの字もないバフォメットだっているらしいな。まあ、妹キャラとしては真っ当だと思うが、オレは御免だ」
「それに、私とティマ様とでは私の方が年上ですからね。年下の面倒をみるのが年上ってものですよ」
「むぐっ。そういえばウェーラのほうが年上だな。なんというかもう500年も生きてるから細かい事は気にしないからなぁ……」
「まあ確かにそうですね」
もちろんそれは魔王の代替わりが影響している部分だってあるだろう。
オレ達が人を死に至らす術を全て忘れたのは確実にそれが影響している。今夢で見た術もあったなぁと思うだけで、夢で見たのに出し方がサッパリわからなくなっている。
とはいえ、500年生きたからというところもあるだろう。オレは魔王の影響以外の部分はあまり変わってないが、ウェーラは家族ができた事など大きく変わっているところがあるのだから。
「おや、震えが止まったみたいですね」
「ん? ああ、そうだな。ウェーラと喋ってて気分も良くなったみたいだ。今日も山ほど仕事があるみたいだしそろそろ飯にするか」
「私もご一緒します。その前にティマ様の嘔吐物を片してからですけどね」
「あー……いいや、任せた。その代わりウェーラとエインとレニューの分も作っておいてやるよ」
「ありがとうございます。それではまた食堂で」
そんな感じに思い出話をしていたら、いつのかにか腕の震えも止まり、お腹が空いてきた。
丁度いい機会なので、リバースしたものを処理してもらうお礼も兼ねてウェーラ一家の朝食も作ろうと思い、オレはキッチンへと向かったのだった……
…………
………
……
…
「あーめんどくさ……」
「面倒がってはダメですよティマ様。きちんと全部の書類に目を通して下さいね」
「わかってるよ。何々、村外れの丘に立てるスタジアムの建設費用と日数……まあ、ジェニアが言っていた金額的にこれぐらいなら大丈夫だな」
朝食の後、オレは早速仕事に取り掛かる。
ここ最近は村を発展させたり、あとはどこぞの馬鹿ドラゴンが壊した村の修復などで必要な書類などが多く、一日中こうして机の上で紙とにらめっこしている事が多い。
村長は暇では無い。確かに仕事が無い時はわりと余裕もあるが、ある時はすごく忙しい。
特にデスクワークが多い日だとげんなりする。ずっと座りっぱなしなのでお尻は痛いし目も疲れるしで嫌になる。
目の負担を軽減する眼鏡を掛けているとはいえ、細かいものをずっと見ていては流石に疲労を感じる。ふかふかの椅子に座ってたって動かなければ腰は痛くなるものだ。
「あ、こちらにも目を通しておいて下さいね」
そんなオレに追い打ちを掛けるように事務仕事担当の魔女の一人が置いたのは、50通以上もある村人の声だった。
村人の声というのは、この村に住む者達の様々な意見や感想、相談などを紙に書いて集める企画だ。口では言えない事も書けるという人は多いので100年ぐらい前から始めたのだが、現在もなかなか好評で続いている。
実際この声から意見を拾い変わったものはいくつもある。フーリィの教会の外装をふさわしいものに変えたりとか、自警団の見回り中の飲食を可能にしたりとか、数えたらキリがない。
だが……こんな忙しい時にそんなに沢山意見を貰っても困るものだ。正直手に負えない。
「うげ……なんでよりにもよって今月は村人の声がこんなにあるんだよ」
「良くも悪くも大体ヨルムさんのせいです」
「月始めのほうは自分達の村を襲った人が住む事への不満、後半からはヨルムさんが始めた運輸業がすごく便利で助かるといった感謝の気持ちを綴ったものが多いですね」
「そういうのは本人に直接……は難しいか。そういう企画だしな」
「先月はタイトさんやホーラさんの事が多かったですし、目立った新たな住民が来るとその人の事で多くなるのはもはや恒例ですね」
「だなぁ……」
それでも、見ないわけにはいかない。
まだ確認しなければいけない書類が多いのできちんと見るのは後回しにして、とりあえずパラパラとめくってみる。
「あー……『あの黒いドラゴンが家を燃やしたのに悪びれもしてないからムカつきます』とか『ヨルムさんのおかげで足をくじいた時も簡単に病院にいけて楽になりました』とか『ヨルムさん村長さんに負けない位露出高い恰好してますね下半身が元気になります』とかたしかにあいつの事が多いな……てか最後のはマズイから伝えるのはよそう」
「あとは『新しく来た医者のおかげで診断待ちの時間が短くなってよかった』ってのもありましたね。これはアルサさんの事ですね」
「だな。そうか今月分はあいつらの事があるか。まあ仕方ねえな」
たしかに見た感じアルサと、特にヨルムの事に関しての声が多い。
あの二人ももう立派にティムフィトの住民だ。やった事がやった事なので人間を中心に一部の住民はまだ警戒しているが、大半の人は受け入れている。
「さて書類に戻るか……ん?」
住民の声についてはまた後で目を通すとして、とりあえず目の前に積まれている書類の山を片付けようとしたところで、書斎の戸を誰かがノックした。
「入っていいぞー」
「失礼します。ちょっとトラブルがあって遅れました。何の用ですかティマさん?」
「おおホーラ。遅かったがトラブルなら構わねえよ。問題無かったか?」
「大丈夫。ちょっと魔女の一人が操作を間違えて悪臭が漂ってたけど、きちんと処理したし換気もしたからね」
部屋に入ってきたのはホーラだった。
そういえば1時間程前に用事があるからと呼んでいたのだ。山のような書類のせいで忘れかけていた。
「で、用事ってなに?」
「そうそう。ホーラ、明後日からちょっと出張に行ってもらえないか?」
「出張……?」
「ああそうだ。この村から西へ行ったところにある都の領主宅までこの手紙を届けてもらいたい」
「手紙? 何か重要な物なの?」
「ああ。じつはあそこの領主とうちのサバトは内密に取引してるからな。うちで作っている商品やそれらについての契約書みたいなものだ」
「なるほど……私である必要性は?」
「あそこは中立国家だから魔物は行き辛くてな。いつもは魔女の兄達に行ってもらったのだが、より専門的な知識を持つお前に行ってもらいたいんだ。魔術研究室の室長だし肩書は充分だ」
こうみえてうちのサバトはいろんな街や国と連携している。その中には中立国家といった主神の力がまだまだ強い地域もある。
そういった場所に魔女を向かわせるのは難しいし、インキュバスでもキツイものがある。
一度誰かを呼んで見てほしいものがあるという内容で手紙が来ており、さて誰を送るかとウェーラと相談したところ、ホーラが適任だとなったのだ。
「なるほどね。了解。それにしても明後日とはまた急だね」
「仕方ない。ちょっと距離あるしここから直接馬車も出てないから行くまでに数日かかっちまうんだよ。中立国家に行くからヨルムの出張サービス頼むわけにもいかねえしな。だから明後日までにはこの村を出ないと期日までに間に合わねえんだ。明日は仕事を休んで長旅の準備に掛かってくれ」
「そういう事か……お兄ちゃんのご飯どうしようかな?」
「そこら辺の飲食店で食ってもらうように言っとけ。最悪オレが作ってやらん事もないが、忙し過ぎて3食は面倒見切れん」
「え、あ、うん。そうだよね」
ちょっと無理のあるスケジュールで申し訳ないが、折角の中立国家との繋がりを切るのは避けたい。
むしろオレ達と繋がっているからこそあの国は中立だと言っても過言ではないので、何か問題が起こり縁が切れるとあの国に住む魔物に申し訳が立たなくなる。
「それでこれがその国への大体の行き方を記した紙とその国の大まかな地図と旅費だ。贅沢はできないが、これだけあれば交通費と食費は賄えるはずだ」
「わあ、凄いお金……落とさないようにしないと」
「落としたら流石に自腹で行ってもらうぞ」
「わ、わかってるよ……」
という事で、オレはできるだけのサポートをしてホーラにお願いしたのだ。
魔術研究室のほうはウェーラもいるので大丈夫だろう。
タイトの世話は……飯以外は流石にどうにかなるだろうし、飯はもう我慢してもらうしかない。暇なら作ってやっても良かったが、流石に最近は忙しくて作れても夜食ぐらいだろう。
「それにしてもティマさん……眼鏡姿に凄い違和感が……」
「あん? 仕方ねえだろこれが無いと目がしょぼしょぼして書類整理どころじゃなくなっちまうし。自分でも似合わないとは思ってるさ」
「あ、いや別に似合わないとは言わないよ。なんというか賢そうだからどちらかと言えば似合ってるし……そう思いません?」
「はい、思います。眼鏡を掛けたティマ様はすっごくお似合いです!」
「お、そうかそうか♪」
一通り仕事内容を伝えた後、眼鏡を掛けている事を突っ込まれた。
書類仕事をする時に眼鏡を掛け初めてもう何十年にもなるが、それよりも大昔からやってきたホーラやタイトにとっては新鮮なのだろう。
この前も眼鏡を掛けたまま外に出てたまたまタイトに会ったら、珍しいものを見る目をされたあと笑われてしまったものだ。
そのせいで似合ってないと思ったのだが、どうやら似合ってると思っている方が大半のようだ。タイトのセンスがおかしいのだろう。
「それになんだか可愛いしね」
「そうですそうです。眼鏡ティマ様はすっごく可愛いのです」
「ん? 何か言ったか?」
「いやいや、単なる世間話だよ」
その後何やら魔女とホーラで喋っていたが、残念ながら内容までは聞こえなかった。
悪口ではないと思いたいが……まあいいだろう。
「という事で頼んだぞホーラ。なんならもう帰って準備してもいいからな」
「え、うーん……じゃあそうさせてもらうね。でもちょっとヴェンに伝えたい事伝えてからね」
「ん? 愛の告白か?」
「ちちち違うから! 二人で新開発した魔道具のテストするって話をしてたから、それは私が帰ってからにするって伝えるだけだよ! もー変な事言わないでよティマさん!」
「いやあ二人でなんかこそこそやってるって今朝レニューから聞いたもんでついそんな仲になったかと思ったんだよ」
「もー! 別にコソコソしてないし!」
とりあえず恋する乙女に茶々を入れつつ、書類を読む仕事に戻る。
ヴェンとホーラ、お互い相手に良い感情を抱いているのは確かなのだが、中々進展しないからやきもきするとよくいろんな魔女や魔物達が言っているのを耳にする。
だからどちらにもこうしてからかってはみるのだが、やはりくっつく様子を見せない。まあ二人とも人間なのだから押し倒せばいいとは言えないし、部外者が手を出し過ぎて関係が悪化するのはマズイ。
さりげなく聞いてみたところタイトも公認みたいだし、障害は無いのだからそのままゴールインしてもらいたいものだ。
「ま、まあこれをここの国に持って行けばいいのね。わかった」
「おう、頼むわ」
顔を少し赤くして、逃げるように部屋を出て行ったホーラ。
ちょっとからかい過ぎたかと思いながら、オレは再び書類の山との格闘を始めたのだった……
……………………
「んっくぅ〜! 疲れた〜!!」
温かい午後の日差しを浴びながら、オレは疲れを飛ばすように身体を伸ばした。
「さーて、どこ行こうかなっと」
書類の山はまだまだ残っているが、机に突っ伏し続けても効率が悪くなる一方だ。
そういうわけで魔女達から昼飯がてら気分転換してこいと言われたので、こうして俺は1時間村を散歩する事になったのだ。
「どこかの飲食店か、それとも売店か……」
休憩時間は1時間だけなので、村を回るついでに久々に外食でもしようと思ったのだが、如何せんオレが飲食店に行くと店長が怯えてしまうので悩むところだ。
どうも料理が上手なオレの舌を唸らせないと店を畳まれるとでも思っているらしい。
たしかに過去に潰した店は1件あるが、それは店長が教団のスパイだったからであって別に味が悪かったからではない。
まあ、スパイだったという事は本人の為(現在はオレのサバトの一員)にも表に出していないし、たしかに不味い飯屋ではあったので、そう思っている者も多いのだろう。
「まあカフェのランチセットか、レストランのランチか、ラクーンで総菜を購入するかだな」
とりあえず村の中心地に向かって、そこで気になったものを食べる事にした。
店長が怯えるからと行かないでいると何も食べられないので、とりあえず行ってみる事にした。
「……ん?」
という事で家の門を潜ろうとしたのだが、ふと視界の縁に一組の男女の姿が目に入った。
「あれ、あいつら……」
「何か用なのヴェン? 私準備があるからそんなに時間取れないんだけど」
「あ、えっと、ゴメンホーラ。すぐ終わるからちょっと待って」
それは、先程仕事を頼んだホーラと、そんなホーラといい感じの仲であるヴェンだった。
「これ、持っていってよ」
「これは……何?」
なんだか様子が気になるので、こっそりと陰から見る事にした。
どうやら今から帰るホーラを後ろからヴェンが呼び止めたところみたいだ。
「お守りだよ。あの国までの道中はいろんな意味で危ない場所もあるから、無事に帰って来れるようにって」
「え……あ、ありがとう!」
「一応ただのお守りじゃなくて自動で結界張る仕掛けは施してあるけど、サイズがサイズだから強い衝撃なんかには耐えられないから、誰かが襲ってきたりしたら逃げてね」
「大丈夫! 私これでも過去にはティマさんやウェーラと戦ってたんだから、賊とか楽勝だよ!」
「はは、それもそうだね」
何やら渡していると思ったら、無事に帰れるようにお守りを渡したらしい。
たしかに、あの国へ続く道の途中は盗賊が出たりするらしいし、別の場所ではよく動物が崖上から降ってくるらしい。一度もそういう報告を受けた事ないし、ホーラなら大丈夫だろうと思って気にしてなかった。
「うんでも嬉しいよ。ありがとうねヴェン」
「いやいや」
なんだか良い雰囲気を醸し出しているが、抱きついたりキスしたりはしない二人。
本当にさっさとくっつかないものか……と、やきもきしながら二人を見続ける。
「あ、そうだホーラ」
「ん? 後は何か?」
「えーっと、出張から帰ってきたらさ、一回家に来てよ。ちょっと話したい事があるんだ」
「話したい事……今じゃダメ?」
「あっと……うん。長くなるかもしれないから後のほうが良いかなって」
「そっか。わかった。じゃあ村に帰ってきたらまずヴェンの家に行くよ」
「うんよろしく……ってまずは家に帰ったり村長さんに重要書類とか渡さないと」
「あ、それもそうか。まあティマさんのところからならヴェンの家のほうが近いし、その後に絶対行くよ」
「うん、わかった。じゃあその時はよろしくね」
仕事が終わったら家に来てよとホーラに言うヴェン……これはもしや自分の想いを伝えたいという事だろうか。
この場で告白しろよと思わなくもないが、その後にベッドインするならばそのほうがいいのかもしれない……ってそれは魔物の発想か。
「あいつらにもとうとう春が来たか……ウェーラもうるさいし、オレも早く誰かとくっつくべきかなぁ……」
まあいずれにせよ何か二人の関係が進展しそうな気がしたので、ちょっと安心しながらも見つからないように改めて村の中心地に向かい始めた。
「さーて時間が減っちまったぞっと……ん、あれは……」
短いやりとりを見ていただけとはいえ、それでも5分ぐらいは経っていた。
このままボーっとしていると飯を食わずに休憩時間が終わってしまうので、急いで中心地に行こうとしたところで、遠くからやってくる大きなものが目に入った。
「お、ようバフォメット……じゃなくてティマだっけか。これからお出掛けか?」
「ヨルムか。運輸業順調そうだな」
「おうよ! 力仕事ぐらいしかできねえからこんな事しかできねえが、結構評判いいぜ」
それは、改造して数人が乗れる台車を引いたヨルムだった。
仕事を斡旋しようにも色々と問題があり、ならばと自ら走りながら乗客や荷物を指定された場所へ運ぶ仕事を始めると言っていたが、わりと評判で生活費を稼ぐ事はできているようだ。
「あん? 急に止まってどうし……ああ、村長か」
「おうロロアか。これ使ってるんだな」
「凄く便利だからな。歩くよりよっぽど早いからアタイみたいに足が短い奴には大助かりだよ」
「へぇ……」
そんなヨルムの馬車ならぬドラゴン車を利用していたのはロロアだった。
オレもそうだが、たしかに足が短い奴は長距離の移動が大変だ。疲れるというわけではないが、歩幅が狭い分どうしても移動速度が遅くなってしまう。
そう考えるとたしかにヨルムの輸送は便利なのかもしれない。
「なんならお前も利用するか? もちろん料金は移動距離に合わせて取るがな」
「あーじゃあ使う。とりあえず村の中心まで運んでくれ」
「あいよ! どうせロロアを鍛冶屋に運ぶ時に通る予定だったからな。しっかしロロア、お前さんどうして家と職場を真逆の位置に構えたんだ?」
「鍛冶屋は先祖代々あそこにあるんだよ。実際両親や妹はあそこの近くの家で暮らしてる。アタイはモルダやミラと一緒に暮らす為に病院の方で暮らしてんだ」
「なるほどねぇ。ま、それなら仕方ねえな。そのおかげでかなり利用してもらってるからがっぽり稼がせてもらってるよ」
「別にいいさ。お前の旦那のおかげでモルダも大助かりだからな」
評判は良いものの、オレ自身は一度も利用した事が無かったので乗せてもらう事にした。
台車の中は5人ぐらいなら座れる椅子が2つ対面にあり、椅子の上にはふかふかのクッションが敷いてあった。屋根もあるから雨でも心配はないし、環境は悪くなかった。
「おお、結構速いな」
「そりゃあ歩く速度と同じじゃ意味無いからな。速過ぎて気持ち悪くなったらオレ様に言えよ」
「いや問題無い。むしろなんか楽しくていいや」
ロロアの対面に座ったところでヨルムは出発した。
オレが走るよりも少しだけ速く流れる景色。視線も高いし、なんだか新鮮で楽しい。
「そうそう、なあティマ、お前んとこの魔女どうにかしてくれねえか?」
「ん、どうかしたのか?」
身を少し乗り出して外を見ていたら、ヨルムが突然そんな事を言いだした。
「いやほら、お前んとこの召使いるじゃんか。オレが過去に母親食っちまった奴」
「ああ、エインか」
「そうそう。そいつの嫁の魔女が会う度に睨みつけてくるんだよ。話し掛けても無視してずーっと睨んできてさ。ムカつくのを通り越して怖いからやめるように言ってほしいんだけど」
「はは……一応言っておくけどたぶん無理だ。あいつエインに関係する事だとオレに刃向かうからな」
「おいおい、そうは言ってもお前が主君だろ?」
「主君でも年下だからな」
たしかにウェーラはヨルムを嫌っている。自分の愛しの兄の母親を殺した相手だからだろう。
直接口には出さないが、以前ボソッと「ヨルムの頭に隕石降らないかなぁ……」だなんて言ってたぐらいだし、相当嫌いなのだろう。
ちなみにエイン自身はそんなに気にしておらず、ヨルムとも普通に会話していた。形見を大事に取っていたうえ、謝罪しながら返してくれたからとは言っていた。
まあ、内心はどう思っているかわからないが、時代が時代だったからときっと納得しているんだとは思う。
「そういえばヨルムも村長も旧時代を知ってる魔物なんだよな」
「そうだがなんだ? 話でも聞きたいのか?」
「まあ、ちょっとは興味があるな。一番聞きたい技術面の話は聞けねえと思うが、今度いろいろ教えてくれよ」
「別にいいが、そんなに面白くもねえぞ。なんせ人間と殺し合いしていた時代だからな」
「オレ様にとっては数ヶ月前の話だが、その生活に戻りたいかと聞かれたら絶対に戻りたくねえって言えるからな……」
そんな感じに会話を続けること数分。
「おっと、煉瓦の所はちょっと振動が大きくなるから気をつけろよ」
「おう。って事はもうついたのか」
普段なら急いでも10分以上かかる距離を半分ぐらいの時間で辿り着いてしまった。
なかなか乗り心地は良かったし、これは人気にもなる。
「よっと。サンキューなヨルム。これ代金」
「たしかに受け取った。また利用してくれよな!」
台車から降りて金を払い、走り去っていくヨルムを見送る。
「さーて結局どこで飯を食おうかな……っと、あれはタイトか」
良い匂いがする中をふらふら歩いていたら、目の前から同じくふらふら歩くタイトを発見した。
「おっすタイト」
「ん? ああティマか。どうした最近忙しいんじゃなかったのか?」
「忙しいさ。今はたった1時間の休憩を満喫中だ。お前こそどうした?」
「今日は朝番だったから今仕事が終わったところだ。今日はメイが昼番だから訓練も無しだから、とりあえず飯食ってから自主訓練しようかと」
「なるほど」
一人で歩いているなんて珍しいと思ったら、どうやら見回りでは無く仕事終わりらしい。
「今帰ってもホーラ居ないから飯もないしな」
「自分で作……るわけないか。ちょっとは作れるようになった方が良いぞ。明後日から数日間ホーラ居ねえんだしさ」
「……は?」
「今朝出張に出したからな。適任がホーラだったんだから文句言うなよ」
「そうか……外食で凌ぐしかないのか……」
「お前なぁ……」
予想通りホーラがいない間は外食に頼る事になりそうなタイト。
忙しくなかったら作ってやったのだが、今回ばかりは我慢してもらうしかない。
「ん? という事は今から飯か。お前と行くと緩和されるかもしれんし、丁度良いし一緒に食おうぜ」
「は? まあよくわからんが、別にいいぞ。どの店行くんだ?」
「決めてねえからお前の好きにして良いぞ」
「それじゃあ……まあそこのジパングキッチンって店にするか。ジパング料理ってあまり食べた事無いしな」
「おう。ここは前にも何度か入った事あるが美味いぞ。オレのお勧めは天ぷら定食ってやつだな」
飯前で飯屋が沢山あるここら辺をうろついているという事は、タイトも今からどこかに入って昼飯を食べるつもりだったのだろう。
丁度いいやと思い、オレはタイトと一緒にジパング料理店に入った。
「いや本当に飲食店は500年前には無かった店ばかりだな。というかそもそもこの村に飲食店なんぞなかったような……」
「オレの料理の腕が知れ渡ったからなのか、200年前ぐらいからよくこの村で飲食店を開きたいって言う奴が増えたんだよ。まあ魔物も住むようになって当時と比べたら人口も3倍から4倍にはなってると思うし、あっても困る事はねえだろ」
「そういえば村も活気が付いて町並みにはなってるような……中心から外れると比較的昔のままの所が多いがな」
「そっちはまだ開発してないからな。まあいずれはもっと村を大きくして、いつかは街にできたらいいなと思っている」
「野望はデカイんだな。まあ、人間全滅させるよりはよっぽど立派だけどな」
「お前なぁ……そんなピンポイントで人のトラウマ抉ってくるなよ。飯が不味くなるじゃねえか」
「おっと。すまんな」
タイトはオレが勧めた通り旬の山菜天ぷら定食を、オレはまだ食べた事のない親子丼セットを注文し、料理が来るまでタイトと話をする。
案の定店の従業員達はオレの来店に慌てふためいていたが、タイトと一緒だからかいつもよりは緊張感が薄れているような気がした。
問題は、従業員どころか客からもジッと見られている気がする事だ。まあ、男と飯に来る事が少ないので皆珍しがっているのだろう。
「というかトラウマなんだな」
「そりゃあお前、今の時代からしたら昔の時代なんて悪夢以外何物でもねえよ。お前との闘いは楽しかったけど、人を殺していた事なんて思い出したら寝込む程度にはショックだ」
「そんなもんなのかねぇ……」
「そんなもんだ。今朝だってその頃の夢を見て洗面器に思いっきり吐いたからな」
「お前なぁ……飯前にそんな話するなよな」
「さっきのお返しだざまあみろ」
旧魔王時代の事を言われたせいで、今朝の悪夢を思い出してしまい、微妙に気持ち悪さが復活した。
急いでお茶を飲み押し流し、誤魔化す為にタイトに反撃した。
「お待たせしました。親子丼セットです」
「お、来た来た! 美味そうだ!」
「ありがとうございます! それでこちらが天ぷら定食になります」
「おお、こっちも美味そうだぞ」
しばらくして注文していた料理が来たので、オレ達は早速食べる事にした。
「ん〜美味い。ふわとろ卵がつゆの染みた鶏肉に絡んで口の中で蕩ける〜♪」
「お前そんなキャラだったっけ……まあたしかに美味いけどな。この山菜もサクサクしてて、ご飯が進むな」
「一口くれ!」
「ああいいが、その代わりそっちも一口寄越せ」
互いの料理を交換しながら、パクパクと昼飯を食べているオレ達。
そういえば、こうしてタイトと二人で同じテーブルで飯を食べる日が来るなんて全く思っていなかった。
それはそうだろう。タイト達はまだ魔物が人間を殺すのが当たり前の時代からこの時代まで飛ばされているから、今まで一緒に食べる機会などなかったのだから。
「親子丼も美味いな……ホーラがいない間はここに入り浸る事にするかな……」
「おいおい、他にも良い店はあるんだぞ? どうせなら全部まわれって。まあ金があればだがな」
「ぐ……帰宅後ホーラと相談してみるか……」
「そうそう、ホーラと言えばさっきなんかヴェンの奴と良さげな雰囲気になってたぞ」
「おっそうか。それはめでたい。幼い頃から両親を亡くして苦労してるからな。ヴェンなら安心だし、幸せになってもらいたいものだ」
「それはいいが、それならお前飯ぐらい自分で作れねえとな。結婚後もホーラの世話になるつもりか?」
「……そうだな……」
時間も忘れ、美味い飯をつつきながらかつての宿敵と楽しく飯を食べる……
「それとも誰か料理が得意な奴を嫁にするとか?」
「あー……それもいいかもな。まあどうであれ多少は作れるようになった方が良いとは思うが」
「なんならオレが教えてやろうか? オレの手に掛かればスライムだって料理できるようになるぜ? それともオレを嫁にでもするか?」
「冗談言うなよ。お前はオスだろ? でも料理のほうはそこまで言うなら教わってもいいかもしれないな……」
「身体はもうメスなんだけどな……ま、時間があれば手取り足取り教えてやるよ」
「そりゃありがたい……時間と言えば、お前時間大丈夫か?」
「ん……げ、後15分か。そろそろ行かねえと」
「まあがんばれ村長」
「おう!」
休憩時間の終わりが迫ってきたので、盛り上がる話を打ち切り店を出る。
手を振りタイトと別れ、オレは山積みの書類を片付けるために書斎へと戻ったのであった。
14/05/11 16:12更新 / マイクロミー
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