1話 越えた時間と変わった宿敵
「うわっ!!」
「きゃああっ!!」
全身が光に包まれたのと同時に眼が覚めた。
まるで空間そのものが崩壊する夢を見ていたようだ……なんと恐ろしい夢だろうか……
「い、今の夢はいったい……グニャッとなって気持ち悪かったな……」
「え……ホーラもか?」
「え……お兄ちゃんも?」
いや、本当に今のは……夢だったのか?
どうやら妹も同じものを見ていたみたいだし……そもそもどうして俺達はこんな道端で寝ていたというのか。
今この状態からして不可思議な現象に身体が付いていけずに気絶していたというほうがしっくりくる。
だが……夢でないとしたらいったい何が起きたというのだろうか。
周りの景色そのものが歪み波打ち捻じれる……そんな事が現実に起きるものなのだろうか。
「さっきのはいったい何だったんだ?」
「わからない……けど、転移魔法に近いものは感じたよ」
「転移魔法?でも俺達は別に移動してなんか……」
何かがあったとしてもおそらく魔術の類だろうから、何かわからないか魔術に詳し妹に聞いてみた。
どうやら転移魔法に近いものを感じたらしい……いつも転移魔法で逃げられているのを見ているわけだし、その点は信用出来るだろう。
だが……パッと周りを見渡しても、先程までと同じ場所だろう……と思ったが、ふと違和感を感じた。
「なあ……この木、さっきまでこんなに大きかったか?」
「え……言われてみれば……それに他の木もどこか違うような……というか草や花もこんなに生えてたっけ?それにこのピンクの果実……こんなの見た事ないよ」
「……どうなっているんだ?」
場所は気絶する前と全く変わらないとは思う……近くの崖から見える景色や遠くに見える山などは歪む前と同じようにそこに存在している。
だが、自分達の周りをよく見ると、木の幹が二回りぐらい太くなっている物もあるし、足下も小石が転がっている地面だったはずなのに草花がびっしりと生えている。
しかも雑草に至ってはもう何十年も人の手が入れられていないかのように沢山生えており、ものによっては首辺りまで伸びている。
それどころか見た事のない果実を付けている物まである……ハート形のこれはいったいなんだろうか?
「やっぱりどこかに飛ばされたのか?」
「うーん……それにしては元々居た場所とそっくりすぎるし……植物だけが急成長したとか?」
俺達が居た場所から移動したとは考えにくい……だが、その場から移動してないにしても不自然な点が多い。
これはいったいどういう事だろうか……妹の言う通り植物だけ急成長したとでもいうのだろうか。
「どのみちわからないものはわからないんだ。一旦家に引き返すぞ」
「あ、そっか。家に帰れたら場所までは移動してないって事になるもんね」
「そういう事だ。ただ道中何が出るかわからん。これがあのバフォメット達の仕業だって事も充分あり得る。だとしたら奴等は今も俺達を狙って隠れているかもしれん。気を引き締めていくぞ」
いずれにせよここで立ち止まっていても何も解決しない。
もし転移されていないとすれば、俺達が来た道を戻れば自分達の家に辿り着けるはず……そう考えた俺達は来た道らしきものを戻り始めようとした。
「それじゃあ戻ろ……」
「……空間の歪みはここら辺で感知したはずです。どうですか?」
「ああ……たしかに何か感じるな……それに何者かの気配もする……ウェーラ、気を引き締めるんだ」
「はい……!」
「……ん?」
一歩踏み出したところで……生い茂る草むらの向こう側から、小さな女の子の二人組の声が聞こえてきた。
なにやら歪みがどうのと言っている気がするが……何か今の状況に関係しているのだろうか。
「誰か来るよお兄ちゃん……」
「ああ……」
なんであれ魔物が出る山道にただの幼い女の子が二人でいるとは思えない。
声だけが幼い女の子みたいなだけかもしれない……それこそ、女の子の声を出して人をだまし喰らう魔物の可能性だってないわけじゃない。
緊張感を保ったまま、掻き分けられている草むらをジッと見る……
「貴様らいったい何も……え?」
「あ……え、うそ……!?」
そして、草むらから出てきた二人組は……声の通り幼い女の子であった。
「……ん?」
「えっと……魔物?」
ただ、その姿は二人で異なっており、片方に至っては人間ではなかった。
片方は黒いローブと黒い三角帽子を深々と被った赤茶色の髪と紫の瞳を持った女の子で、その手には山羊の頭蓋をあしらった杖を手にしている……そう、まるで魔女のように。
そしてもう片方は……恥部以外隠れていないような装飾しか身に付けていないという点を除いても、頭から生える太い角や獣の耳、またこげ茶色の毛皮と鋭い爪に覆われた手や腰から生えた同じ色の尻尾などが人外であると主張していた。
「魔物……なのか?」
「えっと……わからない……」
ただ、魔物にしては姿が人間に近すぎている。
たしかにサキュバスやラミアなど身体の一部が人間と同じ魔物もいるには居たが……それでもこんな山羊のような姿をしていてこんなにも人間に近い姿をしている魔物は見た事がないし、聞いた事すらない。
山羊の魔物と言えばバフォメット……だが、バフォメットはいかにも魔獣という姿をしている魔物であり、こんな人間の女の子のような姿はしていないはずだ。
「ね、ねえティマ様……この二人って……」
「あ、ああ……どこからどう見てもタイトとホーラの二人だ……」
「で、ですよね……これはどういう……」
目の前の魔物はいったい何者なんだ……そう考えていたら、驚く事にその魔物の口から俺達兄妹の名前が出てきた。
「な……お前達どうして俺達の名前を……」
「……という事はお前らは本当にタイトとホーラだというのか……」
「ドッペルゲンガーではなさそうです……それに、かつての姿そのままですし、感じる精も彼らの物と一致している気がします……あくまで気がするだけですが……」
「そうか……」
俺達はこいつ等を見た事がない。
それなのにこの二人は俺達の事を知っているようだ……
「なあお前ら、お前らはよく魔女を一人連れたバフォメットと戦っていたか?」
「な、何よ急に……」
「いいから答えろ!お前達はこの近くでバフォメットや魔女と戦い、その度に相討ちになっているか?」
「あ、ああ……そうだが……」
そんな彼女らが聞いてきた事は、まさに俺達の事であった。
悔しい事だが、魔女を一人だけ連れたバフォメットと何度も相討ちになるなんて俺達ぐらいだろう……つまりこいつらが知っている俺達はまさに俺達自身の事だろう。
「ティマ様……これはもしや……」
「大きな空間の歪み……なあウェーラ、タイトとホーラが消えた時って大体こんなぐらいだったよな?」
「はい。なので考えられる可能性は一つ……」
「え、ちょっと待ってよ!私達が消えたって何の話?それにあなた達は……」
それが確認できた二人は何やら考えを纏め始めていた。
その途中俺達が消えたとかどうとかいう話も出てきた……いったい何の話だろうか。
それにこの二人の名前らしきもの……「ティマ」と「ウェーラ」と言えば……
「な、なあ……こっちも一つ聞いていいか?」
「あん?なんだよ?」
「あの……今お前達の名前、ティマとウェーラって言ってたよな?その名前って……」
その名前は……たしかあのバフォメットと魔女の名前と同じだったはずだ。
何度も繰り返した戦いの中で、バフォメットと魔女は互いをそう呼んでいた気がする。
山羊の魔物がティマ、魔女っぽい女の子がウェーラ……俺達の名前も知っていて、バフォメットとの戦いも知っているし、偶然の一致とは思えなかった。
ただ、魔女はこんなに幼くなかったし、バフォメットに至ってはオスだったはずだ……山羊のほうは男勝りの口調だとしても姿は女の子のものだし、流石に違うだろうと思いながら聞いてみたのだが……
「ああそうだよ。オレ達はお前ら兄妹とよく戦っては相討ちになってたバフォメットと魔女だよ」
「……は!?」
「本当よ。まああの時とは姿がまるで違うからわからないと思うけどね。ティマ様に至っては性転換しちゃってるし」
「……え!?」
帰ってきた答えは、肯定だった。
目の前の幼女二人は、あのバフォメットと魔女だというのだ。
「えっとじゃあ……君はあの陰湿根暗魔女なの?」
「ええそうよ。貴女は感覚ないかもしれないけど、久しぶりねホーラ。ちなみに根暗な所はあるけどもう陰湿じゃないから」
「うそぉ……」
そう言われても納得なんて出来やしない。
たしかに俺達の名前も知っているし、こんな子供が俺達の戦いを知っているとも思えないので本人達なのかもしれないが……魔女のほうはともかく、バフォメットの方に面影が全く無いのではいそうですかと信じる事は出来ない。
「嘘じゃないわ。私達は本当にティマ様とウェーラよ」
「仕方ないから証拠を見せてやるよ。ほらこの杖、見覚えはねえか?」
「これは……いつもあのバフォメットが持ってた……」
「ウェーラのほうは新調したから変わってるけどオレはずっと同じもの使ってるからな。これで信じたか?」
「ああ。いや、でも……しかし……」
「じゃあもう一つ。オレとお前の最後の戦いはお前の拳がオレの腹に、オレの拳がお前の頬に当たり相討ちになって終わった。違うか?」
「あ、ああ……そうだが……」
だが、ティマと名乗る魔物がどこかから取り出した自身の物という杖は……俺もよく見覚えのあるバフォメットの物であった。おそらく魔術か何かでどこからか自分の杖を持ってきたのだろう……
それに、その戦いはまさに10日前の戦いの決着である……という事は、目の前の幼女はあのバフォメットと同一人物となる。
つまり、にわかには信じられないが……嘘ではないという事だろう。
「じゃあなんでそんな若返ったり性転換してたりしてるの?10日の内に何があったの?」
「10日……ね。じゃあやっぱりお前達はあの日から来たってわけか」
「ん?」
だとしたら何故そんな姿になっているのか、前回会った10日間のうちに何が起こったのか、それを聞き出そうとして……よくわからない事を言われた。
あの日から来たとはいったい……
「あの日からって……どういう事?」
「あー、今からオレが言う事はまず信じられないだろうが事実だ。いいな?」
「あ、ああ……」
強い口調で黄金色の瞳を光らせながら発言したティマの言葉は……
「えっとな……お前達が今日だと思い込んでるかつてのオレ達との決闘の日はな……今日から五百年前の話だ」
「……え?」
「だからな、お前達は五百年前のその日から今日この日までタイムトラベルをしたって言ってるんだ。今日はあの日から既に五百年も経っているんだよ」
「……ええ!?」
俺達がタイムトラベルをしているという、とても信じられない事だった。
「お、おいおい……そんな事信じられるわけ……」
「だが事実だ。言っておくけど幻術でもなんでもねえぞ。そこら辺はホーラなら見破れるだろ?」
「う、うん……もしかしてそうやって人間の女の子みたいな姿に変身して私達の油断を誘ってるのかと思ってこっそり調べてたんだけど、幻術や変身の類では無かったよ。だから今私達が見ている物は全て現実って事」
「な……」
ティマやウェーラによる幻術か何かとも考えたが、その線も否定された。
「多分だけど、二人の言ってる事は本当だよお兄ちゃん」
「なっ!?ホーラは信じるのか?」
「だって考えてみてよ。こんなに草木が急に成長したのも私達が時間を越えていたとしたら納得できるじゃん。あの空間の歪みがきっと原因だよ」
「空間の歪みか……こちらで観測した魔力の異常と一致するな。二人は何かの拍子で空間の歪みに巻き込まれ本来の時間軸から投げ飛ばされ、この時間に落ちたというわけか……」
「ちょっと信じられませんがそれが妥当でしょうね。戻ったらまず原因を調べないと……」
たしかに、時間を越えているとしたのなら急成長していた草木は納得がいく。
あのグニャリとした感覚も時間を越える程の歪みとするならば説得力は一応ある。
でも、それ以外の全てがまだ納得いかない。
何故俺達が時間移動なんてしたのかわからないし、どうしてこんな事になったのかもサッパリだ。
「まあこんな場所にずっといても仕方ない……という事でとりあえず村に戻るぞ」
「村?」
納得はいかないが……それしか可能性がないのであれば信じるしかない。
「ああ。お前達が住んでいた村……今は正真正銘オレの村にな!」
「……はぁ?」
俺達は、何故かティマの案内で自分達が住んでいる村へ向かったのであった……
…………
………
……
…
「さて、もう少しで村に着くかな?」
「村に着いたらまずは原因を探ってみたいと思うので、タイト達の案内はティマ様に任せますね」
「おうわかった。早めに解明してやらんとこいつらも困るだろうしな」
「おいちょっと待て!!」
早朝に家を出たはずなのに、いつの間にか日が暮れている中、俺達は自分達が住んでいる村まで歩いていた。
俺達というのは俺や妹だけでなく、ティマとウェーラの二人も含めてだ。
何か打ち合わせをしながらゆっくりと村の方へ向かう二人に、俺は聞きたいことが山ほどあった。
「あん?質問か?」
「ああそうだ!まずお前達はなんでそんな幼女の姿をしているのだ?それにオレの村とはいったい……」
「あーまあ一つずつ答えてやるから落ち着け」
「……ああ。ではまず一つ、お前達のその姿はなんだ?幻術や変身じゃないとしたらいったい……」
まずは出会った時からずっと気になっていた二人の姿についてだ。
俺の記憶が正しければティマは大きな山羊の魔獣でオス、ウェーラは細身で長身で不気味な魔女だったはずだ……だが、今俺の目の前にいるのは幼女二人だ。明らかに姿が違う。
変身とかではないという事だが、ではいったいなんなのかわからなかった。
「ああそれはな、お前達が消えた五百年前から10年、つまり490年前に魔王が交代したからだ」
「魔王が交代?」
「そうよ。魔王がサキュバス属の魔王に世代交代したの。その影響で今の世の中は魔物はメスしかいないの。だからティマ様のように元がオスだった魔物もこのようにサキュバスの特徴を引き継いで人間の女子に近い姿をしているのよ」
「へぇ……魔王がサキュバスにね……」
「そうだ。だから今の世の中バフォメットと言えば幼い少女のような姿をした魔物で、魔女もそんなバフォメットの眷属らしく幼い姿をしている種族なんだよ。もちろんこの姿から老いる事は無いぜ」
どうやら魔王が交代した影響で姿や性別が大きく変わったらしい。
たしかにサキュバスは人に近い姿をしている魔物だ……その魔力が全魔物に流れているのであれば、人間女性に近い姿をしているのもわからなくはない。
「ん?サキュバスって事は……」
「察しの通りオレ達魔物は人間の精を糧として生きてる。もちろん今まで通り肉を食ってても生きていけるけどな」
「それと、その魔王は人間と親交を深め、やがて一つの種族として統一しようとしているの。だから今の私達魔物は人間を性的に襲う事はあっても無暗に殺したり食べようと思う事は無いわよ。襲われた場合も大体はその後その魔物と家庭を築く事になるわね」
「あ〜だからさっきから私達に何も攻撃してこないどころかこうして親切に案内してるってわけ?」
「まあそういう事だ。オレもウェーラも即死させる術なんて綺麗さっぱり忘れちまったし、そもそも使う気なんて起きないからな。お前らと戦いたいとは思っても殺し合いなんてしたくないと思ってるって事だ」
「そうか……」
それどころか、今の世の中は魔物が人間を殺す事はありえないらしい。
とても信じられないが……たしかに目の前の二人からは俺達を殺そうとする気配なんて微塵も存在していない。
サキュバスを始め人と近い姿をしている魔物の中には稀に人間と恋をする者も居ると聞いた事があるので、そのサキュバスが魔王になっているのならばそうなっていてもおかしくは無いか。
「五百年の間に随分と変わってるんだね……実感は無いけど、どれもこれも否定できない材料が揃ってるから本当に五百年後に飛ばされたみたいね……」
「そう言ってるだろ?まあオレ達もまさかお前達がこんな時代まで飛ばされてるとは思わなかったけどな」
「あの日、いつまでたっても現れないあなた達を不思議に思い初めて村まで行ったのよ。その時に村人の一人に聞いてみたら二人とも私達を倒しに出掛けたというのでおかしいと思ったのだけど、どこを探してもあなた達の姿が無かった。その時は自分達以外の誰かが遠くに飛ばしたのかと結論付けたけど、まさかこうして何百年と経ってから再会するなんて夢にも思わなかったわよ」
そう考えると……五百年かはともかく、少なからず未来へタイムトラベルしてしまったと言えよう。
なんて恐ろしい事に巻き込まれてしまったのだろうか……最初に出会ったのが知り合いでよかったと思う。
「まあオレ達がこの姿をしてる理由とお前達を襲わない理由はこれでわかったな?」
「ああ。じゃあなんで俺達の住んでる村をオレの村だなんて言ったか説明してもらおうか」
ティマ達が幼女のような姿になっている理由はわかった。それとついでにどうしてオレ達に襲いかからずに素直に道案内してくれているのかもわかった。
なので次はどうして俺達が住んでる村に住んでいて、挙句自分の村と発言しているのかを聞き出す事にした。
「そんなの簡単な事さ。オレはあの村『ティムフィト』の村長だからな!」
「……え?お前が村長?」
「ああそうだ」
そして帰って来たのは……ティマが村長をしているという事だった。
たしかに村長であればオレの村と言っても間違ってはいないだろうが……
「いや待てよ。なんで魔物のお前が村長なんて……」
「そんなの別に今の時代おかしくも何も……お、村が見えてきたぞ!」
魔物が人間の村の村長とはいったいどういう事か……詳しく聞き出そうとしたところで、どうやら村に着いたらしい。
「え……これがティムフィト?」
「なるほど……五百年経っただけの事はあるな……」
顔を前へ向けると……そこは、見慣れているようで見慣れない村があった。
俺達が今朝出てきたはずの村と比べ明らかに規模が大きくなっている……所々見慣れた建物らしき物もあるが、ほとんどの家は新しくなっており、また今朝には存在していなかった大きな建物がいくつか聳え立っていた。
「まあ時代と共に家は大抵建て替えられているからな。全部じゃないにしても五百年も経っていたら見慣れない建物も増えてるだろう。ちなみにあの一番大きな屋敷がオレの家な」
「あ、そうだ。どうしてお前が人間の村に住んでいるんだ?」
「ああ。まあそれは村の様子を見たらわかるさ」
たしかに五百年もあれば普通ならば老朽化して持たないだろう。
それ以外にも家族が増えて増築したり住民が増えれば村の様子だって大きく変わりもするだろう。
そこはまあいい。問題は何故ティマのような魔物が暮らしているどころか村長をやっていられるのかがわからなかった。
村の外からでもハッキリとわかるほど大きく立派な屋敷がティマの家というのならばこっそりと暮らしているのではないのだろう……村の様子を見ればわかるという事なので、ちょっと覚悟をしながらも俺は村へ踏み入れた。
そこで目にしたものは……
「……なっ!?」
「魔物が大勢村の中に……これはいったい……」
「言っただろ?村の様子を見ればわかるって。今この村の人口の半分以上は様々な種族の魔物が占めてるんだよ」
村内を散歩したり買い物をしたししている獣人や悪魔……そう、魔物の姿があった。
ティマ達が言った通り全ての魔物は女の姿をしている……いや、目に見える範囲にいる女性は全員魔物であった。
「まさか……魔物に村が乗っ取られ……」
「別に乗っ取りはしてねえよ。オレがこの村に住みつくようになった時には既に数人魔物が普通に村に住んでいたしな」
「先程説明したように今の魔物は人を殺すどころか仲良くしようとしてる。それに魔物にはメスしか居ないから繁殖するにも人間が必須だからね。だから今の時代はこの村のように魔物と人が共に暮らす場所も少なからず存在してるのよ。特にこの村は今や魔界に近い部分があるから魔物も多く集まってくるわ」
「そうなのか……」
もしや俺達がいない間に大勢の魔物が村を乗っ取り、かつてのティマが言っていたように魔界にされたのかと思ったが、どうやらそういう事ではないらしい。
曰く、時代が変わった事により人と魔物の共存は進み、こうして人間と共に暮らしている魔物も居るらしい。
「まあ詳しい村案内は明日明るいうちにやる事にして、まずはお前達の家を目指すか」
「え?俺達の家はきちんと残っているのか?」
「まあな。流石にまったくそのままではないが、なるべく維持はしてあるぞ。一応かつての宿敵の家でもあったし、重要文化財みたいな扱いとして残してあったんだよ。もちろんすぐにでも生活できるようにしてある」
かなり変わった魔物の様子と共に村の様子を見て回りたいが、まずは俺達の家に向かうと言ったティマ。
まさか残っているとは思っていなかったが、どうやらティマ達が維持してくれていたらしい……
「そうか……ありがとう」
「ありがとうねティマさん!」
「いやいや、別にお前達の為に取っておいたわけじゃねえから礼はいらないさ」
帰る家は残っている……それがティマのおかげだというので、俺達はお礼を述べた。
これだけ変わっていても変わらない家がある……それだけで少し落ち着いた気がした。
「それでまあ改めて言うがこの屋敷が俺の家だ」
「近くで見るとまた大きいなぁ……」
「まあサバトの魔女達やその家族も全員ここで暮らしているからな。もちろん研究所や役所としての機能もあるからこれぐらい大きくないとむしろ狭くてな」
「へぇ〜……」
しばらく歩いているうちに村で一番大きな屋敷……つまりティマの家の前に辿り着いた。
「おかえりなさいませティマ様、ウェーラ」
「ん?この人は?」
「ああ。こいつはオレの召使だ。とても有能なんだぜ」
「そして私のお兄様でもあるの」
「どうも。私はティマ様の召使兼ウェーラの兄のエインです」
そこには、一人のタキシード姿の男性がきちっと立ってティマ達の帰りを待っていた。
「え……あんたお兄ちゃんなんて居たの?」
「あーっと……正確にいえば私の夫。私達は夫の事を兄と言うの」
「へぇ〜なるほ……って夫!?何アンタ結婚してるの!?」
「ええ。もう四百年以上も前にね」
彼はティマの召使であり、そしてなんとウェーラの夫らしい。
四百年以上前に結婚してるにしては俺とそう変わらない見た目だが、魔術か何かで老化を止めているのだろう。
バフォメットの眷属になると不老長寿になるのは昔もそうだったし、むしろそうでなければこの若さは説明できない。
「むしろあなた達は何者ですか?」
「えーっと。また後で詳しく説明するけど、何度も私やティマ様から名前が出ていたライバル達よ」
「え?でもその人達って五百年前の人じゃ……」
「だから今からそれを説明するわ。ただその関係でちょっと手伝ってほしい事があるから付いて来て」
「わかった。ティマ様はどうなされるので?」
「オレはこいつらを家まで送っていく。戻ったら定例会議を開くと魔女達にも言っておいてくれ」
「了解しました」
夫と共に屋敷へ入っていったウェーラ。
残された俺達は、再びティマの案内で自分の家に向かい始めた。
「また随分と道も変わったわね……」
「足下が煉瓦作りというのも驚きだし、地形自体も変わっているようだ」
「必要に応じて村の環境を変えてたからな。だから今オレがお前達の家まで案内しているんだよ」
「なるほど……これはたしかに迷う……」
自分達が生まれた時から暮らしていたはずの村は、その姿を一日にして変えていた。
いや、正確には五百年の歳月が経っているが……どこか面影を感じる程度にしか、この村が自分達の住んでいた村だなんて信じられなかった。
土の地面はレンガが敷き詰められ、小さな商店は無くなり代わりに如何わしい店が出来ていたり、また歩く人々も老人よりサキュバスの親子や若いミノタウロスの夫婦など魔物の姿が多かった。
一応人間の女性もいるようだが……そのほとんどが魔物なので、見知らぬ魔界にでも迷い込んだかのような錯覚に襲われていた。
「ほら着いたぞ。お前達の家はほぼ変わってないだろ?」
「……おおっ!」
「ホントだ!今朝出た時とあまり変わってない!」
そして、数10分ほど歩き続けてようやくたどり着いた我が家は……ほとんど変わらずにきちんとそこに建っていた。
ところどころ新しい木材に代わっている跡はあるが。見た目はまさに我が家であった。
「あ、ティマ様!どうなされました?」
「おうお前達、今日でもうこの家の補強や見張りはしなくていいぞ。住民がこうして見つかったからな」
「え……いいのですか?今まで誰にも住ませようとしなかったのに……」
「大丈夫、こいつらは元の住民だ。詳しくはこの後の定例会議で話すからとりあえず会議室に行ってくれ」
「わかりました。では私は先に失礼しますね」
見張りなのか玄関の前に居た魔女にティマはそう声を掛け、魔女を返した後に鍵を差し込んで玄関の扉を開けた。
「一応中もほぼそのままになっている。ベッドなんかの傷んじまう物は新調してあるしもちろん食料も捨ててあるけど、それ以外の物は当時のままのはずだ」
「……たしかに見慣れた家だ……」
「残しておいてくれたんだね……本当にありがとうねティマさん!」
「だから礼は良いって。とりあえず後で何か食うもの持ってきてやるから今は家の中の確認したりくつろいでいてくれ」
そう言って家から出ていったティマ。
家に残された俺達は、早速家の中を見て回る事にした。
まずは別れて自分達の部屋へ向かう……中を見ると、月日の影響で無くなっていたものもいくつかあったが、ほぼ自分の部屋そのものであった。
ほとんど変わらない自室の雰囲気……空間が歪んでから今まで全く落ち着けなかったけど、初めて心の底からリラックスできた気がした。
「……ティマのやつが言った通り、全然変わってないな……」
「でもベッドはふかふかになってたよ!そこは新しくなってて嬉しかったかな」
しばらくベッドの上でくつろいだ後リビングに向かい、そこで再び妹と合流した。
リビングの机やいすも同じデザインではあるもののどこか新しいものになっている……まあ仕方ないと言えばそうなのだが、なんだか少し寂しく感じた。
キッチンなんかはボロボロではあるものの当時のままだが……流石に食器などは変わっていたりと、やはり消耗品だけはどうにもならないようだし、一応諦めは付いている。
「あ、そうだお兄ちゃん。お母さん達の部屋に行った?」
「え?いやまだだが……ホーラは見に行ったのか?」
「うん。両親の事察してくれたのか知らないけどそこだけ強固な保存魔術が掛けられてたからそのまま残ってたよ」
「……そうか……」
俺達の両親は、俺達がもう少し小さかった頃に魔物の手で殺されている。
俺達を魔物から庇い、死んでしまった父さんと母さん……二人の部屋は、当時のまま手を付けずにおいてある。
なんだか何か一つでも欠けると両親との思い出が消えてしまいそうで……俺も妹も一切触ろうとしなかった。
どうやらティマは両親の部屋はそっとしておくどころか何一つ朽ちないように魔術を掛けてくれていたらしい……
たしかに奴には一度挑発を受けた時についぽろっと両親の事を言ってしまった事があった気がするが……それを覚えていたのだろうか。
「おーい。飯持ってきたぞー。どっちか一人で良いからちょっと運ぶの手伝ってくれー」
「あ、ティマさんが戻ってきたみたいだね。私手伝いに行ってくるよ」
両親の部屋を確認しに行こうとしたところで、会議が終わったティマが戻ってきたみたいだ。
随分早いなと思ったが、わりと時間は経っていたようだ……それに随分と空腹感が強くなっていた。
「ほら沢山持ってきたからいっぱい食え!」
「おおっ!美味しそうなサンドイッチだ!」
「こっちは明日の朝飯な。キッチンはそのままでも水道なんかは止めてあるし薪も無い。そもそも食材が何一つないしって事で朝飯も持ってきてやった」
ティマが持ってきた箱に入っていたものは……色とりどりの野菜や丁度いい焼き加減の肉が挟まれたサンドイッチだった。
朝から何も食べてなかった俺達は、ティマが紅茶を淹れてくれているにもかかわらず早速食べ始めた。
「ん〜!これ美味しい!」
「腹減ってたのもあるが、それ以上にいい出来だ。下手すればホーラが作る物より美味いかもしれん」
「ん〜……悔しいけど私より上手かな……」
「へっへ〜!」
ポテトサンドにタマゴレタスサンド、BLTサンドにカツサンドと豊富な種類があったサンドイッチは、どれもこれも美味しかった。
妹も料理は出来るのだが、このサンドイッチの出来はそれ以上だ……本人も認めているのだからそうだろう。
どこか嬉しそうなティマを尻目に、俺達は美味い美味いと腹が膨れるまでサンドイッチをほおばり続けた。
「ごくっ……ふぅ、お腹いっぱい……」
「いやああっという間だったな。ほいタイト、紅茶入れたぞ」
「おう、ありがと」
腹も満足になり、ゆったりと3人で紅茶を飲む俺達。
「明日は村の案内をするから9時までには飯も済ませろよ」
「ん?案内?」
「そうだ。だって買い物とかするのに店がどこにあるか知らないと困るだろ?」
「まあ……」
「それとお前達の顔見せも兼ねてる。もうお前達の事を知っている人物はほとんどいねえからな」
「……ああ、そうか……」
明日はどうやらティマが村を案内してくれるらしい。
自分達の住んでいた村を案内されるというのは変な感じだが……まあ500年も経っていて実際にいろいろ変わっていたわけだし、仕方のない事だろう。
「それとそれぞれ明日から村の為に働いてもらうからな」
「え!?」
「なに、それぞれに合った職種を探しておいたから安心しな。オレのお墨付きと言う事で面接とかは無い」
「それでもいきなりか……」
「顔見知りだしある意味遭難者という事で最初こそ少しは援助してやるが、金も無いとこれから暮らしていけないだろ?金を得るには働けってことだ」
「まあ……そっか……」
それと、どうやら俺達は明日から仕事をしないといけないらしい。
元々俺達は魔物退治をしていたのだが……今の時代はそれが必要無さそうだから事実上の廃業、つまり今のオレ達は無職同然である。
生きていくにはお金も必要……そう考えると、これは相当ありがたい話ではある。
ただ……この村の人口は魔物のほうが多いという事は、どんな職でも魔物がいるという事だ。
昨日まで敵だった者と共に働くというのは少し考えさせられるものがある……まあ、その話をしている目の前の幼女が元敵なわけだから今更ではあるが。
「まあそういう事だから明日9時にくるからそれまでには朝飯も終えた状態で家にいろよ」
「ああわかった。すまんな」
「なーに、旧知の仲だし遠慮するな」
元々敵対していた相手だというのに、こうも親切にしてくれるとは……
まだ罠じゃないかと思う自分も居るが、ティマから感じる柔らかな雰囲気がそれは違うと思わせる。
「最後に一つだけ聞くが、サンドイッチは本当に美味かったんだな?」
「え?ああ。美味かったよ」
「……そうか!それじゃあな!!」
最後にそう言った後、満面の笑みを浮かべながら家を出ていったティマ。
以前の姿だったら不気味だっただろうけど、今の幼女の姿ではただ可愛らしくて微笑ましい。
もしかしてだが、あのサンドイッチは奴が作ったのだろうか……いやそれはないか。
……………………
「じゃあおやすみお兄ちゃん」
「ああ、おやすみ」
すっかり深夜になり、月明かりが村を照らす頃、俺達はそれぞれの部屋に入り寝る事にした。
「……」
いきなり時間を500年も越えた……そんな実感は、湧いているようで湧いていない。
もしかしてこれは夢なのではないか……そう思えて仕方ない。
「はぁ……」
いきなり姿形どころか性別までが変わってしまった宿敵、一瞬のうちに発展して様子が変わってしまった村……
明日、ティマの案内で村を回る事になっているが……変わってしまった事を今日以上に思い知らされるのだろう……
「なんだかなぁ……」
これから俺達はどうなるのだろうか……行き先が見えない不安が、俺に重く冷たく圧し掛かる。
元の時代に戻れれば奇妙な体験だったと笑い話にでも出来るのだろうが、その保証は一切無い……話にすら出てこなかった事から、不可能と考えていいだろう。
「……」
これからどう生きようか……
これからどうやってあいつらと接するべきか……
これから俺達は平穏に生きていくことが出来るだろうか……
悩みはいろいろと尽きないが、今日は突然の事が多すぎて疲れていた……
俺は変わってしまった世界で、ただ一つ変わらない部屋の中で眠りについたのだった……
「きゃああっ!!」
全身が光に包まれたのと同時に眼が覚めた。
まるで空間そのものが崩壊する夢を見ていたようだ……なんと恐ろしい夢だろうか……
「い、今の夢はいったい……グニャッとなって気持ち悪かったな……」
「え……ホーラもか?」
「え……お兄ちゃんも?」
いや、本当に今のは……夢だったのか?
どうやら妹も同じものを見ていたみたいだし……そもそもどうして俺達はこんな道端で寝ていたというのか。
今この状態からして不可思議な現象に身体が付いていけずに気絶していたというほうがしっくりくる。
だが……夢でないとしたらいったい何が起きたというのだろうか。
周りの景色そのものが歪み波打ち捻じれる……そんな事が現実に起きるものなのだろうか。
「さっきのはいったい何だったんだ?」
「わからない……けど、転移魔法に近いものは感じたよ」
「転移魔法?でも俺達は別に移動してなんか……」
何かがあったとしてもおそらく魔術の類だろうから、何かわからないか魔術に詳し妹に聞いてみた。
どうやら転移魔法に近いものを感じたらしい……いつも転移魔法で逃げられているのを見ているわけだし、その点は信用出来るだろう。
だが……パッと周りを見渡しても、先程までと同じ場所だろう……と思ったが、ふと違和感を感じた。
「なあ……この木、さっきまでこんなに大きかったか?」
「え……言われてみれば……それに他の木もどこか違うような……というか草や花もこんなに生えてたっけ?それにこのピンクの果実……こんなの見た事ないよ」
「……どうなっているんだ?」
場所は気絶する前と全く変わらないとは思う……近くの崖から見える景色や遠くに見える山などは歪む前と同じようにそこに存在している。
だが、自分達の周りをよく見ると、木の幹が二回りぐらい太くなっている物もあるし、足下も小石が転がっている地面だったはずなのに草花がびっしりと生えている。
しかも雑草に至ってはもう何十年も人の手が入れられていないかのように沢山生えており、ものによっては首辺りまで伸びている。
それどころか見た事のない果実を付けている物まである……ハート形のこれはいったいなんだろうか?
「やっぱりどこかに飛ばされたのか?」
「うーん……それにしては元々居た場所とそっくりすぎるし……植物だけが急成長したとか?」
俺達が居た場所から移動したとは考えにくい……だが、その場から移動してないにしても不自然な点が多い。
これはいったいどういう事だろうか……妹の言う通り植物だけ急成長したとでもいうのだろうか。
「どのみちわからないものはわからないんだ。一旦家に引き返すぞ」
「あ、そっか。家に帰れたら場所までは移動してないって事になるもんね」
「そういう事だ。ただ道中何が出るかわからん。これがあのバフォメット達の仕業だって事も充分あり得る。だとしたら奴等は今も俺達を狙って隠れているかもしれん。気を引き締めていくぞ」
いずれにせよここで立ち止まっていても何も解決しない。
もし転移されていないとすれば、俺達が来た道を戻れば自分達の家に辿り着けるはず……そう考えた俺達は来た道らしきものを戻り始めようとした。
「それじゃあ戻ろ……」
「……空間の歪みはここら辺で感知したはずです。どうですか?」
「ああ……たしかに何か感じるな……それに何者かの気配もする……ウェーラ、気を引き締めるんだ」
「はい……!」
「……ん?」
一歩踏み出したところで……生い茂る草むらの向こう側から、小さな女の子の二人組の声が聞こえてきた。
なにやら歪みがどうのと言っている気がするが……何か今の状況に関係しているのだろうか。
「誰か来るよお兄ちゃん……」
「ああ……」
なんであれ魔物が出る山道にただの幼い女の子が二人でいるとは思えない。
声だけが幼い女の子みたいなだけかもしれない……それこそ、女の子の声を出して人をだまし喰らう魔物の可能性だってないわけじゃない。
緊張感を保ったまま、掻き分けられている草むらをジッと見る……
「貴様らいったい何も……え?」
「あ……え、うそ……!?」
そして、草むらから出てきた二人組は……声の通り幼い女の子であった。
「……ん?」
「えっと……魔物?」
ただ、その姿は二人で異なっており、片方に至っては人間ではなかった。
片方は黒いローブと黒い三角帽子を深々と被った赤茶色の髪と紫の瞳を持った女の子で、その手には山羊の頭蓋をあしらった杖を手にしている……そう、まるで魔女のように。
そしてもう片方は……恥部以外隠れていないような装飾しか身に付けていないという点を除いても、頭から生える太い角や獣の耳、またこげ茶色の毛皮と鋭い爪に覆われた手や腰から生えた同じ色の尻尾などが人外であると主張していた。
「魔物……なのか?」
「えっと……わからない……」
ただ、魔物にしては姿が人間に近すぎている。
たしかにサキュバスやラミアなど身体の一部が人間と同じ魔物もいるには居たが……それでもこんな山羊のような姿をしていてこんなにも人間に近い姿をしている魔物は見た事がないし、聞いた事すらない。
山羊の魔物と言えばバフォメット……だが、バフォメットはいかにも魔獣という姿をしている魔物であり、こんな人間の女の子のような姿はしていないはずだ。
「ね、ねえティマ様……この二人って……」
「あ、ああ……どこからどう見てもタイトとホーラの二人だ……」
「で、ですよね……これはどういう……」
目の前の魔物はいったい何者なんだ……そう考えていたら、驚く事にその魔物の口から俺達兄妹の名前が出てきた。
「な……お前達どうして俺達の名前を……」
「……という事はお前らは本当にタイトとホーラだというのか……」
「ドッペルゲンガーではなさそうです……それに、かつての姿そのままですし、感じる精も彼らの物と一致している気がします……あくまで気がするだけですが……」
「そうか……」
俺達はこいつ等を見た事がない。
それなのにこの二人は俺達の事を知っているようだ……
「なあお前ら、お前らはよく魔女を一人連れたバフォメットと戦っていたか?」
「な、何よ急に……」
「いいから答えろ!お前達はこの近くでバフォメットや魔女と戦い、その度に相討ちになっているか?」
「あ、ああ……そうだが……」
そんな彼女らが聞いてきた事は、まさに俺達の事であった。
悔しい事だが、魔女を一人だけ連れたバフォメットと何度も相討ちになるなんて俺達ぐらいだろう……つまりこいつらが知っている俺達はまさに俺達自身の事だろう。
「ティマ様……これはもしや……」
「大きな空間の歪み……なあウェーラ、タイトとホーラが消えた時って大体こんなぐらいだったよな?」
「はい。なので考えられる可能性は一つ……」
「え、ちょっと待ってよ!私達が消えたって何の話?それにあなた達は……」
それが確認できた二人は何やら考えを纏め始めていた。
その途中俺達が消えたとかどうとかいう話も出てきた……いったい何の話だろうか。
それにこの二人の名前らしきもの……「ティマ」と「ウェーラ」と言えば……
「な、なあ……こっちも一つ聞いていいか?」
「あん?なんだよ?」
「あの……今お前達の名前、ティマとウェーラって言ってたよな?その名前って……」
その名前は……たしかあのバフォメットと魔女の名前と同じだったはずだ。
何度も繰り返した戦いの中で、バフォメットと魔女は互いをそう呼んでいた気がする。
山羊の魔物がティマ、魔女っぽい女の子がウェーラ……俺達の名前も知っていて、バフォメットとの戦いも知っているし、偶然の一致とは思えなかった。
ただ、魔女はこんなに幼くなかったし、バフォメットに至ってはオスだったはずだ……山羊のほうは男勝りの口調だとしても姿は女の子のものだし、流石に違うだろうと思いながら聞いてみたのだが……
「ああそうだよ。オレ達はお前ら兄妹とよく戦っては相討ちになってたバフォメットと魔女だよ」
「……は!?」
「本当よ。まああの時とは姿がまるで違うからわからないと思うけどね。ティマ様に至っては性転換しちゃってるし」
「……え!?」
帰ってきた答えは、肯定だった。
目の前の幼女二人は、あのバフォメットと魔女だというのだ。
「えっとじゃあ……君はあの陰湿根暗魔女なの?」
「ええそうよ。貴女は感覚ないかもしれないけど、久しぶりねホーラ。ちなみに根暗な所はあるけどもう陰湿じゃないから」
「うそぉ……」
そう言われても納得なんて出来やしない。
たしかに俺達の名前も知っているし、こんな子供が俺達の戦いを知っているとも思えないので本人達なのかもしれないが……魔女のほうはともかく、バフォメットの方に面影が全く無いのではいそうですかと信じる事は出来ない。
「嘘じゃないわ。私達は本当にティマ様とウェーラよ」
「仕方ないから証拠を見せてやるよ。ほらこの杖、見覚えはねえか?」
「これは……いつもあのバフォメットが持ってた……」
「ウェーラのほうは新調したから変わってるけどオレはずっと同じもの使ってるからな。これで信じたか?」
「ああ。いや、でも……しかし……」
「じゃあもう一つ。オレとお前の最後の戦いはお前の拳がオレの腹に、オレの拳がお前の頬に当たり相討ちになって終わった。違うか?」
「あ、ああ……そうだが……」
だが、ティマと名乗る魔物がどこかから取り出した自身の物という杖は……俺もよく見覚えのあるバフォメットの物であった。おそらく魔術か何かでどこからか自分の杖を持ってきたのだろう……
それに、その戦いはまさに10日前の戦いの決着である……という事は、目の前の幼女はあのバフォメットと同一人物となる。
つまり、にわかには信じられないが……嘘ではないという事だろう。
「じゃあなんでそんな若返ったり性転換してたりしてるの?10日の内に何があったの?」
「10日……ね。じゃあやっぱりお前達はあの日から来たってわけか」
「ん?」
だとしたら何故そんな姿になっているのか、前回会った10日間のうちに何が起こったのか、それを聞き出そうとして……よくわからない事を言われた。
あの日から来たとはいったい……
「あの日からって……どういう事?」
「あー、今からオレが言う事はまず信じられないだろうが事実だ。いいな?」
「あ、ああ……」
強い口調で黄金色の瞳を光らせながら発言したティマの言葉は……
「えっとな……お前達が今日だと思い込んでるかつてのオレ達との決闘の日はな……今日から五百年前の話だ」
「……え?」
「だからな、お前達は五百年前のその日から今日この日までタイムトラベルをしたって言ってるんだ。今日はあの日から既に五百年も経っているんだよ」
「……ええ!?」
俺達がタイムトラベルをしているという、とても信じられない事だった。
「お、おいおい……そんな事信じられるわけ……」
「だが事実だ。言っておくけど幻術でもなんでもねえぞ。そこら辺はホーラなら見破れるだろ?」
「う、うん……もしかしてそうやって人間の女の子みたいな姿に変身して私達の油断を誘ってるのかと思ってこっそり調べてたんだけど、幻術や変身の類では無かったよ。だから今私達が見ている物は全て現実って事」
「な……」
ティマやウェーラによる幻術か何かとも考えたが、その線も否定された。
「多分だけど、二人の言ってる事は本当だよお兄ちゃん」
「なっ!?ホーラは信じるのか?」
「だって考えてみてよ。こんなに草木が急に成長したのも私達が時間を越えていたとしたら納得できるじゃん。あの空間の歪みがきっと原因だよ」
「空間の歪みか……こちらで観測した魔力の異常と一致するな。二人は何かの拍子で空間の歪みに巻き込まれ本来の時間軸から投げ飛ばされ、この時間に落ちたというわけか……」
「ちょっと信じられませんがそれが妥当でしょうね。戻ったらまず原因を調べないと……」
たしかに、時間を越えているとしたのなら急成長していた草木は納得がいく。
あのグニャリとした感覚も時間を越える程の歪みとするならば説得力は一応ある。
でも、それ以外の全てがまだ納得いかない。
何故俺達が時間移動なんてしたのかわからないし、どうしてこんな事になったのかもサッパリだ。
「まあこんな場所にずっといても仕方ない……という事でとりあえず村に戻るぞ」
「村?」
納得はいかないが……それしか可能性がないのであれば信じるしかない。
「ああ。お前達が住んでいた村……今は正真正銘オレの村にな!」
「……はぁ?」
俺達は、何故かティマの案内で自分達が住んでいる村へ向かったのであった……
…………
………
……
…
「さて、もう少しで村に着くかな?」
「村に着いたらまずは原因を探ってみたいと思うので、タイト達の案内はティマ様に任せますね」
「おうわかった。早めに解明してやらんとこいつらも困るだろうしな」
「おいちょっと待て!!」
早朝に家を出たはずなのに、いつの間にか日が暮れている中、俺達は自分達が住んでいる村まで歩いていた。
俺達というのは俺や妹だけでなく、ティマとウェーラの二人も含めてだ。
何か打ち合わせをしながらゆっくりと村の方へ向かう二人に、俺は聞きたいことが山ほどあった。
「あん?質問か?」
「ああそうだ!まずお前達はなんでそんな幼女の姿をしているのだ?それにオレの村とはいったい……」
「あーまあ一つずつ答えてやるから落ち着け」
「……ああ。ではまず一つ、お前達のその姿はなんだ?幻術や変身じゃないとしたらいったい……」
まずは出会った時からずっと気になっていた二人の姿についてだ。
俺の記憶が正しければティマは大きな山羊の魔獣でオス、ウェーラは細身で長身で不気味な魔女だったはずだ……だが、今俺の目の前にいるのは幼女二人だ。明らかに姿が違う。
変身とかではないという事だが、ではいったいなんなのかわからなかった。
「ああそれはな、お前達が消えた五百年前から10年、つまり490年前に魔王が交代したからだ」
「魔王が交代?」
「そうよ。魔王がサキュバス属の魔王に世代交代したの。その影響で今の世の中は魔物はメスしかいないの。だからティマ様のように元がオスだった魔物もこのようにサキュバスの特徴を引き継いで人間の女子に近い姿をしているのよ」
「へぇ……魔王がサキュバスにね……」
「そうだ。だから今の世の中バフォメットと言えば幼い少女のような姿をした魔物で、魔女もそんなバフォメットの眷属らしく幼い姿をしている種族なんだよ。もちろんこの姿から老いる事は無いぜ」
どうやら魔王が交代した影響で姿や性別が大きく変わったらしい。
たしかにサキュバスは人に近い姿をしている魔物だ……その魔力が全魔物に流れているのであれば、人間女性に近い姿をしているのもわからなくはない。
「ん?サキュバスって事は……」
「察しの通りオレ達魔物は人間の精を糧として生きてる。もちろん今まで通り肉を食ってても生きていけるけどな」
「それと、その魔王は人間と親交を深め、やがて一つの種族として統一しようとしているの。だから今の私達魔物は人間を性的に襲う事はあっても無暗に殺したり食べようと思う事は無いわよ。襲われた場合も大体はその後その魔物と家庭を築く事になるわね」
「あ〜だからさっきから私達に何も攻撃してこないどころかこうして親切に案内してるってわけ?」
「まあそういう事だ。オレもウェーラも即死させる術なんて綺麗さっぱり忘れちまったし、そもそも使う気なんて起きないからな。お前らと戦いたいとは思っても殺し合いなんてしたくないと思ってるって事だ」
「そうか……」
それどころか、今の世の中は魔物が人間を殺す事はありえないらしい。
とても信じられないが……たしかに目の前の二人からは俺達を殺そうとする気配なんて微塵も存在していない。
サキュバスを始め人と近い姿をしている魔物の中には稀に人間と恋をする者も居ると聞いた事があるので、そのサキュバスが魔王になっているのならばそうなっていてもおかしくは無いか。
「五百年の間に随分と変わってるんだね……実感は無いけど、どれもこれも否定できない材料が揃ってるから本当に五百年後に飛ばされたみたいね……」
「そう言ってるだろ?まあオレ達もまさかお前達がこんな時代まで飛ばされてるとは思わなかったけどな」
「あの日、いつまでたっても現れないあなた達を不思議に思い初めて村まで行ったのよ。その時に村人の一人に聞いてみたら二人とも私達を倒しに出掛けたというのでおかしいと思ったのだけど、どこを探してもあなた達の姿が無かった。その時は自分達以外の誰かが遠くに飛ばしたのかと結論付けたけど、まさかこうして何百年と経ってから再会するなんて夢にも思わなかったわよ」
そう考えると……五百年かはともかく、少なからず未来へタイムトラベルしてしまったと言えよう。
なんて恐ろしい事に巻き込まれてしまったのだろうか……最初に出会ったのが知り合いでよかったと思う。
「まあオレ達がこの姿をしてる理由とお前達を襲わない理由はこれでわかったな?」
「ああ。じゃあなんで俺達の住んでる村をオレの村だなんて言ったか説明してもらおうか」
ティマ達が幼女のような姿になっている理由はわかった。それとついでにどうしてオレ達に襲いかからずに素直に道案内してくれているのかもわかった。
なので次はどうして俺達が住んでる村に住んでいて、挙句自分の村と発言しているのかを聞き出す事にした。
「そんなの簡単な事さ。オレはあの村『ティムフィト』の村長だからな!」
「……え?お前が村長?」
「ああそうだ」
そして帰って来たのは……ティマが村長をしているという事だった。
たしかに村長であればオレの村と言っても間違ってはいないだろうが……
「いや待てよ。なんで魔物のお前が村長なんて……」
「そんなの別に今の時代おかしくも何も……お、村が見えてきたぞ!」
魔物が人間の村の村長とはいったいどういう事か……詳しく聞き出そうとしたところで、どうやら村に着いたらしい。
「え……これがティムフィト?」
「なるほど……五百年経っただけの事はあるな……」
顔を前へ向けると……そこは、見慣れているようで見慣れない村があった。
俺達が今朝出てきたはずの村と比べ明らかに規模が大きくなっている……所々見慣れた建物らしき物もあるが、ほとんどの家は新しくなっており、また今朝には存在していなかった大きな建物がいくつか聳え立っていた。
「まあ時代と共に家は大抵建て替えられているからな。全部じゃないにしても五百年も経っていたら見慣れない建物も増えてるだろう。ちなみにあの一番大きな屋敷がオレの家な」
「あ、そうだ。どうしてお前が人間の村に住んでいるんだ?」
「ああ。まあそれは村の様子を見たらわかるさ」
たしかに五百年もあれば普通ならば老朽化して持たないだろう。
それ以外にも家族が増えて増築したり住民が増えれば村の様子だって大きく変わりもするだろう。
そこはまあいい。問題は何故ティマのような魔物が暮らしているどころか村長をやっていられるのかがわからなかった。
村の外からでもハッキリとわかるほど大きく立派な屋敷がティマの家というのならばこっそりと暮らしているのではないのだろう……村の様子を見ればわかるという事なので、ちょっと覚悟をしながらも俺は村へ踏み入れた。
そこで目にしたものは……
「……なっ!?」
「魔物が大勢村の中に……これはいったい……」
「言っただろ?村の様子を見ればわかるって。今この村の人口の半分以上は様々な種族の魔物が占めてるんだよ」
村内を散歩したり買い物をしたししている獣人や悪魔……そう、魔物の姿があった。
ティマ達が言った通り全ての魔物は女の姿をしている……いや、目に見える範囲にいる女性は全員魔物であった。
「まさか……魔物に村が乗っ取られ……」
「別に乗っ取りはしてねえよ。オレがこの村に住みつくようになった時には既に数人魔物が普通に村に住んでいたしな」
「先程説明したように今の魔物は人を殺すどころか仲良くしようとしてる。それに魔物にはメスしか居ないから繁殖するにも人間が必須だからね。だから今の時代はこの村のように魔物と人が共に暮らす場所も少なからず存在してるのよ。特にこの村は今や魔界に近い部分があるから魔物も多く集まってくるわ」
「そうなのか……」
もしや俺達がいない間に大勢の魔物が村を乗っ取り、かつてのティマが言っていたように魔界にされたのかと思ったが、どうやらそういう事ではないらしい。
曰く、時代が変わった事により人と魔物の共存は進み、こうして人間と共に暮らしている魔物も居るらしい。
「まあ詳しい村案内は明日明るいうちにやる事にして、まずはお前達の家を目指すか」
「え?俺達の家はきちんと残っているのか?」
「まあな。流石にまったくそのままではないが、なるべく維持はしてあるぞ。一応かつての宿敵の家でもあったし、重要文化財みたいな扱いとして残してあったんだよ。もちろんすぐにでも生活できるようにしてある」
かなり変わった魔物の様子と共に村の様子を見て回りたいが、まずは俺達の家に向かうと言ったティマ。
まさか残っているとは思っていなかったが、どうやらティマ達が維持してくれていたらしい……
「そうか……ありがとう」
「ありがとうねティマさん!」
「いやいや、別にお前達の為に取っておいたわけじゃねえから礼はいらないさ」
帰る家は残っている……それがティマのおかげだというので、俺達はお礼を述べた。
これだけ変わっていても変わらない家がある……それだけで少し落ち着いた気がした。
「それでまあ改めて言うがこの屋敷が俺の家だ」
「近くで見るとまた大きいなぁ……」
「まあサバトの魔女達やその家族も全員ここで暮らしているからな。もちろん研究所や役所としての機能もあるからこれぐらい大きくないとむしろ狭くてな」
「へぇ〜……」
しばらく歩いているうちに村で一番大きな屋敷……つまりティマの家の前に辿り着いた。
「おかえりなさいませティマ様、ウェーラ」
「ん?この人は?」
「ああ。こいつはオレの召使だ。とても有能なんだぜ」
「そして私のお兄様でもあるの」
「どうも。私はティマ様の召使兼ウェーラの兄のエインです」
そこには、一人のタキシード姿の男性がきちっと立ってティマ達の帰りを待っていた。
「え……あんたお兄ちゃんなんて居たの?」
「あーっと……正確にいえば私の夫。私達は夫の事を兄と言うの」
「へぇ〜なるほ……って夫!?何アンタ結婚してるの!?」
「ええ。もう四百年以上も前にね」
彼はティマの召使であり、そしてなんとウェーラの夫らしい。
四百年以上前に結婚してるにしては俺とそう変わらない見た目だが、魔術か何かで老化を止めているのだろう。
バフォメットの眷属になると不老長寿になるのは昔もそうだったし、むしろそうでなければこの若さは説明できない。
「むしろあなた達は何者ですか?」
「えーっと。また後で詳しく説明するけど、何度も私やティマ様から名前が出ていたライバル達よ」
「え?でもその人達って五百年前の人じゃ……」
「だから今からそれを説明するわ。ただその関係でちょっと手伝ってほしい事があるから付いて来て」
「わかった。ティマ様はどうなされるので?」
「オレはこいつらを家まで送っていく。戻ったら定例会議を開くと魔女達にも言っておいてくれ」
「了解しました」
夫と共に屋敷へ入っていったウェーラ。
残された俺達は、再びティマの案内で自分の家に向かい始めた。
「また随分と道も変わったわね……」
「足下が煉瓦作りというのも驚きだし、地形自体も変わっているようだ」
「必要に応じて村の環境を変えてたからな。だから今オレがお前達の家まで案内しているんだよ」
「なるほど……これはたしかに迷う……」
自分達が生まれた時から暮らしていたはずの村は、その姿を一日にして変えていた。
いや、正確には五百年の歳月が経っているが……どこか面影を感じる程度にしか、この村が自分達の住んでいた村だなんて信じられなかった。
土の地面はレンガが敷き詰められ、小さな商店は無くなり代わりに如何わしい店が出来ていたり、また歩く人々も老人よりサキュバスの親子や若いミノタウロスの夫婦など魔物の姿が多かった。
一応人間の女性もいるようだが……そのほとんどが魔物なので、見知らぬ魔界にでも迷い込んだかのような錯覚に襲われていた。
「ほら着いたぞ。お前達の家はほぼ変わってないだろ?」
「……おおっ!」
「ホントだ!今朝出た時とあまり変わってない!」
そして、数10分ほど歩き続けてようやくたどり着いた我が家は……ほとんど変わらずにきちんとそこに建っていた。
ところどころ新しい木材に代わっている跡はあるが。見た目はまさに我が家であった。
「あ、ティマ様!どうなされました?」
「おうお前達、今日でもうこの家の補強や見張りはしなくていいぞ。住民がこうして見つかったからな」
「え……いいのですか?今まで誰にも住ませようとしなかったのに……」
「大丈夫、こいつらは元の住民だ。詳しくはこの後の定例会議で話すからとりあえず会議室に行ってくれ」
「わかりました。では私は先に失礼しますね」
見張りなのか玄関の前に居た魔女にティマはそう声を掛け、魔女を返した後に鍵を差し込んで玄関の扉を開けた。
「一応中もほぼそのままになっている。ベッドなんかの傷んじまう物は新調してあるしもちろん食料も捨ててあるけど、それ以外の物は当時のままのはずだ」
「……たしかに見慣れた家だ……」
「残しておいてくれたんだね……本当にありがとうねティマさん!」
「だから礼は良いって。とりあえず後で何か食うもの持ってきてやるから今は家の中の確認したりくつろいでいてくれ」
そう言って家から出ていったティマ。
家に残された俺達は、早速家の中を見て回る事にした。
まずは別れて自分達の部屋へ向かう……中を見ると、月日の影響で無くなっていたものもいくつかあったが、ほぼ自分の部屋そのものであった。
ほとんど変わらない自室の雰囲気……空間が歪んでから今まで全く落ち着けなかったけど、初めて心の底からリラックスできた気がした。
「……ティマのやつが言った通り、全然変わってないな……」
「でもベッドはふかふかになってたよ!そこは新しくなってて嬉しかったかな」
しばらくベッドの上でくつろいだ後リビングに向かい、そこで再び妹と合流した。
リビングの机やいすも同じデザインではあるもののどこか新しいものになっている……まあ仕方ないと言えばそうなのだが、なんだか少し寂しく感じた。
キッチンなんかはボロボロではあるものの当時のままだが……流石に食器などは変わっていたりと、やはり消耗品だけはどうにもならないようだし、一応諦めは付いている。
「あ、そうだお兄ちゃん。お母さん達の部屋に行った?」
「え?いやまだだが……ホーラは見に行ったのか?」
「うん。両親の事察してくれたのか知らないけどそこだけ強固な保存魔術が掛けられてたからそのまま残ってたよ」
「……そうか……」
俺達の両親は、俺達がもう少し小さかった頃に魔物の手で殺されている。
俺達を魔物から庇い、死んでしまった父さんと母さん……二人の部屋は、当時のまま手を付けずにおいてある。
なんだか何か一つでも欠けると両親との思い出が消えてしまいそうで……俺も妹も一切触ろうとしなかった。
どうやらティマは両親の部屋はそっとしておくどころか何一つ朽ちないように魔術を掛けてくれていたらしい……
たしかに奴には一度挑発を受けた時についぽろっと両親の事を言ってしまった事があった気がするが……それを覚えていたのだろうか。
「おーい。飯持ってきたぞー。どっちか一人で良いからちょっと運ぶの手伝ってくれー」
「あ、ティマさんが戻ってきたみたいだね。私手伝いに行ってくるよ」
両親の部屋を確認しに行こうとしたところで、会議が終わったティマが戻ってきたみたいだ。
随分早いなと思ったが、わりと時間は経っていたようだ……それに随分と空腹感が強くなっていた。
「ほら沢山持ってきたからいっぱい食え!」
「おおっ!美味しそうなサンドイッチだ!」
「こっちは明日の朝飯な。キッチンはそのままでも水道なんかは止めてあるし薪も無い。そもそも食材が何一つないしって事で朝飯も持ってきてやった」
ティマが持ってきた箱に入っていたものは……色とりどりの野菜や丁度いい焼き加減の肉が挟まれたサンドイッチだった。
朝から何も食べてなかった俺達は、ティマが紅茶を淹れてくれているにもかかわらず早速食べ始めた。
「ん〜!これ美味しい!」
「腹減ってたのもあるが、それ以上にいい出来だ。下手すればホーラが作る物より美味いかもしれん」
「ん〜……悔しいけど私より上手かな……」
「へっへ〜!」
ポテトサンドにタマゴレタスサンド、BLTサンドにカツサンドと豊富な種類があったサンドイッチは、どれもこれも美味しかった。
妹も料理は出来るのだが、このサンドイッチの出来はそれ以上だ……本人も認めているのだからそうだろう。
どこか嬉しそうなティマを尻目に、俺達は美味い美味いと腹が膨れるまでサンドイッチをほおばり続けた。
「ごくっ……ふぅ、お腹いっぱい……」
「いやああっという間だったな。ほいタイト、紅茶入れたぞ」
「おう、ありがと」
腹も満足になり、ゆったりと3人で紅茶を飲む俺達。
「明日は村の案内をするから9時までには飯も済ませろよ」
「ん?案内?」
「そうだ。だって買い物とかするのに店がどこにあるか知らないと困るだろ?」
「まあ……」
「それとお前達の顔見せも兼ねてる。もうお前達の事を知っている人物はほとんどいねえからな」
「……ああ、そうか……」
明日はどうやらティマが村を案内してくれるらしい。
自分達の住んでいた村を案内されるというのは変な感じだが……まあ500年も経っていて実際にいろいろ変わっていたわけだし、仕方のない事だろう。
「それとそれぞれ明日から村の為に働いてもらうからな」
「え!?」
「なに、それぞれに合った職種を探しておいたから安心しな。オレのお墨付きと言う事で面接とかは無い」
「それでもいきなりか……」
「顔見知りだしある意味遭難者という事で最初こそ少しは援助してやるが、金も無いとこれから暮らしていけないだろ?金を得るには働けってことだ」
「まあ……そっか……」
それと、どうやら俺達は明日から仕事をしないといけないらしい。
元々俺達は魔物退治をしていたのだが……今の時代はそれが必要無さそうだから事実上の廃業、つまり今のオレ達は無職同然である。
生きていくにはお金も必要……そう考えると、これは相当ありがたい話ではある。
ただ……この村の人口は魔物のほうが多いという事は、どんな職でも魔物がいるという事だ。
昨日まで敵だった者と共に働くというのは少し考えさせられるものがある……まあ、その話をしている目の前の幼女が元敵なわけだから今更ではあるが。
「まあそういう事だから明日9時にくるからそれまでには朝飯も終えた状態で家にいろよ」
「ああわかった。すまんな」
「なーに、旧知の仲だし遠慮するな」
元々敵対していた相手だというのに、こうも親切にしてくれるとは……
まだ罠じゃないかと思う自分も居るが、ティマから感じる柔らかな雰囲気がそれは違うと思わせる。
「最後に一つだけ聞くが、サンドイッチは本当に美味かったんだな?」
「え?ああ。美味かったよ」
「……そうか!それじゃあな!!」
最後にそう言った後、満面の笑みを浮かべながら家を出ていったティマ。
以前の姿だったら不気味だっただろうけど、今の幼女の姿ではただ可愛らしくて微笑ましい。
もしかしてだが、あのサンドイッチは奴が作ったのだろうか……いやそれはないか。
……………………
「じゃあおやすみお兄ちゃん」
「ああ、おやすみ」
すっかり深夜になり、月明かりが村を照らす頃、俺達はそれぞれの部屋に入り寝る事にした。
「……」
いきなり時間を500年も越えた……そんな実感は、湧いているようで湧いていない。
もしかしてこれは夢なのではないか……そう思えて仕方ない。
「はぁ……」
いきなり姿形どころか性別までが変わってしまった宿敵、一瞬のうちに発展して様子が変わってしまった村……
明日、ティマの案内で村を回る事になっているが……変わってしまった事を今日以上に思い知らされるのだろう……
「なんだかなぁ……」
これから俺達はどうなるのだろうか……行き先が見えない不安が、俺に重く冷たく圧し掛かる。
元の時代に戻れれば奇妙な体験だったと笑い話にでも出来るのだろうが、その保証は一切無い……話にすら出てこなかった事から、不可能と考えていいだろう。
「……」
これからどう生きようか……
これからどうやってあいつらと接するべきか……
これから俺達は平穏に生きていくことが出来るだろうか……
悩みはいろいろと尽きないが、今日は突然の事が多すぎて疲れていた……
俺は変わってしまった世界で、ただ一つ変わらない部屋の中で眠りについたのだった……
13/10/11 08:13更新 / マイクロミー
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