0話 これは始まりのお話
「ホーラ、準備は整っているか?」
「結界外しや回復術なんかの準備は出来てるよ。今すぐにでも発動できる。攻撃系も魔力を少し練るだけ。お兄ちゃんは?」
「完璧だ。身体も温まっているし、疲労も無い。もちろん装備の整備も出来ている」
後ろに控える妹のホーラと確認をし合いながら、俺は整備されていない山道を突き進む。
「今日こそ決着がつけれるといいが……」
「とか言って毎回戦うの楽しんでるようだし、本当はわざと引き分けに持っていってるんじゃないよね?」
「そんなわけあるか!奴は魔物だ、人を喰らい殺す存在である事には変わりは無い。生かしてはおけん!」
「そうは言うけどなんだかんだ仲良さげにしてるよね……私はあの魔女と仲良くなんて絶対できないけど」
「命を奪いあっている相手だから仲良くは無い。まあ奴はバフォメットだし、他の魔物と比べれば知能があって話が出来るから戦闘中につい熱くなって言葉を交わす事があるのは自覚しているが……」
進む目的はそう、俺が住む村の近くに棲む上位の魔物、バフォメットを殺す為にだ。
妹のホーラが言っている通り、奴と戦うのはこれが初めてではない……今日に至るまでに既に何十回と引き分けているのだ。
純粋な実力では悔しいが奴の方が若干勝っていると言えよう……そこいらの中級悪魔程度なら軽くあしらえるぐらいの実力はあるが、流石に勇者でもない俺では魔獣と恐れられているバフォメットには今一歩敵わない。
だが、俺には心強い味方が……魔術師である妹がついている。
妹の魔術は主に魔道具を使用した対魔物用のものが中心であり、バフォメット相手でも充分にサポートをしてくれる。
むしろ兄妹で息を合わせて戦えばバフォメットにも余裕で勝てるだろう……しかし、世の中そう簡単にはいかない。
厄介な事に奴には魔道に堕ちた女性……眷属である魔女が一人仕えている。
魔女もかなり優秀な奴であり、サポートである妹の邪魔をされ、思うように戦えず……結果、俺とバフォメットは互いがボロボロで気絶するという形で毎度引き分けになってしまうのであった。
「おっと……見えてきたよ」
「ああ……おそらく奴等も気付いているはずだ。気を引き締めろよ……」
妹と話をする事で若干だけだが緊張はほぐれた……しかし、ふと坂の頂点を見ると、見知った山羊の角が見えた。
間違いない……幾度となく戦っているバフォメットの角だ。
「……来たか、タイトよ……大人しくオレの飯になりにきたのか?」
「……ふん、随分と余裕そうじゃないか……ホーラ、罠探知だ」
「任せてお兄ちゃん!」
「ふん!無駄な事を……我が主ティマ様が罠を張るなどの卑怯な事をしていると思うのか?」
「あんたがしてそうだからねこの根暗魔女!」
「……今日こそ生意気な貴女を呪い殺して差し上げましょう!!」
坂を登り切り、対面した俺達。
巨大な山羊の頭や黒に近い茶色の毛に覆われた手の先の鋭い爪、そして不気味な杖と邪悪な魔力を持った魔獣と、その横に黒いコートで身を包みバフォメットをあしらった装飾がなされている禍々しい杖を持った魔女が俺達を待ちかまえていた。
バフォメットは強大な魔物……大きさもさることながら、その真価は魔物の中でも最高峰の魔力と力を兼ね揃えている事だろう。
もちろん側近の魔女も尋常じゃない魔力を持っている……油断していたら瞬く間に殺されてしまうだろう。
「大丈夫。罠の類はなさそうよ」
「そうか……さあ、今日こそ決着をつけてやる!!」
「臨むところだ!!今日こそ貴様を殺し、その骨身を喰らってやる!!」
俺は剣を構え、バフォメットと戦う準備に入った。
バフォメットの方も俺に不気味な杖を向け、強大な魔術を放とうと臨戦態勢を整えている。
「こちらから行かせてもらう!!」
後手に回ると不利になるのは目に見えている……なので、俺は相手が動き始める前に間合いを一気に詰め剣を振った。
「バカめ!!」
「ぐっ……」
しかし相手も馬鹿ではない。これぐらいの動きは想定済みだったようだ。
踏み込む俺の動きに合わせて1歩後ろへ下がってかわされ、俺が斬撃を外しバランスを崩したところへ鋭い爪が俺を切り裂かんと迫ってきた。
なんとか身を捩り直撃は免れたものの衣服の一部が裂かれ、チリとなって宙で消滅する。
「かわしたか……まあ、この程度で殺せるなら貴様は既にオレの腹の中だしな……」
「ふん……余裕でいられるのも今の内だ!」
すぐさま態勢を立て直し、余裕の表情を見せているバフォメットに向く。
「そうか……ならば今度はこちらからだ!!死ねえ!!」
不気味な杖の先から、魔力が形を成して放出された。
相手の攻撃魔術……小さな闇の塊が、周囲の草木を巻き込みながら俺に目掛けて飛んできた。
闇に飲まれた草木は一瞬のうちに枯れ果てる……どうやら生命の力を奪い取る闇の魔術のようだ。
草木よりは大きい人の身体だが、おそらく触れたら一溜まりも無いだろう……たいした速度でもないので横にずれてかわそうとしたが、いやらしい事に俺の動きに合わせて闇の塊も起動をずらしてきた。
「ふっ、はああっ!!」
「へぇ……剣に細工がしてあったのは知っていたが……まあ小手調べで殺せるとは最初から思っていなかったし、剣の細工も明確にわかったし良しとするか」
追尾性能を持っているのならかわし続けるのは体力の無駄……という事で、俺は手持ちの剣で奴の魔術を切り裂いた。
奴の言う通り、この剣には事前にある程度の魔力ならば斬り裂けられるように魔力障壁の結界が剣の表面に薄く展開してある。
とはいえ相手は最強の魔術師とも言える存在なのだ……小手調べとはいえ強力な魔術を裂けるか不安はあったのだが、問題無く消す事が出来たようだ。流石は妹の魔術である。
「ならこれならばどうだ!異常天候に打ちひしがれるがいい!!」
だが、そんなのはお構いなしと言いたげに次々と攻撃魔術を放ってくるバフォメット。
上空に巨大な魔法陣が展開したと思えば小さな氷塊を無数に落としてきたり、火の玉を降らせてきたり、球状の雷撃を放ったりと様々な物が襲いかかる。
一つ一つを紙一重でかわしたり弾き飛ばしたりしているが、このままではいずれ集中力も欠けてしまい当たってしまうだろう。
それに、奴の出す火の玉があちこちの木を燃やし始めている……このまま放っておいたら山火事になりかねない。
そうなると非常にまずい……魔物である奴は平気かもしれないが、俺はまともに戦う事は出来ないだろう。
それに、ここは村からそう離れていない……だから村の方まで火の手が回る可能性も捨てきれない。
「ホーラ!山火事をなんとかするんだ!!」
「まかせて!」
「させないわ!!その身に苦しみの呪いを……」
「残念でした!既にその手の呪文対策はしてあるわ!雨よ降れ!!」
「おのれ小娘……」
なので俺は妹に火を消すように叫んだ。
元々そのつもりだったようで、魔女が得意とする呪術対策に呪い弾きのマントを身に付けながら特別な煙筒に火を付けた。
この煙筒から出る煙は空気中の水分をよく吸収し、すぐさま雨雲へと変える事が出来るもの……らしい。俺には魔術の知識があまりないからよくわからない。
「ち……雨のせいで魔法陣まで消えたか……」
「小娘がっ!!水の龍に噛み千切られて死ねえええええっ!!」
「うわわっ!!あっぶなー……」
「避けるな!死ね!死ねえ!!」
煙は徐々に雨雲へ変わり……大量の雨を降らせた。
そのおかげで山火事は鎮火し、それどころか天候の変化によって魔力のバランスなども変化したのか、バフォメットが展開していた魔法陣まで消えたようだ。
主の邪魔をされて腹が立ったのか魔女は叫びながら妹へ水でできた巨大な龍を放つ……おそらくこの雨を利用して作り出したのだろう。
妹の首を噛み千切ろうと急接近してきた水龍をギリギリ避けた妹だが、なおも怒り狂った魔女は水龍を連発し続ける……適当に発射しているが故何発かは俺の方にも飛んできたので、落ち着いて剣で斬り崩す。
ただこのままでは俺達が押されきられる可能性もあるだろう……が、しかし……
「おいウェーラ……貴様、オレの獲物まで手を掛けるつもりか?」
「ひぃっ!!い、いえ決してそんなつもりでは……」
「では落ち着いて娘の方だけを狙うのだな……万が一貴様の魔術で奴を仕留めたのなら、その時は貴様の命も無いものだと思え!」
「は、はい!!」
バフォメットに殺気を乗せた説教を喰らい、怖気ついて攻撃を中断した。
どうやらバフォメットは俺を、魔女は妹を殺し、その逆は殺さないように命令しているようだ。バフォメットは妹をあしらう事はあっても殺す事は無いし、逆に魔女も俺に死の呪文を放つ事は無かったので多分この予想は当たっているだろう。
嘗められているのか、それとも奴の変なプライドかは知らないが……おかげで戦闘がやりやすくなっているので別に構わない。
「しかしこの雨は鬱陶しいな……ふんっ!」
「うわ……雨雲を吹き飛ばすとか相変わらず凄い事するわね……」
バフォメットが空へ向けて空気の塊を吐きだしたかと思えば、雲が四散して雨が止んでしまった。
こちらもこの雨を利用するつもりだったのだが、消し飛ばされてしまってはそれも出来ない……だが一番の目的であった山火事は消せたのでまあよしとしよう。
ただまあ、こいつ自身がその前に山火事を消す可能性もあったが。
何故ならば、このバフォメットの狙いは今現在はあくまでも俺だけのようで、村に危害を加える事は無いからだ。
実際に奴の広範囲攻撃が村まで及んだ事は無い……それどころか、わざわざ結界を張って巻き込まれないようにした事もあった。
まあだからと言って優しい奴というわけではない……曰く「貴様を殺してからオレの領土として闇黒に染める為綺麗なまま残しておきたい」から巻き込まないようにしているだけとの事だ。
俺の生まれ育った故郷を暗く太陽の届かない魔界に変えさせてやるつもりはないので、そうならないようにも俺は負けないように戦う。
……なんて奮起したのだが……
「ところで貴様ら……そのまま突っ立っていていいのか?」
「は?……ぐあっ!?」
「きゃあっ!!」
奴がニタァと気味の悪い笑みを浮かべたと思ったら、見えない何かが重く圧し掛かってきた。
まるで巨大な腕で殴られたような衝撃に、その場で立ち続ける事も出来ず俺と妹は強く吹き飛ばされる。
「ぐっ……いったい何が……」
「いてて……多分さっきの雨雲を吹き飛ばした吐息は魔力を帯びたもので、それを落としたんじゃないかな……」
「ほぉ……魔術に詳しいだけあるな……その通りだ。貴様らはそれをまんまと喰らったのだ」
すっかり油断した……いつ仕掛けてくるかと身構えてこそいたが、完全に不意打ちだったのでガードする事無くもろに喰らってしまった。
とはいえ、直撃はしたものの致命傷には至っていない。俺も妹も魔術によるダメージを減らす装備を身に付けていたのが幸いした。
「この!」
「はっそんなもの喰らうか!」
かといってのんびりと体制を整えていたら追撃を喰らいあっという間に肉塊にされてしまうだろう。
間髪いれずに奴へ斬り掛かる……が、いくら不意を突いたりフェイントを入れながら攻めても、手に持つ杖で全て防がれてしまう。
やはり剣だと思うようにいかない……それでもまだ剣で戦った方がいいので、投げ捨てたりせずに剣で奴を切り裂かんと攻め続ける。
妹はまだ起き上がらない……だから、俺自身がサポートなしでなんとかするしかないのだ。
「おいおい、いつまでそんなちゃちな剣を振り回しているつもりだ?貴様の本気はそんなものじゃないだろ?」
「うるさい。その減らず口もそこまでだ!」
「貴様らしくないな。ではこちらもそろそろ攻撃する事にしよう」
しかし、思った以上に速さが足りない為、やはり全部杖で防がれてしまう。
簡単に受け流せるからか、奴は余裕そうにこちらに話しかけてきた……いや、実際余裕ではあるだろう。さっきから一歩づつゆっくりと引きながら受け流しているだけで、特にあちらから攻めてくる気配は無かった。
しばらくしてようやく攻撃する気にはなったようだが……手足の動きに変化がないので、おそらく魔術による攻撃をしてくるのだろう。
剣はこうして攻めに使っているからそう防がれはしない……余裕の表情を浮かべてるこいつはそんな事を思っていそうだ。
だがその油断が命取りだ……
「地獄の業火で灰にな……」
魔術を放とうと一瞬意識がそっちに向かったその瞬間……
「……はあっ!!」
「ぬおっ!?」
俺はバフォメットの軸足を思いっきり蹴り飛ばし、バランスを崩して尻もちをつかせた。
「いてて……ふざけやがって……ってなんだ!?」
「……よし!上手くいったねお兄ちゃん!」
「よくやったホーラ!」
それと同時に、あえて起き上がって無かった妹がこっそり地面に植え込んで魔力で急成長させた植物の蔓を操り奴の身体を縛りつけた。
起き上がろうとするバフォメットだが……蔓が絡まって起き上がれないでいた。
見事に作戦通り決まったようだ。
「クソ……小娘め。人間のくせにこんなものまで持っていたのか……!!」
「まあ私にはいろいろとツテがあるからね。それと捕えられた側が引きちぎるのはまず無理だよ。だから諦めなさい!」
いくら巨体で力が強い魔物と言えどそう簡単に振りほどける拘束ではないらしい。
ぎちぎちと音を立てながらバフォメットを拘束する蔦……ここで初めて苦痛と焦りの表情を浮かべ始めた。
まあそうだろう……蔦のせいで身動きはほとんど取れず、俺が何しようと一切の抵抗は出来ないのだから。
そして魔術を使おうにもこの剣で巨大な魔術以外は斬り裂かれてしまうし、そんなものを使ったら身動きが取れない自分も巻き込まれかねないのでうかつには使えない。
「卑怯者め!貴様は自分の手だけで戦えないのか!!」
「なんとでも言え。俺は自分の力だけでお前を殺せると思ってないし、これはコロシアムでの決闘ではないから1対1でなければいけないルールも無い。そっちは何かしらの制約があるようだがこちらは端から二人で……」
突然卑怯者とか言ってきたが……そんなものは自覚済みだ。
たしかに二人がかりで攻めるのは卑怯だろう……しかもここまでは俺よりも妹の功績が大きいのだし、そう言いたくなるのもわかる。
とはいうものの一応人数的には2対2なので問題無いし、変な制限を付けているのは相手側の勝手な都合なので別に……と、ここまで考えた時に気付いた事があった。
「おいホーラ……あの魔女はどうした?」
「え……あ!居ない!!」
そう、俺達はバフォメットの他にあの魔女とも戦っていたはずだ。
しかし魔女の姿がさっきからどこにもないのだ。辺りを見渡してもそれらしき影も見当たらない。
バフォメットに忠誠を誓っている以上一人で逃げたとは考えにくいので、近くに身を潜めていると思うが、気配すら感じない。
「あの陰湿魔女の奴いったいどこに……」
「誰が陰湿だ小娘!!」
「え……あ、しまった!!」
妹が何気ないく呟いた言葉に反応した魔女は……なんとバフォメットの影の中から湧き出てきた。
どうやら闇の魔術を使い奴の影に潜んでいたらしい……気配ごと隠せたみたいで、出てくるまで全く気付かなかった。
「ティマ様今すぐその忌々しい蔦を切り裂きます!」
「マズい!とどめだ!!」
そんな魔女は現れると同時に主の身体を縛りつけている蔦を取り外そうと呪文を唱え始めた。
蔦を外されたらこれまでの事がすべて水の泡となってしまう。
それだけは避けるべく、俺は剣を握りしめバフォメットの心臓を一突きしようとしたのだが……
「やあっ!」
「よし!よくやったぞウェーラ!」
「はああ……ぐぅっ!!」
剣先が奴の胸に届くより先に、魔女の放った見えない刃が蔦だけを器用に斬り裂きバフォメットを開放してしまった。
そして俺を振り払おうと腕を大きく振ってきたバフォメット……必死で止めを刺そうとしていた俺は防御できず、殴り飛ばされてしまった。
地面に叩きつけられる時に受け身を取ったので多少衝撃は流せたものの、剣は遠くまで弾き飛ばされてしまった。
「ぐ……しまった……」
「お兄ちゃん大丈夫!?」
「ああ……だが状況は大丈夫では無いな……」
身体へのダメージは少なく済んだものの、折角の武器が弾き飛ばされてしまった。
殺傷能力も高く防具としても使えた剣を取りに行くのは不可能だろう……つまり、ここからは自分の拳だけで戦うしかない。
「やりましたねティマ様!」
「いやまだだ……武器を失ったここからが奴の本気だ……ウェーラ、貴様は小娘がこれ以上邪魔をしてこないようしっかり相手しておけ」
「……それこそ私の望みどおりです。あの小娘を血祭りに上げてみせましょう!!」
奴らの会話を気にする事無く、深呼吸を繰り返し集中力を高めていく。
必要な力を身体に込め、余分な力を抜いて柔軟に動けるようにする。
「はあぁぁぁぁ……行くぞ!!」
「くるか……こい!」
力強く大地を蹴り、バフォメットの懐へ入り込む。
俺が急接近するのに合わせて飛んできた拳を左腕で受け流し、腹に向けて右手を突き出した。
剣の時と違い自分自身の身体で攻撃するため数段速く突き出された右手は、防がれる事無くバフォメットの腹部を捉えた。
「ぐ……やはり貴様は武器無しの拳のほうが強い……な!」
「ぐっ!!な、なんの!!」
初めてまともにダメージが入り、殴られた部分を手で押さえるバフォメット。
しかしこんなものでは怯まず、相手いるほうの腕を俺の頭を潰す勢いを付けて振り下ろした。
今度は頭の上で腕をクロスさせ、足で踏ん張りながら腕でそれを受け止める……重い一撃だがなんとか受け止め、腕を押し返して蹴りを横腹へ入れる。
「ぐあ……ふははは、捕まえたぞ!」
「くそ、離せ!があっ!!」
引き締まった肉体は流石に硬いが、脇腹への蹴りもきちんとダメージになったようだ……一瞬であるが奴は小さな悲鳴を上げた。
だが、すぐに立ち直り俺の脚を脇で掴み、そのまま足を持ち上げ俺を地面に叩きつける。
「お兄ちゃん!」
「おっとさせないわ!!死ね小娘!!」
「うわっ!?邪魔しないでよおばさん!!」
「おば……決まりです。あなたの身体を原型がわからない程ズタズタにして差し上げましょう!!」
「うわあっ!聖水よ防壁となれ!!」
「チッ……なんて面倒で高度な魔術まで……小娘がぁ……!!」
「うっ!こうなったら……!」
「防壁を飛ばし……くっ!蒸発しろ!!」
足を掴んだまま何度も地面に叩きつけようとするバフォメット。
そんな俺を助けようとした妹も魔女の放った紫の雷や白い炎に妨害されてしまう。
その後も続く二人の攻防……妹は魔女の相手だけで精一杯のようだ。
すなわち、この状況を脱するには自分だけの力でどうにかするしかない。
「ぐふ……ぅぉおおおおおおっ!!」
「ん?なっ!?」
俺は地面に叩きつけられた状態でブリッジの体勢をとり、そのまま足に力を入れ……バフォメットの脇を蹴り上げた。
「どらあああっ!!」
「うわっぐあっ!!」
予想外の俺の動きに対応しきれずバランスを崩し倒れたバフォメット。
足が腕から離れたので、俺は素早く跳び起きて馬乗りし、拳を鳩尾へ貫くように落とした。
「うおらあああああああああああああああっ!!」
「ぎっ、ぐっ、がっ!ぐああっ!!」
急所への攻撃で一瞬動きを止めたバフォメット……その隙に俺は奴への猛攻を始めた。
額や顎など急所となる部分を中心に、その山羊面を変形させるかの如く殴り続ける。
パワーや体格は相手の方が上なため時々俺を振り払うべく身体を起こしてくるが、起き上がる前にまた鳩尾を貫いて身体の動きを止める。
「ティマ様!今助けま……」
「させない!あんたはこの蔦と遊んでなさい!」
「くっ、邪魔をするな小娘!!ならば貴女ごと燃やしつくすまで!」
こちらの様子に気付いた魔女が主君を助けようと近付いてくるのを妹が妨害し続ける。
これで俺が殴るのを止める者はいない……バフォメットも腕を振り上げ俺を殴ってくるが、殴られながらで力が入りきらないのかその威力はさっきまでと比べ明らかに小さい。
「はあああああ……あ……?」
「ぐふ……ハァ……ハァ……よ、ようやくか……」
段々とバフォメットの力が弱まっていき白目をむき始めたので、そろそろ気を失うだろうとより力を入れて殴り続けていたら……突然身体が痺れ、自由が効かなくなり始めた。
息も絶え絶えに言うバフォメットの言葉から、どうやら奴が何かしたらしい……全身が痙攣し、体が硬直してしまった。
「お前……何をした……?」
「ぐ……ハァ……なあに……オレ自身の魔力を電気に変換しただけだ……ハァ……殴られながらだったから大変だったが、こうなればこっちのものだ……」
「なるほど……どうりで痺れるわけか……!」
バフォメットに馬乗りしてる俺に電気が流れ、その結果俺の身体は麻痺したようだ。
思うように動かない身体は簡単に弾き飛ばされ地面を転がる。
「ハァ……ぐ、さあて、今度はこちらが殴らせて……」
「ぐ、ぅぉおおおおっ!!」
「なに、立っただと!?まだ痺れているはずだ、それなのに!?」
ボコボコになった顔を痛みでさらに歪めながら、俺に止めを刺す為に立ち上がったバフォメット。
結構ダメージを与えたが、それでもまだ奴は動けるようで、拳に力を込めながら地面に転がっている俺に近付いてきた。
このままでは殴り殺される……そうされないように、俺は痺れて満足に動かない身体に鞭を打って、気合で立ちあがる。
「だ、だが立ち上がれても満足に動けないはずだ!恐れる事は無い!」
「……」
「死ぬがいい!!」
立ち上がった俺は右拳に全ての力を集中させ……
「喰らぐふぉっ!!」
「むぐぅっ!!」
奴が俺の顔面に拳をぶつけようとしたその刹那、俺は拳を真正面へ……奴の腹部へ叩きこんだ。
ミシミシと骨がきしむ音が耳に聞こえてきた……俺の頬からと、奴の腹からの2か所からだ。
「がは……あ……ぁぁ……」
「ぐ……むが……ぁ……」
互いが互いの身体へ力を込めた拳をめり込ませていたが……やがて二人とも力が抜けていき……その場で倒れてしまう。
どうやら今回もまた相討ちになってしまったようだ……そんな事を頭の片隅で思いながらも、痛みに耐えきれず俺は意識を失った……
「しまった!ティマ様!!」
「お兄ちゃん!!」
「おのれ貴様ら……この続きはまた10日後だ!それまで精々身体を癒しておくのだな!!」
「あ、こら待て!!……ちぇ、逃げられたか……」
「今回こそ気絶した主君と共に転移する前に倒してやろうと思ったのにな……それよりもお兄ちゃんを連れて帰って治療しなくちゃ……」
…………
………
……
…
「……ぐ……つぅ……」
「あ!お兄ちゃん目を覚ました?」
「う……こ、ここは……家か?」
顔に走る痛みで眼を覚ますと……そこはいつも見慣れた場所だった。
ベッドから起き上がり、近くに居た妹に確認する。
「うん。いつも通り相討ちになって逃げられたからね……ちなみにあれから6時間経ってるからね」
「そうか……いつつ……」
どうやらまた相討ちになってしまったらしい……
またしてもバフォメットを殺せなかったどころか、奴に気絶させられてしまった悔しさがこみ上げてくる……
「クソ……これで何回目になるんだ……」
「大体20回ぐらいかな?バフォメットのほうが倒れると毎回あの魔女が主と一緒に逃げちゃうからね……ホント逃げ足だけは速いんだから!」
妹の言う通り、20回近くはこうして相討ちを続けている。
毎回戦法を変えてみているのだが、何故か最後は絶対にお互い気絶して終わってしまう。
時には俺が奴の腹に剣を突き立てながらも奴の攻撃呪文を喰らってしまい倒れたり、また時には妹の魔術で爆発の力を得た拳を奴の顔面に叩きこんでもあの魔女がその爆発を俺自身にもダメージが行くように細工して互いに爆発にやられてしまったりと決着のパターンは様々だが、どうしても毎回相討ちで終わってしまうのだ。
「ま、済んだ事を悔やんでも仕方ないし、今は身体の傷を癒す事に専念してね。あの魔女また10日後にとか言ってたし、それまでに完治させないと今度こそやられちゃうかもしれないからね」
「そうか……いつもすまないな……」
「いいよ。私だってあんな凶悪な魔物早く消えてほしいし、それにお兄ちゃんのサポートが私の役目だからね!」
その後はいつも妹が魔術を交え一生懸命治療してくれるので、骨が折れていようが顔が痣だらけだろうが1週間もあれば余裕で完治できる。
事実、先程まで負っていた怪我のうち軽い擦り傷などはもう跡形も無く治っていた……とはいえ、最後に殴られた部分は今だ鋭い痛みを与えてくるし、痺れもまだ強く残っている。
「それじゃあ私は食料とか魔道具とか買ってくるからお兄ちゃんは大人しく寝ていてね!順調にいけば5日もあればほぼ完治するからそれまで過度なトレーニングとかしない事!いいね?」
「ああ、わかってるさ。奴と戦うには万全の状態で無いといけないからな……っとそうだ。剣はどうした?」
「あー……どこに飛ばされたかわからないや。ギリギリだけどまた鍛冶屋に作ってもらわないとね。じゃあそれも言っておくよ」
次こそあのバフォメットを打ち倒す……その為には、まず今の身体の状態を治す必要がある。
なので俺は、すまないと思いつつも妹に治療や家事、その他雑務を押し付けて、来るべき10日後の戦いに備え治療に専念する事にした。
この時はまだ俺も妹も微塵に思ってすらいなかった……
まさか、あんな事が起きてその戦いが無くなるとは……
…………
………
……
…
「どうお兄ちゃん?身体の調子は大丈夫?」
「ああ完璧だ。剣もきちんと持ったし、身体の調子もすこぶる良い。ホーラこそ準備は出来ているか?」
「もちろん。今度こそあの魔女をぎゃふんと言わせるんだから!」
そして、10日後の早朝。
今日はまたあのバフォメットと戦う日である。
「それじゃあ行こうか……今度こそ勝とうねお兄ちゃん!」
「……ああ!」
妹が言ったとおり5日ほどで完治した俺は、そこから鍛錬をさらに積み、きちんと体調を整えた。
この前よりも大幅にパワーアップ……なんて事はしていないが、前回と同じぐらいには戦えるようにはなっていた。
でもそれは相手も同じだろう……だからこそ、今度こそ相討ちにならないように念入りに作戦を練ったりもした。
今度こそ奴を討つ……その想いを胸に、俺達は家を出たのだった。
「今回は最初から拳で戦った方がいいかもしれないよ」
「いや、やはりなるべく剣で戦った方がいいだろう」
「そう?剣無いほうがいいと思うけど……お兄ちゃんが剣使いたいだけじゃないよね?」
「まあ……全否定はしないが……ただやはり剣のほうが拳より殺傷能力は上だからな」
村から出て、いつもの山道を歩く俺達。
奴等はおそらく毎度の如く同じ場所で待ち構えているだろう……その場所へ向かう途中、妹と他愛ない会話をしながら進む。
「そういえばいつも気になっていたのだが……その魔道具はいったいどこで購入してるんだ?」
「えーっと、いろいろね。そこいらの商店で買える物から秘密の商人から買ってる物もあるわよ」
「……変な奴じゃないだろうな?」
「何、心配してくれてるの?大丈夫だよ、信用出来る相手だから」
こんな些細な会話でも、余計な緊張がほぐれるのでいいものだ。
「実際役に立ってるでしょ?」
「まあ……ん?」
そんな会話の最中、ふと何か悪寒が俺の全身に走った。
「……ねえお兄ちゃん……今私何か嫌な予感がしたんだけど……」
「俺もだ……今何かグニャッとしたというか、一瞬だが空間が歪んだよう……な!?」
妹も同じ悪寒が走ったらしい。
いったいなんだろうと足を止めた瞬間、急に目の前の風景が捻じ曲がった気がした。
すぐにいつも通りの風景になったので気のせいかと思った、次の瞬間……
「え!?な、なにこれ!?」
「いったい何が……ホーラ、手を繋げ!」
「う、うん……」
足下が突然波打ったかと思えば、俺達以外の全てが歪みだした。
目の前にある鼻も木も草も地面も空も何もかも全てがグニャリと歪み、歪な形になっていく。
そして襲ってくる浮遊感……しっかりと地に足がついていないこの感じに気持ち悪くなりつつも、俺は妹と離れないよう手をしっかりと掴む。
「これもバフォメットの仕業か?」
「わからない……けど、今までこんな空間全体を歪ませるものなんて使ってこなかったし……」
緑、茶色、青、白、黒……様々な色がぐちゃぐちゃに混ざり合っただけの空間にたった二人で閉じ込められたようだ。
「いいいったたいたいい何がなになががが起こおおころろろうとしてしているんだるんんだ……?」
「怖わわこわいいよいおに兄いちゃんちゃんん……!?」
自分達が言っている言葉も反響しているかのようによくわからない事になっている……
もはや妹と手を繋いでいるのかすら不明瞭になっている程、身体の感覚もおかしい事になっている……
「うわうわうわわわううわうわわわうわうううわわうわわううわわわ!!!!」
「きゃあああきゃあきゃきゃあきゃやきゃやああああ!!!!」
もはや何もかもがわからなくなり……
目の前にあったはずの景色が崩壊し……
そこから漏れ出た光に飲み込まれ……
俺達は……気を失った……
「結界外しや回復術なんかの準備は出来てるよ。今すぐにでも発動できる。攻撃系も魔力を少し練るだけ。お兄ちゃんは?」
「完璧だ。身体も温まっているし、疲労も無い。もちろん装備の整備も出来ている」
後ろに控える妹のホーラと確認をし合いながら、俺は整備されていない山道を突き進む。
「今日こそ決着がつけれるといいが……」
「とか言って毎回戦うの楽しんでるようだし、本当はわざと引き分けに持っていってるんじゃないよね?」
「そんなわけあるか!奴は魔物だ、人を喰らい殺す存在である事には変わりは無い。生かしてはおけん!」
「そうは言うけどなんだかんだ仲良さげにしてるよね……私はあの魔女と仲良くなんて絶対できないけど」
「命を奪いあっている相手だから仲良くは無い。まあ奴はバフォメットだし、他の魔物と比べれば知能があって話が出来るから戦闘中につい熱くなって言葉を交わす事があるのは自覚しているが……」
進む目的はそう、俺が住む村の近くに棲む上位の魔物、バフォメットを殺す為にだ。
妹のホーラが言っている通り、奴と戦うのはこれが初めてではない……今日に至るまでに既に何十回と引き分けているのだ。
純粋な実力では悔しいが奴の方が若干勝っていると言えよう……そこいらの中級悪魔程度なら軽くあしらえるぐらいの実力はあるが、流石に勇者でもない俺では魔獣と恐れられているバフォメットには今一歩敵わない。
だが、俺には心強い味方が……魔術師である妹がついている。
妹の魔術は主に魔道具を使用した対魔物用のものが中心であり、バフォメット相手でも充分にサポートをしてくれる。
むしろ兄妹で息を合わせて戦えばバフォメットにも余裕で勝てるだろう……しかし、世の中そう簡単にはいかない。
厄介な事に奴には魔道に堕ちた女性……眷属である魔女が一人仕えている。
魔女もかなり優秀な奴であり、サポートである妹の邪魔をされ、思うように戦えず……結果、俺とバフォメットは互いがボロボロで気絶するという形で毎度引き分けになってしまうのであった。
「おっと……見えてきたよ」
「ああ……おそらく奴等も気付いているはずだ。気を引き締めろよ……」
妹と話をする事で若干だけだが緊張はほぐれた……しかし、ふと坂の頂点を見ると、見知った山羊の角が見えた。
間違いない……幾度となく戦っているバフォメットの角だ。
「……来たか、タイトよ……大人しくオレの飯になりにきたのか?」
「……ふん、随分と余裕そうじゃないか……ホーラ、罠探知だ」
「任せてお兄ちゃん!」
「ふん!無駄な事を……我が主ティマ様が罠を張るなどの卑怯な事をしていると思うのか?」
「あんたがしてそうだからねこの根暗魔女!」
「……今日こそ生意気な貴女を呪い殺して差し上げましょう!!」
坂を登り切り、対面した俺達。
巨大な山羊の頭や黒に近い茶色の毛に覆われた手の先の鋭い爪、そして不気味な杖と邪悪な魔力を持った魔獣と、その横に黒いコートで身を包みバフォメットをあしらった装飾がなされている禍々しい杖を持った魔女が俺達を待ちかまえていた。
バフォメットは強大な魔物……大きさもさることながら、その真価は魔物の中でも最高峰の魔力と力を兼ね揃えている事だろう。
もちろん側近の魔女も尋常じゃない魔力を持っている……油断していたら瞬く間に殺されてしまうだろう。
「大丈夫。罠の類はなさそうよ」
「そうか……さあ、今日こそ決着をつけてやる!!」
「臨むところだ!!今日こそ貴様を殺し、その骨身を喰らってやる!!」
俺は剣を構え、バフォメットと戦う準備に入った。
バフォメットの方も俺に不気味な杖を向け、強大な魔術を放とうと臨戦態勢を整えている。
「こちらから行かせてもらう!!」
後手に回ると不利になるのは目に見えている……なので、俺は相手が動き始める前に間合いを一気に詰め剣を振った。
「バカめ!!」
「ぐっ……」
しかし相手も馬鹿ではない。これぐらいの動きは想定済みだったようだ。
踏み込む俺の動きに合わせて1歩後ろへ下がってかわされ、俺が斬撃を外しバランスを崩したところへ鋭い爪が俺を切り裂かんと迫ってきた。
なんとか身を捩り直撃は免れたものの衣服の一部が裂かれ、チリとなって宙で消滅する。
「かわしたか……まあ、この程度で殺せるなら貴様は既にオレの腹の中だしな……」
「ふん……余裕でいられるのも今の内だ!」
すぐさま態勢を立て直し、余裕の表情を見せているバフォメットに向く。
「そうか……ならば今度はこちらからだ!!死ねえ!!」
不気味な杖の先から、魔力が形を成して放出された。
相手の攻撃魔術……小さな闇の塊が、周囲の草木を巻き込みながら俺に目掛けて飛んできた。
闇に飲まれた草木は一瞬のうちに枯れ果てる……どうやら生命の力を奪い取る闇の魔術のようだ。
草木よりは大きい人の身体だが、おそらく触れたら一溜まりも無いだろう……たいした速度でもないので横にずれてかわそうとしたが、いやらしい事に俺の動きに合わせて闇の塊も起動をずらしてきた。
「ふっ、はああっ!!」
「へぇ……剣に細工がしてあったのは知っていたが……まあ小手調べで殺せるとは最初から思っていなかったし、剣の細工も明確にわかったし良しとするか」
追尾性能を持っているのならかわし続けるのは体力の無駄……という事で、俺は手持ちの剣で奴の魔術を切り裂いた。
奴の言う通り、この剣には事前にある程度の魔力ならば斬り裂けられるように魔力障壁の結界が剣の表面に薄く展開してある。
とはいえ相手は最強の魔術師とも言える存在なのだ……小手調べとはいえ強力な魔術を裂けるか不安はあったのだが、問題無く消す事が出来たようだ。流石は妹の魔術である。
「ならこれならばどうだ!異常天候に打ちひしがれるがいい!!」
だが、そんなのはお構いなしと言いたげに次々と攻撃魔術を放ってくるバフォメット。
上空に巨大な魔法陣が展開したと思えば小さな氷塊を無数に落としてきたり、火の玉を降らせてきたり、球状の雷撃を放ったりと様々な物が襲いかかる。
一つ一つを紙一重でかわしたり弾き飛ばしたりしているが、このままではいずれ集中力も欠けてしまい当たってしまうだろう。
それに、奴の出す火の玉があちこちの木を燃やし始めている……このまま放っておいたら山火事になりかねない。
そうなると非常にまずい……魔物である奴は平気かもしれないが、俺はまともに戦う事は出来ないだろう。
それに、ここは村からそう離れていない……だから村の方まで火の手が回る可能性も捨てきれない。
「ホーラ!山火事をなんとかするんだ!!」
「まかせて!」
「させないわ!!その身に苦しみの呪いを……」
「残念でした!既にその手の呪文対策はしてあるわ!雨よ降れ!!」
「おのれ小娘……」
なので俺は妹に火を消すように叫んだ。
元々そのつもりだったようで、魔女が得意とする呪術対策に呪い弾きのマントを身に付けながら特別な煙筒に火を付けた。
この煙筒から出る煙は空気中の水分をよく吸収し、すぐさま雨雲へと変える事が出来るもの……らしい。俺には魔術の知識があまりないからよくわからない。
「ち……雨のせいで魔法陣まで消えたか……」
「小娘がっ!!水の龍に噛み千切られて死ねえええええっ!!」
「うわわっ!!あっぶなー……」
「避けるな!死ね!死ねえ!!」
煙は徐々に雨雲へ変わり……大量の雨を降らせた。
そのおかげで山火事は鎮火し、それどころか天候の変化によって魔力のバランスなども変化したのか、バフォメットが展開していた魔法陣まで消えたようだ。
主の邪魔をされて腹が立ったのか魔女は叫びながら妹へ水でできた巨大な龍を放つ……おそらくこの雨を利用して作り出したのだろう。
妹の首を噛み千切ろうと急接近してきた水龍をギリギリ避けた妹だが、なおも怒り狂った魔女は水龍を連発し続ける……適当に発射しているが故何発かは俺の方にも飛んできたので、落ち着いて剣で斬り崩す。
ただこのままでは俺達が押されきられる可能性もあるだろう……が、しかし……
「おいウェーラ……貴様、オレの獲物まで手を掛けるつもりか?」
「ひぃっ!!い、いえ決してそんなつもりでは……」
「では落ち着いて娘の方だけを狙うのだな……万が一貴様の魔術で奴を仕留めたのなら、その時は貴様の命も無いものだと思え!」
「は、はい!!」
バフォメットに殺気を乗せた説教を喰らい、怖気ついて攻撃を中断した。
どうやらバフォメットは俺を、魔女は妹を殺し、その逆は殺さないように命令しているようだ。バフォメットは妹をあしらう事はあっても殺す事は無いし、逆に魔女も俺に死の呪文を放つ事は無かったので多分この予想は当たっているだろう。
嘗められているのか、それとも奴の変なプライドかは知らないが……おかげで戦闘がやりやすくなっているので別に構わない。
「しかしこの雨は鬱陶しいな……ふんっ!」
「うわ……雨雲を吹き飛ばすとか相変わらず凄い事するわね……」
バフォメットが空へ向けて空気の塊を吐きだしたかと思えば、雲が四散して雨が止んでしまった。
こちらもこの雨を利用するつもりだったのだが、消し飛ばされてしまってはそれも出来ない……だが一番の目的であった山火事は消せたのでまあよしとしよう。
ただまあ、こいつ自身がその前に山火事を消す可能性もあったが。
何故ならば、このバフォメットの狙いは今現在はあくまでも俺だけのようで、村に危害を加える事は無いからだ。
実際に奴の広範囲攻撃が村まで及んだ事は無い……それどころか、わざわざ結界を張って巻き込まれないようにした事もあった。
まあだからと言って優しい奴というわけではない……曰く「貴様を殺してからオレの領土として闇黒に染める為綺麗なまま残しておきたい」から巻き込まないようにしているだけとの事だ。
俺の生まれ育った故郷を暗く太陽の届かない魔界に変えさせてやるつもりはないので、そうならないようにも俺は負けないように戦う。
……なんて奮起したのだが……
「ところで貴様ら……そのまま突っ立っていていいのか?」
「は?……ぐあっ!?」
「きゃあっ!!」
奴がニタァと気味の悪い笑みを浮かべたと思ったら、見えない何かが重く圧し掛かってきた。
まるで巨大な腕で殴られたような衝撃に、その場で立ち続ける事も出来ず俺と妹は強く吹き飛ばされる。
「ぐっ……いったい何が……」
「いてて……多分さっきの雨雲を吹き飛ばした吐息は魔力を帯びたもので、それを落としたんじゃないかな……」
「ほぉ……魔術に詳しいだけあるな……その通りだ。貴様らはそれをまんまと喰らったのだ」
すっかり油断した……いつ仕掛けてくるかと身構えてこそいたが、完全に不意打ちだったのでガードする事無くもろに喰らってしまった。
とはいえ、直撃はしたものの致命傷には至っていない。俺も妹も魔術によるダメージを減らす装備を身に付けていたのが幸いした。
「この!」
「はっそんなもの喰らうか!」
かといってのんびりと体制を整えていたら追撃を喰らいあっという間に肉塊にされてしまうだろう。
間髪いれずに奴へ斬り掛かる……が、いくら不意を突いたりフェイントを入れながら攻めても、手に持つ杖で全て防がれてしまう。
やはり剣だと思うようにいかない……それでもまだ剣で戦った方がいいので、投げ捨てたりせずに剣で奴を切り裂かんと攻め続ける。
妹はまだ起き上がらない……だから、俺自身がサポートなしでなんとかするしかないのだ。
「おいおい、いつまでそんなちゃちな剣を振り回しているつもりだ?貴様の本気はそんなものじゃないだろ?」
「うるさい。その減らず口もそこまでだ!」
「貴様らしくないな。ではこちらもそろそろ攻撃する事にしよう」
しかし、思った以上に速さが足りない為、やはり全部杖で防がれてしまう。
簡単に受け流せるからか、奴は余裕そうにこちらに話しかけてきた……いや、実際余裕ではあるだろう。さっきから一歩づつゆっくりと引きながら受け流しているだけで、特にあちらから攻めてくる気配は無かった。
しばらくしてようやく攻撃する気にはなったようだが……手足の動きに変化がないので、おそらく魔術による攻撃をしてくるのだろう。
剣はこうして攻めに使っているからそう防がれはしない……余裕の表情を浮かべてるこいつはそんな事を思っていそうだ。
だがその油断が命取りだ……
「地獄の業火で灰にな……」
魔術を放とうと一瞬意識がそっちに向かったその瞬間……
「……はあっ!!」
「ぬおっ!?」
俺はバフォメットの軸足を思いっきり蹴り飛ばし、バランスを崩して尻もちをつかせた。
「いてて……ふざけやがって……ってなんだ!?」
「……よし!上手くいったねお兄ちゃん!」
「よくやったホーラ!」
それと同時に、あえて起き上がって無かった妹がこっそり地面に植え込んで魔力で急成長させた植物の蔓を操り奴の身体を縛りつけた。
起き上がろうとするバフォメットだが……蔓が絡まって起き上がれないでいた。
見事に作戦通り決まったようだ。
「クソ……小娘め。人間のくせにこんなものまで持っていたのか……!!」
「まあ私にはいろいろとツテがあるからね。それと捕えられた側が引きちぎるのはまず無理だよ。だから諦めなさい!」
いくら巨体で力が強い魔物と言えどそう簡単に振りほどける拘束ではないらしい。
ぎちぎちと音を立てながらバフォメットを拘束する蔦……ここで初めて苦痛と焦りの表情を浮かべ始めた。
まあそうだろう……蔦のせいで身動きはほとんど取れず、俺が何しようと一切の抵抗は出来ないのだから。
そして魔術を使おうにもこの剣で巨大な魔術以外は斬り裂かれてしまうし、そんなものを使ったら身動きが取れない自分も巻き込まれかねないのでうかつには使えない。
「卑怯者め!貴様は自分の手だけで戦えないのか!!」
「なんとでも言え。俺は自分の力だけでお前を殺せると思ってないし、これはコロシアムでの決闘ではないから1対1でなければいけないルールも無い。そっちは何かしらの制約があるようだがこちらは端から二人で……」
突然卑怯者とか言ってきたが……そんなものは自覚済みだ。
たしかに二人がかりで攻めるのは卑怯だろう……しかもここまでは俺よりも妹の功績が大きいのだし、そう言いたくなるのもわかる。
とはいうものの一応人数的には2対2なので問題無いし、変な制限を付けているのは相手側の勝手な都合なので別に……と、ここまで考えた時に気付いた事があった。
「おいホーラ……あの魔女はどうした?」
「え……あ!居ない!!」
そう、俺達はバフォメットの他にあの魔女とも戦っていたはずだ。
しかし魔女の姿がさっきからどこにもないのだ。辺りを見渡してもそれらしき影も見当たらない。
バフォメットに忠誠を誓っている以上一人で逃げたとは考えにくいので、近くに身を潜めていると思うが、気配すら感じない。
「あの陰湿魔女の奴いったいどこに……」
「誰が陰湿だ小娘!!」
「え……あ、しまった!!」
妹が何気ないく呟いた言葉に反応した魔女は……なんとバフォメットの影の中から湧き出てきた。
どうやら闇の魔術を使い奴の影に潜んでいたらしい……気配ごと隠せたみたいで、出てくるまで全く気付かなかった。
「ティマ様今すぐその忌々しい蔦を切り裂きます!」
「マズい!とどめだ!!」
そんな魔女は現れると同時に主の身体を縛りつけている蔦を取り外そうと呪文を唱え始めた。
蔦を外されたらこれまでの事がすべて水の泡となってしまう。
それだけは避けるべく、俺は剣を握りしめバフォメットの心臓を一突きしようとしたのだが……
「やあっ!」
「よし!よくやったぞウェーラ!」
「はああ……ぐぅっ!!」
剣先が奴の胸に届くより先に、魔女の放った見えない刃が蔦だけを器用に斬り裂きバフォメットを開放してしまった。
そして俺を振り払おうと腕を大きく振ってきたバフォメット……必死で止めを刺そうとしていた俺は防御できず、殴り飛ばされてしまった。
地面に叩きつけられる時に受け身を取ったので多少衝撃は流せたものの、剣は遠くまで弾き飛ばされてしまった。
「ぐ……しまった……」
「お兄ちゃん大丈夫!?」
「ああ……だが状況は大丈夫では無いな……」
身体へのダメージは少なく済んだものの、折角の武器が弾き飛ばされてしまった。
殺傷能力も高く防具としても使えた剣を取りに行くのは不可能だろう……つまり、ここからは自分の拳だけで戦うしかない。
「やりましたねティマ様!」
「いやまだだ……武器を失ったここからが奴の本気だ……ウェーラ、貴様は小娘がこれ以上邪魔をしてこないようしっかり相手しておけ」
「……それこそ私の望みどおりです。あの小娘を血祭りに上げてみせましょう!!」
奴らの会話を気にする事無く、深呼吸を繰り返し集中力を高めていく。
必要な力を身体に込め、余分な力を抜いて柔軟に動けるようにする。
「はあぁぁぁぁ……行くぞ!!」
「くるか……こい!」
力強く大地を蹴り、バフォメットの懐へ入り込む。
俺が急接近するのに合わせて飛んできた拳を左腕で受け流し、腹に向けて右手を突き出した。
剣の時と違い自分自身の身体で攻撃するため数段速く突き出された右手は、防がれる事無くバフォメットの腹部を捉えた。
「ぐ……やはり貴様は武器無しの拳のほうが強い……な!」
「ぐっ!!な、なんの!!」
初めてまともにダメージが入り、殴られた部分を手で押さえるバフォメット。
しかしこんなものでは怯まず、相手いるほうの腕を俺の頭を潰す勢いを付けて振り下ろした。
今度は頭の上で腕をクロスさせ、足で踏ん張りながら腕でそれを受け止める……重い一撃だがなんとか受け止め、腕を押し返して蹴りを横腹へ入れる。
「ぐあ……ふははは、捕まえたぞ!」
「くそ、離せ!があっ!!」
引き締まった肉体は流石に硬いが、脇腹への蹴りもきちんとダメージになったようだ……一瞬であるが奴は小さな悲鳴を上げた。
だが、すぐに立ち直り俺の脚を脇で掴み、そのまま足を持ち上げ俺を地面に叩きつける。
「お兄ちゃん!」
「おっとさせないわ!!死ね小娘!!」
「うわっ!?邪魔しないでよおばさん!!」
「おば……決まりです。あなたの身体を原型がわからない程ズタズタにして差し上げましょう!!」
「うわあっ!聖水よ防壁となれ!!」
「チッ……なんて面倒で高度な魔術まで……小娘がぁ……!!」
「うっ!こうなったら……!」
「防壁を飛ばし……くっ!蒸発しろ!!」
足を掴んだまま何度も地面に叩きつけようとするバフォメット。
そんな俺を助けようとした妹も魔女の放った紫の雷や白い炎に妨害されてしまう。
その後も続く二人の攻防……妹は魔女の相手だけで精一杯のようだ。
すなわち、この状況を脱するには自分だけの力でどうにかするしかない。
「ぐふ……ぅぉおおおおおおっ!!」
「ん?なっ!?」
俺は地面に叩きつけられた状態でブリッジの体勢をとり、そのまま足に力を入れ……バフォメットの脇を蹴り上げた。
「どらあああっ!!」
「うわっぐあっ!!」
予想外の俺の動きに対応しきれずバランスを崩し倒れたバフォメット。
足が腕から離れたので、俺は素早く跳び起きて馬乗りし、拳を鳩尾へ貫くように落とした。
「うおらあああああああああああああああっ!!」
「ぎっ、ぐっ、がっ!ぐああっ!!」
急所への攻撃で一瞬動きを止めたバフォメット……その隙に俺は奴への猛攻を始めた。
額や顎など急所となる部分を中心に、その山羊面を変形させるかの如く殴り続ける。
パワーや体格は相手の方が上なため時々俺を振り払うべく身体を起こしてくるが、起き上がる前にまた鳩尾を貫いて身体の動きを止める。
「ティマ様!今助けま……」
「させない!あんたはこの蔦と遊んでなさい!」
「くっ、邪魔をするな小娘!!ならば貴女ごと燃やしつくすまで!」
こちらの様子に気付いた魔女が主君を助けようと近付いてくるのを妹が妨害し続ける。
これで俺が殴るのを止める者はいない……バフォメットも腕を振り上げ俺を殴ってくるが、殴られながらで力が入りきらないのかその威力はさっきまでと比べ明らかに小さい。
「はあああああ……あ……?」
「ぐふ……ハァ……ハァ……よ、ようやくか……」
段々とバフォメットの力が弱まっていき白目をむき始めたので、そろそろ気を失うだろうとより力を入れて殴り続けていたら……突然身体が痺れ、自由が効かなくなり始めた。
息も絶え絶えに言うバフォメットの言葉から、どうやら奴が何かしたらしい……全身が痙攣し、体が硬直してしまった。
「お前……何をした……?」
「ぐ……ハァ……なあに……オレ自身の魔力を電気に変換しただけだ……ハァ……殴られながらだったから大変だったが、こうなればこっちのものだ……」
「なるほど……どうりで痺れるわけか……!」
バフォメットに馬乗りしてる俺に電気が流れ、その結果俺の身体は麻痺したようだ。
思うように動かない身体は簡単に弾き飛ばされ地面を転がる。
「ハァ……ぐ、さあて、今度はこちらが殴らせて……」
「ぐ、ぅぉおおおおっ!!」
「なに、立っただと!?まだ痺れているはずだ、それなのに!?」
ボコボコになった顔を痛みでさらに歪めながら、俺に止めを刺す為に立ち上がったバフォメット。
結構ダメージを与えたが、それでもまだ奴は動けるようで、拳に力を込めながら地面に転がっている俺に近付いてきた。
このままでは殴り殺される……そうされないように、俺は痺れて満足に動かない身体に鞭を打って、気合で立ちあがる。
「だ、だが立ち上がれても満足に動けないはずだ!恐れる事は無い!」
「……」
「死ぬがいい!!」
立ち上がった俺は右拳に全ての力を集中させ……
「喰らぐふぉっ!!」
「むぐぅっ!!」
奴が俺の顔面に拳をぶつけようとしたその刹那、俺は拳を真正面へ……奴の腹部へ叩きこんだ。
ミシミシと骨がきしむ音が耳に聞こえてきた……俺の頬からと、奴の腹からの2か所からだ。
「がは……あ……ぁぁ……」
「ぐ……むが……ぁ……」
互いが互いの身体へ力を込めた拳をめり込ませていたが……やがて二人とも力が抜けていき……その場で倒れてしまう。
どうやら今回もまた相討ちになってしまったようだ……そんな事を頭の片隅で思いながらも、痛みに耐えきれず俺は意識を失った……
「しまった!ティマ様!!」
「お兄ちゃん!!」
「おのれ貴様ら……この続きはまた10日後だ!それまで精々身体を癒しておくのだな!!」
「あ、こら待て!!……ちぇ、逃げられたか……」
「今回こそ気絶した主君と共に転移する前に倒してやろうと思ったのにな……それよりもお兄ちゃんを連れて帰って治療しなくちゃ……」
…………
………
……
…
「……ぐ……つぅ……」
「あ!お兄ちゃん目を覚ました?」
「う……こ、ここは……家か?」
顔に走る痛みで眼を覚ますと……そこはいつも見慣れた場所だった。
ベッドから起き上がり、近くに居た妹に確認する。
「うん。いつも通り相討ちになって逃げられたからね……ちなみにあれから6時間経ってるからね」
「そうか……いつつ……」
どうやらまた相討ちになってしまったらしい……
またしてもバフォメットを殺せなかったどころか、奴に気絶させられてしまった悔しさがこみ上げてくる……
「クソ……これで何回目になるんだ……」
「大体20回ぐらいかな?バフォメットのほうが倒れると毎回あの魔女が主と一緒に逃げちゃうからね……ホント逃げ足だけは速いんだから!」
妹の言う通り、20回近くはこうして相討ちを続けている。
毎回戦法を変えてみているのだが、何故か最後は絶対にお互い気絶して終わってしまう。
時には俺が奴の腹に剣を突き立てながらも奴の攻撃呪文を喰らってしまい倒れたり、また時には妹の魔術で爆発の力を得た拳を奴の顔面に叩きこんでもあの魔女がその爆発を俺自身にもダメージが行くように細工して互いに爆発にやられてしまったりと決着のパターンは様々だが、どうしても毎回相討ちで終わってしまうのだ。
「ま、済んだ事を悔やんでも仕方ないし、今は身体の傷を癒す事に専念してね。あの魔女また10日後にとか言ってたし、それまでに完治させないと今度こそやられちゃうかもしれないからね」
「そうか……いつもすまないな……」
「いいよ。私だってあんな凶悪な魔物早く消えてほしいし、それにお兄ちゃんのサポートが私の役目だからね!」
その後はいつも妹が魔術を交え一生懸命治療してくれるので、骨が折れていようが顔が痣だらけだろうが1週間もあれば余裕で完治できる。
事実、先程まで負っていた怪我のうち軽い擦り傷などはもう跡形も無く治っていた……とはいえ、最後に殴られた部分は今だ鋭い痛みを与えてくるし、痺れもまだ強く残っている。
「それじゃあ私は食料とか魔道具とか買ってくるからお兄ちゃんは大人しく寝ていてね!順調にいけば5日もあればほぼ完治するからそれまで過度なトレーニングとかしない事!いいね?」
「ああ、わかってるさ。奴と戦うには万全の状態で無いといけないからな……っとそうだ。剣はどうした?」
「あー……どこに飛ばされたかわからないや。ギリギリだけどまた鍛冶屋に作ってもらわないとね。じゃあそれも言っておくよ」
次こそあのバフォメットを打ち倒す……その為には、まず今の身体の状態を治す必要がある。
なので俺は、すまないと思いつつも妹に治療や家事、その他雑務を押し付けて、来るべき10日後の戦いに備え治療に専念する事にした。
この時はまだ俺も妹も微塵に思ってすらいなかった……
まさか、あんな事が起きてその戦いが無くなるとは……
…………
………
……
…
「どうお兄ちゃん?身体の調子は大丈夫?」
「ああ完璧だ。剣もきちんと持ったし、身体の調子もすこぶる良い。ホーラこそ準備は出来ているか?」
「もちろん。今度こそあの魔女をぎゃふんと言わせるんだから!」
そして、10日後の早朝。
今日はまたあのバフォメットと戦う日である。
「それじゃあ行こうか……今度こそ勝とうねお兄ちゃん!」
「……ああ!」
妹が言ったとおり5日ほどで完治した俺は、そこから鍛錬をさらに積み、きちんと体調を整えた。
この前よりも大幅にパワーアップ……なんて事はしていないが、前回と同じぐらいには戦えるようにはなっていた。
でもそれは相手も同じだろう……だからこそ、今度こそ相討ちにならないように念入りに作戦を練ったりもした。
今度こそ奴を討つ……その想いを胸に、俺達は家を出たのだった。
「今回は最初から拳で戦った方がいいかもしれないよ」
「いや、やはりなるべく剣で戦った方がいいだろう」
「そう?剣無いほうがいいと思うけど……お兄ちゃんが剣使いたいだけじゃないよね?」
「まあ……全否定はしないが……ただやはり剣のほうが拳より殺傷能力は上だからな」
村から出て、いつもの山道を歩く俺達。
奴等はおそらく毎度の如く同じ場所で待ち構えているだろう……その場所へ向かう途中、妹と他愛ない会話をしながら進む。
「そういえばいつも気になっていたのだが……その魔道具はいったいどこで購入してるんだ?」
「えーっと、いろいろね。そこいらの商店で買える物から秘密の商人から買ってる物もあるわよ」
「……変な奴じゃないだろうな?」
「何、心配してくれてるの?大丈夫だよ、信用出来る相手だから」
こんな些細な会話でも、余計な緊張がほぐれるのでいいものだ。
「実際役に立ってるでしょ?」
「まあ……ん?」
そんな会話の最中、ふと何か悪寒が俺の全身に走った。
「……ねえお兄ちゃん……今私何か嫌な予感がしたんだけど……」
「俺もだ……今何かグニャッとしたというか、一瞬だが空間が歪んだよう……な!?」
妹も同じ悪寒が走ったらしい。
いったいなんだろうと足を止めた瞬間、急に目の前の風景が捻じ曲がった気がした。
すぐにいつも通りの風景になったので気のせいかと思った、次の瞬間……
「え!?な、なにこれ!?」
「いったい何が……ホーラ、手を繋げ!」
「う、うん……」
足下が突然波打ったかと思えば、俺達以外の全てが歪みだした。
目の前にある鼻も木も草も地面も空も何もかも全てがグニャリと歪み、歪な形になっていく。
そして襲ってくる浮遊感……しっかりと地に足がついていないこの感じに気持ち悪くなりつつも、俺は妹と離れないよう手をしっかりと掴む。
「これもバフォメットの仕業か?」
「わからない……けど、今までこんな空間全体を歪ませるものなんて使ってこなかったし……」
緑、茶色、青、白、黒……様々な色がぐちゃぐちゃに混ざり合っただけの空間にたった二人で閉じ込められたようだ。
「いいいったたいたいい何がなになががが起こおおころろろうとしてしているんだるんんだ……?」
「怖わわこわいいよいおに兄いちゃんちゃんん……!?」
自分達が言っている言葉も反響しているかのようによくわからない事になっている……
もはや妹と手を繋いでいるのかすら不明瞭になっている程、身体の感覚もおかしい事になっている……
「うわうわうわわわううわうわわわうわうううわわうわわううわわわ!!!!」
「きゃあああきゃあきゃきゃあきゃやきゃやああああ!!!!」
もはや何もかもがわからなくなり……
目の前にあったはずの景色が崩壊し……
そこから漏れ出た光に飲み込まれ……
俺達は……気を失った……
13/10/10 23:53更新 / マイクロミー
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