読切小説
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海のウタウタイ
「クソッ……!!」

湧き上がる怒りを発散させるように、俺は足下にあった石ころを蹴り飛ばした。
しかしながら、もちろんそんな程度で俺の怒りは治まるわけも無く、更にイライラした気分でその道を進む。
どうせ周りに誰も居ないからとコツコツとわざとらしく足音を立てながら、今日起きた腹立たしい事を思い浮かべては、更に怒りを増幅させていた。

「折角目を覚まさせてやろうと思ったのに何が『僕は僕自身の意思で一緒にいるって決めた』だ!人の親切を無視しやがってあのクソガキめっ!」

俺は今日、洗礼を受けた教団の勇者としてある村に住む中年女性から依頼を受けていた。
それは、同じ村に住む、両親を失った10代の男児がここ半年の間誰も居ないはずの森へほぼ毎日嬉しそうに向かっているのを目撃しており、もしかして森に魔物が現れてその男児を惑わしているのではないかと、心配だから調査してくれというものだった。
魔物は人を惑わし人を殺す悪の存在だ……あまり知られてはいないが、最近の魔物は人を食べたり無暗に殺す事は無くなったという話を以前どこかで聞いた。しかしどちらにせよ人を惑わす事には変わりないし、場合によっては自身と同じ魔物に変えるので結局魔物は悪の存在だと言えるだろう。
そんな魔物が一人の男児を誘惑してるかもしれないというのだ……勇者として放っておく事は出来ないので、もちろん俺はその依頼を快く受けた。
そしたら丁度タイミングが良かったようで、依頼人から詳しい話を聞いていたらその男児が荷物を纏めどこかへ行ってしまう場面に遭遇した。こっそりと後をつけたところ、その男児はやはり魔物、セイレーンに惑わされていた。
なんとか連れ去られる直前でそれを知れたので、俺はその男児を救いだそうと聖剣を構えセイレーンと男児を離そうとしたところ……肝心の男児本人にそんな事を言われたのだ。
あげくそのセイレーンの両親が出てきて、流石に2対1では敵わなくて返り討ちにあってしまったのだった。

「あーもう!イライラする!!」

噂通り命まではとられなかったものの、身体中がボロボロになるまで叩きのめされてしまった。
しかもその痛みに耐えて村へ報告しに戻ったら、結果的には依頼を失敗したので役立たずだのみてくれ勇者だのと文句を言ってきた挙句ボロボロの状態だというのに村から叩きだされてしまったのだ。
そりゃあたしかに男児を堕落から救いだす事は出来なかったし、挙句魔物に返り討ちにあったので依頼人が怒るのもわかる。
だが、ボロボロになるまで頑張ったのに自分ではその少年を止める為に何かをしてこなかった依頼人にそんな事を言われたら流石に腹も立つ。
だから俺は傷付いた身体を引き摺り、道端の個石に八つ当たりしながら、ホームに帰る為に歩を進めていたのだった。



…………



………



……







「はぁ……まだちょーっとイラッとするなぁ……」

月明かりが夜空を照らす頃、ようやく俺は依頼のあった村から一番近い街に到着した。
普段ならば遅くても夕方頃には到着していたような距離であるが、怪我を負っている事もありいつもよりゆっくり歩いていた為、小さな子供はもう寝始めるような時間になってしまったのだ。

「まあいいや……とりあえず宿を探そう……」

歩き続けるうちに大分怒りは治まってきたものの、魔術の類が苦手な俺は治癒魔術なんて高度な物は使えないので傷が癒える事は無いし、それを差し引いても歩き続けたせいで疲れが溜まっていた。
だから早く宿を探して休みたい……が、この時間になると空いている宿を探すのも一苦労だ。
この街は海に面しておりリゾート地でもあるため、観光客でどこの宿も満室の可能性が高いのだ。

「裏通りの宿なら空きもあるかな……ん?」

それでも一通りの少ない裏通りにある宿なら空いている部屋もあるかもしれない……裏通りにはガラの悪い人種がいるという話だが、これでも勇者な俺がそんなゴロツキ共に手負いでも遅れは取らないだろうと思い、裏通りに向けて歩き始めようとしたところで、微かにだが何かが聞こえてきた気がした。

「……いや、気のせいじゃないな……」

本当に微かにではあるが、女性の歌声らしき物が海の方から聞こえてきた。
こんな時間に、しかも海の方から女性の歌声がするとは……魔物やゴロツキに襲われてしまう可能性もある。
もしくは……この歌声の持ち主自体が魔物の可能性もある。
憲兵達が常に海を見張っているはずなのでそう易々と海岸に侵入出来るとは思えないが、マーメイドやセイレーンなど海辺に生息している魔物の中には歌で人を誑かす者もいるので、女性の歌声がする事から完全に否定はできない。

「様子を見てくるか……」

どちらにせよ勇者として無視や放置は出来ない。
人間の女性であれば気をつけるように注意を呼び掛ける必要があるし、魔物であれば街の人達に被害が及ばないように退治しておかなければならない。

「もしセイレーンなんかがいたらただじゃ済まさねえぞ……」

なんて、昼間の八つ当たりを兼ねた事を呟きながらも、俺は疲れたその身体に鞭を打って海岸の方へ向かったのであった……



……………………



「♪〜〜♪〜〜〜」


海岸までやってきた俺は、早速歌声の主を探し始め……すぐに見つける事が出来た。


「♪〜♪♪〜〜」


その女性は、海岸の人目につきにくい岩場に腰かけ、一人静かな海に向かって歌っていた。


「♪〜〜〜♪〜〜〜」


海色の髪を潮風に靡かせながら澄んだ声を存分に響かせながら歌う彼女は、可憐な見た目もさる事ながら、月明かりに照らされた海辺という幻想的なステージで歌う彼女はとても美しかった。


「♪〜〜♪〜♪〜〜」


姿だけでなく……いや、姿以上に……彼女の歌声は、ずっと聴いていたい程美しいものだった。


「♪〜〜〜……」
「……そこまでだ!」
「♪〜……私に何か用ですか?」


しかし……俺はその女性の歌を、止めなければならなかった。


「魔物め、こんな場所で何を企んでいる……」
「企んでいるとは失礼ね。私は歌っていただけ……はっ!?」

何故なら……その女性は、人間ではなかったからだ。
遠巻きに上半身だけを見るならば、海で歌う綺麗な若い女性と言えただろう……しかし、髪に隠れてほとんど見えない耳は、よく見ると人のそれと違い魚の鰭のようになっていた。
それどころか……街の方からは岩陰に隠れてよく見えなかった下半身に至っては足の代わりに髪の毛と同じような色の鱗が付いた一本の尾鰭があった……そう、まさに魚の下半身であった。
他に特徴が無い事からして、目の前の魔物は……歌声で人間を惑わす魚類型の魔物、マーメイドだろう。

「テメェらマーメイドの歌声は人間を魅了する力を持っている。つまりは人間を海に引きずり込もうとして歌ってたんだろ?」
「違うよ!私はただ素敵な王子様が現れないかなって思いながら歌って……」
「問答無用!人を惑わす魔物はこの剣のサビにしてくれる!!」

魔物であるならば、遠慮はいらないし、容赦はしない。
このまま放置しておいたら、このマーメイドの歌声に魅了されてしまった男性が攫われる可能性があるからだ。

「うわっ!それじゃあさよなら……」
「逃すか!」

俺が握った剣を見たマーメイドは驚いた表情を浮かべながらも海へ逃げ込もうとした。
このまま逃げられたら今すぐの被害は出ないかもしれないが、月日経ってからまた人間を惑わそうとここへやってきてしまう可能性もある。
そうはさせまいと、俺は踏み込んでマーメイドへ斬りかかろうとした。
この距離であれば奴が逃げ切る前に剣先が身体を捉えられる……そうして動きが鈍ったところへ、止めを刺しに行けばいい。

「くたばれ……あれ?」

ただし……それは体調が万全の状態でのイメージでしかなかった。

「や、やばぐえぇっ!?」
「へっ!?」

先のセイレーン夫婦との戦闘や、この街に来るまでに体力を限界近くまで使い果たしていた俺の身体は思い通りに動いてはくれず、踏み込みが甘くなってしまった。
その結果俺は岩場に足を引っ掛けてしまい、そのまま前のめりに倒れて……荒い岩場に頭をおもいっきりぶつけてしまっていた。


「ぐぁ……ぁ……」


いくら主神様からの加護があると言えども、もちろんそんな痛みに耐えられるような体は持ち合わせていない。
俺は、痛みによる声にならない呻きを上げながら……そのまま気絶してしまった…………





「えーっと……どうしよう……逃げてもいいの……かな?」


「……ん?あ!頭から血が……これはほうって置くのはマズイよね……」


「気絶してるみたいだし……私が運ぶしかないか……」



……………………



…………



……







「……はっ!!」

ハッと目を覚ました俺……目の前には、清潔感漂う白い天井が広がっていた。

「イタッ……ぐっ……」

ボーっとしていた意識がハッキリしてくると同時に、頭に鋭い痛みが走った。

「いってぇ……つーかここは……」

俺は今いったいどこに居るのか……というか、そもそも昨日の夜何をしていたかがハッキリと思い出せない。
たしか俺は依頼を失敗して怪我を負ったまま近くの街まで移動して……それから……


「ん?あ、眼を覚ましたようね!大丈夫?記憶喪失とかになってない?」
「あん?お前は……」



昨日はどうしていたのかを思い出そうとしていたら、目の前に海色の髪を持った女が覗きこんできた。
翠色の瞳が俺の瞳をジッと見つめて……安心したような、ホッとした表情を浮かべていた。
彼女はいったい……どうして俺の近くに……

……いや待てよ、こいつは……

「あっ!テメェは……っ!!」
「あっコラ!いきなり叫ぶと傷口に響くから大人しくしてなさい!」

目の前の女性が何者かを思い出し、跳び起きようとして……頭に鋭い痛みが走り、俺はまたベッドに伏せた。
どうやらここは病院らしい……薬品の臭いや清潔感漂う部屋、それに今の俺達の声を聞いて駆けつけたナースからして間違いないだろう。

「お連れさんが目を覚まして嬉しいのはわかりますが、病院では静かにしてくださいね」
「あ、すみません……」
「だ、誰が連れっ……!」
「ほら、あなたも暴れないの。頭に数針縫う大怪我なのだから安静にしていなさい」
「あ、はい……すみません……いてて……」

俺の怪我の様子を確かめているナースの後ろから覗いてくる、さっきから病室にいて、俺の連れだと偽るこの女性……
今はどう見ても人の姿をしているが……その顔は昨日のマーメイドそのままであった。

「では食事と薬を持ってきますので安静にしていてくださいね。何かありましたらすぐに呼んで下さいね」
「はい、わかりました。ありがとうございます」

一通り診終わった後、そう言ってナースは病室を出て行った。
そのため、室内には俺とマーメイドの二人きりになってしまった。

「さてと、そういう事で安静にするのよ」
「テメェ……いったいどういうつもりだ?」
「どういうって……何が?」
「なんでここに居るんだ?人間に化けて何を企んでいる?」

ここでこいつは魔物だと叫んで病院がパニックになっても困るので黙っていたが、二人きりになったのでいろいろと聞き出してみる事にした。
武力で抵抗されたら怪我人である自分では絶対に勝てないだろうが、相手もここで騒ぎが起こればどうなるかわからないような馬鹿ではないだろうから、素直に答えてくれるかはともかく暴れる事は無いだろうと思い、質問を投げかけてみた。

「あのねぇ……別に私は何も企んで無いし、そもそも私がここにいなかったらまずあんたがここに居ないのよ?」
「……へ?」

そしたら、呆れ顔でそう返されてしまった。

「あんたは私に襲いかかろうとして、無様にも岩場に足を引っ掛けて頭から転んだ。それは覚えてる?」
「……ああ、一応な……」
「まあ頭の痛みからして大体わかると思うけど、あんたは転んだ結果頭がパックリで大量の血を流す程の大怪我をしたの。それこそ普通の人間なら命の危険が迫ってる程度でね。私としては変な言いがかりを付けられて命を狙われたわけだし放っておいてもよかったかもしれないけど、流石に見殺しにするのは気分が悪かったからこうして人に化けてまで病院まで運んであげたのよ」
「そ、そうなのか……」
「そうよ。ちなみに素直にあんたと私の関係を言ったらややこしくなりそうだったから勇者の連れとして不慮の事故で怪我を負った勇者を連れてきたって事にしてあるから。あんた頑丈みたいだし勇者でしょ?」
「あ、ああ……」
「でしょうね。私が魔物だからって問答無用で襲ってきたし、何か強い力も感じたからそうだと思ったわ。しかし勇者って便利ね。こんな綺麗で広い個室を安く借りられるんだから」
「……」

どうやらこのマーメイドが俺を病院まで運び、さらにはずっとここで俺を看ていたらしかった。
この話を鵜呑みにするのであれば、このマーメイドは何か企んでいるわけではなく、単に俺を助けて世話をしてくれただけみたいだ。
特に疑わしき事は言っていないし、状況的にも嘘は吐かれてないだろう……

「あ、あのさ……」
「何?まだ何か疑ってるわけ?」
「いや、その……ありがとう……」

つまり、このマーメイドは決して大げさではなく俺の命の恩人であるわけだ。
いくら相手が魔物であろうがその事実には変わりは無い……なので、俺は彼女へお礼を述べた。

「あれ……てっきり余計な事しやがってこの魔物め!とか言って襲ってくると思ったのに……」
「お前俺をなんだと思ってるんだよ……」
「勇者。魔物は悪だと思い込んでるから魔物が何してもひねくれた態度をとる生物が勇者だってお父さんから聞いた事あるからつい……」
「あーまあ……そういう奴もいるけど俺は助けてもらったのであればたとえ魔物でも礼は言うさ」

たしかに魔物は人間の存在すら脅かす悪だとは思う。
だが、その悪に助けられたからって礼も言わずに恩を仇で返すような落ちぶれた奴になる気は無い。

「あ、そうだ。あんた私の血を狙ってたとかないよね?」
「は?なんでそんな事……あー、人魚の血か……」
「その反応なら安心ね。そうね……」

そして今度はあっちから俺に質問してきた。
血を狙うとはどういう……と思ったが、マーメイドの血は寿命を飛躍的に延ばす効果があると言われていたことを思い出した。
不老不死に興味は無いし魔物の体液を体内に取り入れる気はないのでもちろんそんな事をする気は無いが……それを聞いたマーメイドは少し考えた後……静かに次の言葉を言い放った。

「じゃあ決定ね。これから当分はあなたの世話をするわ。そのつもりなのに斬り掛かられたら堪ったもんじゃないから心配してたけど、その問題はなさそうだしね」
「命を助けてくれた相手の命なんて奪う気は……ってああん?」

このマーメイドが何かをするというならともかく、大人しくしているのであれば俺から命を奪いに行くつもりも血を奪うつもりもない……なんて事を俺からも言おうとしたが、今何かとんでもない事を言われた気がしたので思わず言葉を止めてしまった。

「今……俺を当分世話するって言ったか?」
「そうよ。勇者の連れだなんて言っちゃったからね。ここでさようならはいろいろとマズイでしょ?だからあんたが入院中は世話をしてあげる。大丈夫。不利益になる事は何もしないから安心して」
「お、おう……」

どうやらこのマーメイドはしばらくの間俺に付きっきりでいるつもりらしい。
まあ……大きな怪我は頭ぐらいとはいえ、痛みで数週間はまともな生活が出来ないのは確かなので、生活の補助をしてくれると言うのであれば文句は無い。
それに、逆に考えればこのマーメイドの行動を常に監視する事も出来る……おかしな行動をしたらすぐさま対応できるだろうし、近くにいる限りこいつが他の人を誘惑したり襲う可能性がぐっと減る事になるので丁度良いだろう。
自分自身が誘惑されたり隙を見て何かされたりするかもしれないが……まあ疲れるが気を張れば大丈夫だろう。

「だからさ、このままあんたとか言うのもおかしいしさ、名前を教えてよ。私はメロ。あんたは?」
「……ロディーだ。よろしく……」
「うん。ロディーね。よろしく!」

という事で、俺としては監視目的も含める形で、マーメイドのメロとの生活が始まったのであった……



====================



「ところでさ、ロディーって勇者として魔物を傷付けた事はあるの?」
「そりゃあ何度も……でもお前達魔物は人間に近い姿をしてるせいで大怪我を負わせても命まで奪えた事はまずないがな……まあその前に逃げられることが多いってのが原因だし、その後で死んでるんじゃないかとは思う事もあるけどな」
「ふ〜ん……まあ逃げれたって事はたぶん死んでないと思うけどね。そう考えると確実にしとめないだけロディーは優しいのかな……私が知ってる元勇者も命までは奪った事ないって言ってたけど、それはただの実力不足だっただけだし、それに……」
「ん?なんだお前元勇者の知り合いいるのか?」
「ま、まあね。私だっていろいろ知り合いはいるから!元勇者だって言う人も何人か知ってるし!!」
「ふーん……そんなに人間やめさせられた勇者がいるのか……気をつけねえとな……」
「何よその言い方。魔物を傷付けるなんて野蛮な生き方よりはよっぽどいいと思うけどな……魔物も人間も同じ生き物なのに、傷付けていい道理なんてないんじゃないかな……」
「……同じ生き物、か……」


入院中に過ごしたメロとの生活は、存外悪くは無かった。


「いっ……くぅっ!」
「だ、大丈夫!?看護師さん呼んでこようか?」
「いや……大丈夫だ。すぐに弱まった」
「本当に?無理はしないでね」
「ああ……でもお前、他人なのに心配してくれるんだな」
「そりゃあ……自業自得とはいえ目の前で怪我されてるし、心配ぐらいするわよ」
「それを言われると痛いな……」
「何やっぱ痛いの?じゃあ私看護師さん呼んでくるね!」
「いやそういう意味じゃ……行っちまったか……いてて……」


世話をするなんて表面上だけかなと思っていたが、彼女は本当に俺の世話をよくしてくれていた。


「うーん……頭はまだまだだけど、身体の傷はもうほとんど癒えたみたいね」
「まあついでに治療してもらっているからな。おかげで頭痛以外の痛みは無くなった」
「ふーん……勇者って下手な魔物より人外じみてるのが多いからこれぐらいの傷すぐ治るものだと思ったけど、案外そうでもないのね」
「失敬な。長寿で下半身魚の人外に人外じみてるなんぞ言われたくねえよ」
「まあたしかにそうだけどさ……というかこれも元勇者だって言うネレイスさんからの受け売りだけどね」
「そんなのまでいるんだな……魔物化した勇者か……」
「うん。なんでも自分が思い浮かべていた魔物像と実際の魔物が違いすぎてどうすればいいかわからなくなってとりあえず海に身投げしたらしいよ」
「……ええー……」


退屈しないように、また、自身の退屈を紛らわすように、ずっと俺の話し相手をしてくれていた。


「そういえばお前ずっと陸にいるけど大丈夫なのか?」
「何?人の心配できるほど回復したの?」
「んだよ……そんな事言うなら心配するんじゃなかったぜ……」
「冗談だってば。心配してくれてありがと。でも大丈夫だよ。ロディーが知らないうちに少し海に行ってたりしてるから」
「え……いつだ?俺が寝てる時か?」
「主に入浴中ね。流石に病院で一緒に入る事はもちろん覗きすら出来ないから離れざるをえないし。それとロディーが寝てる時に離れてもしもの事があったら大変だから寝てる時はずっと近くにいるよ」
「……そうなのか……」


片時も離れず……とはいかないまでも、ほとんど俺に付きっきりでいてくれた。


「魔物が人を殺す〜?ないない、絶対にない。魔王様が交代でもしない限り自発的に人を殺す事は無いよ。やむを得ない場合はともかく、好き勝手に人間を殺して食べてなんて天地がひっくり返ってもないよ」
「やっぱそうなのか……」
「そうだよ。私達魔物には人間が必要だもの。仲良くしたいのに殺すわけないじゃんか。そりゃあ魔物のほうが強いから人を襲うって形にはなっちゃってるけど、でもその先にあるのは幸せな家庭だよ」
「本当にそうなのか……でも人間を襲い同族にしたりはするんだろ?」
「まあね。でもまあ魔物である私から言わせてもらえば、それは決して悪い事ではないと思うよ」
「はあ?どこがだよ?お前だっていきなりマーメイドじゃなくてリザードマンなんかに変えられたら嫌だろ?」
「うーんそうかなぁ……たとえ戦い好きになっても、根本的な部分では私は私で変わらないと思うし、それに人間から魔物になると体も丈夫になるし変に欲を抑える事無くしがらみからも解放されてハッピーになるから良いと思うけどな」
「……後半は納得いかねえけど、前半はなるほどとは思ったよ……」


時には魔物についての話を聞き、自分の中の考えが変わりつつあったりもした。


「治ってきたからって事で久しぶりに外に出れたな〜……」
「♪〜♪〜〜♪〜〜〜……」
「……なあ、誘惑する気ないって言うならどうして歌なんて歌ってるんだ?」
「そんなの歌が好きだからに決まってるじゃない。それに素敵な王子様が私の歌に惚れてくるかもしれないし……」
「随分とまあロマンチストな事で……でも残念ながら釣れたのは勇者だったけどな」
「まあそうだけどさぁ……別にロディーなら構わないけど……
「あん?なんか言ったか?」
「べっつにー」


それと同時に、彼女への自分の中の感情も、変わっていく気がした。


「♪〜〜〜♪♪〜〜〜」
「外で散歩してる時はともかく病院内で歌うのはやめろよ……」
「大丈夫。きちんと室内でしか聞こえない大きさで歌ってるから」
「そういう問題じゃねえだろまったく……それにしたってお前結構歌上手いよな」
「えっ!?ほ、ホントにそう思ってる?」
「ま、まあ……なんだよいきなり……」
「いやぁ……大好きな物を上手だって褒められたら嬉しくもなるよ……♪」
「まあ、マーメイドだからってのを除いても上手いとは思うぞ」
「えへへ……ありがと♪」
「お、おう……なんだよ可愛い顔しやがって……
「ん?何か言った?」
「へ?あー、気のせいだろ」


いつしか俺の中で、彼女は近くにいて当たり前の存在になっていた。
彼女は人の姿をしているが魔物だってわかっているのに、いつしか彼女に好意を持って接するようになっていた。


でも、俺の頭の痛みが消えていくのと同時に、そんな彼女との別れの時が刻々と近付いていたのであった……



……………………



「今までお世話になりました」
「いえいえ。どうかお気をつけて下さいね勇者様」

あれから1ヶ月。頭の怪我だけでなく身体中の悪いところが治り、退院の日がやってきた。
縫った後は残っているもののもう痛みは無く、すこぶる調子はいい。

「お前も1ヶ月間俺の世話や暇つぶし相手になってくれてありがとうな」
「私も楽しかったから気にしないで」

病院から出発した俺達は、俺達が初めて出会った場所……つまり海岸を目指していた。

「ロディーのおかげで街のいろんなところにも行けたしね」
「でもお前こうやって人に化けてよく街に行ってたんじゃないのかよ」
「それが出来たのは監視が緩くなる夜だけだもの。太陽が出てる時間から街中を歩けたのは初めてだよ。それにいっつも一人でだったからさ、ロディーと一緒に回れて本当に面白かったよ!」

何故海岸を目指しているかと言うと……俺達はそこで別れるからである。
彼女が俺の世話をするのは入院中までという話だったからだ……まあ、それ以上は魔物である彼女の世話になるのは俺も彼女もいろいろとマズイから、別れるのが賢明な判断だと言えるだろう。

「おっと。もう海か」
「あ……そうだね……」

海からそう遠くない病院だった事もあり、あまり喋らないうちに海岸に辿り着いてしまった。

「それじゃあ、気を付けて帰れよ」
「……うん……」

どこか元気のないメロ……
もしかして、俺と別れるのが寂しいとでもいうのだろうか……

「まあ、たまにはここにきてやるよ」
「え……本当に!?」
「お前が他の人間を堕とそうとしてなければの話だけどな。ここに入り込むなって言ったって常習みたいだからどうせくるだろうし、お前が悪さしてないかたまには監視しに来てやるよ」
「しないって!でも本当にたまには来てね!私も来るから!!」

でも、俺は勇者で彼女は魔物……一緒にはいられない。
本来ならば俺と彼女は互いに敵対する立場だ……時には命のやりとりをする程の敵対者だ。
それでも、1ヶ月も共に過ごした彼女の事を、俺は退治する事なんてもう出来なかった。

「ああ。それじゃあな……」
「うん……じゃあね……」

それに……俺も少し別れるのは寂しいので、たまには会いに行こうとも考えている……が、どちらにせよ、今はお別れの時だ。
彼女は人目のつかないところまで移動すると、魔力で作っていた服を脱ぎ去り、足を魚の尾鰭に戻した。
その姿で海に入り……別れを惜しむように何度も振り返りながら、ゆっくりと沖へと泳いで行った……
俺も彼女の姿が認識出来なくなるまで、その場でずっと突っ立っていた……

「……さて、帰るか……帰還報告したらまたすぐに働かされるんだろうな……」

彼女が海に帰っていくのを見送った後、俺はゆっくりとホームへ向けて足を進めたのであった。


何故か俺の心に、ぽっかりと穴が空いたような、なんとも言えない寂しさを感じながら……



====================



「ぐ……まさか勇者が現れるなんて……」
「あぅ……もうだめぇ……」
「きゅぅ……」
「ふん……テメェら近隣住民に迷惑かけ過ぎなんだよ。その罪を死で償いな」

あれからさらに2ヶ月が経過した。
あの日から俺は1度としてメロには会いに行ってない……別に行く気が無いとか監視の目が厳しいとかではなくて、単に忙しかったからだ。
暴れる山賊を懲らしめたり裏取引していた異教徒の取り締まりに、今のように村人や業者を襲うゴブリンの群れなどの魔物退治まで休む間もなく依頼が舞い込んできているのだ。
ただ、どれだけ勇者としての仕事をこなそうと、俺はメロの事は片時も忘れられなかった。
飯を食べていようが、剣を振っていようが、主神様へ御祈りを捧げていようが、司祭へ報告をしている時だろうが……どんな時でも、メロの事が頭に浮かびあがってしまっていた。
それどころか日が経つにつれメロの事を考える時間が長くなっており……正直な話、俺は今すぐにでもメロに会いに行きたかった。
……いや、その気になればすぐにでも会いに行けただろう……勇者としての自分を投げ出せてさえいればだが……

「く……アタイ達の首を飛ばしてもかまわない。でも、親分だけでも見逃してくれ!!頼む!!」
「だめ……そんなのだめだよぉ……わたし一人の首を飛ばすだけにして、他の子達は見逃して下さい……」
「駄目だ!親分は死なせない!!親分は生きていてくれよ!!」
「……」

魔物に会いたいだなんて馬鹿げてる……俺は勇者なのに何を考えているんだ……そうやって自分の心に言い聞かせても、メロの笑顔が俺の頭から離れる事は無かった。
どれだけ耳を塞いでも、メロの綺麗な歌声が耳から離れる事は無かった。
俺の心はいつしかメロに侵され、メロで満たされていたらしかった……そう、俺はメロに恋していたようだ……

「ち……やめだやめだ!テメェらがこれから大人しくして心を入れ替えるってんなら命だけは取らないようにしてやってもいいぞ?」
「ほ、ホントか!?ならもうアタイ達は絶対に悪い事しない!!ね、親分!」
「うん……わたし達もう悪い事しません……」
「ならいい……とっとと去れ!」

だからなのか俺は……メロと過ごした後、メロ以外の魔物にも手を出せなくなっていた。
魔物は人を殺さない……魔物には人間が必要で、仲良くしたい……彼女が言った言葉が頭に残り、懲らしめていても命まで奪おうという気は一切起きないし、傷付ける事すら心が痛むようになってきた。
勇者としては駄目だろう……けど、メロと同じ魔物なんだと思うと……たとえ種族は違えど、殺す気なんて起こるわけがなかった。
彼女の暴力嫌いがうつったのかもしれない……それはそれで彼女の影響を受けているのだと言えるだろう……

「はぁ……」

俺はいったいどうするべきか……既にその答えは出ているのに、俺は動けずにいた。

「クソ……何だよ……」

勇者としての自分が、その行動を起こさないようにしていた。

「俺はどうしたらいいんだよ……」

全てを投げ出して、メロと共に生きる道を選ぶ……こんな簡単な事を、俺はずっと出来ないままでいた。

「……」

討伐までは出来なかったものの反省させたという事でとりあえず依頼は解決したようなものだから、俺はホームまで戻ろうとゆっくりと歩き始めた。
特に疲れてなどいないのに、俺の足取りは妙に重い……まるで、戻るのを拒んでいるかのように……
いや、実際にそうだろう……俺はホームへ帰らず、メロに会いに行きたがっているのだ。
そこまでわかっているのに……きちんと自覚しているのに……きっかけが掴めずに、俺は忙しいからと自分に言い聞かせ、会いに行かないように必死になっていた。


「……」
「あー!どこかで見た事あると思ったら何時ぞやの勇者じゃないですか!」
「あん……?」

覚束ない足取りで家に向かって歩いていると……上空から凛とした女性の声が聞こえてきた。

「あ……テメェは……青ハーピー!!」
「そういえばここは反魔物領だから勇者の一人や二人居てもおかしくはないのか……って私はセイレーンです!!あなたにそう呼ばれる筋合いはありません!!」

何故上から声が……そう思い顔を上げてみると、そこには青いハーピー……じゃなくてセイレーンが飛んでいた。
しかもこのセイレーンは……数ヶ月前、男児をセイレーンから引き離そうとした時に俺に攻撃してきた親セイレーンだった。
あの時の事を思い出し沸々と怒りが湧き上がって……という気力すらなく、少しむかっとした程度だった。

「なんだよ。俺に何か用かよ……」
「この先の街へ進むにはここを通る必要がありますから偵察してるだけです。あなたは一度私の娘夫婦を傷付けました。警戒ぐらいします」
「……まあそうだわな。でも肝心の二人はいないみたいだからいいんじゃないか?俺は今疲れてるから普通に見逃すつもりだしな……どうせ男を手に入れてる魔物は人を襲いはしないだろうしな……つーわけでさっさとどこかに行け」
「つれないですね……」

それでも二度と顔も見たくない相手である事には変わりないため、適当にあしらおうとしたのだが……

「そうそう、用と言えば……あなた、何か悩みでもあるみたいですね」
「あん?いきなりなんだよ……」
「いえ、先程まであなたは……というよりは今もですが、どこか苦しそうな表情を浮かべていましたからね。私が声を掛けたのは苦しんでいる青年がいたからですよ」
「……ちっ……」

どうやらメロへの想いとそれに対しての苦悩が表に出ていたようで、そんな事を言ってきたセイレーン。

「もしかして……恋の悩みですか?」
「……」
「しかも相手は魔物……違いますか?」
「なんでわかるんだよクソ……」
「今までもそんな悩みを持った青年を世界中で何人も見てきましたからね……特に教団に所属している人は、その悩みがより深く苦痛になってますから……」

まさにその通り……図星だったため余計腹が立つ……
さっさとこの場から立ち去りたい……が、その考えとは裏腹に何故か俺はこの場から動こうとはしなかった。

「そうだよ……俺はお前達に叩きのめされた後、いろいろあって大怪我しちまってな……その時に世話になったマーメイドにな……」
「そうですか……マーメイドに……」

セイレーンは俺の事を優しく微笑みながら真っ直ぐ見ていた……なんだか話を真剣に聞いてくれそうだったからか、俺は自然と悩み事を打ち明けていた。
もしかしたらこいつが俺の苦悩を解決してくれるかもしれないし、そうでなくても誰かに話した方が楽になるかもしれない……そう思ったのは話し始めてからだった。

「でも俺はお前の知っての通り勇者だ。それを投げ出して魔物と恋に落ちるなんてしてはいけない……」
「何故です?」
「……勇者は人々へ希望を与える者だ。悪の親玉である魔王を倒す使命を受けた勇気ある者だ。そんな奴が悪である魔物の手に堕ちたとなれば、人々に落胆と絶望を与える事になる。そう考えると身勝手な行動なんて出来ねえよ」
「……」
「俺自身はそのマーメイドのおかげで魔物が完全な悪じゃないって事は知っている。だけど、全員が知っているかと言えばそうじゃない。伝えればすぐに信じてもらえるかと言えばそんな事も無い。俺だってそのマーメイドに直接会って一緒に過ごしてなければ信じてなかっただろうしな」

勇者……なれた時は嬉しかったし、今でも誇りに思っている。
でも、今その肩書は重荷にもなっている……だからと言って、気軽に捨てられはしない。

「そうですか……ハッキリ言いますと、あなたは間違ってます」
「……どういう事だよ……」

しかし、相談相手は魔物。人間とは違う存在だ。
俺とは考え方も違うだろう。
俺の発言を、セイレーンは否定してきた。

「勇者だから人々に希望を与えなければいけない……たしかにそうかもしれませんね。ですが、与える側のあなた自身は、好きな人への恋心を封印してまで人々に希望を与えるのですか?」
「それは……それが勇者だ。お前達にはわからないかもしれないがな」
「そうですね……あなた自身が実らない恋に絶望しているのに、どうやって希望を与えるつもりなのか全くわからないですね」
「……」
「どうして自分の幸せを捨ててまで他人に平穏を与えなければいけないのですか?そんなもの、私ならお断りですね」

そして……言われてしまった事に、俺は何も言い返せなかった。
セイレーンが言う通り、自分の幸せを捨ててまで人々に平穏を与えてどうしろというのだろうか……他の人が平和に暮らせても、自分自身は平和も何もないのではないだろうか……
そんな自分勝手な考えは良くないだろう……けれども、自分の恋を考えると、どうしてもそう考えてしまう。

「たしかにあなたが言う通り、勇者としてはそうしないといけないかもしれません。ですが、あなたは勇者である前に一人の男性である筈ですよ」
「……そうだな……」
「だからこそ、あなたがしたいように動けばいいのですよ。勇者では無く、あなたの意思で。それを身勝手だと言うのであれば、身勝手で良いのですよ。個の感情を抑えてまで勇者として動けと誰かが言うなら、それこそその人の身勝手ですからね」

こういう風に甘い言葉を投げかけ、魔物は俺達勇者を堕とし、手篭めにしているのだろう……
人の心の亀裂に入り込み、さも救いだすように人を堕落させていく……なんと巧妙な手口なのだろうか。

「それであなたは、そのマーメイドの事を諦めて勇者として生きるのです?それとも……」
「……ああ、俺は……」

そうわかっていても、俺は……

「メロに……そのマーメイドに会いに行く」
「……ふふっ……♪」

その誘いにのり……堕落への歩みを進める事を、止めようとなんて思えなかった。

「そんで……俺は、メロと共に生きる事にするさ」
「あなたならそう言うと思ってましたよ」
「まあ元々その気ではあったからな。あんたのおかげで踏ん切りがついたよ」

俺は……勇者としての自分を捨てる覚悟を決めた。
俺個人として、メロと一緒に生きることを決めたのだ。

「いい表情をしてますね……これは、私が勇気付けるために歌う必要もないですね」
「フンッ!テメェの歌よりも良い歌を知ってるからな。そんなもんいらねえよ」
「そうですか……それでは頑張ってくださいね。あとよければ私達のウタも彼女と一緒に聴きに来て下さいね」
「……ああ!」

心の中でセイレーンに礼を言いながら、俺は回れ右をして、駆け足でメロのもとへ向かい始めたのであった……









「……世界一の歌手……ウタウタイの歌よりも良い歌、か……まあそうですよね……」


「……わかっててもちょっと悔しいからミングさんに慰めてもらうために急いで戻ろうかな♪」



====================



「ハァ……ハァ……」

息切れしながらも俺は走るのを止めずに、一目散にメロのもとまで急いでいた。
早く会いたい……会って俺の想いを伝えたい……その一心で、俺は足を動かし続けていた。
走るのに邪魔な鎧や防具をすべて捨て去り、もしもの時の為の剣以外は何も持たずに走っていた。
日が暮れて、夜が明けて、また暮れても、俺はずっと走り続けて……頭上の月が傾き始めた頃、ようやくメロと過ごしたあの街へ到着したのであった。

「ハァ……さて、あいつは今海にいるかな……」

走ってる最中に考えたのだが、メロはこの街に住んでいるわけではない。
よく遊びに来ると入っていたが、常住しているわけではないので必ずしもいるとは限らなかった。
だから、メロがいるかどうかだけでも海岸に行って確かめ、いなかったらどこかの宿でメロが現れるまで待っていようかなと思い、流石に疲れてきたので歩いて海岸へ向かおうとしたのだが……

「♪〜〜♪〜♪♪〜〜……」
「……ん?この歌は……」

その時、微かにだが女性の歌声らしき物が聞こえてきた。
これは……この綺麗な歌声は……聞き間違えるはずがない。

「メロ……」

何度も聴いた、メロの歌声だった。
初めて会った時と変わらない歌声が、初めて二人が出会った海岸の方から聞こえてきていた。
つまりメロは今この街の海岸にいる……それがわかればこんな場所で道草なんてしてる暇などない。
俺は疲れている身体に喝を入れ、一刻も早く彼女に会いたいがために海岸に向かって駆けだし始めた。

「……あれ?」

しかし……その途中で、彼女の歌声が一切聞こえなくなった。
急に途切れたので、歌い終えたと言うよりは何かがあって突然やめた感じだった。
途端に背筋がゾクッとした……何か嫌な予感がする……

「……考えすぎでなければいいけど……」

数ヶ月前の自分がメロの歌声を聞いて彼女を討伐しようとしたように、今回も教団兵の誰かがメロの歌声を聞き付けて討伐しようとしているかもしれない……そんな嫌な考えが浮かんでしまう。
ちょっと休憩してるだけかもしれないし、単純に海に戻っただけかもしれないし、歌を間違えて中断しただけかもしれない……こんな何気ない理由で歌が止まった可能性もあるだろう。
いや、むしろそういった何気ない事の方が可能性としては高い……しかし、自分で一度しているが故にこの考えを笑い飛ばせないでいた。
それに、彼女の敵は教団兵だけではない……その血を狙った密漁者などが彼女を襲う危険性もあるのだ。
いくら魔物と言えど、メロは武力を持っていないうえ争いは嫌いらしいから襲われたら無事に済むかはわからない……

「……急ぐか……!」

どちらにせよ彼女の無事な姿を見るまでは一切安心はできない……
だから俺は、今出せる全力の速度で彼女と邂逅した海岸の岩場まで急いだのであった……



……………………



「く……な、何よあんた達!痛いじゃない!!」
「チッ、掠っただけか……おいお前ら!逃げられないように囲め!!」
「へいボス!」
「私を捕まえる気?そう簡単に捕まる気は無いわよ!!」
「はんっ!いきがっていられるのも今の内だ!!陸地の人魚なんざ怖くねえよ!」

海岸に近付くにつれ……俺の感じていた嫌な予感が的中していた事が判明してしまった。
海岸には思った通りメロが居た。あの時と同じように、下半身が魚の姿のままのメロが、岩場の上で立ち上がっていた。
しかし……そのメロを取り囲むように、複数人のガラの悪そうな男どもも居た……全員ナイフや網などを装備しているところからすると、おそらく密漁者や賊の類だろう。
歌っているところを奴らに見つかり、こうして囲まれてしまったのだろう……月明かりしかない為ハッキリとは見えないが既に遅かったようで、彼女の抑えている腕からは血が流れているようだった。

「おいテメェら!そこで何をしている!!」
「あ……ロディー!」
「あん?なんだお前は?」

彼女を傷付けたこいつらに怒りを覚えながら、俺は剣を抜き奴等の後ろから大声で叫んだ。

「もしかしてこの人魚の男か何かか?」
「そのマーメイドの男、か……ちょっと違うな。まあただの知り合いだ」
「ただの知り合いねぇ……じゃあ別にどうでもいいだろ?今すぐ消えねえとお前も痛い目に遭うぞ?」
「ところがどっこい俺は勇者だ。テメェらみたいな怪しいやつらを放っておけるか。ここで何をしている?」

そうした事で奴等は全員俺に注目し始めた……このまま注目を引き付けておけば、隙を見て彼女が海へ逃げ出せるかもしれない。

「チッ、よりにもよって勇者様かよ……」
「普通魔物を相手にしている時に勇者が現れたら安心すると思うが……大方マーメイドを捕まえて裏の業者に売り捌くつもりだったか?」
「さあどうでしょう。勇者様に言う事は何一つありませんねぇ……」

だからこそ俺は、腹が立つが落ち着いてボスと呼ばれていた男と話を始めた。

「誤魔化すって事は肯定として受け取るがいいんだよな?」
「まあ好きにしてくださいな。こちらこそちょっと聞きたい事があるんですよね。あんたこの人魚と知り合いとか言ってましたが、何故勇者様ともあろうものが魔物を生かしているんですかねぇ……」
「……ふん。簡単には説明できない事情があるのさ」
「ほぉ……もしやこの人魚は実は勇者様の愛した幼馴染みが呪いか何かで魔物になっちまったとかですかね?」
「そんな劇的な物なら俺はとうの昔に堕落の道を歩んでいるだろうな。流石に愛した幼馴染みっていうなら俺は斬ろうとは思えんからな」

相手がこちらの事情を聞いてきた……その質問に対し少し小さめの声で答える。
俺の話を聞こうと他の部下っぽいやつらも少しずつ近付いて来ているので、うまくこちらに気を向けているようだ。

「じゃあどんなものですかねぇ……理由によっては裏切り者の勇者として俺達で処分せざるをえませんからねぇ……」
「別にテメェらがする必要はない。まあそうだな。大きな借りがあるってところだ。だから人間に危害を加えてなければ見逃してやるという約束を交わしてるんだよ」
「ほぉ……ところでさっきから情報を小出しにしている理由は何でしょうかね?」
「それはな……今だ!!海に跳び込めメロ!!」
「なっ!?」

上手い事メロから視線が外れたので、俺はメロに逃げるように叫んだ。
どうやらきちんと賊共の隙を窺っていたみたいで、俺の声を聞いたメロは尾鰭で力強く踏み込み、華麗な宙返りをして賊共の包囲網を飛び越えながら海へ逃げ込んだ。

「クソ……お前ら!人魚は後回しだ!まずはこのクソ勇者を始末するぞ!!」
『オオーッ!!』
「チッ……やれるもんならやってみな賊共!!テメェらの腐りきった心を叩き切ってやるよ!!」

こちらの作戦とも呼べない作戦にまんまと引っ掛かりメロを逃がした賊は、怒りで顔を真っ赤にしながら全員で俺に襲いかかってきた。

「おらあっ!」
「死ねえっ!」
「うおらあっ!」
「はっ!そんな攻撃当たるかって……うおっ!?」

一斉に手に持つナイフで襲ってくる手下達……賊なだけありそこそこ良い動きはしているが、きちんとした訓練を受けているわけではない為動きは大まかであり、一人一人が相手ならばかわす事は造作も無い。
ただ、相手は一人では無く10人近くいる……しかも以外と連携が取れているため動きにくく、剣を使って受け流しながら避けるのが精いっぱいだった。
それでも隙を見て攻撃に転じてみてはいるが、どれも掠り傷程度にしかダメージを与えられないでいた。

「ははははっ!やれお前達!」
「クソ!一人一人は雑魚なのに集団で……うぜえ!!」

そもそもここまでほぼ無休で走ってきたせいで俺の体力は限界に近かったのだ。
そのせいで段々と動きが鈍くなっていき、受けきれない攻撃も増え、腕や身体に掠めるようになってきた。
それでもどうにかして動きまわり致命傷は避けるようにしていた……が、足場が悪いのもあってこちらから攻撃を仕掛けられないようにもなっていた。
このままでは押し切られ、やがてやられてしまう……そんな焦りが、俺の動きをさらに鈍くしてしまっていた。

「ぐっ、うおっ、クソ……うわっ!?」
「隙アリ!死ねえ!!」
「なっ!?しまっ……」

それと同時に、視界まで狭くなってしまっていたようだ……いつの間にか俺は海の方まで追い詰められていたようで、危うく踏み外してしまいそうになった。
それだけじゃなく……いつの間にか俺のすぐ横まで移動していた賊の頭にも気付いていなかった。
賊の頭が突き出したナイフへの反応が出来ず、俺は……


「があ……っ!!」


避けきれずに、腹へナイフを突き入れられてしまった。
刺されたナイフが抜けると同時に真っ赤な血が勢いよく吹き出る。
鈍い痛みが腹部から全身へ襲ってきて、急激に身体が冷えてくる感覚がした。

「はははははっ!!あばよ勇者様!!お前は魔物に襲われて死んだ事にしといてやるよ!」
「ぐあっ!!」
「ははははははははははっ!ざまあ見ろ!!」

痛みで悶えている俺を、賊の頭は海へ蹴り落とした。
まともに立っていられない程の痛みに襲われている俺は踏みとどまる事もできず、剣を持ったままゆっくりと海へ落ちていく……

「ク……ソ…………がっ!!」
「ははははははhぐええっ!?」

意識が薄れつつ海に落ちていく中、俺は最後の意地で、手に持っていた剣を高笑いしている頭に投げつけた。
人間必死になれば上手く行くものらしい……俺の投げた剣は弧を描きながら賊のほうへ向かい、油断していた賊の頭はそれを避けられず、左腕を斬り落とした。
溢れ出る血、苦痛に歪む顔、暴れ狂う頭に慌てて駆け寄る手下共……これで当分の間はメロや他の人魚を生け捕りにしようなんて事出来ないだろう……
一矢報いてやったと満足する暇も無く、俺は海の中へ投げ込まれた。

「……」

バシャンと大きな音を立てながら跳び上がる水飛沫……水面に浮かばず、沈んでいく身体……
もはや痛みすらほとんど感じないし、身体も動かない……俺は自分でどうする事も出来ないまま、海の底へ沈んでいく……


メロは無事に逃げきれただろうか……
最後に、告白だけでもしておきたかった……
もう一度だけでいいから……メロの歌を聴きたかった……



意識が落ちる寸前、メロの事を考えていたからか……冷え切った俺の身体を包みながら……何かを泣きながら叫んでいるメロの姿が……見えた……気が……し…………



…………



………



……







「…………ん……?」

ふと、意識が戻ってきた。
たしか俺は賊の頭に腹を貫かれ、多量の血を失いながら海に落ちたはず……だから死んだものかと思ったのだが……もしかして俺は死後に訪れると言われる場所にいるのか?
いや、それにしては感覚がハッキリとしている……背中にはゴツゴツとした冷たい岩の感触があるし、耳には微かに波の音が響いてくるし、口では何か張りのある柔らかいものを咥えている……
そしてその柔らかいものから何かの液体が滴り落ちてくる……鉄の味というか、これは……血?

「ん…………っ!?」

いったい何が起きているんだ……そう思って俺は重い瞼を上げた。
目の前に現れたもの、それは……

「わあっ!?」
「え……あ……!!」

まるで祈ってでもいるかのように眼をギュッと閉じ、自分の腕を俺の口に押し付けているメロの姿があった。
つまり俺がずっと咥えていたものはメロの腕であって……それに気付いた俺は慌てて口を離し後ずさった。

「な、なにして……というかここは……」
「ロディー!!よかったー!もう眼を覚まさないかと思ったよぉ……!!」
「わっと……メロ……」

パッと辺りを見渡してみると……暗くてハッキリとは見えないがどうやらここは海に面した洞窟らしい。
もう夜明けなのか、うっすらとした明かりが入口から入ってきていた。
どうしてそんな場所に居るのかと思うと同時に、メロが泣きながら俺に抱きついてきた。

「血は止まらないし、身体も段々冷たくなってくるし、もうダメかと思ったけど……うえええんっ!!」
「……ゴメン……心配掛けたようだな……」
「バカぁ……!!私が助かってもロディーが死んじゃ意味無いよぉ……!!」

そんなメロを片手で抱き寄せ、もう片方の手で頭を撫で、どうにか落ち着かせる。
少し身体が重いが、それでもきちんと動いてくれる……さっきまで死にかけていたのは夢じゃないかと思えるぐらいだが、メロの涙がそれが現実だった事を教えてくれる。

「ああ……ところでメロ、どうして俺は生きて……それにここは?」
「ぐす……ここは、あの街からそう離れてない崖にある洞窟……あの街に向かう時の休憩所としてよく使ってる……」
「へぇ……」

ようやく泣きやんだメロに、俺はいろいろと聞いてみる事にした。
ここまで運んでくれたのは彼女で間違いないだろう……でも、それ以外の事は何もわからないからだ。
どうやらここは街からそう離れてない場所にある洞窟のようだ……彼女が言うには人間は入って来ないらしいので、見つかり辛い崖下にでもあるのだろう。

「それでその……ロディーに謝らないといけない事が……」
「ん……なに?」

今いる場所についての説明をしてくれたあと、彼女は突然俯いてそう呟いた。
助けてくれたのは彼女だ……こちらがお礼を言わなければいけないのがだ、彼女が謝らなければいけない節が思い当たらないのだが……
いや、俺が今無事でいる事と何か関係があるのだろうか?

「その……海にロディーが落ちた時……気を失っていたし、鼓動はだんだん弱くなるし……でも、地上に上がるとあの人達が襲ってきちゃうから病院に担ぎ込めないし……もうダメだと思ったんだ……」
「ああ……まあ自分でもそう思ったけど……」

ふと傷口を見てみる……多少跡が残っているものの、流血はおろか刺された傷もほぼ無くなっていた。
普通の治療を施しただけなら絶対にあり得ない……治癒魔術か何かを使わない限りは……
いや、それでも手遅れじゃないかという程俺は血を流していたはずだ……ではいったい何が……

「うん……だから……私、ここに運びながら咄嗟にロディーに私の血を飲ませた……」
「……え?」
「だから……もうロディーは人間じゃない……勇者として生きていけないんだよ……」

どうやら、彼女は死に向かっていた俺の命を繋ぎ止めようと、斬られた場所から流れていた自身の血を俺に飲ませながら治癒魔術を使用していたらしい。
人魚の血を飲む事で不老長寿になる……自己治癒力も上がり、身体も丈夫になる……たしかに、これなら助かっても不思議ではないだろう。
俺が目を覚ました時彼女が俺の口に腕を加えさせていたのはこの為だ……どれだけ飲ませれば効果が現れるかわからなかったので、粗方治療が終わってもずっと飲ませ続けていたとの事だ。
でもそれは同時に、自分が人外の物になった事を意味していた。
メロの言う通り、もう俺は勇者としては生きていけないだろう……

「だから……ゴメン……」

俺が勇者をやめなければいけなくなってしまった事を、メロは謝っている。

「いいよ別に謝らなくても……そのおかげで命が助かったんだから……ありがとうメロ……」
「ロディー……」

そんな彼女に謝る必要はないと、おかげで命が助かったと伝えた。

「それにさ……元々勇者はやめるつもりだったから丁度よかったよ」
「……へ?」
「メロ……俺は君の事が好きだ。これからもずっと、一緒に暮らしていこう……」
「……!!」

そして……彼女への想いも一緒に伝えた。

「私も!私もロディーの事が好き……ずっと会いたかったし、ずっと一緒にいたかった!!」
「ああ……ゴメンな待たせちゃって……2ヶ月も掛けてようやく踏ん切りがついたよ……これからは、永い時を二人一緒に生きて行こう……」

互いの顔を見つめ合い、お互いの想いを伝えあった俺達は……ゆっくりと顔を近づけ……

「メロ……」
「ロディー……」

昇ってきた朝日を反射し輝く海を背景にしながら唇を重ね合わせ、俺達は永久に共に生きる事を誓ったのであった……



====================



「皆さん!今日は私達のコンサートにお集まりいただき誠にありがとうございます!!」
『うおおおぉぉぉ……!!』

それから数日後。
俺達はメロの家に近い場所にある親魔物領で、二人一緒に過ごしていた。
この街は海に面している事もあり至るところに水路が設けられている……そのおかげで、メロはマーメイドの姿のまま街の中で過ごせていたのだった。
まあ流石に宿のベッドの上などは俺が抱えて運ばないといけないが……それはそれで彼女と密着できるのでいいとしよう。

「元気のない皆さんも、疲れている皆さんも、そうでなくバリバリ元気な皆さんも、全員一緒に盛り上がっていきましょう!!」
『おおおおおぉぉぉぉ……!!』

今日はとある人物を待っているのだが……その人を待つ間に、俺を返り討ちにし、俺を導いてくれたセイレーンのコンサートを見に来ていた。
本人がメロと見に来いと言っていたので来たのだが……正直な話、彼女の娘夫婦を傷付けた俺が来てもいいものなのか些か不安であった。
だが俺達を見つけたセイレーン親子は、メロと一緒に居る俺を見て笑顔になり、祝いとして特等席で聴いていけと言ってきたので、こうして最前列で彼女達のウタを聴いていたのであった。

「ウタウタイ、か……」
「ん?どうしたメロ?何か思うところがあるのか?」
「まあね……まあ、歌が大好きな私にとって憧れての人でもあるからね……」

どこか意味ありげな表情を浮かべながらセイレーンを見つめるメロ……憧れの人とは言うが、どうもそれだけではなさそうだ。
まあ彼女にも人には言えない事の一つや二つはあるだろう……無理に聞くつもりは無いので、気にしないようにしながらセイレーンのコンサートを楽しんだ……



……………………



「皆さん、良い笑顔になりましたね♪今日は娘のオカルのデビューという事もあり長丁場となってしまいましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?」
『おおおおおおっ!!』
「はい、ありがとうございます!ここからは休憩をはさんだ後特別コンサートになります。夫婦やカップルの皆さんも、今日で彼氏彼女を手に入れたい皆さんも、この後もお楽しみくださいね♪」

ウタウタイ達のコンサートも第1部が終わり、休憩に差し掛かった。
彼女達の歌はとても素晴らしかった……世界一の歌唱力もさることながら、その歌は場にいる人達全員を笑顔に変える、そんな不思議な歌であった。
まあ……とは言っても、自分にとってはメロの歌のほうが元気が出るし好きだが……こればかりは譲れない。

「さてと、そろそろ海に向かおうか」
「そうだね。忙しそうだから遅れてきそうだけど、一応時間だから向かおうか」

この後はカップルや夫婦向けのコンサート……おそらくその歌声に魔力を乗せて歌い、過激なパーティー会場にでもなるのだろう。
そちらも今となれば楽しんでもよかったが……俺達は重要な待ち合わせがある為、ここでコンサート会場を出る事にしたのだった。

「なあ、ところで儀式って具体的にどういった事をするんだ?」
「あ、詳しく言ってなかったね。まあそんなに特別な事はしないよ。神官さんの前で毎晩してる事をするだけ」
「え……人前でかよ……流石に抵抗あるけど……そうしないと絶対に駄目なんだよな?」
「うん。そうじゃないとロディーは海の中で生きていけないよ」

そして俺達は待ち合わせている人……海の神官であるシービショップに会いに向かった。
彼女達が行う儀式を受ける事で、俺もメロと一緒に海の中で暮らす事が出来るようになるのだ。
その為にはどうもそのシービショップの前で性交をしなければいけないらしい……恋人になったその日から毎晩身体を交えているとはいえ、流石に人前でするのは抵抗がある。
それでも、メロと共に海の中で暮らすのならシなければいけないので、今の内に覚悟を決めておく。

「海に到着っと……やっぱりまだ来てないかな……」
「みたいだね。まあ日々私達と同じように海の魔物の為に忙しくしているからね」

海に到着したが、シービショップはまだ来ていなさそうだったので海岸で大人しく待つことにした。

「♪〜♪♪〜♪〜〜」
「……やっぱ俺にとってはメロの歌が一番だな……」
「……ありがと……♪〜〜♪〜♪〜〜」

待っている間に歌っていた彼女のウタを、ゆったりとしながら聴き続ける……俺だけが聴ける、海のウタウタイが歌うウタを。
やはり、俺にとってメロのウタが世界一だ……
改めてそう思いながら、俺は海を眺める……ずっと続く水平線辺りに、白い水飛沫が高く舞っている……

「……ん?おいメロ、あれがそうか?」
「♪〜〜……ん?あ、そうだよ!おーい神官さーん!!」

その水飛沫が猛スピードでこちらに近付いているようだった……もしやと思いメロに聞いたら、まさに俺達が待っているシービショップのようだった。

「ハァ、ハァ、お、遅れて申し訳ありませんでした……」
「いえ、お忙しい中俺達の為にありがとうございます。少し休みますか?」
「いえ、大丈夫です。今日は他にも儀式を受けたいと言う方もいらっしゃいますし、早急にやりましょう」
「「はい。ではお願いします!」」

俺達は共に海で暮らす為、シービショップの前で、身体を重ね合わせた……

これからもずっと、永い時を一緒に過ごす為に……




・・・・・END?


















私は小さい時から、それこそ物心ついた時から歌が大好きだった。
それはマーメイドだからというのもあるだろうし、お母さんも歌が好きだったからかもしれない。
小さな頃から世界一の歌手であるセイレーンさんの歌を聴き続けていたからかもしれない……正確な理由は思い出せない。
とにかく、理由はどうであれ、私は小さな頃から隙を見ては歌っていた。
それは大きくなってからも変わらず、私の歌に惚れてくれる王子様が現れないかなと思うようになっていたぐらいだった。

ある日、私はいつものようにとある街で歌を歌っていた。
何時か現れる王子様を夢見ながら、私の歌に惚れこんでくれる人だけに聞こえる歌を歌っていた。
そして現れた人は……何を間違えたのか、ちょっとボロボロになっていた勇者だった。
その勇者は問答無用で私に襲いかかろうとして……自滅した。
私の歌を聴いて来てくれたわけだし、顔もちょっと好みだし……それに、頭から血を流していたので放っておくわけにもいかず、私はその勇者を病院まで連れて行った。
その時の成り行きで私は彼と退院するまで一緒に過ごす事になったのだが……案外悪くなかった。
それどころか、いつしか私は彼に惚れていた……私の歌を上手だと言ってくれた彼の事を好きになっていた。

でも、一緒に居るのは退院までという話だったので、すぐにお別れの時がやってきてしまった。
寂しいが、彼もまたたまには会いに来てくれると言っていたので、私はそれから毎日街の海岸で彼だけに聞こえる歌を歌い続けていた。
そして彼が現れないまま2ヶ月ほど経ったある日……私の元に近付いてくる複数の気配を感じた。
いったい何事かと思えば……それは、私の血を狙う賊であった。
咄嗟に動けず、腕を斬られ、痛みと流血に耐えながらもどうにかして逃げ出そうとしていたところで……念願の彼が駆けつけてくれた。
そんな彼が賊を引き付け、隙を見て逃げだせたものの……嫌な予感がしたので戻ってみたら……その彼が刺され、海に落とされている様子が目の前で繰り広げられていた。

彼が死んでしまう……
それだけは嫌だ……
でも、このままだと助からない……

だから私は彼を抱きかかえ泳ぎながら、咄嗟に自分の腕から流れ続けている血を飲ませた。
それは勇者である彼を勇者として生きていけなくする判断だったが……死なせたくないと必死になっていた私は、無理矢理にでも飲ませた。
そのおかげで彼は一命を取り留め、血を飲ませた私を許してくれて……私だけの王子様となってくれた……
そして、私達は海で一緒に暮らす為、神官さんに儀式をしてもらえるように頼みこんだのであった。

約束の日、私は憧れていたウタウタイのコンサートを聴いていた。
そう、嘗て弱いながらも勇者をしていたお父さんが、勇者として受けた最後の任務の時、誤って世界一の歌を奪ってしまった男の妻の歌を……
彼は彼女の娘夫婦を傷付けたから合わせる顔がないと言っていたが……私もそんなお父さんの娘として、彼女達に合わせる顔が無かった。
それでも、彼女達は笑って許してくれた……あなた達が海のウタウタイなのだと言って、結ばれた事を祝ってくれた。
その心遣いに感謝しながら、私は憧れの歌を彼と聴いたのだった……

そして私達は……共に生きるために神官さんの前で身体を重ね合わせる……


これからもずっと、永い時を一緒に過ごす為に……



・・・・・END
13/09/23 23:49更新 / マイクロミー

■作者メッセージ
ロディー=幸せを運ぶウタウタイでミージ達を襲った勇者本人
メロ=ウタウタイ達が歌うウタでミングの喉を切り裂いた勇者の娘

という事で、今回は処女作『ウタウタイ達が歌うウタ』の次世代ストーリーである拙作『幸せを運ぶウタウタイ』のスピンオフみたいなお話でした。
歌を好む種族はセイレーンだけでは無いですからね……という事でマーメイドをヒロインとしたお話でした。
前作を書いた時からこの話の構想はあったのですが、ようやく書く事が出来ました……前作に完結が付いてないのはそのためだったりw

一応今回も前作を読んで無くても問題なく読めるようにしましたがいかがだったでしょうか?

誤字、脱字、その他何かありましたら感想欄やメールにて指摘して下さい。

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