読切小説
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癒し喫茶「座敷御前」<ラタトスク編>
「ふぅ、今日も良い汗をかいたぜ……!」

俺は土木作業員をしているヒジカタ・ゲン。
同僚や上司からはゲンちゃんと言われて親しまれている。
今日も仕事を終わらせ、コーヒーを淹れながら、完成間近の建造物を眺める。

「今回の仕事も佳境に入ってきたな……」

 皆で手掛けた建造物が完成して、街の景色の一部になっていくのは感慨深いものが有る。
こうして、建物が出来て、人が集まって、そうやって街が大きくなっていく。
その工程に関われるこの仕事に、誇りを持っているつもりだ。

「良い人達が住んでくれると良いな」

 淹れたばかりのコーヒーに口を付け、カフェインの風味を味わう。
俺は無類のコーヒー好きで、特に仕事終わりに飲むコーヒーは格別だ。
この一杯が、仕事で酷使した肉体に染み渡り、癒してくれる。

「よぉ、ゲンちゃん! 今日もお疲れさん!」

「おぅ! お疲れ!」

 同僚と挨拶を交わし、コーヒーをすする。
同僚と他愛のない話を交わし

「そいえば、近所に新しく猫カフェが出来たらしいが、今度行ってみようかと思うんだ」

「猫カフェだと……!」

 猫カフェという単語に電流が走る!

「でさ、厳つい男一人で行くのはちょっと恥ずかしいから、ゲンちゃんも一緒にどうかなって……」

「あ、あぁ……勿論いいぞ! 俺は大歓迎だ!!」

 実は、俺は仕事終わりの一杯以外にも癒しを求めているものが有る。
焼けた肌に、筋肉隆々のこの肉体で誤解されがちだが、俺は大のモフモフ好きである!
動物園のふれあいコーナーで、モフモフの動物達に癒され一時間以上居座ったこともあった。
ペット禁止のアパート暮らしの為、動物を飼えない鬱憤をぬいぐるみで代用する日々が続いている俺にとって、猫カフェの誘いはまさに天からの恵みかと思えた。

「想像以上の良い食いつきっぷりだ! じゃあ今度の休日、一緒に行こうぜ!」

「おう!!」

 同僚と猫カフェに行く約束を交わし、コーヒーを飲み干した。

「さて俺も帰るとするか!」



◇〜◇〜◇



 空はすっかり茜色に染まり、街灯の電気も付き始めた頃、俺は疲れた体をほぐす為に銭湯にでも寄ろうかと考えていた時、ふとある看板が目に入った。

「癒し喫茶……座敷御前? こんな店あったか?」

 俺の記憶が正しければ、ここは確か何も変哲もない壁だったはずだが……
新しくできた店だろうか? 広告も無かったから気付かなかっただけか?

「……何か気になるな」

 この店は俺の好奇心を妙に刺激する。
どうせ一人暮らしだし、遅くなっても文句をいう奴はおるまい。
入ってみるか!



◇〜◇〜◇



「いらっしゃ〜い」

 扉をくぐると、どこか気の抜けたような挨拶をする少女に出迎えられた。

「ここはつい最近開店した店ですか? 昨日は何も無かったけど……」

 店の中は木目調のタイルをベースとした、暖かみのある広々とした空間が広がっていた。
目の錯覚だろうか? 店の敷地以上の広さがあるような気がする。

「あ〜、この店は『癒し』を求めている人の近くに入り口が現れるんだ〜」

「入口が現れる? まるでどこぞの魔法学校みたいですな……」

 そんなファンタジーな話、あるわけないだろう……
そういう設定なのだろうか? それならあえて追及するのも無粋というものだろう。

「お客さんもこの店に入ってきたという事は『癒し』を求めていたという事だね〜。 とりあえず折角来たんだからゆっくりしていってよ〜」

「では……そうさせてもらいます」

 店の奥側に案内され、メニュー表とおしぼりを受け取り、席に座った。
早速、おしぼりで顔を拭く。 オヤジ臭いと言われようが、気にしない。

それにしても、見れば見るほど不思議な店だ。
まず、店員は皆幼い少女たちばかりで、大人の店員を見かけない。
彼女たちは何かの体験実習でこの店を経営しているのだろうか?
胸に付けているハートのブローチが印象的で、ピンク色のモノと緑色のモノの二種類を確認できる。
色によって階級が違ったりするのかもしれない。

「お兄さん、いらっしゃい♪」

 色々考え事をしていると、栗色の髪の少女が話しかけてきた。
胸に「メープル」という名前が書かれた緑色のブローチをしているので、この店の店員のようだ。

「あぁ……どうも……」

「無理に敬語を使ったり、必要以上に硬くなる必要はないよ。 実家に帰ってきた気分でここに居ていいですからね♪」

「そ……そうか……」

 年下の幼い少女とはいえ、店の店員であるならばこちらも客としての礼儀を持って接するべきだと考えたが、どうやら無用の配慮だったようだ。

「お兄さんは建設のお仕事をしているのですか?」

「まぁ、そうだな。 所謂土方ってヤツだ」

「わたし、お兄さんのようなガッシリした人って憧れます! わたしは手先を動かすのは得意ですけど、力はあんまりないもので……」

 そう言ってメープルは自身の二の腕をポンポンと叩いた。

「何事も得意不得意ってモンがあるだろうよ。 それにお前さんはまだ子供だろう…… むしろその年で手先が器用なら将来は凄く有望だぞ!」

 なんせ、時代はSTRよりもDEXとINTだからな。
俺のような脳筋野郎はインテリ野郎に見下されることも少なくない。

「いえいえ、わたしは力のある人の方が魅力的だと思いますよ」

「まぁ、無い物ねだりしても仕方のない事だろう」

 そんな他愛のない事を話していると、先程俺を出迎えてくれた少女が水の入ったグラスを持ってきてくれた。

「ご注文は決まったかな〜?」

「あぁ、じゃあアイスコーヒーで」

「りょうか〜い、じゃあお兄さん、メープルちゃん、二人とも楽しんでね〜」

 そう言って少女はカウンターの方へと移動していった。

「店長、ありがとうございます♪」

「あの子、店長だったのか……」

「店長さんはちょっとダウナーな雰囲気ですけど、しっかり者のお姉ちゃんなのですよ♪」

「店長も少女という事は、この店もしかして大人は居ないのか?」

「なんと言ったらいいでしょうか……」

 メープルは、苦笑いしながら頬をかいていた。

「そいえば、お兄さんは耳かきはお好きですか?」

「耳かきか……そういえば最近全然してなかったな……」

「それじゃあ、一服した後に別室で耳かきをしますよ♪」

「そうか……それじゃあお願いしようかな」

 耳かきなんて久しぶりだ……何年ぶりだろうか……?

「は〜い、コーヒーお待たせしました〜♪」

「ありがとうございます」

「あ〜、わたしにも敬語は使わなくていいからね〜」

「いや、一応店長なんだし……調子狂うな……」

 そもそも、俺は子供と接する経験があまりないので、こういう時はどう接すればいいのか良く分からない。
色々考えながら、とりあえずコーヒーに口を付けてみる。

「……!! このコーヒー、美味いぞ!!」

「えへへ〜、ありがとね〜。 わたしが作った特製ブレンドコーヒーなんだ〜」

 なんと、この少女がこの素晴らしいコーヒーを淹れたというのか……!?
専門店に匹敵、あるいはそれと同等、下手すればそれ以上の腕前だぞ!?

「君は一体何者なんだ……?」

「わたしはこのお店の店長だよ〜。 それ以上でもそれ以下でもないね〜」

「わたしも、店長の淹れるココアが大好きなんです♪」

 はぐらかされてしまったが、追求するのも色々大変そうな予感がするので、今はこのコーヒーを味わうとしよう。

「あ、メープルちゃんにもココア淹れてきたからどうぞ〜」

「店長、ありがとうございます! お兄さん、一緒に飲みましょう♪」

「店員も一緒に飲むのか…… まぁ、俺は構わないが……」

 本当に不思議な店だな、ここは……



◇〜◇〜◇



「ふぅ、ごちそうさん」

「ごちそうさまでした♪」

 良いものを飲ませて頂いた。 メープルも飲み終えたようだ。

「それじゃあお兄さん、耳かきをするので別室に移動しますね♪」

 そう言うと、彼女に別室へ案内された。

「そうそう、耳かきをする前にちょっとお兄さんを驚かせてしまうかもしれません」

そう言ってメープルは別室の扉を開けた。

別室の中はほんのり薄暗く、オレンジ色の照明がぼんやりと部屋を照らしている。
落ち着く雰囲気だが、この明るさで耳かきはできるのだろうか?
それより気になるのが……

「耳かきをする前に驚かせてしまうって言っていたが、それは一体?」

「ちょっと待っていてくださいね……」

 そう言うと、メープルは戸締りを確認した後、彼女の体に変化が起きた。

 獣のような耳が頭から生え、足もまた獣のような形に変わっていく。
そして、何より一番目を引いたのが、彼女の身の丈以上もありそうな大きな尻尾。
それが彼女の腰から生えてきたのだ。

 衝撃だった。

 これ程のモフモフを……

「どうですか……? いきなり言われても混乱すると思いますが、これが私の本当の姿なのですよ♪」

 気が付けば、俺はその尻尾に顔を埋めていた。

「うひゃあ!? お兄さん……モフモフ好きと聞いていましたが、ちょっとがっつきすぎですよ〜……」

「あぁ……すまなかった……尋常じゃないモフモフを目にして、我を失っていたようだ……」

 衝撃的なカミングアウトと同時に、彼女のモフモフに突撃してしまった自分を恥じる……

「しかし、俺がモフモフ好きというのは何時知ったんだ? 君に会ってからはモフモフ好きと公言していないはずだが……」

「実は言うと、お兄さんの事はずっと前から知っていました♪ わたし、お兄さんがいつかこの店に来る日を、ずっと楽しみにしてたのですよ♪」

 そう言う彼女は少々照れくさそうに言うのだった。

「そうだったのか…… 俺の事を知っていたと言うのも、色々気になる事はあるが、俺の為にずっと待っていてくれていたと言われると、こちらも少し照れるな……」

「えへへ♪ それにしてもお兄さん、私の姿を見てもあまり驚かないのですね〜」

「まぁ、尻尾のモフモフがあまりにも衝撃的すぎたというのもあるが…… 見た目自体そこまで人間と変わらないから、言うほど驚きはしないな」

「そうですか♪ でも、他の店員の子達の中にはもっと、不思議な見た目をした子も居ますよ♪ 私たちは魔物娘ですからね♪」

そうだったのか…… 店員の少女たちは皆人間ではなかったようだ。
まぁ、だからどうしたというワケではないが……

「それにしても、人間である俺に正体を明かして大丈夫だったのか?」

「それなら大丈夫ですよ♪ わたしたちは認識阻害の魔法を使えるので、正体がバレてもやり過ごせます! それに、お兄さんはわたしたちの事を言いふらすような人じゃないって事は知ってますからね♪」

「随分と信頼してくれるな……」

「勿論です♪ じゃあ、そろそろ耳かきを始めますよ〜♪」

 そう言うと、彼女は小上がりの上にちょこんと座り、自身の太股にポンポンと手を叩くのだった。

「もしかして、膝枕……?」

「そのもしかしてです♪」

 ちょっと待て…… 大の大人が幼い少女の太股に頭を乗せるのは、絵面的にマズいのではないのだろうか……!?

「いや……流石にちょっと……」

「大丈夫ですよ〜♪ ここにはわたしとお兄さん以外誰も居ませんから♪」

「いやいや、俺にも大人のプライドという物が……」

「それじゃあ、私の横に寝転がるだけでいいですよ♪」

「それなら……」

 そう言って、彼女の横に頭を置くように寝転がろうとした、その時であった……!!

「隙アリです! ふっふっふ〜♪ これで逃げられませんからね〜♪」

 俺の頭は彼女の太股の上にがっしりとホールドされたのであった。
そして、体は彼女の尻尾が優しく覆いかぶさり、完全に逃げられなくなった!!
あぁ、これすごく気持ちいい……

「どうですか? お兄さん♪」

「すごく……モフモフだ……」

 俺の中の大人のプライドが音を立ててガラガラと崩れていくのを感じる。
もうどうにでもなれ……

「それじゃあ、耳かきをするから、横向いてくださいね〜♪」

 そう言われて、顔を横に向ける。
頬にメープルの柔らかい太股の感触を感じつつ、耳を彼女に預ける。

「まずは、外側からいきますよ〜♪」

 そう言うと、耳の縁に匙状のしっとりとした何かが当たる感触を感じた。
彼女はそれを、優しくなぞるように、耳の縁を掃除していく。
耳の縁をなぞられるたびに、体がゾクゾクと震える。

「おやおや♪ お兄さん、これで感じていたら、中に挿れたら、大変な事になっちゃいますよ〜♪」

 そうだった、これはまだ耳かきの前座に過ぎない。
久しぶりだったから、慣れない感触に耳が敏感になっているのかもしれない。

「そろ〜り、そろ〜り……」

 そう口ずさみながら、彼女は徐々に耳の内側の方をなぞっていく。
そしてなぞると同時に、体が震えあがる。

「耳の外側だけでも結構汚れてますね〜…… これは中の方も期待できそうです♪」

 中に入れられたらどうなってしまうのか、想像がつかない。

「それじゃあ、そろそろ中の方もやっていきますね♪」

 そう言って彼女は俺の耳の穴を広げるように、耳を優しく掴んだ。

「おぉ〜! 想像以上の貯まり具合ですね〜♪」

 彼女はどこか嬉しそうに耳の穴を覗いていた。

「では、いざ! お兄さんの耳の中へ♪」

とうとう俺の耳の中へ匙が突入する!

「まずはこちらから…… くりくりっと……」

 ひんやりとした感触が、耳の中を優しく刺激する。
それと同時に、耳の中に張り付いていたモノが、ゆっくりと剥がされる感触を感じる。

ペリペリッ!

背筋に電流が走るような感触だった。

パリッ!

耳垢が砕ける様な音と感触が伝わってくる。

ペリペリッ!

 耳垢が剥がされていくごとに、耳から背中に電流が走っていく。

「取れました〜! ほら、お兄さんのナカにこんな大きなモノが入っていたんですよ♪」

 彼女は自慢げに、取れた耳垢を俺の目の前に差し出してくる。

「おぉ…… これは凄いな!」

 想像以上に大きな耳垢に、俺も内心少しはしゃいでしまった。
続けて彼女は再び、俺の耳の穴へと匙を入れていく。

「こっちの耳垢はちょっと頑固そうですね〜」

 しっとりとした匙を、耳の中の一部分に押し当てる。
集中的に刺激されるのもまた、違った感触で体を震えさせる。

「ぐりぐりっと」

 中々手こずっているのか、耳垢のある個所にさらに匙を押し当て続ける。

「耳垢をちょっとほぐしますね♪」

 耳垢をマッサージするかのように、匙を優しく押し当て続ける。

ぐりぐり

 しっとりとした匙の感触が、耳の中を優しく撫でる。

ずるりッ!

 何かが俺の耳の中で動いた。

「凄いですよ〜、お兄さん♪ こんなに大きいのが取れました〜♪」

「うぉ!? でっけぇ!!」

 自慢げに匙状の綿棒を俺の目の前に見せつけるメープル。
それの先端には、大きな耳垢がくっついていた。

「こんなデケェのが、俺の耳の中に付いていたのか……」

「じゃあ、今度はもっと奥を責めますね♪」

 もっと奥だと!?
今までやっていたのは奥の方ではなかったというのか!?

「じゃあ行きますよ〜!」

 そう言って匙は耳の奥、更に敏感な場所に突入するのであった。

「奥も少し汚れてますね〜♪」

 ヤバイ!! 想像以上に来るぞコレ!?
匙が少し触れただけでゾクゾクするのを感じる!!

「ちょんちょんっと♪」

「おっふッ!?」

 思わず変な声が出てしまった。
恥ずかしい!!

「こっち側もちょんちょんっと♪」

「ごふぅ!?」

 敏感に感じすぎて、むせてしまう。
耳の奥は自分で耳かきする時は手を出せないくらいデリケートな場所だ。
その未知の領域を幼い少女に蹂躙されている!!

「そっそれ以上は……らめぇ……!!」

「あと少しで終りますから、それまでの辛抱ですよ♪」

 ちょいちょいと敏感な耳の奥を掃除していくメープル。
これ以上やられてしまうと、俺はどうにかなってしまいそうだ!!

「はい! 掃除完了です♪」

「お……終わったのか……」

 ようやく、未知の領域の蹂躙も終わり、安堵と寂しさの入り混じった奇妙な感覚が込み上げてきた。

「じゃあ、仕上げに梵天を♪」

 彼女は、先端に丸いモフモフが付いた棒を取り出し、それを俺の耳の中へと優しく突っ込んだ。

ぐりぐり

 俺の耳の中で、梵天が回転する。
この感触も、中々気持ちいい!

「あぁ……モフモフが俺の耳の中で動いている……」

「お兄さん、本当にモフモフが好きなんですね♪」

 俺の体に覆いかぶさっている彼女の尻尾も、素晴らしい感触だ。
最高級の布団でもこれ程の心地よさは体感できまい。
最高級の布団を触ったこと無いけどな!

「はい、梵天終わりです!」

「あぁ、もう終わったのか……」

 さらば、モフモフ梵天よ……

「おっと、最後にコレをしませんとね♪」

 その瞬間俺の耳に心地よい風を感じた。
その正体はすぐに分かった。
彼女の吐息だ。

 何気ない風のノイズも、可愛らしい少女の吐息と意識してしまうと、妙な感情が湧いてくる。

「ふふ♪ お兄さん、さっきの息ふーっに少し感じちゃいましたか?♪」

違う、俺はロリコンではない!!
断じて違う!!

「いや、大丈夫だ……」

 何が大丈夫なんだ、俺……

「それじゃあ、反対側の耳もやるので、頭の向きを変えてくださいね♪」

 頭を反対側に向けるという事は、つまり……俺は彼女のお腹に顔を埋める事になるわけだが……!?
いいのか!? それは!?

「耳かきが終わるまで、お兄さんを開放しませんからね〜♪」

 どうやらもう彼女に従うしかないみたいだ……
もう焼くなり煮るなり好きにするがいい!!

 そうして、俺は頭の向きを変える為に、体ごと転がって回転する。
顔は完全に彼女の体に埋める形になって、視界が覆われてしまった。
メープルの匂いが鼻孔をくすぐる。
何と表現すればいいのか、あえて例えるならば、優しい森の匂いといった感じの香りだ。
心が安らぐと同時に、心の内に興奮を感じる自分の存在に戸惑いを隠せない!
だから俺は断じてロリコンではない!!

「ふふ♪ わたしのお腹にお兄さんの温かい息を感じます♥」

 何か誤解されそうなことを言っているが、ここが公衆の面前じゃない事をひたすら感謝するのであった。

「じゃあ、こちらも耳も掃除していきますね♪」

 彼女は俺のもう片方の耳も掃除していくのであった。



◇〜◇〜◇



 気が付くと、俺は自宅の布団で目を覚ましていた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が覚醒を促す。

「あれは夢だったのだろうか……」

 冷静に考えればありえない事だろう。
魔物娘や魔法など、現実に存在する訳がない。

「あ! お兄さん、起きたのですね♪」

 ふすまを開けると、そこにはモフモフ尻尾を揺らしながら朝食の準備をしているメープルの姿があった。

「……これは一体……?」

「言い忘れていましたけど、あのお店は店員のテイクアウトもできるのですよ♪」

「いやいや、テイクアウトを頼んだ覚えは無いのだが…… というか店員のテイクアウトって何!?」

 夢ではなかったようだ……
どうやら俺は耳かきの最中に寝てしまって、そのまま彼女に自宅まで運ばれたようだ。

「いや、待て!? そもそも子供の君がどうやって俺を運んで!?」

「あのお店の扉は簡易の転移魔術が施されてあって、そこから直接お兄さんのお家に入れさせてもらったのです♪ 寝ているお兄さんはみんなで協力して運びました♪」

 なんか色々と頭の理解が追い付かないが、とりあえず今は目の前の彼女だ。

「家まで送ってくれたことは感謝する。 だけど、女の子が見知らぬ男の家に上がり込むのはどうかと思うが……」

「お兄さんとわたしはもう見知らぬ仲ではないでしょ♪」

「確かにそうだが…… とりあえず、家まで送っていくから着替えなさい!」

「言ってませんでした? わたし、これからお兄さんのお家でお世話になる事になったのですよ♪」

「なぬ!?」

 ちょっと待て!! 突然俺の家に、女の子が住み着くなんて、同僚や親戚、大家さん二は何て言ったらいいんだ!?

「あ、ちゃんとご家族の方と大家さんには話をつけてありますので、心配は要りませんよ♪」

「いつの間に!?」

「それより、朝ごはんが冷めちゃいますよ〜」

 色々はぐらかされた気がするが、とりあえず折角作ってくれた朝飯を無下にするわけにはいかない。
 テーブルの前に座り、手を合わせて彼女の作った朝食に口を付ける。

「……美味いな、これ!」

「良かった♪ お兄さんのお口に合って何よりです♪」

 彼女の作ってくれた朝食は美味しく、想像以上に箸が進んであっという間に平らげてしまった。

「ごちそうさん! 美味しかったよ、ありがとう」

「えへへ♪」

 メープルは、俺の方に向かって深く頭を下げる。

「ふつつかものですが、これからもよろしくお願いしますね。 お兄さん♥」

「あ、あぁ……こちらこそ」

 こちらも思わずお辞儀をしてしまう。
彼女と会ったのは昨日ばかりだが、不思議と安心感を感じる。

「……なぁ」

「はい、お兄さん?」

「もし良かったら、また今度耳かきをしてくれるだろうか……?」

 俺がそう言った瞬間、彼女の表情はさらに明るくなり、頷いた。

「勿論です! いつでも仰ってくださいね♪」

 不思議と、あの耳かきが忘れられない。
俺の心は彼女に鷲掴みにされてしまった様だ。
新しい同居人との生活も悪くないかもしれないな。

「そいえば今度、同僚から猫カフェに行こうかと誘われたんだが……メープルも来るか?」

「お兄さんの行くところは、どこでも付いていきますよ♪」

「同僚へは何と説明しようか…… そういえば、家族や大家さんにはなんて説明したんだ?」

「はい! お兄さんと結婚を前提にお付き合いさせて頂いている者ですと答えました♥」

「ごっふぅ!!」

 こうして俺の新しい生活が始まったのだった。
22/03/29 23:24更新 / kahn

■作者メッセージ
 今作は、自分の処女作の「ラタトスクちゃんと気持ちいい事をするSS」のリメイク的な作品になります。
 気に入って頂けると幸いです。

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