ぼっち。
その樹に出くわしたら最後、二度と、その元を離れることはできない。
その者は嘆き、忽ち死に至ると言わしめた、まさに――呪われた樹。
そう呼ばれていたのは、今は昔。
「…っはぁっ…っはぁっ」
「居たぞ!そっちだ!」
俺は森の中を駆け走っていた。
銃を持って、迷彩服を着て、敵から逃れるために、全力疾走で。
…と、言っても命が掛かっているわけではない。
これはサバゲー…モデルガンなどを皆で持ち寄って、BB弾を撃ちあう平和的なスポーツ。
いわゆる、リアルFPS。
「っべー…なんで皆もうやられてるんだよ!?」
…で、俺はチーム最後の生き残りとして逃げているわけだ。
勿論、逃げっぱなしでは勝てない。
一旦振り切ったらそこから奇襲戦法で起死回生の一手を打つつもりだ。
…しかし足元に、引っかかる何か。
「…あっ、やべぇっ!?」
俺は忽ち派手に転倒、ゴロゴロと地面を転がる。
銃も投げ出してしまい、これで手元には副武装のピストルしかないわけだが…。
…全然ダメじゃん!俺チョーカッコ悪い!
あーもう、これで俺たちの負けが確定じゃないか!
「…参った!参ったから撃たないで!」
俺は仰向けに向き直ると、目を瞑り手を上げ、降参のポーズを取った。
さすがに、転倒したところを撃たれたくない――
………。
「…あ、あれ?」
撃たれない。
いやそりゃ降参したし撃たれないだろうが…。
追いかけていた敵チームの声すら、聞こえなくなっていた。
代わりに聞こえるのは、荒涼とした風の音。
…あれ、こんな音してたっけ。
「!?………な、なんだよここ?!」
目を開いて、驚愕。
今まで緑生い茂る森に居たはずが、周りは葉こそ付いているが枯れ木ばかり。
地面はひび割れ、枯れていた。
空は灰色と、赤色の中間の色。
ここは若干開けた場所ではあるが…中央に、一際大きな樹が佇んでいた。
それは枯れているのか、まだ生きているのかすらわからない、おぞましい樹。
「これは…夢でも見てんのか?」
有り得ないことだった。何かの間違いで…あってほしかった。
例えば、ピストルをこめかみに当て、引き金を引いた。
「…ぃっつ!!…いってぇ………」
BB弾なので、当然死なない。
…これがBB弾であることをまさか呪うことになるとは。
風景は、環境は、全く変わらなかった。
「…おいおいマジかよ…」
俺は、冷や汗をかいていた。
どういう事だよ、ワケ分かんねー…!
俺は不思議な力でこんなところに連れてこられたってか?!
…とにかく、ここに居ては埒があかない。
この森から出て、ここはどこなのかを知らなければならない。
それに、こんな気味の悪いところはさっさと立ち去りたい。
そう思った俺は早速、枯れ木の森を割って進むことにした。
…ここまで枯れ木は生い茂れるものなのか…先が全く開けてこない。
………もう既に三十分は歩いている。
喉が渇いたな…水筒も持って来ればよかったか。
「…っしゃ、見えてきた」
が、終わりのない夜は無いように、終わりのない森は無い。
目の前が開けてきた…出口だ――。
「…!?」
…存在した。
そこは、最初の大樹の広場であった。
どういう事だ?何故…?
俺は、がっくりと脚をついた。
絶望に打ちひしがれた。
もしかしたら、俺はここから出ることはできない…?
ここで苦しんで、野垂れ死んでしまうのか…?!
「…お主もかかってしまったのか、愚かな人間よ」
「あ…あ?!」
突如、声が聞こえた。
その方向は、あの枯れかけた大樹。
それは女性の声。
「…幻聴…か?」
そんな訳がない。
大樹が、俺に語りかけてくる訳がないだろう。
あまりに絶望しすぎて可笑しくなってしまったようだ――。
「…そうだと思うのなら、尚更愚かだな」
「…?!」
やはり、声が聞こえる。
俺はピストルを引きぬいて、大樹へ構えた。
玩具の銃ではあるが、威嚇用にはなる。
「どこに居やがる…姿を見せやがれ!」
俺は強い口調でそう言い放つ。
実際、ふざけるなと頭にも来ていたから丁度いい。
「ふ…まぁ、落ち着け。私なら、先ほどからお前の目の前に居るぞ?」
「ふざけやがって…ただの気味悪い大樹があるだけじゃねぇか!」
「…威勢が良いな。待て、お前がわかり易いようにしてやる」
…大樹が、動いた。
うねり、ミシミシと音を立てて、まるで生き物のように。
CGのようだった…一つ違うのは、これが現実だってこと。
そして、姿を現したのは――人間だった。
脚の一部が枯れ木に同化した、美しい少女だった。
白っぽい金の髪は長く美しく、胸は豊満で腰はくびれを伴っていて。
十分すぎる、圧倒的な存在感………。
「…これで、良いかっ」
パンッ。
さすがに耐え切れなくなって、引き金を引いた。
「な、何をすっ」
パンッ。
パンッ、パンッ、パンッ。
「いたっ、痛いっやめっ」
パンッパンッパンッカチッ、カチッカチッ。
「…な、何をするのだ突然ったぁ!?」
「む、無理無理無理無理!何がどうなってんだってのっ?!」
最後にピストル自体をぶん投げて、俺は即座に反対方向に走りさった。
頭が、先程までの光景を全く処理できていなかったのだ。
…で、どうなったかって。
「…全く…少しは人の話しを聴かぬか!?」
「…すみませんでした」
彼女の元へ一直線だった。
「…落ち着いた。ようするにアンタ、そういう生き物…つーか、樹なんだな」
「何をいきなり…そうだな、私は一般的にはドリアードと呼ばれている」
喋ってみると、意外や意外に話の通じる奴だった。
殺されると思ってみたばかりに…いや、あんまり状況変わらないけど。
「ここは、お前の縄張りか?」
「うむ、我は五百年この地に住んでいる…もっともここ百年、生物すら見ておらぬが」
俺は全力疾走で走ったため疲れきっていて…彼女の足元で休ませてもらっている。
彼女が直ぐ隣に居て、その色香に少し酔いながら俺は言葉を紡ぐ。
「…一人ぼっち?」
「そうとも言う。何せ、誰も寄り付かぬからな」
彼女を見ると、その表情は少し暗かった。
物言いからして見ても、意外であった。
もっと神様的な、一定の表情しか浮かべない奴だと思っていたが…。
「…で、ここから出してくれないのか?」
「出来ぬ…というよりは、私ではなんともならぬ。私だって…好きでやっているわけではない」
「…そっか、じゃあ俺はここで死ぬのか」
そう言っておいて、だんだん恐ろしくなってきた。
…死がはっきりと見えていて、それに恐怖しない奴なんて居ない。
俺も例外じゃない。
「…死ぬ?」
「俺は人間だぜ?お前の様に、根っこから養分吸い取れるわけじゃないし」
口先では明るく振舞っているが、耐え難い。
怖い…死ぬのが怖い。
サバゲーやっといてなんだが…もしかしたら、実際の戦争もこんなものなのかもな。
「そうか…私も、死ねればいいのにな」
彼女はぼそっと呟いた。
その一言に、俺は少し驚いたようになる。
「お前は…死ねないのか?」
「あぁ…私は生かされているんだ。自らの意思で死ぬことが叶わない」
ドリアードの宿命…なのだろうか。
一人ぼっちで、ここに数百年…そして俺が死んだあとも、生き続けて…。
「……お前、名前は何て言うんだ?」
俺は、名前を訊いていた。
何故だろう、情けの心が生まれたのか。
それに、この胸が支える感じは…なんだ。
「…名前など、無い。私はただの呪われた大樹だったからな」
「ふーん。じゃあ…お前の名前は今から”ユグドラシル”な」
「…ユグドラシル?世界樹の名前じゃないか」
「世界樹じゃないか。少なくとも、ここでは」
彼女が、愛おしく感じてきたのだろうか。
そのような感情が、俺の胸に去来してきている…。
「あーでも呼びづらいな…じゃ、ラシルな。…で、ラシルさ」
「す、好きに呼べ…なんだ?」
この世界では、彼女は俺にとって女神だ。
そして、この世界はふたりぼっち。
…だってそうだろう?この世界から、出ることも厭わないんだから。
「俺、お前の隣にいるから…少なくとも、生きている間は」
「………勝手にしろ」
…ありがとう。
「…あっ」
「あっ」
その言葉が、被ったのはそれから少し後。
………そっから、長い年月が経った。
俺が投げて壊したピストルも、朽ちて無くなる頃。
森は、再生した。
というのも、どこからともなく魔術師さんがやってきて、呪いを解いてくれたのであった。
結果として緑は生い茂り、数百年ぶりに生き物が帰ってきたのだが。
俺は、まだ死んでなかった。
あの後、彼女と一つになった俺は人間をやめるというカタチで、生き延びていたのだった。
結果として、この呪いが解かれたあとも森の外に出ることは叶わないのだが…。
「ふふっ…今日もいい天気だな、ダーリン♪」
「うわっ気持ち悪っ、近寄らんとこ」
「な、なんだ!私がダーリンと言ってはならぬのか?!」
樹の中で、今日も俺は彼女の隣にいる。
今までもそうして来たように、今日も、明日も、これから先も。
「こんにちは、ラシル様っ♪」
「今日も旦那さんとアツアツなんだなー」
「お、いようハニーちゃんにベアちゃん。それより聞いてくれよ!さっきコイツさー」
「や、やめぬか恥ずかしいっ?!」
彼女と、共に死ぬまでは。
12/11/02 00:10更新 / 23night