01 君も、俺も、マーヴェリック?
俺たち異端児が、世界を揺るがす。
そのための序曲にすぎないことをまだ俺たちは知らない。
…飽きた!飽きちまったよ!
毎日毎日、電車で自宅と学校を往復する毎日。退屈な講義。飯はお金が無いから良いもの食えないし。
楽しみは…まぁ沢山あるけどさ。友達との会話も、一緒にぱなす(サボる)講義もさ。
それにゲーム、漫画、アニメ、音楽…この国は実にサブカルチャーに恵まれているのは間違いないよ。
でも、その楽しみも昔に比べたら随分薄いものとなってしまった。飽きてしまった、というよりは、より高いレベルのものを求め続けるようになってしまったのかも。
電車の座席に腰掛けると、窓から見える風景。
もう間もなく、日が沈みかかる空、閑静な住宅街…ただそれだけ。この光景、もう何度目だろうか。
変わらない日常か。
それが一番の幸せだという人もいるし、或いはそうかもしれねーけど。
だけど、刺激の無い平坦な日常が続けばどうだろうか?果たして幸せだろうか。
…なーんてな。
ちょっと賢者になってしまったな。かなり寝不足が祟っているようだ。それでも今は割と満足してるぜ。
あーでもあと少しで就職か。どうなるんだろうなこの先…。
…昨日はネトゲにのめり込んで夜更かししてしまった。座席の座り心地良さと揺れが眠気を呼び起こしてくる。
…ちょっと、目を瞑って伏せていよう。
大丈夫、耳を傾けていれば、きっと起きれるはずだ。
…あ、やば眠気強
…………
………
「―――間もなく、終点―――」
あっ………あっ。
………嗚呼…やってしまった…!
大丈夫と思ったことが、つい裏目に出ちまった。
しかも、今回は終点までたどり着いてしまったときた。こりゃあ戻るのに時間かかりそうだ―――?
………
…あれ、こんなに木張りの内装だったか?ふと目を開くと、そのような風景が目に飛び込んできた。
俺が乗り込んでいたものとは明らかに違う、古くせえ電車内。
いや―――電車ですらない!
その証拠にボゥーと、汽笛の音が鳴り響く。
シュッシュッ、と蒸気の音がする。
…俺は、いつ汽車に乗り換えたんだ?
いや、乗り間違えたなんてそんな馬鹿なことあるわけがない。
まずこの時代に汽車が走っているだなんて、あまり聞いたことがない。
尚更この電車、私鉄ではないはずなんだが…
まとまらない頭がようやく目覚め、事の重大性にようやく気が付き、ハッと飛び起きて窓の外を見た。
…ボーゼンとしたねこりゃ。
―――そこには、美しい山々と森が広がる自然豊かで広大な風景。いつの間にか夜になっていたらしい空は、満天の星々。そして真ん丸い大きな月。
その雄大さに、俺は思わず息をのむ。こんな風景、写真かゲームでしか見たことねえ。
…そして見ほれていると電車―――もとい、汽車は止まる。
『終点、《グランネイル》――お出口は右側です。尚、この列車は引き続きご乗車に――』
……聞き慣れるはずのない、謎のフレーズ。
…今なんて言った?グランネイル?新しいマニキュアか何かか?
マニキュアの生産工場か?それとも本社にたどり着いたのか?
しかも凄い洋風な名前言った割にはめちゃくちゃ日本語だったぞ日本語。
ここまだ日本なのか?……な訳ないか、無いよな。
………うん、こりゃあれか。異世界に飛び込んだパターンか。
まだ夢とも現実ともわからないのに一人納得する俺。
…………身体があまりの衝撃にうまく反応できていないのだろうか。それとも、まだ眠いのか。変にクールになっていた。
車両の手動扉を開け、俺はやたら冷静に汽車を降りた。降りたのは俺一人だった。
むしろ、乗客は俺一人だった。そりゃ俺一人だ。
古びた―――というよりは古い作りの小さい駅を出ると、そこから道が真っ直ぐ伸びていた。道の先は…森だろうか?
…というか、勝手に出て良かったのか?この手のタイプの列車のマナーやらは勝手がわからない。
…まぁいいか。出れたし。
空気が頭おかしいくらい澄んでいるな。頭おかしい。いつも吸っている空気とは全く違う。
さすが広大な自然の中。うん、頭おかしい。
…いやいやいや落ち着け俺。頭おかしい。
落ち着いてる言って実のところ何一つ落ち着いて無いじゃないか。
一旦落ちつこ?ここは俺の好きな偶数でも数えて落ち着こう?
………あーいや、そりゃいきなり異世界飛ばされたら誰でも慌てるか。んじゃ仕方ない。
…仕方ない。仕方がないったら仕方ない。
………ふぅ。さ、落ち着こう。
…見た感じ、人の気配はない。駅の周りは何もない、汽車もどこかに行ってしまった。
見渡す限りの、森、山、そして夜空。この三点セット。
無駄だとは思うが、携帯を開く。
…うん、電波届く届かない以前に電池が無い。なんで開いたんだろうね。ホント無駄。
…行くしかないかー。
俺は意を決して真っ直ぐ伸びている道を歩き始める。
田舎道、というか実に舗装されておらず、土と草ばかりのとても若干荒れた道。
…ライトすら無ければ街灯すらない。
が、幸い月光がかなり強力で、森もさほど空を木々で覆ってはおらず、不自由なく歩ける。曇りだったら、きっと立ち往生していただろうか、それとも野たれ死んでたかの二択か。
…森に入った途端、あまり嗅いだことのない匂いが微かにした。それはそれはとても甘い匂い。
…また、頭がぼーっとしてきた。今度は眠気から来るものではないみたいだ。この匂いのせいだろうか?なんだかよくわからないが、早めにこの森を抜けなければマズい気がする――俺は、足早に森を歩くことにした。
…道が二手に分かれてんだが。
…えぇい、右だ右!理由はない!
とにかく、この森をさっさと出ないと。
そして――森は開けた。
目の前には広大な湖と―――人だ!
とりあえず、ここはどんなマニキュアを作ってるのか、訊かなければならない。
…え、クドい?
………!
それは見るほどに美しい、銀髪だった。水晶のように透き通るような輝きだ。そしてその髪の持ち主は、どうやら女性のようだ。少し小柄。
しかし、その美しい銀髪によって身体が隠されてしまい見ることが叶わない。
一応ワンピースを身に着けてつけているのはわかるが、脚もブーツを履いているらしく見ることができない。
一応髪飾りを頭に付けているようだが、ありゃ何製だろう。水晶製?とにかく花をかたどった物っぽい。
「―――ごめんなさい。今日もまた、あまり眠れなくて」
…透き通った、美しい声。彼女は、一人呟く。
「しかし、この湖はいつ見ても綺麗ですね。私達は何時まで、この風景を見ることができるのでしょう…」
あ、うん………誰かと間違えてんのかな。
彼女は振り返らずにそう言ってはいるが、でなければ、全くの赤の他人である俺にいきなり語りかけるはずがない。
たしかにそう思うが、そう思って、俺は何も言わなかった。
…あ、いやいや。ここで何か言わないといけないだろ。いきなり黙り込んでしまってどうしたんだ俺。
彼女の美しさに見とれているだけでは何も進まないっ。
勇気を振り絞れ。振り絞るんだ――
「――あのー。」
ちょっと掠れた。
「はい、何でしょう?」
彼女は振り向き、微笑んだ―――!?
―――青白い?!
彼女の顔は美しくも、あからさまに人間の肌色では無かった―――いや、顔だけではない!腕も、その膝元も青白い!
「―――?!」
…本で見たことある。冷気を身に纏い、青白い肌に多分水晶のようなその髪は氷で出来ているという。
その正体はたしか――雪お
「えっ、えっ―――キャーッ!!」
――その瞬間、おぞましい冷気と雪が俺を襲った――
『えっえっ…あぁっ!ま、またやっちゃった…!だ、誰か!誰かこの人を助けてあげて!…"クリス"!早く来てクリスーっ!…』
そのような言葉を聞きながら、俺は暗黒の世界へと投げ出された――
あ、意識失ったの隠喩ね今の。
〜♪
「―――はっ!」
「――っ、動くな!」
「―――ひいっ!」
はっとして飛び起きた瞬間、大鎌の刃が喉元に当てられるっ!
なんだ?!ここは処刑場?!処刑場なのか?!
…はっきり言えば、大鎌そのものじゃない。刃は鋭いものの、それは金属製ではとてもではないが違う。
言ってみれば…カマキリのような鎌かな。
起きてみれば、ここはベッドの上。
服装はそのまんま。
喉元には大鎌のような刃。
その、持ち主は――
「………女の子?」
「動くな、と言っている。あと喋るな」
…見た感じ17・8の格好いい女の子が、俺が寝ているベッドのすぐ脇の椅子に座りながら、手首から“生えた”大鎌を俺にあてがっている――頭の複眼と、手首につけられた大きな鎌が、とても異質。
頭にはまるでカマキリのような目と触覚がが“生えていた”。
でなければ、これほどに生物めいた髪飾りなんて信じられない。実際のところ、あの複眼は俺の姿を捉えているんだろうか。
髪は栗色のオカッパ、肌の色は人間らしい肌色だが、目…瞳の彩光が赤い。眼光は鋭く、こっちを睨みつけている。
身長はあの雪女の美女さんより若干高い程度。そして尻尾?のようにカマキリの腹部が生えている。…何に使うんだろあの部分。
まさにクールビューティ、と言った感じは服装にも表れている。それが彼女が着ている、女性用の黒い燕尾服だ。胸元には、金のエンブレム付きの赤いリボン。
そして先程も表現したが、手首からは大鎌の刃が文字通り生えていた。今俺の首元にある鎌とは別に、もう片方の手首からも大鎌が生えている。…結構軽そう。
…所謂、『マンティス』と言ったところだろうか。カマキリを形どった“魔物娘”。
あ、これも本の情報ね。
「貴様…昨夜、お嬢様に何をしようとした?お嬢様が<<マーヴェリック>>と知っての行動か?それとも――」
そのマンティスさんは俺に一方的に問い掛けて、一人でハッとした。
……あ、あぁコイツ面倒くさいタイプだ。
「――貴様っ!お嬢様を誘拐するつもりだったのか?!」
ひいっ!しかしコイツを何とか説得しないと危険が危ない!
「お、おいおい!俺はまだ何も話していないんだがー…落ち着いてくれ。それともなんだ?昨日の俺みたいにクールになってるって錯覚してんのか?」
割といつも通りの話し方で。
「き、昨日の、俺…?あ、あぁ…いや確かに…す、すまぬ。客人にこのような無礼を…」
マンティスはそういうと俺の首元に鎌を突きつけるのをやめ、俺にぺこりと一礼した。
…ふぅ、良かった。話が通じたみたいだ。
「あぁいや、でも誤解を受ける行動を取ったのは確かだ。こちらこそスマン。
…俺は――」
俺は自分の名前を告げると、マンティスはふむ…?と少し思いにふけたようだった。
「…ここら辺では珍しい名前だな…貴様…いや、貴方はジパング出身の者なのか?」
「ジパングって古臭い言い方するんだな…あぁいや、まずそこらへんから話をしなきゃいけないか。俺は多分、君たちでいう異世界から来たんだと思うんだが…」
その俺の言い分に、マンティスは意外な応えを出した。
「異世界…あぁ、貴方もその類の者か」
「…?!俺と同じ境遇の奴が他にも居るってのか?」
俺がそう言うと、マンティスはコクっと頷く。
なんというか、本当に意外だ。つーか俺、選ばれし人間じゃなかったのか。ちょっと萎えた。
「最近、そう言った男たちがこの大陸をよく訪れている…と新聞でよく目にする。確かに、貴方のその服はこの辺ではあまり見たことがないしな…」
…Tシャツ、ジーパンだけどな。しかも安物の。ま、そう言っても彼女たちには多分通じないか。
しかし、そのような怪奇現象初めて聞いたぞ?インターネットにもそのような話は上がってきたことは無い。或いは情報の収集不足かもしれないが。
「とにもかくにも…お嬢様から、貴方は丁重に扱うよう指示されている。どうだ、腹は空いていないか?もう間もなくディナーの時間だ。食欲があるのであれば――」
バァーン!ドゴォーン!
!?…擬音にすれば、その様な音が突如響き渡る。び、びびるわぁ…。
「…あり?元気良くやりすぎた」
「――っ、クリスっ!今日に限ってなんでそんなに元気なんだっ!?」
「いやぁー、だって久々の客人なんだぜ?しかもお嬢が直々に凍らせたって…ってうぉっ!?人間じゃねーか人間!」
…は?扉が根元からぶっ飛んでるんだけど!しかもマンティスに、あわよくば俺にぶち当たりそうだったんだが。び、びびるわぁ!
その扉吹き飛ばし魔の正体は………ミノタウロス。
牛が亜人化した化け物と言われ、その手に斧を持ち、まさに怪力乱舞。そういうイメージ。
俺が今見ている女性がたぶんそうだろうか。女性ながらにして筋骨隆々として逞しく健康的な褐色で、黒髪の頭には牛の角と耳、下半身はミノタウロスそのものに、足には蹄。そしてやっぱり胸は大きい。
…え?胸は大きいだろjk。
…だけなら普通だったんだよねー。
だけどねーこの人ねー、なんかメイド服っぽいもの着てるんだよねーマジ。
白いブラウスのボタンを殆ど交っていなくて、黒のフリルがついたブラジャーとか割れた腹筋とかが丸見えだし袖もきっちり破れちゃってるんだけども、頭には角と牛耳の他に、なんかメイドカチューシャあるんだよねーメイドカチューシャ。
しかも腰にはしっかりフリルがついたメイドエプロン付いちゃってるしどーしよーマジ。さらに何故かミニスカだし。
「あー………もしかして、メイ…ドさん?」
「おう客人!オレはここのメイドやらせてもらってるクリスってもんだ、ヨロシクな!」
メイドさんだったー!!
全然メイドさんらしくねぇー!!
親指立てて白い歯光ったし!
っつーかこーいうメイドどこかで見たことあるし?!
えっヤッベ実在してんだマジ!!
あ、心の叫びね今の。
やれやれ、と呆れると共にマンティスの方も俺に言う。
「まったく…あぁ、そういえば私もまだ名乗っていなかったな。
私はイサナミ、ここでは主に厄介事を引き受けている。以後、よろしく頼む」
クリスに、イサナミ…ミノタウロスとマンティスか。…なんか武闘派集団。
「さぁさぁ客人!飯の準備は出来てるぜ?ほらほら、ちゃっちゃと支度して食堂行こうぜ食堂!」
…よくわからないが、なーんか面倒くさいことが起きそうだぞこれ。
あ、この締めね。俺日常でよくぶっ放してるからね。なんかいいじゃんこの言葉。
〜♪
「そういやアンタ、本当に人間…だよな?」
そうだけど…と俺はクリスに答える。
食堂に続く廊下を、イサナミとクリスに案内…というか割と連れられているような格好で歩いていると、クリスに突然そう訊かれた。
「…なんだ?もしかして本物の人間を見たことがないとか?」
「いや…見たことは何度かあるんだ。だが、実際にこうやって接したことがなくてなぁ」
クリスは頭を掻き、若干困ったかのようにハハッと軽く笑う。
仕方がないだろう、とイサナミがそれに続く。
「貴方には少し話したが、我々は他の魔族と考え方が多少異なっている。故に俗世とはあまり直接関わらないようにしているのだ。
…ましてや、ここに人間が来る方法なんて、あの半年に一回しか往復しない列車の他には何もないからな」
あぁ…あれってそういう列車だったのか…。
と俺が相槌を打つ。と、イサナミとクリスが俺に疑念の目を向ける。
「…なんだよ?」
「…待て、貴方はその列車でここにたどり着いたのか?あの列車は次に来るのは収穫の月――おおよそ四ヶ月後の筈だ」
「しかも、その列車には、そのつどオレの子分達が半年分の食糧と共に出稼ぎから帰ってくるんだが、ちゃんと二カ月前には戻ってきているし…どういうこったそりゃ?」
「…つまり、俺は存在しない筈の列車に乗ってここまで来たってことか?もっとも、俺も元の世界で列車乗ってて、うたた寝して気が付いたらここまで来てた、あーぁって感じなんだが。」
イサナミは廊下のその先に続く扉に手をかけながら、俺の言い分にふむ、と呟く。
「…その辺りは後で運営ギルドに問い合わせてみよう。しかし貴方…いや、異世界から来る人間達はもしかすると、他の誰かの手によって"攫われた"可能性があるのかもしれないな」
扉が開くと、そこはロビー…正面玄関だった。
ここは二階だったらしく、目の前にはおおよそ3m級の少し大きなシャンデリアが見える。
俺が寝ていた寝室も、先程から歩いていた廊下もそうだが、まさに中世の建物――といった感じがする。
床は大理石調で美しく、正面玄関側の壁からは美しいステンドグラスが鮮やかな光を放っていた。
「攫われた?そりゃ一体何のために」
「この大陸では今、魔物達が圧倒的な力によって各地を蹂躙している。人間達はその力になすすべもなくやられてしまっているのだ。
“快楽”に引きずり込まれてな」
階段を降り、一階のフロアに降りながらイサナミは…少し赤くなりながら言った。
「――性交による快楽によって魔物達はこの大陸に楽園を作り出そうとしている。そしてその課程で人間の女性は同じ魔物に、男性はインキュバスと呼ばれるものに変質してしまう。
結果、人間は数をどんどん減らしてきているのだ」
降りて玄関の反対側、玄関から入れば丁度真正面に当たる、二枚両開きの大きな扉を開けると――そこは広々とした中庭だった。
中央にはステンドグラスでできた台座のようなものがあり、その周りには花が色とりどりに咲いている――あれは地下に光を通すものだろうか。
俺達はその端、屋根付きの廊下を歩く。
目の前にあるやや大きな建物が食堂だろうか。
「…んで、いずれにせよこのままでは人間が絶滅してしまう。だから異世界から新しく人間を呼んだってことか?」
「と、私は思っている。
――もう間もなく、魔物達による大陸侵攻が終わる。そうなれば人間達は一人残らず、人間以外…魔物に変質してしまうだろう。
…我々がメスしか産むことが出来ぬままであれば、世界はゆっくり滅亡に向かうこととなる」
「…あーだいぶ大きい話になったな」
「…まぁ、と言っても後の話は各説ある。
私達の存在の根本である魔王が私達の生物摂理を変え、私達がインキュバスの子を産めるようにもなる…とも言われている。
だからそれ程落胆はしていない。滅ぶときは――その時はその時だ」
イサナミはふっ、と笑う。その笑みは諦めなのだろうか、それとも覚悟なのだろうか。
その横から「なーんか暗い話になってんなぁ」と入れたのは、今まで黙っていたクリス。
「そんな顔してたら、折角の飯も不味くなるぜ?今大切なのは大陸のわかんねぇ遠い未来より美味い飯、だろ?」
「…全く、貴様という奴は…しかし、確かにそうかもしれぬな。私達の時の流れは遅い。
時間があれば、もしくは解決できる問題やかもしれぬ」
「大丈夫!きっと、これからもずっと幸せでいられるはずさ。
オレ達が本能的に愛することを忘れない限りな」
「おー…良い事言うねぇ。」
…それこれしている間に俺達は食堂にたどり着いた。
イサナミが扉を開くと――
そこは、白いテーブルクロスのかかった大きなロングテーブル、その上には綺麗な
キャンドル立て。そしてテーブルの最奥には――
「あっ」
「えっ」
「…お待ちしておりました。さぁさぁ、向かい側にお座りくださいな」
美しい銀髪、青白い透き通った肌、そして穏やかなエメラルドの瞳。そしてあのワンピース!あの雪女の女性が……女性、が…
「……あー、若干溶けかけてねぇか彼女?」
「あっ」
クリスさんさっきから「あっ」しか言ってない。
たぶん結構想定外で想定外なんだろうか。
雪女嬢らしき人は若干頭の形が崩れていて、ちょっとドロドロしてるような感じだった。若干怖い。
「あぁ…」
…急いでイサナミが彼女の側に駆け寄り、耳元で口打ちをした。雪女の彼女はそうして暫く、
…ハッ?!
となり、急いで冷気を周りに立ち込めさせ身体を元に戻していく。
なんでタイムラグが発生したんだ。
あー…でも可愛いなぁ。
「…しかも何故もうここに居るのですか…彼をここに呼び次第お迎えにあがるとあれほど」
「うぅ…ごめんなさい」
顔を手で覆い、恥ずかしがっているみたいだ。
…可愛いなぁ。
「…クリス、ディナーの用意を」
「了解っ」
イサナミがそう言うと、クリスは雪女嬢側にある扉から食堂の外に出た。
多分飯を運んでくるのだろうか。
「も、申し訳ございません…お見苦しいところを何度もお見せしてしまって…」
雪女嬢はそう言って俺に謝罪してくれた。
「あ、あぁいや、俺も楽しませてもらったからセーフっす。
あ、でももう間違って凍らせたりしないでくださいね?」
「…以後気をつけます…」
…何というか、随分控え目なお嬢様だなぁ。
雪女嬢はコホンと咳払いをし、この場を仕切り直す。
イサナミが俺に席に付くようにと促し、ようやく椅子に座ることができた。
「…さて、こうして話を交わすのは初めてですね。
私の名はセツカ。ここ一帯――<<グランネイル>>を取り仕切っている者です」
セツカ…おそらく雪の華、と書くのだろうか。
俺も名乗ると、今までの経緯について、これまでイサナミやクリスと話したことを要約して告げた。
「あら…それはそれは。貴方はこの世界に初めてお越しになったのですね。ようこそ、この美しく――淫らな世界へ」
…セツカは口元に含んだ微笑みを、妖しく艶やかな…誘うような笑みに変える。
!――その笑みは俺の脳裏に焼き付いて二度と忘れられないような、鮮烈な絵となっただろうか――背筋が凍るような、しかし身体が熱を帯びる感覚。
心臓の音が高まってきやがった。
「ふふっ…安心してください。と言っても、私達は一般の魔物達のように、今すぐに貴方を襲うことはまずありません。今のところは御安心を」
「今のところってなぁ…そういや、イサナミが言ってたな。君達はマーヴェラス?マーヴェル?だとかなんとか」
「はい、私達は“魔物の異端児”<<マーヴェリック>>――秩序と快楽の共存を求める者達の集団と、勝手ながらそう思っております」
そう言うとセツカは口元から笑みを消し、真顔で語り始めた。
「私達…魔物は現在、魔王サキュバスが君臨したことによりその影響を大きく受けています。主に人間の男性と交わり、愛することを。
…これだけなら、私達も非常に喜ばしいことと思います。全ての者が皆心の底から愛される素晴らしき世界――ですが、問題はこの次にあります」
セツカは手を組んだ腕をテーブルに置き、少し眉を潜める。
「その欲求が強すぎる余り、永久的に交わろうとし、おおよそ文明的な営みを放棄してしまう者も現れてしまったのです。どのようなことでも、やはり快楽は依存症を引き起こしてしまいますから」
「…つまり、性交廃人となる奴らが現れた…ということか?」
という俺の問いにセツカは頷く。
「それがまだ少数であれば良いのです。
しかし、それが多数となり、国全体に、大陸全体に、やがてはこの星全体に広がってしまったら、我々が築き上げた文明はどうなってしまうでしょうか?
そして、その状態で外来から未知の敵集団が現れれば――」
「…それ、は…少しぞっとする話…か。たしかに、全世界の人々がみんな廃人だったら、社会が回らないし。でも外来からの敵は流石に極論すぎねーっす?…あ、いや或いはあるのか…俺みたいな奴がいるし」
などと色々呟く俺に、セツカはまぁまぁと宥めてくれた。
「我々は、その様な方々達を生まない、または復帰させるために教えを説いております。
各地で私たちのお仲間さんたちが教えを説いたり、本を書いたり…風向きは少々厳しいですが…ね。
でも、私たちはそれでも続けていきます。――全ては、秩序と快楽の調和のために」
…ちょっとやってることが大きすぎてびっくりしたわ。
などと俺は困惑した顔だったらしく、セツカが思わず苦笑いした。
「あ、あはは…ごめんなさい、熱中してしまって。私どももよく新手の宗教団体か、とよく言われるんです。
でも、誰かが警鐘を鳴らし続けないと、思わぬ弾みで滅亡に至ってしまうかもしれない。それだけは絶対に避けたいのです」
セツカは静かに微笑む。その笑顔は実に魅力的だ。
「ここ――グランネイルはそんな私たちマーヴェリックの本拠地です。
改めて貴方のご来訪を、心より感謝致します」
その笑顔に、俺も釣られて笑った。
…綺麗で可愛いなぁー、くそー。
〜♪
「それで、貴方はこの後どうする?」
えっ、いきなりそんなこと言われても。と、俺はイサナミに唐突に言われたので唐突に返事をした。
食事が終わって、ふー食った食った、さぁてちょっと寝るかーと思っていたところだからたぶん思考が鈍っていたのかな。
「一応、ここから出る術を作ってやれないこともない。あの鉄道の運営ギルドに臨時で運行を頼めば良いのだからな。
その後は外界の魔界なり、人間の里なりジパングなり、好きに行くがいい。もっとも――大陸の人間たちは間もなく滅び、全てが魔界と化してしまうがな」
「随分ぶっきらぼうにすっごいこと言ったな…。それで、それまでに何日かかるん?」
そういうと次はクリスがふーむ、と唸りながら俺に伝えてくれた。
「あーそうだな…連絡して承諾が降りるまでおおよそ二週間、実際に来るまでまた一週間、それで、乗ってから一番近い人里にたどり着くまで三日くらいか。
ちなみに、大陸侵攻は来月にも終わる…とかなんとか」
「…えっじゃあおおよそ四週間待てば人里にいけるじゃないですかやったー!
でも人間側滅びてるじゃないですかやだー!
っていうか侵攻もうそこまで終わってんの?人間弱いなー…」
「あ、あぁ…貴方はこの件については随分と明るいな。同族なのに、人事のように」
「…ま、人間滅びてもいいんじゃない?って言うのが本音。
たぶんこの世界でも人間はお互いに殺しあったり、憎みあってるんじゃないの?
文明とか芸術とか、たまにスゲェもの作るけど、基本生き物だよ人間って。
もし俺がこの世界に生まれてたなら、真っ先に魔物側に下るね。
だって最悪、快楽のためだけにも生きられるんだぜ?こんなに安全な世界は他にねーし。
第一、人間は抹殺されるんじゃなくて魔物に変わるんだろ?なら別にーって感じ」
「…あ、貴方は、人間としての誇りがないのか?!いつまでも人間として生きていきたいとか、人間として死にたいとか!」
「あーうん、無いねまったく。寧ろ人間と悪魔のハーフに生まれたかったね。
で、悪魔をスタイリッシュに葬りさりたいね。『クールに行こうぜ?イャッフゥ!』みたいな」
俺はそう断言すると「そ、そうか…」とイサナミは引っ込んでしまった。
セツカはそのやり取りに、ふふふっと笑っていた。
「ふふっ…面白い方ですね貴方は。それでいて意外と悲観的で驚きですが…」
「ま、俺も異端児…君たちが言うマーベリックかもしんねーけどさ。
こっちは酷い社会だぜ本当。政治は何も方針立ててねーし、就職はなにがどうなるかわかんねーし。
一応こっちも最悪生きていけるけどさ。その場合、地獄のような苦しみしかねーんだぜ?」
と、俺は言ってふと気がついた。
「あー…君たちも、そのような社会にするつもりなのか?」
俺の問いにセツカは答えてくれた。
「いえ。私たちはただ、快楽に溺れすぎる者たちを生まないための活動をしているだけです。
なので、複雑な秩序ですべてを縛るということはよしとしておりません。あくまでも魔物らしい快楽の享受の中にも最低限の秩序を、というのが私たちの方針です」
「ふむ…そっか、そりゃ良かった。うん…よっし!
なぁ、ここに就職口ってあるのか?」
「人手は足りていますが、お手伝いさんならいつでもお待ちしております、が…?」
セツカは多少きょとんとしたかな。イサナミは俺が何を言うかちょっと理解していたようだが。
「…貴方、まさか」
「――イエス!そのまさかさ!俺、ここで住み込みで働かせてもらいます!」
その言葉にセツカはパァーッと笑顔が広がる一方で、イサナミは(たぶん暴走してるんだろう)俺に対して、案じたのか声を顰める。
「…はい!大歓迎です!今後とも、よろしくお願いしますね!」
「…いいのか?外に行けば元の世界にも帰れる可能性がなくもないのだぞ?」
「はっ、何を今更――あ、いや流石にあっちに置いてきた俺の五万の友人や俺の家族は心配するだろうけどさ。でも、確実に戻れるって保障は無いんだろ?
それに、こっちの世界で生きる方が面白そうじゃん!」
その言葉に、セツカはますます明るくなる。眩しい、眩しすぎるよアンタ。
「そう言っていただけるとうれしいです。…そうだ!私たち皆を、貴方の伴侶とさせてくださいませんか?」
「おう、任せとけって!
――は、伴侶?!」
「…えっ、セツカ様…?」
「――っはは!良いね、大賛成!」
それはあまりにも突然の展開すぎて世界がやばい。
「私たちは今まで快楽をあまり享受していませんでした。そんな者たちが調和を謳っても見向きもされないことも多々あるのは仕方の無いことです。
ですが、貴方と共に快楽を謳歌できるのであれば、この思考はますます磨かれるものと思うんです」
「し、しかしセツカ様、まだ出会って二日と立たない方と枕を共にするのは…」
「いいじゃねぇかイサナミ!そのほうが魔物らしくてよ!」
「クリス!お前まで!…し、しかし…」
「大丈夫ですよイサナミ、貴方も“ルーンを解き放てば”、素直にイイことを望むでしょうから…フフッ」
「そ、そういう問題ではありません!これは――」
そのやり取りもロクに聞けず、その爆弾発言にただただ呆然とする俺。
俺が…夫…俺が…皆を幸せに…?
その胸の鼓動は、さらに高まってきた。
この先にあるであろう、この子たちとの楽園を目の前にして。
なんかしらねー…けど、この胸の高鳴りはきっと…おもしれーことが起きそうだ――!
―続―
そのための序曲にすぎないことをまだ俺たちは知らない。
…飽きた!飽きちまったよ!
毎日毎日、電車で自宅と学校を往復する毎日。退屈な講義。飯はお金が無いから良いもの食えないし。
楽しみは…まぁ沢山あるけどさ。友達との会話も、一緒にぱなす(サボる)講義もさ。
それにゲーム、漫画、アニメ、音楽…この国は実にサブカルチャーに恵まれているのは間違いないよ。
でも、その楽しみも昔に比べたら随分薄いものとなってしまった。飽きてしまった、というよりは、より高いレベルのものを求め続けるようになってしまったのかも。
電車の座席に腰掛けると、窓から見える風景。
もう間もなく、日が沈みかかる空、閑静な住宅街…ただそれだけ。この光景、もう何度目だろうか。
変わらない日常か。
それが一番の幸せだという人もいるし、或いはそうかもしれねーけど。
だけど、刺激の無い平坦な日常が続けばどうだろうか?果たして幸せだろうか。
…なーんてな。
ちょっと賢者になってしまったな。かなり寝不足が祟っているようだ。それでも今は割と満足してるぜ。
あーでもあと少しで就職か。どうなるんだろうなこの先…。
…昨日はネトゲにのめり込んで夜更かししてしまった。座席の座り心地良さと揺れが眠気を呼び起こしてくる。
…ちょっと、目を瞑って伏せていよう。
大丈夫、耳を傾けていれば、きっと起きれるはずだ。
…あ、やば眠気強
…………
………
「―――間もなく、終点―――」
あっ………あっ。
………嗚呼…やってしまった…!
大丈夫と思ったことが、つい裏目に出ちまった。
しかも、今回は終点までたどり着いてしまったときた。こりゃあ戻るのに時間かかりそうだ―――?
………
…あれ、こんなに木張りの内装だったか?ふと目を開くと、そのような風景が目に飛び込んできた。
俺が乗り込んでいたものとは明らかに違う、古くせえ電車内。
いや―――電車ですらない!
その証拠にボゥーと、汽笛の音が鳴り響く。
シュッシュッ、と蒸気の音がする。
…俺は、いつ汽車に乗り換えたんだ?
いや、乗り間違えたなんてそんな馬鹿なことあるわけがない。
まずこの時代に汽車が走っているだなんて、あまり聞いたことがない。
尚更この電車、私鉄ではないはずなんだが…
まとまらない頭がようやく目覚め、事の重大性にようやく気が付き、ハッと飛び起きて窓の外を見た。
…ボーゼンとしたねこりゃ。
―――そこには、美しい山々と森が広がる自然豊かで広大な風景。いつの間にか夜になっていたらしい空は、満天の星々。そして真ん丸い大きな月。
その雄大さに、俺は思わず息をのむ。こんな風景、写真かゲームでしか見たことねえ。
…そして見ほれていると電車―――もとい、汽車は止まる。
『終点、《グランネイル》――お出口は右側です。尚、この列車は引き続きご乗車に――』
……聞き慣れるはずのない、謎のフレーズ。
…今なんて言った?グランネイル?新しいマニキュアか何かか?
マニキュアの生産工場か?それとも本社にたどり着いたのか?
しかも凄い洋風な名前言った割にはめちゃくちゃ日本語だったぞ日本語。
ここまだ日本なのか?……な訳ないか、無いよな。
………うん、こりゃあれか。異世界に飛び込んだパターンか。
まだ夢とも現実ともわからないのに一人納得する俺。
…………身体があまりの衝撃にうまく反応できていないのだろうか。それとも、まだ眠いのか。変にクールになっていた。
車両の手動扉を開け、俺はやたら冷静に汽車を降りた。降りたのは俺一人だった。
むしろ、乗客は俺一人だった。そりゃ俺一人だ。
古びた―――というよりは古い作りの小さい駅を出ると、そこから道が真っ直ぐ伸びていた。道の先は…森だろうか?
…というか、勝手に出て良かったのか?この手のタイプの列車のマナーやらは勝手がわからない。
…まぁいいか。出れたし。
空気が頭おかしいくらい澄んでいるな。頭おかしい。いつも吸っている空気とは全く違う。
さすが広大な自然の中。うん、頭おかしい。
…いやいやいや落ち着け俺。頭おかしい。
落ち着いてる言って実のところ何一つ落ち着いて無いじゃないか。
一旦落ちつこ?ここは俺の好きな偶数でも数えて落ち着こう?
………あーいや、そりゃいきなり異世界飛ばされたら誰でも慌てるか。んじゃ仕方ない。
…仕方ない。仕方がないったら仕方ない。
………ふぅ。さ、落ち着こう。
…見た感じ、人の気配はない。駅の周りは何もない、汽車もどこかに行ってしまった。
見渡す限りの、森、山、そして夜空。この三点セット。
無駄だとは思うが、携帯を開く。
…うん、電波届く届かない以前に電池が無い。なんで開いたんだろうね。ホント無駄。
…行くしかないかー。
俺は意を決して真っ直ぐ伸びている道を歩き始める。
田舎道、というか実に舗装されておらず、土と草ばかりのとても若干荒れた道。
…ライトすら無ければ街灯すらない。
が、幸い月光がかなり強力で、森もさほど空を木々で覆ってはおらず、不自由なく歩ける。曇りだったら、きっと立ち往生していただろうか、それとも野たれ死んでたかの二択か。
…森に入った途端、あまり嗅いだことのない匂いが微かにした。それはそれはとても甘い匂い。
…また、頭がぼーっとしてきた。今度は眠気から来るものではないみたいだ。この匂いのせいだろうか?なんだかよくわからないが、早めにこの森を抜けなければマズい気がする――俺は、足早に森を歩くことにした。
…道が二手に分かれてんだが。
…えぇい、右だ右!理由はない!
とにかく、この森をさっさと出ないと。
そして――森は開けた。
目の前には広大な湖と―――人だ!
とりあえず、ここはどんなマニキュアを作ってるのか、訊かなければならない。
…え、クドい?
………!
それは見るほどに美しい、銀髪だった。水晶のように透き通るような輝きだ。そしてその髪の持ち主は、どうやら女性のようだ。少し小柄。
しかし、その美しい銀髪によって身体が隠されてしまい見ることが叶わない。
一応ワンピースを身に着けてつけているのはわかるが、脚もブーツを履いているらしく見ることができない。
一応髪飾りを頭に付けているようだが、ありゃ何製だろう。水晶製?とにかく花をかたどった物っぽい。
「―――ごめんなさい。今日もまた、あまり眠れなくて」
…透き通った、美しい声。彼女は、一人呟く。
「しかし、この湖はいつ見ても綺麗ですね。私達は何時まで、この風景を見ることができるのでしょう…」
あ、うん………誰かと間違えてんのかな。
彼女は振り返らずにそう言ってはいるが、でなければ、全くの赤の他人である俺にいきなり語りかけるはずがない。
たしかにそう思うが、そう思って、俺は何も言わなかった。
…あ、いやいや。ここで何か言わないといけないだろ。いきなり黙り込んでしまってどうしたんだ俺。
彼女の美しさに見とれているだけでは何も進まないっ。
勇気を振り絞れ。振り絞るんだ――
「――あのー。」
ちょっと掠れた。
「はい、何でしょう?」
彼女は振り向き、微笑んだ―――!?
―――青白い?!
彼女の顔は美しくも、あからさまに人間の肌色では無かった―――いや、顔だけではない!腕も、その膝元も青白い!
「―――?!」
…本で見たことある。冷気を身に纏い、青白い肌に多分水晶のようなその髪は氷で出来ているという。
その正体はたしか――雪お
「えっ、えっ―――キャーッ!!」
――その瞬間、おぞましい冷気と雪が俺を襲った――
『えっえっ…あぁっ!ま、またやっちゃった…!だ、誰か!誰かこの人を助けてあげて!…"クリス"!早く来てクリスーっ!…』
そのような言葉を聞きながら、俺は暗黒の世界へと投げ出された――
あ、意識失ったの隠喩ね今の。
〜♪
「―――はっ!」
「――っ、動くな!」
「―――ひいっ!」
はっとして飛び起きた瞬間、大鎌の刃が喉元に当てられるっ!
なんだ?!ここは処刑場?!処刑場なのか?!
…はっきり言えば、大鎌そのものじゃない。刃は鋭いものの、それは金属製ではとてもではないが違う。
言ってみれば…カマキリのような鎌かな。
起きてみれば、ここはベッドの上。
服装はそのまんま。
喉元には大鎌のような刃。
その、持ち主は――
「………女の子?」
「動くな、と言っている。あと喋るな」
…見た感じ17・8の格好いい女の子が、俺が寝ているベッドのすぐ脇の椅子に座りながら、手首から“生えた”大鎌を俺にあてがっている――頭の複眼と、手首につけられた大きな鎌が、とても異質。
頭にはまるでカマキリのような目と触覚がが“生えていた”。
でなければ、これほどに生物めいた髪飾りなんて信じられない。実際のところ、あの複眼は俺の姿を捉えているんだろうか。
髪は栗色のオカッパ、肌の色は人間らしい肌色だが、目…瞳の彩光が赤い。眼光は鋭く、こっちを睨みつけている。
身長はあの雪女の美女さんより若干高い程度。そして尻尾?のようにカマキリの腹部が生えている。…何に使うんだろあの部分。
まさにクールビューティ、と言った感じは服装にも表れている。それが彼女が着ている、女性用の黒い燕尾服だ。胸元には、金のエンブレム付きの赤いリボン。
そして先程も表現したが、手首からは大鎌の刃が文字通り生えていた。今俺の首元にある鎌とは別に、もう片方の手首からも大鎌が生えている。…結構軽そう。
…所謂、『マンティス』と言ったところだろうか。カマキリを形どった“魔物娘”。
あ、これも本の情報ね。
「貴様…昨夜、お嬢様に何をしようとした?お嬢様が<<マーヴェリック>>と知っての行動か?それとも――」
そのマンティスさんは俺に一方的に問い掛けて、一人でハッとした。
……あ、あぁコイツ面倒くさいタイプだ。
「――貴様っ!お嬢様を誘拐するつもりだったのか?!」
ひいっ!しかしコイツを何とか説得しないと危険が危ない!
「お、おいおい!俺はまだ何も話していないんだがー…落ち着いてくれ。それともなんだ?昨日の俺みたいにクールになってるって錯覚してんのか?」
割といつも通りの話し方で。
「き、昨日の、俺…?あ、あぁ…いや確かに…す、すまぬ。客人にこのような無礼を…」
マンティスはそういうと俺の首元に鎌を突きつけるのをやめ、俺にぺこりと一礼した。
…ふぅ、良かった。話が通じたみたいだ。
「あぁいや、でも誤解を受ける行動を取ったのは確かだ。こちらこそスマン。
…俺は――」
俺は自分の名前を告げると、マンティスはふむ…?と少し思いにふけたようだった。
「…ここら辺では珍しい名前だな…貴様…いや、貴方はジパング出身の者なのか?」
「ジパングって古臭い言い方するんだな…あぁいや、まずそこらへんから話をしなきゃいけないか。俺は多分、君たちでいう異世界から来たんだと思うんだが…」
その俺の言い分に、マンティスは意外な応えを出した。
「異世界…あぁ、貴方もその類の者か」
「…?!俺と同じ境遇の奴が他にも居るってのか?」
俺がそう言うと、マンティスはコクっと頷く。
なんというか、本当に意外だ。つーか俺、選ばれし人間じゃなかったのか。ちょっと萎えた。
「最近、そう言った男たちがこの大陸をよく訪れている…と新聞でよく目にする。確かに、貴方のその服はこの辺ではあまり見たことがないしな…」
…Tシャツ、ジーパンだけどな。しかも安物の。ま、そう言っても彼女たちには多分通じないか。
しかし、そのような怪奇現象初めて聞いたぞ?インターネットにもそのような話は上がってきたことは無い。或いは情報の収集不足かもしれないが。
「とにもかくにも…お嬢様から、貴方は丁重に扱うよう指示されている。どうだ、腹は空いていないか?もう間もなくディナーの時間だ。食欲があるのであれば――」
バァーン!ドゴォーン!
!?…擬音にすれば、その様な音が突如響き渡る。び、びびるわぁ…。
「…あり?元気良くやりすぎた」
「――っ、クリスっ!今日に限ってなんでそんなに元気なんだっ!?」
「いやぁー、だって久々の客人なんだぜ?しかもお嬢が直々に凍らせたって…ってうぉっ!?人間じゃねーか人間!」
…は?扉が根元からぶっ飛んでるんだけど!しかもマンティスに、あわよくば俺にぶち当たりそうだったんだが。び、びびるわぁ!
その扉吹き飛ばし魔の正体は………ミノタウロス。
牛が亜人化した化け物と言われ、その手に斧を持ち、まさに怪力乱舞。そういうイメージ。
俺が今見ている女性がたぶんそうだろうか。女性ながらにして筋骨隆々として逞しく健康的な褐色で、黒髪の頭には牛の角と耳、下半身はミノタウロスそのものに、足には蹄。そしてやっぱり胸は大きい。
…え?胸は大きいだろjk。
…だけなら普通だったんだよねー。
だけどねーこの人ねー、なんかメイド服っぽいもの着てるんだよねーマジ。
白いブラウスのボタンを殆ど交っていなくて、黒のフリルがついたブラジャーとか割れた腹筋とかが丸見えだし袖もきっちり破れちゃってるんだけども、頭には角と牛耳の他に、なんかメイドカチューシャあるんだよねーメイドカチューシャ。
しかも腰にはしっかりフリルがついたメイドエプロン付いちゃってるしどーしよーマジ。さらに何故かミニスカだし。
「あー………もしかして、メイ…ドさん?」
「おう客人!オレはここのメイドやらせてもらってるクリスってもんだ、ヨロシクな!」
メイドさんだったー!!
全然メイドさんらしくねぇー!!
親指立てて白い歯光ったし!
っつーかこーいうメイドどこかで見たことあるし?!
えっヤッベ実在してんだマジ!!
あ、心の叫びね今の。
やれやれ、と呆れると共にマンティスの方も俺に言う。
「まったく…あぁ、そういえば私もまだ名乗っていなかったな。
私はイサナミ、ここでは主に厄介事を引き受けている。以後、よろしく頼む」
クリスに、イサナミ…ミノタウロスとマンティスか。…なんか武闘派集団。
「さぁさぁ客人!飯の準備は出来てるぜ?ほらほら、ちゃっちゃと支度して食堂行こうぜ食堂!」
…よくわからないが、なーんか面倒くさいことが起きそうだぞこれ。
あ、この締めね。俺日常でよくぶっ放してるからね。なんかいいじゃんこの言葉。
〜♪
「そういやアンタ、本当に人間…だよな?」
そうだけど…と俺はクリスに答える。
食堂に続く廊下を、イサナミとクリスに案内…というか割と連れられているような格好で歩いていると、クリスに突然そう訊かれた。
「…なんだ?もしかして本物の人間を見たことがないとか?」
「いや…見たことは何度かあるんだ。だが、実際にこうやって接したことがなくてなぁ」
クリスは頭を掻き、若干困ったかのようにハハッと軽く笑う。
仕方がないだろう、とイサナミがそれに続く。
「貴方には少し話したが、我々は他の魔族と考え方が多少異なっている。故に俗世とはあまり直接関わらないようにしているのだ。
…ましてや、ここに人間が来る方法なんて、あの半年に一回しか往復しない列車の他には何もないからな」
あぁ…あれってそういう列車だったのか…。
と俺が相槌を打つ。と、イサナミとクリスが俺に疑念の目を向ける。
「…なんだよ?」
「…待て、貴方はその列車でここにたどり着いたのか?あの列車は次に来るのは収穫の月――おおよそ四ヶ月後の筈だ」
「しかも、その列車には、そのつどオレの子分達が半年分の食糧と共に出稼ぎから帰ってくるんだが、ちゃんと二カ月前には戻ってきているし…どういうこったそりゃ?」
「…つまり、俺は存在しない筈の列車に乗ってここまで来たってことか?もっとも、俺も元の世界で列車乗ってて、うたた寝して気が付いたらここまで来てた、あーぁって感じなんだが。」
イサナミは廊下のその先に続く扉に手をかけながら、俺の言い分にふむ、と呟く。
「…その辺りは後で運営ギルドに問い合わせてみよう。しかし貴方…いや、異世界から来る人間達はもしかすると、他の誰かの手によって"攫われた"可能性があるのかもしれないな」
扉が開くと、そこはロビー…正面玄関だった。
ここは二階だったらしく、目の前にはおおよそ3m級の少し大きなシャンデリアが見える。
俺が寝ていた寝室も、先程から歩いていた廊下もそうだが、まさに中世の建物――といった感じがする。
床は大理石調で美しく、正面玄関側の壁からは美しいステンドグラスが鮮やかな光を放っていた。
「攫われた?そりゃ一体何のために」
「この大陸では今、魔物達が圧倒的な力によって各地を蹂躙している。人間達はその力になすすべもなくやられてしまっているのだ。
“快楽”に引きずり込まれてな」
階段を降り、一階のフロアに降りながらイサナミは…少し赤くなりながら言った。
「――性交による快楽によって魔物達はこの大陸に楽園を作り出そうとしている。そしてその課程で人間の女性は同じ魔物に、男性はインキュバスと呼ばれるものに変質してしまう。
結果、人間は数をどんどん減らしてきているのだ」
降りて玄関の反対側、玄関から入れば丁度真正面に当たる、二枚両開きの大きな扉を開けると――そこは広々とした中庭だった。
中央にはステンドグラスでできた台座のようなものがあり、その周りには花が色とりどりに咲いている――あれは地下に光を通すものだろうか。
俺達はその端、屋根付きの廊下を歩く。
目の前にあるやや大きな建物が食堂だろうか。
「…んで、いずれにせよこのままでは人間が絶滅してしまう。だから異世界から新しく人間を呼んだってことか?」
「と、私は思っている。
――もう間もなく、魔物達による大陸侵攻が終わる。そうなれば人間達は一人残らず、人間以外…魔物に変質してしまうだろう。
…我々がメスしか産むことが出来ぬままであれば、世界はゆっくり滅亡に向かうこととなる」
「…あーだいぶ大きい話になったな」
「…まぁ、と言っても後の話は各説ある。
私達の存在の根本である魔王が私達の生物摂理を変え、私達がインキュバスの子を産めるようにもなる…とも言われている。
だからそれ程落胆はしていない。滅ぶときは――その時はその時だ」
イサナミはふっ、と笑う。その笑みは諦めなのだろうか、それとも覚悟なのだろうか。
その横から「なーんか暗い話になってんなぁ」と入れたのは、今まで黙っていたクリス。
「そんな顔してたら、折角の飯も不味くなるぜ?今大切なのは大陸のわかんねぇ遠い未来より美味い飯、だろ?」
「…全く、貴様という奴は…しかし、確かにそうかもしれぬな。私達の時の流れは遅い。
時間があれば、もしくは解決できる問題やかもしれぬ」
「大丈夫!きっと、これからもずっと幸せでいられるはずさ。
オレ達が本能的に愛することを忘れない限りな」
「おー…良い事言うねぇ。」
…それこれしている間に俺達は食堂にたどり着いた。
イサナミが扉を開くと――
そこは、白いテーブルクロスのかかった大きなロングテーブル、その上には綺麗な
キャンドル立て。そしてテーブルの最奥には――
「あっ」
「えっ」
「…お待ちしておりました。さぁさぁ、向かい側にお座りくださいな」
美しい銀髪、青白い透き通った肌、そして穏やかなエメラルドの瞳。そしてあのワンピース!あの雪女の女性が……女性、が…
「……あー、若干溶けかけてねぇか彼女?」
「あっ」
クリスさんさっきから「あっ」しか言ってない。
たぶん結構想定外で想定外なんだろうか。
雪女嬢らしき人は若干頭の形が崩れていて、ちょっとドロドロしてるような感じだった。若干怖い。
「あぁ…」
…急いでイサナミが彼女の側に駆け寄り、耳元で口打ちをした。雪女の彼女はそうして暫く、
…ハッ?!
となり、急いで冷気を周りに立ち込めさせ身体を元に戻していく。
なんでタイムラグが発生したんだ。
あー…でも可愛いなぁ。
「…しかも何故もうここに居るのですか…彼をここに呼び次第お迎えにあがるとあれほど」
「うぅ…ごめんなさい」
顔を手で覆い、恥ずかしがっているみたいだ。
…可愛いなぁ。
「…クリス、ディナーの用意を」
「了解っ」
イサナミがそう言うと、クリスは雪女嬢側にある扉から食堂の外に出た。
多分飯を運んでくるのだろうか。
「も、申し訳ございません…お見苦しいところを何度もお見せしてしまって…」
雪女嬢はそう言って俺に謝罪してくれた。
「あ、あぁいや、俺も楽しませてもらったからセーフっす。
あ、でももう間違って凍らせたりしないでくださいね?」
「…以後気をつけます…」
…何というか、随分控え目なお嬢様だなぁ。
雪女嬢はコホンと咳払いをし、この場を仕切り直す。
イサナミが俺に席に付くようにと促し、ようやく椅子に座ることができた。
「…さて、こうして話を交わすのは初めてですね。
私の名はセツカ。ここ一帯――<<グランネイル>>を取り仕切っている者です」
セツカ…おそらく雪の華、と書くのだろうか。
俺も名乗ると、今までの経緯について、これまでイサナミやクリスと話したことを要約して告げた。
「あら…それはそれは。貴方はこの世界に初めてお越しになったのですね。ようこそ、この美しく――淫らな世界へ」
…セツカは口元に含んだ微笑みを、妖しく艶やかな…誘うような笑みに変える。
!――その笑みは俺の脳裏に焼き付いて二度と忘れられないような、鮮烈な絵となっただろうか――背筋が凍るような、しかし身体が熱を帯びる感覚。
心臓の音が高まってきやがった。
「ふふっ…安心してください。と言っても、私達は一般の魔物達のように、今すぐに貴方を襲うことはまずありません。今のところは御安心を」
「今のところってなぁ…そういや、イサナミが言ってたな。君達はマーヴェラス?マーヴェル?だとかなんとか」
「はい、私達は“魔物の異端児”<<マーヴェリック>>――秩序と快楽の共存を求める者達の集団と、勝手ながらそう思っております」
そう言うとセツカは口元から笑みを消し、真顔で語り始めた。
「私達…魔物は現在、魔王サキュバスが君臨したことによりその影響を大きく受けています。主に人間の男性と交わり、愛することを。
…これだけなら、私達も非常に喜ばしいことと思います。全ての者が皆心の底から愛される素晴らしき世界――ですが、問題はこの次にあります」
セツカは手を組んだ腕をテーブルに置き、少し眉を潜める。
「その欲求が強すぎる余り、永久的に交わろうとし、おおよそ文明的な営みを放棄してしまう者も現れてしまったのです。どのようなことでも、やはり快楽は依存症を引き起こしてしまいますから」
「…つまり、性交廃人となる奴らが現れた…ということか?」
という俺の問いにセツカは頷く。
「それがまだ少数であれば良いのです。
しかし、それが多数となり、国全体に、大陸全体に、やがてはこの星全体に広がってしまったら、我々が築き上げた文明はどうなってしまうでしょうか?
そして、その状態で外来から未知の敵集団が現れれば――」
「…それ、は…少しぞっとする話…か。たしかに、全世界の人々がみんな廃人だったら、社会が回らないし。でも外来からの敵は流石に極論すぎねーっす?…あ、いや或いはあるのか…俺みたいな奴がいるし」
などと色々呟く俺に、セツカはまぁまぁと宥めてくれた。
「我々は、その様な方々達を生まない、または復帰させるために教えを説いております。
各地で私たちのお仲間さんたちが教えを説いたり、本を書いたり…風向きは少々厳しいですが…ね。
でも、私たちはそれでも続けていきます。――全ては、秩序と快楽の調和のために」
…ちょっとやってることが大きすぎてびっくりしたわ。
などと俺は困惑した顔だったらしく、セツカが思わず苦笑いした。
「あ、あはは…ごめんなさい、熱中してしまって。私どももよく新手の宗教団体か、とよく言われるんです。
でも、誰かが警鐘を鳴らし続けないと、思わぬ弾みで滅亡に至ってしまうかもしれない。それだけは絶対に避けたいのです」
セツカは静かに微笑む。その笑顔は実に魅力的だ。
「ここ――グランネイルはそんな私たちマーヴェリックの本拠地です。
改めて貴方のご来訪を、心より感謝致します」
その笑顔に、俺も釣られて笑った。
…綺麗で可愛いなぁー、くそー。
〜♪
「それで、貴方はこの後どうする?」
えっ、いきなりそんなこと言われても。と、俺はイサナミに唐突に言われたので唐突に返事をした。
食事が終わって、ふー食った食った、さぁてちょっと寝るかーと思っていたところだからたぶん思考が鈍っていたのかな。
「一応、ここから出る術を作ってやれないこともない。あの鉄道の運営ギルドに臨時で運行を頼めば良いのだからな。
その後は外界の魔界なり、人間の里なりジパングなり、好きに行くがいい。もっとも――大陸の人間たちは間もなく滅び、全てが魔界と化してしまうがな」
「随分ぶっきらぼうにすっごいこと言ったな…。それで、それまでに何日かかるん?」
そういうと次はクリスがふーむ、と唸りながら俺に伝えてくれた。
「あーそうだな…連絡して承諾が降りるまでおおよそ二週間、実際に来るまでまた一週間、それで、乗ってから一番近い人里にたどり着くまで三日くらいか。
ちなみに、大陸侵攻は来月にも終わる…とかなんとか」
「…えっじゃあおおよそ四週間待てば人里にいけるじゃないですかやったー!
でも人間側滅びてるじゃないですかやだー!
っていうか侵攻もうそこまで終わってんの?人間弱いなー…」
「あ、あぁ…貴方はこの件については随分と明るいな。同族なのに、人事のように」
「…ま、人間滅びてもいいんじゃない?って言うのが本音。
たぶんこの世界でも人間はお互いに殺しあったり、憎みあってるんじゃないの?
文明とか芸術とか、たまにスゲェもの作るけど、基本生き物だよ人間って。
もし俺がこの世界に生まれてたなら、真っ先に魔物側に下るね。
だって最悪、快楽のためだけにも生きられるんだぜ?こんなに安全な世界は他にねーし。
第一、人間は抹殺されるんじゃなくて魔物に変わるんだろ?なら別にーって感じ」
「…あ、貴方は、人間としての誇りがないのか?!いつまでも人間として生きていきたいとか、人間として死にたいとか!」
「あーうん、無いねまったく。寧ろ人間と悪魔のハーフに生まれたかったね。
で、悪魔をスタイリッシュに葬りさりたいね。『クールに行こうぜ?イャッフゥ!』みたいな」
俺はそう断言すると「そ、そうか…」とイサナミは引っ込んでしまった。
セツカはそのやり取りに、ふふふっと笑っていた。
「ふふっ…面白い方ですね貴方は。それでいて意外と悲観的で驚きですが…」
「ま、俺も異端児…君たちが言うマーベリックかもしんねーけどさ。
こっちは酷い社会だぜ本当。政治は何も方針立ててねーし、就職はなにがどうなるかわかんねーし。
一応こっちも最悪生きていけるけどさ。その場合、地獄のような苦しみしかねーんだぜ?」
と、俺は言ってふと気がついた。
「あー…君たちも、そのような社会にするつもりなのか?」
俺の問いにセツカは答えてくれた。
「いえ。私たちはただ、快楽に溺れすぎる者たちを生まないための活動をしているだけです。
なので、複雑な秩序ですべてを縛るということはよしとしておりません。あくまでも魔物らしい快楽の享受の中にも最低限の秩序を、というのが私たちの方針です」
「ふむ…そっか、そりゃ良かった。うん…よっし!
なぁ、ここに就職口ってあるのか?」
「人手は足りていますが、お手伝いさんならいつでもお待ちしております、が…?」
セツカは多少きょとんとしたかな。イサナミは俺が何を言うかちょっと理解していたようだが。
「…貴方、まさか」
「――イエス!そのまさかさ!俺、ここで住み込みで働かせてもらいます!」
その言葉にセツカはパァーッと笑顔が広がる一方で、イサナミは(たぶん暴走してるんだろう)俺に対して、案じたのか声を顰める。
「…はい!大歓迎です!今後とも、よろしくお願いしますね!」
「…いいのか?外に行けば元の世界にも帰れる可能性がなくもないのだぞ?」
「はっ、何を今更――あ、いや流石にあっちに置いてきた俺の五万の友人や俺の家族は心配するだろうけどさ。でも、確実に戻れるって保障は無いんだろ?
それに、こっちの世界で生きる方が面白そうじゃん!」
その言葉に、セツカはますます明るくなる。眩しい、眩しすぎるよアンタ。
「そう言っていただけるとうれしいです。…そうだ!私たち皆を、貴方の伴侶とさせてくださいませんか?」
「おう、任せとけって!
――は、伴侶?!」
「…えっ、セツカ様…?」
「――っはは!良いね、大賛成!」
それはあまりにも突然の展開すぎて世界がやばい。
「私たちは今まで快楽をあまり享受していませんでした。そんな者たちが調和を謳っても見向きもされないことも多々あるのは仕方の無いことです。
ですが、貴方と共に快楽を謳歌できるのであれば、この思考はますます磨かれるものと思うんです」
「し、しかしセツカ様、まだ出会って二日と立たない方と枕を共にするのは…」
「いいじゃねぇかイサナミ!そのほうが魔物らしくてよ!」
「クリス!お前まで!…し、しかし…」
「大丈夫ですよイサナミ、貴方も“ルーンを解き放てば”、素直にイイことを望むでしょうから…フフッ」
「そ、そういう問題ではありません!これは――」
そのやり取りもロクに聞けず、その爆弾発言にただただ呆然とする俺。
俺が…夫…俺が…皆を幸せに…?
その胸の鼓動は、さらに高まってきた。
この先にあるであろう、この子たちとの楽園を目の前にして。
なんかしらねー…けど、この胸の高鳴りはきっと…おもしれーことが起きそうだ――!
―続―
12/06/04 13:05更新 / 23night
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