閑話〜過去と義父〜
「ふぅ……」
ライカとメリルの熱烈な求愛が終わり、一人意識を残している勇一は疲労の溜息を吐く。
慣れない戦闘に加え、操縦席に淫らな香りが籠もる程に濃厚な交わりの疲れからか、勇一に寄り添うように二人は安らかな寝息を立てている。
安らかな寝息を立てる二人を愛おしそうに見つめながら勇一は過去に耽る。
灰崎勇一もまた、本来なら存在し得ぬ魔術の才能で両親から捨てられた過去を持ち、その才能が目覚めたのは勇一の叔父が彼の家を訪れた時だ。
温厚な両親は叔父が家を訪ねると揃って喧嘩腰になり、顔を合わせる度に両親を怒らせる叔父を当時四歳の勇一は嫌っていた。
その頃は事情を知らなかったが叔父は無類のギャンブル好き、而も大穴を狙っては何時も外し、偶に当たっても調子に乗って大穴を狙っては外して、を繰り返していたそうだ。
実際、危ない金融業者に手を出しており、何時か東京湾に浮かぶか鮪漁船にでも強制的に乗せられるのでは? と両親も呆れていた程だ。
『なぁ、勇一君。お前さんからも兄貴に何か言ってくれよ』
その日、金の無心に来たのはいいが借りる事も出来ずに追い返された叔父は、藁にも縋る思いで父に金を貸してくれるよう頼んでくれ、と勇一に頼んだ。
無論、そんな事を言っても幼い勇一にはさっぱり訳が分からず、彼を内心嫌っていた事もあって勇一は首を横に振り続けた。
『ぐ、ぎぎぎ……こんのガキぁ、人が頼んでるっつぅのに……一度大人の怖さってモンを教えてやろうか、あぁん!?』
首を横に振り続ける勇一に叔父はしつこく食い下がるが、頑なに断り続ける彼にとうとう痺れを切らしたのか。
場末のチンピラじみた声を上げながら叔父が勇一の腕を掴んだ、その時だ。
『ぎゃあぁぁああぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあぁあああぁぁっ!?』
迸る電流、響く悲鳴……勇一の腕を掴んだ瞬間、掴んだ場所から叔父に電流が走り、全身を駆け巡る高圧電流に叔父が絶叫を上げたのだ。
その絶叫に両親が慌てて飛び出した時、其処には白い煙を全身から昇らせて気絶している叔父と突然の絶叫に困惑する勇一。
何が起きたのかは全く分からないが放っておけば危ないのは分かる。
ピクピクと痙攣する叔父を前に両親は急いで救急車を呼び、幸い命は取り留めたが叔父は全治数ヶ月の重傷を負った。
この一件を機に勇一は魔術に目覚め、目覚めてからの彼は人間電磁石と化した。
一度くっ付くと大人が思いっきり引っ張らないと取れなくなる程に強力な磁力、ゴム手袋無しでは手を近付ける事も出来ない程の電流。
平時はこの程度で済むが、勇一の感情が不安定になるのに比例して磁力と電流は強くなり、周囲の電化製品が一斉に爆発する事もあった。
この二つを抑え、制御する術を幼い勇一が持っている筈も無く、何時如何なる時もゴム製の雨合羽が欠かせない生活を勇一は送るようになった。
そんな勇一を両親は恐れるのは必然……勇一を養護施設に送ろうかという話も上がったが、人間電磁石と化した彼を引き取ってくれる施設は皆無。
何時爆発するかも分からない爆弾を抱えての生活に両親は疲弊し、存在するだけで他人に迷惑を掛けている事を自覚した勇一は部屋に籠もるようになった。
『君が灰崎勇一君だね?』
そんな生活を送っていた勇一の許に、ある日突然フードの付いたボロボロのマントを纏い、車椅子に座った達磨のような男が訪れた。
その異様な風貌に勇一は驚きと怯えを隠せなかったが、そんな彼に男は言う。
勇一を養子として引き取りに来た、と。
その言葉に勇一は首を傾げ、首傾げる彼に男は優しく語り続ける。
両親は勇一を手放す事を決め、孤児となる彼を自分が養子として引き取る事にした、自分の許には彼と同じ境遇の子供が集まっている。
呆然とする勇一に男はくすんだ銀色の右手―この手が義手だと知ったのは後々の事だ―を差し出し、差し出された銀色の右手に彼はおずおずと手を伸ばす。
『さぁ、私達の家に行こうか』
差し出された手をギュッと握る勇一に男は穏やかな笑みを浮かべ、その微笑みに釣られて彼は久し振りの笑みを浮かべた。
コレが勇一と義父の出会い、養子として引き取られた後の勇一は義父から魔術と戦う為の技を教わった。
血の繋がりが無い事を忘れてしまう程の愛情を注いでくれる義父、その大恩に報いる為に勇一は只管己を磨き、自身の身体を顧みる事無く義父の用意したバイトに励んだ。
当時の勇一はまだ生身であり、彼が得意とする超高機動射撃戦は彼の身体に絶大な負担を与え、瞬く間に彼の身体は限界を迎えた。
限界を迎えた身体の治療に専念するよう告げられたのは勇一が一四歳の時、義父の通告に勇一はまだ戦うと告げた。
遠くで泣いている誰かを助ける為に近くの誰かを殺す、理由は立派でも行い自体は罪。
今まで数えきれない程の罪を背負ってきた、コレからも罪を背負って生きていく。
同じ罪を共に背負ってきた義兄弟達が戦っている後ろで自分だけ休むというのは、義父が許しても己自身が許せない。
だから、自分は身体が限界を迎えようとも戦い続ける。
『…………君の覚悟は分かった、君がそう望むなら私はソレに応えよう。だが、』
勇一の覚悟に暫く黙っていた義父は何かを決意したような表情を浮かべ、彼にこう告げる。
コレから勇一が再び戦える身体にする為の準備を始めるが、その準備が終わるまでの間は精神修養以外の訓練とバイトを禁止する。
再び戦える身体になった後、暫くは『馴らし』を兼ねたリハビリに専念する事。
この二つを守れるなら勇一を再び戦える身体にする準備を始める、と。
義父から持ち掛けられた取引に勇一は即座に頷き、その頷きに義父は頷きで返した。
そして、数ヶ月程で準備を終えた義父は勇一にサイボーグへの改造手術を行い、こうしてサイボーグ魔術師・灰崎勇一は誕生したのだ。
「……………………む? 非常に今更だが、父さんは一体何者だ?」
自分がサイボーグになった辺りで脳裏に思い浮かんだ、義父は一体何者なのか? という疑問に勇一は眉間に皺を寄せる。
この世界に召喚されるまで義父の許で過ごしてきたが、思い返してみれば自分は義父の事を殆ど知らない、恐らく義兄弟達も自分と同じだろう。
さて、自分が知っている義父を思い出してみよう。
義父の名は『古代北斗(コシロ・ホクト)』、世が世なら一国一城の主と思える風格を漂わせる和服を着ており、外出時はその上にフードの付いた黄色いボロボロのマントを羽織る。
常に下半分の欠けた鬼の能面を着けており、勇一は勿論、義兄弟達も義父の素顔は一度も見た事が無い。
クラシック音楽と和食を好み、読書が趣味で書斎にある蔵書は図書館顔負けの量を誇る。
どうやって培ってきたのか不明だが、幅の広過ぎる人脈を持ち、その人脈を通じて義父はバイトを用意してくる。
その人脈同様、どうやって蓄えてきたのか分からない程の財産を蓄えており、『家の周りを回るのに車でも平気で一時間は掛かる程』に広い敷地を持つ屋敷に住んでいる。
事故か何かで失ったのか義父は両足と右腕を失った身体障害者で、右腕にはくすんだ銀色の義手を着けている。
移動には車椅子を使うが車椅子での移動は外出時に限り、在宅時は瘤状になった右足から『己の血液で作った義足』を使って移動する。
己の血液を媒介とした血液操作、ソレが義父の最も得意とする魔術であり、勇一が初めて目にした魔術である。
因みに、血の義足を着けた義父の姿は宛ら妖怪・一本ダタラ、引き取られた直後の勇一は夜中にヒョコヒョコと跳ねるように歩く義父を見て大泣きした事がある。
「ぬぅ……」
義父について、自分の知っている事を脳内に挙げた勇一は唸り声を上げる。
勇一を含めた義兄弟達が知っている義父は総じて引き取られた後、自分達を引き取る前の義父の事を自分達は全く知らない。
義父は五〇代後半を自称していたが、一〇年近く経った今でも『義父は引き取られた時と全く同じ』姿をしており、若作りにしてもこの年月では無理がある。
一切不明の経歴、全く変わらぬ姿に加え、最大の疑問は義父の知識と戦闘力。
魔術を使える時点で少なくとも義父は元の世界ではなく、この世界の住人だと思われるが、そうだとしても義父の知識と戦闘力の説明がつかない。
先ず、義父の知識。
言葉で表現するなら『広くて深い』、義父はジャンルを問わず様々な学問に通じているのに加え、その道のプロでも平身低頭する程に博識で、ソレだけなら年の功で一応納得出来る。
然し、『空想の産物に過ぎない嘘科学』であるサイバネティクス技術に通じている点はどう説明する?
既存の知識体系を基に構想を進め、数えきれない程の失敗を繰り返して確立させた。
そう考えるのが妥当なのだが、そうなると今度は実用化に漕ぎつけるまで一体どれだけの年月を費やしてきたのか? という疑問が生まれる。
サイバネティクス技術は一〇年、二〇年で実用化出来るような代物ではなく、少なくとも五〇年以上は確実、若しかしたら一〇〇年以上掛かっているかもしれない。
若しそうだとしたら、気の遠くなる年月を義父は生きてきた事になる。
次に義父の戦闘力。
勇一達の戦闘スタイルは師匠である義父の教えを基に其々独自に鍛え上げた技で、勇一の超高機動射撃も基本部分は義父から学んだモノだ。
義父は勇一達が其々独自に編み出し、鍛えてきた戦闘スタイルにアドバイスをくれる時もあったが、『得意分野が異なるにも拘らず其々に的確なアドバイスをくれたのだ』。
特に勇一の義姉・藍香東(アイカ・アズマ)の戦闘スタイルの骨子となる中国拳法は、学び始めてから達人と呼べる領域に辿り着くまでに身体能力を鍛える外家でも軽く数十年は掛かる程に難しい。
氣を鍛える内家は更に難しく、素手の戦いなら義兄弟でも随一の東ですら内家拳法という山の道程を半分も進んでおらず、精々四分の一程度か。
義父はその知識同様、一体どれだけの時間を研鑽に費やしてきたのだろうか。
加えて、義父の戦闘力は本当に身体障害者なのか? と疑う程に高い。
銃器や刀剣は勿論、魔術も使用禁止、純粋な体術のみ使用可能。
勇一達は攻撃を一発でも当てれば勝利、義父は気絶させるか降参を宣言させれば勝利。
この二つのルールの下で行われる義父との組手を、勇一達は一〇歳を迎えてからこの世界に召喚されるまで毎日続けていた。
然し、勇一は勿論、紅蓮達も今まで一度も勝った事が無く、義父公認の上で『八人総出で挑んだ』事も何度かあったが、それでも軽くあしらわれてしまった。
勇一達の師匠なのだから当然、とも思えるが一対一ならまだしも、八人がかりで挑んでも身体的ハンデを物ともしない戦闘力は最早異常である。
「…………そう言えば、何故父さんは我々を引き取ったのだ?」
文武両道、完璧超人という表現も陳腐になりそうな程に異常なハイスペックを誇る義父。
年齢不詳、経歴不明、謎だらけの義父に頭を悩ませるが、不意に思い浮かんだ疑問に勇一の思考は更に混迷する。
そもそも、何故義父は縁も所縁も無い自分達を養子として引き取ったのだろうか?
『私に血の繋がった子供はいないが、私自身は子供が好きでね……君達のような辛い目に遭っている子供を放っておけなかったんだ』
幼い頃にソレを尋ねてみると義父は穏やかな笑みを浮かべつつそう答えを返し、幼かった勇一―無論、他の義兄弟達も―はソレを素直に信じた。
然し、考えてみると自分達の親戚に何らかの縁があったなら兎も角、放っておけなかった、という理由で見ず知らずの他人の子供を養子として引き取るのだろうか。
確かに魔術の才能という共通点はあるが、ソレ以外は家庭環境も切欠もバラバラだ。
唯一、夜斗だけは義父に引き取られた後で魔術に目覚めたが、引き取られる直前の夜斗は覚醒まで秒読みの段階だったそうだ。
曰く、夜斗は夜毎血を求めるという吸血鬼じみた性癖を持っているが、ソレは彼の魔術の才能の根源に関わるモノらしい。
元々、夜斗は両親から要らない子供扱いされていたそうだから、魔術の才能が目覚めれば何の躊躇いもなく捨てられるのが目に見える。
実際、義父が夜斗を引き取りに赴いた時も、彼の両親は満面の笑みを浮かべていたそうで、その笑みに義父は鋼鉄製の義手で文字通り怒りの『鉄拳』制裁をしてしまったとか。
兎に角、魔術の才能以外に共通点の無い自分達の存在を義父はどうやって知り、その上で自分達を養子として引き取ったのか、その理由が分からない。
分からない、と言えばもう一つ。
環境も切欠もバラバラな勇一達を養子として引き取った義父は彼等に魔術を制御する術を教え、完全に制御出来るようになった後で義父は戦う為の技を教えた。
引き取られたばかりの頃は特に疑問に思わなかったが、考えてみれば何故義父は自分達に戦う為の技を教えたのだろうか。
義務教育である筈の小中学校に通わせず―その代わり、義父が教師として義務教育課程の内容を訓練の合間に教えたのだが―、毎日戦闘訓練を積ませてきた。
毎日繰り返してきた戦闘訓練で得た技はハッキリ言って元の世界の犯罪者やテロリストを相手にするには過剰で、バイトの時は手加減していた程だ。
「…………まさか、な」
常人相手には過剰な技を学ばせた理由に勇一は苦笑する。
自分達が魔術と巨大ロボットの存在するこの世界に召喚され、この地で戦う事を見越して義父は自分達に魔術と技を教えたのだろうか。
若しそうだとすれば常人相手には過剰な技を学ばせたのも分かるが、義父は自分達がこの世界に召喚されるのを予見していた事になる。
(それに……)
幼い頃から義父に聞かされた『善悪相殺』……善と悪は表裏一体、戦とは命を奪うだけの醜い行為であり、相手と対話して理解する事が真の平和を齎す。
故に相手の善、相手の正義を一方的に悪と断ずる独善こそ、真の悪である。
善悪相殺を骨の髄―まぁ、勇一の骨に髄は無いのだが―まで教え込まれた勇一は、平和を愛する魔物を一方的に悪と決め付ける教団を許容する事は出来ない。
故に、勇一が魔物の味方に付くのは自然であり、性交を何より好む魔物の味方となる以上、魔物と『そういう関係』になるのも必然。
「……………………」
この世界に召喚されるだけでなく、勇一が魔物と肉体関係を持つ事すらも見越して、態々サイボーグには不要な生殖器を残したのだとすれば、その先見の明は最早予知の領域。
予知じみた先見の明を持ち、控えめに表現しても『超人』と言える人物を義父に持った事に勇一は顔をクシャクシャに歪めるしかない。
水溜まりだと思って足を突っ込んでみたら実は底無し沼でした、そんな気分である。
「…………まぁ、今考えても仕方ないか」
分からない事を考えて悩むより今後を考えよう、義父の文字通り底の知れない恐ろしさに顔を歪めていた勇一は頭を振って考察を中断して立ち上がる。
義父の事を考えている間に操縦出来るくらいには体力が戻ってきた、これなら暫くは空を飛べるだろう。
「さて……」
寄り添うように寝ているライカとメリルを副操縦席に移し、操縦席に戻った勇一は灰雷凰を再起動させる。
腹に響く重低音、籠手のワイヤーを通じて自分と灰雷凰が一体化する。
「アーカムに来い、と言っていたな」
アーカムに来い、と軍装リリムは二人に言ったそうだが、最初に離反した紅蓮がアーカムに向かうと告げてネルカティエを去った以上、元からそのつもりである。
一心、夜斗、ルエリィの三人も今頃アーカムに向かっているだろうし、二番目に離反した一心は既に到着している可能性が高い。
「紅蓮達を待たせるのも気が引ける、一刻も早くアーカムに向かうとしよう」
木々を薙ぎ倒しながら森から飛び立った勇一は機械仕掛けの双眸を、義兄三人と元王女の待つアーカムへと向ける。
「魔王の住まう地であるアーカムなら、元の世界に帰る術が見つかるかもしれん」
魔王が住まうアーカム……其処に行けば義兄達と合流出来るだけでなく、元の世界に帰る為の方法が見つかるかもしれない。
若し、その方法が見つかったら先ずは義父に会いにいこう。
そして、心から愛するライカとメリルを義父に紹介しよう。
「さぁ、いざ行かん、アーカムへ!」
そう思いながら勇一は戦闘機形態へ変形し、推進器を一気に吹かして空を翔ける。
目指すはアーカム、義兄達が待つ地に向かって鋼鉄の異形は飛翔する。
彼の地で待つ運命を勇一は知らないまま……
ライカとメリルの熱烈な求愛が終わり、一人意識を残している勇一は疲労の溜息を吐く。
慣れない戦闘に加え、操縦席に淫らな香りが籠もる程に濃厚な交わりの疲れからか、勇一に寄り添うように二人は安らかな寝息を立てている。
安らかな寝息を立てる二人を愛おしそうに見つめながら勇一は過去に耽る。
灰崎勇一もまた、本来なら存在し得ぬ魔術の才能で両親から捨てられた過去を持ち、その才能が目覚めたのは勇一の叔父が彼の家を訪れた時だ。
温厚な両親は叔父が家を訪ねると揃って喧嘩腰になり、顔を合わせる度に両親を怒らせる叔父を当時四歳の勇一は嫌っていた。
その頃は事情を知らなかったが叔父は無類のギャンブル好き、而も大穴を狙っては何時も外し、偶に当たっても調子に乗って大穴を狙っては外して、を繰り返していたそうだ。
実際、危ない金融業者に手を出しており、何時か東京湾に浮かぶか鮪漁船にでも強制的に乗せられるのでは? と両親も呆れていた程だ。
『なぁ、勇一君。お前さんからも兄貴に何か言ってくれよ』
その日、金の無心に来たのはいいが借りる事も出来ずに追い返された叔父は、藁にも縋る思いで父に金を貸してくれるよう頼んでくれ、と勇一に頼んだ。
無論、そんな事を言っても幼い勇一にはさっぱり訳が分からず、彼を内心嫌っていた事もあって勇一は首を横に振り続けた。
『ぐ、ぎぎぎ……こんのガキぁ、人が頼んでるっつぅのに……一度大人の怖さってモンを教えてやろうか、あぁん!?』
首を横に振り続ける勇一に叔父はしつこく食い下がるが、頑なに断り続ける彼にとうとう痺れを切らしたのか。
場末のチンピラじみた声を上げながら叔父が勇一の腕を掴んだ、その時だ。
『ぎゃあぁぁああぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあぁあああぁぁっ!?』
迸る電流、響く悲鳴……勇一の腕を掴んだ瞬間、掴んだ場所から叔父に電流が走り、全身を駆け巡る高圧電流に叔父が絶叫を上げたのだ。
その絶叫に両親が慌てて飛び出した時、其処には白い煙を全身から昇らせて気絶している叔父と突然の絶叫に困惑する勇一。
何が起きたのかは全く分からないが放っておけば危ないのは分かる。
ピクピクと痙攣する叔父を前に両親は急いで救急車を呼び、幸い命は取り留めたが叔父は全治数ヶ月の重傷を負った。
この一件を機に勇一は魔術に目覚め、目覚めてからの彼は人間電磁石と化した。
一度くっ付くと大人が思いっきり引っ張らないと取れなくなる程に強力な磁力、ゴム手袋無しでは手を近付ける事も出来ない程の電流。
平時はこの程度で済むが、勇一の感情が不安定になるのに比例して磁力と電流は強くなり、周囲の電化製品が一斉に爆発する事もあった。
この二つを抑え、制御する術を幼い勇一が持っている筈も無く、何時如何なる時もゴム製の雨合羽が欠かせない生活を勇一は送るようになった。
そんな勇一を両親は恐れるのは必然……勇一を養護施設に送ろうかという話も上がったが、人間電磁石と化した彼を引き取ってくれる施設は皆無。
何時爆発するかも分からない爆弾を抱えての生活に両親は疲弊し、存在するだけで他人に迷惑を掛けている事を自覚した勇一は部屋に籠もるようになった。
『君が灰崎勇一君だね?』
そんな生活を送っていた勇一の許に、ある日突然フードの付いたボロボロのマントを纏い、車椅子に座った達磨のような男が訪れた。
その異様な風貌に勇一は驚きと怯えを隠せなかったが、そんな彼に男は言う。
勇一を養子として引き取りに来た、と。
その言葉に勇一は首を傾げ、首傾げる彼に男は優しく語り続ける。
両親は勇一を手放す事を決め、孤児となる彼を自分が養子として引き取る事にした、自分の許には彼と同じ境遇の子供が集まっている。
呆然とする勇一に男はくすんだ銀色の右手―この手が義手だと知ったのは後々の事だ―を差し出し、差し出された銀色の右手に彼はおずおずと手を伸ばす。
『さぁ、私達の家に行こうか』
差し出された手をギュッと握る勇一に男は穏やかな笑みを浮かべ、その微笑みに釣られて彼は久し振りの笑みを浮かべた。
コレが勇一と義父の出会い、養子として引き取られた後の勇一は義父から魔術と戦う為の技を教わった。
血の繋がりが無い事を忘れてしまう程の愛情を注いでくれる義父、その大恩に報いる為に勇一は只管己を磨き、自身の身体を顧みる事無く義父の用意したバイトに励んだ。
当時の勇一はまだ生身であり、彼が得意とする超高機動射撃戦は彼の身体に絶大な負担を与え、瞬く間に彼の身体は限界を迎えた。
限界を迎えた身体の治療に専念するよう告げられたのは勇一が一四歳の時、義父の通告に勇一はまだ戦うと告げた。
遠くで泣いている誰かを助ける為に近くの誰かを殺す、理由は立派でも行い自体は罪。
今まで数えきれない程の罪を背負ってきた、コレからも罪を背負って生きていく。
同じ罪を共に背負ってきた義兄弟達が戦っている後ろで自分だけ休むというのは、義父が許しても己自身が許せない。
だから、自分は身体が限界を迎えようとも戦い続ける。
『…………君の覚悟は分かった、君がそう望むなら私はソレに応えよう。だが、』
勇一の覚悟に暫く黙っていた義父は何かを決意したような表情を浮かべ、彼にこう告げる。
コレから勇一が再び戦える身体にする為の準備を始めるが、その準備が終わるまでの間は精神修養以外の訓練とバイトを禁止する。
再び戦える身体になった後、暫くは『馴らし』を兼ねたリハビリに専念する事。
この二つを守れるなら勇一を再び戦える身体にする準備を始める、と。
義父から持ち掛けられた取引に勇一は即座に頷き、その頷きに義父は頷きで返した。
そして、数ヶ月程で準備を終えた義父は勇一にサイボーグへの改造手術を行い、こうしてサイボーグ魔術師・灰崎勇一は誕生したのだ。
「……………………む? 非常に今更だが、父さんは一体何者だ?」
自分がサイボーグになった辺りで脳裏に思い浮かんだ、義父は一体何者なのか? という疑問に勇一は眉間に皺を寄せる。
この世界に召喚されるまで義父の許で過ごしてきたが、思い返してみれば自分は義父の事を殆ど知らない、恐らく義兄弟達も自分と同じだろう。
さて、自分が知っている義父を思い出してみよう。
義父の名は『古代北斗(コシロ・ホクト)』、世が世なら一国一城の主と思える風格を漂わせる和服を着ており、外出時はその上にフードの付いた黄色いボロボロのマントを羽織る。
常に下半分の欠けた鬼の能面を着けており、勇一は勿論、義兄弟達も義父の素顔は一度も見た事が無い。
クラシック音楽と和食を好み、読書が趣味で書斎にある蔵書は図書館顔負けの量を誇る。
どうやって培ってきたのか不明だが、幅の広過ぎる人脈を持ち、その人脈を通じて義父はバイトを用意してくる。
その人脈同様、どうやって蓄えてきたのか分からない程の財産を蓄えており、『家の周りを回るのに車でも平気で一時間は掛かる程』に広い敷地を持つ屋敷に住んでいる。
事故か何かで失ったのか義父は両足と右腕を失った身体障害者で、右腕にはくすんだ銀色の義手を着けている。
移動には車椅子を使うが車椅子での移動は外出時に限り、在宅時は瘤状になった右足から『己の血液で作った義足』を使って移動する。
己の血液を媒介とした血液操作、ソレが義父の最も得意とする魔術であり、勇一が初めて目にした魔術である。
因みに、血の義足を着けた義父の姿は宛ら妖怪・一本ダタラ、引き取られた直後の勇一は夜中にヒョコヒョコと跳ねるように歩く義父を見て大泣きした事がある。
「ぬぅ……」
義父について、自分の知っている事を脳内に挙げた勇一は唸り声を上げる。
勇一を含めた義兄弟達が知っている義父は総じて引き取られた後、自分達を引き取る前の義父の事を自分達は全く知らない。
義父は五〇代後半を自称していたが、一〇年近く経った今でも『義父は引き取られた時と全く同じ』姿をしており、若作りにしてもこの年月では無理がある。
一切不明の経歴、全く変わらぬ姿に加え、最大の疑問は義父の知識と戦闘力。
魔術を使える時点で少なくとも義父は元の世界ではなく、この世界の住人だと思われるが、そうだとしても義父の知識と戦闘力の説明がつかない。
先ず、義父の知識。
言葉で表現するなら『広くて深い』、義父はジャンルを問わず様々な学問に通じているのに加え、その道のプロでも平身低頭する程に博識で、ソレだけなら年の功で一応納得出来る。
然し、『空想の産物に過ぎない嘘科学』であるサイバネティクス技術に通じている点はどう説明する?
既存の知識体系を基に構想を進め、数えきれない程の失敗を繰り返して確立させた。
そう考えるのが妥当なのだが、そうなると今度は実用化に漕ぎつけるまで一体どれだけの年月を費やしてきたのか? という疑問が生まれる。
サイバネティクス技術は一〇年、二〇年で実用化出来るような代物ではなく、少なくとも五〇年以上は確実、若しかしたら一〇〇年以上掛かっているかもしれない。
若しそうだとしたら、気の遠くなる年月を義父は生きてきた事になる。
次に義父の戦闘力。
勇一達の戦闘スタイルは師匠である義父の教えを基に其々独自に鍛え上げた技で、勇一の超高機動射撃も基本部分は義父から学んだモノだ。
義父は勇一達が其々独自に編み出し、鍛えてきた戦闘スタイルにアドバイスをくれる時もあったが、『得意分野が異なるにも拘らず其々に的確なアドバイスをくれたのだ』。
特に勇一の義姉・藍香東(アイカ・アズマ)の戦闘スタイルの骨子となる中国拳法は、学び始めてから達人と呼べる領域に辿り着くまでに身体能力を鍛える外家でも軽く数十年は掛かる程に難しい。
氣を鍛える内家は更に難しく、素手の戦いなら義兄弟でも随一の東ですら内家拳法という山の道程を半分も進んでおらず、精々四分の一程度か。
義父はその知識同様、一体どれだけの時間を研鑽に費やしてきたのだろうか。
加えて、義父の戦闘力は本当に身体障害者なのか? と疑う程に高い。
銃器や刀剣は勿論、魔術も使用禁止、純粋な体術のみ使用可能。
勇一達は攻撃を一発でも当てれば勝利、義父は気絶させるか降参を宣言させれば勝利。
この二つのルールの下で行われる義父との組手を、勇一達は一〇歳を迎えてからこの世界に召喚されるまで毎日続けていた。
然し、勇一は勿論、紅蓮達も今まで一度も勝った事が無く、義父公認の上で『八人総出で挑んだ』事も何度かあったが、それでも軽くあしらわれてしまった。
勇一達の師匠なのだから当然、とも思えるが一対一ならまだしも、八人がかりで挑んでも身体的ハンデを物ともしない戦闘力は最早異常である。
「…………そう言えば、何故父さんは我々を引き取ったのだ?」
文武両道、完璧超人という表現も陳腐になりそうな程に異常なハイスペックを誇る義父。
年齢不詳、経歴不明、謎だらけの義父に頭を悩ませるが、不意に思い浮かんだ疑問に勇一の思考は更に混迷する。
そもそも、何故義父は縁も所縁も無い自分達を養子として引き取ったのだろうか?
『私に血の繋がった子供はいないが、私自身は子供が好きでね……君達のような辛い目に遭っている子供を放っておけなかったんだ』
幼い頃にソレを尋ねてみると義父は穏やかな笑みを浮かべつつそう答えを返し、幼かった勇一―無論、他の義兄弟達も―はソレを素直に信じた。
然し、考えてみると自分達の親戚に何らかの縁があったなら兎も角、放っておけなかった、という理由で見ず知らずの他人の子供を養子として引き取るのだろうか。
確かに魔術の才能という共通点はあるが、ソレ以外は家庭環境も切欠もバラバラだ。
唯一、夜斗だけは義父に引き取られた後で魔術に目覚めたが、引き取られる直前の夜斗は覚醒まで秒読みの段階だったそうだ。
曰く、夜斗は夜毎血を求めるという吸血鬼じみた性癖を持っているが、ソレは彼の魔術の才能の根源に関わるモノらしい。
元々、夜斗は両親から要らない子供扱いされていたそうだから、魔術の才能が目覚めれば何の躊躇いもなく捨てられるのが目に見える。
実際、義父が夜斗を引き取りに赴いた時も、彼の両親は満面の笑みを浮かべていたそうで、その笑みに義父は鋼鉄製の義手で文字通り怒りの『鉄拳』制裁をしてしまったとか。
兎に角、魔術の才能以外に共通点の無い自分達の存在を義父はどうやって知り、その上で自分達を養子として引き取ったのか、その理由が分からない。
分からない、と言えばもう一つ。
環境も切欠もバラバラな勇一達を養子として引き取った義父は彼等に魔術を制御する術を教え、完全に制御出来るようになった後で義父は戦う為の技を教えた。
引き取られたばかりの頃は特に疑問に思わなかったが、考えてみれば何故義父は自分達に戦う為の技を教えたのだろうか。
義務教育である筈の小中学校に通わせず―その代わり、義父が教師として義務教育課程の内容を訓練の合間に教えたのだが―、毎日戦闘訓練を積ませてきた。
毎日繰り返してきた戦闘訓練で得た技はハッキリ言って元の世界の犯罪者やテロリストを相手にするには過剰で、バイトの時は手加減していた程だ。
「…………まさか、な」
常人相手には過剰な技を学ばせた理由に勇一は苦笑する。
自分達が魔術と巨大ロボットの存在するこの世界に召喚され、この地で戦う事を見越して義父は自分達に魔術と技を教えたのだろうか。
若しそうだとすれば常人相手には過剰な技を学ばせたのも分かるが、義父は自分達がこの世界に召喚されるのを予見していた事になる。
(それに……)
幼い頃から義父に聞かされた『善悪相殺』……善と悪は表裏一体、戦とは命を奪うだけの醜い行為であり、相手と対話して理解する事が真の平和を齎す。
故に相手の善、相手の正義を一方的に悪と断ずる独善こそ、真の悪である。
善悪相殺を骨の髄―まぁ、勇一の骨に髄は無いのだが―まで教え込まれた勇一は、平和を愛する魔物を一方的に悪と決め付ける教団を許容する事は出来ない。
故に、勇一が魔物の味方に付くのは自然であり、性交を何より好む魔物の味方となる以上、魔物と『そういう関係』になるのも必然。
「……………………」
この世界に召喚されるだけでなく、勇一が魔物と肉体関係を持つ事すらも見越して、態々サイボーグには不要な生殖器を残したのだとすれば、その先見の明は最早予知の領域。
予知じみた先見の明を持ち、控えめに表現しても『超人』と言える人物を義父に持った事に勇一は顔をクシャクシャに歪めるしかない。
水溜まりだと思って足を突っ込んでみたら実は底無し沼でした、そんな気分である。
「…………まぁ、今考えても仕方ないか」
分からない事を考えて悩むより今後を考えよう、義父の文字通り底の知れない恐ろしさに顔を歪めていた勇一は頭を振って考察を中断して立ち上がる。
義父の事を考えている間に操縦出来るくらいには体力が戻ってきた、これなら暫くは空を飛べるだろう。
「さて……」
寄り添うように寝ているライカとメリルを副操縦席に移し、操縦席に戻った勇一は灰雷凰を再起動させる。
腹に響く重低音、籠手のワイヤーを通じて自分と灰雷凰が一体化する。
「アーカムに来い、と言っていたな」
アーカムに来い、と軍装リリムは二人に言ったそうだが、最初に離反した紅蓮がアーカムに向かうと告げてネルカティエを去った以上、元からそのつもりである。
一心、夜斗、ルエリィの三人も今頃アーカムに向かっているだろうし、二番目に離反した一心は既に到着している可能性が高い。
「紅蓮達を待たせるのも気が引ける、一刻も早くアーカムに向かうとしよう」
木々を薙ぎ倒しながら森から飛び立った勇一は機械仕掛けの双眸を、義兄三人と元王女の待つアーカムへと向ける。
「魔王の住まう地であるアーカムなら、元の世界に帰る術が見つかるかもしれん」
魔王が住まうアーカム……其処に行けば義兄達と合流出来るだけでなく、元の世界に帰る為の方法が見つかるかもしれない。
若し、その方法が見つかったら先ずは義父に会いにいこう。
そして、心から愛するライカとメリルを義父に紹介しよう。
「さぁ、いざ行かん、アーカムへ!」
そう思いながら勇一は戦闘機形態へ変形し、推進器を一気に吹かして空を翔ける。
目指すはアーカム、義兄達が待つ地に向かって鋼鉄の異形は飛翔する。
彼の地で待つ運命を勇一は知らないまま……
15/01/15 02:34更新 / 斬魔大聖
戻る
次へ