Report.13 俺と糞ガキと凍土の決戦
〜大陸最北方・常吹雪の永久凍土〜
「「…………」」
俺、エヴァン・シャルズヴェニィは糞ガキ……オリバー・ウェイトリィと睨み合ってた。
セレファイスで糞ガキと対峙した俺はゲイリーから渡された紅い宝石を使い、俺が選んだ決戦場へと転移した。
「……はっ、僕とテメェの決着を付けるには中々の場所じゃねぇか」
無言で睨み合ってると、糞ガキが沈黙を破った。
そう、俺が決戦場として選んだのは常吹雪の永久凍土……俺が将来有望と注目される切欠になった地であり、ある意味では糞ガキとの因縁が生まれた地でもある。
「だけど、ちょっと寒過ぎだよなぁ。来いよ、エヴァン……良い場所に案内してやる」
そう言ってから糞ガキは俺に背を向けて歩き出し、俺は糞ガキの後を追った。
「「…………」」
カツン、カツン…と足音だけが響く。
俺が糞ガキに案内されたのは、俺が『星間駆ける皇帝の葬送曲』の術式が記された魔法書を見つけた旧世代の遺跡。
何で、糞ガキが此処を知ってるのかが不思議なんだが……まぁ、いいさ。
兎に角、俺と糞ガキは無言で旧世代の遺跡の地下へと続く階段を歩き続けた。
「……なぁ、糞ガキ」
「……んだよ」
どれだけ歩いてきたのか、俺は糞ガキに話し掛けると糞ガキは億劫そうに反応した。
無視されると思ってたんだが、反応したんなら重畳。
俺は前から疑問に思ってた事を、糞ガキに聞いてみた。
「お前、何で魔物を憎む。何で、あんな怪物を生み出してまで魔物を滅ぼそうとするんだ」
「……はっ」
何故魔物を憎むのか、何故怪物を生み出してまで滅ぼそうとするのか……ソレを聞いてみると糞ガキは鼻で笑った。
「冥土の土産に教えてやらぁ、何で僕が屑共を滅ぼそうとしてるのかをよぉ……」
「僕は主神教の根っからの信者でなぁ……」
曰く、糞ガキは当時の教団の教会に捨てられた孤児、ガキの時から教団の教えを受けながら育ってきた。
魔物は敵だと教え込まれた糞ガキが教団に入団するのは当然、糞ガキは教団の教えに忠実に従い、当時の魔物を討ち続けた。
「テメェ、神様の夢を見たって言ってたなぁ……僕も見たんだよ、神様の夢をなぁ」
糞ガキは見た、神様の夢を……あのクソッタレな神様が夢の中に現れ、糞ガキに告げた。
『魔物と魔物を統べる魔王は、神たる我の失敗作なり。
我が創りし箱庭に住まう事許されるは、我が愛する人間と同胞のみ。
失敗作たる魔物が我の箱庭に住まう事、神たる我は許さぬ、認めぬ。
故に、神たる我は魔物を滅ぼす、魔物は一匹たりとも存在を許さぬ』
俺はその傲慢さが嫌で嫌で目を抉り抜いたが、糞ガキは違った。
根っからの信者である糞ガキはクソッタレな神様の御告げを聞けた事を喜び、より一層に魔物の討伐に尽力した。
「正直、屑共を憎いと思った事はねぇんだよ。害虫駆除に、憎悪も何もねぇだろ?」
じゃぁ、つまり、何だ?
コイツは『魔物を憎んでる』から滅ぼそうとしてるんじゃなくて、『クソッタレな神様から与えられた使命を熱心に励んでた』だけなのか?
うっわぁ、憎悪よりも性質が悪ぃぞ、オイ……憎悪ならコイツも辛かったんだなぁって、ちょっとは同情出来るし、ソレは間違ってると説得すればいい。
だが、使命感となれば話は別だ。
親魔物派の俺が『魔物は良き隣人、愛すべき存在』と信じてるように、糞ガキは『魔物は悪しき存在、滅ぼすべき敵』だと信じてる。
糞ガキは魔物を滅ぼす事が『正しい』と信じてる。
コレが正しい、コレが正義なんだと盲目的に信じてる。
一途を通り越して狂信に等しい使命感に説得は無駄だ……なにせ『魔物は滅ぼすべき存在』と盲目的に信じてるコイツからしてみれば、『何処が間違ってるんだ』って話になる。
「まぁ、あん時は殺り過ぎて危なかったけどな!」
クソッタレな神様の御告げを聞いた糞ガキは使命を果たすべく、以前よりも熱心に魔物の討伐に励み、魔物は勿論、今で言う親魔物派の人間も『魔物』と見做して虐殺三昧。
魔物と人間が結託して討伐に乗り出した事に危険を感じ、糞ガキはこの常吹雪の永久凍土に逃げ込んだ。
常吹雪の永久凍土へと逃げた糞ガキは、魔物を滅ぼす為の魔法や兵器を研究する為の研究所を造り、魔物を滅ぼす為の研究に没頭した。
『星間駆ける皇帝の葬送曲』を始めとした窮極魔法。
『魔物娘捕食者』の原型は、コレ等の研究の成果だそうだ。
「『生命創造』の応用で僕は寿命を伸ばしたけどよぉ、流石に魔物を滅ぼす前にくたばる訳にはいかねぇからなぁ」
三〇年程研究に没頭し、研究に一区切りをつけた糞ガキは一度研究所を封鎖。
研究所を後にした糞ガキは氷属性魔法を応用した超長期睡眠を使って、常吹雪の永久凍土の地下洞窟で眠りに就いた。
んで、目覚めたのが九年前で、其処から先はスティーリィから聞いた話通りだ。
「話は終わりだ……丁度良い具合に辿り着いたぜ」
話を聞いてる間に目的地に辿り着いたらしい。
俺と糞ガキの前には、俺の二倍はありそうな石造りのデカい扉が立ち塞がってた。
糞ガキはデカい扉の前に立ち、右腕を扉に翳し
『I am Providence』
何かの術式を詠唱すると、扉が重厚な音と共にゆっくりと開く。
「『I am Providence(我は神意なり)』、この扉を開く為の符丁さ。僕らしいだろ?」
何処がだ、糞野郎。
「此処、は……」
扉の先は矢鱈と広い空間……真っ暗だから全体を把握し辛いが、庭も含めたローラさんの屋敷がスッポリ収まる程の広さなのは間違い無い。
真っ暗な空間を俺と糞ガキは歩いてると、不意に糞ガキが立ち止まって指を鳴らし、等間隔で灯りが点く。
灯りのお陰で把握出来るようになったが、やっぱり広いな……俺と糞ガキが立ってるのは矢鱈と広い空間の中央で、周囲の床の所々には赤黒い染みがあるんだが、若しかして。
「此処は『GE』の試験運用場だ……此処にとっ捕まえた屑共を閉じ込めて、生み出した『GE』の性能とかを試してたのさ」
やっぱりか、糞野郎! 床の赤黒い染み、テメェに殺された魔物達の血か!
「さぁ、決着を付けようぜぇ! エヴァン・シャルズヴェニィィ―――――――ッ!!」
「あぁ、上等だぁ! 決着付けんぞ、オリバー・ウェイトリィィ―――――――ッ!!」
俺に向き直った糞ガキは決着を付けるぞと叫び、俺も糞ガキの叫びに負けねぇように叫ぶ。
さぁ、決着を付けんぞ、オリバー・ウェイトリィ!
×××
「「おぉぉおおおぉぉおぉぉおおぉぉおおぉおぉおおおぉおおぉぉぉ!!」」
決戦の開幕は、魔法も何も無い純粋な殴り合いから始まった。
俺の拳が糞ガキの顔面に突き刺さり、糞ガキの拳が俺の腹に突き刺さる。
身長差があるから仕方ないが、腹に拳はめっちゃ痛い!
痛いのを我慢して、俺と糞ガキは只管に殴り続ける。
殴る、殴る、頭突き、殴る、殴る、頭突き、殴る、殴る、頭突き、殴る、頭突き、頭突き、頭突き、殴る、殴る、殴る。
魔法もへったくれも無ぇ、後退もしねぇ、鼻血が出ようと、口の中を切ろうとも、ただ只管に俺と糞ガキは互いを殴り続ける!
「いい、加減、ブッ殺されろぉぉ―――――――っ!!」
「そりゃ、コッチの、台詞だぁぁ―――――――っ!!」
殴る、殴る殴る殴る、殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る!
俺と糞ガキは只管に殴り合い、殴り合いは頭突き合戦に移行する。
頭突き、頭突き頭突き頭突き、頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き、頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き!
何かもう、釘を叩く金槌の気分だ! コンチクショウッ!
「んがっ!?」
糞ガキの頭が俺の鼻に突き刺さり、鼻血が出そうになったがお構い無し。
「んごっ!?」
俺は糞ガキの頭へと頭突きをかまし、頭突きをかまされた糞ガキは呻く。
「調子に、乗んじゃ、ねぇぇ―――――――っ!!」
涙目で叫びながら糞ガキは俺の顎目掛けて拳を振り上げ、俺の意識がグラリと揺れる。
「この、や、ろう、がぁぁ――――――――っ!!」
顎の一撃で意識が飛びそうになったが、俺は意識を気力で手繰り寄せて蹴りを放つ。
「#%$*¥@;&§!?」
何だ? 何か、カーンって鍋を叩いたような幻聴が……って、あ、金的。
俺の蹴りは糞ガキの股間へ入り、糞ガキは声にならない叫びを上げる。
「∀〒£○☆△¢≒♂!?」
おふぅっ!? こ、股間に筆舌し難い痛みが! 我が息子に激痛がぁ!
何事かと見れば、糞ガキの蹴りが俺の股間に入ってた。
仕返しだな! 仕返しなんだな、畜生っ!
「「こ、の、野郎ぉぉ――――――っ!!」」
互いに股間を蹴っ飛ばされた俺と糞ガキは妙ちきりんな顔で拳を振るい、
「うごぉっ!?」
「ぐはぁっ!?」
振るわれた拳は交差して互いの顔面に突き刺さり、俺と糞ガキは揃って後ずさる。
「が、ぁぁ……殴り合いは、此処までだ! 次は魔法といこうじゃねぇか!」
「上等だぁ!」
「うぅおぉぉらぁぁ――――――っ!!」
「おぉぉおおぉおぉぉおぉおおぉっ!!」
殴り合いの次は魔法対決……俺は空中を駆けつつ『風刃』を連射し、糞ガキは転移を駆使して魔力の巨腕で殴り掛かる。
巨腕を避けつつ『風刃』を放ち、『風刃』が巨腕で弾かれ、転移で背後を取られたら急降下して背後からの一撃を避け、『旋風刃』で仕返ししたら竜巻を殴り飛ばされて、ってオイッ!
風を『殴り飛ばして』軌道を逸らすなんて、何かと非常識的な魔法でも非常識過ぎじゃねぇか、コンチキショウッ!
「ちっ! 魔力腕じゃ駄目か! 久し振りに使うとすっかねぇ!」
「っ!?」
青痣だらけの顔を歪めた糞ガキに、俺は嫌な予感を抱く。
その嫌な予感は直ぐに的中した……糞ガキの背後に黒い渦が現れ、渦の中から無数の岩が飛び出してきやがった!
「『果て無き虚空からの小さな贈り物(リトル・リトル・メテオプレゼント)』! エヴァン、ブッ潰れろやぁぁ――――――っ!!」
渦から現れた無数の岩は俺目掛けて飛んできて、隙間を縫うように俺は高速で飛び回る。
全弾、何とか避けきったと思ったが、そうは問屋が卸さないみてぇだった。
「…………っ!?」
嫌な予感がして急上昇したら、俺が居た所をさっき避けた岩が通り過ぎてった。
危ねぇ、気付かなかったら全身が粉砕骨折してたぜ……って、まさか!
「ぬおぉぉっ!?」
即座に急下降すると、さっき通り過ぎた岩とは別の岩が俺が居た所を通り過ぎた。
やっぱりか、畜生っ! この岩、『俺を追い掛けてきやがる』!
遅いのが幸いだが、四方八方から執拗に追い掛ける岩に俺は回避に専念するしかない。
クソッタレ! そもそも、何処が『小さな贈り物』だ!
一番小さい岩でも、『俺をペシャンコに潰すには充分過ぎる大きさ』じゃねぇか!
「アァッハハハハハハハハハッ!! 逃げろ、逃げろぉぉ――――――っ!!」
無様に逃げ回る俺に、高笑いする糞ガキだが……コイツを良い気分にさせるのは、滅茶苦茶腹が立つ!
「ん、なろぉぉ――――――っ!!」
俺は両手から『嵐鎚』を放ち、『嵐鎚』を維持したまま独楽の如く空中で回転する。
『嵐鎚』に巻き込まれた岩はズタズタに刻まれて徐々に数を減らし、残りが少なくなった所で
「『大嵐刃』!」
俺を包むように『大嵐刃』を放ち、迫る岩をまとめて切り刻む!
「へぇ、やるじゃねぇか! なら、さぁぁ――――――っ!!」
執拗に追跡する岩が一掃された糞ガキは、俺の真上に転移して次の一手を放つ。
「『果て無き虚空の小さな雨(リトル・リトル・メテオレイン)』!」
突き出された腕の前に小さめの黒い渦が現れ、
「今度は、そうくるかぁ!?」
渦から小石―それでも、フェランの拳くらいはあるんだが―が豪雨の如く、俺に降り注ぐ!
流石にコイツは避けきれねぇ……俺は腕を天に突き出して『障壁』を展開、降り注がれる小石の豪雨を凌ぐ。
降り注がれる小石の豪雨が『障壁』を叩き、俺は兎に角小石の豪雨が止むのを待ち続ける。
「ヒャァッハハハハハハッ!! さっさと諦めて、穴だらけになっちまいなぁ! 地獄で、テメェの大好きな屑共が待ってるぜぇ!」
「な、ん、だとぉぉ!?」
何を言ってやがる、この糞ガキ……苦戦はするだろうが、フェラン達が『魔物娘捕食者』程度にやられる訳がねぇだろが。
「ははっ! そう思ってんのかよぉ? 残念だが、今回用意した『GE』は特別製なんでなぁ! 今回用意した『GE』は全部『僕』なんだよぉ!」
な、に……?
「テメェの大好きな屑共を、僕は一応認めてるんでなぁ……ソイツ等用に『生命創造』で作った僕の分身と融合させた『GE』を用意しておいたのさぁ!」
小石の豪雨を降らせながら、糞ガキは喋る。
フェラン達とぶつける事を前提に糞ガキは新しい『魔物娘捕食者』を生み出し、新造した『魔物娘捕食者』と糞ガキの分身を融合させた。
糞ガキの分身と融合した『魔物娘捕食者』はフェラン達を見つけ、殺す事を優先に活動し、嘗て俺達が戦った時以上の能力を持つ。
「今頃、テメェの大好きな屑共は、『僕』にブッ殺されてるだろうなぁ! だからよぉ……テメェも、さっさとくたばりやがれぇ! アァッハハハハハハハハハハッ!!」
糞ガキは高笑いしながら、更に激しく小石の豪雨を降らせ、俺を穴だらけにしようとする。
「…………んな」
「あぁん?」
「ふ、ざ、け、ん、な、っつってんだろぉぉ――――――っ!!」
糞ガキの言葉に、只でさえ切れかけてた堪忍袋の緒が切れた。
「『風よ、風よ、光輝く世界に吹き渡れ、汝が運ぶは平穏と幸福。風よ、風よ、闇蠢く世界に吹き渡れ、汝が運ぶは希望と勇気』」
「なっ……テメェ、まさか!?」
『障壁』を維持しながら俺は魔力を高め、高まる魔力に糞ガキが驚く。
「『清廉なる風は正しき世界に歓喜と祝福を、勇猛なる風は悪しき世界に絶望と慟哭を齎せ』」
「くっ、このぉぉ――――――っ!!」
俺が放とうとしてる魔法に気付いた糞ガキは小石の豪雨の勢いを強めるが、もう手遅れだ。
「『優しく、温かな風吹く世界に汝等邪悪、棲まう場所無し! 気高く、力強き風吹く世界に汝等暗黒、生きる価値無し!』」
そして、俺は最後の術式を唱える。
「『勇気と絶望を齎す偉大なる神の指(テンペスタース・フォルティトゥド・デスペラティオ)』!」
最後の術式を詠唱して俺は左腕を突き出すと、俺の指から『大嵐刃』が微風程度に思える程の超弩級巨大竜巻が五つ、真上の糞ガキ目掛けて放たれる!
放たれた五つの超弩級巨大竜巻は小石の豪雨を削り取りながら、糞ガキへと殺到する。
「う、ぐ、がぁぁ―――――――――――っ!?」
超弩級巨大竜巻に飲み込まれた糞ガキは、圧倒的で絶対的な自然の暴力に振り回される。
その身体は捩じられ、引き裂かれ、糞ガキは襤褸雑巾以下の肉塊へと成り
「グゾッダレ゛ガア゛ァァ―――――――――ッ!!」
果てなかった!?
捩じられ、引き裂かれながらも糞ガキは魔力を高め、高めた魔力を一気に放出して超弩級巨大竜巻をまとめて打ち消した。
「冗談だろ、オイ!?」
『勇気と絶望を齎す偉大なる神の指』は大導師級しか使えない、風属性最強の攻撃魔法。
ソレを、あの糞ガキは耐えた上に打ち消しやがった!
「ガ、ギグ、ゴガガ……」
『勇気と絶望を齎す偉大なる神の指』を耐えた上に打ち消した事に俺は驚きを隠せないが……流石に糞ガキもボロボロのズタズタだ。
限界まで絞った襤褸雑巾宜しく全身は捩じられ、裂傷もテンコ盛り。
まさに生きてるのが不思議な状態なんだが、それでも糞ガキは生きている……っていうか、首が三回転してるのに、よく生きてるなアイツ。
「……ぐぅっ!?」
不味い、さっきので魔力欠乏を起こしちまった!
『風翼』を維持出来なくなった俺は、地面へと落ちるが何とか着地成功。
俺が落ちると同時に糞ガキも落ちるが、向こうは着地に失敗した。
うへぇ……今、ベチャッって音がしたぞ、気持ち悪っ。
「……死んだ、か?」
疑問形になるのも、仕方ないよなぁ。
あの糞ガキ、『勇気と絶望を齎す偉大なる神の指』をくらっても生きてたんだ。
着地失敗が響いたにしても、まだ生きてる可能性はある。
「『召喚』」
俺は『召喚』を詠唱、召喚した黄金の蜂蜜酒を飲んで魔力を回復させて二回戦に備える。
頼むから、そのまま地べたに這い蹲って
「ア゛、ア゛ァ、ア゛ア゛ァァア゛ア゛ァァァア゛ア゛ァ……」
くれなかったぜ、畜生!
「ア゛、ア゛ァ、ア゛ア゛ァア゛ア゛ァア゛ァァァア゛ァ……」
ゾンビみてぇな呻き声を上げながら糞ガキはゆっくりと立ち上がり、立ち上がった糞ガキに俺は警戒する。
「エ゛ヴァン、ジャル゛ズヴェニ゛ィィィ……」
止めれ、そんな呻き声で俺の名前を呼ぶんじゃねぇ。
「マサカ、ココデ、ツカウナンテ、オモッテモ、ミナカッタゼェ……」
は? 何を使うって?
そう疑問に思った瞬間だった。
メキメキ、ゴキゴキ、グチャグチャと耳障りで悍ましい音を立てながら、糞ガキの身体が膨らみ、変形していく。
「イヰィィ、イヰィィヰィィヰイィィ……」
フェラン程の身長だった糞ガキは、『GE‐02』並の巨体になって。
糞ガキの下半身は膨らみ、巨大な肉毬になって。
肉毬に無数の裂け目が出来たと思ったら、裂け目は目や口になって。
糞ガキの腕は長く、太く、鋭い爪が生えた触手になって。
糞ガキの頭は黒く、長い毛に覆われた山羊面になって。
『アァァアアアアァァァァアアァァァアアァァアァアァァァ……』
糞ガキ、オリバー・ウェイトリィは……人間じゃなくなった。
×××
「糞ガキ、テメェ……その姿は……」
吐き気を催す程に悍ましい糞ガキの姿に、俺は呆然とするしかなかった。
長い黒毛に覆われた山羊面、鋭い爪付きの触手、下半身は無数の目と口がある巨大な肉毬。
肉毬の目は緑色の血涙を瀑布の如く流し続け、口はブツブツと小さな声で聞き慣れない言葉を呟き続けてる。
「ハ、ハハ、ハハハァ……コレガァ、ボクノォ、キリフダァ……サイシンニシテェ、サイキョウノォ、ガァルイィタァァァ、『ウェイトリィ』」
間延びした声で聞き取り難いんだが、糞ガキは何て言った?
最新にして最強の『魔物娘捕食者』、ウェイトリィ?
まさか、糞ガキ……
『ソウダゼェ……コイツハヨォ、『ウェイトリィ』ハヨォ、コノボクノカラダヲォ、ガァルイィタァトシテェ、ツクリナオシタンダヨォォォ』
自分の身体を、『魔物娘捕食者』へと改造したのかよ!
『ホントウハサァ、クズドモノォ、オヤダマニィ、ツカウハズゥ、ダッタケドヨォ……モォ、イイヤナァ、テメェニィ、ツカッテヤラァァァ!』
異形の怪物と化した糞ガキは、丸太並に太い触手を俺目掛けて振り下ろす。
振り下ろされる触手を俺は地面スレスレの低空高速飛行で避け、外れた触手は床を抉り、床の破片が飛び散る。
「なっ、ろぉぉ―――っ!」
地面スレスレの低空高速飛行しながら俺は『風刃』を放ち、放たれた『風刃』は糞ガキの下半身に裂傷を刻む。
【ピィィィギャァァ――――――――――――ッ!!】
「ぐっ、あぁぁっ!?」
切られて痛いのか、肉毬の口が一斉に硝子を引っ掻いたような甲高い声で叫び、その叫びに俺の集中力が掻き乱される。
集中力が掻き乱された所為で『風翼』を維持出来ず、地面スレスレを飛んでた俺は見事に地面を転がる羽目になった。
黄金の蜂蜜酒を飲んだ身体でもズキズキと痛いが、痛みで悶える暇は無い。
俺は即座に『風翼』を再行使し、振り下ろされる触手を避ける。
「このぉっ!」
飛び上がった俺は『風鎌』を行使、無限に伸びる風の爪は糞ガキの触手を五分割する。
『ガアァァァッ!』
触手を切られた糞ガキは呻きつつ残った触手を振り回し、振り回される触手を避ける為に俺は一旦距離を取る。
すると、肉毬の目の瞳に十字傷が現れ、砲弾状の血液が俺目掛けて発射される!
もう何でもありだな、コンチクショウッ!
「クソッタレェ!」
空を駆ける俺に無数の目から血液の砲弾が発射され、発射される血液の砲弾を避けつつ俺は『風刃』を放つ。
多分、この血液噴射は初歩的な水属性攻撃魔法・『水弾』―分かり易く言えば、砲弾状の水を放つ魔法だ―を生体的に再現したモノなんだろうが、『水弾』より性質が悪過ぎる。
デカいわ、速いわ、発射する目は肉毬に無数にあるわ、で堪ったもんじゃねぇ。
近付けば触手、離れれば死角は殆ど無しの血液砲、デカい図体もあって糞ガキが最強だって自称するのも理解出来る。
『エヴァァァン、エェェェヴァァァァァン……イイカゲン、ブッコロサレロォォ!』
はいそうですか、分かりました、と殺される訳にはいかねぇんだよ、コッチは!
「苦戦しているみたいね、エヴァン」
「へ?」
聞き慣れた声が聞こえると同時に青い蝙蝠の群が肉毬の目に殺到し、肉毬の目は凍り付き、氷柱で潰される。
「エヴァン殿、微力ながら助太刀致す! 鴉地流 牙竹!」
「は?」
すると、今度は緑色の何かが糞ガキ目掛けて突進し、糞ガキが吹っ飛んだ。
『ングァァァァァッ! テェ、テメェラァ、ナンデェ、ココニイルンダヨォォォ!』
盛大に吹っ飛んだ糞ガキは壁へと叩きつけられ、痛みで呻き声を上げながら、二人の闖入者を潰されなかった肉毬の目で睨む。
「あらあら、貴方も怪物の相手をしていたのね。でも、私が来たからには大丈夫よ」
「夫を助け、支えるのが良き妻。エヴァン殿、拙者も加勢するぞ!」
俺の横には氷で出来た蝙蝠の翼を生やしたホーヴァスが、糞ガキがさっきまで立っていた場所にはボイドが居た。
オイ、オイオイオイ!? な、何で!? 何で二人が此処に居るんだ!?
二人共、セレファイスに戻ったんじゃねぇのかよ!?
「あら、此処に『来る』のは私とボイドだけじゃないわよ」
え゛? まさか……
『フザケンナァァァァァッ!』
片方だけの触手で器用に起き上がった糞ガキは残った肉毬の目から、血液砲を放とうとし
「…………超攻性魔銛結界!」
「『束縛鎖陣』、貫きなさい!」
いきなり現れた無数の銛と刃付きの鎖で残ってた目を全部潰された。
『イィィギァァァァァァッ!? テメェラァァァァァァッ!!』
残った目を全部潰された糞ガキは山羊面の方の目で新たな闖入者二人を睨み付ける。
「…………♪(Vサイン)」
「エヴァンさん、お待たせしました!」
ボイドの横にはキーンとコラムの二人……キーンは俺を見上げて笑顔を浮かべ、コラムは睨み返すように糞ガキに視線を向けている。
コレは冗談か何かか!?
ホーヴァスとボイドが此処に来ただけでも驚きなのに、今度はキーンとコラムが来た……って、事は、だ。
『ナンデェ、ナンデェ、ナンデダヨォ!? ナンデェ、テメェラガァァァァァァ!』
信じられない者達を見た糞ガキはコラム、キーン、ボイドの三人をまとめて叩き潰そうと触手を振り上げ
「アタシも居るよ! ブッ、千切れろぉぉ―――――っ!」
矢鱈とデカくて真っ黒な鉈っぽいモノに触手は引き千切られ、触手は轟音と地響きを立てて床に落ちた。
この鉈っぽいモノを俺は見た事がある。
その使い手が『アタシだけの魔法だよ!』って、自慢げに見せてくれたし。
「じゃじゃぁぁん! 真打ち登場!」
そう、この鉈っぽいモノはフェランが独自に編み出した魔法・『重断剣』……触手を引き千切ったフェランは、コラム達と糞ガキの中間地点に立って俺に手を振っていた。
やっぱりというか、何というか、何でフェランまで此処に来てんだよ!?
「……事情は後で聞く! 先ずは、あの糞ガキをブッ飛ばす!」
事情聴取は後回し、俺はホーヴァスと共に降り立つと、俺達の元にフェラン達が集まってくる。
『ウソダロォ、ジョウダンダロォッ!? ボクノォ、ボクノウミダシタァ、ガァルイィタァガァ、ゼンメツダトォォォォォォォ!?』
フェラン達が此処に居る事を信じられねぇみてぇで、糞ガキは動揺で全く動けない。
まぁ、動揺するのも分かる……俺だって、フェラン達が此処に居る事が全然信じられん。
『チクショオォ、チクショオォォォォォ! ボクノォ、シメイヲォ、ジャマスルナァ!』
悲痛な声で叫んだ糞ガキは陸に上げられた魚宜しく跳ねて俺達に迫るが、触手と肉毬の目を失った糞ガキは最早デカい的だ。
「テメェの使命、邪魔してやるよ! オリバー・ウェイトリィ!」
×××
「ふふっ、先ずは私よ」
そう言うが早いか、ホーヴァスは得物である鉄鎚を召喚、糞ガキの元へ一直線に疾走する。
『フミツブシテヤラァァァァァァ!』
跳ねる糞ガキはホーヴァスを踏み潰そうとするが、
「残念ね、私の方が早いわ」
ホーヴァスが鉄鎚を振るい、糞ガキを吹っ飛ばす方が早かった。
『ガァァァァァァァァァ!?』
振るわれた鉄鎚は、自分の三倍近い巨体を持つ糞ガキを盛大に吹っ飛ばす!
「次は拙者だ!」
糞ガキが吹っ飛んだ方向には、既にボイドが拳を構えていた。
転移と勘違いしそうな程の速さでボイドは吹っ飛ぶ糞ガキを追い抜き、
「鴉地流 槍筍!」
『ンガァッ!?』
吹っ飛んできた糞ガキを天井へと殴り飛ばす!
ボイドの拳は凄いなぁ……天井まで殴り飛ばされた糞ガキは、天井に巨体をめり込ませたまま落ちてこない。
「…………コラム!」
「行きますよ、キーン!」
天井にめり込んだままの糞ガキを見上げるコラムとキーン。
「ニーケの勝利の印において我に力を与えよ、力を与えよ、力を与えよ。霊験灼たかなる魔銛よ、我が眼前の怨敵を殲滅せよ!」
キーンは『武装錬金』で複製した三〇本の銛を糞ガキに突き刺し、
「拘束結界、『束縛鎖陣』!」
コラムは無数の黒い鎖で糞ガキを天井に縫い止める!
『イィッ、ギィッ、ガァァァァァ!』
三〇本の銛が突き刺さった糞ガキは痛みで悶えようとするが、悶えようにもコラムの鎖で雁字搦めに縛られてる故に身動きが取れないでいる。
『ヒィッ……!』
身動きの取れない糞ガキは真下を見て、恐怖で息を詰まらせた。
そりゃ、そうだ……何故なら
「行くぜ、フェラン!」
「任せて、エヴァン!」
真下にゃ、俺とフェランが居るからなぁっ!
『昏き湖に眠る皇帝よ、我に力を与えたまえ』
俺とフェランは声を合わせて術式を詠唱、俺は右腕を、フェランは左腕を掲げる。
『汝の力を我に与えたまえ、我が現世の黄衣の王となる為に』
俺とフェランは黄色い闇を纏い、俺とフェランの腕が無数の漆黒の触手に覆われる。
『現世は狂気(クル)え、地獄は滅亡(ホロビ)よ、天国は慟哭(ナゲ)け』
俺とフェランの腕を覆う触手は絡まり合い、漆黒の竜頭を作り出す。
『是が、黄衣の王の力也』
漆黒の竜頭は口を開き、喉に膨大な魔力が集う。
『ウ、ア、アァァアアアァアアァアアァァァアァァアアァアァァァァッ!! チクショオォ、チクショオォ、チクショオォォォォォォォォ!!』
糞ガキが絶叫するが問答無用!
他人の生命を散々奪ってきたんだろ? だったらさぁ、テメェが今まで殺してきた者達にドゲザで謝ってくんのが道理ってもんだろうが!
『狂気齎す黄衣の王の触腕!』
俺とフェランは最後の口訣を叫び、漆黒の竜の口から膨大な魔力の奔流が放たれる!
『―――――――――――――――――』
迸る膨大な魔力の奔流は糞ガキを飲み込み、糞ガキの断末魔は魔力の奔流に飲み込まれて声にならず。
世界の怨敵、三〇〇年前の怨霊、オリバー・ウェイトリィは……この世界から消滅した。
×××
「終わった、な……」
「終わった、ね……」
糞ガキの消滅を確認した俺とフェランは魔力欠乏を起こし、力無く床に座り込む。
「エヴァンさん!」
「…………エヴァン!」
「エヴァン殿!」
「エヴァン!」
床に座る俺とフェランの元に、コラム達が駆け寄ってくる。
重い身体を気力で動かして俺は立ち上がり、手を掴んでフェランを立ち上がらせる。
魔力供給衝動は気合で我慢、こんな寒い場所でフェラン達と交わる訳にもいかねぇしな。
「『召喚』……それじゃ、帰るか!」
スッカラカンの魔力を振り絞って俺は帰還用の紅い宝石を召喚し、召喚した紅い宝石を地面に叩きつける。
叩きつけられた紅い宝石は砕け、俺達を中心に転移魔法陣が描かれる。
さぁ、帰ろうか。
俺達の家に、セレファイスに……
Report.13 俺と糞ガキと凍土の決戦 Closed
「「…………」」
俺、エヴァン・シャルズヴェニィは糞ガキ……オリバー・ウェイトリィと睨み合ってた。
セレファイスで糞ガキと対峙した俺はゲイリーから渡された紅い宝石を使い、俺が選んだ決戦場へと転移した。
「……はっ、僕とテメェの決着を付けるには中々の場所じゃねぇか」
無言で睨み合ってると、糞ガキが沈黙を破った。
そう、俺が決戦場として選んだのは常吹雪の永久凍土……俺が将来有望と注目される切欠になった地であり、ある意味では糞ガキとの因縁が生まれた地でもある。
「だけど、ちょっと寒過ぎだよなぁ。来いよ、エヴァン……良い場所に案内してやる」
そう言ってから糞ガキは俺に背を向けて歩き出し、俺は糞ガキの後を追った。
「「…………」」
カツン、カツン…と足音だけが響く。
俺が糞ガキに案内されたのは、俺が『星間駆ける皇帝の葬送曲』の術式が記された魔法書を見つけた旧世代の遺跡。
何で、糞ガキが此処を知ってるのかが不思議なんだが……まぁ、いいさ。
兎に角、俺と糞ガキは無言で旧世代の遺跡の地下へと続く階段を歩き続けた。
「……なぁ、糞ガキ」
「……んだよ」
どれだけ歩いてきたのか、俺は糞ガキに話し掛けると糞ガキは億劫そうに反応した。
無視されると思ってたんだが、反応したんなら重畳。
俺は前から疑問に思ってた事を、糞ガキに聞いてみた。
「お前、何で魔物を憎む。何で、あんな怪物を生み出してまで魔物を滅ぼそうとするんだ」
「……はっ」
何故魔物を憎むのか、何故怪物を生み出してまで滅ぼそうとするのか……ソレを聞いてみると糞ガキは鼻で笑った。
「冥土の土産に教えてやらぁ、何で僕が屑共を滅ぼそうとしてるのかをよぉ……」
「僕は主神教の根っからの信者でなぁ……」
曰く、糞ガキは当時の教団の教会に捨てられた孤児、ガキの時から教団の教えを受けながら育ってきた。
魔物は敵だと教え込まれた糞ガキが教団に入団するのは当然、糞ガキは教団の教えに忠実に従い、当時の魔物を討ち続けた。
「テメェ、神様の夢を見たって言ってたなぁ……僕も見たんだよ、神様の夢をなぁ」
糞ガキは見た、神様の夢を……あのクソッタレな神様が夢の中に現れ、糞ガキに告げた。
『魔物と魔物を統べる魔王は、神たる我の失敗作なり。
我が創りし箱庭に住まう事許されるは、我が愛する人間と同胞のみ。
失敗作たる魔物が我の箱庭に住まう事、神たる我は許さぬ、認めぬ。
故に、神たる我は魔物を滅ぼす、魔物は一匹たりとも存在を許さぬ』
俺はその傲慢さが嫌で嫌で目を抉り抜いたが、糞ガキは違った。
根っからの信者である糞ガキはクソッタレな神様の御告げを聞けた事を喜び、より一層に魔物の討伐に尽力した。
「正直、屑共を憎いと思った事はねぇんだよ。害虫駆除に、憎悪も何もねぇだろ?」
じゃぁ、つまり、何だ?
コイツは『魔物を憎んでる』から滅ぼそうとしてるんじゃなくて、『クソッタレな神様から与えられた使命を熱心に励んでた』だけなのか?
うっわぁ、憎悪よりも性質が悪ぃぞ、オイ……憎悪ならコイツも辛かったんだなぁって、ちょっとは同情出来るし、ソレは間違ってると説得すればいい。
だが、使命感となれば話は別だ。
親魔物派の俺が『魔物は良き隣人、愛すべき存在』と信じてるように、糞ガキは『魔物は悪しき存在、滅ぼすべき敵』だと信じてる。
糞ガキは魔物を滅ぼす事が『正しい』と信じてる。
コレが正しい、コレが正義なんだと盲目的に信じてる。
一途を通り越して狂信に等しい使命感に説得は無駄だ……なにせ『魔物は滅ぼすべき存在』と盲目的に信じてるコイツからしてみれば、『何処が間違ってるんだ』って話になる。
「まぁ、あん時は殺り過ぎて危なかったけどな!」
クソッタレな神様の御告げを聞いた糞ガキは使命を果たすべく、以前よりも熱心に魔物の討伐に励み、魔物は勿論、今で言う親魔物派の人間も『魔物』と見做して虐殺三昧。
魔物と人間が結託して討伐に乗り出した事に危険を感じ、糞ガキはこの常吹雪の永久凍土に逃げ込んだ。
常吹雪の永久凍土へと逃げた糞ガキは、魔物を滅ぼす為の魔法や兵器を研究する為の研究所を造り、魔物を滅ぼす為の研究に没頭した。
『星間駆ける皇帝の葬送曲』を始めとした窮極魔法。
『魔物娘捕食者』の原型は、コレ等の研究の成果だそうだ。
「『生命創造』の応用で僕は寿命を伸ばしたけどよぉ、流石に魔物を滅ぼす前にくたばる訳にはいかねぇからなぁ」
三〇年程研究に没頭し、研究に一区切りをつけた糞ガキは一度研究所を封鎖。
研究所を後にした糞ガキは氷属性魔法を応用した超長期睡眠を使って、常吹雪の永久凍土の地下洞窟で眠りに就いた。
んで、目覚めたのが九年前で、其処から先はスティーリィから聞いた話通りだ。
「話は終わりだ……丁度良い具合に辿り着いたぜ」
話を聞いてる間に目的地に辿り着いたらしい。
俺と糞ガキの前には、俺の二倍はありそうな石造りのデカい扉が立ち塞がってた。
糞ガキはデカい扉の前に立ち、右腕を扉に翳し
『I am Providence』
何かの術式を詠唱すると、扉が重厚な音と共にゆっくりと開く。
「『I am Providence(我は神意なり)』、この扉を開く為の符丁さ。僕らしいだろ?」
何処がだ、糞野郎。
「此処、は……」
扉の先は矢鱈と広い空間……真っ暗だから全体を把握し辛いが、庭も含めたローラさんの屋敷がスッポリ収まる程の広さなのは間違い無い。
真っ暗な空間を俺と糞ガキは歩いてると、不意に糞ガキが立ち止まって指を鳴らし、等間隔で灯りが点く。
灯りのお陰で把握出来るようになったが、やっぱり広いな……俺と糞ガキが立ってるのは矢鱈と広い空間の中央で、周囲の床の所々には赤黒い染みがあるんだが、若しかして。
「此処は『GE』の試験運用場だ……此処にとっ捕まえた屑共を閉じ込めて、生み出した『GE』の性能とかを試してたのさ」
やっぱりか、糞野郎! 床の赤黒い染み、テメェに殺された魔物達の血か!
「さぁ、決着を付けようぜぇ! エヴァン・シャルズヴェニィィ―――――――ッ!!」
「あぁ、上等だぁ! 決着付けんぞ、オリバー・ウェイトリィィ―――――――ッ!!」
俺に向き直った糞ガキは決着を付けるぞと叫び、俺も糞ガキの叫びに負けねぇように叫ぶ。
さぁ、決着を付けんぞ、オリバー・ウェイトリィ!
×××
「「おぉぉおおおぉぉおぉぉおおぉぉおおぉおぉおおおぉおおぉぉぉ!!」」
決戦の開幕は、魔法も何も無い純粋な殴り合いから始まった。
俺の拳が糞ガキの顔面に突き刺さり、糞ガキの拳が俺の腹に突き刺さる。
身長差があるから仕方ないが、腹に拳はめっちゃ痛い!
痛いのを我慢して、俺と糞ガキは只管に殴り続ける。
殴る、殴る、頭突き、殴る、殴る、頭突き、殴る、殴る、頭突き、殴る、頭突き、頭突き、頭突き、殴る、殴る、殴る。
魔法もへったくれも無ぇ、後退もしねぇ、鼻血が出ようと、口の中を切ろうとも、ただ只管に俺と糞ガキは互いを殴り続ける!
「いい、加減、ブッ殺されろぉぉ―――――――っ!!」
「そりゃ、コッチの、台詞だぁぁ―――――――っ!!」
殴る、殴る殴る殴る、殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る!
俺と糞ガキは只管に殴り合い、殴り合いは頭突き合戦に移行する。
頭突き、頭突き頭突き頭突き、頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き、頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き頭突き!
何かもう、釘を叩く金槌の気分だ! コンチクショウッ!
「んがっ!?」
糞ガキの頭が俺の鼻に突き刺さり、鼻血が出そうになったがお構い無し。
「んごっ!?」
俺は糞ガキの頭へと頭突きをかまし、頭突きをかまされた糞ガキは呻く。
「調子に、乗んじゃ、ねぇぇ―――――――っ!!」
涙目で叫びながら糞ガキは俺の顎目掛けて拳を振り上げ、俺の意識がグラリと揺れる。
「この、や、ろう、がぁぁ――――――――っ!!」
顎の一撃で意識が飛びそうになったが、俺は意識を気力で手繰り寄せて蹴りを放つ。
「#%$*¥@;&§!?」
何だ? 何か、カーンって鍋を叩いたような幻聴が……って、あ、金的。
俺の蹴りは糞ガキの股間へ入り、糞ガキは声にならない叫びを上げる。
「∀〒£○☆△¢≒♂!?」
おふぅっ!? こ、股間に筆舌し難い痛みが! 我が息子に激痛がぁ!
何事かと見れば、糞ガキの蹴りが俺の股間に入ってた。
仕返しだな! 仕返しなんだな、畜生っ!
「「こ、の、野郎ぉぉ――――――っ!!」」
互いに股間を蹴っ飛ばされた俺と糞ガキは妙ちきりんな顔で拳を振るい、
「うごぉっ!?」
「ぐはぁっ!?」
振るわれた拳は交差して互いの顔面に突き刺さり、俺と糞ガキは揃って後ずさる。
「が、ぁぁ……殴り合いは、此処までだ! 次は魔法といこうじゃねぇか!」
「上等だぁ!」
「うぅおぉぉらぁぁ――――――っ!!」
「おぉぉおおぉおぉぉおぉおおぉっ!!」
殴り合いの次は魔法対決……俺は空中を駆けつつ『風刃』を連射し、糞ガキは転移を駆使して魔力の巨腕で殴り掛かる。
巨腕を避けつつ『風刃』を放ち、『風刃』が巨腕で弾かれ、転移で背後を取られたら急降下して背後からの一撃を避け、『旋風刃』で仕返ししたら竜巻を殴り飛ばされて、ってオイッ!
風を『殴り飛ばして』軌道を逸らすなんて、何かと非常識的な魔法でも非常識過ぎじゃねぇか、コンチキショウッ!
「ちっ! 魔力腕じゃ駄目か! 久し振りに使うとすっかねぇ!」
「っ!?」
青痣だらけの顔を歪めた糞ガキに、俺は嫌な予感を抱く。
その嫌な予感は直ぐに的中した……糞ガキの背後に黒い渦が現れ、渦の中から無数の岩が飛び出してきやがった!
「『果て無き虚空からの小さな贈り物(リトル・リトル・メテオプレゼント)』! エヴァン、ブッ潰れろやぁぁ――――――っ!!」
渦から現れた無数の岩は俺目掛けて飛んできて、隙間を縫うように俺は高速で飛び回る。
全弾、何とか避けきったと思ったが、そうは問屋が卸さないみてぇだった。
「…………っ!?」
嫌な予感がして急上昇したら、俺が居た所をさっき避けた岩が通り過ぎてった。
危ねぇ、気付かなかったら全身が粉砕骨折してたぜ……って、まさか!
「ぬおぉぉっ!?」
即座に急下降すると、さっき通り過ぎた岩とは別の岩が俺が居た所を通り過ぎた。
やっぱりか、畜生っ! この岩、『俺を追い掛けてきやがる』!
遅いのが幸いだが、四方八方から執拗に追い掛ける岩に俺は回避に専念するしかない。
クソッタレ! そもそも、何処が『小さな贈り物』だ!
一番小さい岩でも、『俺をペシャンコに潰すには充分過ぎる大きさ』じゃねぇか!
「アァッハハハハハハハハハッ!! 逃げろ、逃げろぉぉ――――――っ!!」
無様に逃げ回る俺に、高笑いする糞ガキだが……コイツを良い気分にさせるのは、滅茶苦茶腹が立つ!
「ん、なろぉぉ――――――っ!!」
俺は両手から『嵐鎚』を放ち、『嵐鎚』を維持したまま独楽の如く空中で回転する。
『嵐鎚』に巻き込まれた岩はズタズタに刻まれて徐々に数を減らし、残りが少なくなった所で
「『大嵐刃』!」
俺を包むように『大嵐刃』を放ち、迫る岩をまとめて切り刻む!
「へぇ、やるじゃねぇか! なら、さぁぁ――――――っ!!」
執拗に追跡する岩が一掃された糞ガキは、俺の真上に転移して次の一手を放つ。
「『果て無き虚空の小さな雨(リトル・リトル・メテオレイン)』!」
突き出された腕の前に小さめの黒い渦が現れ、
「今度は、そうくるかぁ!?」
渦から小石―それでも、フェランの拳くらいはあるんだが―が豪雨の如く、俺に降り注ぐ!
流石にコイツは避けきれねぇ……俺は腕を天に突き出して『障壁』を展開、降り注がれる小石の豪雨を凌ぐ。
降り注がれる小石の豪雨が『障壁』を叩き、俺は兎に角小石の豪雨が止むのを待ち続ける。
「ヒャァッハハハハハハッ!! さっさと諦めて、穴だらけになっちまいなぁ! 地獄で、テメェの大好きな屑共が待ってるぜぇ!」
「な、ん、だとぉぉ!?」
何を言ってやがる、この糞ガキ……苦戦はするだろうが、フェラン達が『魔物娘捕食者』程度にやられる訳がねぇだろが。
「ははっ! そう思ってんのかよぉ? 残念だが、今回用意した『GE』は特別製なんでなぁ! 今回用意した『GE』は全部『僕』なんだよぉ!」
な、に……?
「テメェの大好きな屑共を、僕は一応認めてるんでなぁ……ソイツ等用に『生命創造』で作った僕の分身と融合させた『GE』を用意しておいたのさぁ!」
小石の豪雨を降らせながら、糞ガキは喋る。
フェラン達とぶつける事を前提に糞ガキは新しい『魔物娘捕食者』を生み出し、新造した『魔物娘捕食者』と糞ガキの分身を融合させた。
糞ガキの分身と融合した『魔物娘捕食者』はフェラン達を見つけ、殺す事を優先に活動し、嘗て俺達が戦った時以上の能力を持つ。
「今頃、テメェの大好きな屑共は、『僕』にブッ殺されてるだろうなぁ! だからよぉ……テメェも、さっさとくたばりやがれぇ! アァッハハハハハハハハハハッ!!」
糞ガキは高笑いしながら、更に激しく小石の豪雨を降らせ、俺を穴だらけにしようとする。
「…………んな」
「あぁん?」
「ふ、ざ、け、ん、な、っつってんだろぉぉ――――――っ!!」
糞ガキの言葉に、只でさえ切れかけてた堪忍袋の緒が切れた。
「『風よ、風よ、光輝く世界に吹き渡れ、汝が運ぶは平穏と幸福。風よ、風よ、闇蠢く世界に吹き渡れ、汝が運ぶは希望と勇気』」
「なっ……テメェ、まさか!?」
『障壁』を維持しながら俺は魔力を高め、高まる魔力に糞ガキが驚く。
「『清廉なる風は正しき世界に歓喜と祝福を、勇猛なる風は悪しき世界に絶望と慟哭を齎せ』」
「くっ、このぉぉ――――――っ!!」
俺が放とうとしてる魔法に気付いた糞ガキは小石の豪雨の勢いを強めるが、もう手遅れだ。
「『優しく、温かな風吹く世界に汝等邪悪、棲まう場所無し! 気高く、力強き風吹く世界に汝等暗黒、生きる価値無し!』」
そして、俺は最後の術式を唱える。
「『勇気と絶望を齎す偉大なる神の指(テンペスタース・フォルティトゥド・デスペラティオ)』!」
最後の術式を詠唱して俺は左腕を突き出すと、俺の指から『大嵐刃』が微風程度に思える程の超弩級巨大竜巻が五つ、真上の糞ガキ目掛けて放たれる!
放たれた五つの超弩級巨大竜巻は小石の豪雨を削り取りながら、糞ガキへと殺到する。
「う、ぐ、がぁぁ―――――――――――っ!?」
超弩級巨大竜巻に飲み込まれた糞ガキは、圧倒的で絶対的な自然の暴力に振り回される。
その身体は捩じられ、引き裂かれ、糞ガキは襤褸雑巾以下の肉塊へと成り
「グゾッダレ゛ガア゛ァァ―――――――――ッ!!」
果てなかった!?
捩じられ、引き裂かれながらも糞ガキは魔力を高め、高めた魔力を一気に放出して超弩級巨大竜巻をまとめて打ち消した。
「冗談だろ、オイ!?」
『勇気と絶望を齎す偉大なる神の指』は大導師級しか使えない、風属性最強の攻撃魔法。
ソレを、あの糞ガキは耐えた上に打ち消しやがった!
「ガ、ギグ、ゴガガ……」
『勇気と絶望を齎す偉大なる神の指』を耐えた上に打ち消した事に俺は驚きを隠せないが……流石に糞ガキもボロボロのズタズタだ。
限界まで絞った襤褸雑巾宜しく全身は捩じられ、裂傷もテンコ盛り。
まさに生きてるのが不思議な状態なんだが、それでも糞ガキは生きている……っていうか、首が三回転してるのに、よく生きてるなアイツ。
「……ぐぅっ!?」
不味い、さっきので魔力欠乏を起こしちまった!
『風翼』を維持出来なくなった俺は、地面へと落ちるが何とか着地成功。
俺が落ちると同時に糞ガキも落ちるが、向こうは着地に失敗した。
うへぇ……今、ベチャッって音がしたぞ、気持ち悪っ。
「……死んだ、か?」
疑問形になるのも、仕方ないよなぁ。
あの糞ガキ、『勇気と絶望を齎す偉大なる神の指』をくらっても生きてたんだ。
着地失敗が響いたにしても、まだ生きてる可能性はある。
「『召喚』」
俺は『召喚』を詠唱、召喚した黄金の蜂蜜酒を飲んで魔力を回復させて二回戦に備える。
頼むから、そのまま地べたに這い蹲って
「ア゛、ア゛ァ、ア゛ア゛ァァア゛ア゛ァァァア゛ア゛ァ……」
くれなかったぜ、畜生!
「ア゛、ア゛ァ、ア゛ア゛ァア゛ア゛ァア゛ァァァア゛ァ……」
ゾンビみてぇな呻き声を上げながら糞ガキはゆっくりと立ち上がり、立ち上がった糞ガキに俺は警戒する。
「エ゛ヴァン、ジャル゛ズヴェニ゛ィィィ……」
止めれ、そんな呻き声で俺の名前を呼ぶんじゃねぇ。
「マサカ、ココデ、ツカウナンテ、オモッテモ、ミナカッタゼェ……」
は? 何を使うって?
そう疑問に思った瞬間だった。
メキメキ、ゴキゴキ、グチャグチャと耳障りで悍ましい音を立てながら、糞ガキの身体が膨らみ、変形していく。
「イヰィィ、イヰィィヰィィヰイィィ……」
フェラン程の身長だった糞ガキは、『GE‐02』並の巨体になって。
糞ガキの下半身は膨らみ、巨大な肉毬になって。
肉毬に無数の裂け目が出来たと思ったら、裂け目は目や口になって。
糞ガキの腕は長く、太く、鋭い爪が生えた触手になって。
糞ガキの頭は黒く、長い毛に覆われた山羊面になって。
『アァァアアアアァァァァアアァァァアアァァアァアァァァ……』
糞ガキ、オリバー・ウェイトリィは……人間じゃなくなった。
×××
「糞ガキ、テメェ……その姿は……」
吐き気を催す程に悍ましい糞ガキの姿に、俺は呆然とするしかなかった。
長い黒毛に覆われた山羊面、鋭い爪付きの触手、下半身は無数の目と口がある巨大な肉毬。
肉毬の目は緑色の血涙を瀑布の如く流し続け、口はブツブツと小さな声で聞き慣れない言葉を呟き続けてる。
「ハ、ハハ、ハハハァ……コレガァ、ボクノォ、キリフダァ……サイシンニシテェ、サイキョウノォ、ガァルイィタァァァ、『ウェイトリィ』」
間延びした声で聞き取り難いんだが、糞ガキは何て言った?
最新にして最強の『魔物娘捕食者』、ウェイトリィ?
まさか、糞ガキ……
『ソウダゼェ……コイツハヨォ、『ウェイトリィ』ハヨォ、コノボクノカラダヲォ、ガァルイィタァトシテェ、ツクリナオシタンダヨォォォ』
自分の身体を、『魔物娘捕食者』へと改造したのかよ!
『ホントウハサァ、クズドモノォ、オヤダマニィ、ツカウハズゥ、ダッタケドヨォ……モォ、イイヤナァ、テメェニィ、ツカッテヤラァァァ!』
異形の怪物と化した糞ガキは、丸太並に太い触手を俺目掛けて振り下ろす。
振り下ろされる触手を俺は地面スレスレの低空高速飛行で避け、外れた触手は床を抉り、床の破片が飛び散る。
「なっ、ろぉぉ―――っ!」
地面スレスレの低空高速飛行しながら俺は『風刃』を放ち、放たれた『風刃』は糞ガキの下半身に裂傷を刻む。
【ピィィィギャァァ――――――――――――ッ!!】
「ぐっ、あぁぁっ!?」
切られて痛いのか、肉毬の口が一斉に硝子を引っ掻いたような甲高い声で叫び、その叫びに俺の集中力が掻き乱される。
集中力が掻き乱された所為で『風翼』を維持出来ず、地面スレスレを飛んでた俺は見事に地面を転がる羽目になった。
黄金の蜂蜜酒を飲んだ身体でもズキズキと痛いが、痛みで悶える暇は無い。
俺は即座に『風翼』を再行使し、振り下ろされる触手を避ける。
「このぉっ!」
飛び上がった俺は『風鎌』を行使、無限に伸びる風の爪は糞ガキの触手を五分割する。
『ガアァァァッ!』
触手を切られた糞ガキは呻きつつ残った触手を振り回し、振り回される触手を避ける為に俺は一旦距離を取る。
すると、肉毬の目の瞳に十字傷が現れ、砲弾状の血液が俺目掛けて発射される!
もう何でもありだな、コンチクショウッ!
「クソッタレェ!」
空を駆ける俺に無数の目から血液の砲弾が発射され、発射される血液の砲弾を避けつつ俺は『風刃』を放つ。
多分、この血液噴射は初歩的な水属性攻撃魔法・『水弾』―分かり易く言えば、砲弾状の水を放つ魔法だ―を生体的に再現したモノなんだろうが、『水弾』より性質が悪過ぎる。
デカいわ、速いわ、発射する目は肉毬に無数にあるわ、で堪ったもんじゃねぇ。
近付けば触手、離れれば死角は殆ど無しの血液砲、デカい図体もあって糞ガキが最強だって自称するのも理解出来る。
『エヴァァァン、エェェェヴァァァァァン……イイカゲン、ブッコロサレロォォ!』
はいそうですか、分かりました、と殺される訳にはいかねぇんだよ、コッチは!
「苦戦しているみたいね、エヴァン」
「へ?」
聞き慣れた声が聞こえると同時に青い蝙蝠の群が肉毬の目に殺到し、肉毬の目は凍り付き、氷柱で潰される。
「エヴァン殿、微力ながら助太刀致す! 鴉地流 牙竹!」
「は?」
すると、今度は緑色の何かが糞ガキ目掛けて突進し、糞ガキが吹っ飛んだ。
『ングァァァァァッ! テェ、テメェラァ、ナンデェ、ココニイルンダヨォォォ!』
盛大に吹っ飛んだ糞ガキは壁へと叩きつけられ、痛みで呻き声を上げながら、二人の闖入者を潰されなかった肉毬の目で睨む。
「あらあら、貴方も怪物の相手をしていたのね。でも、私が来たからには大丈夫よ」
「夫を助け、支えるのが良き妻。エヴァン殿、拙者も加勢するぞ!」
俺の横には氷で出来た蝙蝠の翼を生やしたホーヴァスが、糞ガキがさっきまで立っていた場所にはボイドが居た。
オイ、オイオイオイ!? な、何で!? 何で二人が此処に居るんだ!?
二人共、セレファイスに戻ったんじゃねぇのかよ!?
「あら、此処に『来る』のは私とボイドだけじゃないわよ」
え゛? まさか……
『フザケンナァァァァァッ!』
片方だけの触手で器用に起き上がった糞ガキは残った肉毬の目から、血液砲を放とうとし
「…………超攻性魔銛結界!」
「『束縛鎖陣』、貫きなさい!」
いきなり現れた無数の銛と刃付きの鎖で残ってた目を全部潰された。
『イィィギァァァァァァッ!? テメェラァァァァァァッ!!』
残った目を全部潰された糞ガキは山羊面の方の目で新たな闖入者二人を睨み付ける。
「…………♪(Vサイン)」
「エヴァンさん、お待たせしました!」
ボイドの横にはキーンとコラムの二人……キーンは俺を見上げて笑顔を浮かべ、コラムは睨み返すように糞ガキに視線を向けている。
コレは冗談か何かか!?
ホーヴァスとボイドが此処に来ただけでも驚きなのに、今度はキーンとコラムが来た……って、事は、だ。
『ナンデェ、ナンデェ、ナンデダヨォ!? ナンデェ、テメェラガァァァァァァ!』
信じられない者達を見た糞ガキはコラム、キーン、ボイドの三人をまとめて叩き潰そうと触手を振り上げ
「アタシも居るよ! ブッ、千切れろぉぉ―――――っ!」
矢鱈とデカくて真っ黒な鉈っぽいモノに触手は引き千切られ、触手は轟音と地響きを立てて床に落ちた。
この鉈っぽいモノを俺は見た事がある。
その使い手が『アタシだけの魔法だよ!』って、自慢げに見せてくれたし。
「じゃじゃぁぁん! 真打ち登場!」
そう、この鉈っぽいモノはフェランが独自に編み出した魔法・『重断剣』……触手を引き千切ったフェランは、コラム達と糞ガキの中間地点に立って俺に手を振っていた。
やっぱりというか、何というか、何でフェランまで此処に来てんだよ!?
「……事情は後で聞く! 先ずは、あの糞ガキをブッ飛ばす!」
事情聴取は後回し、俺はホーヴァスと共に降り立つと、俺達の元にフェラン達が集まってくる。
『ウソダロォ、ジョウダンダロォッ!? ボクノォ、ボクノウミダシタァ、ガァルイィタァガァ、ゼンメツダトォォォォォォォ!?』
フェラン達が此処に居る事を信じられねぇみてぇで、糞ガキは動揺で全く動けない。
まぁ、動揺するのも分かる……俺だって、フェラン達が此処に居る事が全然信じられん。
『チクショオォ、チクショオォォォォォ! ボクノォ、シメイヲォ、ジャマスルナァ!』
悲痛な声で叫んだ糞ガキは陸に上げられた魚宜しく跳ねて俺達に迫るが、触手と肉毬の目を失った糞ガキは最早デカい的だ。
「テメェの使命、邪魔してやるよ! オリバー・ウェイトリィ!」
×××
「ふふっ、先ずは私よ」
そう言うが早いか、ホーヴァスは得物である鉄鎚を召喚、糞ガキの元へ一直線に疾走する。
『フミツブシテヤラァァァァァァ!』
跳ねる糞ガキはホーヴァスを踏み潰そうとするが、
「残念ね、私の方が早いわ」
ホーヴァスが鉄鎚を振るい、糞ガキを吹っ飛ばす方が早かった。
『ガァァァァァァァァァ!?』
振るわれた鉄鎚は、自分の三倍近い巨体を持つ糞ガキを盛大に吹っ飛ばす!
「次は拙者だ!」
糞ガキが吹っ飛んだ方向には、既にボイドが拳を構えていた。
転移と勘違いしそうな程の速さでボイドは吹っ飛ぶ糞ガキを追い抜き、
「鴉地流 槍筍!」
『ンガァッ!?』
吹っ飛んできた糞ガキを天井へと殴り飛ばす!
ボイドの拳は凄いなぁ……天井まで殴り飛ばされた糞ガキは、天井に巨体をめり込ませたまま落ちてこない。
「…………コラム!」
「行きますよ、キーン!」
天井にめり込んだままの糞ガキを見上げるコラムとキーン。
「ニーケの勝利の印において我に力を与えよ、力を与えよ、力を与えよ。霊験灼たかなる魔銛よ、我が眼前の怨敵を殲滅せよ!」
キーンは『武装錬金』で複製した三〇本の銛を糞ガキに突き刺し、
「拘束結界、『束縛鎖陣』!」
コラムは無数の黒い鎖で糞ガキを天井に縫い止める!
『イィッ、ギィッ、ガァァァァァ!』
三〇本の銛が突き刺さった糞ガキは痛みで悶えようとするが、悶えようにもコラムの鎖で雁字搦めに縛られてる故に身動きが取れないでいる。
『ヒィッ……!』
身動きの取れない糞ガキは真下を見て、恐怖で息を詰まらせた。
そりゃ、そうだ……何故なら
「行くぜ、フェラン!」
「任せて、エヴァン!」
真下にゃ、俺とフェランが居るからなぁっ!
『昏き湖に眠る皇帝よ、我に力を与えたまえ』
俺とフェランは声を合わせて術式を詠唱、俺は右腕を、フェランは左腕を掲げる。
『汝の力を我に与えたまえ、我が現世の黄衣の王となる為に』
俺とフェランは黄色い闇を纏い、俺とフェランの腕が無数の漆黒の触手に覆われる。
『現世は狂気(クル)え、地獄は滅亡(ホロビ)よ、天国は慟哭(ナゲ)け』
俺とフェランの腕を覆う触手は絡まり合い、漆黒の竜頭を作り出す。
『是が、黄衣の王の力也』
漆黒の竜頭は口を開き、喉に膨大な魔力が集う。
『ウ、ア、アァァアアアァアアァアアァァァアァァアアァアァァァァッ!! チクショオォ、チクショオォ、チクショオォォォォォォォォ!!』
糞ガキが絶叫するが問答無用!
他人の生命を散々奪ってきたんだろ? だったらさぁ、テメェが今まで殺してきた者達にドゲザで謝ってくんのが道理ってもんだろうが!
『狂気齎す黄衣の王の触腕!』
俺とフェランは最後の口訣を叫び、漆黒の竜の口から膨大な魔力の奔流が放たれる!
『―――――――――――――――――』
迸る膨大な魔力の奔流は糞ガキを飲み込み、糞ガキの断末魔は魔力の奔流に飲み込まれて声にならず。
世界の怨敵、三〇〇年前の怨霊、オリバー・ウェイトリィは……この世界から消滅した。
×××
「終わった、な……」
「終わった、ね……」
糞ガキの消滅を確認した俺とフェランは魔力欠乏を起こし、力無く床に座り込む。
「エヴァンさん!」
「…………エヴァン!」
「エヴァン殿!」
「エヴァン!」
床に座る俺とフェランの元に、コラム達が駆け寄ってくる。
重い身体を気力で動かして俺は立ち上がり、手を掴んでフェランを立ち上がらせる。
魔力供給衝動は気合で我慢、こんな寒い場所でフェラン達と交わる訳にもいかねぇしな。
「『召喚』……それじゃ、帰るか!」
スッカラカンの魔力を振り絞って俺は帰還用の紅い宝石を召喚し、召喚した紅い宝石を地面に叩きつける。
叩きつけられた紅い宝石は砕け、俺達を中心に転移魔法陣が描かれる。
さぁ、帰ろうか。
俺達の家に、セレファイスに……
Report.13 俺と糞ガキと凍土の決戦 Closed
12/11/12 15:23更新 / 斬魔大聖
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