Report.12 アタシと包帯と砂漠の決戦
〜大陸南西部・無名遺跡〜
「此処に来るのも、懐かしいなぁ……」
上半分が吹き飛び、砂に埋もれつつある遺跡を眺めながら、フェランは感慨深く呟いた。
フェランが戦地に選んだのは嘗て彼女が生まれ、エヴァンと出会った無名の遺跡。
そして、フェランと『人類の護符』の因縁が生じた地でもある。
生まれ故郷たる遺跡から視線を外し、フェランは背後に居る『魔物娘捕食者』を見据える。
「あの時の……生まれたばかりのアタシとは全然違うんだからね、包帯」
そう、フェランがセレファイスで対峙したのは『GE‐08』、フェランの生まれ故郷たる無名遺跡に蔓延っていた包帯である。
「でも、この依代は……誰なの?」
元々、死体を依代とする『GE‐08』、初めて遭遇した時と依代と違う事は想定済みだ。
だが、フェランが対峙する『GE‐08』の依代は、彼女の知る存在とは全く異なる存在だったのは想定外だった。
「熊天使かぁ……蜂蜜か鮭が好物だったりして」
『GE‐08』の依代となっているモノは、言葉で表現すれば『天使の翼を持つ白熊』。
目算でも二メートルはある巨躯、腕には無骨ながらも荘厳な意匠であしらわれた腕輪。
黒い爪は長く、鋭く、鋼鉄すらバターの如く容易く切断出来そうな代物であり、生身で受ければ精神衛生上良くない事になりそうである。
「ま、関係無いよね……アンタはアタシがブッ飛ばすんだから!」
そう叫んだフェランは『重塊』を熊天使目掛けて放ち、戦いの開幕を告げた。
「ソレソレ、ソレェェ――――――ッ!」
フェランは交互に腕を前に突き出しながら『重塊』を連続で放ち、熊天使は足がとられ易い砂漠とは思えない程に機敏な動きで無数に放たれる『重塊』を避ける。
『重塊』の弾幕を避けつつ熊天使は徐々にフェランとの距離を詰め、魔法が主体であるフェランは後方へ跳躍しつつ熊天使から距離を取る。
「『重塊』じゃ駄目かぁ……それなら!」
軌道が直線的な『重塊』では避けられる……故にフェランは両掌から複数の『重榴塊』を放ち、『重塊』に紛れて放たれた『重榴塊』は熊天使の近くで破裂する。
『…………!』
破裂した『重榴塊』は小型の『重塊』を撒き散らし、撒き散らされた魔力の飛礫に熊天使は否応無く足止めされる。
「其処、だぁぁっ! 『重断剣(グラティナ)』!」
撒き散らされる『重塊』に足を止めた熊天使、フェランは『自身が編み出した』魔法を詠唱する。
振り上げられるフェランの右腕には漆黒の大剣……いや、フェランの右腕にあるのは大『鉈』、『ただ単純に重量で引き千切る』だけの無骨で兇悪な魔力の塊だ。
「ブッ、千切れろぉぉ―――――っ!」
愛らしい顔に似合わぬ兇悪な台詞と共に、フェランは漆黒の大鉈を振り下ろす!
迫る漆黒の大鉈を熊天使は腕を交差させて防ごうとが、その防御も無意味である……なにせ、フェラン振り下ろす大鉈は三〇センチという分厚過ぎる刀身を持っているのだから。
『…………!』
厚さ三〇センチの大鉈に抗う術は無し、熊天使は縦真っ二つに両断され、叩き下ろされた大鉈は轟音と共に盛大に砂埃を巻き上げる。
フェランは刀身一〇メートルはある大鉈を一般的な刀剣類と同サイズにまで縮小させ、真っ二つに引き千切った熊天使を見据える。
「やっぱり、『引き千切った』程度じゃ駄目かぁ。ボイドかホーヴァスなら、あっという間にコイツを蹴散らせるんだろうけどなぁ……」
溜息混じりに呟くフェランの目前では、熊天使に巻かれた包帯が真っ二つにされた身体を繋ぎ合わせている。
身体を繋ぎ合わせ、準備運動するように身体を動かす熊天使に、フェランは再び溜息を吐く。
闇属性魔法を武器に例えるなら鉄鎚や棍棒等の打撃武器……外部から強烈な衝撃を与え、敵を内部から破壊する魔法である。
死体を依代にする『GE‐08』には打撃は勿論、切断も通用しない。
絶対零度で全てを氷結粉砕させるホーヴァス、灼熱の吐息で万物を燃やし尽くすボイドならば、『GE‐08』を文字通り瞬殺する事が出来るだろう。
だが、この場に居ない二人に頼っても無意味である。
「だけど、アタシは負けないよ! だって、大好きなエヴァンとずっと一緒に居たいから!」
仮初の生命と言えど『GE‐08』も生物……生物である以上再生には魔力が必要であり、魔力は無尽蔵のモノでは無い。
何度も再生するならば、再生出来なくなるまで引き千切り、叩き潰すまで。
「だから、問答無用で」
『ブッ千切る、ってかぁ? そりゃ、無理ってもんだ』
そう意気込んだ瞬間、熊天使がフェランの意気込みを嘲笑うような声で言葉を発し、フェランは聞き覚えのある声に身体を強張らせた。
その声をフェランは忘れない、忘れられる筈は無い。
何故なら、その声は世界の怨敵、オリバー・ウェイトリィの声だったのだから。
×××
『久し振りだなぁ、ペボァッ!?』
全く嬉しくない再会にフェランは問答無用で大鉈を横薙ぎに振るい、オリバーの声で喋る熊天使の首を引き千切り、熊天使の頭はデュラハン宜しく地面に落ちる。
『イキナリか、畜生! 折角、僕が屑に挨拶してやったってのにソレかよ!』
「イキナリで悪かったね! だけど、ガキンチョ……何で、熊さんになってるの!」
引き千切られた頭を繋ぎ合わせながら悪態を吐く熊天使に、フェランは疑問をぶつける。
フェランの記憶ではオリバーは『生意気な真っ白けのガキンチョ』、少なくとも熊ではなかった。
『あぁ、この身体か? エヴァンとアイツを慕うテメェ等を、僕は『一応』認めてるんだ』
フェランの疑問に、『一応』を強調しながらオリバーは答える。
曰く、『GE‐08』の再生力が以てしても、依代が普通の魔物の死体ではエヴァン達を殺す事は非常に困難だとオリバーは判断した。
そう判断したオリバーは旧世代の頃から存在する古い墓地を巡り、嘗てのグールのように墓を漁り、この熊の死体―勿論、既に骨だけだったが―を手に入れたそうだ。
『そして! 『生命創造』で蘇生させた、この死体と僕は融合したのさっ! テメェ等、屑共を全員ブッ殺す為になぁ!』
「ねぇ、ガキンチョ……一つ、聞いてもいい?」
『あぁん? 聞きたい事だぁ? まぁ、一応聞いてやるよ』
魔物を滅ぼす為ならば死者の安らかな眠りを妨げるオリバーに、沸々と憤怒が湧き上がるのを感じたフェランは湧き上がる憤怒を隠さずに彼に問う。
「ガキンチョ、お前は精霊も殺すつもりなの?」
『あぁ、殺す。殺すっつっても、流石に純精霊は別だけどなぁ!』
一瞬の躊躇も無く、純精霊を除いた精霊全てを殺すと答えたオリバーにフェランの憤怒は限界を超え、火山の如く噴火した。
「純精霊とアタシ達、闇精霊の何処が違うって言うの……純精霊も闇精霊も、同じ精霊なのに、お前はぁぁ―――っ!!」
『精霊は純精霊だけで充分だ! テメェは精霊じゃねぇ! 魔精霊も、テメェ等闇精霊も、僕の大嫌いな屑だ!』
同胞を差別された憤怒に猛るフェランは大鉈を構え、左掌に『重塊』を生み出す。
魔物への憎悪に猛り狂うオリバーは、鋭利な爪でフェランを引き裂かんと駆ける。
「ガキンチョ、お前はアタシがブッ飛ばす!」
『ペドが! テメェは、この僕がブッ殺す!』
「吹っ飛べぇぇ―――――っ!!」
憤怒に猛るフェランは左掌から機関銃の如く『重塊』を連射、放たれた『重塊』は其々が複雑な軌道を描きながらオリバーへ迫る。
高速で迫る無数の『重塊』をオリバーは獣の如き動きで避け、避けられそうにないモノは鋭利な爪で引き裂いた。
魔力の塊である『重塊』を引き裂いた事にフェランは驚くが、ソレに驚いている暇は無い。
『ヒャッハァァ―――――ッ!!』
僅かな驚愕の隙にオリバーはフェランに肉薄しており、その黒い爪で彼女を引き裂こうと両腕を振り上げる。
「っ! 『重散塊(グラショット)』!」
肉薄されたフェランは咄嗟に大鉈を消失させ、空いた右掌から『重散塊』……散弾の如く放射状に飛び散る『重塊』の亜種魔法を放つ。
『重散塊』は、魔法を使う者にとって弱点である零距離で真価を発揮する。
『ぐ、がぁっ!』
放射状に飛び散る故に有効射程は極端に狭いが、拡散直後の零距離ならば威力は『重塊』を優に上回る。
拡散直後の『重散塊』が直撃したオリバーは吹き飛び、吹き飛ぶ彼にフェランは『重塊』を連続で放って追撃する。
『あがががががっ! テッ、メェェ―――――ッ!!』
追撃の『重塊』をくらって更に吹き飛んだオリバーは受け身を取って着地、着地と同時に右腕を地面へと叩きつける。
右腕を叩きつけた瞬間、大地は震え、鳴動し、フェラン目掛けて地割れが奔る。
「うわわっ!?」
迫る地割れを間一髪でフェランは避けるが地震は未だに続いており、その揺れは否応無く彼女の動きを鈍らせる。
『ははっ! 凄いぜ、この身体ぁっ! 流石は旧世代最強の天使ぃぃ―――っ!』
揺れを意に介さず、叫びながらオリバーはフェランへ迫り、爪を彼女の腹へと突き立てる。
「ぐっ、はぁっ……!」
深々と突き刺さる爪にフェランは苦悶の声を上げ、傷口から自身の身体を構築する魔力が血のように流れ出る。
激痛を堪え、フェランは狂笑を浮かべるオリバーに
「こ、のぉっ……『重砕拳(グラクル)』!」
『重塊』を纏わせた拳を顔面に叩きつける!
『ぶがぁっ!』
『重塊』纏う小さな拳を叩きつけられたオリバーは先程の一撃で外れ易くなっていた頭が外れ、彼の頭は遠くに吹き飛ぶ。
頭が外れた隙に、フェランは腹に突き刺さるオリバーの腕を『重断剣』で引き千切る。
「はぁ、はぁ……ぐ、あぁぁぁぁ!」
オリバーの腕が突き刺さったフェランは後方へ跳躍、激痛を堪えて腕を引き抜き、引き抜いた腕を近くにある地割れの中へ放り込む。
(このままじゃ、不味いかな……早く、魔力を吸収して身体を再構築しないと……でも、旧世代最強の天使って誰なの?)
オリバーの身体を見据えつつ、フェランは大気中の魔力を吸収して肉体の再構築を始める。
包帯を伸ばす事が出来る範囲より離れたからか、頭を失ったオリバーの身体は遠くで叫ぶ彼の声を頼りに歩き出すが、フラフラと覚束無い上に亀の如く鈍い。
この様子なら、暫くは再構築に専念出来るだろう。
肉体を再構築させながら、フェランは思考する……オリバーが叫んだ、旧世代最強の天使とは何者なのだろうか?
(そう言えば、フランシスが指導の合間に教えてくれたっけ……)
フェランには一つ心当たりがあった……ソレは、以前指導の休憩中にフランシスが語った彼女の過去に出てきた天使だ。
『アタイが強い奴との戦いに明け暮れる魔物だったのは、以前話しただろ? あん時が、アタイの生で一番充実してた時期だったね』
フランシス曰く、その天使は彼女の最高の好敵手だった。
純白の毛に覆われ、神々しい翼を生やした熊の姿をした天使……その剛腕は一振りで岩盤を容易く叩き割り、その咆吼は弱い魔物なら失禁して失神する程。
その戦いは一瞬の油断も隙も許されない、戦闘狂のフランシスにとって最高の戦いだった。
幾百、幾千と繰り返された死闘はフランシスの辛勝で終結し、最高の好敵手だった天使は彼女の手で殺された。
『『この永き我が生涯に一片の悔い無し。満足し、充実した生だった』。アイツの、 の最後の言葉さ……アタイは嬉しかったねぇ、アタイがアイツの最後を飾ってやれたんだからさ』
その時のフランシスの表情を……嬉しさと寂しさが混ざった表情を、フェランは憶えている。
『あぁ、クソッ! 漸く、繋ぎ合わせられたぜ! さぁ、ペド! 続きと』
「始める前に、もう一つ聞いていい?」
漸く頭を繋ぎ合わせたオリバーは、静かに問い掛けるフェランに未知なる感情を抱いた。
湧き上がる未知なる感情を強引に蓋をして、オリバーはフェランの次の言葉を待つ。
「お前が蘇生させた天使の名前って、アグナス?」
『は? 何で、ペドが知ってんだよ? あぁ、そうだ! 魔物を滅ぼす使命を果たせずに死んだ、旧世代最強の天使・アグナス! 僕が蘇生させたのは、そのアグナスさ!』
両腕を広げ―尤も、右腕は欠けているが―、自慢するようにオリバーは言葉を続ける。
『志半ばで死んで、未練もタラタラだったろうしなぁ! だから、僕は蘇生させたんだ! アグナスには感謝してもらいたいぜ! こうして! また! 魔物を』
その言葉にフェランの……只でさえ噴火する火山の如く猛り、迸る憤怒が限界を突破した。
「黙れ」
『…………!』
フェランの一言は、オリバーを黙らせるには充分だった。
「お前は、お前って奴はぁぁ―――――――――っ!!」
そして、オリバーは霊視(ミ)た……限界を超えた憤怒を滾らせて叫ぶフェランに周囲の魔力が、この土地が持つ魔力が集まっていくのを。
『な、何だよ!? 何を怒ってんだよ!?』
土地の持つ魔力を飲み込んでいくフェランに、オリバーは湧き上がる未知なる感情を抑える事が出来なかった。
オリバーは感じた、自身を取り巻く世界の全てが敵に回ったような感覚を。
オリバーは悟った、自身に湧き上がる未知なる感情が『恐怖』である事を。
×××
『クソッ、クソッ! クソッタレ、がぁぁ―――――――っ!!』
湧き上がった『恐怖』を認められないオリバーは、叫びながら残された左腕を振り上げてフェランへと駆ける。
「『重断剣』!」
迫るオリバーにフェランは『重断剣』を詠唱、彼女の両腕に漆黒の大鉈が現れ、腕を交差させて大鉈を振るう!
二つの大鉈は巨大な鋏の如くオリバーに迫り、彼は跳躍して漆黒の大鋏を避けようとするが、その回避は無駄に終わった。
『んなぁっ!?』
大鉈が迫るのは、横だけではなかった……前後左右上下三六〇度全方位から、漆黒の大鉈がオリバー目掛けて振るわれ、大鉈に囲まれた彼は為す術も無く引き千切られる。
オリバーは失念していた、フェランが精霊の一種であるダークマターである事を。
精霊の怒りは自然の怒り、『魔』を司るダークマターの怒りは大気に満ちる魔力の怒り、フェランの怒りに呼応した魔力全てが彼女に力を与えてくれるのだ。
『いぎ、がぐぁっ!?』
全方位『断』撃に為す術無くオリバーはバラバラに引き千切られ、バラバラになった身体が砂漠に落ちる。
バラバラにされたオリバーは即座に包帯を伸ばして身体を繋ぎ合わせようとするが、彼が行動するよりもフェランが動く方が早かった。
「光輝く世界に、無辜の民を救わぬ正義無し!」
フェランは走る、右掌に膨大な魔力を集わせて。
右掌に集う膨大な魔力はフェランの拳程の大きさにまで圧縮され、その掌には漆黒よりも黒い球体が現れる。
『オイッ、待てよ! 待てよ、待て待て待て待てぇ! テメェ、この僕を殺すのかよ!? 人間の僕を、屑は殺せない人間の僕をぉぉ――――っ!?』
漆黒を超えた黒い球体とフェラン発する明確な殺意に、身体を繋ぎ合わせつつオリバーは恐怖を隠さずに絶叫する。
人間を殺せない魔物が自分を殺すのか、人間である自分を殺すのかと。
「恐れて、嘆いて、無に潰れろ――!」
身体を繋ぎ合わせたオリバーは立ち上がったが、既にフェランは漆黒を超えた黒い球体を彼の胸板に叩きつけていた。
胸板に叩きつけられた瞬間、漆黒を超えた黒い球体はオリバーを包み込み
「『滅亡都市断罪重掌(ムナール・インパクト)』!」
フェランは最後の口訣を詠唱する!
『―――――――――――――――』
オリバーの断末魔の咆吼は声にならず、彼を包み込んだ漆黒を超えた黒い球体は、フェランの小さな掌に握り込まれながら、消えた。
「お前は、アグナスの事を知らなかった……アグナスの事を知らないで、アグナスの事を知った風に語るなんて、フランシスが赦さないよ」
オリバーを消滅させたフェランは、誰も居ない砂漠に立って呟いた。
アグナスを知らないオリバーは言った、アグナスは未練を残して死んだと。
アグナスを知るフランシスは言った、アグナスは満足して死んだと。
満足感を胸に眠りに就いていたアグナスを、オリバーは憎悪に塗れた野望の為に蘇生させた。
充実感を胸に眠りに就いていたアグナスを、オリバーは未練が在ると決めつけて蘇生させた。
フェランはソレを赦せなかった……例え赦したとしても、ソレはアグナスの事をよく知るフランシスが赦さなかっただろう。
「アタシは、アタシ達はお前を人間だなんて認めない……死んだヒトの想いも知らずに、勝手に蘇らせるお前を、アタシ達は人間だなんて認めないんだから」
フェランは認めない、オリバーが人間だと。
死者の想いを歪め、冒涜するオリバーを人間と呼んではならない、認めてはならない。
この場に自分以外の魔物が居れば全員がオリバーを人間と認めないだろうと、フェランは確信していた。
×××
「ふぁぁ……つ、疲れたぁ……『召喚』」
緊張の糸が切れたフェランは座り込み、黄金の蜂蜜酒を召喚する。
小瓶の蓋を開け、黄金の蜂蜜酒を飲みながら、フェランは決戦前に編み出した『必殺技』の威力に畏怖を抱いた。
『滅亡都市断罪重掌』。
嘗てオリバーに滅ぼされた都市の名を冠した、フェランが編み出した窮極必滅魔法。
原理的にはエヴァンの『狂気齎す黄衣の王の触腕』と同じ……膨大な魔力をぶつけ、敵の存在自体を消滅させる。
膨大な魔力はエネルギーでありながら質量を獲得し、その質量は存在自体を消滅させる事が可能だ。
『狂気齎す黄衣の王の触腕』がその質量で『押し流す』のに対し、『滅亡都市断罪重掌』はその質量で『押し潰す』。
膨大な魔力を圧縮した球体で敵を包み、敵を押し潰すのが『滅亡都市断罪重掌』なのだ。
分かり易く言えば、フェランの『滅亡都市断罪重掌』は深海に適応していない生身の生物を深海の水圧に晒すようなモノである。
具体的な数値を表すと、深度一〇九〇〇メートルでは一平方センチあたり、一トン以上の重量が掛かる計算だ。
コレは余談だが、『重断剣』と『重砕拳』は『滅亡都市断罪重掌』を編み出す過程で思い付いた『オマケ』である。
「ぷはぁ……この戦いが終わったら、『滅亡都市断罪重掌』を封印してもらおうかなぁ……」
黄金の蜂蜜酒を飲み終えたフェランは、自身が編み出した必殺技の封印を考えた。
『狂気齎す黄衣の王の触腕』、『星間駆ける皇帝の葬送曲』、『滅亡都市断罪重掌』。
この三つは存在自体を消滅させる窮極の魔法、悪用されれば―悪用しようにも、使えるモノは皆無に等しいだろうが―未曾有の人的大災害と為り得る。
術式を物理的に残さなければいい話だが、免許証を持つ魔法使いには新魔法を考案した際、その術式を書物等に記して残す事が義務付けられている。
「フランシスに頼んで、セラエノの大図書館の奥の奥に仕舞ってもらおっと」
セラエノの大図書館の奥には危険、若しくは人道的倫理に反する魔法の悪用を防ぐ為に、その術式を記した書物を封印する施設がある。
その施設の立ち入りには『偉大なる八人』と魔王に因る厳密な審査と許可が必要であり、其処に仕舞っておけば、『滅亡都市断罪重掌』を悪用される可能性は零に近いだろう。
「封印してもらうにしても、この戦いを終わらせなきゃ!」
封印を決意したフェランは紅い宝石を召喚し、地面に紅い宝石を置いてソレを踏みつける。
踏みつけられた紅い宝石は砕け、転移魔法陣がフェランを中心に砂漠へと描かれる。
「アタシがあのガキンチョを倒したから、エヴァンが戦ってるのは偽者だよね……早く、エヴァンの元に行かないと!」
オリバーを己の手で消滅させた以上、エヴァンが別の地で戦っているであろうオリバーは偽者だと判断したフェランは彼の元へ転移する。
フェランはホーヴァス、ボイド、キーン、コラムと相談し、帰還用の紅い宝石の転移先をエヴァンの現在地に変更した。
無論、ソレは愛するエヴァンを助け、決着を付ける為である。
Report.12 アタシと包帯と砂漠の決戦 Closed
To be nextstage→Report.13 俺と糞ガキと凍土の決戦
「此処に来るのも、懐かしいなぁ……」
上半分が吹き飛び、砂に埋もれつつある遺跡を眺めながら、フェランは感慨深く呟いた。
フェランが戦地に選んだのは嘗て彼女が生まれ、エヴァンと出会った無名の遺跡。
そして、フェランと『人類の護符』の因縁が生じた地でもある。
生まれ故郷たる遺跡から視線を外し、フェランは背後に居る『魔物娘捕食者』を見据える。
「あの時の……生まれたばかりのアタシとは全然違うんだからね、包帯」
そう、フェランがセレファイスで対峙したのは『GE‐08』、フェランの生まれ故郷たる無名遺跡に蔓延っていた包帯である。
「でも、この依代は……誰なの?」
元々、死体を依代とする『GE‐08』、初めて遭遇した時と依代と違う事は想定済みだ。
だが、フェランが対峙する『GE‐08』の依代は、彼女の知る存在とは全く異なる存在だったのは想定外だった。
「熊天使かぁ……蜂蜜か鮭が好物だったりして」
『GE‐08』の依代となっているモノは、言葉で表現すれば『天使の翼を持つ白熊』。
目算でも二メートルはある巨躯、腕には無骨ながらも荘厳な意匠であしらわれた腕輪。
黒い爪は長く、鋭く、鋼鉄すらバターの如く容易く切断出来そうな代物であり、生身で受ければ精神衛生上良くない事になりそうである。
「ま、関係無いよね……アンタはアタシがブッ飛ばすんだから!」
そう叫んだフェランは『重塊』を熊天使目掛けて放ち、戦いの開幕を告げた。
「ソレソレ、ソレェェ――――――ッ!」
フェランは交互に腕を前に突き出しながら『重塊』を連続で放ち、熊天使は足がとられ易い砂漠とは思えない程に機敏な動きで無数に放たれる『重塊』を避ける。
『重塊』の弾幕を避けつつ熊天使は徐々にフェランとの距離を詰め、魔法が主体であるフェランは後方へ跳躍しつつ熊天使から距離を取る。
「『重塊』じゃ駄目かぁ……それなら!」
軌道が直線的な『重塊』では避けられる……故にフェランは両掌から複数の『重榴塊』を放ち、『重塊』に紛れて放たれた『重榴塊』は熊天使の近くで破裂する。
『…………!』
破裂した『重榴塊』は小型の『重塊』を撒き散らし、撒き散らされた魔力の飛礫に熊天使は否応無く足止めされる。
「其処、だぁぁっ! 『重断剣(グラティナ)』!」
撒き散らされる『重塊』に足を止めた熊天使、フェランは『自身が編み出した』魔法を詠唱する。
振り上げられるフェランの右腕には漆黒の大剣……いや、フェランの右腕にあるのは大『鉈』、『ただ単純に重量で引き千切る』だけの無骨で兇悪な魔力の塊だ。
「ブッ、千切れろぉぉ―――――っ!」
愛らしい顔に似合わぬ兇悪な台詞と共に、フェランは漆黒の大鉈を振り下ろす!
迫る漆黒の大鉈を熊天使は腕を交差させて防ごうとが、その防御も無意味である……なにせ、フェラン振り下ろす大鉈は三〇センチという分厚過ぎる刀身を持っているのだから。
『…………!』
厚さ三〇センチの大鉈に抗う術は無し、熊天使は縦真っ二つに両断され、叩き下ろされた大鉈は轟音と共に盛大に砂埃を巻き上げる。
フェランは刀身一〇メートルはある大鉈を一般的な刀剣類と同サイズにまで縮小させ、真っ二つに引き千切った熊天使を見据える。
「やっぱり、『引き千切った』程度じゃ駄目かぁ。ボイドかホーヴァスなら、あっという間にコイツを蹴散らせるんだろうけどなぁ……」
溜息混じりに呟くフェランの目前では、熊天使に巻かれた包帯が真っ二つにされた身体を繋ぎ合わせている。
身体を繋ぎ合わせ、準備運動するように身体を動かす熊天使に、フェランは再び溜息を吐く。
闇属性魔法を武器に例えるなら鉄鎚や棍棒等の打撃武器……外部から強烈な衝撃を与え、敵を内部から破壊する魔法である。
死体を依代にする『GE‐08』には打撃は勿論、切断も通用しない。
絶対零度で全てを氷結粉砕させるホーヴァス、灼熱の吐息で万物を燃やし尽くすボイドならば、『GE‐08』を文字通り瞬殺する事が出来るだろう。
だが、この場に居ない二人に頼っても無意味である。
「だけど、アタシは負けないよ! だって、大好きなエヴァンとずっと一緒に居たいから!」
仮初の生命と言えど『GE‐08』も生物……生物である以上再生には魔力が必要であり、魔力は無尽蔵のモノでは無い。
何度も再生するならば、再生出来なくなるまで引き千切り、叩き潰すまで。
「だから、問答無用で」
『ブッ千切る、ってかぁ? そりゃ、無理ってもんだ』
そう意気込んだ瞬間、熊天使がフェランの意気込みを嘲笑うような声で言葉を発し、フェランは聞き覚えのある声に身体を強張らせた。
その声をフェランは忘れない、忘れられる筈は無い。
何故なら、その声は世界の怨敵、オリバー・ウェイトリィの声だったのだから。
×××
『久し振りだなぁ、ペボァッ!?』
全く嬉しくない再会にフェランは問答無用で大鉈を横薙ぎに振るい、オリバーの声で喋る熊天使の首を引き千切り、熊天使の頭はデュラハン宜しく地面に落ちる。
『イキナリか、畜生! 折角、僕が屑に挨拶してやったってのにソレかよ!』
「イキナリで悪かったね! だけど、ガキンチョ……何で、熊さんになってるの!」
引き千切られた頭を繋ぎ合わせながら悪態を吐く熊天使に、フェランは疑問をぶつける。
フェランの記憶ではオリバーは『生意気な真っ白けのガキンチョ』、少なくとも熊ではなかった。
『あぁ、この身体か? エヴァンとアイツを慕うテメェ等を、僕は『一応』認めてるんだ』
フェランの疑問に、『一応』を強調しながらオリバーは答える。
曰く、『GE‐08』の再生力が以てしても、依代が普通の魔物の死体ではエヴァン達を殺す事は非常に困難だとオリバーは判断した。
そう判断したオリバーは旧世代の頃から存在する古い墓地を巡り、嘗てのグールのように墓を漁り、この熊の死体―勿論、既に骨だけだったが―を手に入れたそうだ。
『そして! 『生命創造』で蘇生させた、この死体と僕は融合したのさっ! テメェ等、屑共を全員ブッ殺す為になぁ!』
「ねぇ、ガキンチョ……一つ、聞いてもいい?」
『あぁん? 聞きたい事だぁ? まぁ、一応聞いてやるよ』
魔物を滅ぼす為ならば死者の安らかな眠りを妨げるオリバーに、沸々と憤怒が湧き上がるのを感じたフェランは湧き上がる憤怒を隠さずに彼に問う。
「ガキンチョ、お前は精霊も殺すつもりなの?」
『あぁ、殺す。殺すっつっても、流石に純精霊は別だけどなぁ!』
一瞬の躊躇も無く、純精霊を除いた精霊全てを殺すと答えたオリバーにフェランの憤怒は限界を超え、火山の如く噴火した。
「純精霊とアタシ達、闇精霊の何処が違うって言うの……純精霊も闇精霊も、同じ精霊なのに、お前はぁぁ―――っ!!」
『精霊は純精霊だけで充分だ! テメェは精霊じゃねぇ! 魔精霊も、テメェ等闇精霊も、僕の大嫌いな屑だ!』
同胞を差別された憤怒に猛るフェランは大鉈を構え、左掌に『重塊』を生み出す。
魔物への憎悪に猛り狂うオリバーは、鋭利な爪でフェランを引き裂かんと駆ける。
「ガキンチョ、お前はアタシがブッ飛ばす!」
『ペドが! テメェは、この僕がブッ殺す!』
「吹っ飛べぇぇ―――――っ!!」
憤怒に猛るフェランは左掌から機関銃の如く『重塊』を連射、放たれた『重塊』は其々が複雑な軌道を描きながらオリバーへ迫る。
高速で迫る無数の『重塊』をオリバーは獣の如き動きで避け、避けられそうにないモノは鋭利な爪で引き裂いた。
魔力の塊である『重塊』を引き裂いた事にフェランは驚くが、ソレに驚いている暇は無い。
『ヒャッハァァ―――――ッ!!』
僅かな驚愕の隙にオリバーはフェランに肉薄しており、その黒い爪で彼女を引き裂こうと両腕を振り上げる。
「っ! 『重散塊(グラショット)』!」
肉薄されたフェランは咄嗟に大鉈を消失させ、空いた右掌から『重散塊』……散弾の如く放射状に飛び散る『重塊』の亜種魔法を放つ。
『重散塊』は、魔法を使う者にとって弱点である零距離で真価を発揮する。
『ぐ、がぁっ!』
放射状に飛び散る故に有効射程は極端に狭いが、拡散直後の零距離ならば威力は『重塊』を優に上回る。
拡散直後の『重散塊』が直撃したオリバーは吹き飛び、吹き飛ぶ彼にフェランは『重塊』を連続で放って追撃する。
『あがががががっ! テッ、メェェ―――――ッ!!』
追撃の『重塊』をくらって更に吹き飛んだオリバーは受け身を取って着地、着地と同時に右腕を地面へと叩きつける。
右腕を叩きつけた瞬間、大地は震え、鳴動し、フェラン目掛けて地割れが奔る。
「うわわっ!?」
迫る地割れを間一髪でフェランは避けるが地震は未だに続いており、その揺れは否応無く彼女の動きを鈍らせる。
『ははっ! 凄いぜ、この身体ぁっ! 流石は旧世代最強の天使ぃぃ―――っ!』
揺れを意に介さず、叫びながらオリバーはフェランへ迫り、爪を彼女の腹へと突き立てる。
「ぐっ、はぁっ……!」
深々と突き刺さる爪にフェランは苦悶の声を上げ、傷口から自身の身体を構築する魔力が血のように流れ出る。
激痛を堪え、フェランは狂笑を浮かべるオリバーに
「こ、のぉっ……『重砕拳(グラクル)』!」
『重塊』を纏わせた拳を顔面に叩きつける!
『ぶがぁっ!』
『重塊』纏う小さな拳を叩きつけられたオリバーは先程の一撃で外れ易くなっていた頭が外れ、彼の頭は遠くに吹き飛ぶ。
頭が外れた隙に、フェランは腹に突き刺さるオリバーの腕を『重断剣』で引き千切る。
「はぁ、はぁ……ぐ、あぁぁぁぁ!」
オリバーの腕が突き刺さったフェランは後方へ跳躍、激痛を堪えて腕を引き抜き、引き抜いた腕を近くにある地割れの中へ放り込む。
(このままじゃ、不味いかな……早く、魔力を吸収して身体を再構築しないと……でも、旧世代最強の天使って誰なの?)
オリバーの身体を見据えつつ、フェランは大気中の魔力を吸収して肉体の再構築を始める。
包帯を伸ばす事が出来る範囲より離れたからか、頭を失ったオリバーの身体は遠くで叫ぶ彼の声を頼りに歩き出すが、フラフラと覚束無い上に亀の如く鈍い。
この様子なら、暫くは再構築に専念出来るだろう。
肉体を再構築させながら、フェランは思考する……オリバーが叫んだ、旧世代最強の天使とは何者なのだろうか?
(そう言えば、フランシスが指導の合間に教えてくれたっけ……)
フェランには一つ心当たりがあった……ソレは、以前指導の休憩中にフランシスが語った彼女の過去に出てきた天使だ。
『アタイが強い奴との戦いに明け暮れる魔物だったのは、以前話しただろ? あん時が、アタイの生で一番充実してた時期だったね』
フランシス曰く、その天使は彼女の最高の好敵手だった。
純白の毛に覆われ、神々しい翼を生やした熊の姿をした天使……その剛腕は一振りで岩盤を容易く叩き割り、その咆吼は弱い魔物なら失禁して失神する程。
その戦いは一瞬の油断も隙も許されない、戦闘狂のフランシスにとって最高の戦いだった。
幾百、幾千と繰り返された死闘はフランシスの辛勝で終結し、最高の好敵手だった天使は彼女の手で殺された。
『『この永き我が生涯に一片の悔い無し。満足し、充実した生だった』。アイツの、 の最後の言葉さ……アタイは嬉しかったねぇ、アタイがアイツの最後を飾ってやれたんだからさ』
その時のフランシスの表情を……嬉しさと寂しさが混ざった表情を、フェランは憶えている。
『あぁ、クソッ! 漸く、繋ぎ合わせられたぜ! さぁ、ペド! 続きと』
「始める前に、もう一つ聞いていい?」
漸く頭を繋ぎ合わせたオリバーは、静かに問い掛けるフェランに未知なる感情を抱いた。
湧き上がる未知なる感情を強引に蓋をして、オリバーはフェランの次の言葉を待つ。
「お前が蘇生させた天使の名前って、アグナス?」
『は? 何で、ペドが知ってんだよ? あぁ、そうだ! 魔物を滅ぼす使命を果たせずに死んだ、旧世代最強の天使・アグナス! 僕が蘇生させたのは、そのアグナスさ!』
両腕を広げ―尤も、右腕は欠けているが―、自慢するようにオリバーは言葉を続ける。
『志半ばで死んで、未練もタラタラだったろうしなぁ! だから、僕は蘇生させたんだ! アグナスには感謝してもらいたいぜ! こうして! また! 魔物を』
その言葉にフェランの……只でさえ噴火する火山の如く猛り、迸る憤怒が限界を突破した。
「黙れ」
『…………!』
フェランの一言は、オリバーを黙らせるには充分だった。
「お前は、お前って奴はぁぁ―――――――――っ!!」
そして、オリバーは霊視(ミ)た……限界を超えた憤怒を滾らせて叫ぶフェランに周囲の魔力が、この土地が持つ魔力が集まっていくのを。
『な、何だよ!? 何を怒ってんだよ!?』
土地の持つ魔力を飲み込んでいくフェランに、オリバーは湧き上がる未知なる感情を抑える事が出来なかった。
オリバーは感じた、自身を取り巻く世界の全てが敵に回ったような感覚を。
オリバーは悟った、自身に湧き上がる未知なる感情が『恐怖』である事を。
×××
『クソッ、クソッ! クソッタレ、がぁぁ―――――――っ!!』
湧き上がった『恐怖』を認められないオリバーは、叫びながら残された左腕を振り上げてフェランへと駆ける。
「『重断剣』!」
迫るオリバーにフェランは『重断剣』を詠唱、彼女の両腕に漆黒の大鉈が現れ、腕を交差させて大鉈を振るう!
二つの大鉈は巨大な鋏の如くオリバーに迫り、彼は跳躍して漆黒の大鋏を避けようとするが、その回避は無駄に終わった。
『んなぁっ!?』
大鉈が迫るのは、横だけではなかった……前後左右上下三六〇度全方位から、漆黒の大鉈がオリバー目掛けて振るわれ、大鉈に囲まれた彼は為す術も無く引き千切られる。
オリバーは失念していた、フェランが精霊の一種であるダークマターである事を。
精霊の怒りは自然の怒り、『魔』を司るダークマターの怒りは大気に満ちる魔力の怒り、フェランの怒りに呼応した魔力全てが彼女に力を与えてくれるのだ。
『いぎ、がぐぁっ!?』
全方位『断』撃に為す術無くオリバーはバラバラに引き千切られ、バラバラになった身体が砂漠に落ちる。
バラバラにされたオリバーは即座に包帯を伸ばして身体を繋ぎ合わせようとするが、彼が行動するよりもフェランが動く方が早かった。
「光輝く世界に、無辜の民を救わぬ正義無し!」
フェランは走る、右掌に膨大な魔力を集わせて。
右掌に集う膨大な魔力はフェランの拳程の大きさにまで圧縮され、その掌には漆黒よりも黒い球体が現れる。
『オイッ、待てよ! 待てよ、待て待て待て待てぇ! テメェ、この僕を殺すのかよ!? 人間の僕を、屑は殺せない人間の僕をぉぉ――――っ!?』
漆黒を超えた黒い球体とフェラン発する明確な殺意に、身体を繋ぎ合わせつつオリバーは恐怖を隠さずに絶叫する。
人間を殺せない魔物が自分を殺すのか、人間である自分を殺すのかと。
「恐れて、嘆いて、無に潰れろ――!」
身体を繋ぎ合わせたオリバーは立ち上がったが、既にフェランは漆黒を超えた黒い球体を彼の胸板に叩きつけていた。
胸板に叩きつけられた瞬間、漆黒を超えた黒い球体はオリバーを包み込み
「『滅亡都市断罪重掌(ムナール・インパクト)』!」
フェランは最後の口訣を詠唱する!
『―――――――――――――――』
オリバーの断末魔の咆吼は声にならず、彼を包み込んだ漆黒を超えた黒い球体は、フェランの小さな掌に握り込まれながら、消えた。
「お前は、アグナスの事を知らなかった……アグナスの事を知らないで、アグナスの事を知った風に語るなんて、フランシスが赦さないよ」
オリバーを消滅させたフェランは、誰も居ない砂漠に立って呟いた。
アグナスを知らないオリバーは言った、アグナスは未練を残して死んだと。
アグナスを知るフランシスは言った、アグナスは満足して死んだと。
満足感を胸に眠りに就いていたアグナスを、オリバーは憎悪に塗れた野望の為に蘇生させた。
充実感を胸に眠りに就いていたアグナスを、オリバーは未練が在ると決めつけて蘇生させた。
フェランはソレを赦せなかった……例え赦したとしても、ソレはアグナスの事をよく知るフランシスが赦さなかっただろう。
「アタシは、アタシ達はお前を人間だなんて認めない……死んだヒトの想いも知らずに、勝手に蘇らせるお前を、アタシ達は人間だなんて認めないんだから」
フェランは認めない、オリバーが人間だと。
死者の想いを歪め、冒涜するオリバーを人間と呼んではならない、認めてはならない。
この場に自分以外の魔物が居れば全員がオリバーを人間と認めないだろうと、フェランは確信していた。
×××
「ふぁぁ……つ、疲れたぁ……『召喚』」
緊張の糸が切れたフェランは座り込み、黄金の蜂蜜酒を召喚する。
小瓶の蓋を開け、黄金の蜂蜜酒を飲みながら、フェランは決戦前に編み出した『必殺技』の威力に畏怖を抱いた。
『滅亡都市断罪重掌』。
嘗てオリバーに滅ぼされた都市の名を冠した、フェランが編み出した窮極必滅魔法。
原理的にはエヴァンの『狂気齎す黄衣の王の触腕』と同じ……膨大な魔力をぶつけ、敵の存在自体を消滅させる。
膨大な魔力はエネルギーでありながら質量を獲得し、その質量は存在自体を消滅させる事が可能だ。
『狂気齎す黄衣の王の触腕』がその質量で『押し流す』のに対し、『滅亡都市断罪重掌』はその質量で『押し潰す』。
膨大な魔力を圧縮した球体で敵を包み、敵を押し潰すのが『滅亡都市断罪重掌』なのだ。
分かり易く言えば、フェランの『滅亡都市断罪重掌』は深海に適応していない生身の生物を深海の水圧に晒すようなモノである。
具体的な数値を表すと、深度一〇九〇〇メートルでは一平方センチあたり、一トン以上の重量が掛かる計算だ。
コレは余談だが、『重断剣』と『重砕拳』は『滅亡都市断罪重掌』を編み出す過程で思い付いた『オマケ』である。
「ぷはぁ……この戦いが終わったら、『滅亡都市断罪重掌』を封印してもらおうかなぁ……」
黄金の蜂蜜酒を飲み終えたフェランは、自身が編み出した必殺技の封印を考えた。
『狂気齎す黄衣の王の触腕』、『星間駆ける皇帝の葬送曲』、『滅亡都市断罪重掌』。
この三つは存在自体を消滅させる窮極の魔法、悪用されれば―悪用しようにも、使えるモノは皆無に等しいだろうが―未曾有の人的大災害と為り得る。
術式を物理的に残さなければいい話だが、免許証を持つ魔法使いには新魔法を考案した際、その術式を書物等に記して残す事が義務付けられている。
「フランシスに頼んで、セラエノの大図書館の奥の奥に仕舞ってもらおっと」
セラエノの大図書館の奥には危険、若しくは人道的倫理に反する魔法の悪用を防ぐ為に、その術式を記した書物を封印する施設がある。
その施設の立ち入りには『偉大なる八人』と魔王に因る厳密な審査と許可が必要であり、其処に仕舞っておけば、『滅亡都市断罪重掌』を悪用される可能性は零に近いだろう。
「封印してもらうにしても、この戦いを終わらせなきゃ!」
封印を決意したフェランは紅い宝石を召喚し、地面に紅い宝石を置いてソレを踏みつける。
踏みつけられた紅い宝石は砕け、転移魔法陣がフェランを中心に砂漠へと描かれる。
「アタシがあのガキンチョを倒したから、エヴァンが戦ってるのは偽者だよね……早く、エヴァンの元に行かないと!」
オリバーを己の手で消滅させた以上、エヴァンが別の地で戦っているであろうオリバーは偽者だと判断したフェランは彼の元へ転移する。
フェランはホーヴァス、ボイド、キーン、コラムと相談し、帰還用の紅い宝石の転移先をエヴァンの現在地に変更した。
無論、ソレは愛するエヴァンを助け、決着を付ける為である。
Report.12 アタシと包帯と砂漠の決戦 Closed
To be nextstage→Report.13 俺と糞ガキと凍土の決戦
12/11/07 15:34更新 / 斬魔大聖
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