Report.10 ワタシと蟇蛙と地底湖の決戦
〜ングラネク山脈・地底湖〜
「…………!」
水飛沫を上げて、キーンは故郷であるングラネク山脈の地底湖に着水した。
この地底湖は、キーンにとって懐かしい場所だ……先祖代々暮らしてきた故郷であり、愛するエヴァンとの馴れ初めの地であり、海に住まう友人達と平和を享受していた地。
だが、今のキーンは感慨に浸る暇は無い。
何故なら、この地底湖に訪れたのは彼女だけではないのだ。
(…………)
セレファイスでキーンが接敵したのは、彼女と因縁の在る『GE‐05』。
されど、決戦に備えて新たに生み出された改良型なのか、一年前に遭遇した『GE‐05』と目前の『GE‐05』は細部が異なる。
一年前に遭遇した個体と比べるとズングリムックリとした体躯は二回り程大きく、ソレに比例して触角も長く、先端は一〇本に枝分かれしている。
目つきの悪い小さな目はキーンを睨み、キーンも油断する事無く睨み返す。
(…………?)
キーンが銛を構えた瞬間、『GE‐05』も動いた……鋭い牙が不揃いに生えた大口を限界まで開けると、キーン程はあるオタマジャクシが何体も飛び出してきた。
飛び出してきたオタマジャクシは光に包まれ、光は膨らみながら形を変え、身を包む光が消えた時にはオタマジャクシではなかった。
(…………!)
キーンの目前に居るは、複数の『GE‐05』と『GE‐05』に酷似した蟇蛙。
『GE‐05』と酷似した蟇蛙、外観的に触角以外の差異は無い……複数に枝分かれした触角ではなく、先端に裸体の美丈夫が吊るされている触角が生えている。
以前スティーリィから渡された報告書に因れば、『GE‐05』には触角以外は全く同質の『魔物娘捕食者』が存在している。
『GE‐06』、識別名・ハイドラ……『GE‐05』識別名・ダゴン同様、量産を前提に生み出された怪物であり、質ではなく量に因って魔物を害する存在である。
(…………!)
複数の『GE‐05』と『GE‐06』―面倒なので、以降はダゴン・ハイドラと識別名で呼称する事にする―は大口を開け、一斉にキーンへと迫る。
後脚を懸命に動かし、ズングリムックリとした体躯とは思えない意外な速度でダゴン達は迫り、一際大きいダゴンは何故か動かない。
キーンは追われる形で泳ぎ出し、尾鰭と水掻きを駆使して瞬く間にダゴン達から離れる。
水中の狩人・サハギンにとって水中は本領を発揮出来るホームグラウンド、元が蟇蛙のダゴン達も水中戦は得意な部類だと思われるが、それでもキーンには劣るだろう。
(…………ふっ!)
速度はそのままにキーンは方向転換、迫るダゴン達に魚雷の如く突進する。
狙うは脳髄……一年前の戦いと変わっていないなら、如何に高い自己治癒力を持とうとも脳髄を破壊すれば再生出来ないだろう。
そう判断したキーンは先頭のダゴンとすれ違い際に上へ回り込み、巨体に見合わぬ小さな脳髄収まる頭部へ銛を深々と突き刺す。
脳髄を正確に貫かれたダゴンは地上ならば断末魔の咆吼を上げていただろう、水中である故に声にならぬ声を上げ、ダゴンは痙攣しながら死に絶える。
(…………!)
脳髄を貫いたキーンに大口を開けて迫るハイドラは、同胞の屍を齧ると共に彼女を飲み込む。
ハイドラとダゴンの口腔内には拷問器具・鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)の如く無数の小さな牙が生え、咀嚼するだけで鋼鉄の処女に収められた魔女の如くキーンは穴だらけになる。
キーンを口腔内に収めたハイドラは口腔内に違和感を抱くが、小さな脳髄はその違和感を無視して咀嚼しようとする。
苦痛はあれど本能でもある目的―魔物の殲滅―の遂行を優先し、ハイドラは飲み込んだキーンを吐き出そうとは思わなかった。
(…………ばっちぃ)
故に、ハイドラは口腔を貫かれ、脳髄をキーンに抉り出される事になった。
脳髄と肉片が漂う水中をキーンは縦横無尽に泳ぎ回り、的確にダゴンとハイドラの脳髄を銛で貫き、確実に数を減らしていく。
一方、離れた位置に居る一際大きいダゴンは、蟲を吐く巨人『GE‐02』のように口を開けてはオタマジャクシを吐き出し、倒された分だけのダゴンとハイドラを呼び出す。
(…………キリが無い)
銛で脳髄を貫き、時には同士討ちを誘い、ダゴンとハイドラを減らすキーンは胸中で呟く。
今の状況は一年前に遭遇した『GE‐02』と酷似した状況であり、何れ疲労で動きが鈍った所を狙われてクッキーを齧る程度の気安さで噛み砕かれるだろう。
故に、キーンは手早く一掃する事にした。
(ニーケの勝利の印において我に力を与えよ、力を与えよ、力を与えよ。霊験灼たかなる魔銛よ、我が眼前の怨敵を殲滅せよ)
キーンは『武装錬金』を詠唱……後々を踏まえて銛の複製を一〇本に留め、『必中』と『追跡』を一〇本の銛に付与してから、キーンは次々と銛を投擲する。
キーンは、『武装錬金』で銛を操作している間は動きが鈍るという欠点を抱えていた。
だが、フランシスの指導を受けた事に因り、複製した銛に簡単な命令を付与する事で銛を自律行動させる事が可能になった。
遠隔操作一辺倒だったキーンの『武装錬金』は、コレに因って『武装錬金』を用いた戦術の幅を広げる事が出来たのだ。
(…………!)
投擲された一〇本の銛は肉食魚のように水中を駆けてはダゴン達の脳髄を貫き、ダゴン達は血しぶく肉塊となりてプカリと水面へと浮かんでいく。
ダゴン達の相手は銛に任せ、キーンは離れた位置に浮かぶダゴンへと突進する。
大きめのダゴンはオタマジャクシを吐き出して迎撃するが、彼女はオタマジャクシを銛で貫いて、ダゴンとハイドラへの変化を阻止しつつ大きめのダゴンへと肉薄する。
大きめのダゴンは舌を伸ばすが、その舌を軽々とキーンに避け、彼女は大きめのダゴンの頭部へと回り込み、脳髄を貫かんと銛を突き立てようとする。
【舐めんじゃねぇぞ! 魚がぁ!】
(…………!?)
だが、キーンの銛は届かなかった……触角の根元から盛り上がるように現れた腕がキーンの銛を掴み、直ぐ近くから現れた腕にキーンは殴り飛ばされる。
突如現れた腕に殴り飛ばされたキーンは即座に体勢を整え、触角の根元から現れた一対の腕を見下ろすように睨みつける。
【久し振りだなぁ、魚……大体、一年振りかぁ?】
キーンを殴り飛ばしたモノが盛り上がるように現れ、睨み返すように彼女を見上げた。
触角の根元から現れたモノは、腕を組んだオリバー・ウェイトリィだった。
×××
【久し振りだなぁ、魚……大体、一年振りかぁ?】
盛り上がるように現れたオリバーにキーンは無表情を貫いていたが、内心驚いていた。
嘗て遭遇した時のオリバーは人間だったが、今の彼は上半身は変わっていなかったものの、腰から下はダゴンの頭頂部と一体化している。
【おぅおぅ、驚いてんなぁ……僕はコイツと融合したんだよ、テメェ等屑共を一匹残さずブッ殺す為に新造したコイツになぁ!】
オリバーは『念話』―水中での発声はキーンを含めた水棲魔物、シー・ビショップの儀式を受けた人間は可能だが、オリバーには無理だ―でキーンに話し掛ける。
キーンの脳内に直接響くオリバーの声は、嘗て遭遇した時と……魔物への憎悪を隠さず、魔物を侮辱するような声は変わっていなかった。
オリバーはエヴァンとの決戦に備え、自身と融合させる『GE‐05』を新造していた。
融合用に新造した『GE‐05』にはダゴンとハイドラをオタマジャクシに変化させて体内に収納し、吐き出す際に元の形態に戻す機能を付与した。
エヴァンが決戦前に確認したダゴンとハイドラは、新造した『GE‐05』の体内に全て収納されており、その体内には無数のダゴンとハイドラが収まっている。
即ち、オリバーが融合した『GE‐05』は、形を変えた『GE‐02』なのだ。
新造した『GE‐05』は後々発見された新種の蛙―産んだ卵を自ら飲み込み、胃袋内で子育てする―と似た特徴を持つ事を、オリバーは知る筈も無い。
(…………)
【けっ! 相変わらず、ダンマリかよ……まぁ、いいさ。一年前にエヴァンに作った借り、テメェに返してやらぁっ!!】
脳内に直接響くオリバーの声にキーンは無言を貫き、無言を返された彼は舌打ち混じりの叫びと共に下の口からオタマジャクシを吐き出す。
吐き出されたオタマジャクシは、急速にダゴンとハイドラへ変化してキーンへ迫る。
キーンとオリバーの、地底湖での決戦の幕が開いた。
(…………!)
迫るダゴン達にキーンは自律行動させていた銛を呼び戻し、追加で一〇本の銛を複製。
総勢二〇本の銛がキーンの元に集い、魚雷の如く水中を駆ける!
水中駆ける二〇本の銛は自然法則を無視した複雑な軌道を描き、ダゴン達の脳髄を貫く。
ダゴン達の脳髄を貫く銛は、宛ら獰猛な鮫の群だ……停止、滞空―いや、滞水か?―、加速、減速を繰り返しながら、ダゴン達のちっぽけな脳髄を抉り、貫いていく。
【へぇ、腐れ魚風情が『武装錬金』使うなんて意外だなぁ! なら、コイツはどうだ?】
キーンの『武装錬金』を初めて見たオリバーは驚嘆の声を上げながら触角を揺らし、ソレに呼応するようにハイドラ達が彼の元に集う。
オリバーの元に集まったハイドラ達が触角を揺らすと先端の美丈夫が輝き、キーンを誘うように動き始める。
ハイドラの触角の先端にぶら下がる裸体の美丈夫は疑似餌、揺らす事で強力な『魅了』の魔力を放ち、扇情的な動きで魔物を引き寄せるのだ。
引き寄せられた魔物は揺れる疑似餌を理想の人間だと思い込み、疑似餌に魅了されたまま、ハイドラに喰われるのである。
【そぅら、コッチに来いや……】
オリバーはハイドラ試験運用の際、疑似餌の魅了が成功した事を憶えており、キーンにも通用すると判断した。
キーンの目には、疑似餌がエヴァンに見えているのだろう……二〇本の銛を従えて、キーンは潤んだ目で疑似餌揺らすハイドラ達へと近付き
(…………ぷ)
【はぁっ!?】
二〇本の銛は疑似餌揺らすハイドラ達の脳髄を抉り出し、揺れ動く疑似餌を貫いた。
二〇本の銛がハイドラ達を貫いた時、キーンの口元が微かに動く……微かに動いたキーンの口元は、嘲笑に歪んでいた。
(…………馬鹿)
キーンは驚愕するオリバーに自身が持つ銛を投擲、投擲された銛に追従するようにハイドラ達の脳髄と疑似餌を貫いた二〇本の銛が彼に殺到する!
【うおぉっ!? オイッ、僕を守れ!】
殺到する二〇本の銛に我に返ったオリバーはダゴン達を呼び寄せ、呼び寄せられたダゴン達は彼の周囲に集まり、殺到する銛に脳髄を貫かれる。
ダゴン達という肉の壁を貫いた二〇本の銛は、そのままオリバーを貫こうと水中を駆け、肉の壁を突破されたオリバーは迫る銛から逃げる。
(…………逃がさない)
逃げるオリバーを追うべくキーンは泳ぎ出し、自身の銛が突き刺さったダゴンとすれ違う際に銛を引き抜き、逃げる彼を追う。
オリバーを追うキーンに付き従うように、壁となったダゴン達を貫いた二〇本の銛も彼女の後を追い始める。
【畜生! 何で、魅了が効かねぇんだよ!?】
キーンが投擲する二〇本の銛を避け、魔力の巨腕で弾きながら、オリバーは悪態を吐いた。
疑似餌の放つ『魅了』の魔力は、どんな魔物も引き寄せる……引き寄せる筈だったが、何故かキーンは正気を保っていた事がオリバーには不可解だった。
オリバーは魔物を良く知るべきだった。
オリバーの予想通り、強力な『魅了』の魔力を放つハイドラの疑似餌は魔物に通用するが、ソレが通用するのは未だに伴侶を持たぬ魔物だけだ。
伴侶を得た魔物は心身共に伴侶の虜であり、如何に強力な『魅了』の魔力を浴びようと愛しい伴侶への想いは微塵も揺らぐ事は無いのだ。
オリバーにとって魔物は害虫であり、彼は害虫の事を調べようとは微塵も思わなかった。
その無知が、今の状況を生んだ事にオリバーは気付く筈も無い。
【クソッタレがぁぁ―――――――っ!!】
一匹残さず滅ぼすべき害虫、生きる価値の無い屑である魔物から無様に逃げる事が、オリバーには屈辱だった。
屈辱がオリバーの闘志を燃やし、彼は反転して無数のオタマジャクシを吐き出す!
吐き出されたオタマジャクシは無数のダゴンとハイドラと化し、大口を開けてキーンへ殺到する。
(…………!)
迫る無数のダゴンとハイドラにキーンは銛を追加で複製、総勢三〇本の銛で対抗するがソレは彼女が戦える時間が大きく削れたのと同義である。
二〇本の銛を複製・自律行動させた段階でキーンの魔力残量は最大量の六割を切っており、追加で一〇本複製した事に因って彼女の魔力残量は四割を下回った。
残り四割程の魔力残量で三〇本の銛を自律行動させるとなると最大でも一〇分程度であり、その一〇分でオリバーを討たなくてはならない。
即ち、三〇本の銛を複製した段階で、キーンには後が無いのだ。
(…………!)
徐々に重たくなる身体に鞭打ちつつ、キーンは三〇本の銛を駆使して全方位から迫るダゴンとハイドラに銛を突き刺していく。
【オラオラァッ! さっさとくたばりやがれ、魚がぁぁ――――――っ!!】
されど、銛を突き刺してダゴンとハイドラを屠る度にオリバーは複数のダゴンとハイドラをまとめて吐き出し、キーンを追い詰める。
徐々に追い詰められるキーン、余力が在り余るオリバー……両者の戦いは、オリバーの勝利に傾きつつあった。
(…………!)
四方八方から迫るダゴンとハイドラから逃げ回りつつ、銛を突き刺していくキーンは現在戦っている場所が『ある位置』に近い事に気付く。
ソレに気付いたキーンはダゴン達の相手を自律行動させている三〇本の銛に任せ、『ある位置』へと重たい身体を懸命に泳がせる。
【おいおい、何処に行くつもりなんだぁ? テメェに逃げ場はねぇんだよぉ!】
突如戦場を離れるキーンを見たオリバーは、嗜虐的な笑みを浮かべて彼女を追う。
(…………間に合え!)
オリバーが追い掛けている事を肌で感じたキーンは速度を上げ、懸命に『ある位置』を目指す。
キーンの視線の先にあるのは、彼女の同胞達が眠る墓……水草に埋もれるように作られた墓には、キーンの同胞の亡骸と共に一回限りの『切り札』が眠っている。
(…………間に合え、間に合え、間に合え!)
魔力が尽きる前に、オリバーに追い付かれる前に、切り札を壊される前に間に合えと祈りつつ、キーンは水中を弾丸の如く疾駆する。
そして、
(…………やった!)
キーンは間に合った。
×××
(…………!)
同胞の眠る墓に到達したキーンは、泥積み重なる湖底に手を突っ込んで『切り札』を掴み取る。
その切り札とは黄金の蜂蜜酒……『召喚』が使えないキーンは決戦前に同胞達の墓を訪れ、黄金の蜂蜜酒を湖底に埋めておいたのだ。
黄金の蜂蜜酒を掴み取ったキーンは水面へと急浮上し、黄金の蜂蜜酒を一息に飲む。
「…………コレで、勝てる!」
黄金の蜂蜜酒で魔力が回復したキーンは即座に潜り、追い掛けてきたオリバーと対峙する。
【はっ! 何をしたかは知らねぇが、この僕に勝てるとでも思ってんのかよぉ!】
迫るオリバーを前にキーンは極限まで集中すると、彼女の脳裏にフランシスの言葉が蘇る。
『いいかい、キーン……アンタが複製出来るのは三〇本が限界だ。ソレ以上銛を複製すれば、アンタの身体に大きな負担が掛かる』
(…………分かってる、けど)
『黄金の蜂蜜酒を飲んでも、限界数は増えない。だから、無茶はすんじゃないよ』
(…………無茶しないと、勝てないから!)
無茶は承知の上……キーンはダゴン達の相手をさせていた銛を呼び戻し、水中に自身の銛を突き立てる。
(ニーケの勝利の印において我に力を与えよ、力を与えよ、力を与えよ。霊験灼たかなる魔銛よ、我が眼前の怨敵を殲滅せよ!)
身体中を駆け巡る激痛を堪え、全身から鮮血を噴き出しつつ、キーンは更に銛を複製する。
その数、先に複製させた銛も含めて六〇本……限界の二倍の銛を複製したキーンは、自身の持つ銛の穂先をオリバーに向ける。
【なっ、何だとぉぉ―――――っ!?】
六〇本の銛に晒されたオリバーは急停止しようとするが、慣性は彼を逃さない。
(…………超攻性魔銛結界!)
六〇本の銛を従えるキーンは止まれないオリバーを銛で囲み、オリバーを囲んだ六〇本の銛は一斉に彼へと突き刺さる!
【ぐ、がぁぁ……ひぃっ!?】
六〇本の銛が突き刺さり、針鼠のような姿になったオリバーは息を呑んだ。
銛を構え、オリバー目掛けて突進するキーンを見たからだ。
【畜生、僕は人間だぞ! 人間の僕を、テメェは殺すのかよぉ!】
オリバーは己は人間だと叫ぶが、キーンは彼の叫びを無視して
【が、あぁ……ち、く、しょぉ……】
銛をオリバーの心臓へと突き刺した。
×××
「…………馬鹿」
水面に浮かぶキーンは、小さな声で呟いた。
水面には心臓を貫かれたオリバーと、無数のダゴンとハイドラが浮かんでいる。
オリバーの心臓を貫いた瞬間、残されたダゴンとハイドラは突如悶え始め、痙攣しながら全員が死に絶えた。
キーンは知らない……オリバーが自身と融合させた『GE‐05』が死ねば、他のダゴンとハイドラも死ぬようにしていた事を。
無論、ソレは自分が死ぬとオリバーは微塵も思っていなかったからだ。
「…………馬鹿だよね、オリバー」
キーンは呟く、自分は人間だと叫んだオリバーを馬鹿だと。
魔物を滅ぼす為、自らが生み出した怪物と融合したオリバーの何処が人間なのだと。
人間でも、魔物でもない怪物に堕ちたオリバーを、キーンは人間とは思えなかった。
故に、キーンは一切の躊躇も抱く事無く、オリバーの心臓を貫いたのだ。
(…………あった)
限界を超えた『武装錬金』に軋む身体に鞭を打ち、キーンは同胞の眠る墓を目指して潜る。
同胞の墓には黄金の蜂蜜酒と共に帰還用の紅い宝石が埋めてあり、湖底を漁るキーンは紅い宝石を掘り当てた。
紅い宝石を掘り当てたキーンは湖底に生えている水草を何本か摘んでから、ノロノロと地底湖の岸辺を目指して泳ぐ。
「…………あむっ、んぐっ、んぐっ」
岸辺に上がったキーンは摘んだ水草を食べ始めると、徐々に魔力が回復するのを感じ取る。
この地底湖に生える水草の中には微量ながらも魔力を回復させる効能を持つ物があり、次の戦いに備えてキーンは黙々と水草を食べる。
「…………」
水草を食べながら、キーンは思考する……決戦前の分担ではエヴァンがオリバーの相手をする予定だったが、肝心のオリバーと対峙したのは自分だった。
そうなると、エヴァンが戦っているのは偽者なのではないか?
そう判断したキーンは、水草を食べる速度を上げる。
こうして水草を食べている間にも、エヴァンは全力で偽者と戦っているのだから。
「…………行こう、エヴァンの元に」
水草を食べ終えたキーンは紅い宝石を地面に叩きつけ、描かれる転移魔法陣の中へ入る。
キーンも帰還用の紅い宝石の転移先を、エヴァンの現在地に指定していた。
勿論、その理由はホーヴァス、ボイドと同じである。
愛するエヴァンを助けたい、その想いを胸にキーンは転移する。
いざ行かん、愛するエヴァンを助ける為に……
Report.10 ワタシと蟇蛙と地底湖の決戦 Closed
To be nextstage→Report.11 私と蚯蚓と密林の決戦
「…………!」
水飛沫を上げて、キーンは故郷であるングラネク山脈の地底湖に着水した。
この地底湖は、キーンにとって懐かしい場所だ……先祖代々暮らしてきた故郷であり、愛するエヴァンとの馴れ初めの地であり、海に住まう友人達と平和を享受していた地。
だが、今のキーンは感慨に浸る暇は無い。
何故なら、この地底湖に訪れたのは彼女だけではないのだ。
(…………)
セレファイスでキーンが接敵したのは、彼女と因縁の在る『GE‐05』。
されど、決戦に備えて新たに生み出された改良型なのか、一年前に遭遇した『GE‐05』と目前の『GE‐05』は細部が異なる。
一年前に遭遇した個体と比べるとズングリムックリとした体躯は二回り程大きく、ソレに比例して触角も長く、先端は一〇本に枝分かれしている。
目つきの悪い小さな目はキーンを睨み、キーンも油断する事無く睨み返す。
(…………?)
キーンが銛を構えた瞬間、『GE‐05』も動いた……鋭い牙が不揃いに生えた大口を限界まで開けると、キーン程はあるオタマジャクシが何体も飛び出してきた。
飛び出してきたオタマジャクシは光に包まれ、光は膨らみながら形を変え、身を包む光が消えた時にはオタマジャクシではなかった。
(…………!)
キーンの目前に居るは、複数の『GE‐05』と『GE‐05』に酷似した蟇蛙。
『GE‐05』と酷似した蟇蛙、外観的に触角以外の差異は無い……複数に枝分かれした触角ではなく、先端に裸体の美丈夫が吊るされている触角が生えている。
以前スティーリィから渡された報告書に因れば、『GE‐05』には触角以外は全く同質の『魔物娘捕食者』が存在している。
『GE‐06』、識別名・ハイドラ……『GE‐05』識別名・ダゴン同様、量産を前提に生み出された怪物であり、質ではなく量に因って魔物を害する存在である。
(…………!)
複数の『GE‐05』と『GE‐06』―面倒なので、以降はダゴン・ハイドラと識別名で呼称する事にする―は大口を開け、一斉にキーンへと迫る。
後脚を懸命に動かし、ズングリムックリとした体躯とは思えない意外な速度でダゴン達は迫り、一際大きいダゴンは何故か動かない。
キーンは追われる形で泳ぎ出し、尾鰭と水掻きを駆使して瞬く間にダゴン達から離れる。
水中の狩人・サハギンにとって水中は本領を発揮出来るホームグラウンド、元が蟇蛙のダゴン達も水中戦は得意な部類だと思われるが、それでもキーンには劣るだろう。
(…………ふっ!)
速度はそのままにキーンは方向転換、迫るダゴン達に魚雷の如く突進する。
狙うは脳髄……一年前の戦いと変わっていないなら、如何に高い自己治癒力を持とうとも脳髄を破壊すれば再生出来ないだろう。
そう判断したキーンは先頭のダゴンとすれ違い際に上へ回り込み、巨体に見合わぬ小さな脳髄収まる頭部へ銛を深々と突き刺す。
脳髄を正確に貫かれたダゴンは地上ならば断末魔の咆吼を上げていただろう、水中である故に声にならぬ声を上げ、ダゴンは痙攣しながら死に絶える。
(…………!)
脳髄を貫いたキーンに大口を開けて迫るハイドラは、同胞の屍を齧ると共に彼女を飲み込む。
ハイドラとダゴンの口腔内には拷問器具・鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)の如く無数の小さな牙が生え、咀嚼するだけで鋼鉄の処女に収められた魔女の如くキーンは穴だらけになる。
キーンを口腔内に収めたハイドラは口腔内に違和感を抱くが、小さな脳髄はその違和感を無視して咀嚼しようとする。
苦痛はあれど本能でもある目的―魔物の殲滅―の遂行を優先し、ハイドラは飲み込んだキーンを吐き出そうとは思わなかった。
(…………ばっちぃ)
故に、ハイドラは口腔を貫かれ、脳髄をキーンに抉り出される事になった。
脳髄と肉片が漂う水中をキーンは縦横無尽に泳ぎ回り、的確にダゴンとハイドラの脳髄を銛で貫き、確実に数を減らしていく。
一方、離れた位置に居る一際大きいダゴンは、蟲を吐く巨人『GE‐02』のように口を開けてはオタマジャクシを吐き出し、倒された分だけのダゴンとハイドラを呼び出す。
(…………キリが無い)
銛で脳髄を貫き、時には同士討ちを誘い、ダゴンとハイドラを減らすキーンは胸中で呟く。
今の状況は一年前に遭遇した『GE‐02』と酷似した状況であり、何れ疲労で動きが鈍った所を狙われてクッキーを齧る程度の気安さで噛み砕かれるだろう。
故に、キーンは手早く一掃する事にした。
(ニーケの勝利の印において我に力を与えよ、力を与えよ、力を与えよ。霊験灼たかなる魔銛よ、我が眼前の怨敵を殲滅せよ)
キーンは『武装錬金』を詠唱……後々を踏まえて銛の複製を一〇本に留め、『必中』と『追跡』を一〇本の銛に付与してから、キーンは次々と銛を投擲する。
キーンは、『武装錬金』で銛を操作している間は動きが鈍るという欠点を抱えていた。
だが、フランシスの指導を受けた事に因り、複製した銛に簡単な命令を付与する事で銛を自律行動させる事が可能になった。
遠隔操作一辺倒だったキーンの『武装錬金』は、コレに因って『武装錬金』を用いた戦術の幅を広げる事が出来たのだ。
(…………!)
投擲された一〇本の銛は肉食魚のように水中を駆けてはダゴン達の脳髄を貫き、ダゴン達は血しぶく肉塊となりてプカリと水面へと浮かんでいく。
ダゴン達の相手は銛に任せ、キーンは離れた位置に浮かぶダゴンへと突進する。
大きめのダゴンはオタマジャクシを吐き出して迎撃するが、彼女はオタマジャクシを銛で貫いて、ダゴンとハイドラへの変化を阻止しつつ大きめのダゴンへと肉薄する。
大きめのダゴンは舌を伸ばすが、その舌を軽々とキーンに避け、彼女は大きめのダゴンの頭部へと回り込み、脳髄を貫かんと銛を突き立てようとする。
【舐めんじゃねぇぞ! 魚がぁ!】
(…………!?)
だが、キーンの銛は届かなかった……触角の根元から盛り上がるように現れた腕がキーンの銛を掴み、直ぐ近くから現れた腕にキーンは殴り飛ばされる。
突如現れた腕に殴り飛ばされたキーンは即座に体勢を整え、触角の根元から現れた一対の腕を見下ろすように睨みつける。
【久し振りだなぁ、魚……大体、一年振りかぁ?】
キーンを殴り飛ばしたモノが盛り上がるように現れ、睨み返すように彼女を見上げた。
触角の根元から現れたモノは、腕を組んだオリバー・ウェイトリィだった。
×××
【久し振りだなぁ、魚……大体、一年振りかぁ?】
盛り上がるように現れたオリバーにキーンは無表情を貫いていたが、内心驚いていた。
嘗て遭遇した時のオリバーは人間だったが、今の彼は上半身は変わっていなかったものの、腰から下はダゴンの頭頂部と一体化している。
【おぅおぅ、驚いてんなぁ……僕はコイツと融合したんだよ、テメェ等屑共を一匹残さずブッ殺す為に新造したコイツになぁ!】
オリバーは『念話』―水中での発声はキーンを含めた水棲魔物、シー・ビショップの儀式を受けた人間は可能だが、オリバーには無理だ―でキーンに話し掛ける。
キーンの脳内に直接響くオリバーの声は、嘗て遭遇した時と……魔物への憎悪を隠さず、魔物を侮辱するような声は変わっていなかった。
オリバーはエヴァンとの決戦に備え、自身と融合させる『GE‐05』を新造していた。
融合用に新造した『GE‐05』にはダゴンとハイドラをオタマジャクシに変化させて体内に収納し、吐き出す際に元の形態に戻す機能を付与した。
エヴァンが決戦前に確認したダゴンとハイドラは、新造した『GE‐05』の体内に全て収納されており、その体内には無数のダゴンとハイドラが収まっている。
即ち、オリバーが融合した『GE‐05』は、形を変えた『GE‐02』なのだ。
新造した『GE‐05』は後々発見された新種の蛙―産んだ卵を自ら飲み込み、胃袋内で子育てする―と似た特徴を持つ事を、オリバーは知る筈も無い。
(…………)
【けっ! 相変わらず、ダンマリかよ……まぁ、いいさ。一年前にエヴァンに作った借り、テメェに返してやらぁっ!!】
脳内に直接響くオリバーの声にキーンは無言を貫き、無言を返された彼は舌打ち混じりの叫びと共に下の口からオタマジャクシを吐き出す。
吐き出されたオタマジャクシは、急速にダゴンとハイドラへ変化してキーンへ迫る。
キーンとオリバーの、地底湖での決戦の幕が開いた。
(…………!)
迫るダゴン達にキーンは自律行動させていた銛を呼び戻し、追加で一〇本の銛を複製。
総勢二〇本の銛がキーンの元に集い、魚雷の如く水中を駆ける!
水中駆ける二〇本の銛は自然法則を無視した複雑な軌道を描き、ダゴン達の脳髄を貫く。
ダゴン達の脳髄を貫く銛は、宛ら獰猛な鮫の群だ……停止、滞空―いや、滞水か?―、加速、減速を繰り返しながら、ダゴン達のちっぽけな脳髄を抉り、貫いていく。
【へぇ、腐れ魚風情が『武装錬金』使うなんて意外だなぁ! なら、コイツはどうだ?】
キーンの『武装錬金』を初めて見たオリバーは驚嘆の声を上げながら触角を揺らし、ソレに呼応するようにハイドラ達が彼の元に集う。
オリバーの元に集まったハイドラ達が触角を揺らすと先端の美丈夫が輝き、キーンを誘うように動き始める。
ハイドラの触角の先端にぶら下がる裸体の美丈夫は疑似餌、揺らす事で強力な『魅了』の魔力を放ち、扇情的な動きで魔物を引き寄せるのだ。
引き寄せられた魔物は揺れる疑似餌を理想の人間だと思い込み、疑似餌に魅了されたまま、ハイドラに喰われるのである。
【そぅら、コッチに来いや……】
オリバーはハイドラ試験運用の際、疑似餌の魅了が成功した事を憶えており、キーンにも通用すると判断した。
キーンの目には、疑似餌がエヴァンに見えているのだろう……二〇本の銛を従えて、キーンは潤んだ目で疑似餌揺らすハイドラ達へと近付き
(…………ぷ)
【はぁっ!?】
二〇本の銛は疑似餌揺らすハイドラ達の脳髄を抉り出し、揺れ動く疑似餌を貫いた。
二〇本の銛がハイドラ達を貫いた時、キーンの口元が微かに動く……微かに動いたキーンの口元は、嘲笑に歪んでいた。
(…………馬鹿)
キーンは驚愕するオリバーに自身が持つ銛を投擲、投擲された銛に追従するようにハイドラ達の脳髄と疑似餌を貫いた二〇本の銛が彼に殺到する!
【うおぉっ!? オイッ、僕を守れ!】
殺到する二〇本の銛に我に返ったオリバーはダゴン達を呼び寄せ、呼び寄せられたダゴン達は彼の周囲に集まり、殺到する銛に脳髄を貫かれる。
ダゴン達という肉の壁を貫いた二〇本の銛は、そのままオリバーを貫こうと水中を駆け、肉の壁を突破されたオリバーは迫る銛から逃げる。
(…………逃がさない)
逃げるオリバーを追うべくキーンは泳ぎ出し、自身の銛が突き刺さったダゴンとすれ違う際に銛を引き抜き、逃げる彼を追う。
オリバーを追うキーンに付き従うように、壁となったダゴン達を貫いた二〇本の銛も彼女の後を追い始める。
【畜生! 何で、魅了が効かねぇんだよ!?】
キーンが投擲する二〇本の銛を避け、魔力の巨腕で弾きながら、オリバーは悪態を吐いた。
疑似餌の放つ『魅了』の魔力は、どんな魔物も引き寄せる……引き寄せる筈だったが、何故かキーンは正気を保っていた事がオリバーには不可解だった。
オリバーは魔物を良く知るべきだった。
オリバーの予想通り、強力な『魅了』の魔力を放つハイドラの疑似餌は魔物に通用するが、ソレが通用するのは未だに伴侶を持たぬ魔物だけだ。
伴侶を得た魔物は心身共に伴侶の虜であり、如何に強力な『魅了』の魔力を浴びようと愛しい伴侶への想いは微塵も揺らぐ事は無いのだ。
オリバーにとって魔物は害虫であり、彼は害虫の事を調べようとは微塵も思わなかった。
その無知が、今の状況を生んだ事にオリバーは気付く筈も無い。
【クソッタレがぁぁ―――――――っ!!】
一匹残さず滅ぼすべき害虫、生きる価値の無い屑である魔物から無様に逃げる事が、オリバーには屈辱だった。
屈辱がオリバーの闘志を燃やし、彼は反転して無数のオタマジャクシを吐き出す!
吐き出されたオタマジャクシは無数のダゴンとハイドラと化し、大口を開けてキーンへ殺到する。
(…………!)
迫る無数のダゴンとハイドラにキーンは銛を追加で複製、総勢三〇本の銛で対抗するがソレは彼女が戦える時間が大きく削れたのと同義である。
二〇本の銛を複製・自律行動させた段階でキーンの魔力残量は最大量の六割を切っており、追加で一〇本複製した事に因って彼女の魔力残量は四割を下回った。
残り四割程の魔力残量で三〇本の銛を自律行動させるとなると最大でも一〇分程度であり、その一〇分でオリバーを討たなくてはならない。
即ち、三〇本の銛を複製した段階で、キーンには後が無いのだ。
(…………!)
徐々に重たくなる身体に鞭打ちつつ、キーンは三〇本の銛を駆使して全方位から迫るダゴンとハイドラに銛を突き刺していく。
【オラオラァッ! さっさとくたばりやがれ、魚がぁぁ――――――っ!!】
されど、銛を突き刺してダゴンとハイドラを屠る度にオリバーは複数のダゴンとハイドラをまとめて吐き出し、キーンを追い詰める。
徐々に追い詰められるキーン、余力が在り余るオリバー……両者の戦いは、オリバーの勝利に傾きつつあった。
(…………!)
四方八方から迫るダゴンとハイドラから逃げ回りつつ、銛を突き刺していくキーンは現在戦っている場所が『ある位置』に近い事に気付く。
ソレに気付いたキーンはダゴン達の相手を自律行動させている三〇本の銛に任せ、『ある位置』へと重たい身体を懸命に泳がせる。
【おいおい、何処に行くつもりなんだぁ? テメェに逃げ場はねぇんだよぉ!】
突如戦場を離れるキーンを見たオリバーは、嗜虐的な笑みを浮かべて彼女を追う。
(…………間に合え!)
オリバーが追い掛けている事を肌で感じたキーンは速度を上げ、懸命に『ある位置』を目指す。
キーンの視線の先にあるのは、彼女の同胞達が眠る墓……水草に埋もれるように作られた墓には、キーンの同胞の亡骸と共に一回限りの『切り札』が眠っている。
(…………間に合え、間に合え、間に合え!)
魔力が尽きる前に、オリバーに追い付かれる前に、切り札を壊される前に間に合えと祈りつつ、キーンは水中を弾丸の如く疾駆する。
そして、
(…………やった!)
キーンは間に合った。
×××
(…………!)
同胞の眠る墓に到達したキーンは、泥積み重なる湖底に手を突っ込んで『切り札』を掴み取る。
その切り札とは黄金の蜂蜜酒……『召喚』が使えないキーンは決戦前に同胞達の墓を訪れ、黄金の蜂蜜酒を湖底に埋めておいたのだ。
黄金の蜂蜜酒を掴み取ったキーンは水面へと急浮上し、黄金の蜂蜜酒を一息に飲む。
「…………コレで、勝てる!」
黄金の蜂蜜酒で魔力が回復したキーンは即座に潜り、追い掛けてきたオリバーと対峙する。
【はっ! 何をしたかは知らねぇが、この僕に勝てるとでも思ってんのかよぉ!】
迫るオリバーを前にキーンは極限まで集中すると、彼女の脳裏にフランシスの言葉が蘇る。
『いいかい、キーン……アンタが複製出来るのは三〇本が限界だ。ソレ以上銛を複製すれば、アンタの身体に大きな負担が掛かる』
(…………分かってる、けど)
『黄金の蜂蜜酒を飲んでも、限界数は増えない。だから、無茶はすんじゃないよ』
(…………無茶しないと、勝てないから!)
無茶は承知の上……キーンはダゴン達の相手をさせていた銛を呼び戻し、水中に自身の銛を突き立てる。
(ニーケの勝利の印において我に力を与えよ、力を与えよ、力を与えよ。霊験灼たかなる魔銛よ、我が眼前の怨敵を殲滅せよ!)
身体中を駆け巡る激痛を堪え、全身から鮮血を噴き出しつつ、キーンは更に銛を複製する。
その数、先に複製させた銛も含めて六〇本……限界の二倍の銛を複製したキーンは、自身の持つ銛の穂先をオリバーに向ける。
【なっ、何だとぉぉ―――――っ!?】
六〇本の銛に晒されたオリバーは急停止しようとするが、慣性は彼を逃さない。
(…………超攻性魔銛結界!)
六〇本の銛を従えるキーンは止まれないオリバーを銛で囲み、オリバーを囲んだ六〇本の銛は一斉に彼へと突き刺さる!
【ぐ、がぁぁ……ひぃっ!?】
六〇本の銛が突き刺さり、針鼠のような姿になったオリバーは息を呑んだ。
銛を構え、オリバー目掛けて突進するキーンを見たからだ。
【畜生、僕は人間だぞ! 人間の僕を、テメェは殺すのかよぉ!】
オリバーは己は人間だと叫ぶが、キーンは彼の叫びを無視して
【が、あぁ……ち、く、しょぉ……】
銛をオリバーの心臓へと突き刺した。
×××
「…………馬鹿」
水面に浮かぶキーンは、小さな声で呟いた。
水面には心臓を貫かれたオリバーと、無数のダゴンとハイドラが浮かんでいる。
オリバーの心臓を貫いた瞬間、残されたダゴンとハイドラは突如悶え始め、痙攣しながら全員が死に絶えた。
キーンは知らない……オリバーが自身と融合させた『GE‐05』が死ねば、他のダゴンとハイドラも死ぬようにしていた事を。
無論、ソレは自分が死ぬとオリバーは微塵も思っていなかったからだ。
「…………馬鹿だよね、オリバー」
キーンは呟く、自分は人間だと叫んだオリバーを馬鹿だと。
魔物を滅ぼす為、自らが生み出した怪物と融合したオリバーの何処が人間なのだと。
人間でも、魔物でもない怪物に堕ちたオリバーを、キーンは人間とは思えなかった。
故に、キーンは一切の躊躇も抱く事無く、オリバーの心臓を貫いたのだ。
(…………あった)
限界を超えた『武装錬金』に軋む身体に鞭を打ち、キーンは同胞の眠る墓を目指して潜る。
同胞の墓には黄金の蜂蜜酒と共に帰還用の紅い宝石が埋めてあり、湖底を漁るキーンは紅い宝石を掘り当てた。
紅い宝石を掘り当てたキーンは湖底に生えている水草を何本か摘んでから、ノロノロと地底湖の岸辺を目指して泳ぐ。
「…………あむっ、んぐっ、んぐっ」
岸辺に上がったキーンは摘んだ水草を食べ始めると、徐々に魔力が回復するのを感じ取る。
この地底湖に生える水草の中には微量ながらも魔力を回復させる効能を持つ物があり、次の戦いに備えてキーンは黙々と水草を食べる。
「…………」
水草を食べながら、キーンは思考する……決戦前の分担ではエヴァンがオリバーの相手をする予定だったが、肝心のオリバーと対峙したのは自分だった。
そうなると、エヴァンが戦っているのは偽者なのではないか?
そう判断したキーンは、水草を食べる速度を上げる。
こうして水草を食べている間にも、エヴァンは全力で偽者と戦っているのだから。
「…………行こう、エヴァンの元に」
水草を食べ終えたキーンは紅い宝石を地面に叩きつけ、描かれる転移魔法陣の中へ入る。
キーンも帰還用の紅い宝石の転移先を、エヴァンの現在地に指定していた。
勿論、その理由はホーヴァス、ボイドと同じである。
愛するエヴァンを助けたい、その想いを胸にキーンは転移する。
いざ行かん、愛するエヴァンを助ける為に……
Report.10 ワタシと蟇蛙と地底湖の決戦 Closed
To be nextstage→Report.11 私と蚯蚓と密林の決戦
12/11/07 15:33更新 / 斬魔大聖
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