連載小説
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Report.09 拙者と肉団子と洞窟の決戦
〜ングラネク山脈・洞窟内部〜
「形は少々異なるが、因縁ある貴様と対峙するとはな……」
ボイドは拳を構え、橙色の瞳は目前の敵を見据える。
ボイドが転移先として指定したのは、ングラネク山脈の一角にある嘗て彼女が住んでいた洞窟の最奥であり、この洞窟は彼女の一族が先祖代々暮らしてきた洞窟でもある。
洞窟の最奥は直径五〇〇メートル程、高さ四〇メートル程のドーム状の部屋となっており、端にはボイドの先祖が蒐集してきた貴金属や豪華な装飾品が適当に捨て置かれている。
因みに、両者の位置だが、ボイドはドーム状の部屋の端、彼女が対峙する敵は部屋の中央に居る。

ボイドが接敵したのは、嘗てブリチェスターを襲った『GE‐04』。
だが、『GE‐04』の姿は嘗てブリチェスターを襲った時と、若干形が異なっていた。
腐った肉団子を思わせる赤茶色のブヨブヨな身体、楕円状の紅いゼリー質の紅い目玉は以前対峙した時と変わっていないが、蹄のある細長い脚の配置が違っていた。
蹄ある細長い脚は六本、その脚は身体の下からではなく横から放射状に生えている。

「ボイド・シャルズヴェニィ……推して、参る!」
名乗りと共に―本来名乗る必要も無いのだが―ボイドは一直線に『GE‐04』へ突進するが、『GE‐04』は突進するボイドに何の反応も示さない。
「鴉地流 散々櫻(サクラハラハラ)!」
ぶつかる瞬間にボイドは軽く跳躍、拳が消えていると錯覚する程の速度で『GE‐04』に両拳を連続で叩き込む!
棒立ちでボイドの拳を受けた『GE‐04』の身体には無数の拳の痕が打ち込まれ、その衝撃で『GE‐04』は吹き飛ぶ。

「まだまだ! 鴉地流 牙竹(ガチク)!」
着地と同時にボイドは踏み込むが、その踏み込みは既に跳躍に等しい……たった一歩、その一歩で壁際まで吹き飛んだ『GE‐04』に肉薄したのだから。
牙竹とは単純な右ストレートだが、ドラゴンであるボイドの踏み込みに因る加速が伴えば、その威力は

―ドッゴォォ――――――ンッ!

轟音と共に『GE‐04』を壁へとめり込ませ、直径一〇メートル程のクレーターを穿つ程であり、その拳は最早破城鎚(パイルバンカー)に等しい。

(拳は効き難いか、ならば!)
破城鎚に等しき拳を受けても、その身体には拳の痕が残るだけであり、どうやらブヨブヨな身体が衝撃を吸収・拡散しているらしい。
ソレを直感で悟ったボイドは、左手で『GE‐04』の身体を爪が食い込む程の力で掴み、右の拳を手刀に変え、弓を引くように手刀を引く。
「鴉地流 牙竹!」
手刀で繰り出される牙竹は『GE‐04』を深々と貫き、ボイドは鼻に衝く悪臭放つ腐汁じみた血を浴び、五つの紅い目が痛みを表すように激しく明滅する。

『いってぇんだよぉ、蜥蜴がぁっ!』
「な……んがぁっ!?」
突然聞こえた声に一瞬呆然とするボイド。
その一瞬の後に腹への衝撃と激痛で苦悶の声を上げながら、ボイドは吹き飛んだ。
ボイドは空中で体勢を整えて着地、腹を押さえつつ目前の『GE‐04』を睨む。
壁にめり込んだ『GE‐04』の身体からは矢鱈と筋肉質な腕が一本生えており、先程の衝撃は生えた腕で殴られたからだろう。

『あぁ、いってぇ! 本当にいってぇなぁ!』
『GE‐04』は別の個所から新たに同じ腕を生やし、めり込んだ身体を壁から引き剥がす。
そして、『GE‐04』の腹と思しき部分の肉が盛り上がり、盛り上がった肉は粘土を捏ねるように一つの形を作っていく。
「貴様は……!?」
『よぉ、初めましてになるかぁ? 蜥蜴風情に名乗るのも癪だが、一応名乗ってやる……僕が、オリバー・ウェイトリィだ』

×××

「エヴァン殿から聞いていた話とは随分異なる姿だな、オリバー・ウェイトリィ……」
ボイドはエヴァンから、オリバーがどういった容姿なのかを聞いていた。
純白の服を着た小柄な少年……ソレがエヴァンから聞いたオリバーの容姿なのだが、目前のオリバーはエヴァンから聞いていた話と随分異なっている。
『GE‐04』の腹の中央から、ぶら下がるように上半身が生えており、下半身から下は完全に『GE‐04』と一体化している。

『はっ! 僕はコイツと融合したんだよ。テメェ等全員、ブッ殺す為になぁ!』
「憐れだな、オリバー・ウェイトリィ。人間を止めてまで、拙者達を滅ぼそうとするか」
魔物を滅ぼす為、自ら生み出した怪物と融合したオリバーに、ボイドは憐れむような溜息を吐くしかなかった。
ボイドは再び拳を構え、オリバーは指の骨を鳴らし、『GE‐04』の身体から生えた腕も彼と連動するように指の骨を鳴らす。
『誰が人間止めた、だってぇ!? 僕は人間なんだよ、蜥蜴がぁぁ――――っ!』
「貴様の何処が人間だと言うのだ、オリバー・ウェイトリィ!」
そして、両者は激突した。

「鴉地流 散々櫻! ハアァァ―――――ッ!!」
『オラァ! オラ、オラオラオラァ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァ―――――ッ!!』
ボイドとオリバーは、只管に拳をぶつけ合う。
残像しか見えない速度で拳同士をぶつけ合い、拳がぶつかり合った衝撃は轟音と共に周囲にあった大量の宝を吹き飛ばす。
「ハァァッ!」
『オゥラァッ!』
尋常ならざる速度で繰り広げられた拳の応酬は唐突に終わり、最後の衝突は一際大きな轟音を響かせた。

『ブッ潰れろぉぉ―――――っ!』
オリバーは新たにもう一対の腕を生やし、手を組ませ、組んだ拳をボイドに振り下ろす!
ボイドは振り下ろされる拳をオリバーの懐に潜り込む事で避け、間近に迫ったオリバーの顔面に正拳を叩き込む。
『んぶぇっ!?』
ボイドの正拳はオリバーの顔面に深々と刺さり、拳が刺さった勢いでオリバーは仰け反る。
だが、ただ仰け反るだけで終わらせるつもりは無いらしく
「んぼぁっ!?」
オリバーは正拳の仕返しに、ボイドの顔面に頭突きをくらわせる。

『ひょくほ、ふぁりはがっはなぁ! ふぉかへふへひはぁ!』
手で鼻を押さえながらオリバーは一体化している腰の近くから一本の腕を生やし、生やした腕でボイドを殴る。
迫る拳をボイドは両腕を交差させて防ぎ、殴られる瞬間に後方へと跳躍、威力を受け流すが、それでも痺れるような鈍痛に彼女は顔を歪める。
「貴様も女子の顔目掛けて頭突きとは、中々に性根が悪い!」
『ふるふぇぇっ!』
鼻血を拭いつつボイドは嫌味を言い、鼻押さえるオリバーは五本の腕を護謨の如く伸ばす!

「ふっ! せぃっ! はぁっ!」
迫る五本の腕をボイドは小刻みなステップで避け、五本目の腕を避けると同時に地面が砕ける程の踏み込みでオリバーに肉薄する。
「鴉地流 牙竹!」
ボイド狙うは脚……自重を支えられそうにない細長い脚に手刀を突き刺し、突き刺さった手刀は脚をそのまま両断し、続け様に奥の脚二本をボイドは両断する!
『ぬおわぁっ!?』
脚を失い、体勢を崩したオリバーは腰付近に生やした腕で転倒を防ぐが、ユラユラと揺れ、何時転倒してもおかしくない。

「鴉地流 槍筍(ソウジュン)!」
即座に振り返ったボイドはアッパーを揺れるオリバーの腹―正確には『GE‐04』の腹だが―へ打ち込み、彼は盛大にひっくり返る。
『なっ、ろぉぉっ!』
殴られ、ひっくり返るオリバーは、生やしたままだった四本の腕を巧みに使って体勢を立て直し、両断された脚を再生させる。
再生された脚は両断を防ぐ為なのか……先程より太く、人間の足に近い形になっており、両断を免れた方の脚も再生させた脚と同じ形状に変化させる。

「鴉地流 散々櫻!」
体勢を立て直したオリバーにボイドは接近、今度は拳ではなく手刀の連打を叩き込む。
響くは肉引き裂く音、飛び散るは肉片と腐汁じみた血、鼻衝く悪臭を堪えながらボイドは只管に手刀を突き刺していく!
『ぎ、ぐ、が、がぁぁ――――っ!! 舐めるな、蜥蜴ぇぇ――――っ!!』
「ぬぐぁっ!?」
苦悶の声を上げつつオリバーは四本の腕を振るい、防御が疎かになっていたボイドに四つの拳が叩き込まれる。
拳をくらって吹き飛ぶボイドはクルリと空中で体勢を整え、閉じた口から炎が漏れる。

「貰って、いけぇっ!!」
深く息を吸ったボイドは球状の吐息を、眼下のオリバー目掛けて放つ。
ボイド達、ドラゴンには吐息がある。
口から空気を取り込み、口腔内で魔力を炎へ転換、取り込んだ空気を燃料に炎を燃やし、空気を吐くと同時に炎を放つ、ソレが吐息である。
迫る吐息にオリバーは四本の腕を互い違いに交差させて防ぎ、腕に着弾した吐息は爆発して腕を吹き飛ばす!

「まだ、まだぁぁ――――っ!!」
『なぁぁ、ろぉぉ――――っ!!』
息を吸っては吐息を放ち、また息を吸っては吐息を放つ。
空中からボイドは絨毯爆撃の如く吐息を放ち続け、オリバーは腕が吹き飛ばされようとも次々と腕を生やして吐息を防ぐ。
「小型の吐息は無意味か……ならば!」
ボイドは一度着地、上半身を仰け反らせて深く、深く息を吸う。
「貰っていけ、大玉ぁっ!!」
そして、放たれる吐息……その吐息はボイド程はある巨大な吐息であり、赤ではなく蒼き炎の吐息だった。

『デカけりゃいいってもんじゃ、ねぇぜぇっ!』
オリバーは先程まで生やしていた腕よりも巨大な腕を生やし、巨大な掌で蒼き吐息を鷲掴みにするようにして防ぐ。
ぶつかり合う、蒼炎の火球と巨大な剛掌……吐息は剛掌に握り潰され、盛大に爆発する。
濛々と立ち籠る黒煙、その向こうから四本の腕がボイド目掛けて伸びてくる。
「くっ……はぁっ!」
迫る四つの拳を避けたボイドは、黒煙の向こうに居るであろうオリバーに吐息を放つ。
放たれた吐息は黒煙を吹き飛ばし、微かに見えたオリバーに着弾して爆発する。

『馬鹿の一つ覚えかよ、蜥蜴がぁっ!』
吐息の爆発で抉れた身体を晒しながら、オリバーは腕を前に突き出す。
腕が突き出されると同時にボイドを囲むように四つの魔方陣が現れ、四つの魔法陣の中央から得体の知れない何かが現れる。
ソレは其々が喜、怒、哀、楽を表す仮面を着けた、エヴァン程はある人を模したような柱。
人模した四つの柱は、仮面を中央のボイドに向け
『謳え、呪えや! 人柱結界、『断末咆吼(ヒステリック・クライ)』!』
金属を引っ掻いたような甲高く、耳障りな断末魔の咆吼を上げる!

「ぬっ、ぐっ、あぁぁああぁあぁぁぁああぁぁあああぁぁあぁっ!?」
四方向から浴びせられる断末魔の咆吼にボイドは苦悶の声を上げ、体内から燃やされるような激痛が彼女の身体を苛む。
『どうだ、『断末咆吼』は! 本当は屑共の親玉に使うつもりだったんだが、実験兼ねてテメェにブチ込んでやらぁっ!』

エヴァンが決戦に備えて『狂気齎す黄衣の王の触腕』を編み出したように、何時か訪れる魔王との戦いに備え、オリバーも新しい魔法を編み出していた。
『断末咆吼』……四つの人柱で敵を包囲し四方から超振動の声を浴びせる、オリバーが新たに編み出した攻撃結界だ。
そう、『星間駆ける皇帝の葬送曲』を四方向から浴びせる結界であり、威力自体は本家に大きく劣るものの、四方向から一斉に浴びせられれば一溜まりもない。

「ぐ、あ、あぁぁ……『原初の、形』!」
四方向から超振動の声を浴びせられるボイドは『原初の形』を発動、竜王形態に変化した際に生じる衝撃波で周囲の人柱を薙ぎ倒す。
顕現する地上の王者、振り回した尻尾が人柱を燐寸棒のように圧し折り、『断末咆吼』を破ったボイドは即座に『原初の形』を解除して竜人形態へと戻る。
ボイドが『原初の形』を解除したのは決戦場が狭い為だ……竜王形態で戦うには、この部屋は些か狭過ぎる。

「ぐっ、かはっ、がぁぁ……」
『けっ! まだまだ改良が必要みてぇだが、ドラゴンに充分通用したのは収穫だなぁ!』
『断末咆吼』が破られた事に舌打ちするオリバーだが、それでもボイド……魔物の中でも上位に君臨せしドラゴンに重傷を与えた事に満足する。
ボイドは苦痛を堪える声を漏らして息を荒げているが、それでも、ボイドの目には闘志が煌々と燃え盛っている。
『はっ! よくもまぁ、立ってられるもんだ! トドメを刺してやるぜぇ、蜥蜴ぇっ!』
膝を屈さぬボイドに、オリバーは蒼炎の吐息を握り潰した剛腕を生やし、ボイド程はある巨大な拳を叩きつけようとする。

(拙者は、負けぬ……拙者は、負けられぬ……生きて、生きてエヴァン殿と子を生すのだ!)
迫る巨大な拳を前に、ボイドは深く息を吸う……迫る巨大な拳の速度が異常に遅く感じる程にボイドは集中する。
「魔力、脚部集中……!」
そして

―ドゴォォ――――ンッ!!

ボイドが立っていた位置に、オリバーの拳が突き刺さった。

×××

『ヒャッハァァ――――ッ!! 蜥蜴の挽肉、一丁上がばっ!?』
オリバーはボイドを叩き潰した事に歓喜するが、その声は顔面に突き刺さった衝撃で遮られ、彼は鼻血を噴きながら吹き飛んだ。
「戦舞、王者の威容」
オリバーの耳にボイドの声が聞こえるが、肝心の彼女の姿が全く見えない。
「魔力全開、最大速度!」
『ぐげぁっ!?』
背中からの激痛にオリバーは苦悶の声を上げながら吹き飛び、今度は脇腹への激痛と共に彼は横方向へと吹き飛ぶ。
オリバーは吹き飛び、吹き飛び、吹き飛び続け、傍から見れば見えない何かに彼は蹂躙され、翻弄されているように見える。

「王は平伏す民の中を掻き分けて征く」
見えない何かに翻弄され、蹂躙されるオリバーは、全方向から絶え間無く攻撃する者を懸命に捉えようとする。
「声は崇拝(アガ)めよ」
実際、見当は付いている……この攻撃がボイドの攻撃である事は分かっているのだが、肝心の彼女の姿が何処にも見えないのだ。
「手は喝采(タタ)えよ」
詠うようなボイドの声、全身に走る激痛が、オリバーの感覚器官で感じ取れるモノだった。
「泪は」
縦横無尽に、振り回されるように決戦場を吹き飛ばされ続けたオリバーは、漸く姿を捉える事に成功したが、捉えた時は既に遅かった。

「涸れ果てるまで、流れ出ろ!」
吹き飛ぶオリバーの前に立つ、ボイドの口から溢れるのは純白の炎……蒼き炎よりも熱く、遍く万物を一切合切消炭も残さず消し尽くす、地獄の劫火。
その白き劫火を、ボイドは迫るオリバーに叩きつけようとしていた。
『畜生、畜生畜生畜生、チクショォォォ―――――――――ッ!!』
間近に迫る来る『死』に、オリバーは叫ぶ。
されど、その叫びはボイドが放つ白き劫火に掻き消された。
「コレが、王者の威容……届かぬ憧憬(アコガレ)を抱いて睡(ネム)れ」

『が、あ、あぁぁ……死ぬ、もんかよぉぉ……僕は、死ねないんだよぉぉ……』
「花は桜木、人は武士……潔く散ろうとは思わぬのか、オリバー・ウェイトリィ」
白き劫火に燃やされるながら、オリバーは必死に『生』に縋っていた。
焼け爛れ、黒炭と化しつつある身体を、魔物を滅ぼすという狂気だけで支えていた。
轟々と燃え盛るオリバーに憐憫の表情を浮かべるボイドは、ゆっくりとした足取りで近付く。
『は、ははっ……テメェ、この僕を殺すのかよ? テメェ等、屑共は人間を殺せないんだろ!? 僕は人間だ、人間なんだよ!』
「…………」
燃える身体でオリバーは叫ぶ……自分は人間だと、魔物は殺せない人間だと。
自らを人間だと叫ぶオリバーを、ボイドは氷のような目で見据える。
『殺せるもんなら、殺してみろよっ! 人間の僕を、人げ』
一閃。
オリバーの叫びは、常人には見えぬ速さで繰り出されしボイドの拳で砕かれた。
オリバーの魔物への憎悪に濁った脳髄は、腐った果実の如く呆気無く砕かれた。

「…………」
オリバーの頭を砕くと同時にボイドは後方へ跳躍、崩れ落ちるオリバーの身体から離れる。
ズゥン…と音を立て、肉焼ける異臭を放つ骸をボイドは見据えて呟く。
「如何に貴様が声高に『己は人間だ』と叫ぼうと、拙者は……拙者達魔物は、貴様を人間だと認めぬよ」
ボイドは呟く、轟々と燃え盛る骸に。
「他者を認め、受け入れる……そして、愛するからこそ、『人間』なのだ。己の狂気を正当化し、他者を拒絶し続けてきた貴様を、拙者達魔物は『人間』とは認めぬよ」
ボイドは呟く、変わりつつある世界を拒んだ孤独な怪物を憐れむように。
「さらばだ、オリバー・ウェイトリィ……憐れな『怪物』よ」

×××

「…………痛たたたたたたたたたたたっ! うっ、ぐぅっ、あ゛、あ゛ぁ、あぁ……」
憐れな怪物の最後を見届けたボイド……だが、シリアスな表情一転、苦虫を数百匹程まとめて噛み潰したような表情を浮かべて、突如ゴロゴロと悶え始める。
足を押さえ、激痛で顔を歪ませ、ゴロゴロと床を転がる様は『地上の王者』とは程遠い。
「あ゛、あ゛ぁ、あ゛ぁぁ……や、やはり、拙者には、まだ、『転踏(テンプ)』は無理がががががが」
何とか体育座りをして、激痛を堪えながら震える足を叩くボイド。
先程、オリバーに放ったボイドの必殺技の反動が、彼女の足を襲ったのだ。

鴉地流には『転踏』という歩法がある。
先述した通り、鴉地流は『一撃必倒』が骨子であり、迅速に複数の敵を無力化する為に、先ず脚力を鍛えるのが鴉地流の基本だ。
その鍛え抜かれた強靭な脚力に魔力を集中させる事に因り、驚異的な速度を生み出すのが『転踏』である。
その速度は『目にも止まらぬ』を通り越して『目にも映らぬ』速度、対峙している者からすれば、転移しているかの如き踏み込みである為、『転踏』と呼ばれるのである。

ボイドの必殺技・『王者の威容』は『転踏』を用いた、神速の連続攻撃である。
『自分は攻撃された』という認識を与えぬ程の速度で繰り出される連撃は一度初撃が入れば、為す術も無くボイドに殴られ続け、白き劫火の洗礼を浴びる事となる。
だが、『転踏』は鴉地流奥義とも言える歩法であり、ボイドはその領域に到達していない。
未熟者が『転踏』を使えば、ボイドのように足の筋肉を酷使した反動に悶える事になる。

「あ、あああ、『召喚』……う゛、う゛お゛おぉぉ……」
強烈な筋肉痛に悶えつつボイドは『召喚』を詠唱、決戦前に渡された黄金の蜂蜜酒と紅い宝石を呼び出す。
決戦前の事だ……フェラン、コラム、ボイドの三人はフランシスに呼ばれ、『召喚』体得の指導を受けた。
激戦が予想される以上、服のポケット等に黄金の蜂蜜酒と紅い宝石を仕舞っておけば戦闘中に砕ける可能性が非常に高い。
故に、『武装錬金』以外使えないキーン、元々『召喚』を使えるホーヴァスを除く三人は突貫で『召喚』を体得させられたのだ。
因みに、『召喚』とは極小規模な異界を作り、その内部に武器や道具を仕舞い、術式の詠唱に因って内部に仕舞った物品を引き出す魔法である。

「あ、アレは、鬼、だ……幼子の、皮を、被った、鬼、だ……フェ、フェラン殿と、コ、コラム殿は、斯様な、厳しい、指導を、受けてきたのか……」
その時の指導を思い出したボイドは、身体をブルリと震わせる。
吐息には魔力を用いる為、魔法行使の素質があるボイドはフランシスの指導を受けたのだが、時間が少なかったとはいえ、筆舌し難い厳しい指導になるとは思っていなかったのだ。
「と、ととと、兎に角、早く、エヴァン殿と、合流せねば……」
ボイドは小瓶の蓋を開け、手早く黄金の蜂蜜酒を飲むと、彼女の足を襲っていた強烈な筋肉痛が引いていくのを感じた。
どうやら、黄金の蜂蜜酒には治癒効果もあるらしい。

「う、く、あぁっ……少々痛みが残っておるが、行かねばならん。拙者がオリバーを討った以上、エヴァン殿が戦っているのは影武者であろうな」
ボイドも帰還用の紅い宝石の転移先を、『エヴァンの現在地』に変更していた。
その理由はホーヴァス同様、愛するエヴァンを助ける為である。
ボイドはフラフラと立ち上がってから、地面に紅い宝石を叩きつけて転移する。
掛け替えのない大事な宝であり、彼女の生涯の伴侶であるエヴァンの元に……

Report.09 拙者と肉団子と洞窟の決戦 Closed
To be nextstage→Report.10 ワタシと蟇蛙と地底湖の決戦
12/11/01 15:35更新 / 斬魔大聖
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■作者メッセージ
お待たせしました、魔物娘捕食者更新です。
拳で戦うドラゴン・ボイドの必殺技はどうでしたか?
いや、所々でブレス使いましたけど……基本的にボイドは拳がメインです、はい。
ブレスの原理は個人的解釈のモノですので、御注意を。

次回は、キーンが主役のお話です。
皆様、楽しみにしていてください。

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