Report.02 俺と双角獣と蚯蚓 前編
〜大陸南東部・密林〜
「あぢゃぁぁ―――――――――ッ!!」
「あっつぅぅ――――――――いッ!!」
大陸南東部に位置する密林地帯……動物の鳴き声、風で揺れる枝の音が支配する彼の地で、素っ頓狂な叫びが上がった。
「あづ、あづあづあづっ! ちょ、ちょっと湯加減! 湯加減あづぁぁ――――ッ!」
「熱い、熱い熱い熱いっ! 熱いって、熱いってば! だから熱いぃぃ――――ッ!」
素っ頓狂な叫びを上げたのは、縄で縛られたエヴァンとダークマター。
二人は巨大な竃に掛けられた、大きめの風呂桶程はある巨大鍋に放り込まれており、その鍋はグツグツと音を立てている。
即ち、二人は現在進行形で『鍋の具』にされているのだ。
何故、二人が鍋の具にされているのか?
少々、時間を遡って経緯を語ろう。
×××
〜大陸中央部・交易都市セレファイス〜
『単なる、魔力供給衝動であるな』
『アレがかい!?』
俺、エヴァン・シャルズヴェニィは、幼馴染の医者の言葉に愕然した。
砂漠にあった奇妙な遺跡から、拠点にしている交易都市・セレファイスに戻ってきた俺は荷物とフェランを宿屋に預け、即行で幼馴染が経営している医療所へ駆け込んだ。
何でって? そりゃ、アレだ、フェランとの濃厚な交わりが何だったかを聞く為だ。
あ? フェランって誰だ、だって?
フェランってのは、俺が件の遺跡で見つけたダークマターの名前。
フェランは生まれたばかりだから当然名前は無い訳で、一緒に探検する事になった以上、名前が無いと不便だから、俺が名前を付けてやったんだ。
『貴様はフェランとかいうダークマターを守る為に、魔法を連発したのであろう? 而も、彼の禁断魔法を使ったのであるから、魔力供給衝動も半端無いのであ〜る』
上から目線で喋る医者が、俺の幼馴染であるゲイリー・カーティエッジ。
ゲイリーは俺の父さんが自宅の一部を使って開いてた教室の生徒の一人で、同い歳の俺とゲイリーは『悪い意味』で有名になった。
なにせ、ゲイリーはブッ飛んだ性格をしてて、どっかから連れてきた飼い犬を解剖するわ、変な薬を作って部屋を大爆発させるわで、兎に角行動が読めない。
挙句に『医学的方法による死者の蘇生』というトンデモナイ研究を一〇歳の時に始めて、エラい騒ぎになったもんだ。
結局、その研究は机上論―あと、父さんの拳骨―で終わったんだが、兎に角俺はゲイリーの奇行の火消しに走り回ってたんだ。
然し、ゲイリーは医者としては優秀で、種族や生息地域で肉体構造等が違ってくる魔物を、魔物の特徴等に合わせた的確な治療が出来るくらいには優秀。
親魔物派領であるセレファイスでは、『変人だが頼れる医者』として人間・魔物を問わずに親しまれてる奴だ。
『天才とキ○○○は紙一重』とか言うが、まさにゲイリーの為にある言葉だな。
『元々、貴様は高い魔力保有量を誇り、ソレがダークマターの黒球の吸収により爆発的に増大。その分、失った魔力を補充するには、それなりの交わりが必要なのであ〜る』
魔力供給衝動ってのは、身も蓋も無い言い方をすれば『発情』。
魔力回復の薬を飲んで落ち着かせる事も出来るんだが、魔物を奥さんに持つ奴は奥さんと交わる事で魔力を回復させるのが一般的だ。
魔力保有量が多ければ多い程、魔力供給衝動も大きく、必要な交わりも比例して多くなる。
俺の場合、ダークマターのフェランと一三回は交わらないと、回復しないって訳か。
『ま、そういう事である……おぉっ! 貴様への手紙を預かっておったのであ〜る』
『手紙? 誰からだ?』
『何時もの『足長おばさん』であ〜る』
あぁ……また、あの人からか。
『足長おばさん』ってのは俺の探検の支援者で、資金を援助してくれる代わりに、たまに何処かで新発見された遺跡や、探索の進んでいない辺境の調査を依頼してくるんだ。
手紙でしか交流を持ってないから、名前も顔も素性も知らないが、字や文面から判断して女性らしい事から、勝手に『足長おばさん』と呼ばせてもらってる。
『今度は、何処に行けって?』
『うむ……『獣の吼える森』なのであ〜る』
『獣の吼える森』かぁ……まぁた、面倒な場所だな。
『獣の吼える森』ってのは大陸南東部に位置する密林地帯で、大陸最大級と言われる程の広大な面積を誇る。
お陰で、何度も調査隊が派遣されてるが、未だに外周部しか調査されてないんだ。
因みに、何で『獣の吼える森』なんて呼ばれてるのか?
この密林地帯には調査済みの外周部だけで、ワーウルフにワーラビット、ワーキャット等、獣人型の魔物がウヨウヨ住んでたからだ。
『ま、足長おばさんも、貴様に期待しているという事なのであ〜るな』
『分かったよ……取り敢えず、準備を済ませたら出発するさ』
『うむ、頑張ってくるのであ〜る!』
……コイツに頑張れと激励されても、正直ヤル気が起きねぇな。
俺は今度の探索の準備を調える為、ゲイリーの医療所を後にした。
『しっかし、死体を依代に動く包帯であるか……何かの本で、そんなのを見た事がある気がするのであ〜る』
そんなゲイリーの呟きを、耳にしながら……
×××
「……はっ!? 熱ぃぃ――――――――ッ!」
ヤベェ、現在進行形で煮込まれてたから、走馬灯が脳内を駆け巡ったぞ、オイッ!?
このままじゃ、本気で不味いっ!
「おっ供え物〜、おっ供え物〜、森神様へのおっ供え物〜♪」
オーク……弱い奴には高圧的だが、強い奴には徹底的に媚びるという両極端な性質を持つ、豚の特徴を持った獣人型の魔物だ。
調子っ外れな歌を歌いながら、俺とフェランを煮込んでるオーク達が、現地で採れた茸や香草、魔界獣の肉のブツ切りを鍋に放り込んでく。
食材が放り込まれる度に、湯温が下がるのはありがてぇんだが、何だかドンドン具沢山になってくのは、今更ながらに危機感が募る。
「オイコラッ、其処のオーク共っ! 何で、俺達を鍋の具にしてんだ!」
「んぅ? オマエ達、魔力高い! 森神様の御供え物、ピッタリッ!」
だから、森神様って何だよ!?
そんな訳の分からん何かの御供え物にピッタリって言われても、全然嬉しかないわっ!
畜生っ! 俺達は、そんな訳の分からんモノの御供え物にされて終わるのかぁっ!?
「貴方達っ! いい加減にしなさいっ!」
おおっ! 救いの声がっ!
「コラム? 新入り、邪魔するな!」
「いいえ、邪魔をさせてもらいます」
乱入者に怒声を上げるオーク達の前に、コラムと呼ばれた魔物が現れる。
ユニコーン……魔物でありながら純潔の象徴とされるケンタウロス種の一種で、気高さを溢れさせる一本角と純白の毛並みが特徴の魔物だ。
コラムと呼ばれたユニコーンはオーク達に近付き、王が兵士に命令するみたいに腕を振る。
「貴方達の熱心な信仰は認めます……ですが、旅人を襲い、供物として奉げようとする事は許せません! 即刻、あの方達を解放しなさい!」
「ぶ〜……」
ユニコーンの怒気に気圧されたっぽいオーク達は、渋々といった感じで竃の火を消して、鍋の中の俺達を引っ張り上げる。
た、助かったぁ……
「申し訳ありません……彼女達に悪気は無いのです」
「え、あ、その……」
渋々とオーク達が去った後、コラムと呼ばれてたユニコーンが俺達に近付いて頭を下げた。
参ったなぁ……助けてもらった側の俺達が、助けてくれた側に頭を下げられるなんてさ。
「大丈夫ですから、頭を上げてください。こんな目に遭うのは、俺は慣れてますんで」
フェランはこんな目に遭った事は無いし、流石の俺も鍋にされかけた事は無いが。
兎に角俺達は大丈夫だという事を伝えると、やっとユニコーンが頭を上げてくれた。
「そう、ですか……あの、本当に大丈夫なのですか?」
頭を上げてくれたのはいいが、この魔物は本当に心配性な魔物だなぁ。
「だから、大丈夫ですって。それより、何処かに川か何かありまッくひょんっ!」
「くちゅんっ!」
あかん、クシャミ混じりで変な発音になっちまった。
釣られるように、隣のフェランも可愛らしいクシャミをする。
そう、俺達は冷え始めたスープでズブ濡れだった。
す、スープがちべたい……
×××
「成程……そのような事が、あったのですね」
近くの川に案内してもらう途中で自己紹介を済ませた後、案内された川で俺とフェランはスープ塗れの服と身体を洗い、焚き火で服を乾かしていた。
因みに、素っ裸のフェランは川に入って水遊びの真っ最中。
乾くまでの間、俺はコラム―呼び捨てで構わない、って言われたんだ―に、どうして鍋にされかけてたのかを話す。
あ、ちゃんと下着は履いてるぞ、会ったばかりのコラムを前に素っ裸は不味いし。
『獣の吼える森』に到着した俺とフェランは、探索中の拠点となるキャンプの設置場所を探して森の中を歩いていた。
んで、やっと見つけた場所が俺達が鍋にされかけた、あの広けた場所。
其処で鍋の準備をしてたオーク達は闖入者の俺達に襲い掛かり、鍋に放り込んだんだ。
「そういやぁ、コラムは何時からこの森に?」
さっき、コラムが『新入り』って言われたのを思い出した俺は、ソレを聞いてみる。
「此処に来たのは、三年前です。元々の住処から、教団に追い出されてしまって……」
曰く、コラムは此処からかなり離れた森に住んでたが、住処の森から教団に追い出され、放浪の末に此処に辿り着いたらしく、ソレを聞いた俺は顰めっ面になる。
大陸の彼方此方を探検ついでに旅してる以上、教団とは頻繁に出会うんだが、最近の教団は何かと過激だ。
親魔物派の領主に難癖つけて逮捕したり、静かに暮らしてるだけの魔物を危険とか何とか言って住処から追い出す等々。
言い掛かりだって反論しただけで反逆罪で死ぬまで拷問され、魔物だったら制裁って名目で死ぬまで凌辱される、なんて噂が流れてるし。
教団は対魔物用の『何か』を作ってる……とかいう眉唾な噂が流れる程に、最近の教団の行動は過激になってやがる。
「全く、最近の教団は頭の大事な螺子でも外れてんのかよ……」
それも、一本二本じゃ済まねぇくらいに……
×××
「むぅ〜……新入りの所為で、森神様への御供え物、中途半端!」
エヴァンが教団の過激な活動に、静かな憤りを滾らせていた頃。
エヴァンとフェランを鍋にしようとしていたオーク達は、ブゥブゥと文句を言いながら、森神様への供物である鍋作りを再開させていた。
このオーク達、『獣の吼える森』では魔王の代替わり以前から住む最古参の魔物で、周囲の魔物と比較すると極めて原始的である。
魔物は人間への傷害・殺人を本能的に嫌っているが、このオーク達はソレが非常に薄い。
このオーク達は、彼女達が『森神様』と呼んでいる存在に奉仕する事が生き甲斐であり、森神様への奉仕の為ならば、先程のような行為も平然と行うのだ。
その点を見れば、このオーク達は代替わり以前の魔物と非常に近い存在である。
そもそも、このオーク達が奉仕する『森神様』とは何なのか?
ソレは奉仕する側である、このオーク達も詳しくは知らない。
このオーク達に伝わる伝承では、森神様は普段は獣の吼える森の地下深くで眠っており、年に一度地上に現れては、供物を要求する。
森神様の要求する供物は食物で、このオーク達は供物として彼女達なりの最高の御馳走を森神様に用意しなければならない。
用意出来なかった場合、森神様は奉仕者である、このオーク達を喰らうそうだ。
森神様に喰われる事は、このオーク達にとっては名誉ある死だが、流石に喰われ続けては集落の存亡に関わってくる。
その為、このオーク達はせっせと供物たる御馳走作りに励むのだ。
「おっ供え物〜、おっ供え物〜、森神様へのおっ供え物〜♪ で〜きたっ♪」
エヴァンとフェランという『最高の具』を失ったものの、食欲をそそる良い香りが鍋から漂い始め、オーク達は御機嫌になる。
漸く完成した供物に歓喜するオーク達は足元から強力な魔力を感じ取り、彼女達の喜びは際限無く高まる。
足元から感じる高密度の魔力、ソレは森神様の降臨を意味するからだ。
「森神様だ、森神様だ!」
森神様の降臨に、人間の男性との性交以上に興奮するオーク達。
されど、このオーク達の興奮は一瞬にして絶望へと転落した。
地面を突き破るように現れたのは、不透明の赤黒い粘液で構築された大蛇。
いや、その姿は大蛇というよりは蚯蚓に近い。
赤黒い蚯蚓の直径は約三メートル、人間程度の大きさのモノなら容易く丸飲み出来そうだ。
事実……赤黒い蚯蚓は、供物である鍋を無視し、歓喜に震えるオーク達を丸飲みにせんと襲い掛かったのだから。
×××
「ふぅ〜ん……」
乾いた服を着ながら俺は、あのオーク達が言っていた森神様は何なのかをコラムから聞き、コラムから聞いた話に納得する。
あのオーク達、意外と信心深いんだなぁ……なんて、納得してたら
「……っ!?」
「何なの? この魔力……」
「禍々しい程の魔力……只事では、ありませんね」
俺の魔法的感覚が強力な魔力を放つ『何か』の接近を感知、魔物のフェランとコラムも、この強力な魔力を感じ取り、既に戦闘態勢を取っている。
何処から、来るんだ……そう警戒していた俺達の直ぐ近くの藪がガサガサと動き、俺達は藪の方へと目を向けた。
「た、助けてぇっ!」
藪から飛び出してきたのは、さっき俺とフェランを鍋にしようとしてたオーク。
その背後から現れたのは
RrrLooOOoooOOOooooooohh―――!!
み、蚯蚓!?
口らしきモノがねぇくせに聞いただけで発狂しそうな禍々しい雄叫びを上げつつ、赤黒い巨大蚯蚓はオークに襲い掛かろうとする。
クソッ! このオークにゃ、恨みはあるんだが、流石に襲われてんのを無視出来ねぇ!
「『風刃』!」
俺は巨大蚯蚓に向かって『風刃』を放つと同時に、逃げてきたオークに風を纏わせる。
すると、オークを包んだ風は小さな竜巻となり、オークを包んだまま空高くまで上昇する。
「はわわぁっ!?」
まぁ、竜巻に包まれたオークは、自分が空を飛んでる事に驚いてるが。
うしっ! 取り敢えず、コレで大丈夫かっ!
「エヴァンさんっ! あの怪物の身体を見てください!」
「なっ……!?」
顔を青褪めさせたコラムに促され、俺達に狙いを定めて鎌首を擡げる巨大蚯蚓を見ると、其処には悍ましい光景があった。
不透明の赤黒い身体の中には、さっきのオークの仲間が居たんだが……ソイツ等は全員、程度差はあるが溶けていた。
食べ物が消化されるまでの過程を見せつけるように、尻―あるか、どうかは知らんが―の方へ進む程に、オーク達が骨までドロドロに溶かされていく。
「ひ、ヒデェ……」
こんの糞蚯蚓……表情を浮かべる事が出来んなら、絶対ほくそ笑んでるだろうなぁ!
こんな胸糞悪い光景を、自慢げに見せつけてんだからよぉっ!
「フェラン、コラム……お前達は逃げろ」
「えぇっ! エヴァン、アタシも……」
自分も戦うと言おうとしたフェランを、コラムは腕で制して首を振る。
「私達に、あの悍ましい怪物と戦う術はありません……此処に残っても、エヴァンさんの足手まといになります」
「むぅ〜……」
コラムはこの糞蚯蚓と自分の力量差を理解していたらしく、優しく諭しながらフェランを背中に乗せ、コラムの背中の上で膨れっ面になるフェランだが、諦めたのか
「エヴァン……ちゃんと、生きて帰ってきてね!」
生きて帰ってきて、とお願いする。
分かってる……そう答える代わりに、俺は巨大蚯蚓から視線を離す事無く、フェランに向かって親指を立てる。
「エヴァンさん……御武運を!」
フェランを乗せたコラムは川の下流へと駈け出し、コラム達を狙って巨大蚯蚓が動き出す。
だが、そうは問屋が卸さねぇぜ!
巨大蚯蚓に俺は魔道具『黄衣(コウエ)』を伸ばし、黄衣を巨大蚯蚓の胴体に巻き付ける。
「テメェの相手は、この俺だ!」
×××
「んぎぎ……テメェの、相手は、俺だって、言っただろう、がぁ!」
風を纏って空を飛んだ俺は、巨大蚯蚓を力一杯引き留めていた。
『黄衣』……繊維の一本一本に魔力を籠めて編まれた黄色い帯で、オーガが全力で引っ張っても千切れない強度を誇り、魔力を籠めれば伸縮自在の代物だ。
こんの糞蚯蚓、何でかは知らねぇがさっきから逃げたフェラン達を執拗に追おうとしてる。
俺と巨大蚯蚓の綱引き、結果は五分五分……巨大蚯蚓が前に進めば俺が引っ張って、俺が進めば巨大蚯蚓が少しだけ前に進む。
「だぁかぁらぁ、俺のぉ、方をぉ、向きやがれぇ! って、ぬぉわぁぁぁぁっ!?」
鬱陶しいと言わんばかりに巨大蚯蚓は、黄衣を振り解くように身体をブンブン振り回し、俺は巨大蚯蚓に振り回され、充分勢いが付いた所で地面に叩きつけられる。
叩きつけられる瞬間、纏わせていた風が緩衝材になったのはいいが、めっちゃ痛い。
痛みで悶える俺に、巨大蚯蚓は巨体で押し潰さんとばかりに頭を突っ込ませてくる。
「んなろぉっ……『大嵐刃』!」
背中からジンジンと伝わる痛みを堪え、俺は『大嵐刃』を詠唱、巨大な竜巻に巨大蚯蚓は頭から突っ込む。
GurrRooooWaaaaaaahh――――!!
大竜巻に文字通り頭から突っ込んだ巨大蚯蚓は、赤黒い粘液を撒き散らしながら咆吼し、その隙に俺は黄衣を解いて体勢を整える。
「それにしても、コイツが『森神様』か?」
何処をどう見ても蚯蚓、見紛う事無く蚯蚓、こんなナリで神様と言われても絶対信じられん。
それなら教団の教会のステンドグラスに描かれてた神様の方が、如何にも神様らしい。
「うおっと!」
そんな事を考えてたら、赤黒い粘液を滴らせながら巨大蚯蚓は頭を俺目掛けて突っ込ませ、俺は風を纏って空へと逃げる。
勿論、攻撃は忘れない……空へ飛び上がると同時に『風刃』を狙いを変えながら三連発、頭に一ヶ所、胴体に二ヶ所、鋭い切り傷が出来上がる。
「おおぉぉぉぉっ!」
俺は空を舞いながら『風刃』を何度も放ち、巨大蚯蚓へ着実に傷を付けていく。
巨大蚯蚓は口(?)から細長い触手を何本も伸ばし、俺を叩き落そうと振るうのだが、空を飛んでる上に巨大蚯蚓と比べれば小さ過ぎる俺には当たらない。
尤も、触手が近くを通り過ぎただけで物凄い風圧が俺を襲い、風圧に晒された俺は木の葉のように振り回されるんだが。
GirrroooAooEEEoorroohh――――!!
この巨大蚯蚓に感情なんてモノがあれば、この咆吼は苛立ちの表れ……コイツから見れば、羽虫に等しい俺の攻撃がチクチク刺さってくるのは鬱陶しいんだろ。
なら、羽虫は羽虫らしく、チクチクせこくいかせてもらおうか!
「『風刃』! 両手撃ちだぁ!」
俺は両手を前に突き出し、突き出した両手からは『風刃』がこれでもかと言わんばかりに無数に放たれる。
無数に飛んでくる不可視の刃に巨大蚯蚓は為す術無し、あっという間に切り刻まれる。
RuuurrooWaaGrraaaahh――――!!
赤黒い粘液を全身から垂れ流す巨大蚯蚓に、俺は追撃すべく急降下しようとしたが、背中からの一撃でソレを邪魔された。
「ぐ、がぁっ!?」
俺はふらつきながら背後へ振り返ると、其処には
「器用な真似、すんなぁ!」
俺と同程度の大きさの蚯蚓がウジャウジャ、御丁寧にも蝙蝠じみた翼も生えてやがる。
小蚯蚓軍団から突出した一匹、どうやらソイツが俺の背中に体当たりをかましたらしい。
ざっと見積もっただけでも、三〇匹程……いきなり一対三一かよ、戦力差が急変し過ぎだ。
「んなくそぉっ!」
空飛ぶ小蚯蚓軍団と地上の巨大蚯蚓の包囲攻撃に、俺は振り回される。
小蚯蚓軍団は四方八方から体当たりしてくるし、巨大蚯蚓は伸ばした触手群を振り回す。
振り回す触手群の一本が、小蚯蚓軍団の一匹に当たろうともお構い無しだ。
「クソッタレがぁ!」
『風刃』が小蚯蚓の一体が真っ二つにすると、小蚯蚓は赤黒い粘液へと戻り、地上に降り注ぐ。
降り注ぐんだが……赤黒い粘液は地上の巨大蚯蚓の元へと這いずり、融合し、巨大蚯蚓の身体の一部が膨れると、そこから小蚯蚓が生まれてくる。
さっきから、コレの繰り返しだ。
幾等叩き落としても、直ぐに新しいのが生まれてくるから、キリが無い。
オマケに
「ぬわったたたっ!」
直ぐ近くに巨大蚯蚓の触手が振り下ろされ、俺は振り下ろされる触手を慌てて避ける。
周囲を飛び交う小蚯蚓軍団に、俺は嫌でも機動力を殺されるから、巨大蚯蚓は俺に狙いを付けやすくなってる。
このままじゃ、棒か何かで叩かれた蝿みたいに叩き潰されちまう!
「エヴァンさん!」
執拗に体当たりする小蚯蚓軍団と巨大蚯蚓の触手群に防戦一方の俺の耳に、信じられない声が届く。
首だけを動かし、まさかと思いつつも声の主を探すと、下流からコッチに向かって走って来るコラムの姿があった。
こ、コラム!? 何でコッチに!?
コラムが来た事に動揺する俺だが、コラムに気付いたのは俺だけじゃない。
「きゃぁぁぁぁっ!」
小蚯蚓軍団はコラム目掛けて殺到し、コラムはあっという間に赤黒い粘液に包まれる。
そして、巨大蚯蚓は赤黒い粘液に包まれたコラム目掛けて突進し、俺は追い掛けるように急降下するが、蓄積された疲労が此処で祟り、俺の空を飛ぶ速度が遅くなる。
「ヤメロォォォォ――――――――――ッ!」
されど、俺の叫びも空しく、コラムは巨大蚯蚓に飲み込まれた。
「あぢゃぁぁ―――――――――ッ!!」
「あっつぅぅ――――――――いッ!!」
大陸南東部に位置する密林地帯……動物の鳴き声、風で揺れる枝の音が支配する彼の地で、素っ頓狂な叫びが上がった。
「あづ、あづあづあづっ! ちょ、ちょっと湯加減! 湯加減あづぁぁ――――ッ!」
「熱い、熱い熱い熱いっ! 熱いって、熱いってば! だから熱いぃぃ――――ッ!」
素っ頓狂な叫びを上げたのは、縄で縛られたエヴァンとダークマター。
二人は巨大な竃に掛けられた、大きめの風呂桶程はある巨大鍋に放り込まれており、その鍋はグツグツと音を立てている。
即ち、二人は現在進行形で『鍋の具』にされているのだ。
何故、二人が鍋の具にされているのか?
少々、時間を遡って経緯を語ろう。
×××
〜大陸中央部・交易都市セレファイス〜
『単なる、魔力供給衝動であるな』
『アレがかい!?』
俺、エヴァン・シャルズヴェニィは、幼馴染の医者の言葉に愕然した。
砂漠にあった奇妙な遺跡から、拠点にしている交易都市・セレファイスに戻ってきた俺は荷物とフェランを宿屋に預け、即行で幼馴染が経営している医療所へ駆け込んだ。
何でって? そりゃ、アレだ、フェランとの濃厚な交わりが何だったかを聞く為だ。
あ? フェランって誰だ、だって?
フェランってのは、俺が件の遺跡で見つけたダークマターの名前。
フェランは生まれたばかりだから当然名前は無い訳で、一緒に探検する事になった以上、名前が無いと不便だから、俺が名前を付けてやったんだ。
『貴様はフェランとかいうダークマターを守る為に、魔法を連発したのであろう? 而も、彼の禁断魔法を使ったのであるから、魔力供給衝動も半端無いのであ〜る』
上から目線で喋る医者が、俺の幼馴染であるゲイリー・カーティエッジ。
ゲイリーは俺の父さんが自宅の一部を使って開いてた教室の生徒の一人で、同い歳の俺とゲイリーは『悪い意味』で有名になった。
なにせ、ゲイリーはブッ飛んだ性格をしてて、どっかから連れてきた飼い犬を解剖するわ、変な薬を作って部屋を大爆発させるわで、兎に角行動が読めない。
挙句に『医学的方法による死者の蘇生』というトンデモナイ研究を一〇歳の時に始めて、エラい騒ぎになったもんだ。
結局、その研究は机上論―あと、父さんの拳骨―で終わったんだが、兎に角俺はゲイリーの奇行の火消しに走り回ってたんだ。
然し、ゲイリーは医者としては優秀で、種族や生息地域で肉体構造等が違ってくる魔物を、魔物の特徴等に合わせた的確な治療が出来るくらいには優秀。
親魔物派領であるセレファイスでは、『変人だが頼れる医者』として人間・魔物を問わずに親しまれてる奴だ。
『天才とキ○○○は紙一重』とか言うが、まさにゲイリーの為にある言葉だな。
『元々、貴様は高い魔力保有量を誇り、ソレがダークマターの黒球の吸収により爆発的に増大。その分、失った魔力を補充するには、それなりの交わりが必要なのであ〜る』
魔力供給衝動ってのは、身も蓋も無い言い方をすれば『発情』。
魔力回復の薬を飲んで落ち着かせる事も出来るんだが、魔物を奥さんに持つ奴は奥さんと交わる事で魔力を回復させるのが一般的だ。
魔力保有量が多ければ多い程、魔力供給衝動も大きく、必要な交わりも比例して多くなる。
俺の場合、ダークマターのフェランと一三回は交わらないと、回復しないって訳か。
『ま、そういう事である……おぉっ! 貴様への手紙を預かっておったのであ〜る』
『手紙? 誰からだ?』
『何時もの『足長おばさん』であ〜る』
あぁ……また、あの人からか。
『足長おばさん』ってのは俺の探検の支援者で、資金を援助してくれる代わりに、たまに何処かで新発見された遺跡や、探索の進んでいない辺境の調査を依頼してくるんだ。
手紙でしか交流を持ってないから、名前も顔も素性も知らないが、字や文面から判断して女性らしい事から、勝手に『足長おばさん』と呼ばせてもらってる。
『今度は、何処に行けって?』
『うむ……『獣の吼える森』なのであ〜る』
『獣の吼える森』かぁ……まぁた、面倒な場所だな。
『獣の吼える森』ってのは大陸南東部に位置する密林地帯で、大陸最大級と言われる程の広大な面積を誇る。
お陰で、何度も調査隊が派遣されてるが、未だに外周部しか調査されてないんだ。
因みに、何で『獣の吼える森』なんて呼ばれてるのか?
この密林地帯には調査済みの外周部だけで、ワーウルフにワーラビット、ワーキャット等、獣人型の魔物がウヨウヨ住んでたからだ。
『ま、足長おばさんも、貴様に期待しているという事なのであ〜るな』
『分かったよ……取り敢えず、準備を済ませたら出発するさ』
『うむ、頑張ってくるのであ〜る!』
……コイツに頑張れと激励されても、正直ヤル気が起きねぇな。
俺は今度の探索の準備を調える為、ゲイリーの医療所を後にした。
『しっかし、死体を依代に動く包帯であるか……何かの本で、そんなのを見た事がある気がするのであ〜る』
そんなゲイリーの呟きを、耳にしながら……
×××
「……はっ!? 熱ぃぃ――――――――ッ!」
ヤベェ、現在進行形で煮込まれてたから、走馬灯が脳内を駆け巡ったぞ、オイッ!?
このままじゃ、本気で不味いっ!
「おっ供え物〜、おっ供え物〜、森神様へのおっ供え物〜♪」
オーク……弱い奴には高圧的だが、強い奴には徹底的に媚びるという両極端な性質を持つ、豚の特徴を持った獣人型の魔物だ。
調子っ外れな歌を歌いながら、俺とフェランを煮込んでるオーク達が、現地で採れた茸や香草、魔界獣の肉のブツ切りを鍋に放り込んでく。
食材が放り込まれる度に、湯温が下がるのはありがてぇんだが、何だかドンドン具沢山になってくのは、今更ながらに危機感が募る。
「オイコラッ、其処のオーク共っ! 何で、俺達を鍋の具にしてんだ!」
「んぅ? オマエ達、魔力高い! 森神様の御供え物、ピッタリッ!」
だから、森神様って何だよ!?
そんな訳の分からん何かの御供え物にピッタリって言われても、全然嬉しかないわっ!
畜生っ! 俺達は、そんな訳の分からんモノの御供え物にされて終わるのかぁっ!?
「貴方達っ! いい加減にしなさいっ!」
おおっ! 救いの声がっ!
「コラム? 新入り、邪魔するな!」
「いいえ、邪魔をさせてもらいます」
乱入者に怒声を上げるオーク達の前に、コラムと呼ばれた魔物が現れる。
ユニコーン……魔物でありながら純潔の象徴とされるケンタウロス種の一種で、気高さを溢れさせる一本角と純白の毛並みが特徴の魔物だ。
コラムと呼ばれたユニコーンはオーク達に近付き、王が兵士に命令するみたいに腕を振る。
「貴方達の熱心な信仰は認めます……ですが、旅人を襲い、供物として奉げようとする事は許せません! 即刻、あの方達を解放しなさい!」
「ぶ〜……」
ユニコーンの怒気に気圧されたっぽいオーク達は、渋々といった感じで竃の火を消して、鍋の中の俺達を引っ張り上げる。
た、助かったぁ……
「申し訳ありません……彼女達に悪気は無いのです」
「え、あ、その……」
渋々とオーク達が去った後、コラムと呼ばれてたユニコーンが俺達に近付いて頭を下げた。
参ったなぁ……助けてもらった側の俺達が、助けてくれた側に頭を下げられるなんてさ。
「大丈夫ですから、頭を上げてください。こんな目に遭うのは、俺は慣れてますんで」
フェランはこんな目に遭った事は無いし、流石の俺も鍋にされかけた事は無いが。
兎に角俺達は大丈夫だという事を伝えると、やっとユニコーンが頭を上げてくれた。
「そう、ですか……あの、本当に大丈夫なのですか?」
頭を上げてくれたのはいいが、この魔物は本当に心配性な魔物だなぁ。
「だから、大丈夫ですって。それより、何処かに川か何かありまッくひょんっ!」
「くちゅんっ!」
あかん、クシャミ混じりで変な発音になっちまった。
釣られるように、隣のフェランも可愛らしいクシャミをする。
そう、俺達は冷え始めたスープでズブ濡れだった。
す、スープがちべたい……
×××
「成程……そのような事が、あったのですね」
近くの川に案内してもらう途中で自己紹介を済ませた後、案内された川で俺とフェランはスープ塗れの服と身体を洗い、焚き火で服を乾かしていた。
因みに、素っ裸のフェランは川に入って水遊びの真っ最中。
乾くまでの間、俺はコラム―呼び捨てで構わない、って言われたんだ―に、どうして鍋にされかけてたのかを話す。
あ、ちゃんと下着は履いてるぞ、会ったばかりのコラムを前に素っ裸は不味いし。
『獣の吼える森』に到着した俺とフェランは、探索中の拠点となるキャンプの設置場所を探して森の中を歩いていた。
んで、やっと見つけた場所が俺達が鍋にされかけた、あの広けた場所。
其処で鍋の準備をしてたオーク達は闖入者の俺達に襲い掛かり、鍋に放り込んだんだ。
「そういやぁ、コラムは何時からこの森に?」
さっき、コラムが『新入り』って言われたのを思い出した俺は、ソレを聞いてみる。
「此処に来たのは、三年前です。元々の住処から、教団に追い出されてしまって……」
曰く、コラムは此処からかなり離れた森に住んでたが、住処の森から教団に追い出され、放浪の末に此処に辿り着いたらしく、ソレを聞いた俺は顰めっ面になる。
大陸の彼方此方を探検ついでに旅してる以上、教団とは頻繁に出会うんだが、最近の教団は何かと過激だ。
親魔物派の領主に難癖つけて逮捕したり、静かに暮らしてるだけの魔物を危険とか何とか言って住処から追い出す等々。
言い掛かりだって反論しただけで反逆罪で死ぬまで拷問され、魔物だったら制裁って名目で死ぬまで凌辱される、なんて噂が流れてるし。
教団は対魔物用の『何か』を作ってる……とかいう眉唾な噂が流れる程に、最近の教団の行動は過激になってやがる。
「全く、最近の教団は頭の大事な螺子でも外れてんのかよ……」
それも、一本二本じゃ済まねぇくらいに……
×××
「むぅ〜……新入りの所為で、森神様への御供え物、中途半端!」
エヴァンが教団の過激な活動に、静かな憤りを滾らせていた頃。
エヴァンとフェランを鍋にしようとしていたオーク達は、ブゥブゥと文句を言いながら、森神様への供物である鍋作りを再開させていた。
このオーク達、『獣の吼える森』では魔王の代替わり以前から住む最古参の魔物で、周囲の魔物と比較すると極めて原始的である。
魔物は人間への傷害・殺人を本能的に嫌っているが、このオーク達はソレが非常に薄い。
このオーク達は、彼女達が『森神様』と呼んでいる存在に奉仕する事が生き甲斐であり、森神様への奉仕の為ならば、先程のような行為も平然と行うのだ。
その点を見れば、このオーク達は代替わり以前の魔物と非常に近い存在である。
そもそも、このオーク達が奉仕する『森神様』とは何なのか?
ソレは奉仕する側である、このオーク達も詳しくは知らない。
このオーク達に伝わる伝承では、森神様は普段は獣の吼える森の地下深くで眠っており、年に一度地上に現れては、供物を要求する。
森神様の要求する供物は食物で、このオーク達は供物として彼女達なりの最高の御馳走を森神様に用意しなければならない。
用意出来なかった場合、森神様は奉仕者である、このオーク達を喰らうそうだ。
森神様に喰われる事は、このオーク達にとっては名誉ある死だが、流石に喰われ続けては集落の存亡に関わってくる。
その為、このオーク達はせっせと供物たる御馳走作りに励むのだ。
「おっ供え物〜、おっ供え物〜、森神様へのおっ供え物〜♪ で〜きたっ♪」
エヴァンとフェランという『最高の具』を失ったものの、食欲をそそる良い香りが鍋から漂い始め、オーク達は御機嫌になる。
漸く完成した供物に歓喜するオーク達は足元から強力な魔力を感じ取り、彼女達の喜びは際限無く高まる。
足元から感じる高密度の魔力、ソレは森神様の降臨を意味するからだ。
「森神様だ、森神様だ!」
森神様の降臨に、人間の男性との性交以上に興奮するオーク達。
されど、このオーク達の興奮は一瞬にして絶望へと転落した。
地面を突き破るように現れたのは、不透明の赤黒い粘液で構築された大蛇。
いや、その姿は大蛇というよりは蚯蚓に近い。
赤黒い蚯蚓の直径は約三メートル、人間程度の大きさのモノなら容易く丸飲み出来そうだ。
事実……赤黒い蚯蚓は、供物である鍋を無視し、歓喜に震えるオーク達を丸飲みにせんと襲い掛かったのだから。
×××
「ふぅ〜ん……」
乾いた服を着ながら俺は、あのオーク達が言っていた森神様は何なのかをコラムから聞き、コラムから聞いた話に納得する。
あのオーク達、意外と信心深いんだなぁ……なんて、納得してたら
「……っ!?」
「何なの? この魔力……」
「禍々しい程の魔力……只事では、ありませんね」
俺の魔法的感覚が強力な魔力を放つ『何か』の接近を感知、魔物のフェランとコラムも、この強力な魔力を感じ取り、既に戦闘態勢を取っている。
何処から、来るんだ……そう警戒していた俺達の直ぐ近くの藪がガサガサと動き、俺達は藪の方へと目を向けた。
「た、助けてぇっ!」
藪から飛び出してきたのは、さっき俺とフェランを鍋にしようとしてたオーク。
その背後から現れたのは
RrrLooOOoooOOOooooooohh―――!!
み、蚯蚓!?
口らしきモノがねぇくせに聞いただけで発狂しそうな禍々しい雄叫びを上げつつ、赤黒い巨大蚯蚓はオークに襲い掛かろうとする。
クソッ! このオークにゃ、恨みはあるんだが、流石に襲われてんのを無視出来ねぇ!
「『風刃』!」
俺は巨大蚯蚓に向かって『風刃』を放つと同時に、逃げてきたオークに風を纏わせる。
すると、オークを包んだ風は小さな竜巻となり、オークを包んだまま空高くまで上昇する。
「はわわぁっ!?」
まぁ、竜巻に包まれたオークは、自分が空を飛んでる事に驚いてるが。
うしっ! 取り敢えず、コレで大丈夫かっ!
「エヴァンさんっ! あの怪物の身体を見てください!」
「なっ……!?」
顔を青褪めさせたコラムに促され、俺達に狙いを定めて鎌首を擡げる巨大蚯蚓を見ると、其処には悍ましい光景があった。
不透明の赤黒い身体の中には、さっきのオークの仲間が居たんだが……ソイツ等は全員、程度差はあるが溶けていた。
食べ物が消化されるまでの過程を見せつけるように、尻―あるか、どうかは知らんが―の方へ進む程に、オーク達が骨までドロドロに溶かされていく。
「ひ、ヒデェ……」
こんの糞蚯蚓……表情を浮かべる事が出来んなら、絶対ほくそ笑んでるだろうなぁ!
こんな胸糞悪い光景を、自慢げに見せつけてんだからよぉっ!
「フェラン、コラム……お前達は逃げろ」
「えぇっ! エヴァン、アタシも……」
自分も戦うと言おうとしたフェランを、コラムは腕で制して首を振る。
「私達に、あの悍ましい怪物と戦う術はありません……此処に残っても、エヴァンさんの足手まといになります」
「むぅ〜……」
コラムはこの糞蚯蚓と自分の力量差を理解していたらしく、優しく諭しながらフェランを背中に乗せ、コラムの背中の上で膨れっ面になるフェランだが、諦めたのか
「エヴァン……ちゃんと、生きて帰ってきてね!」
生きて帰ってきて、とお願いする。
分かってる……そう答える代わりに、俺は巨大蚯蚓から視線を離す事無く、フェランに向かって親指を立てる。
「エヴァンさん……御武運を!」
フェランを乗せたコラムは川の下流へと駈け出し、コラム達を狙って巨大蚯蚓が動き出す。
だが、そうは問屋が卸さねぇぜ!
巨大蚯蚓に俺は魔道具『黄衣(コウエ)』を伸ばし、黄衣を巨大蚯蚓の胴体に巻き付ける。
「テメェの相手は、この俺だ!」
×××
「んぎぎ……テメェの、相手は、俺だって、言っただろう、がぁ!」
風を纏って空を飛んだ俺は、巨大蚯蚓を力一杯引き留めていた。
『黄衣』……繊維の一本一本に魔力を籠めて編まれた黄色い帯で、オーガが全力で引っ張っても千切れない強度を誇り、魔力を籠めれば伸縮自在の代物だ。
こんの糞蚯蚓、何でかは知らねぇがさっきから逃げたフェラン達を執拗に追おうとしてる。
俺と巨大蚯蚓の綱引き、結果は五分五分……巨大蚯蚓が前に進めば俺が引っ張って、俺が進めば巨大蚯蚓が少しだけ前に進む。
「だぁかぁらぁ、俺のぉ、方をぉ、向きやがれぇ! って、ぬぉわぁぁぁぁっ!?」
鬱陶しいと言わんばかりに巨大蚯蚓は、黄衣を振り解くように身体をブンブン振り回し、俺は巨大蚯蚓に振り回され、充分勢いが付いた所で地面に叩きつけられる。
叩きつけられる瞬間、纏わせていた風が緩衝材になったのはいいが、めっちゃ痛い。
痛みで悶える俺に、巨大蚯蚓は巨体で押し潰さんとばかりに頭を突っ込ませてくる。
「んなろぉっ……『大嵐刃』!」
背中からジンジンと伝わる痛みを堪え、俺は『大嵐刃』を詠唱、巨大な竜巻に巨大蚯蚓は頭から突っ込む。
GurrRooooWaaaaaaahh――――!!
大竜巻に文字通り頭から突っ込んだ巨大蚯蚓は、赤黒い粘液を撒き散らしながら咆吼し、その隙に俺は黄衣を解いて体勢を整える。
「それにしても、コイツが『森神様』か?」
何処をどう見ても蚯蚓、見紛う事無く蚯蚓、こんなナリで神様と言われても絶対信じられん。
それなら教団の教会のステンドグラスに描かれてた神様の方が、如何にも神様らしい。
「うおっと!」
そんな事を考えてたら、赤黒い粘液を滴らせながら巨大蚯蚓は頭を俺目掛けて突っ込ませ、俺は風を纏って空へと逃げる。
勿論、攻撃は忘れない……空へ飛び上がると同時に『風刃』を狙いを変えながら三連発、頭に一ヶ所、胴体に二ヶ所、鋭い切り傷が出来上がる。
「おおぉぉぉぉっ!」
俺は空を舞いながら『風刃』を何度も放ち、巨大蚯蚓へ着実に傷を付けていく。
巨大蚯蚓は口(?)から細長い触手を何本も伸ばし、俺を叩き落そうと振るうのだが、空を飛んでる上に巨大蚯蚓と比べれば小さ過ぎる俺には当たらない。
尤も、触手が近くを通り過ぎただけで物凄い風圧が俺を襲い、風圧に晒された俺は木の葉のように振り回されるんだが。
GirrroooAooEEEoorroohh――――!!
この巨大蚯蚓に感情なんてモノがあれば、この咆吼は苛立ちの表れ……コイツから見れば、羽虫に等しい俺の攻撃がチクチク刺さってくるのは鬱陶しいんだろ。
なら、羽虫は羽虫らしく、チクチクせこくいかせてもらおうか!
「『風刃』! 両手撃ちだぁ!」
俺は両手を前に突き出し、突き出した両手からは『風刃』がこれでもかと言わんばかりに無数に放たれる。
無数に飛んでくる不可視の刃に巨大蚯蚓は為す術無し、あっという間に切り刻まれる。
RuuurrooWaaGrraaaahh――――!!
赤黒い粘液を全身から垂れ流す巨大蚯蚓に、俺は追撃すべく急降下しようとしたが、背中からの一撃でソレを邪魔された。
「ぐ、がぁっ!?」
俺はふらつきながら背後へ振り返ると、其処には
「器用な真似、すんなぁ!」
俺と同程度の大きさの蚯蚓がウジャウジャ、御丁寧にも蝙蝠じみた翼も生えてやがる。
小蚯蚓軍団から突出した一匹、どうやらソイツが俺の背中に体当たりをかましたらしい。
ざっと見積もっただけでも、三〇匹程……いきなり一対三一かよ、戦力差が急変し過ぎだ。
「んなくそぉっ!」
空飛ぶ小蚯蚓軍団と地上の巨大蚯蚓の包囲攻撃に、俺は振り回される。
小蚯蚓軍団は四方八方から体当たりしてくるし、巨大蚯蚓は伸ばした触手群を振り回す。
振り回す触手群の一本が、小蚯蚓軍団の一匹に当たろうともお構い無しだ。
「クソッタレがぁ!」
『風刃』が小蚯蚓の一体が真っ二つにすると、小蚯蚓は赤黒い粘液へと戻り、地上に降り注ぐ。
降り注ぐんだが……赤黒い粘液は地上の巨大蚯蚓の元へと這いずり、融合し、巨大蚯蚓の身体の一部が膨れると、そこから小蚯蚓が生まれてくる。
さっきから、コレの繰り返しだ。
幾等叩き落としても、直ぐに新しいのが生まれてくるから、キリが無い。
オマケに
「ぬわったたたっ!」
直ぐ近くに巨大蚯蚓の触手が振り下ろされ、俺は振り下ろされる触手を慌てて避ける。
周囲を飛び交う小蚯蚓軍団に、俺は嫌でも機動力を殺されるから、巨大蚯蚓は俺に狙いを付けやすくなってる。
このままじゃ、棒か何かで叩かれた蝿みたいに叩き潰されちまう!
「エヴァンさん!」
執拗に体当たりする小蚯蚓軍団と巨大蚯蚓の触手群に防戦一方の俺の耳に、信じられない声が届く。
首だけを動かし、まさかと思いつつも声の主を探すと、下流からコッチに向かって走って来るコラムの姿があった。
こ、コラム!? 何でコッチに!?
コラムが来た事に動揺する俺だが、コラムに気付いたのは俺だけじゃない。
「きゃぁぁぁぁっ!」
小蚯蚓軍団はコラム目掛けて殺到し、コラムはあっという間に赤黒い粘液に包まれる。
そして、巨大蚯蚓は赤黒い粘液に包まれたコラム目掛けて突進し、俺は追い掛けるように急降下するが、蓄積された疲労が此処で祟り、俺の空を飛ぶ速度が遅くなる。
「ヤメロォォォォ――――――――――ッ!」
されど、俺の叫びも空しく、コラムは巨大蚯蚓に飲み込まれた。
12/10/06 04:32更新 / 斬魔大聖
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