読切小説
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リザードマンと黒衣の剣士
 リザードマン
 「ある学者が、偉大なる魔物娘図鑑に捧げる追加草稿」〈個人的設定〉

 主に洞窟などに住む種族である。
 洞窟内は自然の環境を残して住まうことを好み、大規模な改築などを好まない。洞窟内は水路を張り巡らせており、あちこちで洞窟性の魚類を育て、食卓にのぼらせる。
 洞窟は要塞の役目もあり、水路を船で移動する。船で移動できない区間では、船をかついで軽快に岩場を飛び歩く。
 これらの魚類は鱗などが退化した不気味な外見をしているが、良質な白身魚で、香草などと焼くときわめて上品な味わいの料理になる。
 また、洞窟内でキノコやコケを育てることもある。コケはいわゆる〈藻〉に近い植物で、天日によく乾燥させることで、香ばしい味の塊海苔となる。
 キノコ類は肉の代用品として頻繁に食卓にのぼる。さっぱりした味で、毒性もなくサラダにすることもできる。栄養が豊富で、穀物ほどではないが体に力をつけてくれる。リザードマンはこれを焼くことを好み、キノコを焼いて砕いた塊海苔をまぶして食べる。白いキノコに緑色がまぶしてある姿は、彩りがよい。
 彼女らは洞窟が散在する山岳地帯に住むことが多く、洞窟を中心に縄張りを持っており、その範囲内で狩りや採集を行う。洞窟が彼女らの家であり、家族の集合体である。
 彼女らの一族には冒険心に富む者がときおり現れる。もともとリザードマンは戦士としてきわめてすぐれた力量を持っているが、冒険心に富む個体は住まいで腕を磨くだけで満足せず、武者修行の旅に出る。
 そのあとは武技の腕を磨きながら諸国をめぐり、武に優れた気に入る男を見つけたら、勝負を挑む。彼女らは謙虚かつ質実剛健で、全力の勝負で自らを打ち負かした男を伴侶にする。
 こういった個体は旅先で名誉ある武勲を立てることも多く、夫を連れて故郷に戻った後、族長におさまることも多い。
 彼女らは非常にかいがいしく夫の世話をすることで知られており、元来世話焼きである。結婚後も二人で武術の鍛錬をすることを好む。夫婦の関係はさっぱりとしており、武人の名に恥じない生活をする。
 彼女らは謙虚でプライドが高いため、性交の時には初々しい反応を見せることが多い。性交しているときも冷静なことが多く、鍛えぬいた肉体で夫を愛することだろう。

「本編」
 とある親魔物国にて。
「おい、おまえ」
 その声は澄んでおり、凛とした響きを帯びていた。声は女性のものだ。だが、かなり気合のこもった声で、発声に長けている武人のものとわかる。
 まるで騎士が庶民に詰問するような調子で聞かれたので、黒い服を着た剣士はじろっと視線を持ち上げた。
 ここは酒場だ。さきほどまでは人々が、料理を肴に酒を楽しんでいたのだが、いまは声の調子が落ちて、ひそひそとこちらをうかがっているようだ。
 注目を集めているのだとすぐにわかり、剣士はため息をついた。
 彼は愁いを帯びた顔つきの、壮年の剣士だ。黒みを帯びた服装をしており、漆黒の髪や瞳とよく似あっている。日焼けして筋骨隆々の体つきを服は隠しきることができず、顔をまっすぐ斜めに走る刀傷が、彼の顔に凄みを与えていた。
 なかなかいい男だ。美男子ではないが、苦みのある顔かたちである。どこか疲れたような表情を浮かべているが、それは彼の魅力を減じる方向に作用していない。
「なんだ?」
 めんどくさそうに返事すると同時に、視界に女の姿が入った。
 引き締まった体つきの女だ。男はまず顔を見た。肌には何か所か刀傷があり、こちらを見つめる琥珀色の瞳は、ハ虫類のように鋭い。彼女は栗色の髪の毛を、後ろで簡単に結い上げている。肌は日に焼けており、旅を重ねていることがわかる。鱗と被膜によってできた耳の形から、人ではないことはすぐに分かった。
 彼女は擦り切れた旅装姿で、魔族が好む肌の露出が多めな恰好ではなく、革鎧にチュニック〈ゆったりとしたシャツ〉、ズボンという姿だった。彼女の手と足はトカゲによく似ており、緑色の鱗に覆われている。足の形ゆえに裸足だ。
 肩口などは露出しており、戦化粧のような鋭い模様が肌に刻まれている。大きな尻尾が生えており、床すれすれで持ちあがっている。
「おまえに勝負を挑みたい」
 気分が悪くなって、なんとなく視線を落とした。胸の大きい娘だ。大きいので革鎧が窮屈そうに見える。なんとなく気分がよくなったので、視線をさらに持ち上げて顔を見ると、きわめてまじめな表情でこちらを見つめていた。
「なんで、おまえさんと剣闘せにゃならんのだ。これからおれの料理が運ばれてくるというのに」
 抗議してみたが、女性はまったく取り合わず、こう聞いてきた。
「おまえは〈名声砕きのヴェルン〉だろう?」
「そうだよ。どこでその名前を?」
 ヴェルンは眉をひそめた。この女は過去に恨みを買った相手からの刺客だろうか。剣士としての血濡れた人生を送ってきたから、覚えはだいぶある。
 しかし、名声砕きの名はずいぶん前に捨てたはずだ。
 女は机の上に手配書を投げ出した。帝国の代行人ギルドが発行した、すでに期限切れの手配書だ。
 かなりよく似た似顔絵が記されている。顔を斜めに走る刀傷も再現されていた。
「おまえは強いらしいな」
「まあ、その昔は帝都の剣客だった。おまえはおれの首に興味があるのか? それとも腕か?」
 帝都では貴族同士の私闘が認められているが、ヴェルンは決闘の代行人として名をあげた。対峙した相手を半殺しの目に遭わせ、負け知らず。生き恥をさらさせることで、相手の名誉に泥を塗ることから、貴族の子弟や、ほかの代行人からひどく恐れられた。
 それゆえに殺されそうになったことも多いのだが、すくなくとも自分は直接だれも殺していない。深い恨みを買った覚えはない。
 女は口角を上げ、獲物を見据えるハ虫類のような冷たい笑みを浮かべると、こう言ってのけた。
「むろん腕だ。わたしと勝負しろ」
「なぜ?」
「なぜだって? 腕を上げるのには、それが一番手っ取り早いだろう?」
 それには同意する。剣士が名を上げるには、名のある剣士を潰すのが一番いい。
「それはそうだが、おれはもう時代遅れの剣客だ。それにおれの質問に答えていないぞ。こんな古い手配書。どこで手に入れた?」
 ヴェルンは手配書をつついた。帝都の代行人ギルドが、違反者の討伐に懸賞をかけたもので、忌々しい陰謀の記憶が思い出される。
 だが、女は急にほっぺたを赤くすると、こう返事した。
「どこでもいいだろ。とにかく、わたしは決闘を申し込む」
「おれは女でも半殺しにするぞ」
 おどかすつもりでそう言った。とある女の決闘の介添えをしたことはあるが、ほんとうに半殺しにしたことは無い。だが、女は引かなかった。
「やってみるがいいさ。そんなこと、剣士になるときに覚悟を決めた」
 女はいらいらと自分の剣の柄を叩いた。はやく返事が欲しいのだろう。若いにもほどがある。自分にはそういう時代はなかったなと、ヴェルンは苦笑いした。
「いいだろう。だが、食事が終わってからでいいだろ。飯が冷める」
 女はあからさまにむっとした。唇を突き出して不満そうにしている。そういう面をすると案外かわいらしい。
「言質を取ったぞ。わたしもここで待つ」
 そう言って、女は向かいの席に勝手に座った。そして、鋭い目つきでじろじろと見つめて来た。
 面倒くさいことになったなと思い、はやく料理が来てほしいと願った。
 ちょうどいいことに、料理はすぐ来た。女性の給仕はひやひやとしているらしく、こわばった表情を浮かべて料理を並べた。だがほかの客はたくましいもので、すでに談笑に戻っている。
 切れ目を入れた黒ムギのパンに、肉汁が噴き出るほどこんがり焼いたソーセージを挟んだ軽食で、さらに新鮮な赤ナスが輪切りにされて挟んである。赤ナスを煮詰めて香辛料を混ぜて作ったソースが、たっぷりとかかっていた。そのうえカラシ種の酢漬けがまぶしてある。夏の軽食だ。
 それに、たっぷりとしたポット入りの薬草茶が付いている。ヴェルンは飲酒をしない。
さて食べようとすると、女は腕組みした状態に反して、物欲しそうな顔でこちらを見ている。
「なんだよ」
 女は顔をそむけたが、彼女の腹は正直だった。ぐぅーと間の抜けた音がする。
「く、くくく。ははっ!」
「わ、笑うな!」
 彼女は真っ正直に赤面し、怒っているが、また腹の音が鳴った。
「なんだよ、腹空かしているのか?」
「む、むぅ。でも金が無い」
「なんで?」
「だって、剣士は金に執着してはならんから、人のために使った方がいいだろう? それに昨日の隊商の護衛の仕事のときにもらったお給金が、今朝の食事でなくなってしまった」
 話が見えない。
「相場でもらっているなら、なんで二食分くらいの消費で金が消えるんだよ」
「もともと、相手が家族経営の零細な隊商だから、あんまり給金は請求しなかった。気が引けて。わたしはこの街を拠点にしているが、そのあと財布を落として困っている老夫婦がいたから、わたしが二人の洋服のツケにあたるお金を建て替えたのだ」
 ヴェルンは笑うどころではなかった。この場合、笑うことは侮辱に当たる。とはいえ、清貧と喜捨を旨とする騎士道など、お隣の帝国ではとうに廃れたのだが。
「おまえ、相当なお人好しだな。いや、魔族なんてだいたいそうだが」
「うるさいな。わたしは正しいと思ったことをやったのだ」
「そんなことしていると口が干上がるぞ」
 ヴェルンはため息をつき、カトラリー〈ナイフヤフォーク〉でパンを半分に割った。
 侮辱されたのだろうかとむっとしている女は、パンを押し付けられて目を見張った。
「これは受け取れない。おまえはわたしに義理はないのだ」
「やかましい。すきっ腹の女を倒しても名誉もクソもないや。いいから食え」
 しばらく女はまじまじとパンをにらんでいたが、やがて空腹に負けた。がぶっとパンにかぶりつき、笑顔を浮かべる。
「おいしい。故郷のキノコ料理には負けるけどな!」
 美味のあまり表情がふやけ、かわいい顔をしてそう言う。はたして故郷の料理とどちらがおいしいと思っているのだろうか。
「そりゃな。腹が鳴るほど腹減ってりゃ、そうなるわな」
 ヴェルンもパンを口にした。香ばしい腸詰の香りが口いっぱいに広がり、そのあとに赤ナスの酸味が肉の脂っこさにさわやかな後口を加える。給仕はコップを二つ分もってきていたので、気の利いた対応に感謝しつつ、茶もすすめた。
 喉も渇いていたらしく、女はがぶがぶと茶を飲んだ。
「そんなに飲むと厠が近くなるぞ。それより、おまえ、名前はなんだ?」
「ングッ。わたしの?」
 飲み食いしながら返事をする。意地汚い。
「そうだよ」
「わたしは、アディレという」
「ふうん。よくわかったよ」
 二人はそれ以上会話せず、もくもくと食事した。黒ムギで作ったパンは咀嚼するのに時間がかかる。どうにか飲み込んで茶で流し込み、先に食べ終えてしまったアディレに聞いてみた。
「まだ食うのか?」
「いや、わたしと決闘してほしいのだ」
 ヴェルンは頭を抱えた。この女はおそらくリザードマンという種族で、彼女らは戦士として名をはせている。彼女たちの厄介な性質の一つに、打ち負かされると、相手を慕って結婚を要求するという習性がある。
 しかし、どうも逃げられなさそうだし、わざと負けるというやりかたが通用しそうにも見えない。彼女はどうも、けっこうな腕前のようなのだ。使い込まれた剣の柄を見れば、おぼろげにわかる。
「わかったよ」
 ヴェルンは食べ終わると、給仕を呼んで、勘定を済ませた。立ち上がり、腰の剣帯を整えた。自分の全財産が入った鞄を背負い、アディレに向き直った。
「来いよ。いい場所がある」
 そのとき、ヴェルンは急に咳き込んだ。
 ひどく咳き込むので、アディレが怪訝な顔をする。
「カゼひいているのか?」
「いや、問題ない。行こう」

 街中での決闘は法律で禁止されている。危ないし迷惑だし、そもそも都市の中では建前上平和が約束されている。
 二人は街はずれの丘にやってきた。低い丘のため、ここからだと街の姿ははっきり見えない。街の高い建物がかすかに見えるだけで、街は街をとりまく林に隠れてしまっていた。
 二人とも丘で、石を拾っていた。
 試合をする場所を整地しているのである。何も言わず働き、邪魔な石をだいたい拾え終えた後、二人は示し合わせたように抜刀し、向かい合った。
「三本のうち、二本先取した方が勝ちだ」
 アディレの提案に、ヴェルンは重々しくうなずいた。正式な決闘では、過度な流血は禁じられている。攻撃は寸止めだ。
「いいだろう」
 二人は円を描いてやがてぴたりと止まると、互いを求めるように見つめ合った。闘志が満ちてくるのを、ヴェルンは感じた。また、アディレも同じだった。
「ゆくぞ!」
 アディレが気合を発すると。
「応!」
 ヴェルンもまた、全力で応えた。
 アディレの持つ剣は、妖しげな輝きを持つ銀色の剣だった。あまり見たことのないものだ。だが、彼女の性質から考えて、魔術的な仕掛けがあるわけではなさそうだ。
 二人は大地を蹴飛ばして間合いを詰め、一閃のもとに切り結んだ。
 一瞬だけ二つの刀身は均衡したが、ヴェルンの剣がねじりこむように潜り、次の瞬間には剣の十字鍔がアディレの十字鍔をひっかけ、すぽんと手から引っこ抜いた。
「あっ」
 ぺしん、と手刀でおでこを叩かれて、アディレはあっけにとられた。かしゃんと、剣がはるかかなたに落っこちる。
「無効にするか?」
 この技は正式な決闘だったら卑怯かもしれないが、れっきとした剣術である。
 アディレは唇をきっと引きむすび、鋭く返事した。
「情けは無用! あなたの先取だ」
 後はなかったが、アディレは高揚していた。この男、全力で戦うに値する男だ。
 しかし、全力で相手に一撃を入れ、寸止めするつもりだったのに。
 アディレは落ちた剣を拾い、仕切りなおした。そのとき、ヴェルンの顔に浮かんでいる表情に気づいた。
 殺気に似ているが、こちらに向いていない。奇妙で不気味な雰囲気だ。やけに張り詰めている。
 不安になったが、相手の策だと思い、アディレは首を振った。雰囲気にのまれてはならない。
 再びお互いに剣を構えた。アディレは構えを下げたが、ヴェルンは上段に構えた。
 じり、と間合いを詰めたヴェルンの気迫に、アディレは押されなかった。
 ヴェルンはそのまま、はるかに離れた間合いから、剣を横薙ぎに振りぬいてきた。
 普通だったらとどかないはずだが、ヴェルンは踏み込みをうまく調節し、飛び込むように間合いへと踏み込んできた。アディレは冷静にしのぎ、ゆっくりとしゃがんでかわした。さらに相手のがらあきの喉への一撃をこらえた。案の定、ヴェルンの太刀は即座に変化し、叩き落とすようにしてアディレの頭部へ襲い掛かってくる。
 実戦でもし即座に反撃していたら、頭を叩き割られていただろう。
 アディレは勝負に出た。すばやく冷静に後ろに下がり、間合いを外した後、リザードマンならではの足腰のバネを生かして、下側から強烈な突きを繰り出した。剣がこすれあって火花が散り、アディレの剣の十字鍔がヴェルンの剣を跳ね上げ、アディレの剣はヴェルンの心臓の前で止まった。
 アディレは違和感を感じた。相手にいまの型へと誘導されたような気がしたからだ。
「わたしの一本だ」
「見事だ」
 釈然としないが、一本は一本だ。
 二人はすばやく距離を取り、にらみあった。次で勝負が決まる。
 そのとき、またヴェルンがひどく咳き込んだ。こんどの咳はなかなか止まらなかった。
「おい、調子悪いんじゃないだろうな?」
 アディレの質問に、ヴェルンはまじめに答えなかった。むしろ挑発した。
「そう見えるか?」
 二人とも剣を正眼に構えた。もう小細工は無用だ。
 ヴェルンが剣を持ちあげたのと同時に、アディレは後ろに足を下げた。恐ろしい速度で放たれるヴェルンの突きを、跳ね上げた剣でぎりぎりでそらし、そのままヴェルンの喉元へと持っていく。勝ったと確信し、アディレは凶暴に笑った。
 しかし、ヴェルンは急に横に踏み込んだので、刃は逸れ、まともにヴェルンの喉をうがった。
 ヴェルンはほっとしたようにうっすらと笑うと、そのまま崩れ落ちた。

 ずっと前から、死にたいと思っていた。
 擦り切れた自分の人生に意味などないと考えていた。
 そして、病を得て、希望も失った。
 ヴェルンは目を開けると、ここは天国なのだろうかと思った。温かく、不安な心持ではなかった。綿ぶとんに包まれているように心地よい。
 自分が天国に行けるなんて皮肉だ。そう思い、自分の首元にしがみついているぬくもりがなんなのか、確認した。
 アディレだ。ヴェルンはまだぼんやりしていた。ああ、あの決闘のあと、彼女は後を追ってしまったのだろうか。
 なんだかすべてがどうでもよくて、アディレの体のぬくもりに身を任せた。
 そのとき、部屋の扉が開く音がして、誰かが入って来た。
「アディレちゃん。もう二日も看病しているんだから、そろそろ。あっ!」
 薄目を開けているヴェルンは、美しい女性と目が合った。悪魔のような尻尾の生えた女で、農婦の恰好をしている。金色の髪と青い瞳がまぶしいが、どことなく妖艶だ。どう考えても魔族だろう。なら、ここは地獄なんだろうか。
「あ、あんた! 彼が起きたよ! アディレちゃん、起きて! 眠っている場合じゃないったら。起きれば看病の疲れが吹き飛ぶから!」
 女性はアディレをゆすり起こした。眠そうにこちらを見たアディレは、はっと目を見張った。
「ヴェルン! 首は? 首は大丈夫?」
「首? 首なら多分。だめだよ」
 あの角度で刃が入ったら、たぶん首が飛んでいるだろう。
「うそ言ってるな! すごいアザがあるけど、ちゃんとくっついているぞ!」
 体が重い、眠ろうとしたヴェルンの顔を、アディレは急に張り飛ばした。
 ぱちーんと小気味よい音がして、見事な手形が顔に残る。女性は思わず口元に手をやって、笑いをかみ殺した。
「痛え」
「寝ーるーな! 謝れ、すぐに謝れ! 神聖な勝負を穢しやがって!」
 もっかいひっぱたこうとするアディレを、女性は後ろから抱き留めて止めた。
「アディレちゃん。その角度からビンタしたら、首に悪いよ」
 ヴェルンはぼんやりとしながらも、すべてを悟った。
「悪かったよ。おれは死のうとしたんだ」
「なんで?」
 アディレがじっと睨みつけてきた。涙目になっている。
「話したくない。とにかく、あの勝負はおれの負けだな」
「そんなわけない。最初の一合でわかったぞ。おまえはわたしよりも強い。相手が強いとわかっているのにそれを認めないなんて、剣士の名折れだ」
 ああ、こいつはこういう性格だったなと思い、ヴェルンは苦笑した。
「おれ、いまどういう状態なんだ?」
 アディレをどうにか横に動かして、女性は彼女を椅子に座らせた。
「あたしが説明するよ。お二人は勝負をしたんだってね。で、剣が首に当たって、あんたはけがをしたってわけさ。でも、この村のお医者様の話じゃ、二日も眠り込むような傷じゃない。それで調べてみたら、あんた、体に病を得ているじゃないか。魔族の世界じゃ治る病気だが、ひどく進行していて驚いたってさ」
「治ったのか?」
 驚いた。あれは進行してしまえば不治の病で、医者も匙をなげたものだ。
「ああ、肺にあった病巣を魔法で治癒したよ。それにしても、そんなひどい状態でよく、ふつうに剣をふるえたね?」
 ヴェルンは頭を掻いた。あの日の朝には吐血していて、もう長くないと思っていたが。
「その件は感謝するよ。すくなくとも、まともな勝負で負けるつもりはなかった。肺に障るほどに激しく呼吸するようじゃ、素人同然だしな」
 アディレはなにやら腹に怒りを込めてこっちをにらみつけているが、やがてこう言った。
「この人は、わたしがお金を建て替えた人なんだ」
 ヴェルンはまばたきし、女性を見た。
「老夫婦と聞いたが。娘さんか?」
「いんや、旦那が目立つのを嫌ってね。年寄りに変装してたの。財布を落としたのは本当だけどね。あのあと幸運にも財布が見つかったから、こっちのお嬢さんを探していたら、黒い恰好の剣士とどっかに行ったっていうじゃないか」
 そのとき、部屋に男性が入ってきた。ヴェルンより年齢が上に見えるが、印象はかなり若々しい。おそらくインキュバスというやつだろうか。金髪で青い瞳の、大陸北方の顔立ちである。
「ああ、ヴェルンさん。起きましたか。あなた、周りの人に心配をかけたことは理解していますね?」
 丁寧な口調で、さっそく叱ってきた男性に、ヴェルンはどうにか頭を下げた。
「ご親切痛み入ります。多大な迷惑をおかけしました」
「よろしい。頭ははっきりしているようだ。アディレさんにも謝ったんですか?」
「そ、それは、まあ」
「あとでたっぷりお礼をしてもらうぞ」
 アディレがやけに憎々しげにそう言った。ヴェルンは最後の疑問を言った。
「ところで、なんで、おれは生きているんですか?」
 その質問に答えたのは、男性だった。
「彼女の剣は、切れないものだったんですよ。魔界の銀を精錬したもので、ね? 人間を制圧することはできても、殺すことはできないのです」
「でも、おまえが変に力を込めてつっこんできたから、アザになってしまったじゃないか」
 アディレは怒った顔のままだが、優しくヴェルンの首元をなでた。
 その感触がやけにぞわっとして、ヴェルンはのけぞった。心地よくて、落ち着かなくなる感触だ。
 夫婦は顔を見合わせてにやりと笑うと、アディレに声をかけた。
「それじゃ、あたしは厨房に居るから、おなかが減ったら来てね。厨房は遠くて声は届かないから、歩いてきてちょうだい?」
「わたしは畑で作業しているので。用事は妻に申し付けてください」
 二人はさっさと外に出て行ってしまった。なにやら示し合わせたような調子があるうえに、セリフに不自然さがあったような。
「おれ、寝るわ」
 寝ようとしたヴェルンは、上にかがみこんできたアディレに無理やり目を開かされた。
「なんだよ」
「ヴェルン、実はわたしとおまえには因縁があるのだ」
「おやすみ」
 目を閉じようとしても、むりやり顔を引っ張られて、眼を開かされた。
「聞けぃ! わたしはお前が強ければ、わたしに勝とうが負けようが、嫁になるつもりでいたのだ。だけど、まさかこんな腑抜けだったとはな!」
「おれは病を得ていたんだ。だから、せめて剣闘の中で死のうと思ったんだよ」
「さいしょは面倒くさそうだったぞ」
「おまえの胸の中で死ねるなら、悪くないと思ってさ。ところで、因縁って何?」
 アディレはむっとしたが、素直に答えた。
「帝国軍による魔物領への進軍はよくあるだろう?」
「ああ」
「わたしは捕虜、というより奴隷になり、貴族の館に売られたことがあるのだ」
「ああ、好事家が魔物を囲うことはわりとあるな。あの国腐敗してるから」
「わたしは捕まってしばらくした後、その家のあるじに犯されそうになった。まあ、むこうとしては奴隷をいじめるつもりでいたんだから、そういう認識じゃないんだろうが。そのとき、おまえがさっそうと窓から現れ、そいつを蹴り倒してくれたのだ」
 そういえば、そんなこともあった。そのときは代行人ギルドから、ある貴族の不正の証拠をつかめば高い金をだすと聞いて、個人的にいけすかない貴族の家に忍び込んだのだ。代行人ギルドは、コネを利用してそういった後ろ暗いこともやっていた。
 けっきょく不正の証拠は掴んだが、思ったよりも帝都の奥深くまで伸びていた陰謀のせいで、代行人ギルドは存続の危機に陥り、ヴェルンはトカゲのしっぽ切りのような形で組織から懸賞金をかけられたのである。
 あのあと、帝都は内戦の様相をきたし、師匠とともに戦いにあけくれたものだ。
「あのときの、か。そういえばそのとき、手籠めにされそうな魔族の娘っ子を助けた気がする」
「十年前のことだ。そのときにはすでに顔に刀傷があるだろ?」
「あるな。これはおれの師匠に付けられた傷で、けっこう昔からあるんだ」
 師匠は女だったが、信じられないほど強い人だった。あのあと、陰謀の渦中でヴェルンをかばい、大隊規模の兵と対峙して亡くなっている。そのとき、50人ほど兵を瀕死の状態に追い込んだのだからとんでもない人だ。殺しはしなかったらしい。
 この刀傷は、まだ甘かったころのヴェルンを戒めるために付けた傷である。
 そんなことを思い出していると、アディレがそっと傷をなぞりながら、こういった。
「わたしを助けてくれた時に、こういったぞ。『次にこんな目に遭いたくないなら。死に物狂いで強くなるんだな』って」
「ああ、言った。言った。って、おまえ、そんときの?」
「そうだ!」
 アディレはヴェルンにのしかかると、柔らかく抱きしめた。
「ずっと会いたかったんだ。でも、おまえはわたしを魔物の村に預けると、どっかに行ってしまったし。それ以来、わたしは剣の腕を磨いた後、育ての親から自立して、諸国をめぐったのだ」
「しかし、なんでおれなんかを追い回していたんだよ」
「わからないの? これだけ言っているのに?」
「いや、まあ、なんとなくは」
「そのとき、おまえのことが好きになったのだ。それではいけないか?」
 べつにいけなくはない。だが、ヴェルンはそっとアディレをおしのけた。
「おまえ、若いんだからそう早まるなよ。おれなんざ、たいした男じゃない。今年で35だし」
「こともなげに、自分のパンを半分に割って分けられる人は、信じられるというぞ。それに年齢はたいしたことないだろ。35ならまだ若いし」
「パンを半分にって、聖典の言葉か? だからってなぁ?」
 アディレはふたたびヴェルンを抱きしめると、彼女の早鐘のような鼓動が伝わってきた。ヴェルンの手を探り当てて掴むと、互いの手は汗ばんでいた。
「わたしがおまえを信じているから、それでいいのだ」
「人違いかもしれないぞ」
「違う。あなたこそ探し求めた人だと、わたしの魂がそう告げている」
 魔族の直感は当たる。読者にのみ告げておくが、この出会いこそ真実である。
 いやおうなしに唇を奪われた。柔らかく包み込んでくれるような口づけだ。
 ヴェルンは頭がまっ白になっていたので、ただ受け身に徹した。
 アディレはヴェルンの顔を起こそうとはしなかった。首を気遣っているのだろう。
 唇が離れると、互いの呼気を感じた。こころなしか甘いような気がする。
「ヴェルン、わたしといっしょにいてくれないか?」
「勝手にしてくれ。おまえが助けてくれなきゃ、肺の病であの世行きだったしな」
「じゃ、するぞ? していいか?」
「は? ここで? 人ん家だぞ?」
「さっき、あの二人は、どんなに大声出してもいいって言ってた」
 たしかにそのような意味合いにもとれるいいかただった。
「しかし、布団を汚したら失礼だろう?」
「大丈夫。一滴もこぼさないから」
 もういいや、とヴェルンは思った。首の傷がみょうに甘くうずく。魔族の銀は人間を発情させる作用がある。いくら押し問答しても彼女は引かないだろう。
「悪いけど、首が痛いんだ。配慮してくれるか?」
「うん。どうしてほしい?」
「まず、用足しに行かせてくれ」
 アディレはちょっと期待外れと言いたげに頬を膨らませたが、頼みを聞いてくれた。
 歩くことは問題なかったので、肩を貸してもらい、いったん部屋の外の厠へと行き来して、とりあえず目的を遂げることはできた。
 
「とりあえず、枕に寄りかからせてほしい」
 部屋に戻って、アディレはまず布団をどかして畳むと、さっそく気遣ってくれた。
「寒くないか?」
「いまは夏だよ。ここは涼しいが、寒くはない」
 いつのまにか着せられている寝間着は、窮屈だった。あの旦那さんの服だろう。
「次はどうしてほしい?」
「服は途中まで脱げるから、おまえも脱いでくれ」
「くふふ。積極的だな」
 とりあえずアディレが脱がしてくれた。自分は上にチュニックしか着ていなかったらしく、すぐ上半身は裸になった。
「うわ。刀傷だらけだ。矢傷みたいなのもあるぞ」
「前にも背中にも傷があるんだよ。人生いろいろあったからな」
 アディレはにっと笑うと、思い切りよくチュニックを脱いだ。さっきから形の良い胸がゆったりとした服に隠れていたが、さらしを巻き付けた胸が揺れながら露わになる。
うっすらと鱗の浮いた腕がつややかで、日焼けあとの薄い腹がなめらかなのが、艶めかしかった。
「ふふん、わたしの傷は前にしかないぞ」
「ほほう。さらしのせいでよく見えないな。よく見せてみろ」
 アディレがするっと結び目を解くと、ぱさりと布が落ち、乳房が露わになった。彼女はずいとヴェルンに近寄ると、煽情的に片手で乳房を持ち上げて見せた。
「触ってみる?」
「うむ」
 二人は膝を交えて、限界まで近づいた。ヴェルンはそっと手を伸ばして、両手を彼女の腰に当てた。
「む、腰?」
「いきなり胸ってのは無粋だろう?」
「そういうものなの?」
「おまえ、経験ないの?」
 アディレはしばらく沈黙した後、うなずいた。
「うん」
「おれは、まあ、ないこともないから、ひとまずは任してくれ。痛くしないから」
 じつは女性を抱いたことは何度もあるのだが、そのことは言わない。
 腰をやさしく何度か撫でると、アディレは鼻にかかった声でつぶやいた。
「くすぐったぁい」
「じゃ、もうすこしゆっくり。あと、ゆっくり向きを変えて、俺に寄りかかってくれ。そっちのほうがやりやすい」
 ヴェルンが腰を撫でている間に、アディレは向きを変えてそっと寄りかかった。ふたりの視線が交差し、互いの潤んだ瞳を見つめ合う。
 気づけば、ふたたび口づけを交わしていた。今度は舌を絡めるような、密接な口づけだ。互いの口の中を探っているうちに、官能的な気分が高まっていく。
 二人は互いの体を探り合い、ときおりささやき合って、お互いの体のことを褒めたりした。そうしているうちに、ヴェルンは彼女の胸をそっと包み、揉み始めた。
 アディレは彼を思って自慰をしたことがあったが、そのときに自分で触れたのとは比べ物にならないほどの満ち足りた気持ちが、胸にせりあがってきた。
 そしてヴェルンが乳房から乳首へと手を移し、そっとつまんだ時、アディレは思わず喘ぎ声をあげた。
「痛いか?」
「ん、んん。気持ちいいから続けてよ」
 ヴェルンは黙って続けた。アディレはさすがに剣士といったところで、呼吸を保ち、ときおり体をくねらせて、気持ちよさそうに甘い声を上げた。
 ヴェルンとしても、見ていて面白かっのでずっと続けたかったが、途中でアディレが身を震わせると、しがみついてきた。
「どうした?」
「う、ちょっと、イっちゃってる」
「感覚が鋭いな」
「それ、いい誉め言葉だな」
 ヴェルンは彼女が高ぶって敏感になっているとわかっていたので、気持ちが静まるまで抱きしめてあげた。
 しばらくしたあと、アディレの方から身を離した。
「こんどはわたしの番だな」
 アディレは尻尾穴のついたズボンごと下着を脱いで、髪を留めている紐を取り払った。ぱらりと髪の毛が広がった。
 それから、やさしくヴェルンのズボンをするんと脱がす。はげしくたくましく立ち上がっていたものが、跳ね返るようにそそり立った。
「わお。いいものを持っているじゃないか」
「そりゃどうも。おまえも、とてもきれいだよ」
 二人は互いの体をまじまじと見た。アディレは男性器を見たことが無かった。思ったよりも面白い形をしている。
 ヴェルンは、毛の生えていないつるつるの女性器をみて、より股間が硬くなるのを感じた。ふたりは座り込むと、互いの性器を見比べた。
「ねえ、これからどうする?」
「うむ。おれ、体をうまく起こせないから、おまえが上に乗ってくれ」
「大丈夫?」
「べつになんでもない」
 アディレは素直に指示に従い、体を預けてきた。
「ちがう、おまえは体をむこうに向けて、おれの顔に尻を向ける形で」
「あ、そうか。なるほど」
 尻をこちらに向けられる形になると、アディレは目の前に立っているものをじっくりと見た。
「意外と汚れてないな」
「失敬だな。お前と戦う前日には公衆浴場に行ったから」
「ま、へんなものでよごれているわけじゃあないし。何の問題もないけど」
 そんなことを言いながら、二人は互いの匂いを嗅いだ。わずかに蒸れたような匂いが、やけに煽情的で好ましく感じる。
 ヴェルンはアディレの尻をよく見た。尻尾がぴんと立ち上がっていて、肛門と性器が丸見えだ。尻尾の根元にはうっすらと鱗が生えている。ヴェルンは彼女の尻をやさしく撫でた。
 先に口にしたのはアディレの方だった。先の割れた舌でちろちろと男性器を舐める。つるつるとした舌先が性器の雁首に入り込んで、ぞくぞくするような快楽を生み出した。
「お、おお。上手いな」
「ただ舐めてるだけだ。それより、わたしにはしてくれないの?」
「よく観察していたんだよ。それが肝心だ」
「ふうん」
 ヴェルンはアディレの陰核の位置を確かめると、包んでいる包皮の上から軽く触れ始めた。それだけでアディレの口淫のペースが乱れ、体を震わせた。
「あ、うあ」
 ヴェルンは彼女の尻尾を柔らかくつかむと、マッサージを始めた。それがたまらなく心地よいらしく、アディレは甘い声を漏らす。
「う、いい、すっごく気持ちいい。エッチな気持ちよさとちがうけど」
「どんな感じなんだ?」
「安心する。ほら、尻尾って敏感だから」
「こっちのほうはどれくらい敏感なんだ?」
 ややつよく陰核の包皮を押すと、アディレは小さく叫んだ。かなり気持ちよかったらしい。ぐりぐりと押してやると、さっきまでにすでに濡れていた性器から、ねっとりとした透明な液体があふれてくる。愛液だ。
「だ、だめ、きもちぃいよぉ」
「お口がお留守だぞ」
ヴェルンは男性器を突っ張って、アディレの唇を叩いた。
「ふあっ」
「ほら、はやくしてくれ」
 アディレは意を決すると、牙を彼の性器に突き刺さないようにして、くわえ込んだ。
 リザードマンの舌は柔軟なので、すっぽり口に包んだ状態で、男性器を舐めまわす。
「うおお! なんだその技は、卑怯だぞ」
「むふふ」
「そんなにされたら、出ちまうだろ。それに、息苦しくないのか?」
 返事せず、アディレは勘を頼りに、彼が絶頂しないようにせめ立てた。彼の睾丸が、もどかしそうにあがったり下がったりする。
 ヴェルンも、十分性器が馴染んだと判断し、包皮を剥いて陰核を露出させた。それを舌先で転がしてやると、アディレは喉元で叫び声をあげて、体を震わせた。
 どっと愛液がしみだしてくる。
「アディレ、おれ、一度イきたいんだが」
 アディレは了解したらしい。舌先で性器を舐め、絶頂へと導いてゆく。
 同時に、アディレの絶頂も近かった。ヴェルンは冷静にペースを乱さず、リズムよく彼女の陰核を刺激し続けた。
 ヴェルンの射精は劇的だった。腰が爆発したかと思った。あまりのことに、アディレの尻を強くつかんでしまった。アディレは発射の前に少し顔を後ろに下げ、口の中に空間を作った。そして、射精している間、どくどくと流し込まれる精液を飲み込みつつ、ヴェルンの亀頭をやさしく舌で愛撫していた。
 ヴェルンが余韻に浸っている間、アディレが遅れて絶頂した。力を少し失った男性器を口に含んだまま、ヴェルンの両足にしがみつく。がくがくと彼女の腰がゆれるたびに、愛液がぽろぽろと滴った。ヴェルンはそれが甘露のように甘いことに気づき、残さずなめとった。
「も、もういいぞ。楽にしてくれ」
「うん、気持ちよかった」
 余韻が終わり、アディレはヴェルンからいったん離れて、それから彼と抱き合った。目と目を合わせ、お互いの体液の臭いがする舌を絡ませて、互いをむさぼった。
「ヴェルン。いいな?」
 顔を離したアディレは、覚悟を促した。
「ああ、好きなようにしてくれ」
 全面的に任されたアディレは、ぬるぬるの性器をまずヴェルンに向けた。
「はじめてで怖いから、ちょっとほぐす」
「おう、よく見せてみろ」
 ヴェルンは自分の性器をつかみ、まじまじとアディレの性器を見つめた。すでにヴェルンの男性器は立ち上がってきている。
「ちょっと待ってろ」
 アディレは性器に指を入れると、ゆっくりとかきまぜた。どうも、あまり奥まで指が入らないらしい。
「指、それより入らないのか?」
「ごめんな、これより深く入れたことないんだ」
「そうか。指で処女膜を突くと痛いだろうから、そっとな」
 ほぐしているうちに、ヴェルンの用意は整った。アディレも覚悟を完全に決めて、ヴェルンにまたがった。ヴェルンがちゃんとクッションに頭を預けているのを、彼女は確認した。
「上からだから、ヴェルン、じっとしていてくれよ。へたするとチンコ折れるからな」
「おう。動かないさ」
 モノを折られたらたまらない。アディレはやや斜めから男性器を女性器に挿入した。案外するする入ってゆき、一定の障害に当たった。
「あ、これより入んない」
「どうする?」
「わたしが押し込む。おまえは変わらず動くなよ。私が横に倒れたら、すっごく危ないから。おまえ首動かせないから、ほんとうにチンチン折れるからな」
「はいはい」
 アディレは体重をかけて、ずちゅりと一番奥まで性器を押し込んだ。二人の魂と感覚が、性器を一点につながった気がした。二人してものすごく満ち足りた気持ちになる。
「い、痛くないか?」
「わたしは問題ない。たっぷり時間かけてほぐせば平気っていうし」
「そうでもないぞ、個人差がある。まあ、よくやったな」
 まだ勃起が十分でなかったので、ヴェルンはその旨を伝えると、アディレは上からのしかかり、ヴェルンの首をしっかり支えた。
「この姿勢で腰を動かすから、お前も動いていいぞ」
 アディレの提案がありがたかった。この姿勢なら、ヴェルンが下から突くこともできるし、疲れたら交代でアディレが腰を打ち付けることができる。
 そして二人は、忠実にその取り決めを繰り返した。ヴェルンが腰を叩きつけるたびに、アディレはすごい嬌声をあげて、それでも視線を外さなかった。彼女のこぼしたよだれが滴って、ヴェルンの頬に落ちる。
「ヴェルン、わたし、わたしぃ、幸せだよぉ」
「ああ、おれもだ」
 ヴェルンが疲れて腰を止めると、今度はアディレが動いた。腰を激しくくねらせて、男性器をしごきあげる。そうしたことを繰り返しているうちに、お互いの思考がとろけてきて、もうよくわからなくなってきた。あまりにも気持ちよかった。
「ヴェルン、あなたの腰の動きでイきたいの。次でイかせて? イきそうなの!」
 最後の一仕事だ。ヴェルンはさすがにちょっと疲れていたが、腰をくねるようにリズミカルに振り、彼女の子宮口を叩いた。アディレはヴェルンの名を叫び、ヴェルンは射精する瞬間、アディレの背中を抱きしめて、彼女の名前を呼んだ。
 射精する感覚とともに魂が抜けていくような脱力感に襲われた。アディレは気持ちよさのあまりに痙攣し、よだれを垂らして視線を明後日の方向にをむいたまま、ひくつく子宮が精液を飲み込んでいくのを感じていた。魂が喜んでいるのが分かった。
 アディレは意識があいまいになり、眠くなってきたヴェルンとともに、夢の中へと落ちていった。
 ふたりはそのとき、これまでの人生でもっとも幸せな夢を見たという。二人の特徴を持った子供を間に挟んで、笑いあっている姿だ。ふしぎと、二人して同じ夢を見たという。

 三年後。
「ヴェルン、そうじゃないんだよ。キノコ栽培ってのはね」
 すっかり口調が柔らかくなったアディレに、説教されるような形で、ヴェルンは苦笑していた。彼の膝には、まだ物事がわからないほど幼い子供が座り、ヴェルンの頬を引っ張っている。二人とも剣術はまだ続けているが、娘との会話をしているうちに、アディレは武人言葉でしゃべるのをやめてしまった。ちょっともったいない。
 おととしのはじめに生まれた子供は、すくすくと育ち、アディレをやきもきさせている。かなり冒険心の強い子どもで、やんちゃというわけでないが、目が離せないのだ。
 いま、親魔物国の辺境の村で、二人は農家をして暮らしている。けっきょくあのあと、あの老夫婦に扮していた夫婦〈年齢不詳〉の住む村に居ついてしまったのだ。夫婦とはいまでも懇意で、いろいろと世話してくれている。旦那の方はかなり学識がある人で、ヴェルンとアディレに本も貸してくれた。奥さんの方も、子どもが生まれてからはより頻繁に世話を焼いてくれた。
 農家をやるのは、ヴェルンのおぼろげな目標だった。もし剣を捨てることができたら、農家になりたいと思っていた。帝都の孤児で、代行人ギルドに育てられた立場であるヴェルンには、それしか夢が無かった。
 いまは、妻がいるし、子宝にも恵まれた。村人の協力のおかげで農作業もそれなりにこなせているが、キノコというやつはどうにも育てにくくて苦手だ。
 アディレの故郷は小さな洞窟で、キノコ栽培が目玉の小さな共同体だったそうだ。アディレの得意なことがキノコ栽培であることは、割と後に知った。
 リザードマンという連中はどうにもキノコが好きらしく、村であてがってもらった家の裏手にあるちっちゃな洞窟で、アディレはせっせとキノコを育て、収穫してはいろいろと料理してくれている。彼女の作った塩漬けキノコは、よいダシがでるとのことで、街の料理店で人気があった。
 おいしいのだが、ちょっと味が淡すぎるところがある。リザードマンは濃い塩味が好きだが、キノコ自体は淡い味なのだ。
「聞いてる?」
「ん、聞いてるよ。濡れたムシロのかけかたにコツがあるんだろ?」
 キノコを発生させるときに、丸太などに草で織った濡れムシロをかぶせることがあるのだ。
「そうそう。あっ」
 二人の娘がアディレにくっついて、胸を探った。お乳が欲しいのだろう。
「もう、まだ乳離れできないの。どうしてだろ」
「ほかにウマイものがないんじゃないか」
 娘はキノコ料理ばっかり食べさせられることが気に食わないらしく、このごろは肉を要求する。キノコは肉より体にいいのだとアディレは言うが、娘はしょっちゅうわがままを言う。
 アディレは娘に乳をやりながら、ヴェルンに言った。
「あーあ、ヴェルンもお乳が出れば、おっぱいをあげるのを任せられるのに」
「よせやい、似たようなものなら出るが、さすがに娘に飲ませられんわ」
「んふふ、それはわたしが飲みたいなぁ」
 にっこりと笑って、アディレはヴェルンを見つめた。彼女はあと一年ぐらいで第二子がほしいと言っている。
「あとでな。それより、おまえの一族の、キノコ栽培の話をしてくれよ」
 アディレはうなずくと、胸が揺れて、母乳が娘の口からこぼれた。ヴェルンがハンカチで拭いてやる。
 アディレが歌い始めた。童謡の形式で歌い継がれた、リザードマンの農業の作法が、喜劇的な調子で語られる。
 調子のいいリズムに体をゆすっている娘の頭を撫でてやり、ヴェルンは満ち足りて微笑むのだった。

                                fin
19/01/09 04:08更新 / ひさかた ゆい

■作者メッセージ
初の短編です。エロ描写も内容もへたくそで申し訳ない。
アディレとヴェルンに関しては作中で全部語った感じですが、この後二人はのんびり暮らしていくんじゃないかと思っています。四季折々でキノコ育てたり、ときに嫁さんがキノコにむしゃぶりついたりしながら。
最初の設定みたいなものは、参考の読み物として楽しんでいただければ。創作規約に抵触しないように書いたつもりですが、不備があったら消します。
いちおう設定の元ネタは、作者の読書経験からでているのですが、健康クロス氏の著作からいじってネタを拝借したような場所もあります。
それでは、次回作でお会いできれば!

くろとらさんから感想をもらったよ!
おたよりによると、ヴェルンはバルド・ローエンなる老騎士に似ているとか。
たしかにおっさん感あふれる男ですよね。
ちなみに、作中の料理はモデルがあったりなかったり。
いいかげんに楽しんでください。
飯テロ感は大事なので、これからも前向きに書いていきます。

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