真作
ネクロ・カオスの複製が八人にニャルラトホテプ、普通ならば勝てる気がしない戦いではある。
だがクレメンスはこの世界を、否、クローンたちや魔物の歪めらた運命を救うためにニャルラトホテプを倒さねばならない。
「・・・集中しろ」
まずクレメンスはレーザーピストルでネクロの複製を狙い撃つ。
彼は仙気の電撃で火炎弾を阻もうとしたが、火炎弾はそれ以上の威力で複製に突き刺さり、爆発炎上させた。
『なっ!、馬鹿なっ!』
「次だっ!」
左右から挟み込むような形でクレメンスに斬りかかる二人の複製。
「でやあっ!」
今度はプラズマブレードとプラズマナイフを作動させて二人の斬撃を受け止める。
「燃え上がれっ!」
瞬間、プラズマブレードとプラズマナイフから炎の仙気が走り、複製二人を燃やし尽くした。
『なんだっ!、あの力は・・・」
「三人目っ!」
立て続けにやられて警戒しているのか、次は二人が遠距離から雷を放ち、一人が斬りかかる戦法だ。
「その程度でっ!」
手早く斬りかかってきた複製を一刀両断すると、今度はレイザーディスクを投擲する。
「当たれっ!」
二人ともレイザーディスクを躱したはずだが、炎の仙気を纏ったレイザーディスクは生きているかのように動き、後ろから複製を切り裂いた。
「六人っ!」
不意を突くように後ろから斬りかかってきた複製と、正面から突っ込んできた複製。
いずれも炎の仙気を纏ったプラズマナイフを投擲し、爆発炎上させた。
『馬鹿な、あり得ん、貴様のようなただのクローンが、いかにクトゥグアの力を得たとは言えあり得んっ!』
「クローンだって、生きている」
クレメンスは、いままで生命を弄び、自身の楽しみのために混沌を撒き散らしていた邪神に近づく。
「生きている以上、心がある、その心こそが、クローンの、否、生きとし生ける者全ての切り札」
ゆっくりと近づくクレメンスに、底知れぬものを感じるニャルラトホテプ。
『馬鹿な、余がかつて『契約の大英雄』に敗れたのは、必然だと言いたいのかっ!』
電撃を放つニャルラトホテプだが、そんなものでクレメンスは止められない。
「消えろ去れ、ニャルラトホテプっ!、そしてアザトースの玉座に帰れっ!」
プラズマブレードに炎の仙気が渦巻く。
雄叫びとともにクレメンスがプラズマブレードを振るうと、切り裂かれた箇所から凄まじい炎が漏れた。
『ば、馬鹿なあああああああああああああああああっ!!!!」
輝く炎は一瞬にしてニャルラトホテプを燃やし尽くし、チリ一つ残らないまでに焼滅させた。
「やった?」
アミルの言葉にクレメンスは頷いた。
「ああ、『這い寄る混沌』ニャルラトホテプの最後だ」
プラズマブレードを片付け、クレメンスは嘆息した。
「やったな、クレメンス」
飛行戦艦が不時着し、中からリザードマンのヴィルヘルミナが出てきた。
「ネクロ・カオスが消えた以上、近々人間との和平も成るだろう」
クローンを扱い、魔物と戦っていたネクロ・カオス=ニャルラトホテプは消え、この世界も正常に動き出すだろう。
クローンコマンダーが足早にクレメンスに近づくと、握手を求めた。
「貴方は、我々タイプKクローンの英雄です、良ければ認識番号を?」
がしっとクレメンスはクローンコマンダーと握手を交わすと、微笑んだ。
「人間、クレメンス・ビスマルク、認識番号以外の名前を、貴官も考えると良い」
敬礼するクローンコマンダーとクローン兵士達に向かってクレメンスも一礼すると、魔物たちの方を見た。
「ヴィルヘルミナ、アミル、私は、もう行かなければならないようだ」
ルミヤを担ぎ、ゆっくりと宙に舞い上がるクレメンス。
クトゥグアの力を宿し、仙気を振るうクローンに別の次元のエンジェル、あからさまにイレギュラーな二人がいるわけにはいかない。
「クレメンス・・・」
アミルは涙を浮かべながらクレメンスを見上げた。
「ありがとう、私が心を取り戻せたのは、貴方のおかげだ」
ヴィルヘルミナもまた、名残惜しそうにクレメンスを見つめている。
「君は本当によくやってくれた、君こそまさに英雄だ」
空に現れた赤いサークル、アミルとヴィルヘルミナに見送られ、クレメンスは未来世界を後にした。
「さらばだ、英雄よ・・・」
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「よう、良くやってくれたな」
いくつもの星々が浮かぶ空間、クレメンスの前にはクトゥグアがいた。
「ニャルラトホテプもしばらくはこちらの世界には来ないはずだ、コテンパンにしてやったからなあ」
しかし、とクトゥグアは続ける、ゆらりと宙に浮かび上がり、こちらを見つめるその間にクレメンスは殺気を感じた。
「奴はまた戻ってくる、その時俺は奴を迎え撃つために三次元で活動可能な、お前さんの肉体を貰いたい」
ゆらっとクトゥグアの姿がかき消え、数千キロはありそうな巨大な炎の狼の姿に変わった。
『わかんないか?、つまり、死んでもらうぜ?、クレメンス・ビスマルクっ!』
咆哮とともにクレメンスの全身が炎に包まれる。
「っ!、仙気が燃えているっ?!」
『真火遁奥義『誅仙炎滅』、仙気が強ければ強いほどにお前さんは燃え上がる』
仙気はあらゆる生命に宿る、これでは防御すら出来ない。
『終わりさ、せめて苦しまねぇように滅ぼしてやるよ』
これは、助からないかもしれない、身体を内側から焼かれては、もうどうしようもない。
「なんじゃ、だらしないのう・・・」
闇の中、すぐ近くに京劇姿の幼女がいた。
アミルを助け、クローン兵を片付けたあの幼女だ。
「まあ、そうじゃな、仙術は心の有り様に依存する、汝がそんなでは、クトゥグアには勝てぬな」
勝手なことを言う、クトゥグアはニャルラトホテプに匹敵する力、そんなの相手に一人で勝てるわけがない。
「ふっ、汝は一人ではない、汝の身体には、たくさんの人間の仙気があるはずじゃ」
仙気、そうか、イミテーション・ヒューマンは数多くの人間の遺伝子を掛け合わせて造られている。
「そうじゃ、汝の内には、九重も、ダムドも、林士郎も、零二も、ランスロットも、マヴロスも、みんながいるのじゃ」
そうだ、ここで負ければ、もう二度とルミヤと会うことは出来ない。
もう一度ルミヤと会い、またあの素晴らしい世界で生きる、そのためには。
勝つのだ、勝ってクトゥグアに目にものを見せてやるのだ。
「そうじゃ、それで良い、汝の戦いはこの妾、通天教主が見守っていることを忘れるな」
ゆっくりと立ち上がるクレメンスを見て、クトゥグアは驚きを隠しきれなかった。
『まだ、立てるっつーのかい』
仙気を燃やし尽くし、もうクレメンスには闘う力はないはず、にも関わらず彼は立ち上がった。
『どうしてだ?、そんなに命が惜しくなったのか?、なまじ心を取り戻したばっかりに・・・』
「違う、私は、生きたい、生きて心の底から、未来を、平和な明日を見届けたい」
プラズマブレードを引き抜き、起動させるクレメンス。
「人間と魔物、神族の行き着く先、それがニャルラトホテプの生み出すような、破壊的な混沌であるはずがない」
そうだ、生きるのだ、生きて生きて、ルミヤとともに明日を生きるのだ。
『はあ、やっぱ心を持った人間っつーのはぱねぇな・・・』
呆れたように呟くクトゥグアだが、譲るつもりはないようだ。
「行くぞクトゥグア、これが最後だ」
口から火炎を吐くクトゥグア、だがクレメンスは水の壁を張り防御した。
『むっ!、水遁だと』
「次はこれだっ!」
水の壁を解除すると、クレメンスの周囲に無数の武具が渦巻く。
『金遁っ!、お前は一体・・・』
飛来する武具を燃やし尽くすクトゥグアだが、いつの間にか身体中を頑強な蔓が拘束していた。
『ぐあっ!、木遁だと?、何故これほど自在に仙術を・・・』
蔓を引きちぎるクトゥグアだが、いつの間にか今度は大地の割れ目に飲み込まれ、首だけしか動けない。
『土遁まで、お前は・・・』
「終わりだ」
クトゥグアの額の上で拳を振り上げるクレメンス。
「臥龍焔掌っ」
クレメンスの一撃を受け、クトゥグアの全身にヒビが入る。
『まさかこの俺が人間に封滅されるたあ、な?』
じっとクトゥグアはクレメンスを見つめたが、やがてふっと微笑んだ。
『ふん、これも願った結末の一つ、ニャルラトホテプを倒した男、お前さんの中で眠るのも、悪かなさそうだ』
やがてクトゥグアは砕け散ると、光の粒になっていく。
光はやがて炎の礫になると、クレメンスの体内に取り込まれ、やがて消えた。
瞬間、ガラスをひっかくかのような音がして、クレメンスは懐かしい世界へと帰還した。
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極神都市ゼボイム、香月邸にたどり着くと、なんだかクレメンスは泣きそうになった。
こちらの世界では消えてからさほど時間は経っていないのだが、体感時間では数日、しかも死闘まであったのだ。
「ただいま」
香月邸に入り、ようやくクレメンスは生き抜けたことを実感した。
生きているとは素晴らしい、心があるとは素晴らしい。
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それから数ヶ月が過ぎ、ゼボイム士官大学校。
クレメンス・ビスマルクは、その研究室で、オーバーテクノロジーの開発を任されていた。
「やはり、まずはプラズマブレードからかな?」
異世界の未来世紀から持ち帰ったいくつかの武器の解析、それがクレメンスの仕事だ。
実は未来世紀の武器で、ゼボイム製の試作品は幾つか出来ている。
彼のよく知る赤い光刃のプラズマブレードに魔界銀由来のクリスタルを組み込むと、青い光刃に変わった。
これは魔界銀の武器と同じで、肉体を傷つけずに、魔力のみを奪える優れものである。
さらには愛用のレイザーディスクも手を加え、ナノテクノロジーで再構成して研磨された魔界銀により、極めて軽い武器となった。
「どう?、クレメンス、調子は?」
近くでレーザーピストルを弄っていたルミヤがクレメンスに話しかけた。
「もう少し、ですね、レーザーピストルやビームマシンガンはまだまだ時間がかかりそうです、ゆっくりとやりましょう」
ふとクレメンスが顔を上げて、窓の外を眺めると、空の果てで美しい魔物が少年を抱きかかえているのが見えた。
未来世紀の時代はまだまだ先である、しかしその未来が、魔物と人間、神族の戦いの未来である必要はないはずだ。
みんなが笑える未来、そんな未来が、クローンを使い戦いに利用する代わりに来れば良い。
そうクレメンスは思いながら空を眺めていた。
16/07/11 07:30更新 / 水無月花鏡
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