舞踏
眠りに落ちた後、気づくとクレメンスはどこかわからないところにいた。
いつのまにやら、畳の部屋に立ちつくしていたのだが、何故ここにいるかさっぱりわからない。
部屋の中にはたくさんの本棚があり、教科書が並んだ学習机、部屋の隅には布団が積まれている。
「よう、やっと来たんだな?」
いきなり声をかけられ、振り向くと、椅子に美しい少女がいた。
赤い狼の被り物に、真紅の毛皮、さらには炎のような髪にルビーを思わせるような瞳、まるで燃えるような色合いの少女だ。
「ちーっとばっかし、試させてもらうぜ?」
突如として部屋がかき消え、いつの間にか空間が、道場のような場所になっていた。
「火遁仙術『業火爆炎』っ!」
いきなり凄まじい炎を放つ少女、クレメンスはすぐさま動きを見切り、躱す。
「やるじゃねぇか、こいつはどうかな?」
ふわりと宙に浮かび上がると、火炎の弾丸を隕石のように放つ。
「火遁仙術『紅蓮指弾』」
凄まじい量の隕石に弾き飛ばされ、クレメンスは地面を転がる。
「ぐおっ!」
「火遁奥義『臥龍焔掌』」
火炎を纏った一撃を受け、クレメンスはついに吹き飛ばされた。
「ははあ、やっぱ、心に枷をされてたら結局こんなもんか・・・」
何やら少女は言っていたが、満身創痍のクレメンスには、何も聞こえていなかった。
「クローンでも夢を見るようになったみてぇだな、クレメンス?」
気づくといつの間にやらクレメンスは無傷で先ほどの部屋にいた。
にやり、と少女は笑ったが、クレメンスからすれば何がなんだかわからない。
「ここはどこですか?」
「答えは簡単、お前さんの夢の中さ」
短く応じた少女だが、クレメンスは首をかしげた。
「夢?」
「そうさ、人間なら誰しも夢を見る、どんな夢かはわかんねぇ、現実的な夢かもしれねぇ、幻想的かもしれねぇ、もしかしたらエロい夢もみるかもな?」
からからと少女はしばらく笑っていたが、やがて真剣な瞳でクレメンスを見た。
「お前さんには二つの『リミッター』がかかってる、今両方が解除されそうになっている」
夢を見るようになったのはその影響、と少女は告げた。
「イミテーションヒューマンだから、兵器だからあったリミッターだが、これが外れりゃあお前さんも普通の人間と変わんねぇ・・・」
「リミッターとは何ですか?」
クレメンスの問いかけに、少女はいたずらっぽく笑った。
「まっ、そのうちわかるさ、何せ今は管理する奴が居ないせいで、外れそうなんだからよ?」
椅子から立ち上がると、少女はゆっくりとクレメンスの前に立った。
「今はあのエンジェルと頑張れば良いさ、けどリミッターが外れたその時は・・・」
瞬間、部屋が眩しい光に包まれ、何も見えなくなった。
「俺の天敵を倒してもらう、人間の力でな、その後お前自身を貰い受ける」
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「・・・もう、朝か」
クレメンスは、気づくとベッドの上で天井を眺めていた。
ゆっくりと身体を起こすと、軽くため息をつく。
香月邸の客間、寝る前にそこを借りたのだが、人間しか見ないはずの夢を見た。
クローン兵は夢を見ない、睡眠中は特殊な機械に入れられ、身体を回復、維持する。
その間も夢を見ることはなく、意識を遮断されて、次の出撃まで眠る。
「・・・リミッター」
ふと、クレメンスはその時にあの少女の言うリミッターが維持されていたのでは、と思った。
リミッターが何を意味するかはわからないが、クローン兵にとっては重要なものかもしれない。
ならば毎日点検し、掛け直せるようにするのが至極当然のことだ。
しかし、今はそんなことを考えていても仕方ない。
クレメンスは、ゆっくりと立ち上がると、洗顔でもしようと部屋を出ていった。
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「クレメンスじゃない、おはよ」
居間にはすでにルミヤがおり、なにやらチラシを見ていた。
「おはようございます、輝夜さんはいずこへ?」
「輝夜さんならとっくの昔に起きて、買い出しに行ったわよ」
すっ、とルミヤが指差した先には、一人分の朝食が用意されていた。
「あれはクレメンスの分、食べたらまた外へ行くわよ?」
にこりと笑うルミヤ、どうやら今日も忙しい一日になりそうだ。
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朝のゼボイムは、たくさんの人で溢れていた。
それもそのはず、ゼボイム神殿の祭礼の影響で、今日は夜からあちこちに出店が出るのだ。
そのため、今日は朝早くから夜の祭りに向けて準備が進んでいるのだ。
「ゼボイム神殿は狼の神、フェンリルを祀る神殿なのよ」
フェンリル、『大地を揺るがすもの』という意味か、ゼボイム神殿の両脇には狼の彫像が並び、いずれも瞳に紅玉が嵌められていた。
神殿へ至る参道を歩きながら、クレメンスはいくつもある彫像を眺めた。
「フェンリル、とはいかなる神なのですか?」
しばらく考えこんでから、ルミヤはクレメンスの問いに答えた。
「何でも南の魚座から来る巨大な狼みたいよ?、人間も魔物も歯牙にもかけないけど、時には人間に力を貸すらしいわ」
ルミヤ曰く、一年に一度、かの神の住処たるフォマルハウトが定位置に輝く時に、この祭礼は行われるのだと言う。
さて、神殿の近く、普段は参拝者の休憩所に使用されている建物に、何やら張り紙がしてあった。
「舞踏会があるみたいね、クレメンス、出てみない?」
「舞踏会、ですか」
クレメンスは踊りをしたことがない、当たり前ではあるが戦う知識を優先的に頭に入れるためだ。
故に戦術を高める一環としてチェスは知っていたが、すごろくやダンスは知らないのだ。
「ええ、貴族も市民も参加できるみたいよ?、参加は自由らしいわ」
元々はフェンリル神に対する祭祀の意味合いを持つ奉納神事であったのだと言う。
四方を四色の炎で囲まれた神殿内で神官による舞踏を奉納するのが本義だ。
しかし現在ではその祭礼は変わらず行われながらも、住民参加の舞踏会も開催されるのだ。
「出てみない?」
ルミヤの誘いに、クレメンスは微かに頷いた。
「貴女がどうしてもと言うならば・・・」
くるっとルミヤはその場で回転してみせると、クレメンスを指差した。
「決まりね、ならレッスンといくわよ?」
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夕刻までみっちり舞踏会の稽古をして、クレメンスはげんなりした顔で香月邸の居間にいた。
「・・・まだか?」
夕刻から始まるゼボイム神殿周辺の夜店を周り、その後舞踏会に参加をするのだが、浴衣の着付けとかでルミヤは部屋から出てこない。
最初は一人でやろうとしていたみたいだが、結局上手くいかず、帰宅した輝夜に任せる運びとなったのだ。
「お待たせいたしました」
部屋から輝夜が現れた、後ろからはルミヤがついて来ているが、何故か柱の影に隠れてしまった。
「ルミヤさん?、どうされました?」
「いや、その、なんだか恥ずかしくて」
いつもきびきびしているルミヤにしては珍しい。
「そう照れなくても、クレメンスさんにしっかり見ていただかないと」
「あっ・・・」
強引に輝夜はルミヤを柱の後ろから引っ張り出した。
現れたルミヤは白に近い水色の生地に美しい花の紋様が描かれた浴衣を身につけていた。
彼女を見た瞬間、クレメンスは心臓の辺りがどくんと高鳴るのを感じた。
「・・・(今のは?)」
初めての感覚だ、あたかも心臓が震え、肌が粟立つかのような、不思議な感覚だ。
だが、不思議と不快感はない、むしろなんとも心地よいものだ。
「な、何とか言ってよ」
もじもじと上目遣いでクレメンスを眺めるルミヤ、慌てて彼は口を開く。
「あ、ああ、綺麗ですよ」
口を突いて出た台詞、クレメンスは言ってしまった後ではっとした。
ルミヤは気づかなかったようだが、輝夜は何か思うところがあったようで、嫋やかに微笑んだ。
「舞踏会は八時から、衣装は送ってありますが、余裕を持って向かって下さいね?」
輝夜の言葉にクレメンスは慌てて頷くと、ルミヤとともに香月邸を後にした。
「・・・この短期間で、随分人間らしくなりましたね」
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ゼボイム神殿の広場にはたくさんの夜店が並んでおり、人でごった返していた。
「活気に溢れてますね」
すぐ近くの夜店で射的をする子供達を見ながらクレメンスは呟いた。
「あらら?、貴方もそんなことが言えるようになったのね」
にやり、とルミヤは笑ったが、クレメンスは頭を掻くだけで何も言わなかった。
そうだ、たしかに彼は複製させられ、産まれてすぐに戦いに駆り出された人造人間だ。
しかし、だからと言って一度産まれた命を、まるで道具かなにかのように粗末に扱い、使い捨てにするなどあってはならない。
目の前で大道芸人が火を噴きながらナイフをジャグリングするのを真剣に眺めているクレメンスを見て、ルミヤは己の考えが正しかったことを確認した。
「おっ、若いカップルだね〜、ひゅーひゅー」
射的屋の親父が、クレメンスとルミヤに向かって手招きしている。
「カップル?」
意味がわからず呟くクレメンスに対して、ルミヤは一瞬で赤面してしまった。
「どうだい?、やってみないかい?」
射的用の銃をクレメンスに見せる射的屋、興味深そうに彼は銃を眺めた。
「・・・ふむふむ、的を狙えば良いのですね?」
弾丸は六発、クレメンスは狙いを定めて発射した。
小気味の良い音がして、奥の方にあったブレスレットが下に落ちた。
「・・・ふむふむ」
続いて二発目、またしても良い音がして、今度は指輪が落ちた。
三発目、今度は響く音がして、懐中時計が落ちた。
四発目を撃とうとしたところで、親父が冷や汗をかきながら頭を下げた。
「何でもするから、勘弁して下さいっ!」
「あ、いや、困らせるつもりはなかったのですが・・・」
いつの間にやら野次馬が集まってきている、景品を受け取り、クレメンスとルミヤは素早くその場を後にした。
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「驚いたわ、クレメンスは射撃が得意なのね?」
嬉しそうにクレメンスから貰ったブレスレットを眺めるルミヤ。
「いえ、ですがあの親父には悪いことをしてしまいましたね・・・」
かりかりと頬を掻くクレメンス、そこでようやくルミヤは気付いた。
「あなた・・・」
間違いない、クレメンスは人間らしい心を取り戻しつつある。
懐中時計を興味深そうに弄りながらクレメンスは頭上に輝く星を見上げた。
「フォマルハウト、フェンリル神の住処、でしたか・・・」
「うん、あれが所定の位置に輝くときに、祭礼を行うわけね」
ブレスレットを左腕に装着し、ルミヤもまた空高く、遥か果てに位置するフォマルハウトを見た。
「そろそろね、舞踏会に行きましょ」
クレメンスの右手を引っ張りながら、ルミヤはゼボイム神殿に向かった。
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ゼボイム神殿でそれぞれ男女の控え室に通され、クレメンスは輝夜が用意してくれた黒服に着替える。
周りにいる男性諸氏も似たような服装だが、中には勲章を下げた者もいた。
どうやら本当に貴族も市民も一緒に行う行事のようだ。
衣服を整え、クレメンスはゆっくりと会場へと向かった。
「さて、ルミヤは・・・、ん?」
会場の隅に、何やら人だかりが出来ていた。
ゆっくりと近づいてみて、その人だかりの中心にルミヤがいることがようやくわかった。
「こ、困りますよっ」
美しいイブニングドレスに、背後から伸びた白い翼、まさしく天使と呼ぶべき姿である。
何故かクレメンスは、男に囲まれたルミヤを見て、胸が締め付けられるかのような感覚を味わった。
「・・・ルミヤ」
声をかけ、クレメンスはルミヤの手を取る。
「あっ・・・」
「舞踏会ですから、踊りましょう」
クレメンスがリードする形でルミヤの手を引き、曲に合わせてステップとターン。
どうやら稽古の成果は現れているようで、なかなか洗練された動きだ。
合わせる形でルミヤは動くが、向かい合ったときにクレメンスが心底楽しそうにしているのを見て確信した。
目の前にいるのは、戦う道具だったK1867ではなく、一人の感情豊かな人間、クレメンス・ビスマルクなのだと。
16/07/07 08:16更新 / 水無月花鏡
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