遊戯
『よう、初めまして、だな?』
『俺の名前は・・・まあ、別に今は良いさ、どうせ聞こえちゃあいねぇからな』
『人間に限らず、あまねく生命にとっては心や名前は大切なもんさ、本人たちが思ってる以上に、な』
『でもって、お前さんは片方は手にしても、もう片方は取り戻せてない、と』
『どっちも必要なもん、取り戻せるまで、俺がお前さんの手助けをしてやんよ』
『ただし、最後には、お前さん自身をもらうがな?』
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香月邸から出て、ルミヤはゼボイムの街を案内すべく、クレメンスを連れ出した。
「見て見てクレメンス、たくさんの人が歩いているわね」
「活気に満ちているのは良いことです」
機械的に言うクレメンス、面白くなさそうにルミヤは頬を膨らませた。
「もう、それは記録の中の情報で貴方の見解ではないでしょ?」
「私は一介のクローン兵士、街の様子を探査する任務は受けたことがありません」
短く切って捨てるクレメンス。
これは前途多難かもしれない、そうルミヤは思い、知らずため息をついていた。
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ゼボイムの街にはたくさんの店がある。
元々肥沃な大地にある街、店にはたくさんの野菜果物が並んでいる。
「見てクレメンス、美味しそうな野菜よ?」
八百屋の店頭を見ながらルミヤは微笑んだが、クレメンスはじっと野菜を見ている。
「自分は合成食品しか食べたことはありません」
「合成って、普通の食事は?」
「ありません、自分はクローン、普通の食事は分解栄養素を合成した食品です」
やはり、クレメンスは人間らしい、まともな生活をしたことがないのだ。
「クローン、ね」
ルミヤは無言で前を見るクレメンスをじっと眺めた。
おそらくその瞳も、前を見ているようでどこも見ていないのだろう。
「クレメンス、貴方には何か夢はないの?、やりたいことや、自分の欲は・・・」
ルミヤの言葉に、クレメンスは視線を移したが、その目からは何の感情も読み取れなかった。
「貴女が何を言いたいのかわかりません」
「・・・そう、なら良いわ」
ふわっ、とルミヤはクレメンスの隣に立つと、幾つかの野菜を買い込んだ。
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「ただいま〜」
香月邸に戻ると、すぐさま輝夜が玄関先にまで迎えに来てくれた。
「お帰りなさい、ゼボイムはいかがでしたか?」
ちらっとクレメンスを見る輝夜、反対にクレメンスは輝夜から目をそらした。
「高水準な文明レベルの街かと」
その無機質な言葉に、またしてもルミヤは嘆息したが、輝夜は変わらずニコニコしている。
「ささっ、お二人ともおつかれでしょう?、もうお昼は出来てますから、一息入れてください」
にょろにょろと廊下を進んでいく輝夜に従い、二人もリビングに向かう。
ふとルミヤはクレメンスがそれほど身体を強張らせずに歩いていることに気付いた。
最初に会った時は臨戦態勢だったのに、少し緊張がほぐれたのかもしれない。
「さあさ、遠慮なくどうぞ?」
机には白米にホッケの焼き魚、味噌汁、煮付けと一般的な日本料理が並んでいた。
クレメンスは席に着くと、手を合わせたが、中々食べようとしない。
「どしたの?」
ルミヤは箸をとりながら尋ねたが、もしかすると、また毒入りか何かかと疑っているのかもしれない。
「この長い棒はなんですか?」
クレメンスは箸を取り上げ、調べている。
「使ったことないの?」
「はい、これはどのようにして使えば良いのですか?」
ルミヤはなんとなく可笑しくなった。
無機質なだけのクローン兵だと思ったが、箸の使い方を習おうとする人間らしさはあるのか。
「鉛筆を持つようにして・・・そうそう、それでこっちに挟んで、ん、あとは掴むだけ」
手を取り、丁寧に教えるルミヤ、それを見ていた輝夜がクスクスと笑う。
「輝夜さん?、どうかしたの?」
「いえいえ、なんだかそうしてると、お二人が姉弟か何かに見えまして」
見た目は幼い外見のルミヤと、見た目だけは青年なクレメンス。
逆な気もするが、立場的には輝夜の指摘通りかもしれない。
「さて、クレメンスさん、お味はいかがでしょうか?」
モグモグ咀嚼して、クレメンスは応える。
「悪くない」
「クレメンス〜、しっかり感想を言わないとダメよ?」
ルミヤの言葉に、しばらくクレメンスは考えた。
「いえ、本当にどうかわからないのです、これまで味を気にしたことがありませんで、しかし・・・」
じっとクレメンスは箸を持つ自分の手を見て、それから机に並べられた食事を眺めた。
「自分はこの味が嫌いではありません」
ひどく無機質な感想だったが、それは初めてクレメンスが自分の考えを述べた瞬間でもあった。
「そう?、なら遠慮せず食べてくださいね?」
輝夜の言葉にぎこちなく箸を動かし、食事を続けるクレメンス。
「・・・やはり、似てますね」
ひっそりと呟いた輝夜の言葉は、誰にも聞こえなかった。
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食事を終え、空いた食器を片付け終わると、輝夜は棚の上から木の箱を取り出した。
中にはチェスの駒とチェス盤が一式揃っており、木の箱の内側には、K,Kとイニシャルのようなものが書かれていた。
「これは息子が置いていったチェスです、良かったらやってみませんか?」
いそいそとチェスの用意をする輝夜、ルミヤはふと目の前の鰻女郎がありえないことを言ったことに気付いた。
「輝夜さん、息子さんが?」
「はい、わたくしには三人の息子と一人の娘がいます、四人とも人間ですわ」
普通魔物からは女性、しかも魔物しか産まれないはずだが、何故息子と人間女性がいるのか。
「わたくしの夫が、様々な困難と犠牲の果てに得た結果、とだけ申し上げておきます」
あまり詳しく輝夜は語る気はないようだ、駒を並べ終えると、彼女は机の上に置いた。
「クレメンスさんは、チェスを?」
「やったことはありませんが、知識としては知っています」
クレメンスはポーンを摘むと、前に動かして見せた。
「なるほど、息子の相手ばかりしていましたが、わたくしに勝てるでしょうか?」
輝夜もまたポーンを動かすと、ゆっくりと動かし始めた。
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「・・・チェックメイト、わたくしの勝ちです」
意外なことに輝夜は強かった、自分のポーンの数を減らしつつ、巧みにルークやビショップで制圧を試みる。
反面、クレメンスも知識では知っていても実戦の経験はなく、輝夜に押されてしまったが、中々悪くない動きだ。
中盤までポーンを動かして壁にして、後はナイトを主軸に動かす。
ある程度相手の駒が減ったらポーンを進めて変化を狙う。
ぎこちない動きでこそあったが、輝夜はクレメンスの戦略に、何か思うところがあったようで、時折考えこむこともあった。
「・・・チェス、悪くありません」
何度目かの対局、ローテーションで対戦相手を変えたりしていたが、未だにクレメンスもルミヤも輝夜を倒せずいた。
そんな時に、クレメンスはポツリ何事かをつぶやいていた。
「そう、楽しい?」
ルミヤの言葉にクレメンスは微かに首を振った。
「わかりません、しかしもうしばらくこうしていたいと思いました」
クレメンスの言葉に輝夜はにっこり笑うと、チェスを片付けて、今度はボードゲームを取り出した。
「やって見ませんか?、これは異界のボードゲームですが・・・」
大きな箱には『生命ゲーム』と記され、こちらは箱の片側に『こうづきれいじ』とマジックで書かれている。
「生命ゲーム、ですか、どんなものでしょうか」
相変わらずなんの抑揚もない台詞のクレメンスだが、微かにその瞳には好奇の色が見えた。
「簡単に言えばすごろくです、ルーレットを回してゴールを目指すゲームです」
「すご、ろく?」
キョトンとするクレメンス、チェスは知っていても、どうやらすごろくは知らないようだ。
簡単にやり方を説明する輝夜、ルミヤは赤い車に駒を乗せる。
「それじゃあクレメンスはこれね?」
赤い車をスタート地点に置き、準備が完了した。
「このゲーム、クローン兵という職業がありません」
「はあ、ゲームの中くらい別の仕事をしたら?」
素早くツッコミを入れるルミヤにむっつりと押し黙るクレメンス。
その様子がなんとなく可笑しく、輝夜はまたしても笑っていた。
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「負けました」
長い生命の果て、億万長者になったのは政治家になったクレメンスだった。
「はあ、まさかクレメンスが政治家になるなんてね」
じっ、とルミヤはクレメンスを眺める。
「クローン兵士廃止法案なんか出したりする?」
冗談でルミヤはそう尋ねたが、クレメンスはキョトンとしていた。
「何故、クローン兵士を廃止に?」
「戦うだけの人生は、虚しくない?」
短く応じるルミヤ、クレメンスはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「虚しいの、ですか?」
「チェスも、生命ゲームも、輝夜さんの料理を食べたことも、楽しくはなかった?」
戦うだけじゃこんな気持ちは味わえない、そうルミヤは続けた。
「虚しい、そう、かもしれませんね」
短く呟いたクレメンスは、なんだか泣いているようにも見えた。
16/07/05 22:02更新 / 水無月花鏡
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