贋作
純粋な人間男性が激減し、クローン技術が発達したとある平行宇宙の未来世紀にて。
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空高くフォマルハウトが輝く夜の未来都市の防衛戦。
たくさんの強化服の青年たちが、辺りを走り回っていた。
塹壕の中からビームマシンガンを連写するものの、兵士たちは魔物に対していかなる近代兵器も時間稼ぎくらいにしかならないことはわかっている。
粗悪な武器を持たされ、使い捨てのクローン兵、すなわちイミテーションヒューマン達は人間が逃げるための捨て駒にされていた。
一人のクローン兵が突撃の最中、流れ弾に当たり吹き飛ばされた。
「うわあっ!」
「しっかりしろっ!」
慌てて同じ小隊の兵士が被弾した兵士の手当てをするためにヘルメットを外したが、その顔は周りで走り回る無数の兵士と同じ顔だ。
さらに言えば手当てをしようとした兵士とも、まったく同じ顔である。
指揮官、隊長、兵卒、全てが同じ顔、全てが同一の遺伝子情報の人間、オリジナルのイミテーションヒューマンから分かたれたクローンだ。
手当てが終わると、被弾した兵士は立ち上がろうとしたが、予想以上に身体のダメージは大きい。
「しっかりしろ」
手当てをしてくれた兵士が、近くの塹壕に彼を横たえる。
「少し休んでいろ」
「すまない」
クローン兵らしい無駄のない短い応答、手当てをした兵士はヘルメットを被りなおすと、マシンガンを片手に戦闘に戻った。
負傷兵は右頬を怪我しているのに気づいた、べったり血が固まっている。
クローン兵は医療用ナノマシン投与による処置により、怪我をしても傷口はすぐに塞がる。
やがては傷口も失せ、傷跡も残らないだろう。
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ある程度身体が回復すると、クローン兵はビームマシンガンを持ち、塹壕から周りを伺う。
頭上に浮かぶ無数の空中戦艦はハーピーやワイバーンの群れに襲われ、動けなくなっている。
ビームマシンガンを発砲しながら、魔物を牽制する、そんな時、本部からの入電に、クローン兵は右手の端末内蔵の無線機のスイッチを入れた。
『本部より各員へ、これより新兵器の次元破断爆弾使用許可が出た、E16地点に行ける者は速やかに作動に向かえ』
次元破断爆弾、聞いたことがない兵器だが、おそらく自爆用のものだろう。
E16地点ならばすぐ近くだ、クローン兵はビームマシンガンをバックパックに戻すと、腰のプラズマブレードを引き抜いた。
起動とともに赤い光刃が形成される剣を握りしめ、クローン兵は味方からのプラズマ弾が飛び交う戦場を走る。
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E16地点には巨大な柱のようなものがあった、おそらくこれが次元破断爆弾の制御装置だろう。
「本部へ、こちら第七クローン大隊、所属K1867、E16に到達、起動させる」
『了解、貴官と知り合えたことを光栄に思う』
右手の端末に送信されたパスコード《petohtalrayn》を制御装置に入力、瞬間柱から光が漏れた。
あたかも原子の光、否、太陽の煌めきか、光の中に巨大な炎の狼が見えた気がした。
直後、凄まじい光が走り、クローン兵K1867はこの世から消滅した。
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「はあ、中々いないなあ〜」
ところ変わってとある反魔物領、郊外で一人のエンジェルがぼんやり畑を眺めていた。
エンジェルのルミヤ、純白の翼に麗しき容姿の天使だが、今その表情は浮かない。
天界から勇者となる人間を見つけるべく派遣されたが、どうにも見つからないからだ。
逆に最近では地上での平和な生活も気に入りつつある、そんな状態である。
長閑な田舎町ぼんやり見ていたルミヤだが、突如ガラスをひっかくような音がして閃光が走った。
「は?、え?」
驚くルミヤの前で光が少しずつ失せ、後には不思議な姿の青年が残った。
「え?、だ、だれ?」
見たことのない姿である、白くすらっとした鎧のような服、背中にはいくつもの金属の物品。
右手の手首には砂嵐が映る長方形の箱が埋め込まれた籠手、明らかにただ事ではない。
そして一筋、黒い髪に炎のような赤い髪が一房混じっていた。
「うっ、ん?」
ゆっくりと青年は目を開くと、すぐさま右手の籠手を調べた。
「端末が作動していない、壊れたか」
淡々と述べると今度は兜を脱ぎ捨てた。
「本部と連絡が取れないばかりか、状況すらわからんとは・・・」
ふと青年は、ルミヤを見た。
「これは、天使さまでしたか」
直立不動をとると、敬礼する青年、しかしカタロンのほうは訳がわからない。
「え?、あ、あなた、誰なの?」
「はっ、自分は第七クローン大隊所属、認識番号はK1867であります」
クローン、さっぱりわからないが、ルミヤはこの青年の身に尋常ならざることが起こったことを察した。
「とりあえず、わかることから話してくれない?、何があったの?」
「はっ、魔物の攻撃から守るために我々クローン大隊は展開、自分は民間人防衛のための時間稼ぎとして決死隊に参加、戦況が悪く、本部命令で新兵器を作動させ、今に至ります」
思いの外詳しい話しが飛び出したが、ルミヤには理解出来ないことがあった。
クローン、どういうことだ?、目の前にいる青年は人間ではないのか?
「ねえ、クローンって?」
しばらくK1867は黙っていたが、やがて口を開いた。
「過去の人間の遺伝子を掛け合わせ、複製された人造人間のことです、自分はタイプKに部類されます」
複製人間、それにこの青年の口ぶり、まるで自分をモノ扱いではないか。
どこから来たかはわからないが、彼は戦うためだけに産まれたのか。
「・・・私はルミヤ、貴方の名前は?」
「自分の認識番号はK1867です」
その答えはすでに聞いた、本当なら魔物と戦うためだけに産まれたこの青年は、誰よりもルミヤの探していた反魔物の戦士に向いているかもしれない。
しかし、ルミヤはそれ以上に、魔物と戦う任務以上に、この青年に人間らしい心を持って欲しかった。
まずは、名前から変えなければならない、認識番号だけでは味気ない。
「なら、名前を名乗らない?、有名な偉人の名前を掛け合わせようかな?」
しばらくルミヤは考えていたが、やがて口を開いた。
「クレメンス、そう、貴方は今日からクレメンス・ビスマルクよ?」
「クレメンス、ビスマルク、ですか・・・」
しばらく青年、クレメンス・ビスマルクは考えていたが、やがて頷いた。
「ご命令に従います、ルミヤ様」
ちっちっ、とルミヤは指を鳴らした。
「様付けは不要よ?、私と貴方はもう友人、呼び捨てで、良いわね?」
「は・・・」
「うん、素直でよろしい」
人間らしい心を取り戻す、そのためには最初にやらねばならないことはなんだろうか?
「・・・(うーん、そうね、まずは彼が楽しめることを探さないといけないわね、それから・・・)」
視線を移すと、クレメンスは直立不動のままルミヤを見ている。
「楽にしたら?」
「天使を前にそんなことは出来ません」
ふとルミヤは気になった。
彼は先ほどからエンジェルであるルミヤを必要以上に持ち上げている。
最初はそういう教育を受けたためかと思ったが、何となく違うような気がした。
「クレメンス、あなたは・・・」
否、今は何も尋ねまい、ルミヤはクレメンスの右手をとると、町へ歩き出した。
「急ぎましょう、私たちの人生はあまりに短いわ」
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「この街、極神都市ゼボイムは教皇聖下に反魔物を言ってるけど、ほんとは親魔物に近い中立都市なの」
街のあちこちには人間の姿をしてこそいるが、魔物が擬態したと思われる少女らがいる。
「教皇聖下には黙認されてるけど、魔物の中にはこの街が中立とは知らない人が多いわ」
「魔物と人間が共存できているのですか?」
クレメンスの言葉にすぐさまルミヤは頷いた。
「ええ、意外?、最近の魔物はみんな人間を殺傷しない良い娘ばかりよ?」
逆レイプはたまにあるけどね、とルミヤは続けたが、クレメンスにはなんとも信じられない言葉だった。
「自分の記録によれば魔物に攫われた者は二度と戻らないと」
「そりゃそうよ、好きな男を手放す女の子がいるわけないよ〜」
ツンツンとクレメンスを突くルミヤ、彼は相変わらず難しい顔をしている。
「それじゃ行こっか、私の、と言うか下宿先はすぐそこよ」
しばらく歩いて中央通りを外れると、そこには珍しい純和風の長屋があった。
「ただいま〜」
「あら、お帰りなさい」
パタパタと出迎えてくれた女性を見て、危うくクレメンスは腰のプラズマブレードを引き抜きそうになった。
「魔物、鰻女郎かっ!」
「クレメンス、やめなさい」
キョトンとした顔で鰻女郎はルミヤとクレメンスを代わる代わる見たが、やがて破顔した。
「ルミヤちゃんの知り合いね?、ささっ、どうぞ?」
「・・・似てますね」
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香月輝夜と名乗ったその鰻女郎は、警戒を解かないクレメンスに茶を差し出した。
「とりあえず、一息入れてはいかがですか?」
「・・・魔物は、信用出来ない」
短く応じるクレメンス、茶に手をつけず輝夜を眺める。
「もう、クレメンスは、そんなことじゃ女の子にモテないよ?」
素早くルミヤは茶をわずかに飲むと、クレメンスに渡した。
「ほら、妙なものは入ってないよ?」
むっつりとクレメンスは茶を一口、口に含んだが、その瞳は微かに揺れていた。
「どう?、輝夜さん、料理だけじゃなくてお茶淹れるのも上手なのよ?」
「・・・悪くない」
短く応えるクレメンス、また一口啜る。
「素直じゃないんだから」
呆れたように言うルミヤだが、クスクスと輝夜は笑っていた。
「ルミヤさんも丸くなりましたね、初めてわたくしと会った時は『魔物はみんな敵だー』とか仰ってたのに・・・」
「か、輝夜さんっ!」
慌てて輝夜の口を塞ぐルミヤをじっと見つめるクレメンス。
微かに口の端が、上がっていた。
16/07/04 22:45更新 / 水無月花鏡
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