ラオデキア巡礼者の日記
『秋の月四日
強大なる力を持つ魔物たちの脅威から逃れ、我等巡礼者は生き残った者たちとともにラオデキアの地に逃れた。
魔物たちの長、魔王と呼ばれる者を倒し、聖地を奪還するまでは、ラオデキアに潜み、力を蓄える他ない。
ラオデキア洞窟は広く、守るに容易い場所、だが次代の子らのためにも我々は戦わねばならないだろう。
例えばどれだけ長い年月がかかろうとも、我等巡礼者は魔王を倒し、失われた人間の都を取り戻す。
それまで、死ぬわけにはいかない、だが我らが生き延びても次代に我等の神の教えが伝わらなければ生き残った意味はない。
幸い、ラオデキアに逃げ込んだ巡礼者の中には筆写を得意とする者も多数いた。
隠れる中で、力を蓄えるのと並行して、神の教えを筆写し、次代へと伝えることにしよう
巡礼者長老ベネトナシュ・サセックスの日記』
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ラオデキアの洞窟は初代魔王の脅威にさらされた人間が一万二千年前に逃げ込んだ場所として知られていた。
広大な洞窟は、逃げ込んだ人々にとって広くはなかったが、長い隠遁生活の中で少しずつ地下都市のように作り変えていった。
洞窟内部を、ラオデキア大司教ルフス枢機卿は、エレヴとミストラルを案内しながら、内部の施設を解説していた。
「この第一区間には一時期数千の人間がいた、しかしやがてあまりに狭くなり、第二区間、第三区画が分岐した」
規則的とは言えない地下道を歩くと、洞窟の中とは思えぬ広い空洞が現れた。
「中央シャフト、ここから各区間に繋がる、大体ここが、ラオデキア教会の真下に当たる」
「このシャフトは、自然に出来たものなのですか?」
エレヴはなんとなくそう質問していたが、ルフスは意外そうに目を見開いた。
「ほう、気づいたか、その通りだ、ここと第一区間の洞窟は自然に出来たもので、逃げ込み、地下都市を作る中で発見された」
場所的にも都合が良かったため、ここがラオデキア洞窟の中央に設定されたのだ。
「実はこの中央シャフトにはもう一つ大きな意味があってな、ここで女神の聖剣が発見された」
「女神の聖剣・・・」
初代勇者は女神の聖剣を引き抜いた後、その剣で魔王を倒したのだと言う。
「一体その初代勇者はどこから来て、魔王を倒した後どこへ行ったのか、さっぱりわからない、天より降り、天に帰ったとしか」
別の世界から現れて、魔王を倒してからは元の場所に戻ったとしか思えない、そうルフスは告げた。
「とにかく、ここに女神の聖剣があり、初代勇者は聖剣を引き抜いて、魔王討伐に向かった」
最初は弱かった勇者も、魔物との戦いで経験を積み、魔王と相対する頃には歴戦の勇者らしくなっていたのだと言う。
「勇者の行為に人々は絶望から希望を見出した、我がラオデキア教会に伝わる日記はそんな巡礼者をまとめていた長老の日記だ」
では、そろそろ行くか?、ルフスがそう二人に告げたとき、いきなり後ろから見たことのある影が現れた。
「エレヴ〜っ!」
がばっ、と避ける間もなくエレヴはイザベルに抱きつかれてしまった。
「イ、イザベルっ!?、どうしてここにっ!」
リリムらしい柔らかな身体にドキドキしながら、エレヴはなんとかイザベルを引き剥がした。
「うむ、余も歴史に興味があってな」
「・・・おい、貴様」
温厚なルフスの瞳が、イザベルを見た瞬間に険しくなった。
とんでもない動きでイザベルに近づくと、右手を自身の懐に突っ込んだ。
明らかに相当な実力者、イザベルも剣呑な顔つきで、背中の剣に手をかける。
完全に忘れていたが目の前にいるのは教団の大司教、魔物を見つけたらどう対処するか想像に難しくない。
ルフスが懐から取り出したのは、先の尖った道具だった。
「ちゃんと指定の手続きで入って貰わないと困りますよ」
懐からルフスはペンと見学申込書を取り出し、イザベルに渡した。
あまりのことにイザベルはずっこけそうになった。
「う、うむ、すまんな・・・」
「王族だろうと例外はない、それと予約もして貰わないと、私はいつでもラオデキア教会にいるわけではない」
イザベルが書類に記名を終えると、ルフスは素早く一読した。
「はい、確かに、今回はエレヴとミストラルの友人ということで大目に見ますが、これっきりにしていただきたい」
「友人・・・」
イザベルはしばらくエレヴとミストラルを見つめていたが、二人とも否定せず、黙って見つめ返していた。
「・・・ふ、ふんっ!、これで勝ったなどと思うなっ!」
何やら慌てイザベルはバタバタとラオデキア洞窟から去っていった。
「やれやれ・・・」
ルフスは嘆息すると、シャフトにあった梯子を登り、エレヴとミストラルもそれに倣った。
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ラオデキア教会の一室、恐らく教団の黎明期のことが記されている日記がそこにはあった。
「日記は一万二千年前から伝わり、オリジナルは半分以下しか残されておらず、写本合わせても三分の二程度しか残されてはいない」
ルフスはそう告げると、エレヴとミストラルを椅子に座らせ、写本を持ってきた。
「オリジナル、写本ともに触れないが、筆写したレプリカを読んで学習を深めてもらいたい」
レプリカは最近筆写されたもののようで、まだ真新しかった。
エレヴはミストラルと視線を交わすと、ゆっくりと写本をめくった。
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『秋の月四日
強大なる力を持つ魔物たちの脅威から逃れ、我等巡礼者は生き残った者たちとともにラオデキアの地に逃れた。
魔物たちの長、魔王と呼ばれる者を倒し、聖地を奪還するまでは、ラオデキアに潜み、力を蓄える他ない。
ラオデキア洞窟は広く、守るに容易い場所、だが次代の子らのためにも我々は戦わねばならないだろう。
例えばどれだけ長い年月がかかろうとも、我等巡礼者は魔王を倒し、失われた人間の都を取り戻す。
それまで、死ぬわけにはいかない、だが我らが生き延びても次代に我等の神の教えが伝わらなければ生き残った意味はない。
幸い、ラオデキアに逃げ込んだ巡礼者の中には筆写を得意とする者も多数いた。
隠れる中で、力を蓄えるのと並行して、神の教えを筆写し、次代へと伝えることにしよう
秋の月五日
掘り進めた先に現れたシャフトに、巨大な剣があることがわかった。
すさまじい力に周囲に満ちる神聖な空気、もしかしたら主神さまが魔王討伐のために用意されたものかもしれない。
我々は何とかその剣を引き抜くように努力してみたが、ビクともしない。
とりあえず聖剣の調査は後回しにして、居住区画の開発を急ぐとしよう。
(数ページ紛失)
日付不明
(数行に渡り判読不明)
・・・不思議な少年だった、ニッポンと呼ばれる場所から来たらしいが、聞いたことがない。
まあまあ体力はありそうだ。
冬の月二十三日
信じられないことだ、女神の聖剣をあの少年が引き抜いた。
来歴が全くわからない少年が忽然とラオデキアに現れたというのも驚きだったが、そんな少年が長い間抜けなかった聖剣を抜いたのは衝撃だ。
一体彼は何者なのだろうか?
私だけでなく、巡礼者の間にも動揺が広がっている。
冬の月二十四日
残念なことにラオデキアには現在剣術の達人はいない、魔王との戦いの果てにみんな死んでしまったためだ。
故に現在は中途半端な剣術しか伝わっておらず、彼に指南できる者はいなかった。
だが、そんな我々の前にエリアと名乗る謎の少女が現れた。
浅黒い肌に異国の服を身につけた少女は、少年に剣術を伝授、その技たるやあまりに早く、我々では見切ることすら出来ない。
少年もエリアも、もしかしたら魔王を倒すために神が派遣されたのかもしれない。
(数ページ紛失)
春の月二日
めきめきと実力を上げた少年は、ついに魔王を退治する旅に出ることを決意した。
残念だが、魔王から逃れた我々が付き添ったところで足手纏いにしかならないだろう。
魔王を倒し、人類に平和をもたらしてくれることを願い、我々は祈りを捧げる。
人々の中には、彼を勇者とまで讃える者もいた。
選別にもならないが、我々はドワーフから伝授された技術を用いて、闇の気運を封印する九つの武具を作った。
紅色の兜、白金の胸甲、煌星の手甲、鋭刃の小手、藍染の陣羽織、宝玉の盾、黄金の戦斧、太陽の具足、八房の腰当の九つだ。
武具を纏い、勇者はラオデキアを出発、我々は最後の希望を託し、送り出した。
春の月三日
たまたま遠出した人間の話しだと、勇者はラオデキア辺境で危うげなくスライムを倒し、修行しながら魔王城に向かっているらしい。
いかに勇者が並外れた才覚と、主神さまの加護を持っていても、やはり修行しながらでなければ魔王には勝てない。
だが、いずれ勇者が魔王を倒すであろうことは、我々は知っている。
(数ページ紛失)
日付不明
・・・・・・・・・・よると、魔王はついに自ら勇者を討伐するために、四天王を招集したらしい。
我々は、戦える者はラオデキアからカイーナに移り、勇者の支援をすることにする。
(数ページ紛失)
夏の月十日
四天王は手強い、しかし勇者の実力はもはや四天王ですら凌駕していた。
戦いの中で、勇者は強くなり、今や我々の最後の希望となっている。
出会ったばかりの頃は幼いと感じたが、今は凛々しい、少年剣士へと成長した。
我々は明日魔王城に乗り込む、もしかしたらこれが最後の日記になるかもしれない。
夏の月十一日
ついに、勇者は魔王を打倒することに成功した。
魔王の悪の気運は女神の聖剣に断ち切られ、九つの武具へと完全に封印された。
魔王との戦いの中で、女神の聖剣は砕け散ったが、驚くことにその破片は様々な剣に変わった。
最も大きな破片は黄金の剣になり、その他砕けた破片から剣や槍が産まれた。
この内黄金のつるぎ以外は、いずれ来たる魔王復活の時のために(判読不明)に沈めておく。
(数ページ紛失)
冬の月七日
勇者が消えてから一週間が過ぎた、我々は主神さまを讃え、勇者の伝説を残すために教団を設立することにした。
だが、この戦いで魔王始め、たくさんの魔物、そして我々、人間の血が流れた。
もし、魔物が人間と友好的ならば、無用な血は流れずに済んだのではないかと思う。
そこで、『復讐するは我にあり』、『敵を愛し、隣人を愛せ』、主神さまの教えの中でも、この二つの重要な教義を中心に書物を纏めるつもりだ。
敵に受け入れを望むならば、まずは味方から、この教えが生きる時が来るかは不明だが、まずは教団から魔物を受け入れるべきだと思う。
魔物が下等な戦闘民族だと言う意見もあるが、ならば尚更主神さまの意を受けた我々教団が教え導かねばならない。
反対にもし、魔王や四天王のように高度な思考が出来るならば、いつの時代か分かり合えるかもしれない。
いずれにしろ主神さまは敵を赦すことを説いている、我々はそれを忘れないようにしたい。
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日記に記されたベネトナシュの記述を見て、エレヴもミストラルも唖然とした。
「教団は、魔物のためのものでも、あった?」
信じられない、と言うようにエレヴはルフスを見たが、彼は黙って頷いていた。
「左様、主神さまは全知全能、故に庇護の対象は人間も魔物もその内に含まれる、ベネトナシュ長老はそれを知っていたのだろう」
実際ベネトナシュ長老が新たに起こした聖書は、万民法と呼ばれるほどに、魔物寄りの教義だったと言う。
「しかし、魔王との苛烈な戦いの中では、ベネトナシュ長老の教義は異端、故に後世には伝わらなかった、と?」
ミストラルの質問に、またしてもルフスは黙って頷いた。
「そうだ、だが、過去にはこの万民法を運良く見ることが出来た神官や知識人もいた」
これでようやく合点がいった。
何故アルカナは人間との融和を信じたのか、何故メグレズ将軍は突如親魔物になったのか、何故アウグスティヌス一世は円卓の騎士に何も言わなかったのか。
全員、いずれかの時点でベネトナシュ長老の教義を学ぶ機会があったのだ。
「万民法は実際に魔王との戦いを経験し、いくつもの悲劇を見てきたベネトナシュ長老から産まれた教義、にも関わらず魔物のことをよく知らない連中が反魔物を説くのは、何故だろうな?」
ルフス枢機卿の言葉に、エレヴとミストラルは静かにうな垂れた。
「万民法は読めないのですか?」
ミストラルの質問にルフスは残念そうに苦笑いした。
「アルク・ティマイオスと言う人物がレスカティエ建国頃に古代装飾文字から訳したものがあったらしい、メグレズ将軍やアウグスティヌス一世が見たのはそれだろう」
しかし、とルフスは続ける。
「天使信仰白熱の時代に大規模な焚書があり、その頃に消えたと思われる」
残念そうにうな垂れるエレヴとミストラル、確かにそうだ、アウグスティヌス一世の手紙すら消えた焚書、魔物寄りの教義など真っ先に燃やされる。
だがそれがあれば共存の道も開けたかもしれない、そう思わずにはいられなかった。
「だが、元にした古代装飾文字の版ならば教皇区の禁書図書館にある」
雷に打たれたかのような表情でルフスを見るエレヴとミストラル。
「教皇区に戻り、機会があれば探してみると良い」
ルフスの言葉に、二人は静かに頷いた。
16/06/12 13:12更新 / 水無月花鏡
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