アラシェヒル教会の公式文書
『魔王サウロス、そして大魔王メルコールとの戦いが終わり、世界は長い復興の時代に突入した。
魔王サウロスを撃破し、その力の全てを一本の指輪に封印したかの魔王の娘、アダム。
魔物の力をその身に宿し、大魔王メルコールと戦った七人の英雄。
毒を制するのは毒のみ、英雄たちがいなければ世界はサウロス、メルコールによって滅ぼされていただろう。
サウロスからメルコールまでの一連の悲劇を鑑みて、教皇の勅命により、私は新たに修道院を設立し、伝道に勤めることになった。
そこで私は一連の物語の発端である魔王サウロスと戦ったアダムー王女カトレアの伝説を記すことにした。
姫騎士カトレアの伝説、英雄譚に相応しい物語となるだろう。
アラシェヒル教会義勇団長、ミザール・ケント将軍の手記』
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マヴロス・ヘルモティクス、教皇補佐官カメルレンゴであった彼は教皇の密命によって現れた。
過激派の調査が密命であり、事実彼はそのためにここまで来たが、実際にはそれは微妙に間違っていた。
大天使メタトロンは過激派の様子を見てしまい、ミスティアが本来の役目を果たせないことを危惧して教皇を動かしたのだ。
表向きには過激派の調査、しかしそれと並行してミスティアの救出も任務に含まれていた。
マヴロスは首尾よくミスティアを救出し、さらにはその場にいた過激派を全員拘束したが、過激派の一人が自爆したため、ボロボロになりながら撤退した。
かくしてマヴロスは密命内容を知らないまま、ミスティアを連れて借りを返すべく、過激派に挑むのだった。
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アラシェヒル教会、一万年前に猛威を振るった魔王サウロスとの戦いで前線基地となった場所だ。
一万年前の出来事であるため、教団にも詳しいことを知る者は少ない。
しかし魔王サウロスのすぐ後幼体を挟んでさらに数百年後、大魔王メルコールが現れた。
連続して魔王が現れるなど後にも先にもなかなかない、故にサウロスとメルコールについては知る者も多い。
さて、アラシェヒル教会のアフマル枢機卿はたまたま留守なのか教会に鍵がかかっていた。
「いないようですね」
残念そうにエレヴは呟いたが、ミストラルは興味深そうに教会の裏にある石碑に目を向けている。
「『ここを訪れし者・・・心、清らかな・・・者であることを、願う、闇の心で、覗けば、闇が見える・・・』」
石碑の後ろには古びたアーチのようなものがあった。
白い二本の石で足を組まれ、上部に二つの屋根がある。
見たことはないが、ジパングの鳥居だとエレヴは思った。
しかし今鳥居の周りは厳重に封印され、中に立ち入れなかった。
「ほう、その鳥居に興味がおありかな?」
いきなり声をかけられ、エレヴとミストラルはどきりとした。
そこには浅黒い肌の枢機卿、アラシェヒル大司教のアフマルが立っていた。
「これは『魔王の鳥居』、魔界に通じている」
魔界に、なるほど確かに鳥居からは不吉な闇の気運が感じられた。
「アラシェヒルのほど近く、ヴァイスアルム王国は優れたウィザードの国だった」
アフマルは鳥居に近づくと、じっくりと封印を調べた。
「偉大な王にしてウィザード、白い魔法使いサルマは娘であるカトレアが産まれた時に、娘に殺され、王位を奪われるという予言を受けた」
アフマルはそう呟くと、教会の鍵を開けた。
「では、一万年前の記録をお見せしよう」
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教会の地下、そこには広大な洞穴があり、あちこちに聖人のような彫刻があった。
「一万年前は避難所だったが、後世には礼拝堂として扱われた」
そんな場所の一角に、たくさんの書類があった。
「それはケント修道院を創設したミザール・ケントが残した一万年前の英雄譚だ」
ケント修道院、たしか円卓の騎士であった湖の騎士ランスロットが離反者とともに身を寄せた修道院。
天使信仰白熱の時代には土地を抵当にして天使の宗教画を買い漁っていたとか。
エレヴは書類を手に取ると、近くの椅子に腰掛けて、目を通し始めた。
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『魔王サウロス、そして大魔王メルコールとの戦いが終わり、世界は長い復興の時代に突入した。
魔王サウロスを撃破し、その力の全てを一本の指輪に封印したかの魔王の娘、アダム。
魔物の力をその身に宿し、大魔王メルコールと戦った七人の英雄。
毒を制するのは毒のみ、英雄たちがいなければ世界はサウロス、メルコールによって滅ぼされていただろう。
サウロスからメルコールまでの一連の悲劇を鑑みて、教皇の勅命により、私は新たに修道院を設立し、伝道に勤めることになった。
そこで私は一連の物語の発端である魔王サウロスと戦ったアダムー王女カトレアの伝説を記すことにした。
姫騎士カトレアの伝説、英雄譚に相応しい物語となるだろう。
ヴァイスアルムの王サルマは偉大なウィザードだったが、王女カトレアが生まれたときに、「娘に殺され、王位を奪われる」という呪われた予言を受けた。
サルマは予言を恐れ、カトレアが17歳になったら正式に王位を譲ることを条件として、信頼する家臣であるグリマルディを摂政とし、自身は隠居した。
だが、グリマルディは次第に権威を大きくし、カトレアが十二歳になるころには王と呼んでも良いほどの権力があった。
グリマルディは面従腹背、サルマが予言を恐れて隠居することを読み、長い年月をかけてヴァイスアルムを掌握するためにサルマの信頼を勝ち得たのだ。
サルマは後悔したが、もうどうにもならず、鳥居の中、すなわち魔界に現実逃避するようになった。
いかなる賢者でも時には違った顔で人生を楽しみたくなるもの、魔界はそういう意味では悪が肯定される世界。
他人のためにしか力を行使したことがないサルマにとって、自分のために魔法を振るうのは新鮮な体験だった。
やがてサルマは魔界に眠る初代魔王の力が封じ込められた九つの邪悪なる武具を集め、『怪物』へと変貌した。
ウィザードの高い魔力と魔王の強靭な肉体を得たサルマは、魔王サウロスを名乗り、魔界から鳥居を潜り魔物を率いて侵攻した。
白い魔法使いの名前に恥じぬカリスマと力強さを兼ね備えたサウロスは魔物はおろか教団に不満を感じる反教団国すら取り込んだ。
平和を愛し、軍備よりも文化を磨くことに重きを置いていたヴァイスアルムの美しい街は魔王サウロスによって一夜にして蹂躙された。
だが、サウロスの怒りはグリマルディを殺害し、ヴァイスアルムを取り戻しただけでは収まらず、人間やエルフ、ドワーフの暮らすアメイジア大陸に侵攻。
ミスリルを産出するドワーフたちのアダマニウム鉱山を手中に収め、エルフの王国テルペリアに進出、いずれも悉く破壊し尽くした。
王女カトレアをはじめ、生き残ったウィザードたちは、エルフ、ドワーフとともに後に祭礼の渓谷と呼ばれる場所に集結、サウロス打倒のために策を練った。
サウロスの力が強くなる中、王女カトレアは自ら髪を切り落としてアダムと名乗り、父である魔王討伐のためにヴァイスアルムに向かった。
凶悪な魔物と渡り合い、ついに魔王サウロスと対峙する若き勇者アダム。
激しい戦いの中、アダムはサウロスの身につけていた九つの武具を破壊してその力を自身の持つ指輪に封印、同時にサウロスの力の半分をも簒奪した。
しかしサウロスはそれでも凄まじい力を持っており、指輪に力が封印されると指輪を通じてアダムの身体を乗っ取ろうとした。
そればかりか、サウロスの本体もまた、忌まわしき禁呪を用いて巨大な怪物に変貌、ヴァイスアルム全域に呪われた力を吐き出した。
しかしアダムは強い意志でもってサウロスを撃破、指輪も彼女の魔力の大半を用いて封印された。
サウロスを撃破するとアダムはすぐさま魔界へ繋がる鳥居を封印、ヴァイスアルムにいた魔物たちを魔界へ強制送還した。
だがサウロスの残した呪われた力は消えず、やがて少しずつヴァイスアルムを侵食し始めた。
進退極まったアダムは自分の身体を人柱としてヴァイスアルムを消滅させることにした。
呪われた力を道ずれに消えゆくヴァイスアルム、無論アダムもともに消えるつもりだったが、指輪が反応し、アダムは消滅前にアラシェヒルに転移した。
何故かは不明だが、私はサウロスが最後に父親としての心を取り戻し、サルマに戻ったからではないかと思う。
サルマは最後の力を振り絞り、娘を消滅から救ったのだ。
アダムからカトレアに戻った幼き王女は、アメイジア大陸に移住、共に戦った旅の仲間である灰色の魔法使い、ガノン・ダルモアの養子となった。
その後カトレアはアメイジア大陸の中央国家エディノニア皇国を建国、娘であるカインに王位を譲るまで、アメイジア大陸の平和に勤めた。
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文書はそこで終わっていた、しかしその後メルコールとの戦いが始まり、平和は長続きしなかったのではないか?
「君の言う通りだ、魔王サウロスは倒れたがその後、正体不明の怪物メルコールが現れた」
エレヴの質問にアフマルは一つ頷くと、簡単に説明してくれた。
「メルコールは自分が王の娘とは知らぬカインと、謎の少年剣士エノクに倒された、しかし数百年の歳月を経て、メルコールは大魔王として復活、アメイジア大陸は戦争に突入した」
この戦いの詳しい顛末は伝わってはいない、しかし人間でありながら魔物の力をその身に宿した七人の英雄が、メルコールを打倒したのだと伝わる。
「ミザール・ケントももしかしたら知らなかったかもしれません、七大英雄と失われたアメイジア大陸の物語を知るのは、歴史に立ちあったものだけかもしれませんね」
独り言のようにミストラルは呟いたが、エレヴはそんな立ち合い人がいたならば、話しを聞いてみたいと、なんとなく思っていた。
16/06/11 08:20更新 / 水無月花鏡
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