運命の女ファムファタール
誰かを好きになったことはあるだろうか?
他人を愛したことはあるだろうか?
愛を告げて伴侶となったことはあるだろうか?
愛する人の対象は様々、幼馴染、隣人、同僚、先輩、後輩。
相手が高貴な身分でも、相手が普通の家庭でも、互いが納得すればそれは立派な付き合いとなる。
しかし私は、好きになってはならない人物を好きになってしまった。
それは・・・。
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親魔物国家ラガシュ、首都ギルスにある騎兵屯所の執務室で騎兵中将のマルドゥークはある人物を待っていた。
定刻になると、執務室の扉をノックする音が聞こえた。
「入りたまえ」
マルドゥークがそうつげると、ノックしたであろう青年が入室した。
まだ若い、二十代後半くらいであろうか、礼装に腰には軍刀という騎兵らしい姿をしている。
「騎兵少将ダムド・ディオクレイス、ただいま着任いたしました」
青年、ダムドはマルドゥークに敬礼すると、手にしていた書類を渡した。
「王魔界の魔王陛下には極めて優秀な騎兵をとお願いしていたが・・・」
じっ、とマルドゥークはダムドをその鋭い眼光で睨み据えた。
その表情は極めて険しく、一点の隙もないかのように思えるような凄まじいものである。
タムドは直立不動のまま、マルドゥークの視線をまっすぐ受け止める。
「ふむ、その若さで騎兵少将となる実力は備えているようだな」
どうやら試験にはパスしたようだ、マルドゥークは書類に判子を押すと、ダムドに返した。
「ダムド少将、知っての通り前まで教官を務めていたハモン大将が王魔界に栄転され、君はその後任として今日から騎兵教官を務めてもらう」
ダムドが頷くと、マルドゥークは変わらず射るような視線を若き騎兵に送る。
「まずは騎兵隊長である人物とじっくり話し合ってからここのことを学ぶといい」
軽く顎を引くと、マルドゥークはタムドに屯所の地図を渡したが、いくつかの場所に書き込みがしてあった。
「赤いマーカーの場所が会議室、黄色のマーカーの場所がこの執務室だ、騎兵隊長は会議室にいる」
「騎兵隊長の名前は確か・・・」
「オプス・テオドシアだ、確か君は兵学校時代からの付き合いだな?」
そう、実はダムドは騎兵隊長のオプスとは面識がある。
魔王立陸軍兵学校で同じ訓練小隊で、ともに厳しい訓練を勝ち抜いた親友なのである。
「親交を深めるのは構わぬが、あまり公私混同はしないように、以上だ」
ダムドは一礼すると、すぐさま執務室を後にした。
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会議室は運動場沿いに進んだ先にある、ダムドは目的地に向かって歩いていたが、何やらゴム毬が跳ねるような音に振り向いた。
「っ、と・・・」
顔めがけて飛んできたゴム毬を見事掴むと、ダムドは周りを見渡した。
どこかに投げた人物がいるはずだが・・・。
「あ、おじさんがとってくれたの?」
しばらくして通路の果てから小さな少女が走ってきた。
銀色の鱗に小さな爬虫類のような翼、ドラゴンの少女、否幼女だ。
しかしここは騎兵屯所、こんな小さな幼女がいるのはいささかおかしい、どこからか迷い込んできたのか?
ダムドはかがむと、幼女にゴム毬を返した。
「無くさぬようにな、可愛らしい女の子」
頭を撫でると、しばらく幼女はくすぐったそうに目を細めていたが、すぐにタムドから離れた。
「ウシュムガルだよ、わたしはウシュムガル」
「そうか、私はダムド・ディオクレイスと言う、また会おう」
魔物の子供の一人くらい別にいてもいいだろう、それにもしかしたら騎兵の身内かもしれない。
ダムドはゆっくり立ち上がると、会議室に向かって歩き始めた。
「・・・ダムド・ディオクレイス」
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ようやく会議室が見える場所まで来たが、部屋の前に誰かがいた。
「・・・むっ!」
その人物を見た瞬間、ダムドの時間は止まってしまった。
流れるような素晴らしい長髪に紫の肌、宝石のような光沢の蛇の下半身、そう、会議室の前にいたのはエキドナだった。
何故ここにエキドナが?、というダムドの疑問は一瞬で打ち消され、後には恐ろしく早い心臓の鼓動と、凄まじい頭の熱のみが残った。
そう、タムドは一目惚れしてしまったのだ。
「んんっ!、このようなところで何を?」
何とか平静を装いダムドはエキドナに話しかけた。
「この辺では見かけない方ですわね、もしかして新しい騎兵教官さん?」
エキドナの問いに、すぐさまタムドは敬礼した。
「はい、自分は王魔界から着任したダムド・ディオクレイス騎兵少将であります」
「うふふ真面目な方ですわね、お噂は予々、一度お会いしたいと思っていましたのよ?」
予想だにしないエキドナの言葉に、ダムドは激しく胸が高鳴るのを感じた。
「申し遅れました、わたくしはエキドナのティアマト・・・」
軽く頭を下げてから、エキドナのティアマトは続ける。
「ティアマト・テオドシア、ダムドさんのお友達の妻、ですわ」
「テオ、ドシア・・・?」
ゆっくりと会議室の扉が開き、タムドの親友である青年が姿を見せた。
「どした?、早く入ったらどうだ?」
「・・・すまん、オプス待たせたな」
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「結婚したとは知らなかった」
ダムドの言葉に、親友の騎兵隊長はからからと笑った。
「すまんすまん、ティアマトの実家じゃあ結婚したら身内以外にはそれを明かさないルールがあるらしくてな」
ダムドから渡された書類を眺めながらオプスはくっくっ、と笑う。
「しっかしこうしてお前が俺と同じ職場にくるなんて、不思議な縁だな・・・」
「・・・そうだな、不思議な縁だ」
好きになった女性が親友の妻だとは、もしこの世に神がいるなら残酷な仕打ちをするものだ、そうダムドはなんとなく思っていた。
「今日はティアマトと二人の娘が来てんだよ、双子でさ、ムシュフシュとウシュムガル上がエキドナで下はドラゴンさ」
「・・・ウシュムガル、か」
なるほど、騎兵の身内かもしれないとは思っていたが、まさか親友の娘だったとはな。
「随分大きな娘もいたのだな?」
「おう、今年で八歳になる、可愛い娘さ」
八年以上も前に結婚して今までその事実に気づかなかったというのも考えものだが、今となってはどうでもいい。
「それでダムド、仕事は明日からになる、屯所近くにある空き家が教官の邸宅になるから今日はもうそちらで休むといい」
オプスの言葉にダムドは頷いてみせる。
「心遣い痛み入る、それでは・・・」
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空き家はすでに掃除が終わっているようで、扉を開くと真新しい木材の匂いが、鼻をついた。
「・・・ふう」
ベッドに身体を横たえると、ダムドは天井を見上げながら、ぼんやりと考えていた。
「ティアマト、か・・・」
目を閉じるとあの美しいエキドナが瞼に蘇る、彼女をものにしたい、自分の妻にしたいという欲求が湧き上がる。
しかしそれは絶対にしてはならない、親友の妻を盗ることは出来ないし、まず第一に魔物は夫以外とは決して交わらない。
どうすれば良いのか、こんなことになるなら王魔界で騎兵をやっていたほうが気が楽だったかもしれない。
少し落ち着こう、ダムドは身体を起こした。
「そうだ、文章にしよう、そうすれば少しは落ち着けるかもしれない」
机に向かうと、ダムドはペンを握り、インクに浸して便箋に文字を走らせた。
『テオドシアさんへ
一目みた時から貴女のことを想っていました。
貴女とは決して結ばれないということはわかっていますし、この恋情が間違っていることもわかっています。
しかし私はこの気持ちを抑えることは出来ないのです。
私は貴女が好きです、出会った時期が違えばまた違う可能性があったかもしれませんが、もうどうにもならないこと。
貴女と出会うことが出来て、嬉しく思います。
騎兵少将ダムド・ディオクレイス』
書き終えるとダムドは封筒に入れ、厳重に封印をした。
「まあ、渡せるわけがない、な」
ははっと苦笑いをしていると、突如呼び鈴が鳴った。
「っ!」
あまりのタイミングに、ダムドは気が動転して封筒を椅子にかけていた上着のポケットに入れてしまった。
「ダムドおじさん、こんばんは」
玄関には何やら小さな鍋を持ったウシュムガルがいた。
「どうかしたのかな?」
ダムドが尋ねると、ウシュムガルは小さな鍋を差し出した。
「おかーさんがおじさんに、て、作りすぎちゃったんだって」
鍋からは仄かにいい匂いがしている、どうやらスープのようだ。
「そうか、それはありがとう、何かお返しをせねばな」
キョロキョロと部屋の中を見たが、良さそうなものは何もない。
「はくちゅっ」
ふと、ウシュムガルが寒そうにしているのを見た。
もう季節は春に近いがまだまだ寒い、ドラゴンにとっては辛い時期だろう。
ダムドはウシュムガルが気の毒になり、自分の大きなロングコートを着せた。
「おじさん?」
「風邪を引くぞ?、帰り道は長いのだからな」
素早くダムドはウシュムガルを背負うと、厩舎から手軽な馬を選んで夜のギルスを駆け抜けた。
「うわあ、すごいなあ・・・」
「しっかり掴まっておれ、落ちたらことだからな」
ものの十分でテオドシア邸宅に辿り着くと、ダムドはウシュムガルを馬から降ろした。
「さあ着いたぞ、後は良いな?」
「うん、ありがとうおじさん」
ウシュムガルは無邪気に笑うと、ロングコートを脱ごうとした。
「別に脱がずとも良い、また適当な時に返してくれたら良い」
軽く手を上げると、ダムドは馬を走らせ、邸宅に帰っていった。
ダムドを見送ると、ウシュムガルはロングコートのポケットに何となく手を入れてみて、何か入っているのに気づいた。
「あれ?」
取り出してみると、それは厳重に封印された封筒だった。
「これは・・・」
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それからしばらくは何事もなく過ぎていった。
何度かオプス宅に招かれ、ティアマトと話すことはあったが、その度に心がときめき、無理矢理理性で押さえつけていた。
表面上は何もなかったが、ただただダムドは自分の精神が疲弊し、心が乾くのを感じていた。
その日もなんとか指導を終え、邸宅に戻った。
最近は別の悩みも出てきたため、家でもあまり落ち着けないのだが。
「おかえり、ダムドおじさん」
「・・・ウシュムガル」
これである、何故か最近は家に戻るとウシュムガルがいて料理を用意しているのだ。
まだ子供ゆえに凝ったものは作れないが、ティアマトに熱心に教えてもらっているらしい。
「はあ、ウシュムガル、不法侵入はやめろと・・・」
「いーじゃんっ、わたしはおじさんと一緒がいいんだもん」
何故か滅茶苦茶懐かれてしまっていた、ウシュムガル自身には思うところはないが、他種族とは言え、そこはやはり娘、ティアマトの面影がある。
あまり考えたくはないが、話しをしているとティアマトといるかのような感覚を覚えることもあるのだ。
「ほらほらおじさん、今日は肉だよ?」
机に並べられた皿の上にはレアの肉が置かれ、大皿にはサラダが載っている。
「・・・やれやれ」
だがなんだかんだでウシュムガルの無邪気さに心洗われているのもまた事実、ダムドは苦笑しながら席に着いた。
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「あ・な・た、ご飯ですわよ?」
「おおマイハニー、今行く」
今日もテオドシア家は平和である、家長たるオプスが食卓につくと、ウシュムガルがいないことに気づいた。
「マイドーターは今日もダムドのとこか?」
「ええ、随分懐いてるみたいよ?」
うんうんと頷きながらオプスは先日ウシュムガルが持ってきた手紙を思い出していた。
「まさかダムドの奴があんな小さな女の子に惚れるとはな・・・」
「まあ、趣味は人それぞれですもの、それにダムド少将は誠実で真面目な人、案外ウシュムガルの嫁ぎ先としてはいいかもしれませんわよ?」
ふふっ、と笑いながらティアマトはオプスのグラスにワインを注いだ。
「ダムドならモテるはずなんだがなあ・・・」
半ばぼんやりしながらオプスはワインを傾けた。
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食後ダムドは毎日一冊は本を読むことにしている。
書斎の椅子に腰掛け、のんびりと本を読むのが日課である。
「・・・ウシュムガルよ」
「なに?、ダムドおじさん」
「君は何をしているのかな?」
「?、おじさんの膝に座ってるの」
これである、何故か現在ダムドの膝にはウシュムガルがおり、のんびり座りながら鼻歌を歌っていた。
「ウシュムガル、もういい時間なのだから帰らないとお母さんが心配するぞ?」
「だいじょぶだいじょぶ、お母さんには今日泊まるって言ってあるから」
一瞬ダムドは頭が真っ白になったように感じた。
「泊まる?、うちに?!」
「そだよ?、お母さん『邪魔しないでねー』て言ってた」
あまりのことにダムドは頭を抱えたくなった。
「・・・もういい、好きにしてくれ」
「やたっ!、おじさん大好き」
抱きつこうとするウシュムガルを軽く引き剥がして小さな椅子に座らせると、ダムドは書斎の本棚から古ぼけた絵本を取り出した。
『ルミナス王と緑のドラゴン』、ダムドが幼い頃、彼の世話役に読んでもらった絵本だ。
「これでも読んで静かにしてなさい」
「はーい」
ウシュムガルは素直に絵本を読み始めたが、すぐにダムドの方を見た。
「どした?」
「絵本読んで?」
軽く嘆息すると、ダムドはウシュムガルから絵本を受け取った。
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「・・・こうしてルミナス王はデーモンのお姫様と結婚し、仲間になった緑のドラゴンとも幸せに暮らしましたとさ、おしまい」
ダムドが絵本を閉じると、すでにウシュムガルはぼんやりしていた。
「眠る時間だな、そろそろ布団に入りなさい」
「えー、まだまだダムドおじさんと遊びたい」
駄々をこね出すウシュムガル、ダムドは絵本をしまいながらくくっ、と笑った。
そうだな、昔剣術稽古が嫌でサボったとき世話役によく言われたな。
「しっかり眠らないと翡翠龍エメラダみたいに強くなれないぞ?」
ダムドの言葉にウシュムガルはうっ、と詰まった。
翡翠龍エメラダとはダムドの故郷、魔族都市ジュデッカに伝わる最強のドラゴンのことで
、『ルミナス王と緑のドラゴン』に出てくる緑のドラゴンその人のことだ。
「ううっ、わかった、寝るよ、ダムドおじさん」
「ふふ、素直な娘は嫌いではないぞ?」
「わーい、じゃあまた絵本読んでねー」
「あ、こら、ひっつくな、まったく・・・」
手を焼きながら寝かしつけるとすでに時刻は夜の10時だった。
「・・・ふう」
書斎で紅茶を傾けながらダムドはウシュムガルのことを思った。
もし、ティアマトが妻で、ウシュムガルが娘ならこんな感じだろうか?
「・・・ルキフグス」
机の抽斗から小さな便箋を取り出すと、ダムドは何かを書き始めた。
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「・・・もう少しいてくれると思ったのだが・・・」
マルドゥーク中将に辞表を提出すると、彼は残念そうに顔を伏せた。
「本当に申し訳ありません、ディオクレイス家の当主として、ジュデッカに戻らねばならないようです」
ダムドはマルドゥークに書簡を渡した。
「新しい教官には騎兵大尉のエリヤを推します、まだまだ未熟ですが、見所のある若者です」
「エリヤ・リンシロウか、まあ確かに彼ならば十分やってくれるだろう」
ダムドはもう一度だけ、マルドゥークに頭を下げると、執務室を後にした。
荷物を全て馬車に積み込み、愛用の鉾とトンファーを片付けている時に、ティアマトが現れた。
「これは、テオドシア夫人」
「主人から聞きましたわ、ジュデッカに戻るのですわね?」
しばらくダムドは考えていたが、一つ話してみる気になった、ここいらで後顧の憂は絶つべきだ。
「夫人、夫人はご存知ないかもしれませんが、実は・・・」
「貴方がウシュムガルでなくわたくしを懸想してくれていたこと?、それともあの手紙は本来わたくしにあてたものであること?」
あまりのことにダムドは絶句してしまっていた。
「気づいて、いたのですか?」
「ええ、切り出すべきか迷っていましたわ」
ティアマトは恥ずかしそうに頬をかいて見せた。
「・・・気持ちは嬉しいですわ、けれどわたくしには夫がいます、申し訳ありません」
「知っていました、貴女とオプスはよく似合っています、私なんかよりもずっと・・・」
微かに目を伏せると、ダムドは残った荷物を馬車に片付けた。
「・・・貴女に出会えて良かった」
ダムドの静かな言葉にティアマトは目を見開いていた。
「・・・私は母を知りません、ゆえに無意識的に、母を求めていたのかもしれません、短い間でしたが、楽しかったですよ?」
「ダムド少将・・・」
馬車に乗り込むと、ダムドはティアマトに、軽く手を挙げてから馬を走らせた。
振り返りはしない、振り返れば別れが辛くなるだけだ。
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幾日かの旅路の果て、ダムドは魔族都市ジュデッカにたどり着いた。
「変わっていないな・・・」
ディオクレイス邸宅の前で馬車を止め、屋敷に入ってみる。
「おかえりなさいませ、ダムド様」
「・・・ルキフグス」
メイド姿のデーモン、ルキフグスに迎えられ、ダムドは頭にかぶっていたヘッドギアタイプの兜を外した。
「おや?、可愛らしい女の子をお連れですね?」
従者に言われて、ダムドが後ろを振り向くと、そこにはロングコートを手にしたウシュムガルがいた。
「ウシュムガル・・・」
「ダムドおじさん、ロングコートを返しに来たよ?」
馬車の中に潜んでいたのか、あまりのことにダムドは意識が飛びそうになっていた。
「ルキフグス、この娘は・・・」
「ダムド様、ここまで来たのです、追い返すような真似はしませんよね?」
いきなり逃げ道を塞がれてしまった、ダムドはため息をついたが、もうどうにもならない。
「相変わらずのいじわルキフグスだな?」
「何とでも?」
「好きにしろ、ウシュムガル、しかし・・・」
ダムドは玄関に飾ってあった鎧の手から、一本のロングソードを手に取った。
「この屋敷にいるならば、しっかり学んでもらうぞ?」
ウシュムガルは差し出された剣を神妙に受け取り、ルキフグスはニコリと微笑んだ。
「さあ、剣術稽古嫌いなダムド様?、なんなら久しぶりに稽古に付き合いましょうか?」
「ル、ルキフグスっ!」
ダムド・ディオクレイス、後に『ドラゴンマスター』、『屍龍を率いる者』などの異名で呼ばれることになる魔界一のドラゴンライダー。
降魔龍騎士団の団長として、彼ね敬愛するルミナス王のように、数々の依頼に挑むことになるのは、また違うお話し。
16/03/19 20:08更新 / 水無月花鏡