Chapter2「転校生と風紀委員と白い探求者」
私の作ったあまり味のよろしくないカレーを二人して平らげると、デルエラは部屋の隅にあったテレビを見た。
「あれは何?、私の部屋にもあったけど」
「テレビですね、いろいろな情報を仕入れるのに役立ちます」
しかし何故魔王さまはテレビやらマンションやら、現代のことにそれほど詳しいのだろうか。
ひょっとしてたまに様子を見ているのだろうか?
「では、つけてみますか」
リモコンのスイッチを入れると、ちょうど何かのアニメのようだ。
内容としては異能に目覚めた主人公が幼馴染とともに大魔王を打倒しに行くが、支配を目論む神とも戦うストーリーのようだ。
「・・・ふうん、中々じゃない」
アニメを見ながらデルエラはぽつりと呟いた。
なんとなく私もデルエラと並んで最後まで見てしまったが、それなりにまとまった話しとなっていた。
「幼馴染は大魔王の娘、ね・・・」
私は紅茶を飲みながらぼんやりしていたためあまりストーリーは頭に入らなかった気がするが、デルエラのほうは何気にしっかり見ていたようだ。
「そろそろ眠る時間ですね」
卓上の時計を見てみると、もう夜の九時だ。
「明日は早いのですから、この辺りにされては?」
私の提案に対してデルエラは目を細めて見せた。
「・・・早い?、何時くらいなのかしら?」
「朝の八時には学園に行かねばなりません、明日は朝の六時には起きなければならないでしょうね」
デルエラは面倒そうに目を閉じた。
「六時、魔物の起きる時間じゃないわね」
「まあ、そう言わずに、なんなら明日は起こしに行きますよ」
私がそう呟くと、デルエラはいきなり目を見開いた。
「ほ、本当に?」
「え、ええ、貴女が望むならば・・・」
しばらくにこにこと笑うと、デルエラは卓上に銀色の鍵を置いた。
「私の部屋の合鍵よ、慎重に使って頂戴」
おやすみなさい、とデルエラは告げると、私の部屋から立ち去っていった。
しばらくして隣の部屋の鍵が開く音がした、どうやらデルエラは部屋に戻ったようだ。
ふう、と一息つくと、私は左腕に装着されている精霊の腕輪を見た。
「・・・やはり」
ポローヴェにいた時には腕輪の宝石が虹色に輝いていたのに、今は光を失い、燻んだ灰色をしている。
精霊たちの存在も弱々としか感知出来ず、精霊術を使用することは出来なさそうだ。
原因はよくわからないが、もしかしたら別の世界へと来たことに何か原因があるのかもしれない。
懸案事項ではあるが、まずは原因を探らなければならない、そのためにもまずは明日万全の状態で学園に臨まねば。
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さて朝の六時半、私は隣の部屋のインターホンを鳴らしてみた。
何度か鳴らしてみたが、デルエラが出てくる気配はない。
ひょっとして、まだ眠っているのかな?
私は鍵を開けると、中へ入ってみることにした。
寝室に入ろうとして、私は昨日あったことを思い出し、まずノックしてみることにした。
「デルエラ?、入りますよ?」
返事がない、ゆっくり私は寝室に押し入った。
「うーん、zzz・・・」
「・・・うわ」
入ったは良いものの、デルエラはあまりに寝相が悪かった。
丸まった布団に抱きつくかのように眠っているのだが、どういうわけだか半裸でいるためかなり目のやり場に困ってしまう。
「なるほど、レスカティエの真の主も朝には弱いようですね」
どうしたものやら、これでは起こすに起こせない。
ふと枕元を見ると、目覚ましい時計がひとつ置かれているのが目に入った。
私は時計に手を伸ばすと、ゆっくりとアラームを合わせた。
耳をつくような激しい音とともに、デルエラが飛び起きた。
「え?、え?、ええ?・・・」
「おはようございます、時間ですよ?」
未だ状況を呑み込めずいるデルエラを置いて、私は居間に戻った。
自室から持ち込んだ食パンをトーストにセットし、しばらく座っていると寝室から制服姿のデルエラが現れた。
黒と青のスカートにカッターシャツ、学園のアイドルと言うべき姿だろう。
「・・・おはよう、早かったのね」
デルエラの言葉に私はにっ、と笑ってみせた。
「ええ、今日から学園、こういうのは初めが肝心ですからね」
私は皿にトーストを載せると、バターを塗ってデルエラに差し出した。
「しっかり腹ごしらえをせねばなりませんからね、今日は大変ですよ?」
「・・・あなたって、意外と家庭的よね?」
感心したようにデルエラはそう呟いたが、私はまったく料理は出来ない。
簡単なものは出来ても、あまり手の込んだものは作れないのだ。
まあ、カレーは料理の基本、トーストは機械に入れておけばいいなど、今日までの品はかなり楽なものばかりだったが。
「・・・魔界の国の皇女さまに褒められるとは、恐悦至極」
にやりと笑いながら一礼してみせる。
「さ、食事を終えたら出ましょう」
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通学路を二人で歩いていると、デルエラは時折興味深そうに町並みを見ていた。
「あの建物、何だか光輝いてるわね、よほど身分の高い人間の住処なのかしら・・・」
「・・・デルエラ、あれは総合アミューズメントパークです、住居ではありません」
「面白い塔ね、古代の神殿か何かなのかしら?」
「・・・デルエラ、あれは銭湯の煙突です、あそこから煙を排出しています」
これである、あの神社から一歩も出なかったようでデルエラは現代社会のことにはとんと疎かった。
やはりなんだかんだ言ってもお嬢様はお嬢様、しっかり現代社会のことを学んでいただかないと。
「・・・さあ、見えてきましたね、あれが我々の通う学園ですよ」
大通りの反対側、そこには赤い校舎の高校が見えていた。
高校についての説明をしようとした瞬間、いきなり目の前が真っ暗になった。
「え?」
「だーれだ〜♪」
いきなりのことに私はしばらく呆然としていたが、すぐに口を開いた。
「・・・ミミル?」
そう呟くと、やっと少女は私の両目から手を離した。
「もう、すぐに当てたら面白くないじゃない」
そこにはデルエラ同様学園の制服を着たミミルがいた。
「おはようございます、貴女も私と同じ学園でしたか・・・」
「そだよ?、わたしは七組、おにーちゃんは?」
「私は八組ですね、隣になります」
短い問答だったが、いきなりデルエラは私の腕を掴んだ。
「うおっ、デルエラ?」
「・・・おにーちゃん、その人はだれ?」
私が何か言おうとする前に、素早くデルエラは口を開いた。
「私はデルエラ、彼の大切な人よ?」
何を思ったのか、デルエラはそんなことをミミルに言い放った。
「・・・ふうん」
しばらくミミルは私とデルエラを眺めていたが、やがて破顔した。
「まあいいや、じゃあねおにーちゃん、また後でね?」
パタパタとミミルは学園に向かって走り去っていった。
「いつの間にか人妻と仲良くなったのね?」
「落ち着いてくださいデルエラ、あれはミミルによく似てますが、違う世界の人間、同じ学園生ですよ」
ムスッとしながらデルエラは私の腕を離した。
「ほら、デルエラ、青信号ですよ、渡りましょう」
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職員室で担任のメルセ先生の説明を受け、私は八組に、デルエラは七組に向かった。
「はい、静かに、今日から仲間が増えるからな?、それじゃあ自己紹介を・・・」
「初めまして、この度新たに転校することになりました、よろしくお願いします」
「じゃあ転校生は、クラス委員長のサーシャの隣に」
最前列の窓際、そこに、やはり見知った人物がいた。
「初めまして、クラス委員長のサーシャ・フォルムーンと申します、何か困ったことがありましたら、何でもご相談下さいね?」
やはりダークプリーストではない、私は少しだけホッとした。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
授業後、サーシャは私にスマホの写真を見せてきた。
「この間地震があったときにこんな写真が撮れまして、少し助言いただけませんか?」
写真には青空から飛来する八つの闇色の玉があった。
現代社会に生きる人間にとっては見覚えのないものかもしれないが、私にはそれが何かわかった。
「・・・(これは、魔界の瘴気の塊、しかし何故こちらに)」
まさか魔王様がゲートを開けたことでこちらに瘴気が流れ出したのではないだろうな?
「どうでしょうか転校生さん、このようなもの見たことありませんか?」
「あ、えっと、残念ですが、お力になれそうにありません」
「そうですか、やはりこれも神の与えたもうた試練なのでしょうか・・・」
サーシャはそんなことを呟きながら手元の十字架を握りしめた。
「・・・(魔界の瘴気、一度デルエラと話し合ったほうがいいのかもしれませんね)」
直後お馴染みの呼び出し音が聞こえた。
『二年八組の転校生っ!、大至急風紀委員室に来なはれっ!』
あまりに殺気立った声に、私とサーシャはもちろんのこと、周りの生徒もびくりとしていた。
「あの、早速どうしたのですか?」
「・・・私に、聞かないでください」
サーシャの質問にそう答えたが、私は何だかいやな予感がしていた。
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「初めまして転校生くん、私はウィルマリナ・ノースクリム、風紀委員長をしています」
風紀委員室には委員長であるウィルマリナと、呼び出した本人であろう、天之宮今宵がいた。
「何故呼び出されたのかわからないでしょう、今宵さん彼に説明を」
「ほいな委員長・・・」
ウィルマリナの言葉に応じて、今宵は私の向かいに座った。
「あんさんと同じ日に転入してきたデルエラやけど、自己紹介の時に趣味を聞かれて『人間を堕落させること』なんぞ答えよったらしい」
はあ、と私は全身の力が抜けたように感じた。
デルエラ、正直すぎるだろうっ!
「か、彼女なりの冗談なのでは?」
「出身を聞かれて『王魔界』なぞ答えよったらしいで?」
あまりのことに私は机に突っ伏した。
「・・・とにかく転校生くん」
ウィルマリナは私の方に向かって歩いてきた。
「彼女の手綱はしっかりとって、何もないようにして下さい」
ウィルマリナも今宵も不穏なものを感じたようで、私を鋭い目で睨み据えた。
「はあ、善処します」
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「まったく、ウィルマリナはこっちでも堅物なのね」
中庭で弁当をたべながら私はデルエラに午前中あったことを話していた。
どうやらウィルマリナはデルエラやミミルと同じクラスだったようだ。
「開始早々目をつけられましたね、どうすればいいのか・・・」
「とりあえず、しばらくは可能な限り大人しくしているわ、けど・・・」
すっとデルエラは顎に指を乗せた。
「魔界の瘴気の話しは気になるわね、母さまがそんなヘマをするわけないとおもうけど・・・」
「調べる必要があるかもしれませんね・・・」
私は食事を終え、蓋を閉じた。
「・・・ところで貴方、あの子こっちをずっと見てるわよ?」
「え?」
デルエラに言われた方に視線を向けると、そこにはまたどこかで見たことがあるような少女がいた。
「・・・そこ、私の席なんだけど?」
「申し訳ありません、プリメーラ・・・」
言った後で私はしまったと思った。
こちらの世界ではまだプリメーラと会っていない。
案の定プリメーラはみるみる内に顔つきを険しくした。
「どうして私の名前を?」
「い、行きますよデルエラっ!」
急いで私はデルエラの腕を掴むと、中庭を後にした。
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ようやく帰り道、私は全身の倦怠感と戦いながら道を歩いていた。
デルエラも疲れているようで、私の隣をゆっくり歩いている。
オン・コロコロ・センダリマトウギソワカ・・・
オン・コロコロ・センダリマトウギソワカ・・・
道の反対側から白い衣に顔を隠すような深い頭巾、錫杖を持った人物が歩いてきていた。
仏教を思わせる真言を唱えながらこちらに向かって歩いてくるが、よくわからないが人間とは思えない圧力を放っていた。
「・・・気を抜かないで」
デルエラはそっと私の右手を握った。
「おそらくあの人、人間でも魔物でも、神族でもないわ」
真言を唱えながら白い探求者は私の側を通り抜け、道の先に消えていった。
「ふう、何だったんだ、あれは・・・」
今日一日であまりに色々なことが起こりすぎた、私はもう何も起こらないように祈りながら帰路へつくのだった。
15/12/11 16:55更新 / 水無月花鏡
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