Chapter1「暗殺未遂と避難と異界の都」
暗闇の中、何者かが息を潜めて歩いていた。
闇に溶けて移動しているため、どのような姿かはよくわからないが、その輪郭は女性らしい凹凸に富んだ姿だ。
その女性は目的地にたどり着くと、息を殺して手にしていた凶器を振り上げた。
「何者っ!」
だが、その企みは成功せずに、眠っていたと思われた標的は、布団を蹴飛ばして起き上がるとともに、素早く天井に舞い上がった。
「・・・っ!」
暗殺失敗、そう理解した侵入者は素早く窓ガラスを突き破り、夜の街へと消えていった。
「待ちなさいっ!」
狙われた人物は、すぐさま彼女を追いかけて正体を突き止めようとしたが、暗殺者は見つかることはなかった。
「やはり一旦どこかに隠れたほうがいいんじゃないかしら?」
それから数日後、王魔界魔王城に魔界第四皇女デルエラは呼び出されていた。
何故か魔王の謁見室には魔王直参の配下たちだけでなく、ポローヴェの精霊使いサプリエート・スピリカもいた。
「隠れる?、母さま、こうしている間にも着々と魔物への偏見が進んでいるのです、休んでる間なんてありませんわ」
「デルエラ、貴女の言いたいことはよくわかるし、貴女が理想のために努力しているのは知ってるわ、けれど・・・」
魔王はそこでじっとデルエラを見つめた。
「暗殺未遂なんて穏やかじゃないわ、護衛をつけて身を隠したほうが良いわ」
「護衛だなんて、それに暗殺未遂なんてあっても自分でなんとかなりますわよ」
デルエラの言葉に魔王は顔つきを険しくしたが、瞳には心配の色が浮かんでいた。
「デルエラ、貴女の気持ちはわかるわ、けど、そうね、護衛ではなく、貴女の、古い友人と、別世界に遊びに行くなんて、どう?」
例えば、と魔王は続ける。
「そう、貴女の幼馴染の、彼なんて、どう?」
「良い案かと」
そこでスピリカは口を挟んだが、魔王と不思議な視線を交わしたのをデルエラは見逃さなかった。
「たまたま運良く辺境の調査任務から帰って来ています」
「・・・たまたま?」
デルエラは釈然としないものを感じたが、結局頷いた。
完全にお膳立てをされてしまっている、実母と精霊使いに良いように扱われるのは癪だが、彼が来るのなら仕方ない。
それに、あの戦いから何かと都合が悪くて会えなかった、久しぶりに話しも出来そうだ。
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辺境の調査任務からポローヴェにある精霊使い協会に戻ると、すぐさま王魔界へ来るように指令を受けた。
ネオ・バルタザールとの戦いを終え、ポローヴェにて稀代の精霊使い、サプリエート・スピリカ氏に精霊学について師事していたが、最近では辺境の荒廃した土地の調査任務も増えてきた。
王魔界への呼び出しもそんな精霊使い協会のオーダーかと思い、私はすぐさま王魔界、魔王城へと飛んだ。
「久しぶり、大きくなったわね〜」
魔王様に謁見すると、すぐに私は跪いたが、当の魔王様は何やら嬉しそうだ。
「覚えていただいていたようで恐悦至極」
軽く頭を下げると魔王様はうんうんと頷いていた。
「そんなかしこまらないで、娘と一緒にネオ・バルタザールを倒したらしいわね?、凄いじゃない」
私は頭を下げたままだったが、魔王様が何故私を呼び出したのか真意を測りかねていた。
「そんな貴方にお願いがあるの」
魔王様から飛び出した言葉は、幼馴染が暗殺未遂にあったこと、そのためにどこか遠くへ身を隠すことになったことだった。
「それで護衛を貴方にお願いしようと思うのよ」
護衛か、しかし私はデルエラに遥かに劣る能力しかない、護衛になるのか?
「その点は大丈夫、貴方はついて行くだけでいいから」
「そうですか?、わかりました、なんとかやってみます」
私の答えに、魔王様は満足そうに頷いた。
「隠れるのに使うのは貴方がいた世界とよく似た平行世界になるわ」
なんでも無数にある平行世界の内から、魔物も神もない平和な世界で、なおかつそこそこ距離がある世界を選んだらしい。
しかしそんなことまで出来るとは、魔物たちの王に相応しい実力と言えるかもしれない。
「そこで貴方とデルエラには人畜無害な学生生活をエンジョイしてもらいまーす」
・・・・・・・・・・・
「はい?」
「人畜無害な学生生活をエンジョイしてもらいまーす」
何故か二度言われたが、私は完全には理解出来ずにいた。
デルエラに暗殺未遂があったため異世界に身を隠す、これはわかる。
そこで様子を見るために幼馴染である私もついていく、これもわかる。
学生生活をエンジョイする、これは完全にわからない ←今ここ
「あの、何故学生生活を?」
「やっぱり青春と言えば学生生活でしょっ!」
そんなドヤ顔で言われてもわからないものはわからないのだが・・・。
だいたい青春などという新しい単語のせいでさらにわけがわからないことに。
「いえ、ですから魔王様・・・」
「もう準備と調整は出来てるからあとは越境するだけでいいわ」
ぱちりと魔王様が指を鳴らすと、私は凄まじい速度でどこかに落ちていった。
「ちょ、ま、魔王様っ!」
「デルエラはもうあっちに行ってるからよろしくねー」
もうだめだ、私は考えるのを止め、成り行きに身をまかせることにした。
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「ごほっ、ごほっ・・・」
何故か私は全裸の状態で湯船の中から現れた。
「はあ、はあ、ここは?」
後ろには立派な富士山の絵、周りにはいくつものシャワー、隅には積み上げられた黄色の桶と腰掛けがある。
「せ、銭湯?」
「あーれ?、儂が一番じゃなかったのかー」
二、三人の老人がぞろぞろと入ってくる、私はゆっくり立ち上がると、脱衣所に入ってみた。
脱衣所の棚には私の服と勾玉、精霊の腕輪がまとめて入っていた。
帯刀していた霊皇剣は、袋に包まれて棚の隣のロッカーに入っていた。
「これも魔王さまの力なのですかね・・・」
独り言を漏らしながら私は懐を漁っていて、一枚のメモが入っていることに気づいた。
「皇都市松原・・・」
住所のようだ、そこに行ってみろと言っているのだろうか。
私は銭湯を後にすると、メモに記された住所に行ってみることにした。
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たどり着いたのは十階建てのマンションだった。
ポストを見ると、ご丁寧に704号室には私の苗字が書かれ、さらには何やら手紙が挟まれている。
『前略、幼馴染くんへ
学校へは転校生というかたちで入るようになってるから、早速新学期の始まる明日から登校して頂戴。
府立皇都高等学校は部屋から自転車で二十分ほど、明日は遅刻しないように。
とりあえず必要なものは一通りそろえたけれど、教科書類はまだなので明日学校で受け取るように。
日々のお金は不自由しない金額を振り込んであるので、心配しないように。
楽しい学園生活を祈っているわ
可愛い魔王より
草々
追伸 デルエラは貴方の隣の部屋だから何かあってもなくても相談するように』
エレベーターの中で手紙を素早く読み、部屋の前に行くまでもう一度読んだが、何故銭湯から現れたのかについては教えてもらえないようだ。
まあ、特に意味はないのかもしれないが。
さて、部屋についた、私はゆっくりと705号室の扉を開いた。
「・・・え?」
「・・・は?」
扉を開けた私の前には、真紅の瞳に銀髪の美少女がいた。
シャワーでも浴びていたのかその身にはバスタオル一枚しかまとっておらず、仄かに上気した顔色がいやに色っぽい。
「えっと、デルエラ?」
「あ、あなた、どうしてこっちに、って・・・」
はらりと何かのはずみでバスタオルが下に落ちた。
「・・・なっ」
「ぶはっ!」
私は盛大に鼻血を吹き散らすと、前のめりに倒れこんだ。
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「はあ、気をつけてよ?」
「申し訳ありません・・・」
現在私とデルエラは704号室にいた。
完全に間違えたが、705号室はデルエラの部屋で私の部屋はこちらだった。
「まったく、夫でもないのに魔物の裸を見るなんて、本来なら重罪よ?」
実はあまりデルエラの裸は覚えていなかった、見たら死ぬではないが刺激が強すぎて直視できないため身体が勝手にセーブしたのかもしれない。
まったく、余計なことを・・・
「そろそろ、夕食の時間なのよね・・・」
デルエラは部屋の隅の時計を見ながらそう呟いた。
「ああ、ここに来る途中にスーパーがありましたね」
親切心からそう言ったのだが、デルエラは何やら俯いている。
「あの・・・」
「・・・デルエラ?、どうかしたのですか?」
私の質問に、ぽつりとデルエラは答えた。
「料理の仕方がわからない・・・」
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「デルエラにあんな弱点があるとは・・・」
近くのスーパーで様々な品物をカゴに入れながら私はそう呟いていた。
私も料理はほとんどできないが、それでも少しくらいはわかる。
考えてみればデルエラはお姫様、家事が出来ないのも致し方ないのか?
さて、様々な食材を買い込み、道を歩いていると、大きな荷物を持った少女を見かけた。
どこかで見たことがあるような気がするが、他人の空似だろうか。
その少女、横断歩道を渡ろうとして、危うく前のめりに倒れそうになった。
「危ないっ!」
すぐさま私は飛び出すと、少女の肩を掴み、倒れないようにした。
「え?、え?、誰?」
「危ないですよ?」
近くで見て気づいたが、少女は私の知る人物に極めてよく似ていた。
「ミミル、ミスカルティエ?」
レスカティエの魔女ミミルによく似ていたが、瞳は別に真紅ではなく、魔物でもなさそうだ。
「え?、どうしてミミルのこと、お兄ちゃん誰?」
やはりミミル、そうか別の世界のミミルということかもしれない。
「重そうですね、良ければ手伝いますよ?」
私の提案にミミルはキョトンとしていたが、しばらくして頷いた。
「じゃあ、助けてくれる?」
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見た目にはかなり重そうに見えたが、実はそれほどでもなかった。
たしかにミミルくらいの年齢のものには重いかもしれないが、成人男性にはこの程度軽いものだ。
すぐ近くにある彼女の家にまで持っていくと、玄関先に荷物を下ろした。
「ふう、この辺りでいいかな?」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
ミミルの言葉に私は微笑んだ。
「別に構いませんよ、貴女ほどの年代には年上に頼るものですから」
何故かミミルはしばらく唖然としていたが、私は軽く手を挙げると彼女の家を後にした。
道草を食ってしまった、早く帰らねばデルエラの機嫌も悪くなってしまう、私は急ぎ足で道を歩いていた。
マンション近くの公園に行くと、大きな木の下にまたしても見たような気がする少女がいた。
「・・・フランツィスカ?」
「え?」
止せばいいのについ声をかけてしまった。
クイーンローパーフランツィスカ、ではなく、清楚なドレスに普通の瞳、ミミル同様こちらでは彼女も人間のようだ。
「っと、どうかしたのですか?」
つられて私も木の上を見ると、数メートル上に綺麗なハンカチが絡み付いていた。
「風に飛ばされて、あんなところに・・・」
「大切なものなのですか?」
私の質問にフランツィスカは首肯した。
「は、はい、母さまから貰ったものです・・・」
「わかりました、なんとかしましょう」
私は五光『雨燕』で木の枝から枝を伝うと、ハンカチを手に下に降りた。
「す、すごい運動神経・・・まるで人間じゃないみたい・・・」
クイーンローパーのほうがよっぽど強力だと思ったが、この世界では異端は私の方、ハンカチを渡すと、すぐに歩き始めた。
「あ、あの、ありがとうございます・・・」
後ろからフランツィスカの声がするが、軽く手を挙げ、歩き続ける。
早く戻ろう、私は今からデルエラとカレーを食べねばならないのだから。
15/12/02 00:58更新 / 水無月花鏡
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