連載小説
[TOP][目次]
奇形腫瘍



「・・・うむむ、これは私にはなんとも出来ない」

とある反魔物領の街、極めて豪奢な造りの豪邸の一室にて、白衣の男は困り果てた表情で首を振った。


「そ、そんな、お願いします先生っ!、なんとか、なんとか治してはいただけませんか?」

ベッドに横たわる女性はこの世の終わりかとおもうような表情で男に話しかける。



「・・・しかし、あまりに危険な手術の上、たしか摘出しようとした人は・・・」

「お、お願いしますっ!、どうか、どうか、お金はいくらでもお支払いしますっ!」

女性は縋るように医者の服を掴んだが、医師は難しい顔で首を振った。


「なら、一人適任がいます」


医師は難しい顔を崩さずに、頷いてみせた。

「魔物を人間に戻すことすら可能と言われている奇跡の天才医師・・・」

「そんなことが可能なお医者さんが?」

「はい、ジパングの人里離れた崖の上に住んでいて、ホワイト・リバーと呼ばれている以外詳細は・・・」


「何でもいいですっ!、助けていただけるなら・・・」






その男がとある中立都市に現れた際、税関の担当は眉をひそめた。

彼の髪は半分が白髪で、たけの長い白のロングコートと、なんとなく怪しい風貌だったからだ。


極め付けにその右目は、オレンジの目玉に赤い瞳と、邪悪な色合いの瞳だった。


「ホワイト・リバー先生」

税関にいた医者は険しい表情でホワイト・リバーと呼ばれた男に近づいた。


「・・・患者は?」

「はい、ご案内します」




二人は税関を後にして、とある病院の個室へと足を踏み入れていた。



「・・・なるほど」

ホワイト・リバーは透過魔法で得られた体内図を眺めながら患者を見た。


現在患者はベッドの上に横たわっているが、なぜか顔を隠すように仮面をつけていた。

「腫瘍、というわけですな?」

ホワイト・リバーは静かな頷くと、体内図を机の上に置いた。

「はい、いろいろなお医者さんに診ていただきましたが、結局切り離しは出来なかったそうで・・・」

体内に出来た腫瘍はかなりの大きさのようで、その女性は妊婦のように腹が膨れていた。


「まあ、確かに難しい手術でしょうが、別に不可能というわけでもないのでは?」

ホワイト・リバーの質問に、女性と医者は揃って顔を伏せた。


「それがですね先生・・・」

医者はヒソヒソとホワイト・リバーに耳打ちをする。

どうやら、あまり聞かれたくないことのようだ。

「手術をしようとすると、執刀医が原因不明の事故にあったりするんですよ」

「・・・ほう?」


医者の話によると、見つけてきた腕のいい医者も、手術の段になると、いきなり落ちてきた器具で怪我をしたり、誤ってメスで腕を切ったりと事故ばかりなのだとか。


「それでまあ、腫瘍の祟りか何かではないかと、そういうわけで・・・」


「残念ですがね、私は医者で拝み屋でもなければエクソシストでもありませんよ?」

ホワイト・リバーは明らかに機嫌悪そうに口を開いた。


「まあいい、して報酬ですが、現金で四千万頂きましょうか」


「よ、四千万・・・」

あまりの額に患者は唖然としている。


「なに、払えない額ではないでしょう?、話を聞く限りあんたは中々のお嬢様みたいですしね?」

しばらく患者が黙っているのを見て、ホワイト・リバーは続けて口を開いた。

「だがまあ私も鬼じゃない、あんたが条件を呑むなら一千万にまけましょう」


「ほ、本当ですか?、それで条件は?」

患者に対してホワイト・リバーはニヤリと笑った。

「私の治療法にケチをつけないこと、私がこうするといったら従うことですな」


どうですか?、とホワイト・リバーは患者に告げる。


「そんなことでしたら、お願いします」

「よろしい、では手術といきましょう」






病院の手術室、そこに準備をして入ると、ホワイト・リバーは不思議な頭痛に襲われた。


「・・・(来たな?)」

構わずメスを取り上げると、いきなり頭の中に大声が響きわたった。



『切るなっ!!!』


すぐにホワイト・リバーはメスを置くと、口を開いた。


「落ち着け、私はあんたとこの女を切り離しはするが、あんたの命までとるつもりはないよ?」



ホワイト・リバーが言葉を発してすぐに、また頭の中で声がした。






『本当に?、私を助けてくれるの?』






「ああ、そのつもりだ」







『どうやって助けるの?』








「ひとまず培養液にいれてやるから、具体的に姿を調整するのは手術が済んでからだ、人間の姿は無理でも、不定形な魔物にならしてやれるはずさ」




『・・・貴方を信じてみるわ』



やがて声が止むと、ホワイト・リバーは気を取り直してメスを入れた。




「・・・(ふむ、やはりそうか)」




しばらく体内を探り、ホワイト・リバーは自身の仮説が正しかったことを悟った。




「・・・(さて、この辺か、慎重にいこう)」



素早くメスを走らせ、腫瘍を切り離すと、ホワイト・リバーは約束通り『彼女』を培養液に浸した。


「・・・約束は守ったぜ?」


術式が終わると、ホワイト・リバーは患者を担当医師に任せ、腫瘍を近くの個室に運び込んだ。




「なんと、では、あの腫瘍は・・・」

担当医師にホワイト・リバーは腫瘍の正体を告げたが、医師は信じられないようだ。



「ええ、あれは患者の双子のなりそこない、それが腫瘍に変わったものです」



患者が産まれる前、何かのはずみで双子は産まれきれず、自身の姉の体内に宿ってしまった。


そして長い年月を共に過ごし、今になって表面化したのだ。


「そ、それで腫瘍は?、当然始末したのでしょうね?」


「いやいや、まだ私の手元にあります、やることがあるのでね?」


ホワイト・リバーの飄々とした態度に担当医師は激昂した。


「ふ、ふざけないでくださいっ!、あ、あんな気味悪いもの、さっさと始末を・・・」


「あんた私の条件を忘れたのかい?、一切を私に任せる、そういう約束だろう?」

何も言えないでいる医師を一瞥すると、ホワイト・リバーは腫瘍の置かれた部屋に入っていった。




「・・・」


しばらく黙っていたが、ホワイト・リバーはゆっくりと培養液に手を入れた。



「・・・(たしかにお前は人間のなり損ないかもしれない、しかし・・・)」




「・・・(ただ産まれてくるタイミングが悪かっただけで死ぬ理由にはならない)」



「・・・(もう器官は不完全になっているから人間には出来ないが、せめて魔物として生きて欲しい・・・)」



白い医者の手元で、何かが怪しい光を発していた。




数ヶ月後、患者は術後の経過もいいため、無事退院することになった。



「本当にありがとうございます、ホワイト・リバー先生」


ぺこりと一礼したが、相変わらず患者の顔は隠されたままだ。


「別に構いませんよ、ただまあ、あんたさんが反魔物領じゃあ、かなり身分の高い人物だってことはわかりました」


ギクリとする患者と担当医師だが、ホワイト・リバーはどこ吹く風だ。


「おや?、カマをかけたつもりでしたが、なるほど・・・」


「し、失礼しますっ」

帰ろうとする患者を、ホワイト・リバーは手を上げて制した。


「ああ、待って下さい、実はあんたさんに合わせたい人がいるんですよ」


「・・・私に?」

怪訝そうな患者、ホワイト・リバーは口元を微かに歪めた。


「ええ、あんたさんの妹に当たる人物です、神子(ミコ)入って来なさい」

ホワイト・リバーが合図をすると、入り口から一人の幼い少女が入ってきた。


年の頃は十、九くらいだろうか、否、それよりも肝心なことは、彼女の体。




紫の半透明な不定形の身体を持つ魔物、ショゴスだ。



「このっ・・・」


彼女の指が鞭となり、患者の仮面を弾き飛ばした。

「っ!」



「人殺しっ!」


慌てて顔を隠す患者に、神子はにじり寄る。

「止めろ神子っ!」

ホワイト・リバーの制止に、ようやく神子は動きを止めた。

「そ、そんな娘、妹じゃありませんっ!」



「反魔物の意地か、それとも世間体か、愚かな・・・」


冷たく告げると、ホワイト・リバーは神子を連れていずこかへと立ち去っていった。






ジパングのとある崖の上、そこにホワイト・リバーの家はある。


安楽椅子に腰掛けながらホワイト・リバーが新聞を読んでいると、一年振りに反魔物領の王女が国民に顔見せをした記事を見つけた。



軽く鼻を鳴らすと、彼は新聞を畳んでテーブルの上に置いた。



「せんせー、食事ができましたよ?」


台所のテーブルの上にはカレーとサラダが並べられている。

「またカレーか、たまには違うものを作らないのか?」


「せんせー、そんなこといいながら嬉しそーですよ?」


そういいながら彼女は、ショゴスの神子はカレーを差し出した。









ホワイト・リバー、不可能を可能にする白い医者、時代が求める時、彼は必ず現れる。


15/11/17 18:45更新 / 水無月花鏡
戻る 次へ

■作者メッセージ
みなさまこんばんは、水無月であります。

完全に思いつきでやってしまいました、これ手塚先生怒ってるかもしれませんね・・・。

さて、もう隠す必要はないかもしれませんが、最近アニメにもなりました漫画がそのままとなっています。

二話目からはほぼオリジナルでいけると思いますが、思いつき次第更新になると思われますので、気長にお待ちいただけたら幸いです。

ではでは、今回はこの辺りで。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33