第七夜「天魔聖獣」
王魔界、魔王の居城のある場所、そこはたくさんの兵士が集まり、物々しい気配にあふれていた。
「ほう、雁首そろえてきたな」
まるで台座に座る王、蓮の花の怪物の頂点で座禅を組みながら天魔将ヴィルダカは目の前に広がる軍勢を見てそう呟いた。
「だが足りない、この俺と天魔大聖獣ヒエイ相手にその程度の兵力じゃあ、な」
全長数キロメートルの巨大、天魔大聖獣ヒエイはすさまじい咆哮を放った。
「ヒエイ、貴様も戦いたいのか?、良いだろう」
ばんっ、とヴィルダカは柏手を一つ打ち鳴らすと、ヒエイの口から光波熱線を放った。
「この程度は遊びにすぎんぞっ」
すぐに魔王軍のウィザードがシールドを張ったが、ヒエイの光はシールドををやすやすと破壊した。
「・・・さあ、用意はいいかっ」
続いてヴィルダカは結跏趺坐を解くや否や瞬間移動をして、軍勢の真ん中に現れた。
「どこからでもかかってくるがいいっ」
武器はなく徒手空拳にも関わらず、ヴィルダカの強さは圧倒的だ。
まるで空間を操れるかのように、瞬時に移動しては軍勢を薙ぎ払っていく。
決着は三十分ほど、ヴィルダカ一人に、魔界軍は無力化させられた。
「さて、ここまでやれば魔王が出払わざるを得まい」
ヴィルダカはまたしても天魔大聖獣ヒエイの頂点に瞬間移動をすると、結跏趺坐をした。
「・・・ん?」
撤退した軍勢に変わり、今度は空を舞う軍勢が現れた。
ワイバーンやハーピー、ドラゴンなどがいる。
「魔王は来ずか、それも良かろう、しばし遊ばせてもらうとしよう」
結跏趺坐のまま、ヴィルダカは祈りを捧げる。
「オン・ビロダカ・ヤクシャ・ジハタエイソワカ」
瞬間ヒエイから複数体の緑の鎧甲の怪物が現れた。
翼を生やした四足の怪物と、それを統率するかのような一回り巨大な怪物だ。
「天魔聖獣プレータと天魔聖獣クバンタ、時空間干渉能力は封印してあるから精々戯れるといい」
数体の怪物を残し、ヴィルダカはヒエイ共々消え失せた。
ウェルスプル、涼風は焦燥感に身を焦がしながら大図書館の本を調べていた。
「天魔将ヴィルダカ、ですか?、聞いたことない名前ですね・・・」
オリガに尋ねてみたが、やはりわからないようだ。
あらゆる知識を内包する大図書館にすら情報がないならば、どこに行っても同じだろう、涼風は諦めて今日の課題に取り組むことにした。
結論から言うと、あまり集中は出来なかった、ヴィルダカのあの圧倒的な力、そればかりが気になっていたからだ。
「・・・もう時間か」
ゆっくりと立ち上がると、涼風は大図書館の勉強室を出て、アパートに向かった。
道を歩きながらも考えるのはヴィルダカのこと、どうにも涼風は嫌な予感がしていたのだ。
アパートに帰ると、心配そうな表情で契約精霊たちがなにやら会議をしていた。
『あ、マスターだ』
風鳴は気づくや否や涼風に飛びついた。
「風鳴?」
『うん、ちゃんと生きてる』
よほど心配だったのか、風鳴はしばらく離れてくれなかった。
『マスター、天魔将ヴィルダカについていくつかわかったことがあります』
部屋の中央に集まり、涼風は契約精霊たちの話しを聞いていた。
「本当か?」
人間の英知が集う大図書館でも情報は見つからなかったにも関わらず、どうやって精霊たちは情報を手にしたのか。
『精霊皇、危険ではあったけど、会う意味は、あった』
精霊皇、噂には聞いたことがある、太古の時を生きる旧き神であり、遍く精霊が傅く謎の神性。
「まさか、謁見したのか?」
『ううん、たまたま娘のティアニア様が妖精の国に来てたみたいだから、話しを聞かせて貰ったの』
なんとなしに風鳴はそう告げたが、ティアニア、精霊皇の娘がわざわざやってきたのは天魔将ヴィルダカが現れたからではないか。
『忙しそうでしたからあまり詳しくは聞けませんでしたが、ティアニア様曰く、本来天魔将には別の役目があるそうです』
別の役目、あれだけの力を持ち、何をするつもりなのか。
『もう一つ、わかったことは、天魔将は、少なくとも、数億年前から、生きていること』
数億年前、そんな遥か昔から一体何のために、否、待て、まず天魔将という言い方になにか引っかかるものがある。
「まさか、ヴィルダカ以外にも天魔将が?」
恐る恐る涼風が尋ねると、契約精霊たちは、静々と頷いた。
『ティアニア様によると、本来は天魔四天王、つまりあと天魔将は三人いることに・・・』
一瞬涼風は周りが暗くなったかのように感じた。
ヴィルダカ一人でもとんでもない実力だというのに、そのような者があと三人もいると言うのか。
とんとん、と誰かがアパートの扉をノックした。
「オリガか?」
ゆっくり立ち上がり、涼風は扉を開いた。
「無用心だな」
「っ!、お前はっ」
凄まじい力で口を押さえつけられ、涼風は来訪者に押し倒された。
「ヴィル、ダカっ」
部屋に入って来たのは先ほどの話題の人物、ヴィルダカその人だった。
『マスターっ』
「やめておけ、変な真似したらお前さんらのマスター、首が飛ぶぞ?」
すっとヴィルダカは涼風の首に右手を置いた。
「天魔将ヴィルダカ、何が目的だ?」
可能な限り落ち着きながら涼風はヴィルダカに語りかけた。
「ああ、気が向いたからな、この世界に友達はいないからな、とりあえずお前のもとに、と思った次第だ」
ヴィルダカは何を言っているのか。
「わからないか?、知人に会いに来たというわけだ」
「土産だ、魔界名産の虜の果実とやらをふんだんに使っているケーキだ」
ヴィルダカの差し出したケーキ、怪しいようには見えないが。
現在涼風とヴィルダカはテーブルを挟んで向かい合い、涼風の後ろに三精霊がいるという構図だ。
「どうした?、喰わないのか?」
「・・・ヴィルダカ、まさか盗みを?」
ヴィルダカは涼風の言葉にしばらくキョトンとしていたが、やがて豪快に笑った。
「ははは、そのようなわけあるか、魔界でドカチンの肉体労働をして得た金だ」
日雇いの肉体労働、確かにヴィルダカはこの上ないくらいに似合いそうだが。
「食ってみるといい、中々俺は気に入った、お前さんもそうだと嬉しい」
とにかく情報を少しでも聴き出せるようにしなければならない、涼風はケーキを一口含んだ。
「そう、それでいい、友からの贈り物は素直に受け取るものだ」
どうやら本当に来訪用の土産として持って来たらしい。
「実はあの後王魔界の魔界軍とやりあってな、楽しませて貰った」
王魔界、まさか本当に一人で攻め込んだのか。
そんな危険なことをやっておいて、まさにその場所で僅かな金銭のために働く、よくわからないが、何となく好感が持てそうだ。
「だがまあ、やっぱり平和だと兵士の質も落ちる、それもまあ悪くはないが連中もまだまだ、だな」
淡々と告げながら涼風の淹れた紅茶を飲むヴィルダカ。
「ほう、旨いもんだな、小僧」
「・・・私は四道涼風だ」
じっとヴィルダカを見ていると、やがて彼女は破顔した。
「なるほどな、いい目だ、ヴァイシュラバナに何となく似ている」
涼風、涼風、としばらくヴィルダカは呟いていたが、やがてティーカップを置いた。
「涼風、強くなりたくないか?」
ヴィルダカの言葉に、涼風は面食らった。
「・・・なんの話だ?」
「お前は強くなれる、天魔の戦士に匹敵するくらいに、な」
どういうことだろうか、なぜヴィルダカはそんなことを。
「精霊術だけでない、まだまだお前は成長し、神にすら牙を向けるくらいに強くなれ」
ふんっ、とヴィルダカは鼻を鳴らすと、ゆっくり立ち上がった。
「話しができて良かったぞ涼風、また来てもいいな?」
有無を言わさぬ強引な言葉、だが不思議と涼風は不快感は覚え無かった。
攻め込んだ場所でその日に日雇いの労働をするようなある種人間臭いところに親近感を覚えたからかもしれない。
「・・・次は誰と戦うつもりだ?」
涼風の言葉に、ヴィルダカは牙を剥いた。
「そうだな、お前が相手をしてくれたら嬉しいかもしれないな」
また話そう、そう呟いて片手を挙げると、ヴィルダカはアパートから出て行った。
『マスター、あの人、また来るつもりかな?』
ベッドにぐったりと横たわりながら風鳴は呟いた。
「恐らく、一体なにがしたいのか・・・」
紅茶を片付けながら、ふと涼風は奇妙な感覚を覚えていた。
魔界軍と正面からやり合い無傷で帰還するようなバトルマニア、一方で真っ当な手段で金を稼ぎスイーツを楽しむ、どちらが本当の姿なのだろうか。
『惑わされてはなりませんよ?、いかにあの娘が隙を晒していてもその本質は戦闘狂であることは変わらないのですから』
水鏡の言葉ももっともだ、しかし涼風は彼女がそれだけとは思えなかった。
『マスター、強く、なりたい?』
ふと、地走がそんなことを言った。
「そうだな、ヴィルダカを止めるのは、『友』である私の役目、か」
しばらく地走は黙っていたが、やがて意を決したのか口を開いた。
『断罪の森の奥地に、『境界の管理者』と呼ばれる、ドリアードがいる、彼女なら、マスターを、強くさせられるかも、しれない』
境界の管理者、何者かはわからないが、危険地帯である断罪の森に入るのはあまり気がすすまない。
『そうだよマスター、わざわざそんなことしなくてもいいじゃん』
ベッドから起き上がると、風鳴は涼風の背中に張り付いた。
『ねえマスター、私たちを置いて、どっか行ったりしないでね?』
ふうっ、と息を吐くと、涼風は頷いた。
「ああ、私はここにいるぞ?」
そう呟いた声は、どこか幸せそうだった。
15/10/02 14:17更新 / 水無月花鏡
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